この物語に触れて感動した当初は特に意識しなかったのだが、先年ドリームキャスト版が発売されてフルボイスで改めて触れてみると、PC版で得た長しえの感動と共に、自分が日本人であり、さらに純粋な仏教徒であると言うことを改めて思い知ったと言うことである。そして、その根底には、AIR本編のテーマでもある1000thsummer、飛鳥王朝以来の儒学思想が日本人のDNAに組み込まれていて、この物語を語り終えた時に良い意味での虚脱感と感涙に触れることが出来ると言えよう。
神尾観鈴、霧島佳乃、遠野美凪という三人のヒロインを軸に展開する海辺の街の暖かな物語は、まるで来生たかお氏の曲『浅い夢』の情景そのままとばかりに、ビジュアル、BGMともに秀逸であることは今更私が語るまでもないのだが、何はともあれ、さだまさしの「奇跡~大きな愛のように~」という曲の根本にあるように、『家族』という一貫したテーマが現代社会に痛烈なる皮肉を与えているとするならば、ただ単に感動したと言う感情だけで済ますことが出来ない追訴を秘めている気がするのだ。それは物語第三部AIR編を終えてなお、我々に追い求めているものがある気がしてならない。そして、名実共に、麻枝准氏の思惑をも超えていると言えよう。
■AIR … ヒットブランド「Key」の第二作目となるビジュアルノベル。前作「Kanon」と並び、ジャンルを超えたユーザーの人気を博し、今なお絶大な人気と支持を得ている。今後多発する感動性と人間のファンダメンタルを追求した作品群の誕生に拍車を駆けたと言える。 |
Dream・国崎往人からSummer・柳也、そしてAIR・神尾晴子へと受け継がれるAIRの名場面。名言は数知れず、語り尽くすことは出来ない。強いて上げるならば、その主題歌である『鳥の詩』との関連であろうか。
イントロダクションで、私がこの作品に触れて得た感動の根本に仏教徒であるという事と儒学思想があると言ったのは、やはり、常に『家族』という概念にあり、Summer編に至って『愛』と共に、『輪廻転生』という森羅万象が定める“業”を現しているからと言っても過言では無かろう。儒学思想は極端な男尊女卑や年功序列と言った非現代的な部分ではなく、元来大陸人や私たち日本人が美徳としていた肉親や友人に対する尊敬や謙譲の一片を生々しく、ある意味ストレートに描かれている。
時代は二十一世紀。旧世代の古き考えを打ち捨てて新人類が世界を担い、さながら同じ大気の中で翼を広げて風を受け続けている少女かくやとばかりか否か、飛び立たねばならない。でも、受け継がれた思い。日本国民が天皇を心の拠り所とするように(中にはそうでない人もいるだろうが)、AIRに触れて泣いた人は、古き良き時代にあった心の強さを秘めたDNAを色濃く受け継いでいると言えるのではないか。
鳥の歌の一節『わたつみのような強さを守れるよ』。海神・綿津見は文字通り日本人の心の強さであり、優しさであった。この名節を聴いた私が一瞬にして何かに囚われた。ある意味不覚を取った言葉だ。
■AIR(ドリームキャスト版) … NECインターチャネル。PCのAIR全年齢対象版にフルボイスを追加。川上とも子,緑川光,久川綾などのベテラン声優が感情移入をより助けている。 |
Summer編の舞台である正暦五年は、西暦994年。天津国を治める殿上人は、第六十六代一条天皇懐仁(やすひと)。関白・藤原道隆(道長の兄)の治世である。本編中に名前だけちらりと出てくる花山法皇(“かざん”ほうおう。“はなやま”ではないぞ)は、前天皇である。ともすれば今大ブームの陰陽師・安倍晴明が若かりし頃であり、Summer編で神奈の母・八百比丘尼を抹殺しようと計った宮廷陰陽師一派とは、安倍家と対を成す賀茂氏あたりのことであると推察するが、まぁ柳也にとってはどうでも良いことであると言っている。お得意分野であるがゆえ勘弁を。興味ある方は、他社作品であるが、『久遠の絆』をプレイされたし。ちょうど同時期を舞台とした物語を堪能できます。
このSummer編に触れて、平安期という時代は、実にファンタスティックな時代であると改めて言える。
古代の神話伝承から中世への暁を思わせるこの時代に、背中に翼を持った『翼人』の存在。AIR編における「そら」という一匹の烏の存在からして、記紀伝承に見る神武天皇東征の案内役『八咫烏(やたがらす・サッカー日本代表のロゴの鳥で有名)』の人間説もあながち嘘ではなく、『翼人』も実は明治時代まで確認されて、絶滅した日本オオカミのように、実はその時代まで本当にいたのではないだろうかというロマンすら抱かせる(かなり無謀でトンだ話ではあるが)。
柳也が遺した翼人伝はAIRの世界での話ではあるが、実際こんな書物が出てきたら面白くて、歴史もさぞかし楽しくなるだろうな。