特別編 Get Along together~featuring 山根康広 from 1993

 大神殿の苛烈な労働生活は、多くの奴隷の命を奪い、捨て去っていった。
 『光の教団』の信者であったその少女は、末世にあって魔王の恐懼のみが世界を震撼させてゆくだけの人々に、せめてもの救いの場を天界に近きこの峻嶮な山岳に創建するというイヴールの教義を純粋に信じていたのだ。
「この不埒者め、世に二つと無き三〇〇年の陶磁ぞ」
 奴隷達の窮状を他所に、イヴールに捧げられる豪奢な食卓。
 大鶏の姿焼きを載せた陶磁の皿を、少女はわずかに躓き、その拍子に誤って落としてしまった。乾いた音が響き、一斉に少女に眼差しが向けられる。
「も、申し訳ございません教祖さまっ」
「ええい。謝って済むか。貴様、この罪、生涯をもって償え」
 懸命の謝罪にもかかわらず、少女はイヴールの理不尽な逆鱗によって奴隷に身を落とされてしまった。
 奴隷の命よりも、食器一枚が大切なこのカルト教祖にとってみれば、少女の命をその場で奪わなかったことが、せめてもの慈悲だったのだろう。

「あの娘は教団の信者だったのに……むごいものだよねえ」
 奴隷の一人が、ぼろぼろにされ、奴隷部屋の隅でうずくまっている少女の事を話した。
「…………」
 翡翠色のボサボサ髪を掻きむしりながら、青年はその少女のことを見つめていた。
 丁度食事時だったが、少女は少ない薄粥すら取ろうとはしなかった。やがて、給仕は去り、少女だけが、結果何も食べない状況になっていた。
「ちっ……」
 見かねた青年は何を思ったのかすくと立ち上がり、大股でうずくまっている少女の前にどかんと腰を落とした。
「…………」
 驚きのあまり肩を竦める少女。怯えた眼差しで顔を上げると、不機嫌そうに自分を睨みつけている翡翠色の青年が映った。
 青年はぶっきらぼうに自分の椀を突き出す。
「食え。あんたが何でここに来ちまったのか、経緯なんざどうでもいい。来ちまったもんはどうしょうもねえ。食わねえと死ぬ。死んじまえば、何にも出来なくなる」
「…………」
 少女は茫然と、青年が差し出した椀を見つめている。
「うだうだ悩むのは明日からにしろ。取りあえず、今は食え」
 青年は少女の手を強引に引っ張ると、椀を手に取らせる。少女は、なすがままに、椀から伝わる温かさを感じた。
「あ、ありがとう……ごめんなさい――――」
 初めて、少女は声を発した。青年はその瞬間、思わず意識を奪われそうになった。なんて美しい、玲瓏とした声なのだろうか。磨き上げられた鈴の音のような声とは、まさしくその少女のような声のことを言うのだろうかと。
「礼なんか言うな、それに何で謝る。そんな暇があるなら、早く食え」
 こみ上げる電撃のような感情を封じ込め、わざと青年はそう言って突き放した。
「でも……あなたの食事が……」
「ちょっとむかつくことあってな。腹が一杯なんだ」
 青年はそう言って戻ろうとした。
「あ、あのっ! ……ありがとう……本当に――――あの……」
 少女は青年の名を知らなかった。
「礼はいらねえって言ってんだろ。……ヘンリーだ」
 青年は、さりげにそう名乗った。
「私はマリアです……ヘンリー……さま」
 ヘンリーはふっと鼻を鳴らすと、所定の場所ですぐに横になった。
 マリアはヘンリーの差し出した椀を大事そうに両手でくるみ、ゆっくりと口に運んだ。何故か、それがすごく美味に感じた。

 数日後、マリアは再び不祥事を起こしてしまった。
 ただでさえ理不尽な巨石の運搬を女子供や老人にまで押しつける奴隷労働。マリアも寸分例に漏れず、両腕でやっと持ち上げられる重い石を覚束無い裸足で運んでいた。
 しかし、地面の尖った部分に足の裏を傷つけてしまい、その拍子で石を落としてしまった。
 ゴロゴロと転がってゆく石は、別の奴隷に鞭打っていた鞭男を轢き倒してしまったのだ。
 激怒した鞭男達はマリアを引きずり廻し、他の奴隷達の眼前で袋のように鞭の雨を降らせたのである。
「リュカ、後のことは任せる」
 ヘンリーは親しく話していた、傍らの黒髪の青年に向かいそう言うと、唇をぎりぎりと噛みしめ、少女をいたぶる鞭男の一人に殴りかかっていった。
「あなたは……!」
 もうろうとする意識の中で、マリアは鞭男と格闘してゆく翡翠色の髪の青年を見、意識が途絶えた。
 鞭男達はヘンリーとリュカという青年によって気絶、ないし殴殺されていた。
 奴隷達を酷使していた鞭男が、奴隷の青年二人に悉く打ち倒されたことで、動揺が走った。
 獄吏達はヘンリーらを牢に繋ぎ、事態の沈静化に躍起となっていた。
「マリアは、我が妹。救ってくれたことを、感謝している」
 獄吏長のヨシュアがマリアを抱えながらヘンリーらに頭を下げた。
「君たちならば、マリアを……。どうか無事、逃げおおせてくれ」
 マリアと共に大神殿からの脱走をせよと、ヨシュアは言っていた。
「あんたはどうするんだ」
「…………」
 無言の決意。ヘンリーは返す言葉なくてもヨシュアの意を酌み取った。
「せめてマリアだけは、救ってみせる」
 ヘンリーは無意識のうちに、そんな言葉を使っていた。
 狭い樽に詰められ、三人はやがて意識を失った。何処ともなく水路を伝い瀑布に打たれ、海洋を彷徨った。幾日経ったか、わからないままだ。

 海辺の修道院。神に導かれるように、三人はそこで救われた。
 金剛の原石。正しくマリアはそれに等しかった。身体を清められ、修道士の衣服を纏い、髪を整えたその姿は奴隷時代、いや、むしろ光の教団信者時代よりも一層美しく、輝いて見えた。
「…………」
 すれ違った彼女の姿にヘンリーは目を止めた。美しい女性だと素直に思った。

 それから数日。マリアには教団時代には思いも至らないほどの充実した日々が待っていた。真実の救済の意味を知る教義。元々、神に敬虔な心を持つマリアにとって、その清廉で楚々とした振る舞いは、長い密閉された空間に過ごしてきたことが幸いし、少なからず俗世間に感化されていた他の修道士たちよりも傑出したものがあり、修道院こそが彼女のあるべき場所なのかと思った。
「ありがとう……ございます、ヘンリーさま」
 すれ違った時、不意にマリアはヘンリーの背中にそう声を掛けていた。
「何のことだ。俺は何も、していない」
 しれっとヘンリーは答える。
「いいえ。あなたや、リュカさまがいらっしゃなければ、今の私はありません……」
「神のお導きだ。マリアを見守って下さっている汎神が、マリアを救って下さったのだ」
 ヘンリーは振り向くことなく、そう言った。そして再び歩を踏み出したその時、マリアは強い口調で言った。

 ――――その神様が、あなたたちをお遣わし下されたのです――――

 やがて、ヘンリーとリュカは旅立っていった。
 ヘンリーは自分の気持ちに気づいていた。マリアに出逢った瞬間から、彼女に心惹かれていたことに。美しく変貌した修道院の彼女、それ以前から、ヘンリーは彼女を見つめていた。
「また、会えるな――――」
 ふとそう吐露したヘンリーの肩を、リュカは微笑みながらそっと抱いてくれた。

 マリアはそれから懸命に神学を修めた。真綿に水を染みこませるかのように、驚異的な学習力を備え、三ヶ月も経つともはや古参の修道士に引けを取らないほどの教義を垂れるようにまでなっていた。
「あなたも妙齢。いつ、華燭の典を挙げても恥ずかしくはありません」
 マザーの御言葉に、マリアはぽっと頬を染めた。
「そのようなこと……。私はまだまだ未熟者でございます――――」
 そう言いつつ、マリアの脳裏には淡いシルエットが過ぎっていた。
「意中の方が、いるのですね」
 マザーが微笑むと、しかしマリアは急にそっぽを向いて俯いてしまう。
「苦楽を共にした仲。あなたのことを必要と思う時、その方は必ずあなたを迎えに来ますよ」
 その時はまだ、マリアの脳裏に過ぎったシルエットが誰だったのか、はっきりしていなかった。

 ラインハットに政変の噂が生じ、この海辺の修道院にもそんな生臭い現実の話が飛び込み、静かな話題にすらなっていた。
 暗殺されたはずの廃太子が復讐のため、現国王とその一族を鏖殺せんと謀っているとか、実は実権を握っている太后が実は贋者であるとか。
 マリアは祈り続けた。大神殿を生き別れた兄の分も背負いながら必至の思いで脱し、せめて神に仕える身として生涯を過ごそうかと思っていた下界も、殺伐とした空気や欲望に包まれている。だからこそ、彼女はただひたすらに、自己犠牲の想いで祈り続けていた。そして、脳裏に浮かんだ、シルエットの姿がわかりかけてきた。彼に助けを求めるように。せめて我が身が背負う業を少しでも分かって欲しいために。
 そんなある日のことだった。
「まあ、あなたは……!」
 修道女が、来客に向かい感嘆の声を上げた。
「あの時の……」
 マリアがゆっくりと振り向くと、そこには当に今彼女自身が想い続けていたシルエットの本体が立っていた。
「ヘンリー……さま」
 翡翠色の髪を束ねたヘンリーと、さんばらな黒髪を紫の布で包んだ、リュカ。
 神の塔。そこに眠る御神鏡が必要だと、彼らは言う。
「私をお連れ下さい」
 咄嗟に、マリアは名乗りを上げていた。ヘンリーも、リュカも愕然となった。
「今こそ、私がお役に立てるかも知れません」
 思えばこの時、マリアには自信があったのかも知れない。魔物が徘徊する危険な外界に、非力なマリアを伴うことを憚ったリュカ。
 しかし、ヘンリーは毅然と言った。
「逡巡したって始まらねえ。マリアのことは俺が守る。それで良いだろ」
 何気なしに言ったヘンリーの言葉が、マリアの胸を少し熱くした。彼らしいと思った。
 神の塔はマリアの敬虔な信仰心によって、道が開いた。凶魔を打ち破る御神鏡は、無事に手に入れることが出来た。
「俺の手を離すなよ、マリア」
 塔にいる間、ヘンリーは一秒もマリアの手を握って離さなかった。ヘンリーの掌はすごく温かく、逞しかった。数多い塔の試練も、不思議と怖くなかった。
「…………」
 気づけば、マリアの瞳にはずっとヘンリーが映るようになっていた。シルエットが、ゆっくりと彼に変わってゆく。

「贋者を打ち倒したら、君は修道院に戻るのか」
 決戦前夜、ラインハット城を眺める宿屋の一室で、ふとヘンリーはそう訊ねた。リュカはもう眠っている。
「はい…………」
「…………」
 ヘンリーは黙した。
「…………」
 マリアも黙した。気まずいわけではない。しかし、何故か互いに、言葉を発する切っ掛けが掴めないでいた。
「マリア。あなたには深く感謝している」
 ふと、沈黙を破ったヘンリーが、そう言った。
「あなたは、ラインハットの恩人だ。国民に代わって、お礼を申し上げる」
 マリアに向かって、ヘンリーは跪いた。
「あ、ヘンリーさま。おやめ下さい」
 マリアは狼狽し、ヘンリーの手を取ろうとした。その瞬間、マリアの背中は温かいものに包まれた。
「…………!」
 ヘンリーの腕が、強くマリアの背中に廻されていた。何も言わず、ただ不器用に、ただじっと、マリアの細い身体を抱きしめていた。
「…………」
 マリアは抵抗せず、ふわりと心に染み入るような温かさを感じていた。自らも、そっとヘンリーの背中に指を添えた。
 ほんの数分。マリアの身体を離したヘンリーは、何も言わず、マリアを見ることもなく、リュカの隣の寝台に潜り込み、寝てしまった。
(ヘンリー……さま)
 突然抱きしめられたその感覚に驚き、また余韻に浸る暇もなく、マリアはしばらくただ茫然と、視線を泳がせていた。

 翌日、三人はラインハット城に再び、潜入した。太后誅殺という乾坤一擲の賭けに出るためである。
「大丈夫か。これから何があっても、側を離れるな」
 ピリピリとした雰囲気の中にあっても、ヘンリーは常にマリアを気遣っていた。
「はい……」
 ヘンリーが纏う朝衣の袖をそっと握りしめながら、マリアは眼を細めた。
 太后に化していた魔界の尖兵は、ヘンリー、そしてリュカによって討ち取られた。永き間、独裁強権体制を布いてきた悪政の根源は、地獄から生還した二人の青年によってあっさりと断ち切られてしまったのである。
 ラインハットは解放された。国民の歓喜は一天四海に轟くばかりで、ともすれば廃太子が成した功業に、涙を禁じ得ぬ老人たちの表情が印象に深い。
 国家再建の象徴としてデール国王の補佐を担うことになるヘンリーは、その場で、永く行動を共にした朋友・リュカと別れることになった。
 笑顔で別離を告げ合う断琴の友好。リュカの姿が見えなくなると、途端にヘンリーは感情が溢れた。
「これから先、あいつと共に旅をすることはないと思うと、空虚な気持ちになってしまうよ」
「ヘンリーさま……」
 十数年苦楽を共にし、実の兄弟以上に気心が知れ合ったはずの同士。別れの悲しみ。慰める言葉なく、マリアはただ、ヘンリーの名をくり返し、口にした。

 国政正常化の祭典はそれから幾日か続き、修道院帰還を仄めかしていたマリアも、祭典の祝酒に与っていた。
 しかし、一修道女がいつまでも王室の領域にあってはならない。リュカが旅立ちてから七日が過ぎ、マリアは次の日に修道院へ帰還することを決めた。
 それを前に、彼女はヘンリーへ別れの挨拶をするため、彼の元を訪れた。
「明日、戻りますわ」
「ああ……」
 躊躇いがちの口調。何か心につかえが残っている、二人の視線。それから何故か、言葉に詰まる。
「ヘンリーさま。私……すごく嬉しかったのです」
 不意に、マリアが沈黙を破った。
「あの時……ヘンリーさまが自らの食事を私に分け与えて下さった時……本当に」
「今さらの話だ……」
 ヘンリーは突き放そうとする。しかし、マリアは強い口調で詰め寄った。
「私はあの日からずっと……それ支えに生きてこられました。……ヘンリーさまの、優しさをずっと支えに……」
 そしてすぐに、マリアは涙ぐんだ。
 わかっていた。きっと彼女自身ももう、明日この国を離れれば、身分の違うヘンリーとは二度と会うことは出来ないだろうと。
 だから、最後に告げたかった。心に募る、思いの丈を。

(ヘンリーさまのことを、お慕い申し上げております――――)

 しかし、言葉と時間は実にもどかしい。なかなか、思うようにマリアの口からヘンリーへの想いが伝わらなかった。
「俺も……マリアに会えて嬉しい――――」
 “今さらの話”を越えて、ヘンリーは素直にそう感じた。
 彼もまた、心の裡でわかっていた。離れれば、きっと自由に会うことも出来なくなるだろう。
「マリアと……リュカと……。こんな俺に、こんな素晴らしい友達がいるなんて――――本当に、本当に勿体ないくらいだ。」
 ヘンリーは乾いた笑みをこぼした。それだけだった。笑いながら、胸の奥から突き上げてくる痛みを、ヘンリーは必至で隠していたのだった。
「嬉しくて……」
「…………」
 しかしそれ以上、言葉は続かなかった。

 翌日、マリアは国軍近衛将兵の護衛を受けて、修道院へ帰っていった。
 それから三日。ヘンリーは空虚な気持ちに溜息を禁じ得なかった。
「兄上、いかがなされましたか」
 デール王が謁見のヘンリーの様子を気に留められる。
「ああ、陛下。何でもありません」
 しかし、明らかにその笑顔は繕われている。ヘンリーは嘘をつけない性格だ。それは弟である陛下自身がよくご存知であった。
「兄上。国民を思い、迷いを断ち切られませ。民はそれを望んでいるのです」
 陛下の御言葉に、ヘンリーは目を瞠った。
「よろしいのか、陛下。これは王事を以て家事を辞すに無いことです」
 すると陛下は笑顔で返す。
「興復において、兄上たちこそ国の柱石」
 そのお言葉に、ヘンリーの意志は決した。
「陛下、畏れながら駿馬を一頭、拝借したい」
「言うに、及びません」

 賑やかな祭典の京師とは一転、敬虔なるを主体とした海辺の僧院は、漣の音に癒しを感じる穏やかな日常の中にあった。
 マリアは胸に残る想いを如何にせんと葛藤を感じながら、神に仕る日々に身を置いてゆく。
(ヘンリーさま……私は――――――――)
 しかし、どこかしか割り切れない感情。瞳を閉じ、クロスを拝せば浮かぶのは神の像ではない、飄然とした、心優しい翡翠の髪の青年であった。
 マザーは既に承知していた。マリアは自分たちが止めようと止めずと、いずれ心に想うラインハットの王子のもとに行くのだろうと。それが、神が定められし運命なのだろうかと。
 御伽噺のような馴れ初めが、現実にあるのかと思った。

 マリアが修道院へ帰還してほぼひと月が過ぎようとしていた。噂ではリュカはビスタの港から船に乗り、遙か西の大陸に渡っていったという。
 その日の朝は正しく清晨と呼ぶに相応しい、美しい陽光が東の空から世界を照らし始めていた。
 いつものように太陽に向かい、祈りを捧げるため、マリアは外に出た。
 不思議だった。
 何故か、その日の空は普段よりも美しく、清々しく、輝いて見えた。
「…………」
 修道院からオラクルベリー、更にラインハットへと続く、海沿いの道。マリアは何気なく、その道の遙か彼方に意識を移していた。時を忘れて、見つめていた。

 そして、白く眩しい清晨の光が、ゆっくりと明るい昼の色へと変わってゆく時、不意にキラリと道の彼方が白く輝いた。
 その影は蹄の音を広く響かせながら、渇きに水を求めるように、茫然としているマリアの前に駐まった。
 絹のような毛並みの白馬。それに跨る、絢爛な朝衣を纏い、宝剣を佩いた青年の姿。翡翠の髪が、穏やかな潮風に靡いた。
「…………」
 マリアは何が起こっているのか解らず、ただ茫然と、“白馬の王子”を見つめている。
「リュカは旅立った……。俺も……それに倣おう」
 そう言うと、彼は馬を下り、マリアの前に立った。
「ヘンリー……さ、ま?」
 ようやく事態に気づいた時、マリアの美しい瞳からは止めどなく透明な宝石がぽろぽろと頬を伝い落ちていた。

 俺の旅には――――マリア、君が必要だと気づいた。……いや。ずっと、ずっと昔から気づいていたんだ――――。
 格好なんて、つける必要なんかないのにな。馬鹿だ……俺って奴は――――。

 自嘲するヘンリーの胸に、マリアはそっと額を押し当てる。ヘンリーはそっと、その背中を包んだ。

「マリア。好きだ……。俺のそばに……ずっと、ずっと居てくれないか――――」

 答えは、要らなかった。
 着の身着のまま。マリアを抱き上げたヘンリーは、そのまま攫うように、白馬を駆ったのだ。

「マザーに……皆さんにご挨拶を……」
「後でいい」
「強引なのですね」
 半ば呆れたマリアは微笑んだ。
「俺が、リュカと交わした約束と同じ言葉を今、マリア。君に言おう」
「はい?」
 きょとんとするマリアに、ヘンリーはややはにかみながら、意を決して言った。

「マリア。一生、俺の子分になれ――――」

 その言葉に、マリアは目を瞠り、そして何よりも嬉しそうにヘンリーの首にしがみつき、返した。

「はい――――親分――――」