晩餐という高尚な言葉が的を射ているかどうかは、それぞれの解釈によるだろうが、デール国王がリュカ夫妻を持て成すために用意した客膳は、王侯が毎夕のように嗜む山海珍味の大判振る舞いとは全く御門違いのものである。
少肉多菜。一般の中流家庭が収穫祭の夜に近隣や親友を招いて内輪で盛り上がるように、会話を主食にした惣菜。
『時世不穏の中にあって、未だ大麦の殻を主食にするしかない窮民のある国が、挙国一致し中興を図る中であるというのに、率先して桐油を費やし獣肉を食らい、巨桃の果汁を啜るは、国の模範である王家の正道に反する』
デールは、ヘンリーへの譲位を断念し、名実共に正統なラインハット国王として宣布した綸旨に、この記を徴して王侯貴族の奢侈を禁じた。
自身も一汁三菜を基本とした質素な食事を心がけるようになり、食材も今までのように、農漁業の元締めに稀有の極上品を献上させる慣習を廃し、采女を城下に使わして直接仕入れさせるなど、庶民色を積極的に取り入れる施策を打ち出したのである。リュカが思いもかけない場所でのマリアとの再会も、根幹はこうしたデールの意向があったのだ。
(ときどき贅沢というものをしてみてぇもんだぜ)
披露宴の席上の雑談で、ヘンリーはそうデールのことを皮肉って笑ったのを覚えている。
「変わったなあ……この国も」
粛々と女官が配膳してゆくのを眺めながら、リュカは呟いた。
「そうなのですか?」
かく言うフローラも、見た目にもサラボナの饗宴に遠く及ばぬ、王家の食卓に目を瞠る。
「心が落ち着くようになった。前は……冷たい石櫃の中で見る夢のようだったから――――」
良人の言葉に思いを巡らせ、フローラはきゅんと胸が痛んだ。
ラインハットは、今なお彼の心に拭いきれない影を落としている。計り知れない、リュカの心の傷。
フローラは、少しでも今、優しい微笑みで自分を見つめてくれるリュカを癒したいと改めて思った。リュカが癒されるのならば、どんなことでもしてあげたいと思う。
「リュカ殿――――!」
不意に少年の声が広間に響き、それに反応し、配膳を続けていた女官たちが慌てて姿勢を正し、拝礼する。
「ああ、構うなかまうな」
奥の間から姿を見せた、臙脂墨に無模様という質素な綿製の束帯を纏った貴人の少年が、掌を翳しながら女官をやり過ごす。着る物違えば、どことなく街衢にすれ違う庶民のいち少年の装い。
リュカは即座に胸に手を当て拝礼する。
「デール王、ご無沙汰でした」
(え……あ、お、王さまでしたの!)
慌てたフローラ、良人に倣って淑女の礼をする。
「やめてくださいリュカ殿。ああ、慣れませぬなあ」
デールは慌ててリュカの手を取ってくる。不器用な笑顔、なかなか身に付かぬ王の威風。こんな少年が後に治世の賢主と呼ばれるのだから面白い。
デールは人懐こい照れ笑いを見せながら、リュカのとなりに控える佳人に目を惹く。
「おお、貴女が御内室のフローラ殿ですか」
微笑みながら、再び拝するフローラ。
「お初にお目にかかります、国王陛下。サラボナ西州公ルドマンが娘フローラと申します。良人リュカが大変お世話に――――」
慣例の挨拶を遮るデール。
「国王陛下はやめてください。それよりも、お世話になったのは私の方ですよ。もう――――リュカ殿にはどの様な言葉があっても足りません」
苦笑するリュカ。
「デール王、まずは御着座を」
リュカがデールの手を取る。その時、廊下の扉が開いた。
「そうです。ゆっくりと話が出来ますよ、御上」
そう言いながらヘンリーが廊下の間から妻のマリアと並んで姿を見せる。
「兄上――――」
「御上。このヘンリー、公の場にては末端の臣でございます」
何度も諭してきたのだろうか。半ば呆れた口調で、ヘンリーは言う。
「あなた。身内の小宴の時くらい、君臣の隔たりは捨てましょう。――――せっかく、リュカさまたちもいらっしゃるのですし……」
マリアの言葉に、ヘンリーは小さく舌を出して赤面した。
「ああ、そうだった。いや、どうも慣れねえな。これだから宮仕えは――――」
ヘンリーの愚痴に、リュカは思わず哄笑した。
「な、何だよリュカ!」
「いや――――やっぱり兄弟だなって。なあ、フローラ」
「くす。はい」
唇に指を当て、フローラも控え目に笑った。
デール王を挟み、リュカと盃を交わしながら、共に久しぶりに与る秘蔵の麦酒に、ヘンリーは殊に良い心地に酔いも増す。
リュカとヘンリー。共に愛妻を伴い惚気話もほどほどとばかり。独身のデール王は何となく肩身窄む。
結婚をして子孫を伝えず、兄夫妻の嫡子に王統を返す。デール王の決意は必ずしもヘンリーたちの意に沿うものではなかった。
『子孫はともかく、君主たるもの臣民に幸福の範を示す義務がある』
そんな兄の言葉に度々途惑うデールは、それでも逡巡を拭いきれずにいた。そうしているうちに積もってゆくヘンリーの苛立ち。胸の裡に秘めていた思いをリュカに咨嗟する。
「御上は畢生、大婚の儀はなさらぬそうだ。俺たちに気を遣われているようだが、余計なお世話というもんだぜ。なあリュカ、この頑固な明君に何とか言ってくれよ」
リュカも友たちと交わす美酒に与りながら、身体が浮くような感覚に心地よく、言葉が流暢に発する。
「ヘンリーの言う通りです、デール王。義を見てせざるは勇無きなりと申します。それは王がかつての経緯を深く思われての決意でありましょうが、それで後々に無聊を招き、無為に人心を騒がせるようなことがあってはなりません。デール王とて一介の人間。人並みに幸福を求めることに何の咎がありましょう」
ヘンリーが半ば瞼を閉じてリュカの弁舌に耳を傾ける。マリアと談笑していたフローラも、少しだけ熱のこもった良人の言葉に意識を傾注した。
「しかし……」
「ならば、偏に王国中興のためと思し召しませ。デール王のための華燭の典こそが、ご正道の大幹であるならば御自身も得心できると思いますが――――」
「ああ……」
呻るデール。ヘンリーはにいと口許に笑みを浮かべながら、弟の背中を軽く叩いた。
はっとして兄を振り返るデールに、ヘンリーはゆっくりと頷いた。
「す、すみません皆さん。少しばかり、酔いを醒ましに――――」
何故か急に赤面し、慌てて腰を浮かすデール。
「デール様、大丈夫でございますか」
即座にマリアが駆け寄り、肩を支える。
「大丈夫です義姉上、お構いなく――――」
デールは柔らかくマリアの手を避けると、女官の一人を呼び、その手を取り席を外していった。
「欲のない御方だな、ヘンリー」
リュカの言葉に、ヘンリーは笑う。
「無欲も過ぎれば、ただ融通が利かねえだけだ」
「心にもないことを言うなよ。私欲に囚われて、奸臣の讒言に踊らされる亡国の主でなくて良かったじゃないか」
「言うね、リュカ」
ヘンリーが言葉を呑む。するとデールを送り、戻ってきたマリアが淑やかに微笑みながら言う。
「リュカさまのお言葉、お見事ですわ。デール様の張りつめた宸襟(おこころ)も、きっと解きほぐされましょう」
「デールは腹違いだがラインハット王家の血を色濃く受け継ぐ君主だ。澄ましていれば、見た目は良い。後は“その気”になるだけさ」
「それは遠回しにヘンリー、自分が格好いいと言いたいわけだ」
リュカが少し皮肉を滲ませて言う。するとヘンリーは一瞬、息を詰まらせたが、すぐに色を正して言った。
「バカ言え。俺はそこまで陶酔主義じゃねえ。あいつは自分じゃ気づいていねえようだが、婦女子の株は高いらしいからよ。なあ、マリア」
「ええ。あなた。デール様は宮中の女官はもとより、城下の女の子たちからも評判が高いですわね。もしかすると、今はヘンリーさまよりも……くすっ」
綸旨に則るデールのそこはかとない素朴さと恭謙な性質が特に親しみやすとなって、いわゆる女性の母性を刺激するのだという。
「まあ。それではデール様、気の休まる時がありませんわね」
フローラが苦笑いをすると、マリアはヘンリーを指しながらくすと笑って答える。
「フローラさん。この人が“面”をつけて狂言に凝り始めたきっかけは、そんなデール様の無聊をお慰めするためでもあるのですよ」
「まあ――――そうでしたの」
驚きと感心を合わせたように、フローラは瞳を潤ませてヘンリーを見る。
「お陰で、今やすっかりデール様も狂言にご執着ですの」
「まあ。くすくす」
「こら、マリア。変なこと言わんでいい」
慌てて口を挟むヘンリー。しかし、マリアは唇に掌を当てて笑いを抑えていた。
「ヘンリーははそう言う男なんだよ。まあ――――キョーゲンはともかくとして……」
リュカの言葉に美女二人が笑い、ヘンリーの顔がかあっと真っ赤になる。
「ええいやめ、やめ。マリア、フローラさん。これはただの晩餐じゃねえ、稀有の客遇だ。妻同士、話が合うこともあるだろ。ユーコンの麦酒はまだまだこれからだ」
息継ぎの無い早口の言葉をマリアは理解し、頷く。
「わかりましたわ、あなた。……くす、フローラさん。夫を持つ者同士、“不満”を言い合いましょうか」
「え、え……あの……ふ、不満って――――」
戸惑うフローラ。少なくても、リュカに対して不満など探しようもない。
「せっかくですから、ゆっくり飲みましょう」
マリアに勧められて、少し男達と席を離した。
「いい娘じゃねえか、リュカ」
躊躇いがちにマリアから酌を受けるフローラの様子に、ヘンリーは呟く。
「当たり前だろ。フローラは僕にとって、世界一の女性だ」
リュカがそう言ってグラスを空けると、ヘンリーはふふんと笑いながら麦酒を注ぎ足す。
「それを言うなら、マリアこそ俺にとっては宇宙一だ」
そう言って白い歯を覗かせるヘンリーを、口を窄めて見るリュカ。ヘンリーの手に持つ、半分ほど減ったグラスに、なみなみと麦酒を注ぐ。
「こぼれる、こぼれる」
「どうも、こればかりは掛け合いにしたくないね」
苦笑するリュカに、ヘンリーも頷く。
「全くだ。それこそキリがねえ」
二人で、互いの伴侶を見つめる。笑顔、仕種、そして体躯(スタイル)。何度見つめても、どう贔屓目で見ずとも、どれを取っても完璧だ。
苦節十余年、二人にはその艱難を一挙に和らげてしかるべき女性と巡り逢えた。思いを巡らせれば、まさしく奇跡という言葉では足りない。
「…………」
ヘンリーは一瞬、酩酊に漂う瞳が素に戻り、グラスをテーブルに置く。
麦酒をマリアたちに譲り、オラクルベリーから仕入れた葡萄酒に切り替える。深い葡萄(えび)色の甘い香りが鼻を擽る。
「なあ、リュカ」
葡萄酒をリュカに勧めながら、口を開くヘンリー。
「山奥の村の温泉って、良いとこじゃねえか」
「……え――――」
突然の話題にドキリとするリュカ。
「お前さんたちの式の後、本当なら直に戻るつもりだったんだが、ビアンカさんに勧められてな。名物の温泉に与ったよ」
「…………」
何故か、ちくりとした。痛みではない、ほんのわずかな、痼りのような感覚。
「まじで、ビアンカさんの自慢する程だけはあるぜ、あそこは。古今東西、あそこに勝る湯治場はねえな」
ヘンリーの笑顔まじりの話。しかし、リュカの笑顔は妙に硬い。
「俺もマリアも、クセになっちまいそうだったぜ。いっそのこと、俺たちもこのままここに住みついちまおうかってな」
リュカは心中慌てて話を合わせる。
「だろう……? 本当に良い温泉なんだから」
「しかし、アレだね。温泉なんてな身体は極上に癒されるが、精神的には一時的に老化させるみたいだ。わかるかお前? “どっこいしょ、はぁー極楽ゴクラク”って言いたくなる気持ち」
ヘンリーの冗談に、リュカは顔を綻ばす。
「うーん……そりゃ、老化と言うよりも、まるで父上みたいだ」
「おおう。パパスさんに擬すのは嬉しい……って、ちょっと待て。うええ、じゃ何? 俺は特異なわけ。お前、言いたくならない? ゴクラク」
リュカは乾いた苦笑をしながら、躊躇うように頷く。
「まずいな、これは。俺もいつまでも城にいては早老。お前のように四海を跨がねえと――――」
「ヘンリー……それは多分、違うと思うよ」
リュカは敢えて突っ込みたかったが、止した。
ヘンリーは続ける。
「ああ。それでさ、せっかく村に来たんだからって、ビアンカさんの家に招待されて――――」
「ビアンカの家に……?」
「俺たちは宿で良かったんだけどな。どうしてもって言うから、ひと晩厄介になった」
「…………」
リュカがわずかに瞳を伏せる。
「ダンカンさんだっけ。マリアの見立てでは後一,二年くらいゆっくり休めば、元気になるそうだな。彼女、安心してたようだ」
ヘンリーは続けた。山奥の村の温泉の称賛、ビアンカの家での他愛のない話。それからしばらく、ヘンリーの話はリュカにとって甘く切ない幼なじみの話に染まる。
そうしているうちに、リュカは心がむず痒くなるようだった。そして、ヘンリーの話の腰を折り、慌てて割り込むように、訊いていた。
「それで……、ビアンカの――――様子は?」
するとヘンリーは、じっとリュカの瞳を捉え、会話を止めてしばらく無言で見つめた。フローラとマリア、女同士の会話に花を咲かす二人の笑い声が聞こえる。
「泣いてたな。――――慟哭の極致にあったぜ」
しれっとヘンリーは言った。
「――――!」
ずきっと、痼りが動く。逃れられない打撲のような痛みに、リュカは縋るような表情でヘンリーを見た。
「何故だ……何故、そんな話をするんだ――――」
するとヘンリーはふっと小さく笑うと、葡萄酒を呷り、リュカにも勧める。しかし、リュカはそれを受けない。
ヘンリーはひとつ大きくため息をつくと、リュカを真っ直ぐ見て言った。
――――心の底から、身を切り裂くくれえ愛し抜いていた奴にふられて――――
涙ひとつ流さねえ人間は……いねえだろ――――
「……っ」
随分、はっきりと物を言う。ヘンリーの性格も、時に鋭く胸を切り裂く。
「見たままの話だ。お前とフローラさんも……、そして、彼女も全てを覚悟で選んだ道だろうが。それを思い出して胸が痛むのは当然だ」
「……だからって――――」
リュカが言いかけて止めた言葉を、ヘンリーは続けた。
「無理にほじくり出して、動揺させることはない――――か。甘いな、リュカ」
「何――――」
小さく睨みつけるリュカに、ヘンリーはグラスを突き出す。今度は半ば強制的に、勧めた。
リュカがそれを唇に運ぶと、ヘンリーは続ける。
「傷は白粉(どうらん)や白絹なんかじゃ、隠すことは出来ても、癒すことは出来ねえ。……逆にそんなことじゃ日増しに疼きが酷くなって、やがて心身が荒廃するってもんだ」
「…………」
確かに、ヘンリーの言葉通りなのかも知れなかった。正直、この日までフローラとの愛に傾倒し、ビアンカとのことは曖昧なまま、縦しんば、忘却の彼方に封じ込めようとしようとしていた感がある。
「お前らのことは、お前らがそれで良しとして決めたことだ。それに対して、俺は当然、他の誰かがああだこうだと口を挟む筋合いじゃねえけどよ――――」
その時、ふとフローラが視線を向けてくる。ヘンリーは咄嗟に普段のように軽い笑みに手のひらを翳し、ひらひらと合図を返す。フローラは受け流すように微笑むと、再びマリアとの会話に戻る。
「いや……君の言う通りかも知れない」
「へえ――――わかるかい」
意外だとばかりにヘンリーはリュカを見る。
「さすがデールを諭しただけのことはあるな」
リュカは自嘲気味に笑い、再び表情を硬くした。
「……それでも、僕はこれ以上フローラの前でビアンカの話をすることには気が引ける。僕はビアンカ以上に、フローラのことだけを愛しているからだ」
強い決意の口調だった。しかし、ヘンリーは鼻であしらうような言葉で言った。
「ものは言いようだ。言葉ほど便利なものはねえな、リュカ」
「…………」
ヘンリーはグラスを一気に空にし、手酌する。リュカにも勧め、空になったリュカのグラスに、なみなみと注ぎ込む。
(どうやら……必要みてえだな、ビアンカさんよ……)
「え? 何、ヘンリー」
ヘンリーの呟きを聴き取れなかったリュカ。ヘンリーは笑顔で誤魔化す。
「何でもねえ。……それよりリュカ、お前ら二人とも、胸のつかえ、ずっと封じ込めたまま生きてゆくつもりかよ」
ヘンリーの言葉に、リュカの心臓がきゅっと締めつけられる。
「そ、そんなことはない――――」
「……俺は思うぜ。お前らの選択が正しいと思うなら、何ら憚ることはねえじゃねえか。それに…………」
ヘンリーは一度息をつき、真っ直ぐリュカとフローラを見廻してから言う。
「フローラさんとビアンカさん……成り行きとはいえ、二人を抱いたお前が、死して全ての罪業を背負い、紅蓮を彷徨えばいいだけの話だ」
「あ……」
ヘンリーの言葉の真意を感じたその瞬間、リュカは二人の美少女の筆舌に尽くせぬ肌の感触を思いだし、赤面する。
その時だった。
「あなた……?」
耳に直に掛かる息と声にリュカは驚愕して飛び上がる。
「ふ、フローラ!」
ほんのりと上気した頬と潤み揺れる瞳が、リュカの視界を覆い尽くしていた。
「?」
思わず、リュカが頭を伏せる。
「どうか、なさいましたの?」
フローラはヘンリーを向く。
「ううむ。敢えて言うなら、フローラさんに対する愛の深さを推し測ってたところかな」
するとマリアがゆっくりヘンリーの肩に指を重ねる。
「まあ――――。それで、フローラさんに対するリュカさまの愛の深さはいかほどです?」
フローラも、興味があった。
一瞬、場が静まり返る。誰もが意識をただ一点、ヘンリーに向けていた。
「ん――――――――それは……」
ヘンリーも調子に乗って占い師気取りをする。葡萄酒の瓶に両手を翳し、『気』を読む。
本来ならばそこで蜂の一刺し並の突っ込みをするリュカなのだが、その気勢を削ぎ、ヘンリーの一人舞台と化す。
「安心せい。リュカの心はマグマより深い。深すぎて熔けてしまうほど、“間違いなく”本物であろうほどに」
「まあ。まるでオラクルベリーのお婆さま気取りですわね」
マリアが笑う。
「ちなみに言っておく。俺は占い師ののうはうは――――ない」
「え……うふっ、うふふふっ」
眉を顰めてそんなことを言うヘンリーに、フローラは思わず声を上げて笑ってしまった。
「本当に、面白い方ですわ、ヘンリーさんって」
「そら、最高の誉め言葉です、御内君」
フローラに向かい白々しく胸に手を当て、拝礼するヘンリー。
「うふふ。ヘンリーさんって、本当に占術の才がおありかもしれませんわ」
「あら、そうですの?」
フローラの言葉に、マリアが反応する。
「だって、本当にその通りですもの」
と、フローラが夫を見て頬を赤らめる。リュカは乾いた笑いを浮かべて羞じた。
「ああその通りだよ、フローラ。僕と君のことを占うならば、きっと万民すべてが占い師となることが出来るよ」
リュカの言葉に、フローラは眼を細める。
「言いやがるな、リュカよ。俺たちを忘れられたら困る」
ヘンリーは身をずらし、ぐいとマリアの肩を抱き寄せる。
「あ……」
ヘンリーの翠緑色の髪が容をくすぐり、マリアは夫の胸に抱かれる途、止まった。サフランの髪がふわりと舞い、ヘンリーの指に絡まりながら、まっすぐ落ちる。
「んん……」
ヘンリーに塞がれた唇。驚きのあまり、身体が強張った。
「!」
「あ――――――――」
愕然となるリュカとフローラ。突然目の前で起こったラブシーンに、正しく開いた口が塞がらない。
重なった唇が蠢くのがわかる。思わず生唾を呑み、見つめてしまう。いかに親友とはいえ、人前でフレンチキスを交わすとは。
数秒後、ヘンリーは唇を離す。呆然とするマリアをそのまま胸に抱きしめ、唖然とするリュカ達を見てにやりと笑った。
「愛の深さは実証あるのみぞ、リュカ」
「…………」
「…………」
ヘンリーの言葉に促され、不意に見つめ合うリュカとフローラ。しかし、瞬く間に紅潮し、咄嗟に顔を背けた。ヘンリーの勝ち誇った笑いが響く。
その時、ヘンリーの胸に抱かれていたマリアが慌てて身を離す。
「も、もうあなたったら! い、い、いきなりそんな――――は、恥ずかしい……あぁ……」
言葉が続かず、駆け出してしまった。
「なんだよ、照れるこたぁねえだろに」
酔余の勢いか、ヘンリーは至極大胆になっているような気がした。
「まあいい。それよりリュカ、お前に話さねばならねえな。いいか、狂言ていうのは……」
「え、え……えーと――――――――」
最後は訳がわからないまま、リュカはフローラを巻き込み、しばらくの間ヘンリーの蘊蓄につき合わされることになった。