琥珀城の楼閣から眺める沙漠の月はまた幻想的だった。
アイシス女王の宴で、リュカはラインハット以来の上機嫌なほろ酔いを得、その時ばかりは、厭戦気分に浸っても良いと思った。
吟遊詩人ならば、こう言う時こそ本領発揮。即興で名文を連ねて竪琴を奏で、年頃の美少女の心を掴んでやまないのだろうが、リュカは文才特に秀でているというわけではない。 聊か千鳥足気味に手摺に歩み寄り、空を見上げる。赭色の大地に幻想的に映ゆる薄青の月が、殺伐とした沙漠の景色を、妙に温かく映し出すのだ。
“月、そこにあり
皎々とした輝き、悠(しず)かなる夜の帳
乾いた熱沙に身、飃々(ひょうひょう)として――――
手を伸ばせばその天空の雫、光の片(かけら)
まさに愛し君に、其れ贈りたし――――”
高揚とした気分だった。一人なのを良いことに、リュカは少しだけ詩人を擬していた。
「あなた……」
「待ちなさい、御夫人」
不意に扉が開き、フローラとアイシス女王が楼閣に出でてきた。
「今日は名月です。明日は一年の中で最も佳い日となるでしょう。それに……あなたの良人が、あのように詩を詠む姿は……?」
「はい――――」
フローラは僅かに頬を染め、睫を伏せた。
「ならば、尚更です。酔余とはいえ、上機嫌の想い人を見つめるのは心地良いもの。…妾は下がりましょう」
踵を返すアイシスを、フローラは思わず呼び止めていた。
「陛下と共に、快談を交わすことが適いますれば、嬉しゅうございます」
するとアイシスはじっとフローラの瞳を見つめ、やがてくすりと微笑んだ。
「貴女は、本当に素晴らしい女性(ひと)ですね」
思いもしなかった誉めに、フローラは言葉を呑み、アイシスを見つめる。アイシスの言葉に、限りなく深い意味を感じていたからだった。
月天に両手を伸ばし、リュカはやや呂律の回らぬ調子で続けた。
“寥廓(りょうかく)、なお迢々(ちょうちょう)として装いを忘れず――――
陽あれば遠く深き蒼となり
月あれば闇黒を惜しむべきと深き紺となる
それは泰然として動じず、普遍の彩、今昔何故に甚だ急ぎ、変わらぬかと”
フローラは時宜を得られず、独り月に吟じている良人を見つめるしかなかった。アイシスが、止めていた。
“古の大乱を知る月の神
今も変わらぬその微笑の意を量れば難し
父祖の願い、以て果たせ無き身の不才
思えば君の寛さに、ただ惘々たり……”
リュカは無為に笑い、自分の胸を叩く。覚束無い足取り。何度も、フローラは駆け出したくなった。
“黄土に熱き想いを知れば、尊父とて一介の男子と識る
柔弱たる不肖、当に君傍にありて”
リュカは月を指さして息を吸う。
“その青き月よ、冀(こいねが)わくば永遠に我が許にありて
暗澹に彷徨いし心を大道に導けと”
リュカは月を背に天を仰ぎ、大いに笑った。 その時だった。
ふと傾けたリュカの視線が、しっかりと身を潜めていた妻を捉えた。
リュカは酔っているとはいえ、フローラが知る、いつもの優しい笑顔を見せた。
「フローラ。あはは、愛する妻よ、何をしているのか、そのようなところで。さあ……」
「あ……、あなた……」
気づかれて思わず愕然となったが、良人の声が、そんな不必要な動揺を一気に消し去る。フローラは自然に、ゆっくりと良人の傍に身を寄せる。
「うん……もしかすると、今僕の……」
リュカが目を瞠ると、フローラはぽっと頬を染めて睫を伏せて頷いた。
「そうか……。そうか、そうか。あははははっ」
リュカはフローラの肩を抱き寄せながら高らかに笑う。フローラの鼻梁を擽る、良人の酒気。父ルドマンの介抱ならば手慣れたものだったが、リュカとなると不思議だった。鼻を曲げてしまいそうな酒の臭いも、リュカのものだと思えば、全く嫌とは思わない。
しかし、フローラはそんな陶酔を悠然と抑える。
「あなた……、女王陛下が――――」
フローラがそう言うと、リュカはぴくりと身を竦め、次の瞬間、旗指物が突然折れたかのように跪く。
「これは……ご無礼いたしました、陛下」
僅かにため息をつき、アイシスが姿を見せる。そして、リュカに手を差し延べ、折り曲げた膝を元に戻させる。
「今日はテルパドールの一年で、特に秀逸な月を拝することが出来る日。酔い醒ましに名月でもと思い、御夫人を招いたところ、リュカ、あなたがここで、詩を吟じていたのです」
「それは……お耳汚しを。私、詩才無く、ただ街々の広場や宿にて吟遊の詩人に触れ、船中では古人の詩聖の集約本に与るだけの、手真似に過ぎませんのに」
リュカがそう言うと、アイシスは言葉を返さず、じっとリュカを見つめている。
「……しかし、酔いを醒ますためにここに来たところ、沙漠に映える月があまりに美しく、思わず不才も省みずに……」
リュカの言葉に、アイシスはやっと、くすくすと笑う。
「何を言われます。あなたの想い、深く、強く伝わるようでしたよ。……そう。パパスさまも、特に上機嫌の時などは良く、恥ずかしそうに、詩を吟じて下さいました」
「……父さんも……」
ふと、リュカの表情に翳が奔るのを、フローラは見逃さず、そっと良人の胸元にしがみつく。
「リュカ。あなたは本当に、パパスさまに似ていますよ。そう……、詩の調子までも、酔余に吟じる、その仕草も……」
アイシスの深き瞳に、うっすらと、皓月の光を秘めた粒が浮かんでいた。
大夢、東嶺に誰ぞ熱き魂あるを知る
華冑の絨緞に心充たされて、唯王道に学び民を安んじること望むに非ざると
遠海に黄色き薫風ありて、治世の道、天道の理。これを玄黄の摂理と成すならば
嗚呼……私は孰れ東嶺の頂より四海を拝し、その海の輝き、人々の殷賑を訪ね、触れる日の来ることを――――
アイシスの美声が心地よく、いつしかリュカの意識は次第に遠ざかっていった。そして、眠りに着く直前に、リュカは心休まるフローラの香りの他に、少しだけ緑に似た匂いを感じた。
微睡みの中で、リュカは遠く、絶え間なく響く物音に気がつき、目を覚ました。
アイシスの計らいで、城中の客間に与る。やはりそこは城の寝台。
沙漠の強い陽射しに、空間の色は強く引き立つ。しかし、その朝はそんな色合いが弱い、茫洋とした光に包まれていた。
廊下に出ると、フローラがちょうど客間に戻ってくるところであった。心なしか、表情が嬉々としている。
「あ、あなた。おはようございます」
小走りにリュカに身を寄せてくる。
「どうしたの。何か、すごく嬉しそうだね」
リュカがそう言うと、フローラはくすくすと笑い、逸るように、両手をリュカの掌に重ねる。
「あなたもご覧になって下さいな。本当に、良い兆しですわ」
「?」
首を傾げるリュカを、フローラはまるで子供のように無邪気な笑顔で引っ張る。
廊下を進むにつれ、絶え間ない物音が徐々に大きくなって行く。
「フローラ、この音は……」
リュカが躍場に続く扉の前で立ち止まり、訊ねると、フローラはくすと微笑み、ゆっくりと扉を開けた。
「――――!」
その瞬間、リュカは目を瞠り、思わず息を呑んでしまった。
外気を受ける躍場から望む黄土の景色は、淡灰色の空に包まれていた。そして、その音の正体は、瀟々と降りしきる、雨だった。
「雨――――。沙漠に、雨が……」
リュカが感歎する。
ラマルカスからティルダリアへの道は酷暑と乾燥の連続であった。
大神殿での苛酷な日々も、その途上に較べればずっとましであったような気がした。
あの日々こそ、水というものがどれだけ貴重なものであったのか、目の前に舞い落ちる天恵を見てそれを強く感じる。
「驚かれたようですね」
不意に背後から声がした。アイシス女王だった。
「陛下。この雨は……」
「テルパドールに年に一度訪れる、まとまった雨。“ティルダスの慈雨”と呼ばれ、七日七晩、ずっと降り続く、恵みの雨なのです」
「ティルダスの慈雨……」
沙漠の恩恵。強い低気圧が外洋の南テルパドール海に発達し、年に一度だけ、沙漠の大陸にまとまった雨を齎す。
沙漠の民は、祀神ティルダスの名を拝し、この雨をティルダスの慈雨と言った。
テルパドール大砂漠の至る所に、ティルダスの慈雨は、巨大な水溜まりを作る。そして、雨上がりには、それが砂に染みこむ。テルパドールの細微なる真砂によって水は濾過され、極めて純粋な水を地下に蓄える。
自然の理は素晴らしいものだった。地下に蓄えられた清冽で澄んだ水は、オアシスを潤し、沙漠に生きる人々の生活を支えてくれる、当に命の雨。
テルパドールに生まれ根付く人々は、ティルダスの慈雨をこよなく愛し慈しみ、また天に敬うのだ。
「沙漠の民にとって、この日は当に瑞兆なのです」
「そうなのですか。何となく、昨夜、そこはかとなく緑の薫りがしたと思ったのですが、雨の気配だったのですね」
「まあ。雨の気配を――――」
珍しそうに、アイシス女王は声を弾ませる。
「私には、何も感じませんでしたわ――――」
少しだけ、拗ねたように言うフローラ。
「長旅の直感……とでも言っておいたほうがいいでしょうか」
美女二人にじっと見つめられ、リュカは思わず気圧されてしまい、苦笑した。
「あなた方が訪れた直後に、ティルダスの慈雨に恵まれるなんて、我が国は勿論のこと、きっと、あなた方にとっても、この先よいことがある徴でしょう」
アイシスはそう呟くと、そっと天に向けて祈りを捧げた。リュカとフローラも、アイシスに倣い、祈った。テルパドールに住まぬ者としては、それは鬱陶しくさえ思える霖雨である。
しかし、今こうして一国を統める女王陛下と共に祈りを込めてみると、さも淡灰色の空から降りしきる恵みが、正しく命の息吹そのものように思えてならなかった。
「あなた。どういたしましょう?」
沙漠に命を生む慈雨はよい。しかし、リュカたちには、沙漠の民と共に、天の恩恵にじっくりと浸っていることは出来ない。大業を背負い、旅をしているのだ。
フローラは少しだけ困ったような表情で、良人の言葉を待つ。
「この先、十日もティルダリアに留まる事は望ましくないね。……ラマスカスにいるマーリンやプックルたちのことも気になるし」
「はい。……では――――」
フローラは少しだけ不安そうな表情を見せる。リュカはそっと、フローラの瞳を見つめた。しばらく、目をそらさず、瞳越しに妻の心の奥を量る。
そして……
「すぐに戻ろう。この雨の中、陸路はずいぶん危険だろうからね」
瞬間移動呪文・ルーラの発動を示唆した。
「わがままを言って、ごめんなさい、あなた……」
僅かに俯く妻の頬に手を翳し、そのまま美しい髪に指を滑らせる。
「それで良いんだよ」
リュカが優しくそう微笑むと、フローラが返す笑顔に、力みを感じさせなかった。
「よし、女王陛下に挨拶をしてから発とうか」
「はい。あなた……」
リュカとフローラは出立の身なりを整えると、改めてアイシス女王に謁見するために正殿に向かった。
「あ。リュカさまにフローラさま、ご機嫌よろしゅう」
女官のエティマが微笑みながら挨拶をする。
「エティマさん、陛下は水花園に?」
「いえ、本日は正殿御座所です。……実は先ほど、ルラフェンのディアス安定侯さまがお越しになられまして……」
その名前に、リュカは思わず声を弾ませる。
「何と。ルキナス侯が」
「まあ。わざわざルラフェンからなんて。あなた?」
フローラの呼びかけに、リュカは頷く。
エティマに導かれて御座所に通ると、アイシス女王と、厳然とした一人の壮士がさも親しげに立ち顔を合わせながら、言葉を交わしていた。
「陛下。それに、ルキナス侯」
リュカが声を上げると、二人は振り返り、アイシスは微笑み、ルキナス・ディアスは驚いたように顔を綻ばす。
「おお、これはリュカ殿。それにフローラ殿。何という奇遇か」
「本当ですね。まさか、ルキナス侯がおいでになっているとは」
「なあに、今朝やっとティルダリアに到着したばかり。急な雨に降られて、本当に焦ったのだよ」
そう言って、ルキナスは笑う。
「……しかし、まさかリュカ殿らと再び相見えることになるとは、陛下が仰せられたティルダスの慈雨の僥倖、ここにありですな」
「この雨の恩恵は、それだけではないのですよ、ルキナス」
そう言ってアイシスが笑うと、ルキナスは手をぽんと打ち、快哉した。
「おお、なるほど。さすがは陛下。いや、それにしても、今にして思えば、リュカ殿にはお手数をお掛けしましたな。申し訳ないことです」
ルキナスがそう言って頭を下げると、リュカは慌ててその手を取る。
「何をされます。これくらいのことなど、お安いことです。お陰で、陛下より貴重なお話に与ることが出来て嬉しく思っておりました」
「まあ……ありがとう、リュカ」
リュカが拝礼すると、アイシスは少しだけ頬を染めて恥じらった様子を見せた。
「そうであったか。……いや、実はあの後、私自身、思うところがあってね。ティルダリアに行くか、行くまいか長く逡巡していた。全く、我ながら優柔不断な男だと自嘲しているよ」
「ルキナスさまはあの時……」
フローラの言葉に、ルキナスは僅かにはにかむ。
「いや、実に不思議なものだ。今、陛下には初めて御意を得たというのに、何故か遥か昔から知り合えていたような気がしてな。余計な気兼ねなどなく、言葉を交わせる」
「妾も、遥か以前からディアス侯の名には不思議な縁のようなものを感じていたのですが……今日、こうしてルキナスとお会いして、それを強く実感することができました」
顔を見合わせて笑い合う女王と貴族。そこには、人と人とが長年積み重ね、培った友情や恋愛を遥かに超越した、洗練された絆のようなものがあった。
「それよりも、いかがされたのですか、二人とも」
アイシスの振りに、リュカはあっとばかりに身を正し、言った。
「私たち、今日旅立ちますれば、そのご挨拶にと」
「そうでしたか……」
寂しそうな色を浮かべるアイシス。
「何と。まさかリュカ殿、私が参ったので逃走するわけではあるまいな」
ルキナスがそう冗談を言うと、リュカは笑う。
「ラマルカスに残してきた仲間のことも気がかりですし」
「はっはっは。貴殿の志はよく知っているよ。……して、これから何処へ向かわれる」
「グランヴァニアを訪ねてみようかと」
「それはまた、難儀が続くな。彼の国は峻嶮な大高原を越えた先にあると聞く」
ふと、ルキナスの視線がフローラに向けられる。眼差しに気づき、フローラは一瞬、緊張した。
「フローラ殿」
「は、はい」
「女性の身とて大地は決して、容赦はしてくれぬもの。お覚悟はされているのか」
フローラは良人を見た。リュカもまた、同時にフローラを見つめた。視線が重なった。
そして、ルキナスに向き直ると、毅然と言った。
「リュカさんのためならば、天の極、地の果てでも、決して厭いません」
するとルキナスは少しの間、フローラを真っ直ぐ見、そしてアイシスを向いた。無言で微笑むルキナス。小さく頷くアイシス。
何故か緊張し息を呑むリュカとフローラに、今度はアイシスが優しい声で言った。
「フローラさん。リュカの為もよろしいのですが、決して無理をしては、いけませんよ。良いですね。リュカのためにも、そして、あなたたちのためにも……」
アイシスの言葉は本当に不思議だ。それはフローラにとって、その言葉こそが一番、曖昧にして強く実感できた時だったのかも知れない。
「はいッ。お言葉、この胸に……!」
灼熱の沙漠を冷やしてくれるティルダスの慈雨。それでも、温かな雰囲気は決して冷めることはなかった。
リアルの計らいで、馬車は駱駝などが休む厩舎にあった。ピエールやスラりんたちは、兵舎の一角を借りて休んだ。
アイシスは国事があるために、当然ながら見送りには出られない。リアルも公務のために別の都市に向かったという。ルキナスがリュカ一行を見渡す。
「今日会ったばかりと言うのに、忙しないことだ……いや、それは言うまい」
「改めてご挨拶に覗いますよ、ルキナス侯」
「ああ。気遣いは無用。私はしばらくここに留まるとしよう。……二人とも、恙ない旅をな」
「はい。……では――――」
「ルキナスさまも、どうかお元気で」
ルキナスがはにかむと、リュカは踵を返し、馬車と共に厩舎を出た。
瀟々と降り続けるティルダスの慈雨。全身が瞬く間に濡れてゆく。リュカは間を置かずに、瞬間移動呪文・ルーラを詠唱した。
(北の街・ラマルカスへ導きたまえ……ルーラッ)
光芒に包まれてゆくリュカたち。
「…………!」
ルキナスが何かを叫び、両手を振った。しかし、それよりも速く、リュカたちの姿はルキナスの前からかき消えていた。濡れた砂にくっきりと刻まれた旅人の足跡、轍の跡が、瞬く間に雨に濡れ、崩れてゆく。
「また、遇おう。王子――――」
ほぼひと月ぶりに戻ってきたこの港町は、曇ってはいたが、雨や強風は無かった。どうやら、ティルダスの慈雨は、内地特有の自然現象なのだろう。
「おお、ご主人が戻られたか」
「がるるるっ」
「うぉーん、うぉーん」
馬車を見つけると、マーリン、プックル、イエッタらが喜び勇んで駆けつけてきた。
「待たせたね、みんな。マーリン、皆をまとめてくれてありがとう」
リュカがそう言って留守番を労うと、マーリンが何故か顔を顰めている。
「いやはや、暇でしたぞ。この国が灼熱の沙漠でなければこのマーリン、何を好んで留守居役など」
するとピエールがすかさず言った。
「あなただからこそ、リュカは安心して沙漠を歩けたのですよ」
「なに……おお、そうか。そうであったか。うむ、何にせよ御主人のお役に立てていたというのであれば、それでよい、よい」
マーリンの機嫌は直ったようだった。
そして、こう言う時に真っ先に突っ込みを入れるのが、青く小さな魔物・スラりん。しかし、彼は何故か、冴えない表情を浮かべていた。
「どうかしましたか、スラりん?」
ピエールが訊ねると、スラりんはふるふると身体を横に揺らす。
「な、なんでモないヨ……」
「……そうですか」
「きっと沙漠の暑さで疲れたのじゃろうて。しばらくは休むが良いぞ、スラりんよ」
マーリンの言葉に、スラりんは素直に頷いた。何か、拍子抜ける。
「うーん……なんか久しぶりの潮風だな」
リュカが思いきり海の風を胸に吸い込む。渇いた肺が、心なしか潤いを得たかのように落ち着く。
「やはり、海は良いですわね」
「ほお?」
フローラの呟きに、リュカは目を瞠り、感嘆する。
「あ、さ、沙漠と較べたらの話ですわ。も……もう……」
「まだ、何も言ってないよ」
快笑するリュカ。拗ねながら顔を赤くするフローラ。
「のう、ピエールよ。ご主人とご内儀は沙漠でもかようであったのか」
マーリンの問いに、ピエールは少し渋い感じに答える。
「今日はここで休みますから、沙漠の旅はゆっくりとお話ししますよ。語ることは多いですから」
「それは、楽しみじゃのう」
鋭気盛んな留守番組に較べ、沙漠組の仲間たちは早々に深い眠りの淵に落ちた。ピエールの気苦労が偲ばれた。