第2部 故国瑞祥
第37章 Say again, and when you love you

 東洋日本屈指の名城・相模小田原城は、第四代城主・北条氏政の代までに、城下町全域を惣構えと呼ばれる城廓で覆った。
 無辜の民衆を、戦乱殺戮の闇黒から日本を救い、私利私欲の亡者を悉く戡定した勇者・豊臣秀吉を苦しめたこの堅城は、その戦記と共に東洋の青史に名高い。
 グランヴァニアは『建設王』の異名を取り、山村チゾットを拓いた英嘉王グリュンヘルゼの代から、城下全域の総郭計画が推進されていた。
 英嘉王が提唱した、城下全域を堅牢な屋根に包むというのはさすがに無謀の極みとして計画は変えられ、建設期間は東洋小田原城が開祖北条早雲から数え、ほぼ五代にかけたのに対し、英嘉王代から十数代の治世・英邁王パパスの在国在位の期間に至り、最大高度はと言えば、一区画地域を真夏の午後の日射しから完全に遮るに至るとされるほどだという。
 その規模は小田原城を軽く凌ぎ、魔物を含めた外夷を防ぐ物見櫓は四方二百カ所を超し、大東嶺・紫連山脈や、ジーベル内海といった天然の要塞も加味して、魔物や異民族の外敵を防ぐ、文字通りの要塞都市の色合いが強かった。
 グランヴァニアは開闢大王・アムルが天意を受けて密林の小集落から発した国とも伝えられている文献もある。
 ただし元々、国内総生産もそれほど高いわけでもなく、民衆も殊に富裕という訳でもない。しかしながら、神魔の境門を監視する王家の国掟を垂統してきた歴代国王の偉容が、白堊の城壁に色濃く顕されていると言えた。
 アンシェルとシフォンは夜半のうちにグランヴァニアへと向かった。ドリスの帰国を伝えるためとのことだったが、当のドリスはごねて、リュカたちと共に行くと言って聞かなかった。
 はっきりと聞こえるように大きな溜息を何度もつきながら、二人は『ならば、いらぬ混乱をさせぬように、配慮しておきますので』と言い、ドリスの満足げな笑顔に頭を下げてから渋々と発った。

グランヴァニア・ジルズ南門

(王国の正規衛兵の正装を見たのはいつ以来だろうか――――)
 リュカは生まれて初めて故国の正門に立つ感動より、心ならず不覚にも、その門の左右に屹立する一般守衛兵。そんなさもないことに、気が向いてしまっていた。
「……? あなた、何か?」
 フローラの声にはっとなるリュカ。振り返ると、きょとんとした表情の妻の瞳。更に百八十度振り返ると、守衛兵らが、怪訝な面持ちで、この“薄汚れた旅人一行”を見廻している。
「あ……ごめんフローラ。味気ないこと感じていた。ぼうっとしてしまったね……」
 フローラが心配そうにリュカの腕をそっと抱きしめると、リュカは顔を紅潮させて羞じらい笑った。
 一方、ドリスはそんなリュカたちを見下すかのように目を細め、自慢げに胸を張ると、つかつかと守衛兵たちの前に進み出る。逡巡したのか、固まったのか、不自然に微動だにしない守衛兵たちを前に、ドリスは声を張り上げる。

「わたしが誰か、わかっているね。さあ、門を開け。恩人を迎えよう!」

 ドリスの声に、守衛兵たちはまるで働蟻のようにぞろぞろと門扉にたかり、重い音をたてながら、開いてゆく。
「お帰りなさいませ、ドリスお……。いえ、ドリスどの。御父君がさぞご心労で……」
「スレード衛門長――――」
 隊長である衛門長にずいずいと詰め寄るドリス。満面の笑顔なのに、こめかみに小さく浮かぶ、十字の青筋。
「空気、読んで――――――――ね?」
 優しいドリスの耳打ちに、スレード衛門長は、何故か身を固くしてドリスを見た。そして、間を置かずに決断を下す。
「お通しせよ!」
 ドリスの目配せ。ぱちんと、彼女はリュカに向かって大きくウインクをして見せた。
「?」
 リュカがそれに反応するかのように、馬車ごと全てを指差すと、ドリスは不敵そうににやりと笑みを浮かべ、自信満々に大きく頷いた。
 リュカとフローラはともかく、何よりも仲間たちまでがジルズ南門を通過できたことが、リュカたちにとっては驚愕だった。
「僕はとても嬉しいけど――――、君が後でいろいろと咎められちゃ……」
「そうです。我々は廓外でも十分です」
 リュカとピエールの言葉に、ドリスは返す。
「権力なんて、こう言う時にじゃないと、揮う価値はないよね。……だってさ、リュカさんの仲間を城外に隔離するなんて、納得できないもの。そんな理不尽な考えや仕組みを変えるために、与えられたと思ってるよ? あ、あとついでに……」
 馬車と仲間たちは指定の宿屋で世話をするから、逗留している間はそこに行けばいいとのことだった。
 そんな素直な言葉と気遣いに、リュカは自然に深々と低頭した。

南シルベール街区

 ジルズ南門をくぐった公道を中心に、グランヴァニア城下一の賑わいがある、南シルベール街区。主要な店舗や歓楽地が揃い、常に殷賑に満ちている。
 北シルベール街区は閑静な住宅地として整備され、郊外には聖堂が立つ。東ヴェンダム地区は官公庁が並び、西ヴェンダム地区は官僚・兵士たちの宿舎施設が中心となっている。
 宮城は四街区のほぼ中央に建つ。グランヴァニア中央公園が正門前に整備され、国民の集会や安らぎの場となっているのだ。
「これから、どうするつもり?」
「うーん……」
 ドリスの言葉に、リュカは思わず唸る。
「早速、国王陛下に拝謁を」
 フローラの言葉にも何故かリュカは逡巡する。
「いざとなると、どうも心が震えるようなんだ……」
 フローラがそっと良人の手に触れると、かすかにリュカの手は汗ばみ、小さく震えているように感じた。するとフローラはすっと振り返り、ドリスを見て言った。
「御免なさいドリスさん。着いたばかりですから今日はゆっくりと休んで、考えたいと思うので――――」
 フローラの言葉を確かめるように、ドリスはリュカを見る。
「そうだな。フローラの言う通りにしようかな。どうも、今日は頭がついて行かない」
 リュカの言葉にドリスは、やや寂しそうに項垂れる。
(ちぇ――――――――ッ。せっかく街中を案内しようかとでも思ったのに)
 心中でそう不満を漏らす少女。そんな彼女の気持ちを察したのか、リュカが優しげに微笑みを浮かべて言った。
「ドリス。君は一度、邸宅に帰った方が良いよ。心配していると思う、きっとね」
「アンシェルとシフォンが顔見せているから大丈夫だと、思うんだけどさ」
 しかし、リュカの無言の瞳にじっと見つめられると、言葉を失ってしまう。
「うぅ……わかった。わかりました! リュカさんの、言う通りにしますよッ」
 ぷうと形の良い頬を膨らませてみせるドリス。
「素直なことは、良いね」
 憤懣もリュカの声を聴けばすうと散漫になってしまう。不思議なくらいだ。
「あの……」
 急にしおらしい声色で、リュカを見上げるドリス。
「ん?」
 逡巡するように、ドリスは膝元で組む手をもてあそぶ。
「このまま、黙って発つなんてことはないよね」
 何かに怯えるように、少女の声は切々だった。
 リュカはふぅと優しげに溜息をつくと、徐に掌を伸ばし、ドリスの脳天にそっと当てた。一掴みできそうなほどに華奢な少女。
「…………っ!」
 ごしごしと、リュカはさらさらな栗色の髪を掻きむしった。不快そうに瞳を細め身を竦めるドリス。
「大丈夫。発つときは、ドリスにひと言言うから。止めても、無駄だけどね」
 リュカがそう言って笑うと、ドリスは軽くリュカの手を弾き返し、頬を膨らませた。
「もうっ、そう言ってすぐ茶化す。……こっちは真剣だよ―――――」
 語気が萎み、肩を窄ませ、うなだれた。
「…………」
 リュカはしばらく思いを巡らせると、ゆっくりと片手をドリスの手に重ねてそっと握りしめた。

「あ―――――」

 リュカが一歩、右足を進めると、ドリスの細い上体が、リュカの熱い胸板に当たった。
 リュカの温かさに直接触れたドリスは羮に触れたかのように顔色が一瞬にして紅潮する。
 反射的に飛び退きかけたとき、リュカの言葉が、耳元で聞こえた。

「ありがとう、ドリス。君がいて本当に良かった……」

 身体の力が、すっと抜けてしまった。
「それじゃあ、また。まっすぐ帰るんだぞ」
 茫然とするドリスをよそに、リュカはフローラの肩に腕を回し、手を振っていた。
「も、もうっ。子供じゃないって言ってるのに!」
 地団駄を踏んでも、時既に遅かった。
 リュカたちの姿が宿屋のある方向に消えたと同時に、ドリスを見つけたアンシェルとシフォンが駆けつけてきた。
「ご指示の通りにしておきました。代王が首を長くしてお待ちでございます、姫さま」
 アンシェルが言うと、ドリスは面倒くさそうに答える。
「あーあ、はいはい。親父の顔見てあげないと、煩いからね。でも、明日はまたここに来るから」
「えっ、えっと……あの……それは……」
 混乱するシフォン。
「ふたりともつきそい無用」
「姫さまッ!」
 負けぬドリス。
「グランヴァニアからは離れないからッ! すぐに、帰るから……」
 アンシェルとシフォンは、ドリスの心を忖度し、それ以上何も言えなかった。

旅館・林水亭

 宿の主人であるパピンは、宮廷に出仕する武官と、二足の草鞋を履いているということだった。リュカたちが入った時は主人は出仕していて、女将が応対した。ドリスから言づてされたことも告げると、馬車の仲間たちも気遣うことを確認してくれた。
「外来のお客さんて、珍しいですよ。このご時世だとね」
 短い雑談の後、リュカは浴場を求めた。
「承知しました。息子に支度をさせますので、すぐにでもご利用頂けるかと思います」
 林水亭は比較的こぢんまりとした旅館である。南シルベール街区には、林水亭の他にも三軒ほどの宿屋があり、ひとつは国家主賓がよく利用するという高級旅館だという。そんな豪華な場所は、リュカにとっては性に合いそうもなく、フローラもまた、出自に似合わず、豪奢を好む質ではないので、林水亭の雰囲気を気に入った様相だった。
「いらっしゃいませ。丁度良かったです。沸き立てですよ、へへっ」
 腕まくり、タオルを頭に巻き、ブラシを手に提げた清掃姿の愛想の良い少年が、浴場に来たリュカとフローラにぺこりと頭を下げる。
「ありがとう。ご苦労さま」
 フローラはそう言ってゴールド金貨を三枚ほど少年に渡す。
「ありがとう、綺麗なお姉さんッ!」
「ふふふっ、ありがとう。元気が良いですわね。あなた、お名前は?」
「ピピンッ。ピピン=シャルエ」
「そう、ピピンね。きっと、誰からも好かれる、いい大人の男性になれるわ。その元気を無くさないでね」
「あ。は、はい! ありがとう、お姉さん……」
 フローラからそう声を掛けられた、宿屋の少年は、その言葉を、この後も忘れることはない。

 紫連山から伐り用いた椹風呂。グランヴァニアではこれが主流なのだという。ピピン少年が清掃したての一番湯は爽やかな樹木の香りが立ちこめていた。
「久しぶりですわね。こうして一緒に……」
 リュカの硬い背中にそっと桶を傾けるフローラ。
「久しぶり――――そうか……いつ以来になるかな」
「ペテルハーバーに寄港する七日ほど前に……。それ以来です――――」
 リュカはやや驚いたように息をつく。
「よく憶えていてくれる。……それに、そうか――――何か、随分日が経っているような気がするよ」
「ふふっ、航海の時は逞しく日焼けしていたのに、あの時と較べて、少し綺麗になりましたわね」
 リュカの背中と腕を指で伝うフローラ。くすぐったくなったリュカは身をひねり、フローラを正面に向く。
 細いながらも美事な肢体。そう思えば、妻の裸身をこうして見るのも随分と前のような気もする。
「君は日焼けするどころか、死人のように白い身体だ」
 わざとそう言ってくくと嗤うと、案の定、フローラは怒ってみせる。
「むっ、なんて酷い喩えかた。知りません!」
 そっぽを向く。
 リュカはふうとひとつ息をつくと、徐にフローラの背中から腕を伸ばして、その胸を抱きしめた。
「もう、やめてくださいッ」
 抵抗するフローラ。
「褒めたつもりだったんだけどなあ」
「どうせ、私は死人ですわ」
「……じゃあ、なんて喩えようか。白絹……天使の羽……そう、紫連の山をも隠す白霧のよう? ……難しい……この滑らかで、きれいな白さは……」
 リュカは鼻腔の奥にこみ上げるつんとした熱さに耐えきれず、フローラの首筋に思いきり舌を這わせ、舐め上げる。
「ひゃぁん! そ……あっ、あなた……」
 突然の奇襲に、ぶるぶると身を震わせて一瞬身体が固くなるフローラ。
「“あなた”じゃないって、言ったと思うけど」
 言いながらリュカの両手は豊満な乳房を包み込む。
「あっ……はぁ……はぁ……ん……そ、そうで……した……リュ……カぁ」
「ん? ねえフローラ、ここ、また大きくなってない?」
 そう言いながら、リュカはほんの少し力を込めて乳房を掴む。
「あっ! 痛――――ッ……」
 その悲鳴に思わず驚くリュカ。
「あ……ごめん――――つい……」
 離しかけた良人の手を咄嗟に掴むフローラ。
「あ……ち……違うの……お願い……今日は……優しく……はぁ……」
 哀願するフローラの表情。喜悦とは違う感じの涙が、瞳に満ちているのがわかる。
「わかった。……無理はしないから」
 リュカがそう言うと、フローラは安堵したかのように微笑み、瞳を閉じた。その瞬間、眦から一条の線が伝わり、湯と蒸気に溶けた。
 リュカは唇で涙をすくいながら、フローラの唇を塞いだ。
「んっ……んふっ……」
 息が詰まるかのようにふたりが絡み合う舌の交歓。リュカの指は硬く突き立った両の莟を弾く。
「はぁ……あぁ……リュ…かぁ……いいの……!」
 力を失い、リュカに靠れながらも、その細い指は良人を悦ばそうと自然に股間に伸びてゆく。そして、リュカの自身に白魚は絡みつく。
 考えてみれば、テルパドールを発ってからは、特に夫婦の情事を意識はしてこなった。大東嶺の山越えも、フローラの体調の変化を気にしていたから、そんな気も起きなかった。
 だが、身体というのは不思議なものだ。頭で意識していなくても、性愛に対する欲求というのは蓄積されてゆく。たとえ頑強な堤防だとて、蟻の穴から崩れてゆく……とはよく言ったものだ。フローラが触れると、リュカ自身も驚く程の甘美な衝撃が全身を伝う。怒れるかのようにそれは硬く、膨らんでゆく。
 熱く、柔からな鉄の筒をそっと包むフローラの手がさするようにうごめく。リュカもたまらず、桃色の莟をもてあそんでいた片方の手を妻の秘所につるべ落とす。
「あぁ……うぅ……ん」
 ここが浴室で良かった。絡み合う舌。互いの唾液が口の端から絶えず糸を引く。リュカの片手はそれでも慈しむようにフローラの秘部を撫でるように這う。
「ふあぁ――――! ああっん」
 突起に触れる度に声を張り上げ、慌てて唇を押さえ、切なげな瞳をリュカに向ける。
 タオルで纏めていた青い髪も乱れおち、リュカの身体にまとわりついている。それがまるで無数の触手のようにリュカの身体を刺激するかのように、汗や湯水が伝うと、蠢く。
「リュカ……いつもよりも……強か」
 うっすらと紅潮した潤んだ瞳に微笑みを浮かべて、フローラは握る手にやや刺激を強くする。
「うっ……何か……力が……」
 気怠い射精感のようなものがリュカの下半身の力を奪ってゆくようだ。
「いいです……リュカは、そのままで……その方が――――私も」
 そう言うと、フローラは徐に身をくねらせ、リュカに跨る。
「灯りが――――」
 淫靡な姿を明るいところでさらけ出すことを、フローラは抵抗があると思い、リュカがそう言うと、フローラはにこりと微笑み、小さく首を横に振った。
 そしてリュカの視線を感じながら、脚を開き、自らリュカの自信を手に秘所に宛がう。
「あぁぅ……うあっ!」
 顔を仰け反らせ上体は羞じらうも、腰から下に滾る情欲は淫猥に灯りに晒されて良人に視姦の愉しみすら与える。
「フローラ……君は本当に……」
 妻の乱れる姿に、リュカはすぐにでも果ててしまいそうになる。そしてそのまま失神して、一夜この美しい少女の甘美な氣に呑み込まれるのも悪くはない。
 フローラの白く形の良い太腿に力が入り、腰が動く。リュカは愛でるように太腿から腰を何度も撫で上げ、豊満だが形の全く崩れない、白磁の乳房に貪りつき、二つの莟を吸う。
「はっ……はぁ……いい……うぅ――――ん!」
 フローラの両腕が切なげにリュカの背中に絡みつき、押し寄せる快楽の波の度に刀剣とは違う痕を刻む。
「愛してる――――フローラ……愛して……」
 言葉の媚薬を注ぎ込む。フローラの羞恥を剥がしてゆく、単純だが魔法の媚薬。
「あぁっ――――わたし……わたしもですぅ――――! あい……あぁ、ああん……あいして……りゅか……りゅかさぁあぁん……!」 徐々に高ぶる氣。言葉を崩し、感情も崩してゆくもの。
 白い蒸気が籠もる空間という、ある意味で淫猥な雰囲気に中てられた若い夫婦。
 静かに、ゆっくりと、そして裡に秘める激しさに、フローラはリュカの上で絶頂へと昇ってゆくのだ。良人はそれを静かに支える。
「あぁ……い……いぃ……わたし……い……いぃ……」
 身を起こし、リュカはフローラを抱きしめた。火傷しそうなほどに火照っている肢体。
 唇を重ね、舌を絡めた後、リュカはゆっくりと髪を梳き、囁く。
「いつでも良いよ。フローラの好きな時に……」
「あぁ……リュカ……りゅかあ……!」
 定まらぬ焦点の瞳、それでも波のように繰り返す腰の蠢動。フローラはリュカの言葉をスイッチとばかりに、自らストロークを上げてゆく。
 そして、その時。
 フローラの細く長い脚がリュカの腰に強く絡みつく。両手の指先が深くリュカの背中に食い込んだ。
(ああああぁぁぁっ――――――――!)
 絶叫の瞬間、自らリュカの口を塞ぐ。全身が痙攣し、リュカを締め上げた。
 重い衝撃と共にリュカ自身、熱い激情が放出されてゆく。快感と共に、火照る女の中に、弛まなく注ぎ込まれる、その感覚。たまらないと思うのは、やはり自分も男なのかと実感する。
 気持ちの良い気怠さ。床に伏し、言葉は交わさず、ただ瞳を合わせて微笑み、そのまま唇を重ねる。

 身を離す。そして互いに身体を流し合い、湯槽に浸かった。
「うわ……」
 気づいたかのように頭を抑えるリュカ。
「どう……なさったの?」
「ごめんフローラ。考えてみれば、こんなところで……。気づかれたかも」
 するとフローラはふふと笑った。
「大丈夫ですわ、あなた。……それに、あなたが求めなくても、私の方からきっと……」
 伏し目がちに、フローラは良人を見つめながらそう呟いた。
「それに、浴室ならば、きっと後片付けも楽……ですわ」
「まあ、そう言われれば、そうなんだけど……」
 リュカが戸惑うように後頭部をかく。
「フローラ、体の方は、大丈夫かい?」
「え、ええ。大事ありませんわ。ここに辿り着いてから、不思議と体調も良くなったような気がして……だから――――こうしたくて」 身を乗り出してリュカに唇を重ねるフローラ。胸を押し付けられ、リュカの胸板に二つの莟が幾何学を描く。
(うゎ……また……)
 しかし、その危機もとどまった。
「お客さま――――お食事のご用意が出来ましたので――――」
 フローラはやや不満そうに身を離す。リュカは苦笑しながら言った。
「だって。上がろうか」
「はい」
 ぶっきらぼうだった。
 食事を終えて、就寝につく。
 リュカは眠りかけたフローラを奇襲するように唇を重ねる。驚くフローラ。リュカは服の上から妻の乳房を撫でながら、こう言ってはにかんだ。
「僕は……こっちの方が良いかな?」
「もう……止まりませんわ――――あぁ……」

 久しぶりの情交に火がついた。再び、今度は夜の帳の中に沈むリュカとフローラ。グランヴァニア入国の初日は、とかくこんな様相だった。