第1部 英雄関雎
第8章 ポートセルミ

 魔界擾乱の後、数百余年の期間に築き上げられたポートセルミは、オラクルベリー、サラボナに比肩されるほどの一大貿易都市である。
 有史以来、相当な歴史が刻まれた街であるはずなのに、その雰囲気、佇まいとも整然としていて、決してひけらかされていない、訪れる旅人たちを温かく迎える優しい雰囲気に満ちた街。
 昼は美しい海を望みながら、海外から入荷する交易品、水揚げされた魚介類を競る掛け声が市場から街のメインストリートまでさんざめき、夜は街一番のホテルの劇場に踊る踊り娘たちへの歓声が途絶えることがない。
 魔王の脅威がひっきりなしに囁かれる昨今、街の経済基盤である対外交易は激減してしまったが、それでも人々は由緒ある港湾都市のプライドを捨てるようなことはなかった。
 ラインハットを発ち、初めて独りでたどり着いた別大陸の街。そこに住まい生きる人々は、それでも逞しく生きていた。
 あれから、随分と久しぶりに再訪をしたような気がする。変わらぬ街、変わらぬ人々の殷賑。
 リュカはほっとした表情で、呟いた。
「うん……みんな、強いんだ」
 良人の安堵したかのような微笑みに、フローラは緊張感がまたひとつ、すうと抜けてゆくのを感じた。
 リュカはルドマンから附与された帆船を確かめるべく舗道をまっすぐに港へ向かった。
 吹き抜ける潮の東風(こち)が、フローラの青髪を洗う。絶え間なく通り抜ける独特の強い風は、海を間近と思い知らされる。
 レイチェルが待機していた帆船は、碇泊している他船よりも大きく、かつてリュカがビスタの補給港から乗船した客船とほぼ同等の規模を窺わせた。
 舳に佇む怪鳥。キメラのメッキーが得意気に風に当たっているところを呼び止めると、メッキーは待ってましたとばかりにクチバシを大きく開き、ゆっくりと舞い降りた。
「レイの旦さん、船のメンテナンス中だそうでやんすよ」
 それは長期の船旅に耐えうるためには、絶対不可欠なこと
「そっか。……ならば、邪魔は出来ないかな」
「あっしがここに残ってますんで、旦那も奥様もまずはゆっくりと――――」
「君の気遣い、いつもながら有難く頂戴するよ」
 リュカが笑う。メッキーは見かけによらず、妙なところに気を遣う性格らしい。
「わかった。じゃあ僕らは宿の方にいるから、レイチェルさんによろしく伝えておいてくれよ。保守作業が終わったら、呼びに来てくれれば助かる」
「がってん承知。ごゆっくりでやんす」
 くすっと、フローラは笑った。フローラにとって、メッキーは何となくツボらしい。
「ごめんなさい。じゃ、お願いね。メッキー」
「はいでやんす」
 かたやメッキー、フローラには半歩、退く。嫌な意味ではない。理由は“何となく”。
 ポートセルミの郊外には、北ベレス海の航路を照らす灯台が建てられている。
 その灯台の最上階に設置されている反射望遠鏡からは、セントベレス山の頂上がうっすらと見える。絶景だったが、悪寒が奔った。
 折角フローラを伴って案内でもしようかと思ったが、精神的にそれを拒絶してしまう。
「悪い……気分が落ち着いたらで、いいかな」
「あなた……。無理、なさらないで……私は――――」
 良人の肩に手を添えながら、フローラは気遣った。無理に微笑む良人の表情からおぼろげに推し量れる、過去。
 それなのに良人の見せる優しさが、たまらなく愛おしかった。そのままリュカの首に細い腕を廻し、項に唇を寄せる。
「私、先に宿を手配して参りますわ」
「あ、うん。でも……」
「あなたに、すぐに横になって頂くためですから。大丈夫です」
 大きな街でフローラに単独行動をさせたことがないリュカは心配だった。
 なおも心配するリュカに、フローラは言った。
「うふふっ、それではスラりんも一緒に」
「は――――――――イ」
 言うが早いか、勇んでフローラが差し出した両の掌に飛び乗るスラりん。とりつく島もなく、リュカはホテルの場所を簡潔に教え、承認した。
 スライムを抱きながら楽しそうに歩いてゆく妻の後ろ姿に、ほんの少しだけ、嫉妬が過ぎってしまう。大人げないと思った。

 リュカは少しだけ、市中を散策してみることにした。
 昼過ぎだというのに、市場では朝市の名残がまだ点々としている。もっとも、水揚げされた魚介類などは以前と比べれば、格段に落ちてはいたが、熱気は落ちていない。物も決して極上な物ではないはずなのに、不思議と高級なものに見えてくる。
(陽気さってな、何よりの商標(ブランド)なんだよ)
 かつて話した漁師の言葉が、印象的だった。
 聞こえてくる値踏みの掛け声に心地よさを感じながら、路地を曲がる。
 その時だった。
 リュカが向いた視線の先に、3,4人ほどの不逞の無頼漢風情に取り囲まれている若い女性があった。
「ふぅ……」
 情緒を壊されたとばかり失意のため息を怺え、リュカは樫杖を打つ。
 襤褸の外套を翻し、リュカは小走りに駆けつけると、杖の先を突きつけ、無頼の背中を叩いた。
「止めておけ、匪賊」
「誰だ」
「なんだ、このさんぴん」
 喚き散らし、あからさまに不快と憎悪の形相で振り返る賊徒。
 しかし、超然とした表情のリュカに対し、一瞬たじろいたかと思うと、逆恨みに油を注ぐ。
「のしちまえ!」
 英雄気取りの色男に世間の厳しさを教えてやろうかなどと言う賊徒の持論も虚しく、武も精神も人を超えていたリュカの前に、賊の力など風に舞う木葉。瞬く間に杖に打ち据えられ、気絶されられてしまった。
「大丈夫ですか、お怪我は」
 濃紫のショートヘア、うす茶色の綿の長袖、蓬色のキュロット。ごくごく地味な服装の女性だった。俯いていた彼女は、リュカの声にゆっくりと顔を上げる。
「……ふう、ありがとう。なんでわかっちゃったのかなあ」
 見た目とは裏腹に、妙に陽気な声だった。
「やっぱ、今度からはマスク必需品ねえ」
 事も無げに、にこりと彼女は笑った。きょとんとするリュカ。
「――――白昼とはいえ、女性のひとり歩きは物騒です。そこまで、送りましょうか」
 と、リュカは街の公道の方を指さす。その指先を見ず、彼女は確かめるように、リュカの顔をまじまじと見回す。
「……何か」
「あなた……もしかして……」
 くるりと首をずらし、リュカの瞳を捉える。
「?」
 呆然とするリュカを他所に、女性はしばらく何かを思い出すように考え込み、やがて両手を打ち鳴らして声を上げた。
「あ、やっぱり。あなた、リュカ……リュカくんじゃない?」
「え……」
 親しげにリュカの名を呼ぶ女性に、リュカは一瞬、意識が白んだ。
「ん――――忘れちゃったかなあ。ホラ」
 と言いながら、女性は徐に四肢を伸ばし、その場で身をくねらせた。踊り娘の服を着せれば、実に艶容な踊りである。
 リュカは目をぱちぱちさせながらも、女性の踊りに促されるかのように記憶を遡らせた。
「あ。あなたはもしかして、踊り娘のクラリスさん――――?」
「ふふっ。せ・い・か・い☆」
 ちょんと、クラリスは人差し指でリュカの鼻を突いた。

「驚きました。全然判らなかったですよ」
 リュカがクラリスの格好を見ながら言うと、クラリスはけらけらと笑った。
「四六時中、あの格好でいる訳じゃないわよ」
 聞けば今日は舞台が久しぶりのオフで、クラリスも自由な休日を勝手気ままに街に出て寛ごうかと思っていた矢先のトラブルだったという。
「すっぴんだし、格好も地味だからわかんないかなあと思ってたんだけどね」
「いや。わかりますって、充分」
「ふうん。それって、どういう意味なのかな?」
 流し目をリュカに送るクラリスに、リュカはややはにかむ。
「言葉通りですから」
「一応、誉め言葉として受けとめておくわあ」
 小悪魔的な笑い。返す言葉に逡巡するリュカ。
「クラリスさんだったら、助けなくても……」
「あら、それってどういう意味?」
 速攻で棘を刺すクラリス。
「いや。やっぱり女性は護るべきですね」
「よろしい」
 けらけらと笑うクラリス。リュカの背中がすうと冷たくなった。
「それにしても久しぶりね。ええと……1年くらいにはなる?」
「多分、そんなにはなりませんよ」
「あの時もそうだったけど、相変わらず、カッコイイわねえ。どう? このままいっそ、私のボディーガードになってみるというのは」
「あははは……」
 苦笑するリュカ。
 それは鮮明に覚えている。
 バーと劇場を兼備した、ポートセルミホテルの一階。リュカがビスタからの船旅を終えて辿り着いたばかりだった。
 それこそ華やかなクラリスたち舞姫の艶姿を堪能している観衆たちを他所に、先ほどのような匪賊たちが、名もない村の農夫から金銭を強奪しようとしていた。
 当然のように、リュカはピエールと共に農夫の窮地を助けた。それはちょっとした喧嘩騒ぎ程度だったかも知れないが、リュカの活躍に、彼の周囲には舞姫にかぶりつくにはほど遠いまでも、小さな人だかりが出来た。
 舞台で舞っていたクラリスも、その視線は色めく客席ではなく、超然とした涼しい瞳が印象的な、その主役に向けられていた。
 舞台が終わった後、クラリスは他の客たちから強引に酒を勧められていたリュカに会った。
 一見、冷静な雰囲気を醸し出すリュカは、実際はとても純朴で、接客の達人でもあるクラリスとの会話のひとつひとつにすらしどろもどろとする青年だった。
 クラリスは年下のリュカに惹かれていたかどうかは定かではないが、リュカの湛える雰囲気に、行きずりの関係を望む気にはならなかった。
(こう見えても、男を見る目は確かよ)
(よくわかっているつもりですから)
 クラリスの男性関係は少なかったが、リュカと会ってからは、それもほとんど皆無と言っても良かった。
 『身持ちの堅い踊り娘』それが逆に、クラリスの人気を高めていた。
 リュカがそれからの経緯を語ると、クラリスは驚きとため息を忙しく交錯させ、一般の民草ではさて一生に一度あるか無いかとばかりの、『トップスターすっぴん百面相』を見せた。
「そーかあ。リュカさん結婚したんだあ。それもずいぶんと羨ましい状況のようでー?」
「何か、責められているような気がするのは気のせいですよね?」
「責めてるって言ったら、どうすんの?」
「あははは。あまりいじめないでくださいよ」
 困惑するリュカ、戯けるクラリス。
 クラリスの好奇心はリュカの妻に向けられているようだった。
「大富豪のお嬢様なんでしょー。興味あるなあ」
「あの……これから街に用事では?」
 リュカの言葉に、クラリスはふるふると首を横に振る。
「言ったじゃん。私、今日はオフで、暇なの」
 いつの間にか、トップスターのスケジュールは変わっていた。リュカの腕を掴み、先導してホテルへと向かってゆく。傍目からすれば一見、地味な町娘風情に牽かれる旅の青年。何故か、こそばゆかった。

 さて、クラリスが活躍しているポートセルミのホテルは、さすがに港湾都市さながらの娯楽や静養の設備に事欠かない。聞けばポートセルミは、世界商工業組合連合の総本部もあり、このホテルの一角には、世界唯一の『福引所』なるところもあるとかでかなりの賑わいを見せている。
 商業規模は随分と縮小されたとはいえ、そこの賑わいはそれすらかき消すほどであった。
 リュカがホテルのロビーの人波に驚き佇んでいると、不意にてくてくと青い髪を靡かせながら、華奢な美少女がリュカの元に駆け寄ってくる。
「あ、あなた」
 ふうと息を整えながら、フローラはにっこりと笑って良人を迎える。
「ふふっ、一番良いルームを確保いたしましたわ。すぐにでも、お休みになれます。…あ、それと先ほどレイチェルから――――」
 出航準備完了の報告を受けた。リュカたちがポートセルミに辿り着いたことで、作業のピッチを早めたという。時機が丁度良かったのだろう。一通りの最終点検のみだったらしい。
「あなた……あの……」
 ふと、フローラはリュカの背後から覗くように首を伸ばしている女性に意識を移した。
「…………」
 リュカのため息と同時に、クラリスはにいと悪戯っぽく笑う。
「あなたがリュカの奥様フローラさんね。初めまして、クラリスよ」
 しゃなりしゃなりと身を翻し、クラリスは戸惑い気味のフローラの前に出で、手を差し延べる。
「あ……は、はい。初めまして」
 意味を把握する暇もなく、フローラは差し出された手をゆっくりと握る。
「ふーん、本当にお嬢様なんだ」
 値踏みするかのように、クラリスは爪先から頭のてっぺんまで、フローラを二、三度見回す。
「…………」
 フローラは無言で良人に眼差しを送り、事情を訊く。
「この人はこの街で踊り娘をしている人なんだ。僕の知り合いなんだけどね」
 困ったなと言う様子のリュカ。
「よろしくねって、ちょっとリュカくん、知り合いだなんて随分じゃない。友達じゃなかったの」
 その言葉にリュカは苦笑する。
「一日二日ほどの見知り合いでそう言って頂けて光栄です」
 するとクラリスは得意気に笑う。
「ま、そう言うこと」
「は、はい……?」
 クラリスの妙な勢いに圧され、フローラはただ頷くしかなかった。
 匪賊の末端に絡まれていたこと、嘗ての出来事を簡潔に話すと、フローラもようやく事情が判ったようだった。
「大変なんですね、クラリスさんほどになると」
「ま、それが宿命と言っちゃそれまでなんだと思うけどね」
 人気者は辛いよとばかりに胸を張る一見素朴な町娘。
「まあ、せっかく“英雄”さんとの再会だし、こんな奇麗な奥様との馴れ初めも聞いてみたいしね、後学のためにも。私のおごりで良いからさ、どう、飲まない?」
「いや、しかしクラリスさん――――」
 渋りかけるリュカの言葉を、フローラがやや高いテンションでカバーした。
「あなた。私、クラリスさんの自叙伝、ぜひご教授に与りたいですわ」
 妻の美しい瞳がキラキラと輝いているように見えた。フローラのすがるようなこの瞳に、リュカは弱い。
「クラリスさん、お手柔らかに。ただし、僕はアテにしないで下さいよ」
 クギを刺すようにリュカが言うと、クラリスはあからさまに残念な表情を見せる。
「えぇ――――――――仕方ないなあ。うん、それじゃあフローラさんは今日、私のものよ☆」
 と言いながら、クラリスは徐にフローラを背中から抱きしめる。
「ひゃうっ!」
 鈴が壊れたような声を上げるフローラ。躯が硬直してしまった。
「あ――――日が変わるまでにはお返し願います」
「延滞料金は1時間10ゴールド?」
「2時間100ゴールドです」
「うぅ……リュカくんって人の足元見るの好き?」
「及ばずながら、友人にはとかく冷たいと言われます」
「いいわあ。フローラさんだったら、日500は稼げそうね。差額は頂くわ」
「抵当権は僕にあります」
「あなた……物扱い……くすん……」
 フローラらしい、淑やかな突っ込みによって即興ボケ漫才は終わった。さり気なくつき合ってくれたクラリスに感謝。しかし、フローラへの説明には少しばかり時間を要した。

 オフの日にバーに姿を見せたクラリスに、マスターは少し訝しげな表情を見せたが、簡単に話をすると、リュカを見て深く頭を下げ、嬉々としてリュカたちを迎えた。
「憶えててくれたんですね」
 リュカの言葉にクラリスは笑う。
「当たり前よお。て、言うかあなたはここの語り種なんだから。私たちの間じゃそりゃもう――――」
「リュカさんて、本当におもてになるのですね」
 フローラの素直な感想に、リュカはどこかしか居心地が悪い気がする。
「作り話は止して下さいね」
 やんわりとクラリスに釘を打つと、リュカは湯気が立つ牛のソテーにナイフを入れる。
「あら、事実よ事実。まあ、リュカくんが結婚したって聞いたら、みんながっかりするわねえ」
 リュカは唇を曲げて食事に没頭する。そんな様子の良人に苦笑するフローラ。
「フローラさん、飲めるかしら?」
「ええ、少しだけ頂きますわ」
 クラリスの勧めで、フローラはワインを嗜んだ。
「私のためとか言って、結構ボトルとかワインを入れてくれる男が多いのよ。無理しちゃってさ。余り物で悪いわね。あ、それともお口に合わなかったら――――」
 フローラは丁寧にグラスを傾けている。
「美味しいですわ。やっぱり、人と飲むお酒って、格別ですわね」
 そう言って微笑むと、フローラがクラリスにワインを勧める。
「あ、ありがとう」
 意外だとばかりに、クラリスはフローラを見た。
「え、どうかなさいましたか?」
「ふーん……意外にお嬢様気取りじゃないんだなあって」
「まあ。そ、そうですか?」
 歯に衣着せぬ言葉に、フローラは都度、羞う。
 次第に打ち解ける二人。リュカは渋りながらも食事を腹に詰め、妻とクラリスの勧めで酒を嗜む。
 食事の終わる頃が、こういう場所にとっては本当の意味での始まりであろう。
 突然、空間全体の灯りが落ち、打楽器、管楽器によるハイテンポの曲が巻き起こる。
「いよいよメインイベントッ。あぁ、この曲、このリズム、血が騒ぐわあ」
 思わず身を乗り出しそうなクラリスの言葉通り、ポートセルミの夜のメインイベント、踊り娘の舞台の開幕であった。
 ホールの中央に設計された舞台に色様々なスポットライトが当たる。次々と集まってくる男たちの野太い歓声が舞台を包んでいった。
「はああ――――」
 熱気に圧されたか、フローラはぽかんとした様子で、“異様”な会場を見回す。
 やがて、紙吹雪と共に、過激なコスチュームに身を包んだ踊り娘たちが、文字通り官能と躍動の権化となって舞い出る。その瞬間、男たちの歓声は熱波となってホール全体を駆け抜けた。
 呆けた様子のフローラ。何に魅入っているのか、あるいはただ意識が遠退いているのか、娯楽に興じる人々の情景に目を向けたまま、固まっている様子だった。
「フローラ、大丈夫か。気分が悪いのなら――――」
 いささか酩酊状態のリュカが妻を気遣う。
「あ、え……えと……私はだ、大丈夫ですわあなた。あなたこそ、大丈夫ですか。少し、お酒が……」
 目が据わりかけているリュカ。微笑みも心許ない。うるさいほどの歓声や音楽が温かな毛布となる。
「あーあ、折角のイベントにもったいないなあ」
 テーブルに頬をつき、微睡んでしまうリュカにクラリスは不満そうに言う。
「まっ、後で起こしてあげるとして、女の子同士、少しお話をしましょうよ。フローラさん」
 フローラを見ながら、片目を閉じるクラリス。
「あ、はい……。私なんかがお相手でよろしければ――――」
 どぎまぎとするフローラの様子に、クラリスは楽しそうに笑った。
「あははは。なーんか、こうしてみると本当にフローラさんとリュカくんって、お似合いねえ」
「え、ええ?」
 驚き、戸惑い目が泳ぐフローラ。お酒を含めているためか、思考の整理が少しだけ鈍った。
「これ以上にないって感じのベストカップルっていうのかな。茶化してるんじゃないわよ。えーっとね。そうねえ、何か、言葉通り、深窓のお姫様を果てしない空の下へと連れ出した、名も無き流浪の剣士。少年は覚悟を決めて一生、可憐で純白な、たおやかな姫を守り抜くため遠い、遠い異境の地へと駆け落ちを――――」
「…………」
 真剣な面持ちのフローラ。思わず、言葉を止めて顔が真っ赤になるクラリス。
「……あははは。もう、突っ込んでよう。この先全然考えてないんだからあ」
「え……あ、あぁごめんなさい。……と、えい!」
 苦笑。
 その瞬間どうっと、歓声の第二波が起こる。舞台に振り向くフローラとクラリス。踊り娘たちの舞いは本当に目を惹きつけるほど、美しいものであった。
「華よねえ、ほんとに」
 クラリスがふと呟いた言葉に、フローラははっとなった。彼女に向き直ると、その横顔は少し憂色を秘め、醸し出す色気にまたひとつ彩りを与えているようだった。