涙が止まらなかった。
彼女を見た瞬間から、俺の胸は優しく愛(かな)しい棘の糸にしめつけられるように、甘く切なく痛み出した。
「秋山 萌です。よろしくお願いします、智也さん」
渡辺から『俺の従妹』だと、紹介された。高校に通うために居候していると言う。
でも、そんなことは頭に入らなかった。
そう……あまりにも、瓜二つじゃないか。
声……雰囲気、仕草……言葉のイントネーション……何もかもが……
――――彩花に――――
渡辺の話など耳に入るはずがなかった。
俺はずっと、彼女を見つめていた。
熱くなるまなじり。時に落ちる滴――――
まるで俺の想いを知るかのように、彼女は微笑みながら、俺をずっと見つめていてくれた。
あの頃のままの微笑み――――
幻影じゃない。
十年の年月を越えて、彩花が帰ってきた――――
愛おしい……愛おしい彩花が――――
俺と彼女――――秋山萌はその日から急速に仲が良くなっていった。
彩花との十年の空白を埋めるべく、むしろそうなるべきしてなったかのように……。
萌は彩花と趣味や考え方まで、何もかも生き写しだった。
ひとつだけ違うことは、俺や唯笑と歳が離れていると言うことだけ。
「何か最近、嬉しそうだね智ちゃん?」
帰路、不意に唯笑が話しかけてきた。
如何せん俺は教師、萌は学校が違うとは言え、現役高校生だ。二人がつき合っているというのはたとえ唯笑にでも秘密だ。
「そ、そうか?」
「うん……、渡辺君の誘いを受けた後から、ずっとご機嫌みたいだよ。何かあったの?」
「うーん……懐かしい友達に会って、嬉しかったんだなぁ、よっぽど」
「……ふーん……」
二十数年間、ずっと幼なじみとしてつき合ってきた唯笑である。俺がそう言って質問をかわしていると言うことくらい見透かしていると言った眼差しだった。だが、唯笑はあえて突っ込まなかった。
「智也さん?」
萌が俺の前に立ち、目をじっと見つめてくる。懐かしい吸い込まれそうな鷺色の瞳。
「ん?」
「ひとつ、聞いてもいい?」
俺はじっと萌の瞳を見つめる。彼女はすっと視線をわずかにそらし、小さくため息をつく。
――――彩花さんって、どんな女性だったの――――?
えっ…………?
俺は驚きのあまり声すら出なかった。なぜ、萌が彩花の名を知っている? 俺は萌の前では彩花の名を一度だって言ったことはない。
もしかして、渡辺か? あいつが、彩花のことを萌に話したのか。
私に――――似ているの――――?
俺の目をじっと見つめつづける萌。
そうだよ、萌――――君は彩花だ――――。
髪、額、鼻、眉、瞼、唇、頬、顎、首筋、肩、胸、腰、脚――――
すべて、君は彩花そのもの――――。
君を想うと愛おしい。君を想うと涙がこみ上げる――――。
戻ってきてくれたんだね――――彩花――――。
「萌――――」
「え――――?」
俺は、彼女の頬を両手で軽く包み、微笑みながら、言った。
「似ている――――君のすべてが――――あいつに――――」
「…………」
でも…………
萌は――――萌だよ――――
彩花じゃ…………ないんだ…………