忘れかけた情緒溢れるヒーリングラブストーリー
~ぱられる(©2000~2002 小林俊彦/講談社)~

週刊少年マガジン2002年第32号より連載が始まった、小林俊彦氏の「ぱすてる」というラブコメは、ただ単純にその絵柄とキャラクタが気に入ったからと言うだけではない。
注目したい点はその舞台設定にある。閑静な海辺の街、古風な佇まい。おそらく小林氏の故郷である広島・尾道を舞台にされているのだろうが、実にこの風景画を見ているだけでも心が癒されてゆく感じがするのだ。
舞台設定は実に重要。せせこましい都会を舞台にした恋愛ドラマはそれこそスリルに満ちあふれた展開になって行くのかも知れないが、閑静な街を舞台にすると、それだけでまったりとした雰囲気に包まれて、読んでいてもとかく安心できるのである。
小林氏が広げるその舞台を例えるならば、来生たかお氏の名曲「浅い夢」を思わせる。ご存知の方は一度聴いてみればよいかも。『夏の日の海の町 飛び散るきらめきの中 夜ごとの海の宿 飛び交うざわめきの中・・・』 現在週マガで連載中の「ぱすてる」にピッタリの楽曲。
言い換えてみれば、どこかしか懐かしい感じさえする、古くさいと言うよりも、ノスタルジックなお話。御伽噺というわけではないが、読んでいて自然にはまってゆく。いつしか、自分がこの静かな海の街の住人のひとりになって、幸せそうな笑い声を響かせながらすれ違う猫田と星野の二人をふり返る……そんな気を起こさせてくれる。
そして、そんな雰囲気のストーリーには、心を打ち、甘酸っぱさを感じさせる名言が多く鏤められているのだ。些少なりとも、紹介してゆこう。
■ぱられる実は週刊マガジンの方で伊達グルーヴが連載されていた頃にマガジンスペシャルの広告で注目していた漫画だった。2002年、小林俊彦氏が週刊マガジンで連載を始めた「ぱすてる」をきっかけに全4巻をやっと購入。

《 あの煮物つくったの…わたしだよ》 ―――― ネコタと星野、星空の下の名場面

まったりとした雰囲気の中で始まる「ぱられる」の世界に心惹かれる二十×歳。考えてみれば、ネコタと星野の世代なんて、今から見れば一昔前だもんな~(笑)。
本当は両思いだったはずなのに、ナゼか仲が悪かった男の子と女の子がいて、突然男の子が好きだと告白しても、時の隔たりはなかなかもって素直にさせてくれない。しかも、お互いの親同士がこれから結婚するかしないか、二人が姉弟になるかも知れないという事になると、時の悪戯、神の因果と言わんばかり。でも、ストーリーとしては在り来たりと言ってしまえばそれまでだが、それがかえって心地良い。心癒される舞台にささやかに演じられるネコタと星野の遠回りな恋物語に絡んでくる様々な障壁すらも優しい気持ちで受け止めることが出来る。

■星野 桜「ぱられる」ヒロイン。気が強くて実は姉譲りの天賦の演劇才能がある。主人公信之介との痴話喧嘩が、まったりとした舞台に実に心地よい
《 見るなっ笑うなっ 》 ―――― 春野桃子の真相と、粋なイタズラ

『ぱられる』の小林流作品の素晴らしさというのは舞台の秀逸姓に比例するキャラクタの魅力に他ならないと言える。
中でも、ヒロイン・星野桜の姉である春野桃子という女性は、小林流恋愛作品の女性キャラクタの中でも特筆するべき程に味がある。端的にボケキャラという範疇を越えて取り分けつかみきれないキャラクタ……いや、ただ魅力的だという言葉ではもったいない。
熟睡している妹に、猫田へのサービス心なのか様々なコスプレを催し、この純粋無垢な少年を籠絡しようとする。と思いきや不意に妹をCM出演の機に芸能界デビューをさせて猫田と引き離そうとしているのかいないのか。相原や塔子と対を成すサブヒロインになるのかと思えば、必ずしもそんな雰囲気には見て取れない。にとにかくひとえにつかみきれない不思議な女性である。
言葉の通り癒し系的な存在であるわけだが、この舞台に桃子はこれ見よがしに適しているんですよね。

■北村顔よし頭よしスポーツよしと三拍子揃った完璧な奴。誤解から信之介に殴られるが寛容にそれを許すココロの広い好青年だ。
《 やっぱり一番好きなんです 》 ―――― 芸能界入りを断念した桜の決意

すれ違いの連続。観客をイライラさえさせるネコタと星野の関係。ひとつの転機が、二人の関係を動かすことになるワケなのだが、これもまた言い換えれば実に極端である。
星野の芸能界への勧誘。倉敷銀次というプロデューサに気に入られた星野は、倉敷から女優としての天賦の才があると言われる。この時、私的に星野のイメージとして、内山理名を思い描くことが出来た。もれ聞くところによると、内山も本を正せばスカウトを受けて大女優の階段を順調に上っていった。天賦の才は大切にしたいものであるなぁ(笑)
それはともかくとして、結局のところダイヤの原石は原石のままに終わるワケなのだが(今以上の本格派アイドルがいたかも知れない)、彼女が海の見える丘の上に佇みながら呟いた言葉がとても印象が深く、彼女の素直さをストレートに受け取ることが出来て僕は大好きである。『ココから見る風景が やっぱり一番好きなんです』
ネコタとのつながりを選んだ彼女の英断に乾杯ですね。

■春野桃子星野桜の姉。女優。おっとりとした雰囲気を湛えながら実は素晴らしくぶっ飛んだ性格である。だが、心から妹と信之介の幸福を希う、優しい人。
《 星野がすげえ好き 》 ―――― 坂道伝いに迎える、ぱられるクライマックス

坂の上に立つネコタと星野が住む家。波乱に満ちた海の見える街でのピュアラブストーリーも終幕を迎える時に、万感の思いが過ぎるのは、やはり時代が求めるゆとりと、のどかさにあふれた世界への憧れなのかも知れない。
フワフワしているという表現が正しいかどうかは分からないが、田舎町の情緒というのはやっぱりどこかしか優しくゆっくりとした時間が流れていて、心が浮き上がりそうな空気に満ちている気がしてならない(これは実体験というか、実際に住んでいてそう感じる)。総括的に振り返れば、ぱられるワールドは、まったりとした流れの中に、そんな田舎の優しい時の流れを、彼らを通して感じることが出来たと言えよう。
そして、ぱられる1年半の連載の集大成は、星野からのフレンチキス。そして、ネコタが言った、これ以上にない最大で、優しく素晴らしい愛情表現だった。「星野がすげえ好き」、返す星野「私も大好きだよネコタの事」
階段1個分、背が伸びたネコタ。ゆっくりとした時が流れてゆく中にあって、普通だからこそ何かがそこにある。読み返しても何か飽きが来ない。小林魔術とも言えるストーリー構築は、私も見習わなければならないと思ったのである。

■菅野塔子「かりんとう」と呼ばれるほど、かつてはギスギスで真っ黒だったらしい、信之介の幼なじみ。外見とは裏腹に、一途に信之介を想いつづけていた健気な少女である。
Sunday, May 26, 2002