性的対象とは一線を画す男と女のアドバンス・インスティチュート

~ウッハ!ハーレム学生寮/©松浦まどか 2002~2005(講談社/ヤンマガKC)~

◆ギャグとシリアスが絶妙に融和した、エロくない新感覚エロ漫画
1985年、第二次中曽根内閣が成立させた男女雇用機会均等法から約20年。それに代表される男女平等の意識は、まだまだ隅々まで浸透しているとは実に言い切れない部分がある訳なのだが、人間としてみれば、女性が男性よりも強いのは古来より不変なものなのであろう。「女は強し」、「肝っ玉母ちゃん」とはよく言ったもので、最近では小泉純一郎首相が、田中眞紀子前外務大臣を「涙は女の武器」という発言で痛烈たらたらに非難を受けるなど、得てして世の中、女性に対する対応に苦慮するのはひと言で言えば「男がだらしない」のでありましょう。まあ、田嶋陽子先生の受け売りではないのですが。
それはともかくとして、このウッハ!ハーレム学生寮という作品は、実に不思議な漫画なのである。
ヤングマガジンに連載されていて、はっきり言えば一般青年誌向けのフランクなエロ漫画の部類に入るのだろうが、全体的にお色気シーンをお目見えしても、全くエッチさを感じさせないのだ。
タイトルからしてどこぞのVシネマっぽいものなのだが、とにかく主人公の住田剛・坂本千太郎が、メインヒロインである鶴鳴子、北越南美恵という美女軍団に囲まれて読者に妄想さえ懐かせる花の学生寮生活を送る上手い味に、人生とはなんぞや、生きてゆくこととはなんぞやという苦塩が程良く隠し味として調和され、ベタベタのラブコメでもない、無為に裸のシーンを組み込んだわいせつ漫画でもない、エロくないエロ漫画。青年誌向けの先進的社会諷刺漫画として、読者に男女平等・恋愛の価値観を問いただしている稀少な作品となっていると言えるのでは無かろうか。
とにもかくにもストーリーが勢いがあって面白い。ただし、エロを期待しては損をする。巍遐 樹としては、社会状況を肩が凝らない程度に考えてみたいと思う二十代三十代の人にお勧めしたいのである。
■ウッハ!ハーレム学生寮 第1巻そのタイトルとは打って変わって、実に現代社会に根深く残る男女の格差を諷刺しているバラエティ作品。純粋にエロティックやラブコメを求めるならば大きな隔壁があるために注意。私的には男女問題にうるさい社民支持層に推薦する。

「女・・・ナメんなよ」――――住田 剛、アイデアルからリアリストへ

それにつけても、やはり巍遐も一介の男である。主人公・住田の状況に置かれたとするならば、普通これから過ごしてゆくであろう四年間の青写真に相好を崩しながら学生寮の門を叩いたことであろう。美女揃いなどという夢妄想はともかくとして、女だらけの・・・という響きを聞けば誰であろうと男が生涯一度くらいは思い描くシチュエーションではある。住田剛という男に親近感を懐いて彼が遭遇してゆく乱痴気騒動は、実に羨望の眼差しと言うよりも、自分が思い描いた女だらけという「疑似ハーレム」の顛末をシミュレーションしているようで紅顔甚だしくさえ感じるから面白い。要するに、漫画の主人公に共感・自分を投影すれば、住田は鶴鳴子や宇堂静華の辻斬り人身御供としてだけではなくて、一種の欲望の片割れ。男の劣情の末路を警告しているようで、反面教師、実に身が引き締まる思いすらするのである。
ラブコメを主流としていない当作なのだが、いずれにせよ住田と鳴子が急接近するという話は了承済みとも言える。最近、異常なほど頻発している性犯罪には同じ男として目を背けたくなるものばかりが多く、遂に2004年、法務省は97年ぶりの刑法大改正をするとしている。そこまでせねば抑止力が効かなくなったか愚かな生物・『男』。されど、そんな男という生き物が誰も心に潜める魔物・「征服欲」の滾る波動を沈める手段のひとつとして、やはり鳴子のような気丈で我の強い、美人の上司を地にへばりつかせるというプロセスが良く描かれるのに等しいのでは無かろうか。まあ、これは極端な話の喩えではあるのだが、実際に皆さんもどうであろうか。つんとお高くとまった女性が、あなたの努力いかんであなたを好きになった瞬間、あなたにだけ弱さを見せ、しおらしく尽くしてくる・・・。こういう女性を少なくても憎々しいと感じる男は全くいないと言っても過言ではあるまい。それが、形を変えた「征服欲」であると思うのだがいかがなものであろうか。
さて、そんな鳴子はポジティブ色前面に出しながらスキップ絶えず文字通り地に足が着かない住田剛を現実主義者へと強制転換させるひと言「女・・・ナメんなよ」
男の巍遐 樹から言わせても、この場面の鶴鳴子さんは素晴らしく格好いいんですよね。

■鶴  鳴子 … 豪気な性格で全く嫌味がない。実写版Vシネマにしやすい作品と思われる当該作で、絶世の美女+抜群のスタイル+この性格と、実際にキャスティングが難航されがちな設定なのだが、鶴鳴子に関しては意外とはまり役の女優は捜せば多そうである。

「そういう武器ではないんだから」――――坂本千太郎、知らしめた烈丈夫

ギャグエッセンスに程良くミックスされたシリアス路線の作品というのは、実に無理な雰囲気を作ることはなくエロチックなシーンがない方が逆に良いものである。この作品は正しくそれであり、キャラクタ同志の微妙な感情の駆け引きが大いなる魅力となって読者を惹きつけて止まないのは確かなのであろう。住田や千太郎のような主役級キャラももとより、林沢や宇堂に代表される個性的なメンバーによって物語全体に蓄積されてゆく不満分子のはけ口となっている、絶妙な活躍には正しく脱帽の意を表して止まない。
さてそんなハーレム学生寮の絶えぬ騒擾の中で、領主・鶴鳴子を惑わす快彦という男も裏を返せば凋落を象徴する存在。人間というものは実にいやしい心の持ち主である。「他人の不幸は蜜の味」とは言うもので、いわゆる独占・支配欲の変質である。別に住田に肩入れしているわけではないのだが、やはり鳴子が他の男とのなれそめに触れるのは面白くない。元カレには不幸になってもらわなければならぬ。悪人では困るのだ。惨めな善人ぶりをさらせば良い。
そんな住田側の巍遐 樹から言わせば、かたや坂本千太郎とは実に端から役得な立ちまわりである。北越南美恵という比翼を纏っている。ボケ役ぶりも言うなれば約定済み。実にずるい男である。
しかしそんな千太郎は憎いというわけではない。住田・林沢という男子連に翻弄されながらも、南美恵一筋に突き進んでゆく信念は大したものであるが、逆に言わせればそんな不器用な姿がある意味男の夢を描き、また現実の自分に近い像を見出しているのかも知れない。
傍目から見れば実にばかばかしいとさえ感じる、W1と称するバトルロワイヤル。その中でこの冴えない主人公は対戦相手である氷川虹子に実に男冥利に尽きる気遣いを見せた。目前に迫った勝利を捨てて勝ちを譲る。「オッパイは女性の武器だと言うけれど・・・そういう武器ではないんだから」
宝の玉を捨てて石を拾うごとき坂本千太郎の棄権なのだが、謙譲の美徳などという古式ゆかしい思想などではなくても、男が女を守るという基本的な男女間の恋愛観の根本をここに感じ取ることが出来はしまいか。前述したが、理不尽な性犯罪が蔓延する昨今、時々自問自答する事柄である。

■坂本 千太郎 … 当作の主人公と明記されているが、個人的には住田剛と並ぶ二大主人公と見る。女性に免疫がなさそうに見えながら実に良く女性の心を捉えて止まない魅力がある。元来、読者男性の現実像に近いキャラクタを描きながらも、北越南美恵の存在が彼の位置を遠ざけている。

「オマエがいてくれてよかったよ」――――鶴鳴子・住田剛、踰越の忌諱

「ZENZEN気のないフリしても結局君のことだけ見てた・・・」1996年ドラゴンボールGTの主題歌・DANDAN心魅かれてくの一節だが、鳴子と住田の関係は正しく彼が言うように、近くて遠い存在と言える。人間というのは傲慢なもので、いわく無い物ねだり、離れてみれば気づく大切な存在。
現実を垣間見てみれば、よく鳴子と住田のような関係ってありそうでない。何故かと言えば、ここまで高飛車な女性というのは大概男に疎遠されるか、あるいは逆ギレされて悲惨な命運を覗くかだからである。かく蘊蓄を垂れる巍遐 樹も、実際に鳴子写しの女性がそこにいるとすれば、つまらぬプライドを持っている自分、無視してしまうだろうからだ。だから、物語の鳴子と住田の関係に憧れ、従順な南美恵と純朴な奈瀬に人は萌えを感じるのではないだろうか。
千太郎×南美恵は当然の理と片づけてしまえば実に素っ気ない物語に終わってしまうのだが、住田×鳴子はある意味、住田×奈瀬という関係以上に期待感を持たせる。鳴子がサドで住田がマゾとまでは言うまいが限りなくそれに近い。征服欲と被虐欲というのは実に紙一重。ここに見る男の劣情というのは我ながら寒気すら覚えてしまうものだが、下手に抑止して暴発するよりはまだ良いのかも知れない。
個人的には住田は鳴子と結ばれてしかるべきだと思うのだが、そこはお約束、初恋の奈瀬の再登場で再び仕組まれた波乱へ。この第6巻目のあおりにはラブコメ編突入としているが、ラブコメ路線は成るべくして成るだろう。男女平等にこだわり鳴子の就職活動で面接官のセクハラを問題提起に置いて現政権への痛烈な皮肉漫画から社会現象を及ぼし、小林よしのり氏や江川達也氏ばりのメディア進出を図る器量が松浦まどか氏に求められるのは話が飛躍するのだが、それはさておき、住田と鳴子は実に連理の枝となれるだろう。この二人の存在はくどく現代社会の男女関係の縮図ともいってはばからず、やはりその大原則で「男らしさ」と「女らしさ」を失わない。悩み苦しむ時、誰でも側にいて欲しいと思うものは、如何に気丈でも人間寂しがり屋は本能である。寮則を自ら抵触させ住田と危険な雰囲気に陥った鳴子が悩みをうち明け、抱擁した住田に「オマエがいてくれてよかったよ」と呟く場面にはこのラブコメ編の真骨頂を見て取れる。実にポピュラーな言葉なのだが、日本人誰もが忘れかけている名言のひとつでは無かろうか。

■林沢 哲平 … とことんがつくほどボケキャラにいじめられ役の四枚目キャラクタ。人間国宝級の変態癖がフル活動するもことごとく外され、自慢の前歯が喪失してしまうという哀れな末路を歩むことになる。要するに変態行為は身を滅ぼすと、彼自ら身体を張って読者に伝えていると見れば、なかなか愛着がある(?)か。

2004/02/11