第1部 英雄関雎
第4章 驟雨

 深い紺色の雲の裾が、月光に輝く。少しばかり、湿気を帯びた風が吹きつけてきた。
「雨が……」
 倉庫から見つけた明星鎚(モーニング・スター)を手に、フローラは雲に霞み始めた月を不安そうに見上げる。
 北回帰線が走るサラボナ地方の夏は、すこぶる暑く、そして適度に雨が多い。湿り気を含んだ潮風が街を通り抜けると、やがてスコールがやってくる。
「ごめんなさい、あなた……お父さま……」
 消え入りそうな声でフローラが呟く。鎖をきゅっと握りしめたその柔らかな掌に、金属の冷たさが、敏感に伝わる。
 フローラは一度、振り返った。その瞳に映る街灯りは、すぐ近くにあった。
 しかし、フローラは再び街に背を向け、覚束無い足取りで土を踏む。
 夜に街を飛び出すなど、無謀にも程があった。本当ならば、どこかで夜明けを待てば良いと考えた。
 しかし、フローラ自身、それを望まなかった。
(今じゃないと……)
 明星鎚の柄を握る両手が震える。重い足取りのまま、フローラは歩き出していた。

 息を切らせながら駆けてきたリュカは、座ったまま眠っているガンドフの姿を見つけ、歩幅を緩めた。程なく、馬車が見えてくる。
「ピエール、いるか」
 リュカの声と共に、小さな騎士がぴょこんと馬車の中から姿を見せる。
「リュカ。いかがされました」
「一大事。ちょっと、力を貸して欲しい」
「水臭いことです。わかりました」
 仲間たちの多くが眠っている事を配慮して、リュカは声を殺し、事情を語った。
 愕然となるピエール。
「それは、一刻の猶予もありません。わかりました。ここは、私にお任せを」
 ピエールはすぐに騎乗のスライムを起こす。微睡みの境にあったスライムは、不服そうに眼を瞬かせている。
「ピエール――――」
 リュカが呼び止めた。振り向くピエール。
「気を、悪くしないでくれ」
「……全て、承知のことです」
 ピエールは淡々としていた。そして単身、駆けてゆく。リュカもまた、ガンドフの寝顔を一瞥すると、ピエールとは反対の方向へ駆けていった。

 その道の先には、西ルラフェン海へと続く、運河・サラボナ水道。ルドマンが開設した小さな停泊港がある。数ヶ月ほど前に、リュカがここから水の指環を探しに出航した場所だ。
 管理小屋には航海士・レイチェルが在駐しているはずだ。リュカの西ルラフェン海探索に尽力した、名うての操舵技術を持つ男。フローラもよく知っている。
 フローラの背後を見守っていたサラボナの街灯りは遠く霞み、更には皓々と夜の帳を照らしてくれていた月も、厚い雲が怪しく翳め始め、さながら火蛾飛び交う夜の洋燈のように、気味が悪いほどちかちかとする。
 ぞくりと、一瞬フローラは竦んだ。妙に生暖かい風が身体を突き抜け、湿気が内臓にまとわりつくよう。
「…………っ」
 突然、フローラは強い戦慄きに襲われた。
咄嗟に、明星鎚の柄をぐっと握りしめる。
 その時だった。
 左右に広がる暗い叢が、ざわりと戦ぎ、影が染み入るようにフローラを取り囲んだ。
 きゅきゅきゅという、気味の悪い音や、がちがちという金属の摩擦音。
「ま、まさか――――」
 サラボナの街が、地平の彼方に遠離るまで出遭わなかったのが不思議なほどだった。
 フローラの前には、巨大な舌を振り回すベロゴンという魔物。そして、右腕に剛剣、左腕に弩(ぼうがん)を備えた、メタルハンターと呼ばれる魔物化した古代兵器が立ちはだかっていた。
「……!!」
 フローラが背後に飛び退く。しかし、ドレスの裾に足を絡めてしまい、躓いてしまった。
 どうと、尻餅をつく。
「いたっ……」
 しかし、いかな白薔薇の淑女であろうと、悠長に腰の痛みを気にするゆとりを与えるような、寛大な魔物など居るはずもない。
(グギギギギ・・・)
 弩を引くメタルハンター。その動きはフローラの予想をはるかに凌駕するものだった。

 ひゅん――――――――トスッ…………

 一瞬だった。直線を描いた弩は、幸運にもフローラから逸れ、土に突き刺さった。
「…………」
 何が起こったかわからない様子のフローラ。しかし、続けざまに敵の攻撃が待っていた。
 巨大な舌を武器に振り回すベロゴン。強力な打撃に加えて、その唾液の粘りは身の毛がよだち、戦意を一気に喪失させる。
 ベロゴンは本能的に攻撃態勢に入った。舌を振り上げ、さながらフローラが装備する明星鎚のように振り回す。
「うぅっ…………」
 粘っこい唾液が飛散する。おぞましい臭いが漂い、フローラは鼻を顰めた。
 しかし、そんな隙を与えたのは間違いだった。
「うわぉぉぉぉぉぉん」
 それは魔物の呻きか、風を切る唸りか。ベロゴンは、その舌鞭を容赦なくフローラ目掛けて叩きつけてきた。
「きゃぁぁあっ!」
 明星鎚を振るう暇もなく、フローラはベロゴンに猛然と胸部を撲たれてしまった。軽い身体がまるで木の葉のように背後に飛ばされる。生まれて初めて、激痛というものを感じた。
「う……うそ……こんなに……」
 身体にまとわりつく魔物の体液のおぞましさよりも、魔物の攻撃の威力に、フローラは痛みすら忘れて、茫然となってしまった。
 しかし、フローラが躊躇している間に、魔物の第二波がフローラを目掛けて押し寄せる。
(がちゃ――――がぎぎぎ……)
 よもや随所が錆びついた機械とは思えないほどの駿足で、メタルハンターは剛剣を構え、フローラに焦点を定める。
「…………!」
 為す術もなくフローラはじりじりと後退する。攻撃力の高い明星鎚も、打擲しなければ意味がない。
 メタルハンターの剛剣をまともに喰らえば、フローラの胴は確実に二分され、ベロゴンの主食に、その肉体を数片の膾にされてしまうであろう。
(が――――――――)
 空気が切り裂かれ、剛剣が唸った。驚くべき速さである。
「きゃあ――――ッ!」
 すんでの所でフローラは身をかわした。その容姿に劣らぬ華奢な身のこなしが幸いし、かろうじて一条の髪の毛を、月光に舞い落ちる程度に済んだ。 しかし、その安堵も風前の灯火に等しいものだった。
 フローラの背中に、ざらりとした悪寒が走ったかと感じた瞬間、強い粘液が身体の自由を奪ったのだ。四肢が固まり、まるで崩れ落ちそうな石像のように、関節が軋む。
 ベロゴンの攻撃をまともに受けたフローラは、反撃の暇もないまま、遂に凶魔の手に、その花弁を無惨に散り、踏みにじられる。
(リュカさん…………!)
 その時、脳裏を過ぎったのはリュカの笑顔、思いは痛悔か、本懐か。

(覚悟以上の、覚悟)

 フローラにとって、死を『覚悟する』ということの意味すらもわからぬまま、その時を迎える――――。

 しかし、その時だった。

「ごべぇぇええぇぇぇぇぇっ―――――!」
「え――――――――!?」
 突然、障壁として立ちはだかっていたベロゴンが奇声を上げたかと思うと、瞬間、どうっと土煙が舞い上がり、障壁は消え去った。
 そして間を置かず、唱呪の呟きが聞こえてくる。
「林海の精氣、集いてその柵(しがらみ)と傷を癒せ――――ベホイミ――――!」
 その声と同時に青白く、温かな光芒がゆっくりとフローラを包み込む。
 瞬く間に、フローラを捉えていたおぞましき粘液と痛みがすうっと消えてゆく。
 何が起こったか、把握できないフローラをよそに、今度は小さな物体が、メタルハンターを執拗に攻撃していた。
「ルカナン――――!」
 甲高い声と共に、今度は深く蒼い光芒が古代兵器を包み込む。
(ぎ……ぎぎぎ……ぎ……)
 みるみるうちにその機械の身体が錆びついてゆき、動きが落ちてゆく。
「今だヨ!」
 掛け声と共に、ベロゴンの死骸の側から跳ね上がったもう一つの影が、勢いよくメタルハンターに襲いかかり、その錆びついた脆い金属を事も無げに破壊してしまった。
「……………………」
 戦闘とも言えないような危難は、一瞬にしてケリがついた。茫然とするフローラの周囲は、何事もなかったかのような静寂が訪れる。 腰が抜けたのか、フローラはぺたりと冷たい土に腰を落とし、一度も敵を撲つこともなかった明星鎚が、情けなく転がっている。
「……………………」
 そこへ、ゆっくりと二体の魔物を斬り捨てた影が近づいてくる。
「フローラさま、大事ございませんか」
 慇懃とした、実に優しい声であった。
「だイじょうぶー?」
 方や無邪気過ぎるほどの高い声。
「え……あ…………」
 交錯する思考を整えるのにしばらくの時を要した。
 やがて冷静さを取り戻したフローラは、窮地を救ってくれた“恩人”を見遣る。
「あ、あなたたちは……」
 スライムナイトと、スライム。彼らこそ、ピエールとスラりんと名乗る、リュカが刎頸の友とする魔物たちであった。
「かような夜半(よわ)に、お一人でとは……」
 ピエールの静かな声は、それでも怒りを滲ませた調子となる。
「あブなイよぉ――――?」
 スラりん、フローラの視線に入るほどにぴょんと高く跳ねる。相手の肩や頭にすぐに乗るスラりん、それをしなかった。
「はい…………ごめん……なさい――――」
 肩を窄めて萎縮するフローラ。ピエールやスラりんが人間であったら、きっと長嘆が絶えなかったであろう。
「それにしてモ、ピエールったらヒドイんだよ――――。ボクにダマって……」
「そうですね、スラりん。あなたに一番、相談するべきでした……」
「ちぇ――――ッ、つっまんないの。いつもはもっト、ウるさくガミガミ言うのにさ――――」
「暗がりでお説教は迷惑です。ご希望ならば、陽が昇ってからでも?」
「ぶんぶんぶんぶん!」
 スラりん、必至で左右に身体を揺する。苦笑するピエール。
 仲の良い、リュカの魔物たちの様子に、フローラは幾ばくか硬い表情が和らぐかと思った。その時だった。
「ピエールッ」
 息を切らしながら、甲高い青年の声が響いてくる。
「あ、リュカだ」
 スラりんが勇んで声の方向へ跳ねてゆく。
「え……!」
 思わず、フローラは身を竦めた。
「お、スラりんも一緒にいてくれたのか」
「へへへ。ボクを差しおクなんて、そーはいかないヨ、リュカ」
「ははは、そうだなスラりん。今後気をつけるよ」
 肩に乗ったスライムを優しく撫でるリュカ。
 そして、彼の瞳には、無謀を冒した新妻の小さな背中が映る。
「…………」
 良人の眼差しを感じ、フローラは更に肩を窄めた。
「リュカ……」
 傍らに控えるピエール。その仮面の表情からは、最大限の気遣いを求める思いが溢れていた。
 リュカはひとつ小さく頷く。ピエールはこくりとそれに返し、一歩身を引いた。
「…………」
 リュカは無言で外套を取り、妻の背中にそれをかける。ぴくんと、一瞬だけ強張るフローラの背中。
 リュカの指がそっと、乱れたフローラの美しい髪を梳く。
「大丈夫か、フローラ――――」
 あまりに優しい声に、フローラは驚き、顔を上げた。
 僅かに泥の線が走る白薔薇の容。リュカは穏やかな微笑み、フローラが大好きなリュカの微笑みを瞳に浮かべて、そっとその線を指でなぞった。
「あなたっ――――!」
 思わず、リュカの胸に飛びついていた。
「わっ」
 スラりんが弾かれ、飛び退く。
 フローラは良人の胸に思いきり頬を埋め、その眦から、溜まっていた恐怖が怒濤の如く排出されてゆく。
 月光が隠れた。生温かな湿り気を帯びた潮風が徐々に強く、吹きつけてきた。
 しばらくしてフローラが落ち着くと、リュカはそっとフローラの肩を離し、互いに見つめ合う。リュカのそれは一転、戒めの眼差しだった。
 リュカは視線をずらすと、転がっている明星鎚を拾い上げ、ふうとため息をつく。
「…………」
 再び、俯くフローラ。リュカはフローラが持ち出した武器を見ながら、静かに言った。
「ベロゴン、メタルハンターは……僕たちにとっては、もう敵ではない――――」
「…………ッ!」
「判るね、フローラ。僕が言いたいこと――――」
 フローラは、きゅっと唇を噛んだ。
 それがどういう意味を示すものなのか、集約できないほどの感情が交錯する。
「私……ただ……ただ、試してみたかったのです……」
 唐突に、フローラは呟く。
「え……」
 リュカは瞠目する。
「…………」
 ばつが悪そうにフローラはただ、項垂れる。
「試すって……、何のこと?」
「あなたの……リュカさんのお役に……」
 息が苦しくなって、すうと、息を吸い込んだ。
「リュカさんのお役に立ちたくて、ひとりで私は――――……だから……」

 ぱんっ……

 ――――さああぁぁぁぁ――――
 その音と同時に、雨が降り出した。
 リュカは両の掌で、包み込むように、フローラの頬を挟んでいた。
 驚くフローラ。堰を切ったように、ぽろぽろと、雨に濡れた頬にとけるように、宝石の雫を落とす美少女の瞳。愛おしいその色を、譴責の眼差しで見つめる。

 ――――フローラ、僕は君に何かを試して欲しいとか、こんな武器を手にして、外界に行けなんて、少しも思ったことなんてない。
 ……フローラ、君とずっと一緒にいたいと思っているのは、僕なんだ。
 誰よりも……どんなことがあっても――――。だから……だから君を選んだんじゃないか。
 でも……でも、フローラ。今の君を、今の……今の君のままで、僕の旅に連れて行くことは出来ない……。

「リュカさん……!」
「これは不問に付そう。君が、それに気づくまで……」
 リュカは何かを求めるようにフローラを見つめる。フローラは小さく首を横に振りながら、リュカの瞳をなお離さず、葛藤していた。
「…………」
「…………」
 ピエールとスラりんもまた、言葉を呑み込むように、ただ二人を見守るしかなかった。
 結局、フローラの目論見は潰え、彼女は強制的に街に連れ戻されてしまった。

ルドマン邸

 リュカに抱きかかえられたフローラは、極度の緊張からか、別邸に戻ると途端に泥のように眠ってしまった。ただでさえ雪のような肌が、死人のように蒼白に化し、痛々しかった。
 フローラに向ける父ルドマンの怒りは相当なもので、リュカやメアリ夫人、更に家人にまで宥められるほどに烈しいものであった。
 遠雷。降り始めた雨は、邸に戻ってから強い雨になった。バラバラと窓に打ちつける雨。濡れたままのリュカの姿が、物語る。
「縄に縛りつけてでも、街からは出させぬ」
 なおもいきり立つ父公に、リュカはゆっくりと瞼を閉じ、言った。
「フローラのこと、今しばらくのご猶予を」
「何を言う。そなたや皆に迷惑を掛けておきながら、これ以上甘きことは無用」
「御義父さん、この度のことで、僕は思いを致すところがあるのです――――」
「…………」
「出来うることならば――――フローラと共に……」
「私は反対だ」
「しかし、フローラは本気のようでした」
「…………」
 息を呑む父公。しばらく見合う父子。妙に張りつめたような緊張感が、二人の壮士を包み込んでいた。
「それが、君の本意か」
「フローラの意志には、及びませんが」
「…………」
 父公は瞼を閉じて、深呼吸をすると、リュカをまっすぐに見た。
「心の準備というものがある。少しばかり、考えさせてくれ」
 父公は腰を上げた。疲れか、年齢か。少しばかりふらついたようだった。リュカが身を乗り出すと、すっと掌をかざして拒否する。
「構わん。君には色々と苦労を掛けるな。私は休ませてもらうとするよ。君も休みなさい。ああ、身体を温めてからな」
 リュカの返事を待たずに、父公は自室へと向かっていった。

 ルドマンは軽い頭痛を覚え、頻りにこめかみを気にする。部屋へ戻る途中、ルドマンはふと、フローラの部屋に目が留まった。
「早いものだな……」
 扉を開くと、部屋という割には宴会でも開けるようなほど広い空間。ルドマンが誂えた家具や玩具などが整然とされている。
 思えば、フローラがこの部屋で過ごした時間と言うのは数えるほどしかない。壁も、縫い包みも、無機質な清潔さがあった。
「これも……運命か」
 ルドマンはそう呟く。広い空間。修道院生活。サラボナに帰ってきても、埋まらなかった心の隙間。リュカと出逢ってから、フローラは変わった。繕われた笑顔が、真になって行く。それを感じたのは、何よりも娘を愛する、ルドマン夫妻だっただろう。
「……?」
 何気なしに本棚に目を向けたルドマンは、僅かにせり出した古びた書物が気になった。
 ゆっくりとそれを取り出すと、中をめくる。
「こ……これは――――」
 ルドマンは愕然となった。
 随分と時が経っているのか、羊皮紙にパオームのインクで綴られた、日記帳。
「ルドルフ殿の……。なぜフローラが……」
 仲賢侯ルドルフ。それはルドマンより八代一五〇年遡る、時のサラボナ太守の名。勇名悉く世界に響き、魔族擾乱以後の青史に名を刻む、英雄の一人であった。
 ルドルフ侯の日記を読み綴るルドマンの顔色が変わってゆく。
「まさか……それで――――」
 雨音が異様に煩わしく思えた。日記を手にするルドマンの柔らかな掌が、がくがくと震えだして止まなかった。

 激しく打ちつける雨音が突然、フローラの意識を引き戻した。深夜、誰もが眠りに落ちている。夜明けまではまだ遠い。
「…………」
 リュカの寝顔があった。
 手をずっと握りしめたまま、寝台に頭を乗せて、そのまま眠ってしまったという感じだ。
「リュカさん…………」
 そっと、愛しい人の名を呼ぶ。起きない。リュカもまた、深き眠りの境地にあった。
 握りしめてくれている手に、フローラはもう片方の掌を重ねた。わずかに、身じろぎするリュカ。
 フローラは思いを巡らせていた。リュカの言葉、ルドマンの怒り。
 無謀とわかっていて、一人街を飛び出そうとしたこと。そして、魔物に襲われ、魔物に救われたこと――――。
(今の君のままじゃ、無理だ……)
 リュカの言葉が、生々しく脳裏に響きわたる。
「私……、私は…………」
 フローラはきゅっと掌に力を込めた。眠っていても、彼の手は温かかった。
「あなたと……一緒にいたい……」
 いつもは不安と孤独で、忌み嫌いだった雨。
 それが今はなぜか不思議と嫌じゃなくなっていた。逆に、彼といればそれが優しいものに思えてすらくる。
 リュカに惹かれた理由。運命の出逢いなんて言葉は、陳腐かも知れない。その、不思議な瞳。彼に付き従う、魔物たちの表情。リュカと仲睦まじく会話をし、或いは戯けるスライムやビックアイ。
 そして、窮地に陥った自分を救ってくれた、スライムナイトたち……。

(あ――――…………)

 その時、フローラは心の中で何かが弾ける音を聞いた。思わず上体を起こし、リュカを見つめた。
 相変わらず、少年の色褪せぬ無邪気な寝顔だった。
「あなた……私――――私は……」
 心の中で会話を進めたフローラ。花弁の唇をきゅっと結び、一度瞼を閉じた。切なげに、何度も息をつく。恐怖でも、恋心でもないのに、胸がどきどきとした。
 雨が降り続く中、フローラはすっかりと目が冴えてしまい、それからはなかなか寝付くことが出来なかった。