自然体に息づくラブコメの基本系
~りりむキッス (©2000~2001河下水希/集英社)~

かつて一世を風靡した『幽遊白書』。その原作者である冨樫義博氏が一躍、超スターダムに押し上げた作品が「てんで性悪キューピッド」という漫画である。単行本にして全4巻。現在は愛蔵版として書店に並んでいるようだが、当時私はこの作品にえらく傾倒していたような気がする。
悪魔「まりあ」が鯉昇竜次という少年の元に転がり込み、様々な騒動を巻き起こしながら、互いに惹かれてゆき苦悩と挫折の中に見出すアイデンティティ。ラブコメというジャンルを超えて、人が生きるという意味を追求したこの作品は、冨樫氏の出世と重ねて、名実ともにラブコメというジャンルの新境地を開拓したと言っても過言ではあるまい。
そして時は流れて、二十一世紀の初頭にかけて、『てんで~』と同じ週刊少年ジャンプに登場した、河下水希氏の『りりむキッス』は、なになに主人公斉木貴也イコール竜次、りりむイコールまりあと言った様相ながらも、見飽きず読み飽きず。ビジュアル面の斬新さもさることながら、ラブコメという分野が、読者に伝えうる意義と、ストーリーを進めてゆく中での追訴性を裡に秘めていること。それが主体のひとつというのならば、『りりむキッス』は実にラブコメの基本に徹した自然体の名作と言っても過言ではないのである。
■りりむキッス冨樫義博氏作・『てんで性悪キューピッド』の二番煎じとしては、大成した作品である。複雑な要素を絡めた現代社会において、このような自然系のラブコメがまだあったのかと感心させられる。

《 これからもよろしくおねがいします 》 ―――― りりむが貴也に贈る初めての手紙

週ジャンで今もこういう漫画がやっているんだなぁと言う感動ひとしおとともに、僕の年になると(と言うか、多分僕だけだろうが)、楽しみというものの他に、他愛もないことを追求したい気分になる。特に気に入ってしまった漫画や小説の作品ともなると尚更である。
「りりむキッス」は文字通りのラブコメである。バリバリというか、いや実にわかりやすいラブコメである。だからこそ僕は好きである。河下水希氏のような漫画家が新世紀を担う作家の一人ならば僕も安心して逝けるというものである。冗談でもないし極端でもない。それほどにラブコメの根本に近いもの。呼んでていて嬉しくもなるし、笑うと言うことは少ないながらも、安心できる。こんな作風は物珍しきかな・・・と言ったところ。
そして多分、これからの漫画というのは、バリバリのギャグで人を笑わせるというものから、ゴスペラーズのようないわゆるナチュラルな癒しの形態が主流となって行く予兆すら窺わせる……。いやはやそれは極端な表現か、はてまた後世妥当な論調であるかは知る由もない。
ただ、基本だからこそナチュラルで考えれば実に心地よい名言というものがある。所以、文字を書けないりりむが懸命に文字を習って貴也に贈った手紙の一節がそうである。「たかやへ こないだはゴメンナサイ。これからもよろしくおねがいします。」
君は愛する人に、こんな言葉を贈ることが出来るだろうか。無機質なメールの文字ではなく、自分の言葉や、手書きの文章でである。きっと、恥ずかしくてためらうことであろう。だからこそ、ナチュラルな名言なのである。

■斉木貴也クールな二枚目という印象が先行しているために女にはもてるが彼女が出来ないという変わった主人公。憎めない奴だが、シチュエーション的には、やっぱり羨ましいなぁ。
《 かまわねーよそんなの 》 ―――― 貴也が見せた素のままの格好良さ

しかし、ラブコメというジャンルは実に甘ったるい。アクションものや冒険活劇、探偵推理ものの方がはるかにはらはらドキドキさせて面白く、そして何よりも長命だ。だからこそ、僕はラブコメが好きなのだ。いやはやへそ曲がりにも程があると言うか、だから友達が少ないというのか。それでも、ラブコメが好きなのである。
島田英次郎氏のギャグマンガ『伊達グルーヴ』。全力疾走のギャグマンガに、なぜか泣けてしまった僕だが、最近気がついたことは、読んでいて惹きこまれて行く漫画は、どこかしか泣けてくるのだ。年を取れば涙もろくなるとは言うが、今はそれを断言できるほど年を取っているとは多分思えない。だったら何だろうと。
少女漫画ほどベタベタではない、かといってマガジン史上のきっての大作『BOYS BE・・・』のような感じでもない。小島君のような美少年キャラや、白井美羽のような美少女キャラが三枚目に成りきり、かといって主人公が必ずしも完全なる二枚目でもない。どっちつかずか風船かと言った感じの人間関係。だから貴也とりりむがキスするシーンが多くてもうざく思えない。逆に玉虫色の世界がより自然にそれを融和させているのだから、ラブコメって本当に面白い。勧善懲悪のアクションや探偵推理よりも、より深い人間性を現していると言えないか。
二枚目になりきれない主人公貴也が、病気が移るからと、キスを拒むりりむに対し「かまわねーよそんなの……」と、ためらわずに唇を重ねる場面。カッコイイですね。何か良いです。そしておかしなもので、その後僕はじんと涙が浮かぶんです。

■白井美羽第2のヒロインとは烏滸がましい、大ボケキャラ。貴也を気に入り、自分のものにしようと八方手を尽くすがことごとく撃沈。ラブコメ必須のキャラクタではある。
《 あなたの名前教えて 》 ―――― 自然体のままのりりむキッス最終回

しかし会社の奴、週ジャン毎号買っていてくれてありがとうと言った感じ。彼にはある意味、感謝している。そうでなければ、『いちご100%』を通じて、河下水希氏という作家を知ることはなかっただろうし、この『りりむキッス』という作品に触れることもなかっただろう。
久しく忘れていたラブコメの素晴らしさと共に、不思議な郷愁感。読んでいる時間ふと10代に戻っている自分がそこにいる。つくづく年を感じさせる僕を思い知る反面、昔愛した人の写真を手にするように、何度見ても思いを馳せる事が出来る。十代から二十代前半の年若い諸君たちも、いずれわかる時が来るだろう、何気なしにかき立てられるノスタルジー。
さりげなさ、在り来たり、月並み……。しかし、もしかするとそんなつまらない日常の中に、きっと大切なものがあると思う。物語に触れて感動する素晴らしさ。いや、少しでも、「面白かった」と感じることが出来ることが大事だろう。
ラブコメの自然体を貫き通した最終回で、再会したりりむと貴也。りりむと貴也が抱き合った場面で、彼女が言ったこの言葉「あなたの名前教えて――――」。稲垣潤一さんの名曲『遅れてきたプロローグ』のエンディングテーマ曲もよろしく、実に爽やかではないか。終わりは全ての始まり――――。誰かが言った言葉の意味が、僕にじんと突き刺さった。

■相馬雪彦りりむに深く関係する少年。彼の性格はどうも鷹嶺の昔の古傷をちくちくと突き刺すような感じでほろ苦い。だからこそ気持ちが解るというか、嫌いになれない。彼のイメージCVは鷹嶺 昊(笑)
Saturday, April 06, 2002