第1部 英雄関雎
第1章 月満ちて

 フローラ。このリュカ、改めて心から言います……。
 今の僕には――――フローラ、君が必要なんだ……。

 フローラ……ずっと……
 ずっと……側にいて欲しい……

  ……君を、愛している…………

 ――――私は……リュカという人を愛しています。
 過去も、未来でもなく、今ここにいてくれる、リュカという人を愛し、そして、ずっと一緒にいたい……。
 他に何もいらない……ただ、それだけです――――

 ――――今こんな事を言うのは卑怯かも知れない。でも、君にだけは、隠し事なんかしたくないから――――

 僕は……ビアンカを愛している。
 誰よりも…………愛している……。
 それは……どんなに繕っても……自分を偽れない気持ちだ――――

 だから……だから僕は、ビアンカを抱いた……
 君を裏切るとわかっていて抱いた……

 でも――――こんな罪深い僕が、フローラ……君を選んだのは……
 君への想いが、ビアンカ以上だったから――――他に何もない、ただ……それだけ……。

 あなたの全てを愛したいのに……満たされない想いがだんだんと強くなって行くのが……
 あなたの強さを知るたびに……悲しくなった――――

 だから……今はもう……嬉しいの――――心の底から、嬉しいの……!
 あなたが弱さを見せてくれて……私がその弱さを受け容れられることが……すごく……すごく…………!



 二人の美しい少女の間で揺れた青年の決意は、安易や堅固などという一言で済まされるものではない。
 揺れる気持ち。
 一人を選ぶことが、もう一人への愛を棄てると言うことならば、人は恋愛を重ね、傷つき、苦しみ、乗り越えた先にある真実の幸福へたどり着くことは出来ないはずだ。
 愛情を積み重ね、どんな苦難をも乗り越えられる比翼連理たらんことを、男は望み、女もまたそれを夢見る。
 本気で愛し、或いはいささかなりとも憎しみを感じた日々を顧みれば、それが偕老同穴の情篤くして佳き想い出となり、嘗ての友を懐かしむことが自然なのだ。
 人間は弱い生き物だ。しかし、一度乗り越えられた苦難が、強くする。どの様な逆境にも負けない強さを得る、人だけの特権。

「……あなた……あなた……リュカさん――――」

 リュカの意識が橙色の光芒と、ふわりと鼻を撫でてゆく甘い香りによってフェードインする。

「おはよう……フローラ――――」

 微睡むこの一瞬こそ、正しく珠玉の時間。いつまでもこの中で漂っていたい気分になる。
「あなた。もう、夕方ですわ――――」
 すうっと、リュカの瞳に映った清楚可憐な美しい少女の微笑。まっすぐでサラサラな青い髪、それを束ねる石竹色の絹のリボン。生足をさらけ出してははしたないと、貴族の令嬢が身に纏う、足許まで包み込むドレス仕立の普段着。
「……もしかして、ずっと起きてた?」
 何度も瞬かせる瞳で、新妻を見つめるリュカ。
「は、はい。私も、たった今目ざめたばかりです――――」
「…………」
 何を思ったか、リュカは徐に身を乗り出し、フローラをぐいと抱き寄せる。
「あっ……あなた――――」
 良人の逞しい胸に抱かれる格好となり、ぽうっと頬を染め、わずかに瞳を逸らすフローラ。しかし、リュカは愛しい新妻が見せるこの表情を惜しむらくとばかりに、見つめるだけで心を休ませるような美しい花弁の唇に、唇を重ねた。
「んっ…………」
 ちゅく……ちゅっ……
 ゆっくりと舌が絡み合い、男の舌がフローラの口を躍った。
「ぷぁっ……んっ……は――――」
 途端に、フローラの瞳が恍惚にかすみ、力がすうと抜ける。
「うそだ。フローラはずっと今まで起きていた。僕の寝顔、ずっと見ていたんだろ」
「…………」
 否定はしなかった。
 しばらく、リュカはフローラの唇を愉しむ。それが阿吽の呼吸。無言の会話となる。フレンチ・キスが好きな彼女は、それでも始めは積極的にならない。わざとなのか不慣れなのか、しかしいつの間にか、交歓の主導権が移ってゆく。
「ぷはっ……ふぅ――――」
 生まれたばかりの若い夫婦が織り成す飽くなきフレンチキスも、たまには息継ぎが必要だった。リュカの唇が離れた瞬間、フローラが顔をずらし、すかさずリュカの頬を柔らかな両手で挟んだ。
「ふふっ。あなた、お父様にご挨拶しないと――――」
「そうだった――――」
 しかし言葉だけだった。リュカの右手は、意志に反するように、フローラのドレスの胸元をずらした。白磁のような美しい形の乳房が露出する。
「あ……だめです、あなた……お父様が」
 顔を染め、羞恥に彷徨いながら、それでも愛する人を見つめていたいのだろう、瞳をわずかに半開きにした状態で身を捩り、小さな抵抗をするフローラ。
「フローラって……見かけより大きいんだよね」
 人差し指で、乳房をなぞり、押してみる。抜群の弾力が指先からリュカの全身に伝わった。
「あぁ……え……? それは……はぁはぁ」
「あはは。でもほら、ここはすごく可愛いよ。ぴくんって、立ってる」
 とリュカはフローラの乳房の頂上に立つ、淡紅色の突起を観察する。
「あぁ……そんな恥ずかしいこと……」
 まるでミルクを染みこませたかと思わせるような透き通る白い素肌が、仄かな朱に染まる。
 フローラは愛する良人の熱い眼差しを逸らそうと上体をくねらそうとするが、リュカの逞しい腕に腰を抱かれ、囚われの小鳥さながらに逃れる術を失ってしまっていた。
「可愛い……すごく、奇麗だよ」
 リュカは素直な気持ちを言葉にして、フローラのやや怯えた瞳を優しく見つめ、徐にそこを唇に含んだ。
「はぁっ――――あぁ」
 ちゅぷ……ぢゅぷ…………
 リュカの舌が瑞々しく弾く淡紅色の突起に絡みつき、音を立てながら舐めあげ、弄ぶ。そのたびにフローラは溺れ苦しむかのように顎を反り、背中がぴんと張った。奈落へ堕ちるのを必至にしがみつくように、両腕をリュカの背中に回そうとする。
 くぷっ…………ちゅぱ……
「やぁ――――ああんっ! あな…たぁ」
 思いきり吸い上げた途端、フローラは甘い深みに、助けを求めるかのようにリュカを呼ぶ。
 きらきらとなまめかしくてかる突起はいっそう固くなり盛り上がった。
「フローラ……」
「はぁ…はぁ……んっ――――んん」
 朦朧とした表情の妻を抱きしめ、喘ぐ唇を塞ぎ、舌を絡める。まろみを感じたばかりの胸を揉み扱きながら、長いドレスのスカートに手を伸ばす。
「んはっ…………あな……た――――いけませ……ん……お……おとう……さまが……」
 愛欲に支配されつつある意識の中で、あくまで父ルドマンを気にとめるフローラ。
「うん……行くよ。……でも、その前に」
「遅く……なって――――」
 言いかける唇を塞ぎ、耳朶や首筋、肩へと舌の跡を繋ぐ。そしてゆっくりと体勢を変えフローラの背中に廻るリュカ。全身の力が抜け、リュカの胸にもたれ掛かる格好のフローラ。たくし上げられたスカートから、細く美しく、長い脚が露わになった。
「いや――――ぁ」
「すごい……フローラ、ほら……すごくはしたない格好……」
 乱れたドレスが著しく淫靡な雰囲気を醸し出す。
「あぁ……お願いです――――」
 リュカの言葉に、何を願うか意味不明に首を振りながら顔を背けるフローラ。その姿にリュカの心髄に微かな劣情が芽生える。
「フローラ……」
「あ……はぁん――――」
 肌の感触は、まるで極上の中の極上の絹と喩えるには足りないほど。そんな抜群な内股をゆっくりとなぞりながら、リュカの掌は真っ白なショーツに重なる。
「あぁ…だめ……あなた…………そこは……!」
 くいと内股を閉じようとするフローラ。しかし、リュカは小さく微笑むと、片方の指で胸の淡紅色の突起を一瞬だけ強く摘んだ。
「きゃっ……」
 びくんと、電撃を与えたかのように身体に痺れが駆け抜ける。その瞬間、脚の力は抜け、隙が生まれた。リュカの侵入はこれ見よがしとばかりにその間から滑り込んでいた。
「―――――あぅっ」
「すご……熱い……熱いよフローラ」
 フローラの貝殻のような耳朶を軽く噛み、リュカは囁いた。
「やぁ……言わないで……くださ……い」
 ふふと無邪気に微笑むと、リュカは指を薄い叢へとかき分ける。もはやそこは熱い潤いに満たされていた。ねっとりとした感覚が指先にまとわりつく。
 くちゅ……くちゅ……
 独特の淫猥な響きが、夕闇の別荘内に響く。
「ああ……だめ……だめぇ……!」
 びくびくと身体を痙攣させるフローラ。しかし、意識は役に立たなくなってきていた。身体は人としての本能を優先し、その響きが快楽を求める呪文となり、清楚可憐な少女を、女に変身させる。
 ただ一度だけ、リュカを受け容れたその部分は、まだまだ不慣れな感であった。軟らかな若い肉の弾力と溢れる秘蜜がリュカの指を弾く。
「うくっ――――はぁ……はぁ……」
 陰核を掠める絶妙な刺激に激しく身を捩り、悶えるフローラ。リュカの言いなりに脚を開き、虚ろな瞳、わずかに開かれた唇から漏れる、熱い息。
「フローラ……こんなに――――」
「あぁんん……あなた……リュカ……さぁ……んんぅ……」
 リュカの言葉、そして自らの身体から沸き立つ音と匂いが媚薬となって、フローラの理性を消失させてゆく。
 すっ――――と、突然リュカはフローラの密林を侵していた指を退避させた。透明な粘液が、わずかに糸を引いている。
「フローラ……ほら……」
「いやぁ……っ」
 フローラの目の前に指をかざすリュカ。フローラは強く拒絶するように叫び、抱きしめているリュカの腕を噛んだ。
「っ……やめる?」
 フローラの耳に甘く囁く。
「……え……?」
 快楽の喘ぎの中に滲む驚きと不安。
「お義父さんが、呼んでるって――――」
「……や……」
「え?」
「……いやぁ……い、意地悪……しないで……ください……」
「っ……あはは」
 リュカは苦笑すると、音を立てて自ら指をしゃぶる。秘液を啜る淫猥な音に、フローラに残された、決して届かない一握の理性が、その場から一目散に逃げ出したい指令を発している。
 リュカはそのままフローラの唇を塞ぎ、粘る舌を絡める。羞恥の極致にあるはずのフローラも、激しく舌を絡め両腕をリュカの首を離すまいと捉えている。

 くちゅ……くぷっ……くち……

 リュカの飽くなき愛撫。やがてリュカはフローラのドレスを脱がし、自らも着衣を捨てると、フローラにのしかかるように身を重ねた。
「……フローラ……愛してる」
「あなた……私も……愛しています……」
 惹きつけて止まない優しい瞳。
 あの日、出逢った瞬間にフローラが知る彼の瞳がそこに映った。心が安らいだ。
「いい?」
「…………はい――――」
 リュカがそっとフローラの額にかかる青い髪を梳き、訊く。フローラは少しの間の後、小さく頷く。
 リュカは優しく微笑みを浮かべると、ゆっくりと腰を沈めはじめた。
 ずっ……ずりゅ……
「うぅっ……」
「んああ――――――――っ!」
 一瞬、顰める表情、悦びの悲鳴。リュカの分身に絡みつく、不思議な生き物。ゆっくりと、何度も絡みつき、弱まり、逃亡未遂の性蟲。
「うっ……フロー…ラ……いい……きつ……」
「はぁんっ、あっ、ああぁっ、あなたっ、あなたぁ――――リュカぁ――――!」
 リュカが知るフローラからは想像がつかないほど、彼女の秘部はひくひくと蠢き、ぎゅっと締め付けてくる。
 大神殿の苛酷な労働、そしてモンスターたちを引き連れての旅路の中で鍛えられたリュカの腰ですら、愉悦に溢れる抵抗を受ける。
 突き入れるたびに悶え痙攣する新妻、引き抜くたびにフローラの“女”は艶めかしく絡みつき、淫らな悲鳴を上げて離さない。
 フローラはリュカの背中にしがみつき、長い脚を腰に絡める。リュカもフローラの芯を何度も突き上げながら、熱い息を漏らす花弁のような妻の唇を塞ぎ舌を吸いながら、片手で乳房をもみ上げる。
「くっ……」
「あぁ……い……いぃ……」
 吹き出す汗が洋燈に燦めき、秘汁が混淆し立つ淫猥な音が、互いの昂奮を全く冷めやらない。
 男が下に、女が跨ぎ、それでも振り乱れた美しい青い髪に結ばれた石竹色のリボンが象徴する清楚可憐の紙一重にある獣欲が激しく震い、男芯を駆け抜け麻痺させてゆく。
 外に漏れはしないかと思うほど、新婚の若い夫婦の荒い息づかいと甘い声は絶えずにいた。
「うぁ……フローラ……も、もう……僕――――」
「ああ……あなた、あなた――――私も……いきそう……お願い……お願いあなたぁ、あああぁぁっ!」
 絶頂を間近に、リュカはストロークを深く、速くする。フローラは極限に身体を張りつめ、全身を性感帯にして良人の攻めを受けていた。
「あぅ、フローラァ!」
「ああ――――――――――――ッッ」
 一段と深く、リュカはフローラの躰奥に自身を突き刺すと、そのまま熱い愛を噴流させた。
 びくびくと波打つ互いの身体。ひとつになったまま、しばらくそれは続き、やがて力尽きたように寝台に倒れた。
         *
 男女の情交の後に残る、独特の暑湿とした空気が漂う。
「すっかり……夜になってしまった――――」
 リュカの腕枕で微睡みかけるフローラに、リュカはそう言ってはにかむ。
「……もう、あなたったら。父はきっとカンカンですわ」
 眉をしかめてみせる新妻。しかし、甘えるように、リュカの胸に頬を預けてくる。
「ごめんフローラ……。今からでも、良いかな」
「もう、遅いですわ。あなた、明日……謝ってくださいましね」
「うん……ごめん……」
 本気で反省する。瞳を伏せた瞬間、フローラは微笑みながら唇を寄せてきた。軽くキスを交わす。
「昨夜はずっと宴会でしたから、今日が私たちの――――」
 ぽっと赤くなる頬。愛おしい表情。
「可愛い……フローラ……可愛いよ。ああ、君とこれからずっと、堂々と愛しあえるんだ――――」
「も、もうあなたったら……恥ずかしいこと、言わないで下さい――――」
 顔を背けるフローラ。
 リュカは徐にフローラの手を取り、導いた。
「あっ――――!」
 愕然となり、思わず目を瞠るフローラ。火がついたように、顔が火照る。
「ごめん……また――――」
「あなた…………くすっ」
 結局、夕食はお預けになってしまった。
 健康な若い夫婦の夜は当然、これだけで済むものではなかった。
 夜更け、東の空には遅い青緑色ががった月の鏡。まだまだ、尽きない営みの中で、サラボナの夜はいつものように静かで、微かに届く遠い波の音が、人々の眠りを安らかなものに誘っていた。