心の深部を見事に貫く恋愛ハイリアリティ
■制限を掛けられた恋愛、男の弱さとツボを見事につく北崎流恋愛ドラマ
何がきっかけだったかはすっぽりと忘れちまったんだけど、北崎拓さんの「クピドの悪戯」が妙に脳裏に引っかかった。プラネテスの2巻から4巻までを買いに、北上の本屋に足を運んだ時、目に入る。プラネテスの方がなかなか見つけられなかったんだが、真っ先に目に入ったのが「クピドの悪戯」だった。
プラネテスを手にとってそのまま買って帰ろうと思ったんだけど、結局、クピド現行の4巻までも買ってしまった(衝動買いというわけではないんだけどねえ)。
読んでみるとこれがまた面白いというかなんて言うか……、神の啓示は怖いもので、何かこの主人公・睦月智也に思いを馳せるとすごく胸がシクシク痛んでくるわけだ。なんて言うか、気持ちがすげーよく解るっていうのかなんて言うか。“虹玉全部出し尽くせば男として終わってしまう”とか言うファンタスティックな内容はともかくとして、桐生麻美と大倉怜子という二大ヒロインをめぐる恋愛の駆け引きには泣きが入る気がする(まあ、某人の周囲にはこの様な美女美女はおらんかったけどな)。 一気にではなかったが、4巻まですらりと読めました。睦月や桐生の話にはイタタタタ……な感じを抱きながらも、不思議と主人公のヘタレぶりとかには頭は来ませんです。ええ、睦月のお気持ちよーくわかるし。怜子との関係について特にうんうんってな。 で、二人のヒロインを比較すれば、鷹嶺的は大倉怜子の方が良いです。桐生麻美はちょっと奥が深すぎで何となく深入りしてしまえば良く言う“魔性”の女っぽい気がするわけだ。はまったら絶対に抜けられねえ雰囲気がゆんゆんだ。ええ、決して嫌いという意味じゃなくてね。 それにしても、恋愛作のベテラン北崎氏の本領いよいよ発揮という感じか。思わず、何度も読み返してしまいたくなるフェロモンを感じますぜ。 [2005年10月2日・蒼天随想録] |
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■クピドの悪戯「虹玉」 … 北崎氏とは言えば、「たとえばこんなラブ・ソング」や、「ふたり」などの、小学館党恋愛大家として、猪熊しのぶ氏と共に高知名度を誇る。深層心理にこだわりがあるかのように強く斬り込んだ作風は、時々胸が痛くなるほど面白い。 |
「何度も絶叫してるんですヨ」――――大倉怜子、睦月智也に覚悟の恋をする
まあ、回想とはいえ初回からいきなり女子中学生に対し、「顔射」などというある意味途轍もなくコアな内容だった、この「クピドの悪戯」という作品。善し悪しはともかくとして、こういうハイクオリティな初回の状況を維持し続けられるかというのは非常に難しく辛いところではないだろうか。
初回がつまらなければ、二回目以降は誰も見ない。面白ければ、期待をしてしまう。読者と言うのは作者の苦労をものともせずに高品質なものを求める。いや、実にプレッシャーだ。
さて、そんなことを考えながら読み進めてみると、まるで殷周革命の発端を予感するかのように、主人公・睦月智也は、因果を含む桐生麻美と、寡黙な美女・大倉怜子との恋愛渦中に身を投じて行く事になるわけだが、この睦月智也という男、咲香里さんの「春よ、来い」の曽根高史とは違って、女性に対しては非常に奥手のようで純情一途なのだから良い。
まあ、とは言っても実際に童貞喪失寸前までの女性関係は深く浅い。彼は実のところは女性にもてるダイヤの原石とも言える。そういう風に考えれば、曽根高史とは違って、私的にはそれほど萌え要素のあるキャラクタではないように思える。
桐生麻美を初めとして、高校時代には先輩の恋人とも際疾い線まで走った。ここまで美女に囲まれて完全な童貞。裏のない純粋さは天性の「女殺し」とも言える。間の悪さも彼天性の幸運。難攻不落の要塞・大倉怜子との好感度が急上昇し、男不慣れな彼女をして「睦月さんと話すようになってから、何度も絶叫してるんですヨ。あたし。」と言わしめた。きっと怜子にしてみれば、智也との恋愛は相当の覚悟を決めて臨んでいるのだろう。個人的には最近、怜子との順風満帆なラストを望んでいるのだ。
■大倉 怜子 … 「クピドの悪戯・虹玉」二大ヒロインのひとり。いわゆる「ツンデレ」。男に“不慣れ”というだけであって、決して付きあったことがないとは言っていないのが判る。ゆえに、桐生とは違って好きな男性に一途な分、向けられる言葉には、読み手側にとっても重みがある。男に甘える術を極めている。 |
「キビしい恋愛してんのか…?」――――桐生麻美、自虐の情交を見破られる
智也がぞっこんな大倉怜子とは対照的な存在が桐生麻美。智也にとっては中学時代から少なからず因縁がある存在。現実味が薄いというのはまあ、怜子にしろ麻美にしろ、美女ふたりに囲まれて、挙げ句の果てには病気のために7回しかセックスを出来ないという設定。ファンタスティックな展開ながらも、このふたりの存在が、極めて現実性が強い。奥手で可憐なイメージの怜子は実のところは芯がしっかりしている。麻美はいつも明るく友達も多い。しかし内面はとても脆く崩れやすい。それを必至にこらえている。そんな対比が怜子派・麻美派かと別れる一因なのはわかっている。
鷹岑的に麻美がいま一歩遅れている感を懐いているのは、やはりストーリー開始時には妻帯者の男と不倫関係にあったこと。麻美の友人・五十嵐も言うように、智也の事を無害中性の男友達だと思っていることであろう。
鷹岑は残念ながら、男女間には友人関係はありえないと思っているので、麻美のこの認識の甘さというのははっきり言って幻滅すら感じる。
怜子とのデートでフライングを発し、麻美の元に転がってくる智也もへたれだったが、恋愛経験の薄い智也の目ならではか、童貞喪失に対して幾ばくかの抵抗がそうだったのか。裸の関係にまでなり、互いの身体をまさぐり合う仲でも智也は比較的冷静だった。「お前も、キビしい恋愛してんのか…?」男の強い性的欲求にすがった自虐の行為が智也の理性に破れた瞬間、麻美の虚偽のベールは一気にはぎ取られ、事実上、睦月智也に本気の恋をする。そして、その言葉の轍を、何の因果か麻美もまた再び踏むことになる。する恋が全て不毛か魔性か。いずれにしろ、麻美の場合は根の脆さに崩れにくい。付きあう男は常に彼女の心のケアをしなければならないだろう。暴走しないように、なるたけ一緒にいてやりましょう。
■桐生 麻美 … 二大ヒロインのひとり。明朗活発で経験豊富な印象をいだくが、実は波瀾に満ちた恋愛を重ね、とても脆い。報われることのない恋と知りながらも気丈に明るく振る舞うところがドンドンツボにはまってくる。男を甘やかす術を極めている。 |
「会ってますよね」――――二大ヒロイン、開戦の詔
結局、智也と麻美はB止まりだったわけだが、これが当然として後に大きく尾を引くことになる。そりゃあそうでしょう。人間、裸で抱き合ってへらへら~とするほど性根が強いわけがない。最も、相手の存在がなくなってしまうほどに嫌いになればまた別の話だが。
考えてみれば、この漫画は、男と女の恋愛で行き着く、セックスという通過点をよくまあ真摯に向き合って描いておられるなというイメージである。恋愛ドラマ・恋愛曲……なんぞ立派な文言を並べようが体裁やムードを、大枚はたいて創り上げようとも、結局やることは人体素っ裸になってやることやる。思えば実にあっけないというか、それまでの飾りすら無意味になってしまう。
「虹玉・7回射せば男として終わる」という設定は、そんな恋愛のトランジットをこうも読み手の心境を濡れてで掴み上げるように細かく描写することで、妙に生々しく感じる。現実問題で、美女ふたりに心から好かれるなんて言うことはありえないにしろ、いちいち智也の反応にウンウンと頷いたり、怜子や麻美の心理にドキリとしたりしてしまう。流石はベテラン北崎氏の真骨頂かと。
それまでは本当に非戦論者的な立場で通してきた大倉怜子の人的変化も見逃せなくなるのが面白い。智也の童貞喪失後から怜子はよもや言わせるならば、恋愛タカ派。共産主義者が突然、保守主義に目覚めたとばかり(それは言いすぎか)に、静かに、それでも確信犯的にいまだ智也との距離が近い桐生麻美に告げる。「会ってますよね」
白々しさも感じる怜子の挨拶に思わずたじろぐ麻美。怜子に盲目の智也にとっては、これぞ正しく、怜子・麻美を巻き込んだ、恋愛・開戦のみことのりだ。今後、いよいよ桐生麻美が本気を出して睦月智也を奪いに走る事を期待するかな?(このコラムを書いた前日には、単行本5巻を買ったばかり)
ま、かく言う鷹岑は正直言って怜子か麻美か、どちらも選べません。自分を好きな女の子ふたりを並べられて、「さあ、どっちーどっち~??」と踊られても、きっと逃走します。はい、無理です。鷹岑はそれほど、恋愛ザコ人間なんですよね。他者のことを見てる分には面白いですけど。
■睦月 智也 … 心ならずも純情なイメージで21年間、童貞だった主人公。しかしその割には結構、美しい女性との恋愛経験未遂を積んできた。怜子・麻美というふたりの美女に囲まれながらも、心は怜子一筋な面は素直に好感が持てる。親バカになりそうなタイプ。 |
December 07, 2005