第3話 奇人

 五九八年。今から六年前に遡る。
 マケドニア王立学校は、マケドニアのみならず、大陸屈指の名門軍事学校として、青雲の志を抱く若者たちが、毎年狭き門をくぐり抜け入学してくる。
 後に『ペガサス三姉妹』と呼ばれることになるパオラ・カチュア・エストの三人は、揃って国軍軍事科に合格。しかも受験者一五〇〇人のトップスリーという優秀な成績での合格で、しかも美人であったためか、一際注目される存在であった。
 幼い頃に下級武官だった父を亡くし、母も後を追うように病死し、僅か六才でマケドニアの親戚に引き取られたルーディ。蛍雪を積み重ねた彼は、国軍参謀科にトップ合格。しかも超難問揃いの問題に満点で悠々と通過したというのだから、誰しもが恐れ入って止まなかった。
 人々は『一〇〇年に一度の鬼才』ともてはやし、宮中の上官たちは、早くから彼らに目を付けていた。
 折しも、マケドニア王オズモンド大公と、その息子ミシェイルとの不仲説が真実味を帯び、廷臣たちも気が気ではない日々を送っていたのだ。
 先年、マケドニアの高祖である龍騎士アイオテの晩年から仕えた謀将で、大柱石のミッチェル伯が他界。享年八十九。仮にオズモンド王とミシェイルの仲が悪かったとしても、ミッチェル伯が、二人の間を取り持っていたので、軋轢は生じなかった。
 アカネイアへの従属同盟を続けるオズモンド王と、完全独立を唱えるミシェイルとの溝は、ミッチェル伯没後以降、急速に広がっていった。表面的には平和を装っていたが、もはや関係修復は不可能に近い状態となっており、宮廷には遂に派閥抗争の火種が広まっていた。
 ミッチェル伯ほどに優秀といわれる逸材が不在な宮廷だから、三姉妹とルーディという優秀な少年は、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい人材であったに違いない。

 王立学校に入学してから二月が経ったある日、ルーディは一人、学生食堂でいつものように昼食をとっていた。
「あっ、ルーディ君だっ」
 背後から突然の甲高い声。ルーディは驚愕し、のみ込んだオレンジ・ジュースが鼻に逆流する。怒った顔つきで声の方を向くと、ピンク色のショートヘアの少女が盆を持ちながら無邪気に笑っていた。隣には青い髪の少女と緑のロングヘアの少女。それぞれ、出来立ての料理を盛りつけた盆を持っている。
「エスト、ビックリするでしょっ」
「あはは、ごめんパオラお姉さま」
「ルーディ君、一人? 相席、いいかしら?」
 カチュアが微笑みながら訊く。コップを片手に持ったまま、呆気に取られるルーディ。
「お邪魔しまーす」
 返事もないままエストがさっさとルーディの向かい側に座る。パオラとカチュアも盆をテーブルに置き、エストの両側に腰掛ける。
 怪訝な眼差しで三人を見ていたルーディは、一言も発せず再びフォークを取り、憮然としながら料理を口に運ぶ。
「ごめんね。偶然あなたを見かけたから、ちょっとお話ししようかなって思ったの」
 パオラが申し訳なさそうに言う。
「――――何か」
 上目遣いでパオラを見るルーディ。同期とはいえ、パオラはルーディより一歳上だ。言葉遣いは自然と敬語になる。
「いや・・・あのね。そのー・・・参謀学科の秀才であるあなたが、将来どういう道に進むのかなぁーって、興味があって」
 カチュアが苦笑する。
「将来の道?」
 フォークを置き、ぐいとオレンジ・ジュースを飲み干すルーディ。グラスを置き、顔を上げてカチュアを見る。
「そう。あなたほどの秀才なら、どこの国でも士官の道はあるでしょ? だから、参考までに訊きたいなあって」
「君たちはどうするつもりですか?」
 反対に聞き返すルーディ。エストが答える。
「うーん・・・・・・やっぱマケドニア国軍よね。天馬騎士団にかけては右に出る国はないもん」
 その言葉に肯定の唸りをするパオラとエスト。ルーディはにやりとしながら三人を見回している。
 カチュアが再び口を開く。
「あなたはどうするの?」
 ルーディがニヤリとする。
「うーん・・・当ててみたら?」
「そうね。無難なところで、陛下?」
 その言葉に鼻で笑うルーディ。
「陛下は柔弱で、ただアカネイアに対する従属のみしか考えず、先だったお考えのないお方だ。違うな」
 木で鼻をくくるような返答に、三人は愕然となった。何と自分たちの国の王を貶すとは。考えもしなかったルーディの言葉である。
「じゃあ・・・ミシェイル殿下?」
 エストの問いかけに、ふっと鼻で笑うルーディ。
「殿下は知勇に優れてはいるが、猜疑心が強く、独裁を好まれる。ご自分の思想に違う者は、例え優秀な人材であっても卑下し、用いようとはしないと思う。違うね」
 公然たるその言動には、悪びれたような感じはなく、聞いていた三人の方が焦ったように周囲をきょろきょろしている。カチュアが囁くように言う。
「ちょっとルーディ君、そんなこと言って大丈夫? 誰かに聞かれたらやばいよ」
「僕は感じたままを口にしているだけだ。人を評価するのに、おべっかを使う必要はないだろ」
「じゃあ・・・・・・他の国ね。アカネイアかしら?」
 パオラの言葉にもルーディは首を小さく横にふる。
「アカネイアなど、長年の権力掌握によって、重鎮諸侯たちは私利私欲の亡者となっています。マケドニアに対する対応を見れば一目瞭然。大尽たる者、小人に仕えるべきではありません」
「わかったっ! アリティアだね。あの国はなんて言ったって、英雄アンリの子孫だもん」
 エストが手を打ち鳴らして言う。
「アリティアのコーネリアス王など、井の中の蛙。論外だな」
 哄笑するルーディ。更に彼は言い切った。グラのジオルは《墓守》。タリスのモスティン王は《雄才なき好々爺》。オレルアン王の才知は《バベルの塔》。グルニア王は《日和見の名将》等々。
 言いたい放題のルーディに、三人はとうとう呆れ気味になってしまった。
「じゃあ、どこの国にも仕えないって訳?」
 カチュアが憤懣してルーディを睨む。
「誰もそのようなことは言ってはいないだろ。人材を用いてくれる所だったら、どこでも仕官するさ」
「だって、あなたの話だとどこの国もダメだって事でしょ?」
「そう言うことになるね」
 あっさりとした返事をする。嘆息するカチュア。ふうとため息をつき、パオラが口を開いた。
「ねえ、じゃあ聞くけど、あなたから見て、どの人だったら仕えてもいいと思ってるの?」
 その質問にルーディはうーんと唸ってからパオラを見つめる。
「大陸に英傑はなし。ただ――――」
「ただ?」
 三人の眼差しが、瞬く間に興味深げに向けられる。
「マケドニアでは王女ミネルバ様。グルニアでは大将軍カミュ。オレルアンでは王弟ハーディン大公。グラではシーマ王女・・・この面々ならば、人材を愛される気がするね。タリスやアリティアは語るに及ばない」
「へえ・・・ミネルバ様ならば仕えてもいいんだ。何だかんだ言って、ルーディ君もミネルバ様のファンなんだね」
 エストが何故か嬉しそうに言う。
「ミネルバ様って、英雄アイオテに優るとも劣らないほどの武勇と才知を兼ね備えているわ。それに、何て言ったって、美人だし」
 カチュアが恍惚とした口調で言う。エストがカチュアの腕に自分の腕を回しながら嬉々とする。
「あたしたちも卒業したら、ミネルバ様にお仕えするつもりだから、もしルーディ君もミネルバ様に仕えることになったら、最強のメンバーになるわ、きっと」
「そうね。それにあなたの様な奇才がミネルバ様を補佐すれば、もしかしたら、逆タマ・・・ってことにもなるかも知れないしね」
「きゃはは。もう、前途洋々ってカンジ?」
 勝手なことを言いまくるカチュアとエスト。ルーディは再び、おとがいを外す。呆気に取られてルーディを見つめる三人。
「勘違いしないでくれよ。あくまで《人を用いることが出来そうな》って事だから、仕える仕えないの問題じゃあない。それに、僕は栄達を求めない。仕えるべき主君がいなかったら、どこにも仕官はしないよ」
 言葉を失う三人。つまりは卒業後の進路は考えていないと言うことではないか。
 ルーディは食べ終わった盆を持ち、立ち上がる。視線を三人に送りながら、言う。
「まあ・・・君たち三人は、『天馬騎士団の部隊長』くらいにはなれるだろう」
 その言葉にムッとするカチュア。
「じゃあ、あなたはどうなの?」
 しかし、ルーディは笑ったまま立ち去った。
「何あれ、カンジわるい」
 軽蔑の眼差しに変わるエスト。
「よほど、自信があるのよ」
 パオラが呟く。
「ただのナルシストね」
 カチュアが吐き捨てるように言う。そして、ルーディとの話に集中していた間に冷めてしまった昼食を一気に平らげた。

 それからというもの、ルーディは変人というレッテルを貼られてしまった。
 公然と国王や上官を批判したことが広まり、周囲は面倒なことに巻き込まれることをおそれ、誰も彼に近づこうとはしなかった。王立学校も停学を命じられ、半ば強制的に自宅謹慎させられる羽目になった。だが、ルーディ自身はそのようなことを気にもとめず、ひたすら書物を読みふけり、軍略に勤しむ日々を送っていた。
 時に英雄アンリが討滅せしめたドルーア帝国が復活し、世情は不安定になっていた。マケドニア王オズモンドと、王子ミシェイルとの不仲はここに極まり、王女ミネルバは、心痛甚だしく肉親の抗争を見守る日々を送っていた。
 ある日、ミネルバは王立学校を訪問した。学徒たちは勇将名高き先輩の姿に狂喜乱舞して、将来はその下につきたいと欲し、己をアピールする。
 パオラ・カチュア・エストの三姉妹は、特にミネルバに気に入られ、卒業後はマケドニア天馬騎士団の将校として採用するという墨付きをもらうという栄誉を賜った。
「参謀学科のルーディという者に会いたい」
 突然、ミネルバは近侍に言った。
「はっ。しかし、ルーディという少年は、畏れ多くも国王陛下やミシェイル殿下を公然と貶した不埒者。現在は学長命令で自宅に謹慎させられております」
「ならば、その者の家へ行く」
「はっ?」
 愕然とする近侍。
「父上や兄上を貶すほどの才略を持つ者ならば、一度会って教えを乞いたい。・・・何をしている。早く案内するよう申し伝えよ」
「は、はいっ、ただいまっ」
 女傑の叱咤に、慌てて退出する近侍。
 学長を案内人に、ミネルバは郊外にあるルーディの家に来た。みすぼらしい程に朽ちけた平屋。王立学校に入学してから、彼はひとり暮らしをしていたのである。
「今、ルーディを召し出させます」
 学長が前に進み出るのを、ミネルバは止めた。
「私が会いたいと言うのだ。私が訪ねなければ失礼であろう。・・・その方たちはここで待っているのだ」
「あっ、ミネルバ様っ」
 学長や近侍の止めるのも聞かず、ミネルバは単身ルーディの家の扉を叩いた。
「はい。どちら様です?」
 ルーディが扉を開けると、そこに立つのは赤い髪を靡かせ、長身でかつ端正で凛々しい美貌に微笑みを蓄えた、気品のある美しい女性。
「そなたがルーディか」
 驚きもせず、ゆっくりと跪き拝礼するルーディ。
「左様でございます。ところでまさか、ミネルバ様が拙宅にお越しになられるとは・・・・・・」
 ルーディは彼女を招き入れた。姿が見えなくなり、近侍や学長は慌ててルーディの玄関前に駆け付ける。
 床に散乱した文書や書籍を端にかき分け、粗末なパイプ椅子を勧める。
「ああ、構わないでくれ。すぐに退散するゆえ」
「ただいま、お茶を・・・」
 ルーディが部屋の隅に置かれたポットに水を入れ、火にかける。
「ところでそなた、我が父や兄を公然と貶したそうだな」
「まことにおそれ多いことではございますが、私は陛下や殿下を貶したことは一切ございません」
「父上を柔弱で先見の明に乏しいと、兄上を猜疑心の強い人間だと言うことが、貶していないと言うのか」
 その言葉に、ティーカップを並べながら笑うルーディ。
「何がおかしいのだ?」
「いえ・・・。確かに私の申し上げたことは、他人が聞けば悪い意味に取られるかも知れません。・・・しかし、アカネイアの意向に従服し、御自らのご意志で国政を行わない陛下と、そのご意志の深き意味を知ろうとせず、無闇に反抗される殿下に、高徳の御仁・英主などと申し上げれば、それこそ貶しているというものです。“巧言令色鮮(すくな)し仁”と申します。お気に触ったならば、どうかご容赦を」
 火を止め、沸騰した湯を急須に注ぐ。香りの良い紅茶がティーカップに注がれる。微笑みを浮かべながら、それをミネルバの前と自分の所に置く。
「・・・ならば、私のことはどう思うのだ」
「ミネルバ様は人材を好まれるお方。寛大公正で正義心が人一倍お強い。・・・陛下や殿下をお助け出来る方は、他にはおりません」
「・・・随分とうまいことを言うな」
「感じたままを口にしただけです」
 するとミネルバは携えていた剣に手を伸ばす。
「そなたは父上や兄上を愚弄した。ここでそなたを斬っても、私に罪は及ばないのだぞ」
 ルーディは怖れもせず、笑って答えた。
「構いません。たとえ死しても、私は奸佞の輩ではないことを世間に示すことが出来ます。少なくても、歴史に汚名を残すことはありませんから」
「ふっ・・・ふふふふ・・・はははははっ」
 突然、ミネルバが哄笑を発した。そして、抜きかけた剣を納め、まっすぐにルーディを見る。
「そなた、噂に違わぬ奇人だな。しかし、正直で良い」
「恐れ入ります」
「実は今日、そなたを訪ねた理由は、その父上と兄上の事について、相談したいと思ってのことなのだ」
「ミネルバ様、私は志学で世間を知らず、ましてや停学中の身。天下の趨勢は元より、おそれ多くも、王室について意見を述べる立場ではありません」
「謙遜されるな。そなたは百年に一度の鬼才。忌憚なく何なりと申してくれ」
「誠に恐れ入りますが・・・私めは若輩。経験もなく賤民の出。意見など、申し上げる身分ではございませぬゆえ、どうか、ご容赦を」
 跪いて拝礼するルーディ。
「何を言う。そなたは王佐の才を持つ者。それは誰しもが認めている。無論、この私もだ。頼む。私は何をすればよい。教えてくれないか」
 ルーディの手を取り懇願するミネルバ。しかしルーディは手を引き、後ずさる。
「私めには大事を語る資格はございません・・・」
 平伏するルーディ。
「どうしてもか・・・」
 ミネルバの口調が哀しみを帯びてくる。無言で頷くルーディ。

 ――――ここ数年、父上と兄上の争いを見、自分の無力さを痛感してきた・・・・・・。
 ミッチェル伯が亡くなられ、二人の間はますます険悪になり、私は娘として、妹として、何とか二人を仲直りさせようと努力してきたのだ。
 ・・・だが、私の不徳の致すところ、二人の仲を元に戻すという願いは叶わないまま、今日に至ってしまった。
 頼れる者もなく、絶望感すら感じていた。だが、その父上や兄上を公然と非難する人物がいると聞いた。
 ドルーア帝国の復活という時勢の中、世の者たちは己の保身のみを考え、奸佞の輩が増えている中、そのような者がいるという。聞けばまだ、志学十五の若者。王立学校の参謀学科の優等生であり、停学されている鬼才の少年。
 私はその少年に最後の望みを託してやって来た。父上と兄上のこと。そして、私の進むべき道はどこなのか、教えを乞いたいと。
 ・・・だが、そなたは遠慮をし、何も教えてくれない。
 私は天にも見放され、更には人にも見放されたのか。ああ・・・願わくばこの不肖なるこの身を、ここに滅ぼしたまえ。

 涙声で切々と語り終えると、いきなり剣を抜き、刃を自らの頸に当てがる。
「な、何をっ!」
 ルーディは慌ててミネルバの手をつかみ、剣を放そうとする。
「放してくれっ! もはや頼れる者はない。私は自分の無能さを恥じて死ぬ。私が死すれば、父上も兄上も仲直りするであろう」
「やめて下さいっ! そんなばかなことを考えるのはっ」
 ルーディが力一杯ミネルバの手から剣を取り上げる。弾かれた剣がカランと音を立てて床に落ちる。
「ミネルバ様が死したとて、事態が変わるものではありません。・・・・・・わかりました。それ程までにおっしゃるのならば・・・」
「教えてくれるかっ」
 ミネルバの顔が一瞬に晴れる。ルーディは小さくため息を漏らしてからゆっくりと立ち上がり、語った。
「・・・はっきり申し上げましょう。もはや陛下と殿下の仲は、地にこぼした水。いかなる者でも修復することは叶いませぬでしょう」
「!」
「陛下のご思想は、あくまでアカネイアの臣下としての道を守り通し、民に平穏無事な日常を保たせんとするは条理。また、殿下はその支配の呪縛から解き放ち、民に真の自由をもたらさんとするも、これ条理。互いの思想は道にかなっておりますゆえ、どちらにも非はありません。それゆえに、磁石の同極のように反発なさるのです」
「ならば・・・私には何もできないと言うのか」
「このままで行くと、陛下か殿下、いずれかが命を落とすことになります。・・・特に殿下は独立心の強いお方ゆえ、陛下を弑逆される確率は高いかと・・・」
「な、何だとっ!」
 愕然とするミネルバ。
「誠に失礼ながら、殿下は『沐猴(もっこう)にして冠す』るお方。弑逆に及ぶようなことがあれば、マケドニアは未曾有の混乱に陥ることになりかねません。ミネルバ様。あなた様は殿下の動向をよくよく注意され軽挙なる行動を起こさないように監視すればよいのです」
「何と言われる。・・・ならば、今までと何ら変わらないではないか」
「いえ・・・今までは、ミネルバ様はお二人の間を干渉され、事態緩和をお図りになられていた。言多きは口少なきに及ばず。ここは静観し、見守られませ」
 その言葉に、ミネルバは手を打ち鳴らし、顔が嬉々とした笑顔に変わる。
「なるほど。考えてみれば、そなたの言は的確に世情を読み、いちいちもっともだ。わかった。そなたの言うとおりにしよう」
「ミネルバ様。御妹君マリア様の警護も厳重になされよ」
「マリアの・・・何故だ?」
「その理由は、ミネルバ様が一番良くご存知のはず・・・」
「・・・・・・!」
 ミネルバははっとしてルーディを見た。ルーディは小さく頷く。そう、ミネルバは幼い妹のマリアを、誰よりも一番大切にする存在であった。万が一、不測の事態が起こり、マリアに弊害が及ぶようなことがあれば、極端の話、生きてゆけない。
「ルーディ、そなたはまさに天賦の才を持つ者。卒業したならば、私に仕えよ」
 その言葉にルーディは平伏した。
「もったいなきお言葉にございます」
 ミネルバは微笑みを送ると、身を翻して立ち去った。
 しかし、ルーディは見抜いていた。それは、誰もが大河の流れを堰き止めることは出来ないような運命の様に、押し寄せてくる暗雲を払うことは叶わないことを。
 王女ミネルバの命令で、ルーディの停学は解かれた。ルーディが一月振りに校舎をくぐると、誰もがばつが悪そうに彼に接した。