「グランヴァニア……!」
アイシスが語ったその名に、リュカが目を瞠る。
今から十数年ほど昔。当時は、アイシス女王の父・熙明王メンフィスが琥珀城の主として親政にあった。折しも、魔族擾乱より数百年後に勃発したとされる大規模な地殻変動。その混乱からまた、永き時を経て世界は平静のただ中に帰し、テルパドールも、まだ十歳のうら若き王女・アイシスの婚約の話で臣民の話題一色だった。
御相手は遙か東国・グランヴァニア王国の主、玄佑王リオネル一世の第二王子・パパス。
友好関係にあった両国は、古くから王室間の婚姻関係を確立させて、互いの結びつきを強めていた。
グランヴァニアの正嫡アニキス王子が、病臥のために、王位継承権のパパスへの譲渡を、非公式ならがも模索している中での佳話だった。
パパスは聡明で生真面目な質のアニキス王子とは違い、どちらかと言えば腕白で奔放、気風が良い人物だった。
思えば、パパスがまだ二十歳にも満たない若かりし頃、リオネル一世の名代としてテルパドールに入朝した時、パパスは初めて、アイシスと出会った。
アイシスはまるで一国の王族らしからぬ奔放な性格のパパスに最初は呆気に取られ、なかなか打ち解け、馴染むことが出来なかった。
パパスを毛嫌いしていると言うわけではなく、どちらかというと、嫌いではないが、何となく苦手という感じだった。
両王家のしきたりとは言え、アイシスもパパスも、それを遵守すると言うよりも、自分たちの目で、互いを見合うこと。相応しいかどうかを見極めたいという思いがあった。
保守的な世界から癒しの場を求めていると言えば語弊があるかも知れない。
だが、結局パパスが頻繁にティルダリアへとキメラの翼で往来するようになったのはごく自然のことだった。
『婚約者』、『伝統』という柵よりも、パパスはアイシスを一人の人間として好きになり、アイシスもまた、初めの印象はどこへやらとばかりに、パパスと話をすることが楽しみに思えるようになっていた。
熙明王メンフィスは賢君の一面、とかく親馬鹿などという、ある意味健気な心象とはかけ離れた、一人娘であるアイシスのためならばと、殊更強い執着心の持ち主だった。
地下庭園・水花園の造営は、正しくアイシスのためにとのことで、テルパドール王国中の人員を駆り出したもので、当時は国内で一部、熙明王に対する怨嗟の声が溢れていた。
アイシスはその事で気を病み、後に熙明王崩御の際に、極上の沙漠楽園・水花園を封印しようとしたことがあるのだが、それはまた別の話。
パパスはそんなアイシスの悩みや鬱憤を良く聞いてくれた。
アイシスにとって、それを重ねて行きながら、気づかないうちに、パパスとの時間が唯一、その心安らげる時だったのかも知れない。
しかし、王族の身の宿命か。そのような庶民の如き穏やかな時は決して長くは続かなかった。
グランヴァニアの王太子アニキスが病没。二十三歳という、あまりにも若すぎる死に国中は昼日中にも窓に黒幕を垂れ、昼は食を断ち、夜は石床に伏して哭泣する程悲嘆に暮れたという。
アニキスの薨去によって、庶長子であるパパスが、なし崩し的に立太子宣下を受けざるを得ず、それによってアイシスとの親しい交際も突然、終焉を迎えた。
熙明王の後嗣として、テルパドールの宗室となることが前提の話であったので、それは至極当然の自然の流れであった。
それからぷっつりと、パパスとアイシスの親交は途絶え、時だけがただ無常に過ぎていった。
やがて玄佑王が退位し、グランヴァニアの新帝にパパスが登極したという話の中で、アイシスの心からも、ようやくパパスの影が薄れつつあったことは確かだった。
やがてアイシスも十六歳の妙齢を迎え、容姿は言うまでもなく、近隣諸国にその美名を遍く知らしめるようになる。
しかし、運命とは時に残酷なものだ。
アニキスの薨去によって、王家のしきたりが適わず、ようやくパパスとの想い出を忘れ、ディアス安定侯の嫡子・ルキナスを始めとして、諸国の名族より大公を迎えることとなったアイシスだったが、そんな中でアイシスは思いもかけない人物と再会してしまう。
言わずもがな、グランヴァニア王・パパスその人だった。
しかし、久方に邂逅したその男は、アイシスが知るパパスの様子とは違っていた。
襤褸を纏い、遠目であれば粗末な流浪の難民風情かと思われるほど、伸びに伸びきったさんばら髪を粗忽に切り揃えたように、背中で結い、背に大剣を背負う。
パパスは、アニキスの菩提を弔うためにと訪れた仙郷エルヘヴンの皇女を見初めてその后妃としたと聞いていた。
一国の君主として美しい王妃を迎え、自ら率先して民を安穏に導く明君としての道を、アイシスはパパスに対し、心の片隅で願っていたはずだった。
しかし、そんなパパスが、想像とはあまりにもかけ離れた落魄した姿で現れたことに、アイシスの心は激しく動揺した。
后妃喪失。それは魔族擾乱の鎮定から千年余。再び、魔界に過ぎたる野望の暴君が現れ、天帝の宸襟を患わすことを示唆しているように思えた。
妻を捜すため、魔界の不穏な風に天孫を求めるために玉座を実弟に譲り、パパスは孩孺(ちのみご)である嫡男を側近に託して飛び出したという。
国よりも、妻への愛を選んだ王。
アイシスは思った。パパスは、父・メンフィスとは違う。父は自分を溺愛するが、母に対してはどこか冷たい仕打ちをしているように見える。母はいつも独りでいると、涙すら流しはしないが、打ち沈んだ表情を隠さない。
アイシスはパパスに再会したと言うことだけではなく、そんなパパス自身に対する想いが、眠れる思慕の念を呼び覚ましてしまったのだ。
『しきたりなど……妾には無縁のものと思うておりましたのに』
ティルダリアを発とうとするパパスに、アイシスは縋った。
パパスと離れていた時間。忘れていたはずの想いがこんなにも膨らみ、溢れんばかりだったことはアイシス自身も驚いていた。
(自分の心は……自分でもわからなくなる)
黙って見送ればいい。もはやパパスはグランヴァニア帝として、護るべき百万の民、愛する后妃、愛する子息がある。いずれテルパドールの女王となる自分とは、願っても一つにはなれない。
しかし、そんな切なさが、より一層アイシスの想いを強く煽った。
培った秘恋。美しく成長した十六歳の王女の健気な想いを、パパスは無下にすることなど出来ようはずもない。
そして、パパスはアイシスの想いを受け容れた。
そこは奇しくも夜半の水花園。たった一夜の、まるでこわれものを扱うかのような、気遣いと愛撫。情慾や快楽などと言う獣(けだもの)のような気は微塵もない、優美に気高く、互いの存在を身体に刻みつける。忘れぬように、しっかりと、その瞳、その唇、その項、その肩、その乳房……。慈しむように、パパスはアイシスに徴を刻んでいったのだ。
そして、その夜がアイシスとパパスの最後の日。束の間の時間に、アイシスは忘れ得ぬ何かを、しっかりと胸に焼き付けていた。
「父が…………」
グランヴァニア王・パパス。
リュカは父親が一国の王位にあった人物だと言うことに、今ひとつ実感や驚愕は感じなかった。
アイシス女王の語る話が別世界、途方もなく飛躍したことのように思え、俄にその“パパス”が我が父であるか疑問にすら思えてしまう。
むしろリュカにとっては、あれほど深く妻であり、思慕する母マーサを愛していた、堅物のパパスが、自分の面前の女性と身体を重ねていたと言うことに対して、驚きと疑念の色を隠しきれなかった。
「あの方は……パパスさまはとてもお優しい人でした――――」
眼を細めて、アイシスは眼差しを遠くする。
秘められていたパパスへの想いを遂げてから、アイシスはそれまでの佳話を断っていった。ルキナスにも、その旨を伝えた。
「この水花園は、父の側面の顔……そして何よりも、パパスさまの想いが込められた場所ですから……。光苔に水を撒いたのは、本当に久しぶりなのです」
「…………」
一度、その空間を見廻すリュカ。その心も、いささか複雑だった。
「陛下は……、陛下はそれでもよろしかったのですか」
リュカの言葉に、アイシスは真っ直ぐとリュカの瞳を見つめて、言った。
――――人を愛すること、人を愛したことを、誰が悔やみましょう。
嬉しくても、哀しくても、それがたとえ飆(つむじかぜ)のようなものでも、それがたとえ報われず廃れてゆく想いであったとしても、人を愛せたことの喜びは、変わらないものだと思うのです。妾は、そう信じていますから――――。
「父はその後――――」
アイシスは小さく、首を横に振る。リュカは口を噤んだ。
「パパスさまが妾のことをずっと、ほんの僅かでも想っていて下されたのか、今となれば知る術もありません。……それでも、あの時は……あの時だけは、妾だけを見つめていてくれたのですから」
リュカは胸が痛む思いがした。そして、その瞬間生まれて初めて、亡父に対して黒い感情を抱いた。
「陛下はそれでよろしいのですか。御自らの希望を断ちてまで、何故一夜の契りをそこまで強く想われるのですか」
リュカの強い疑問だった。どうしても、父の行迹を得心出来ない部分があった。そして、それは正しく自らの心の奥にしまい込もうとした、背信でもある。
アイシスはじっとリュカを見つめ、小さく微笑みを浮かべると、僅かにため息を吐き、言った。
「女――――――――だからですよ」
「…………」
リュカは言葉を呑んだ。アイシスの言葉の直後、リュカの脳裏に響いた声。
――――私も、ビアンカさんも、全ての覚悟を決して、臨んだのですから……。
あなたと、ビアンカさんのことも――――
あなたのお気持ちも……
「リュカ。あなたはもう一度、その方と会うべきではないのですか」
しばらく黙していたリュカに対し、アイシスは唐突にそんなことを言った。愕然となるリュカ。
「有り得ません。私は――――」
思わず、声を荒げてしまう。しかし、アイシスは全てを見透かしているように、微笑みを絶やさない。
「妾は貴方の心の奥底に消え残る想いが見えるのです。……それは、その方への愛……いいえ、きっとそれは錯覚。『慙愧』と同じ」
「…………」
大病を治癒するために、鋭利な刃物で身体を切り裂くような感覚が、リュカの心に奔った。
そして何よりも、慙愧という言葉が深く、痛く染み入った。
「リュカ。貴方は御夫人を愛する側らで、お二人に対し、過大な遠慮の思いがあるのではないのですか」
「遠慮……ですか」
リュカの顔色が難しくなる。しかし、アイシスはなお、くすりと微笑みながら続ける。
……リュカ。女性というものは、貴方が思うほど弱くはありません。……いいえ、きっと貴方が思う以上に、強いはず。
貴方のことを愛すれば、愛する程に、傷ついた女は強くなれるのです。
一番いけないことは、貴方が心に一抹の遠慮を懐き続けると言うこと。
御夫人はもとより、その方に対する慙愧を拭いきらなければ、貴方自身が、無用に自らを傷つけてしまうのですよ。
「陛下――――――――」
「今すぐとは言いません。……いつか、貴方が時を得て、心からその方に会いたいと思った時で良いのです。そうすればきっと、貴方の心にも、一つの区切りがつくでしょう」
全てを理解していたアイシスの言葉。何故か、背筋がぞくりとした。
「陛下はいかがなのですか。陛下の宸襟(みこころ)に、その時は刻まれているのでしょうか」
立て続けのリュカの問いにも、アイシスは決して眉を顰めず、そっと瞼を閉じて思いを巡らせる。やがて、手元の銀のタロットに指を触れると、すうと息を吐き、答える。
「そうですね……きっと、もう時は到っていたのでしょう――――」
それは愛しさか、慈しみか。その神秘的な美貌に正しく月光の女神かくやとばかりの穏やかな表情だけを残し、アイシスの答えとした。
その時、侍女エティマが、アイシスにゆっくりと注進をしてきた。耳打ちに頷き、やがて、アイシスとエティマが同時にリュカを見る。
「フローラ夫人が、お見えのようですよ、リュカ」
「えっ!」
愕然とし、思わず声を上るリュカ。
「すぐにお通ししなさい」
アイシスが声を上げると、リュカが引き止める間もなく衛士は身を正してフローラを迎えに出る。
それから間もなくして、衛士に導かれたフローラが、リュカの方に視線を何度も送りながら、おずおずとアイシスの御前に控えた。
「女王陛下、ご機嫌麗しゅうございます……私――――」
慣れた自己紹介もリュカの耳には殆ど入らず、ただいつものドレスを身に纏った妻の横顔を凝視するだけだった。
「アイシスです。ふふっ、貴女の事は今、リュカさんより良く伺っておりましたのよ」
アイシスの笑顔、しかし、リュカは声を殺して怒る。
「フローラ、身体の調子は悪くないのか。あれほど無理はするなと言っているのに」
それは気遣いと優しさに満ちた怒り。フローラは瞳を伏せて声を震わせる。
「ごめんなさい、あなた…………。ずっと、宿でお待ちしてました。……でも、あなたがいないと、どうしても不安になって……寂しくなって……」
リュカはぐっと来る感情を、無理矢理呆れに変換する。
「全く……君は時に僕の意に介しない、困ったものだよ」
「ごめん……なさ……い」
その時、アイシスが言葉を挟める。
「リュカ。彼女を咎める前に、一度、その瞳を見つめてあげなさい」
「は…………?」
リュカが驚いてアイシスを見ると、アイシスは何も言わずに、促した。
リュカはやや戸惑い気味に俯くフローラの横顔に眼差しを向ける。
「…………」
良人の視線を感じたのか、フローラもまた、貌を向け、おずおずと良人と瞳を重ねた。
「…………」
「…………」
その瞬間、リュカは何故か胸がどきりとなった。そして、秘められた心の奥が、こう反響した。
(フローラは、こんなにも美しかったのか)
フローラは嬉しさと切なさが混淆した表情で良人を見つめ、僅かに頬を染めていた。しかし、真っ直ぐリュカの瞳を見つめ、離さなかった。そして、思わず瞳を離してしまったのは、他ならぬリュカであった。
その時、再びアイシスがリュカに対し、言葉を述べられる。
「こんなにも美しく、愛らしい女性を人生の伴侶とされた貴方は本当に幸福なのですね」
「…………」
何故か、リュカの心に染み入る言葉。
「フローラさんは、まさに稀代未聞の麗人淑女です。リアルが讃していた気持ちが良く判ります」
「そんな――――陛下、私は……」
フローラが恥ずかしさの余り、再び睫を伏せる。
「リュカ。此程の女性が、貴方と一時も離れるのを快しとせず、こうして駆けつけてきてくれたことを、果報とは思いませんか」
リュカは思った。
そう言えばここ最近、フローラの瞳を長く見つめたことがあっただろうか。
船旅、魔物との戦い、苛酷な沙漠の道、旅の大義……。
それらにかまけて、大事な伴侶の気持ちを、真剣に想ったことがあっただろうか。
サラボナの日々が、今にして振り返れば、随分と遠い日のようにすら思えてしまう。
フローラを抱くにしても、気がつけば全て自分の欲求のままだった。
心優しく、従順な彼女はいつもリュカを受け容れ、リュカの望むがままに艶態をその逞しい身体の下に晒す。
しかし、フローラから望んで身体を求め合うと言うことはほとんど無かった。リュカが望むがまま。フローラは、決してリュカに強く冀う事はなかったのだ。
見つめ合った時、まるで幼い子供たちが遊ぶにらめっこの敗者のように、瞳を逸らしてしまった。
フローラを、美しいと思った。ただ素直に、率直に美しいと思った。それだけなのに、まるで初恋のように胸が高鳴る感覚。不思議だった。
「果報などと……。このリュカ、愚かにも自ら聖なる按手を拒み、神前の誓約を破るところでした」
「…………」
フローラが息を止め、そっと良人を向く。すると、そこには既に、リュカの優しい瞳が待っていた。
「健やかなる時も、病める時も……」
フローラが思わず目を細めた。
「あなた……」
「ごめん……君に良かれと思ったことが、かえって――――」
ちいさく首を横に振るフローラ。
「そんなこと、ありません。私が……私が勝手に――――」
すっと、リュカの手が伸び、フローラの掌に重なった。
「フローラ。ひとつだけ、僕から君に望むことがあるんだ。聞いてくれるよね?」
「え……? あ……はい」
改まった様子の良人にやや気圧されるフローラ。
リュカは青く繊細な妻の髪の毛先に指を絡め、真砂のようにさらりと滑り落ちる感触を確かめてから、言った。
「もっと、わがままを言って。思ったこと、心に仕舞いすぎないで。それで君が少しでも苦しむことを、僕は決して望まない」
まるで延々と反響する大聖堂の中で奏でた音色のように、リュカの言葉がフローラの胸の中に響き、渇きを潤す青く澄んだ水のように、その思いが身体中に染み渡って行くような感じがした。そして、言葉が溢れ出しそうなのに、声にならない。
アイシスが微笑みながら言った。
「彼の言う通りですね。貴女は彼の妻として……。いいえ、それ以前に女性として、もっと彼に甘えても良いと思うのですよ」
フローラがあっとなる。
「甘えて……。わ、私はもう十分すぎるほどリュカさんに甘えてますわ――――もう、もうこれ以上……」
するとアイシスは柔らかくフローラの言葉を否定する。
「ふふっ。貴女も彼と似ていますね。……ほら。その細く滑らかな肩に、力が隠っています」
「……え、え……と……」
フローラは驚き、思わず肩に掌を当てる。
「貴女の心には、一抹の気張りを感じます。……リュカは貴女の掛け替えのない夫君。そして、リュカにとっても同じ事。もう、時が過ぎて、互いを失いたくないと思うのならば、力を抜きなさい。力を抜いて、互いに心からもたれ合うことです。そうすればきっと、お互いがもっと良く見え、もっと深く知り合うことが出来るはず。……そう、互いの悪しき部分を、善い部分以上に良く知ることが、真の鴛鴦となれるのです」
アイシスの言葉は実に不思議だった。声だけではない、何か神々しい光のように、ゆっくりと心を包む。無意識に掛かる妙な力みすら、すうっと抜けて行く、心地良さ。
「リュカ、貴方もお分かりですね。ただ甘い言葉や気遣いだけが、優しさではないのです。……押しつけの優しさは、反って心を絞めてしまうことになると言うことを、忘れてはいけませんよ」
「陛下……はい。この心にしかと……」
言葉をしっかりと噛みしめるかのように、リュカは胸に手を当て拝礼する。
そして、リュカとフローラは改めて見つめ合い、笑顔を交わした。
それは少なくても、いままでとは少しだけ違う、力を抜けた円やかな笑顔。決して崩れているわけではなく、かといって無理に美しく顕さず、本来の二人の表情により近いものかも知れなかった。
二人の様子を見ていたアイシスが、唐突に大きく深呼吸をすると、がらりと様相を変えて言った。
「さて、と。お堅い話はまた今度にしましょうか。せっかく、パパスさまの子が来てくれたのですから、どうかしら。ゆっくりと食事でもしながら、旅の話を聞かせては下さいません?」
上品だが軽快な口調。リュカとフローラは一瞬、呆気に取られたが、そのおかげでもうひとつ、女王に対する緊張感が解れ、別な意味で肩の力が抜けたような笑顔を見せた。