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黒峰中腹から見るトンギリ山 2020年5月 熊本県・宮崎県
膝の故障と新型コロナの影響で外出もままならなかったが
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| 栗藤集落の駐車場に 車を停めて歩いて行くと 立派な登山道標識がある |
標識にそって左へ 舗装道を斜め上に 鋭角に登って行く |
| 栗藤集落は9世帯の内、8世帯が「奈須」姓という小さな集落 | |
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| 可憐なクリンソウの群生が見られた | |
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| 集落の奥に登山口があり山道に入ると直ぐに社のようなものあった | |
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「西郷さんが通らした道」と熊本弁で書いてある 西南の役で敗れた西郷隆盛率いる薩軍が栗藤から 小川岳、霧立越を通り人吉へ向かった敗走路 |
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| ツクシタニキキョウ | 山芍薬の花後 |
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| ルイヨウボタン | ハシリドコロ |
| 山芍薬もルイヨウボタンもハシリドコロも花が終わっていた 新型コロナさえなければ綺麗な花を楽しむ事が出来たのに・・・ |
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| 登山口から1時間40分ほどで一の瀬越に到着 ここで西郷隆盛が岩に腰掛けて休憩したらしい |
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一の瀬越はトンギリ山と黒峰の鞍部になっている 真っすぐ行くと一の瀬登山口、左へ行くと黒峰、 先ずは、右へトンギリ山を目指すことにする |
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| 直登はせずに東斜面をトラバースして尾根を登る | 夫婦ブナ |
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| 夫婦ブナの裏側は空洞になっている | 崩壊地を慎重に通過する |
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ロープの掛かった岩場を登り上がると急に展望が開けた 左に行くと小川岳への縦走路、山頂まで5分の標識から右へ 岩を乗り越えてひと登りで山頂というところで脚が攣って しまった。しかし薬を飲んでどうにかトンギリ山に登頂 |
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永谷誠一さんの名前が刻まれた立派な山頂標識が立っていた 永谷誠一さんは日本人で初めてハワイアイアンマンに参加完走 日本のトライアスロンの創始者。山都町在住で九州脊梁山脈の トレイルランのコースの整備や登山道を開拓された |
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| 東に僅かな展望 祇園山方面だと思う |
南側、左に小川岳 その右が向坂山 |
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| 狭い山頂 展望を楽しみ 直ぐに下山する |
直進すると小川岳 岩の先から左へ 一ノ瀬越に戻る |
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| 樹々の間から僅かに 黒峰が見える |
一ノ瀬越に戻り 黒峰に取付く |
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| 樹林帯をぬけて振り返ると トンギリ山が尖って見える |
草付きの急な登り 山頂目前で再び 脚が攣ってしまった |
| 4ヶ月振りの登山で筋肉が悲鳴をあげているのだろうか 痛みに耐えながらもどうにか黒峰に辿り着いた |
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黒峰にも黒御影石の立派な標識が設置されていた 永谷さんと同じように、緑川源流に連なる黒峰・トンギリ 小川・向坂・三方の稜線尾根を登山道として切り拓いた パイオニア栗藤集落の奈須昇さんの名前があった |
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| 北に阿蘇方面の展望 | 西に京丈山方面の展望 |
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山頂でゆっくりランチを楽しんだ後、下山しようかと立ち 上がった瞬間、両脚が攣ってコンクリートの様に固まって しまった。一歩踏み出す事も座る事も出来ず、治まるまで 立ったまま激痛に耐えるしかない。薬を飲んで10分程して 少し動けるようになったのでゆっくり下山することにした |
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| 度々攣って立ち止まる 私を待ってくれる山友 |
新緑が眩しい |
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| 羽化して間もないのか? 動きが鈍い小さなトンボ |
整備された登山道 |
| 一ノ瀬越から栗藤登山口まで何度も痙攣を繰り返しながら下山する | |
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| エゴの木の白い花のトンネルを行く この頃やっと痙攣も治まってきた | |
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| 無事!”カエル” | 栗藤の田園風景 |
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久しぶりの山は自分の意思ではどうすることも出来ない痙攣の 繰り返しで痛みとの闘いとなり、度々立ち止まる私を待って くれた山友には本当に申し訳ない気持ちで一杯だった |
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| 林道を走行中 前方に現れた アカヤマドリ |
マルミノヤマゴボウ |
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| 林道脇に咲くウツギ | ジャケツイバラ |
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| カノコソウとモンシロチョウ | |
| 帰りの林道脇にも沢山の花が咲いていた | |
