TS系と言えばひと言では語りきれない程の作品・作家が世に数多あるのだが、巍遐 樹としては、2002年からWJ系で絶大な人気を得ていたとされる、「プリティ フェイス」をひとつ挙げておく。作者・叶恭弘氏はどちらかというとハードボイルド系のシリアス作品を多く手がけていて、短編集を中心にしてもその世界観は実に近未来的な展望にあふれていて叶氏の得意分野を窺い知ることが出来た訳である。 そんな叶氏がTS系の「プリティフェイス」をラブコメとして描いたのは、新分野の展望とともに新たな挑戦と言えるのだが、結果としては上々とまで言えずとも失敗というわけではなかった。 話は逸れたのだが、この「ゆびさきミルクティー」はヤングアニマルという、漫画界二大政党たる「WJ」「WM」と較べれば少数野党とも言うべき漫画誌において2003年初頭に連載が始まったとされている作品で、方々では作者・宮野ともちか氏は新鋭の若い作家であるとされている。 そのどこか淡泊的な線に描かれるキャラクタ達はただ可愛いという言葉や萌えと言う範疇に留まることをよしとはせず、いわば巨匠・高橋しん氏や七瀬葵氏の流派を踏襲しつつ、独自の路線を見出す無限の可能性を秘めた作家であるのではないかと素人目から見て思ったわけである。 それは王道路線から新分野を見出す叶恭弘氏の一部における無理難題を乗り越えた力みを感じることなく、純粋にシリアスラブとしての地位・路線を確立させた宮野氏の特権とも言えるのではあるまいか。 一部でカルト的な人気を博しているとは言うが、それはただ主人公や二人のヒロインを取り巻く三角関係というポピュラーなドラマには留まらず、トランスセクシュアルという一種の偏見の狭間を押し広げるきっかけとも言える、人間のイントリンシックをこの主人公に投影しているからだと言っても間違いではないはずであるのだ。 |
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■ゆびさきミルクティー第1巻 … 盟友である「マンガらびりんす」主宰reinoda氏のご推薦を受けて購入を目指した作品であったが、近隣の書店で在庫が無く探索に苦渋したといういわくがある。発行部数が稀少なのか、絶大な人気なのかは2004年初頭で第6刷という点から様々な憶測を呼ぶ。 |
『告白って気持ちいいね』 ―――― 黒川水面の氷解
平成のシンデレラボーイとの自称寸前であった主人公・池田由紀(よしのり)と、他のTS系作品藤沢とおる氏の「艶姿純情BOY」はよろしく、ましてや乱堂政と比べれば実に中性的な少年である。簡潔に言ってしまえば性的対象に見られがちで、青年誌故に安易にエロティック系に持ってゆきがちな素材(タイトルからしてそうだろう)にも関わらず、この舞台は実に清潔感すら漂わせる雰囲気に包まれているから不思議と言えば不思議である。
勿論、お色気シーンと言われる箇所は随所にあるのだが、それは不思議とバックグラウンド的な感覚で冷静に受け止められる。宮野氏の主観はどこにあるかは別として、それほど由紀とメインヒロイン・森居左、黒川水面との三角関係がインパクト溢れているストーリーの斬新さを伺わせる要因なのであろう。
まあ、それにつけてもこの池田由紀という少年は大層な魂(タマ)の持ち主であるか。個人として見れば、この由紀、実にジャニーズっぽくて微妙なところ(正直な話、ジャニーズ至上主義っぽい今の芸能界があまり好きな方ではないから)。ええ、勿論彼には共感できますけどね。違う自分になれるから「女装」すると言うのは、ある意味現代社会を風潮している部分もある訳なのだが、下地が美しい由紀ならではの特権である。今現在は残念ながらもとより不細工な男が女装なぞをすれば、オカマ以下のただの変態扱い。おすぎとピーコや、KABA.ちゃんのように真性ならば、それはそれで愛嬌があって万民に受け入れられようが、何事も中途半端は余計な波風を起こすのである。
そんな池田由紀少年が女装をすることで、秋霄かくやの女心を知るか知らざるかの論争にこぎ着ける前に、どうも杜撰な乱堂政がそれでも記録を留めてなりきろうとした女性としての生活。能面天才少女・黒川水面が四面楚歌の嫉みに遭い続けながら、どうにも気になって仕方がない。これぞ恋愛物語の醍醐味よ。森居左から黒川水面へ、いわば弄ぶのも大概にしろと、美しい少年は最低の男と紙一重ばかりに、左の告白に風に舞う木の葉か、水面の心かき乱す行動を取る姿はぶっちゃけ羨ましい(笑) 結局、水面はこの女装少年にマジ惚れしてしまったと言う感が見受けられるが、「先着一名様つかみどり」とはそこはかとなく淫靡な言葉であろう。そして、「告白って気持ちいいね」と彼女が言った言葉は実に印象に深く、何気ない素直な言葉が、黒川水面という少女の氷解を一番強く表していると言えるのであるまいか。
■黒川 水面 … 友達がおらず、高慢不遜のレッテルを貼られたという、いわゆる氷の心を持つラブコメ必須のキャラクタ。設定だけを見れば無難なのだが、回を重ねるたびに、実にナチュラルに変化し、読み手を惹きつける。 |
このコラムを書いている時は、ゆびさきミルクティーは連載中の筈である。将来展望もあるのであまり独善的な憶測は忌諱に触れてしまいそうだが、流石に短期集中連載から本連載に昇格したとされるだけはある。『萌え』系という視点から見れば、確かに局地的に絶大な支持者があるのは当然であろう。理由はオープニングのコラムにもあるとおりなのだが、巍遐 樹個人の視点から見れば、森居左にも、黒川水面にも、『萌え』はしない。萌えはしないが、俄然好きなキャラクタである。
この男にしてこの美少女二人。由紀の秘めた狡猾な内面を除け語らば、森居左とは実に健気なる少女ですな。いやはやオヤジ的感覚で眺めてみては、「今の世に稀な純情少女」。さすがはメインヒロインの面目躍如と言った感じであろうか。ただし、三角関係のドラマには水魚の交わりである、主人公の男の体たらくが、星の数を与えられない要素となる。
まあ、かと言うものの、同じ男として考えてみればアナタ、一途に自分を慕うカワヒヒ年下のオンナノコ約一名と、自分だけにココロを開いてくれるオンナノコ約一名を比較すりゃ、そらまあ両手に花、酒池肉林の暴君に憧れるものである。男子たるもの、支配欲はあってしかるべき。それがなくちゃあ、人間としては女性に全て劣る生き物、取り柄のひとつがあっても良いだろう(笑)
まあ、しかしやはり激しく非現実的なストーリー展開を別に考えて見れば、左と水面は恵まれておりますね。色恋沙汰は兎角政府運営よりも艱難辛苦に満ちていて、三角関係を乗り越えれば政治家として大成できる……などとは言うまい(不倫は文化の衆院栃木の自民党某F議員)が、それなりにでも、池田由紀という存在があって満ち足りた日々を過ごしている。由紀に肩入れするわけではないが、一個の人間として感情豊かに成れたこと、恋をする素晴らしさ、喜納昌吉の「花~すべての人の心に花を~」よろしく泣きなさい、笑いなさい、いつか心の中に花を咲かそうよと、彼は暗示してはおりませんか。
しかしそんな由紀の残虐性が如実に示された言葉は、自分を親友の由紀とは気づかずに惚れてしまった亘に対するひと言「あなたはやりたい事を持っているけど、私には何も無いから、私が欲しいなら他の物は全部棄ててくれなきゃ嫌」。これには正直ぞっとしましたね。池田由紀の基幹とも言えるかどうかはともかく、男と女の二面性がようやく合致した瞬間。宮野氏の真骨頂とも思えるような痛烈なメッセージ性が、ここにある気がしてならない。
そして、この先純真無垢な森居左が踏み入るであろう恋愛の螺旋回廊に待ち受けるダークな運命を黙示しているのではないか。ええ、これは本当に憶測、あるわけはないのだが(笑)
■亘 … 池田由紀の親友とされる、サッカー一筋の少年。爽やかを絵に描いた像なのだが、女装した由紀に本気で惚れてしまうと言う、実に節穴なる目をも備えている。ギャグ系担当の姉・未記の存在に隠された感がある。 |
『逃がした魚』 ―――― reason、芹なずなの偉大なる包容力
第2巻の巻末収録としての読み切り「reason」はその名の通り、理性・分別というテーマとしては実に幅が広く、読み切りとしてはいささか説得力が足りないのは否めない。姉弟による過度の愛情を基礎において、芹なずなという男言葉の少女があまりにも無頓着のように見受けられても仕方がない。何せこの主人公・ユキヒロが濃い。途轍もなく濃厚であるからだ。なずなのようなまっすぐで清冽な印象がある女の子が立ち向かう相手にしてはレベルが違いすぎる。
まあ、このユキヒロという主人公はその気になりゃ自分史を1冊500ページ・豪華装丁本全5巻・・・は出版出来そうなんで、かたや恋愛漫画単行本全2巻・・・程度のなずなじゃ頭がパンクしてしまった後に精神的にノイローゼになってしまうかも知れぬ。
とまあ、それはともかくとして、この筋のストーリーはただでさえ奥が深いから無論どちらかが人間離れした様相を見せてくれなきゃまとまりがつかないだろう。果たして超人間的なキャラクタは誰かというと、主人公・ユキヒロなどではなく、弟に迫った姉・六花でもない。言わずもがな、この無頓着少女・芹なずなに他ならないのである。それは言うまでもないが、姉弟のラブシーンを目の当たりにしてこれを許し挙げ句の果てに「感動している」とまで曰い、なずなを好きになろうとする当のユキヒロを待ってあげるという、正しく神様のような、偉大なる包容力の持ち主。あるいは本物の神なのか。さすがは宮野氏が気に入っていると言われる程の御仁ではあるな。「逃がした魚は逃亡中」。巍遐 樹からすれば、彼女は魚どころか、悠然と大空を舞う天女に見えてならないのだ。
■六花 … reason主人公・ユキヒロの実姉。弟との極度の愛情が歯車を狂わせることになる。この手のストーリーは背徳的なためか、非ダークでもそこはかとなく胸にもやもやが残るために、高度な流れが望まれる。 |