第5話 隠遁

 宮廷に仕官している先輩と親しいペトゥスは、その報告を受けたとき、がくりと膝を折って肩を震わせた。ルーディはペトゥスの報せを受けた瞬間、激しく狼狽したが、すぐに冷静になった。
「何時のことなんだ。誰が殺ったか、解っているのか」
 ルーディの言葉に力無く首を横に振るニッケルとラルム。
「昨夜のことだそうです。アカネイアからの書類の裁断中に、狼藉者に襲撃されて敢えない御最期をを遂げられたと・・・」
 ニッケルが言う。だが、ルーディはとうに犯人は判っていた。王子ミシェイル以外には考えられない。
「おお、ならばこうしてはいられないだろう。三人とも、僕の家へ。早くっ」
 ルーディはペトゥスを支え、他の二人に合図してから自宅へと急いだ。
 狭いテーブルに4人の知謀の少年は囲むように座した。ルーディは周囲を確認してから席に戻る。
「ルーディ・・・王陛下を弑したのは、やはり・・・」
 ラルムが言いかけると、ルーディは唇に人差し指を当てる。
「このこと、もう城下には広がっているのか」
「いや。まだ伝わっていないと思う。宮臣はしばらく事実を内密に伏し、しかるべき時を見計らって通達するって言うことらしい」
 と、ニッケル。ルーディは舌打ちをし、怒りまじりのため息をつく。
「ミネルバ様はどうされている」
「判らない。私は詳しいことは聞いていないからな」
 ルーディは机から羽根ペンと紙を持ってくると、何かを書き出した。不思議そうに覗き込む三人。ルーディは書き終えると、それをペトゥスに差し出す。
「ペトゥス。君は騎士団将校の後輩だったよな」
「ああ」
「この書簡を確実にミネルバ様の元に届くように計らってくれないか」
「承知した」
 ペトゥスは書簡を受け取り、懐にしまう。
「いいか。そこに書かれている計は、あの方の進退に関わることゆえ、決して他の者に渡ってはならない。王陛下の死が公表される前に、ミネルバ様に渡すんだ」
「わかった」
「ニッケル。君は枢機府への仕官が決まっていたな」
「ああ」
「君は枢機府の高官からマリア王女の安否を確認し、所在を知らせるんだ。ミネルバ様の使いと言えば、必ず教えるはずだからな」
「承知した」
「ラルム。君は知人たちに会いながら、《陛下が病気らしい》という事をほのめかし、口伝てに噂にしろ。おそらく民へ公布する内容は《病死》ということになるだろう。そうすれば、無用の混乱は避けられる」
「君の言うとおりにするよ」
 ルーディは素早く三人の友に対策を授けると、疲れ切ったようにどっと肩を落とした。
「今日は、カチュアとデートをしていた。最後は僕の失態で別れてしまったが、明日謝ればいいと思ってたのに・・・。まさかこんな事になるとは・・・。あいつとは、あれきりになってしまうのか」
 悲嘆するルーディ。
「どう言うことだ、ルーディ」
「いや・・・」
 ラルムの問いかけにただ首を横に振るだけのルーディだった。

 一方、王女ミネルバはルーディからの提言を受け、妹マリアを腹心の部下の身辺に預けて警護させていた。その三日後には、父王の命としてアカネイア・パレスに出向していたが、急報は帰還途中に受けた。
「な・・・何だとっ!」
 あまりの衝撃に危うく落馬しかけ、近臣が慌てて彼女をおさえる。
「兄上・・・・・・何て・・・何ていうことを・・・・・・」
 ミネルバは顔を仰け反らせ、天に向かって叫んだ。
「ミネルバ様・・・その・・・こたびのパレス出向は・・・王陛下の尊志ではなく・・・殿下の策であったと」
 使者がそう告げると、ミネルバは更に驚愕となった。
「しまったっ! マリアの・・・マリアの身が危ないっ!急ぎ戻り、マリアの身を守れっ!」
 ミネルバは馬に強く鞭打ち、猛スピードでマケドニアに向けて駆った。三日の行程を、僅か一日で走破する強行軍だったが、さすがに馬も人も疲れ果て、マケドニア本国に、普通の行程であと一日というところで両方とも体力が尽きてしまった。
「マリア・・・マリア・・・」
 虚ろな眼差しで譫言のように、繰り返し妹の名を呟くミネルバ。その時、急使がミネルバの元に駆け付けてきた。
「左軍騎士団ジェフリ中佐の使いとして参りました。ミネルバ様、王立学校のルーディと申す者より、書面を預かってございます」
「なに? ・・・ルーディの? 早く見せよっ」
 半ば乱暴に急使の手からルーディの書簡を取り上げる。ミネルバは焦りで震える手で書簡を開いた。
『ミシェイル殿下に先手を打たれ、王陛下は敢えなき御最期を遂げられた由とのこと。おそらく御妹君マリア様も、既に殿下の手中にあるでしょう・・・』
 その節を読み、ミネルバは一際大きな嘆声を挙げる。

『マリア様監禁は言わずと知れた、あなた様を強制的に服従させるためにあります。かくなる上は、天の時を得るまで、殿下の下知に従い、その意向に服するしかありません。さすれば、マリア様に危害を加えることはないでしょう。隙を見計らい、新たな策を講じて救出すればよいのです。血気に走ってはなりません。殿下ははるかに知謀に長けたお方ゆえ、私の力及ばず事、不甲斐なく思い、お詫びの言葉もございません・・・。最後に一つ――――パオラ・カチュア・エストの三姉妹は、勇武の才を持ち、それぞれ秀でた才知を秘め、かつ忠義を弁えています。かの者たちを配下となし、特に信任されれば、道を誤ることはないでしょう』

 読み終えると、ミネルバは書面を握りながら悔し涙に暮れた。
「ルーディ・・・そなたの策に間違いはなかった・・・。私が・・・私が兄の計を見破れなかったせいなのだ・・・・・・」
 力無く地にひれ伏すミネルバ。
「そなたさえ・・・そなたさえわが側にいてくれたならば・・・かような事にはならなかった・・・悔やんでも・・・悔やみ切れぬ・・・」
 その後は言葉にならなかった。失意に打ちひしがれた王女ミネルバは、この後ドルーア帝国に服した兄に強制的に服従することになる。飛竜に跨り、その天性の武術をしてアカネイアを席巻、《赤い龍騎士》と異名を取ることになる。

 オズモンド王暗殺の事実は隠蔽された。城下には国王病臥の噂が広まっていた。ルーディが立てた策は功を奏し、ミシェイルに先手を打たれていた万策の中で、唯一有利に運んだのが、これだった。
 父王を弑逆したミシェイルは、城下に広まる噂に疑問を抱き、その出所を探っていたのだが、遂にルーディの名を知ってしまった。
 王座に膝を立てながら座るミシェイルの前に、腹心の男・カサエルが控えている。オズモンド殺害の手を下した、もう一人の男である。
「かつて親父や我らを公然と非難したという十五のガキか、そのルーディとかいう奴は」
「はい・・・」
「親父を殺してから急に広まったこの噂・・・・・・そのガキの差し金というのだな・・・」
「その様です。・・・それに何でも、ミネルバ様とも親しいと聞き及んでおります」
「ほう・・・。ミネルバとな・・・」
 ミシェイルは親指と人差し指で顎を撫でながらニヤリと嗤う。
「ルーディという者が停学中のみぎり、ミネルバ様は奴の家に足を運ばれ、何かを訊ねられたとか」
「何を訊いたのだ」
「そこまではよく存じませんが、何でも奴の家を出た後、とても清々しい表情をされていたと申します」
「ふんっ・・・十五のガキに色目でも使ったんじゃないのか」
 嘲笑するミシェイル。だが、心の中でルーディに対する畏怖の念が芽生えていることに気づいていた。
「殿下。十五の学生の身とはいえ、奴は王立学校にトップ合格し、それでも満足できなかったと言われている程の鬼才です。兵書・史書に精通し、その状況判断力はとても十五とは思えぬほどだとか。味方におれば殿下の覇業に大いに貢献するかと思いますが、敵ともなれば後の災いとなります。今のうちに、早急なる対策を講じられますよう」
 カサエルが冷静に言上する。ミシェイルは、むうと唸りカサエルを見た。
「ならば貴様、そのルーディとやらの元へ行き、連れてこい。拒否したならばその場で殺してかまわん」
「ははっ」
 カサエルは退出した。ミシェイルは心の奥で、ルーディに対して、不思議な期待感と、敬服の念に近い感情がわき起こっているのを感じていた。

 ルーディはカチュアとのデート、王陛下暗殺の翌日、学校に休学願を提出した。
「ルーディ君、どうしたんだろ・・・」
 パオラ・カチュア・エスト、後のペガサス三姉妹は、突然のルーディ休学の話題に持ちきりであった。
 浮かない表情をしているカチュアに、パオラは気づく。
「どうしたの、カチュア?」
「えっ・・・ううん。何でもない。ゴメン」
「さっきからため息ばかりついているわよ」
 言われる先からため息を漏らすカチュア。視線を下に落とすと、そこにエストのニヤリとした顔。
「な、何よエスト」
「カチュアおねーさま。知ってるよ、昨日ルーディ君とデートしたんだよねー」
 いきなり的を射られ、愕然とするカチュア。驚いたようにカチュアを見るパオラ。
「昨日、彼と何かあったの?」
「な、何もあるわけないでしょ。・・・ただ、一緒に遊んだだけ・・・」
 だが、語尾に力がない。
「ルーディ君が休んだ理由って、まさか・・・」
 そんなことを言うパオラをきっと睨み付けるカチュア。
「そんなことあるわけないでしょっ! それに、そんなことで休むようなヤワな人じゃないわよ」
 そう言い放ち、その場を去ってゆく。唖然とするパオラとエスト。
「カチュアがムキになるなんて・・・」
「あやしい・・・」
 勘繰りをする二人をよそに、カチュアは哀しそうな表情をしていた。パオラの言いかけたことは、カチュアの心配に図星だったからだ。
(ルーディ君・・・ルーディ・・・どうしたの・・・今まで一度も休んだことがなかったあなたが休学だなんて・・・もう、学校には来ないってこと? ・・・昨日私が・・・キスを拒んだから・・・? そんなことくらいで・・・まさかね・・・そんなはずない・・・そんなことくらいで学校来ないなんて・・・弱い人じゃないよね・・・そう・・・そうよ・・・何かあったんだわ・・・あの後・・・彼にとって重大事が起こったのよ・・・。行かなくちゃ・・・行って力になってあげなくちゃ・・・)
 カチュアは次の授業を放り出し、校門を駆け出した。行き交う人々は猛然と駆ける彼女を一瞥するが、そんなことを気にもかけずに一目散にルーディの家に向かっていた。
 そして、家の前にたどり着くと、ノックもせずに扉を開ける。なぜか鍵はかかっていなかった。彼女はそれを不思議とは感じなかった。何故か、自分のためにルーディは鍵もかけずに待っているだろうと、思っていた。
「ルーディッ!」
 部屋に上がり込み、名を呼ぶ。しかし、数多の書物や書類が整然とされている部屋に、彼の姿はなかった。
「ルーディ、いるんでしょ? カチュアよ」
 何度も呼びかけるが、返事はなかった。寝室、浴室、台所・・・何処にも彼の姿はなかった。
「どこ行ったのかしら・・・出掛けているのかな」
 居間のテーブルの上にふと視線を送ると、そこに一通の書簡が置いてあった。"カチュアへ"と宛名されている。それを見た瞬間、彼女の心に急激に不安がわき上がってきた。ルーディは自分がここに来ることを見抜いてこれを置いていったのだろうか。それとも、後で自分に手渡すために置いているものなのだろうか。いや、そんなことよりも、ルーディにはもう会えないのだろうかという思いが強く少女の心を締めつけ始めていた。おそるおそる、それを開く。

『カチュア――――昨日はごめん。あんなことするつもりはなかったんだけど、自分でもわからないうちにあのようなことをしていた。自分を見失ってしまい、それがとても恥ずかしく思っている。・・・ところで、今日僕は学校に休学願いを出したが、その理由は君とのことではないことを明記しておく。どうやら一大事が発生してしまい、もしかしたら命に関わることが起こるかも知れない。君や学校の人たちに迷惑がかからないよう、取りあえず僕は姿を隠すことにした。多分、しばらくは君たちには会えないだろう・・・』

「どういうこと? 何があったのよっ!」
 一人いきり立つカチュア。文は続く。

『君たちは後、ミネルバ王女の股肱の臣として、いかなる時も主君を支えて行かなければならない。時には私情を抛(なげう)ち、万本の矢面に立たねばならぬときもあるだろう。一本の鉄の意志も幾度も打たれればやがては折れる。だが、君たち3人の固き意志が一つになれば、決して折れることはない。ミネルバ王女の元に一つになり、よく導き、道を誤らせぬようにして欲しい。天の時得れば、必ず、先は見えてくるだろう・・・。時に従い、決して逆らわぬように』

 その文章を見るだけで、カチュアには、ミネルバの周囲で起こった異変に、ルーディも巻き込まれたことを察知した。その文面は、こう締めくくられていた。

『――――もう一度、君と休日を過ごしたかった』

「・・・ばか・・・・・・いなくなっちゃったら・・・意味がないわよ・・・」
 カチュアは書簡を握りしめ、拳を震わせていた。

 ちょうどその頃、ルーディはペトゥスの家で、ニッケルとラルムの三人と会合していた。カチュア宛の書面に綴ったとおり、ルーディは隠遁するために三人に対し、別れを告げるためであった。学校に休学届を提出し、そのまま自分の家には戻らず、ペトゥスの家に来たのである。だが・・・
「僕はこれよりミシェイル殿下に出仕するため、宮廷へ行く」
 その発言は、あまりにも意外なものであった。唖然とルーディを見る三人。
「ミシェイル殿下こそ、天下の英雄たるべき人物。学校を休止し、仕えるに足りる高徳を備えられている」
 その言葉に大いに怒りを著したのはラルムである。ルーディを指差し、怒髪天を衝く勢いで怒鳴る。
「ルーディ! 貴様、実の父君であられる王陛下を弑した逆賊に仕えるというのかっ。気を失したか!」
 ルーディは冷たい眼差しでラルムを見る。
「国は徳を備えた人物に帰するのが常だ。先帝陛下は、アカネイアに隷従の姿勢を崩さず、民心を失した。ミシェイル殿下は臣民を慮り、敢えて謀反の汚名を御自ら被り、不徳の陛下を弑し奉った。これを高徳と言わずして何という。その決断力、才略ともに及ぶ人物は他にはいない」
「ならば先日、ミネルバ様に送った書簡は何なのだっ!」
「言わずと知れたこと。殿下に帰順されるようにと、書いたのだ」
「ふんっ! 正気とは思えないな」
 ラルムは大いに不愉快そうな表情をし、猛然と席を立った。
「君も才を生かしたいと思うのならば、道を誤るな」
 ルーディの言葉にラルムは鼻を鳴らして振り払うように身を翻して去っていった。
「・・・・・・」
 その後、ルーディは静かに瞼を閉じ、俯いた。
 ペトゥスのため息が静寂に響く。ニッケルが呆れたように口を開いた。
「ラルムの言うこともっともだ。ルーディ、お前、本当に殿下に仕えるのか」
「そうだとしたら、どうするつもりだ?」
「お前がドルーアの片棒を担げば、後の災いとなる。・・・ならばいっそうのこと、この場でお前を殺す」
 鋭く突き刺すような視線をルーディに向けるニッケル。じっと瞳を閉じ、唇を閉じていたルーディは、彼の言葉の後、肩の震えが徐々に大きくなっていった。
「く・・・くくくく・・・くっくっくっくっく・・・」
 含み笑いをするルーディに怪訝な表情をする二人。
「・・・何が可笑しい」
「いや・・・。自分に笑っていたのさ。我ながら下手くそな芝居をしているとね」
「芝居だってっ?」
 ペトゥスが愕然となる。
「どう言うことだルーディ」
「言わずと知れたこと。僕は殿下に仕えるつもりなど毛頭ない」
「なっ・・・」
 呆気に取られるニッケル。
「ならば何故、あんなことを言ったんだ?」
 ペトゥスの問いかけに、ルーディの表情が止まる。
「殿下の腹心の前で、真意を話すほど僕は愚直じゃあない」
 その言葉に呆気に取られる二人。
「わからないのか。ラルムは殿下の腹心となった。真意を打ち明ければ、殿下は僕を殺す」
「!」
「そんな・・・まさか・・・」
 二人の表情は茫然とルーディに向けられている。ルーディは哀しそうに呟いた。
「ラルムはかねてより殿下に通じていた。僕は知っていたんだ」
「お前は・・・そうと知っていて、あいつとつき合っていたのか」
 ニッケルの言葉に、わずかに微笑んだように見えるルーディ。
「ラルムは悪い奴じゃない。だから知らぬふりをしていた。・・・ただ、あいつと僕は、進むべき道が違う。ただ、それだけだ」
「・・・・・・」
 ラルムはおそらくミシェイルの元に行ったのだろう。ルーディが発した言葉を伝えに。ペトゥスとニッケルは、ようやくラルムの行動を振り返り、初めて気がついた。ルーディはすぐに口を開いた。今度は本当に、真意を口にする。
「ペトゥス、ニッケル。僕はこの身を隠す。身勝手というかも知れないが、僕はまだ時を得ていないからな」
「どこに行くんだ。もう、マケドニアには来ないつもりか」
 ペトゥスの問いかけに、小さく頷くルーディ。
「それは君たちにも言わないでおこう。だが、当分はこの地を踏むことはないとだけ言っておく。・・・だから、今日は君たちに別れを言いに来たんだ」
「その年で、世捨て人かよ」
 と、ニッケル。ルーディはふっと笑う。
「カチュアはどうするんだ? 何か言ってきたのか」
 と、ペトゥス。ルーディはああと頷く。
「・・・あいつらは芯の強い連中だ。ミネルバ王女をよく支えるだろうよ。僕とのことは関係ない」
 そして、名残を惜しむ間もなく、ルーディは立ち上がった。
「お前、荷物はないのか」
 ほとんど手ぶら状態のルーディに、心配そうに訊ねるペトゥス。
「荷物をまとめれば、却って危うい。それに今頃、家には殿下の臣がひしめいている。今さら戻れないだろう」 
 その言葉の通り、その頃ルーディの家には、ミシェイルの意を受けたカサエルと、その腹心たちが張り込んでいたのである。中まで乗り込み、ルーディは不在だったが、荷物がそのままだったので、カサエルは外出しているものだと思い込んだ。ルーディの思惑に見事はまらされたカサエルは、悔しさを滲ませてミシェイルにその事を話した。
「ルーディか・・・その機転、才知・・・末恐ろしい男だな」
「災いの芽は早いうちに摘み取るべきです。刺客を放ち、殺しましょう」
 拳を震わせるカサエル。だが、ミシェイルはあくまで沈静だった。
「放っておけ。奴が俺の前に立ちはだかり、最後に俺に倒される・・・。楽しみは後々まで取っておくべきだ」
 冷たく笑うミシェイルの側に座して控える一人の少年、ラルムは呟く。
「・・・あいつには、かないません・・・」
 弑逆の王子・ミシェイルはそれからすぐに王位を継承。ドルーア帝国に加担し、近隣を席巻。解放軍最大の障壁として立ちはだかることになる。
 ルーディはペトゥス・ニッケルと言葉を交わすことなく、身振りで最後の別れを告げ、出立した。何故か、顔が綻ぶ。それは安堵からくるものなのか、卑屈からくるものなのか、ルーディ自身、わからなかった。すべての思いを、家にある荷物と共に残し、こうしてルーディは、あたら青春盛りの志学十五歳の身で、隠遁することになった。