二ノ岳・三ノ岳・半高山・横平山縦走
にのたけ・さんのたけ・はんこうやま・よこひらやま
686m・682m・294m・144m
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吉次峠から見る三ノ岳 2024年1月 熊本県
夏目漱石の小説「草枕」で漱石が歩いたという「草枕の道」から二ノ岳・三ノ岳へ
西南の役の戦いの舞台となった半高山と横平山に登りJR田原坂駅まで縦走した
「追分」でバスを降り
最初の分岐を右へ
「草枕の道」の
案内に沿って行く
此処から石畳が始まる 竹林の雰囲気が良い
視界が開けて来た 前方に見えるのは
二ノ岳だろうか?
ミカン畑の向こうに
金峰山(一ノ岳)
(山頂は手前の山で隠れている)
鈴なりの柑橘
普通のミカンではなさそう
青空に白梅 野出公民館のトイレを
お借りして
此処で「草枕の道」とお別れ
二の岳登山口 春日神社
大きな仁王像に睨まれながら前を通過する
山道に入る 胸突き八丁の坂
山頂はもう直ぐ 山頂の観音様
二ノ岳(熊野岳)山頂 一等三角点
点名:熊野岳
標高:685.53m
これから登る三ノ岳
二ノ岳と三ノ岳は金峰山(一ノ岳)を中央火口丘とする二重式火山の外輪山
雲仙普賢岳
この日も霞んでいて残念
二ノ岳からの下り
一旦林道に出て少し歩き三ノ岳登山口から取付く
丸太の階段を上って行く やがて安山岩群が現れる
大きな岩の間を歩いていく 山頂に飛び出して
眼下に横島干拓地を見る
振り返れば先程登ったニノ岳が見える
三ノ岳山頂
四等三角点 点名:三ノ岳
標高:681.5m
山頂から一段
下った所に祈祷所
広場に下りて
陽だまりでランチ
電波塔の横を通って
フェンスの脇から
旧道を吉次峠へ
薄い踏み跡と
ピンクリボンを
頼りに下って行く
ピンクリボンの方へ
下りて行く
視界が開けて
前方には小岱山
木葉山 吉次峠へ
木葉山の麓にある徳成寺本堂は「西南戦争」当時
野戦病院(大包帯所)が置かれ、 敵味方分け隔てなく負傷した
人々を救護・療養したところで“日本での赤十字活動の始まり”
「+日本赤十字発祥の地」といわれている
サザンカの花びらがピンクの絨毯のよう
吉次峠への矢印に沿ってきたが直ぐに間違いに気づき引き返す
熊本隊一番隊長、佐々友房の詩碑が建つ吉次公園
西南の役の吉次峠古戦場 薩軍防衛戦線最後の牙城となった地です
薩軍が死守した吉次越えは、官軍に“地獄峠”と恐れられた険しい場所で
両軍の間に死屍累々の攻防が展開されました (観光案内サイトより)
広い駐車場やトイレ
東屋・多目的広場
も整備されている
吉次公園から吉次峠を経て
半高山山頂に到着
三等三角点 点名:半高
標高:293.89m
小岱山や木葉山の展望
半高山山頂は整備途中で今から展望デッキや芝生広場などが出来るらしい
大きな岩と鳥居
があるだけの神社
大きな岩の前に牛?
半高山から
八方ヶ岳方面の展望
阿蘇中岳の噴煙が
うっすらと見える
半高山から下りて来て
分岐を横平山へ
ミカン畑の向こうに
三ノ岳
展望台のある
横平山が見えて来た
横平山にある慰霊碑
西南戦争ではこの横平山の争奪戦は最も熾烈を極めた
薩軍の切込み隊と官軍の警視抜刀隊の白兵戦の死屍は
山を覆い、その惨状は西南戦争の中の三大激戦の一つに
あげられる激しいものであった(玉東町の広報誌より)
四等三角点 点名:横平山
標高143.79m
展望台に上ってみた
横平山には桜の木が沢山あって春には花見の人で賑わいそう
展望台より桜の木が高くなりすぎて展望は得られなかった
西南戦争遺跡
横平山古戦場
JR田原坂駅まで歩く
無人の田原坂駅 駅のホームにある
田原坂の案内板
木葉山と下りの電車 この電車に乗って帰路につく
活動時間:6時間50分(休憩含む)活動距離:13.5㎞ 累積標高差上り869m/下り1001m

◆時系列 山行記録   🌼花の山   🍁紅葉の山   岩山