『桃栗 みかん』という名前は元より、少女漫画に触れることも本来なら皆無だったはずの鷹嶺 昊がこれに触れるきっかけになったのは、週刊少年ジャンプの「りりむキッス」と「いちご100%」という作品を描く河下水希さんのファンだからと言うのが率直なところだろう。
ブロードバンドの価値ここに来て真骨頂というわけではないのだが、河下氏の名前と軌跡を辿ってゆくうちに、少女マンガ時代の功績に辿り着き、興味を抱くに至ったことはむしろ当然であると自身では認識しているのだ。
そして、実際に当該作品に触れてみると、現・河下流のストーリーというか、これが元々の少女マンガという分野における独特の展開なのかと、少年漫画一辺倒だった自意識の転換を図ることになり、同時に少女漫画に対する偏見を覆すきっかけを与えてくれたと行っても過言ではなかった。
そして奇しくも主人公の少年が、女子高生の身体に乗り移る一種のTS系ファンタジー。このコラムを書いている頃、鷹嶺 昊が最もはまっている『プリティフェイス』(叶恭弘)の流派に重ねるわけではないのだが、自分の中で、こういったいわゆる性転換ストーリーに深い興味があると言うことを改めて再認識させられる話であった。
▼あかねちゃんOVER DRIVE 収録作品
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■あかねちゃんOVER DRIVE … 河下水希氏が桃栗みかんというPNで、少女漫画に属していた時代の4作品を収録。河下流に見えるハイクオリティなストーリーが楽しめる。 |
▼あかねちゃんOVER DRIVE2 収録作品
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■あかねちゃんOVER DRIVE2 … 前巻は第1巻と言うふうに明記していないので、本来ならば単発読み切りの第1巻で完結する予定だったのではないか。好評だったために2冊目の単行本刊行にこぎ着けたと見る。 |
『りりむキッス』,『いちご100%』などの河下氏作品に共通するものとして鷹嶺がひとつ挙げるとするならば、登場キャラクタに嫌みがないと言うことではないだろうか。主人公のタカシから敵愾心を受けているモデルの天宮という美青年が居るのだが、彼は決してバリバリの二枚目ではなく、どちらかというと三枚目であり、言い過ぎかも知れないが、これが桃栗流河下派のサブキャラクタ構築法なのかと感心する。
当然、嫌みのないキャラクタで織り綴られるストーリーというのはどうであろう? 物足りなさも感じるかも知れないが、読み終えたスッキリ爽快感は、実に心地よいものであろう。
ひょんなことから自分の魂が“萩原あかね”という美少女の身体に入り込み、あかねとして生活し行くことになるタカシ。女性の観点で物語は進んでゆくのだが、そうなるとその心を掴む存在が、りりむキッスの小島君的好青年・村井の存在である。
天宮タカシを一途に心配し続ける村井。それに重ねてタカシの魂があるあかねに対する仄かな想い。不可抗力であかねを押し倒す格好になってしまった村井が衝動を抑えて身を離す。その直後、タカシが吐露した言葉がやおい的なインビテーションを醸し出しながらも優しさに満ちあふれている。「でもあのまま押し倒されても 俺きっと抵抗なんてしなかったよ」 親友の域を超越した、ある意味至高の恋心と言えよう。
■天宮 タカシ … 主人公。ふとしたきっかけで魂が抜け、萩原あかねという少女の身体に乗り移る。どちらかというより不良と言うよりも奔放な性格で魅力を増す |
ちょっと変わっているかもと思うかも知れないが、桃栗流の作品で一際いい味を出しているのが主人公もしくはヒロインの“両親”たちである。
なかなか現代風というか、開放的というか、こんな親子とだったら絶対家庭が楽しくなるだろうなぁ・・・などと理想(妄想とも言うが)を広げる昨今、今をうらやましいと思えるほどの仲睦まじい家族像・・・。
あ、いやいや少女漫画はかくありきと言われる事なかれ。鷹嶺にとって理想を描いた物語はタダ純粋に憧れるだけなのだから。
ただこの物語に触れたからと言って単純に現代社会が核家族という中での冷淡な構図を浮き彫りにしているとまでは言わない。しかし、どこかしかアメリカ的な雰囲気の中で紡がれる家族の肖像は国民性の違い故に憧れるのではないか。タカシが萩原家の父に突拍子もないことを言った後に彼がタカシに返した言葉の中でも名言と呼ぶに相応しいものとしてココに挙げておこう。
「君とはいい親子になれそうだ」
■村井 智 … 天宮タカシの親友。しっかりした性格で良くタカシのことを支えてくれている。後、彼もまた数奇な運命に。 |
『やおい』や『薔薇族』などと言った造語が一般的に普及し、創作界で万全の地位を確立したことは確かなことであり、それが女性向という言葉の意味であると不肖鷹嶺が知ったのは早々昔のことではない。そして鷹嶺自身がこういった世界や状況に憧れているということでは決してないのだが、必ずしも否定をしてはいない。
同性間の愛や性転換などはもはや時代の流れでもあるし、一昔前ほどとは違って社会的偏見も少しずつではあるが薄れていっているようである。同性愛とはまた違った、性同一性障害という、当の本人にとっては深刻な問題も、社会的には次第にではあるが認知されてゆくようである。
・・・と、まぁそんなこんなで難しい話になってしまうのはよしとして、この『other
side a girl』という物語では、あかねちゃんOVER DRIVEとリンクされ、主人公藤井ありすという少女の魂が山田茂雄という男性の身体に乗り移るというもの。彼女の恋人である晴巳の前に彼(彼女)は立つのだが、なるほど晴巳の容姿は正しくそれだと言ったところか。
創作活動の一環として見るかの世界。山田茂雄として生きることになった彼女とのキスシーンに触れて晴巳が「知らない世界を覗いちゃった気分」と心境を綴る。不肖鷹嶺には縁無き世界、重ねて晴巳に合掌。
■晴巳 … 主人公・藤井ありすの恋人の少年。やおい的雰囲気を彷彿とさせ、やがて屈折した愛へと転じてゆく。 |