鈴凛編第一回 隠し財産

『スシはいいよねェー。また当たったのかい? マサヒロー』
 某CMで、父親役のオオバヤシ丈史が、息子役の中居マサヒロに言うセリフ。
 今までは失笑気味に見ていたのだが、今は他人事で片づけられない状況だ。
 
(当っちまったんだい――――10マンエン)
 
 たまたま親とデパートに買い物に来ていた僕が、宝くじ売り場で何気なしに買った1枚が、10万円当たったわけで……。
 本来ならば嬉しくて仕方がないはず。そらもう、欲しかったゲームやら服やら靴やら、話題のUSJ……、些細な夢ながらも行ってみたいと思う場所は色々あるわけですが……、何せ僕の場合はそうは上手くいかない宿命のようです。
 
「アッニッキー☆」
 
 そうです。こいつ、我が妹の鈴凛。たかりの名人……いやもとい、メカ関係の名人(?)。何やら得体の知れない機械を開発をしているという噂がある娘なのだ。
 嗚呼、呉王夫差の故事『臥薪嘗胆』ではないがァ!? 小学生の頃、なけなしのお年玉の8割をかすめ取られた屈辱、今でも忘れまじ。
 そんな鈴凛が妙に愛想良く近づいてきた時は要注意。大概、『金の匂いをかぎつけた時』なのだ。全く、大金強奪事件の捜査ならば、そんじょそこいらのなまくら警察犬よりも、鈴凛をご指名下さい。こいつならば、解決率97パーセントです。兄である僕が保証します。ただし、解決の暁には最低2割の報酬を御用意下さい。
 おおっと、などと貶している(ほめ殺し(古代語?))場合ではない。
 こいつが鈴凛の奴に見つかってしまえば、我が手元に残るのはきっと多くて5千円。
 ああ、裕福な家庭ならばゲームでも服でも何でも買えるだろうが、何分僕は諸事情によっての貧乏独り暮らし。この臨時収入は、当面の生活費において神の助けなのだ。
 ゆえに、訳わからない『開発費』などに投資する余裕は、小麦粉の一粒ほどもない。
「おこづかい、ちょーだい☆」
 会った早々、単刀直入にお小遣いをねだる(俗に『金品をたかる』とも言う)のは、古今東西、このやんちゃ娘(死語?)位だろう。
 そして、この屈託のない無邪気さと愛おしさに、かつての恨みも忘れてお小遣いを与えてしまう、お人好しでモロ、この可愛い妹に弱い兄貴というのも、古今東西、僕くらいだろう(涙)
 しかし……
「ないよ」
 と、俳優の吹越満調に返す。
 そう、今日だけは断固、兄貴らしさを見せねばならない。いつまでも妹の言いなりでは、兄としての威信に関わる。
「鈴凛、僕は打ち出の小槌じゃないんだ。可愛い鈴凛のためなら、どんなことでもしてあげたい。でもな? 腹が減っては戦が出来ぬという言葉のように、コレが無ければ元も子もないんだよ。わかるよね?」
 と、人差し指と、親指で円を描く。かたやじとっとした視線で僕を見つめる鈴凛。
「匂いがする……」
「へ?」
「アニキはいちおくえん持っている……」
 と、それはオオバヤシさん調にニヤリと笑む鈴凛。
「だ、だから……」
 ここで狼狽えれば負けだ。あくまで知らぬ。何も存ぜず。
「おねがーいっ☆ お・こ・づ・か・い、ちょーだいっ☆」
 てゆうか、全っ然人の話聞いてませんね、この娘っこは。
「七千万でいいからっ」
「ある訳ねーだろが!」
「じゃあ、五千億」
「増えてるじゃねェか! しかもけた違いに」
「ぶぅ! けちぃ」
「けちぃ……じゃねェだろ! だいたいそんなにあったら田舎に土地付き一戸建て買うたるわい!」
「ううっ……それじゃ、思い切って一千万でどうよ!」
「どうよ! じゃないわ! 一千万どころか、万札ですらないわい」
 じとっと恨めしげに僕を見る鈴凛。そんな目つきで睨まれても困るというものだ。
「…………」
 しばしの沈黙がつづく。
 やがて、何を思ったか、彼女の顔が急に笑顔に変わる。
「わかったよ。今回……だけじゃないケド、いったん諦めるよ」
 おやおや、実に物分かりが良いではないか。それでよろしい。
 何か裏がありそうな雰囲気だったが、取りあえずこの場を退散させるに越したことはない。
「うんっ、それじゃアニキ、またね」
「お、おう」
 拳から親指をぐいと突き出しながらウインクをしたくらいにして、鈴凛は飄然と姿を消した。
「なーんか、怪しいんだよなー」
 と、思いつつも、この場を去ってくれたことに対する安堵感が勝っていた。
 
 五日後――――。
 考えてみれば、鈴凛のおねだりは日常茶飯事である。毎日つづけばそれも当たり前となる。
 だから十万円当たった日の事も、五日もすれば忘れるものだろう。
 放課後、友人と共に校門を抜けたところで、呼び止められた。
「ヤッホー、アニキ、お疲れさま」
 鈴凛が中指と薬指を立て、左右に振りながらウインクをする。
「おう、鈴凛。これから帰るところか?」
「うん。待ってたんだ。一緒に帰ろっ」
 と、言うや否や腕を絡めてくる鈴凛。友人たちは何故か気を遣って帰って行く。何故に……。
「ねえアニキ、あのね――――」
 いつもと同じように、他愛のない話題をふってくる。半ば一方的に話しかけ、一方的に締めくくる。僕の話す島はほとんど無い。逆に言えば、こういう時の鈴凛は危険度B(五段階評価)である。
 ん――――。
「びー…………」
「え?」
「はっ!」
 気がつけば鈴凛が僕の目をのぞき込むように見上げている。しまった、声に出ていたのか。
「あ、いやいや、なんでもないよぉ」
「へんなアニキ」
 そんな些細な不安も、一言で片づける鈴凛。
「そう言えば鈴凛さー、最近どうだい?」
「どうって……なにが?」
 とぼけているわけではなさそうだ。僕は本当に、本当にさり気なく聞いてみた。
「メカ―――うんぬんの方さ」
「あっ。うん、ぼちぼち……だよ。えへへ、おかげさまで」
「そ、そうか」
 ん? おかげさまで―――ってナニが??
「え、なに? もしかして、援助してくれる気になったとか!?」
「な、わけねーだろ」
 と、軽く鈴凛の額を小突く。
「えーん、ざんねーん」
 などとわざとらしく拗ねる鈴凛。そしてすぐに顔を見合わせて笑い合う兄妹。これがつづくものならば、今時実に仲睦まじき兄妹かななどと殊勝なことを言われそうだ。そう、実情がこの通りであったとするならばの話。
「ねえアニキ」
 街並みが遠い山裾にかかる夕陽に包まれる頃、不意に鈴凛が口を開いた。
「いつもお小遣いせがんで、ごめんなさい」
 意外な言葉に思わず怯む。
「なによぉ、そんなに驚かなくてもいいじゃない!」
「いや、ゴメン。鈴凛があまりにも殊勝なことを言うんで、つい……ね」
 揶揄もその日は響かなかった。いつになく、鈴凛の表情は真剣だったからだ。
「考えてみれば、アニキってすごく優しいよね」
「何だ、今更気がついたのか。妹に冷たいアニキがどこにいる」
「そう言う意味じゃなくって」
「ん?」
 振り返り、じっと鈴凛の顔を見つめるが、鈴凛は小さく首を横に振りながら、悪戯っぽく笑った。
「何でもないよ、言ってみただけ」
 それから僕たちはいつもと変わり映えのない会話を交わしながら家に向かった。
 
(いつもお小遣いせがんで、ごめんなさい――――)
 
 僕は鈴凛が夕陽に染まった景色の中で呟いたその言葉が、やけに印象に残っていた。
 彼女と別れ、ベットに横になり、天井をじっと仰いでいると、いつになく憂色の鈴凛の顔が浮かぶ。
 
(アニキって、すごく優しいよね――――)
 
「ふっ…………」
 思い出し笑い。周囲に誰かがいれば、十中八九、退く光景。
「何か、今日のあいつ、可愛かったな……」
 心の底から、僕はそう感じたわけで……。
「いつもああだったら、当たりくじだって快く――――」
 そんな久々に気分良く、僕は眠りについた。
 
 てゆーか、これじゃなんにもオチにならねーじゃねーか?
 
 ああ、そこで終わらせて欲しかったです。
 翌日――――。
「あ、そろそろ銀行に行かないとな」
 換金は済ませていたが、当面の生活資金のために、無闇に下ろすことはしなかった。僕のことだから下ろしてしまうと、知らぬ間に消えてなくなってしまうことだろう。父祖伝来の無駄遣いのエキスは、僕や鈴凛にも受け継いでいるらしい。自慢できることではないが。
 着換えて出かける準備をする。
「あれ? 通帳、通帳………あった」
 ずいぶん遠くにしまい込んでいたんだなと一瞬戸惑った。
 
 銀行――――
 
「お待たせいたしました――――恐れ入りますが残金は二万五千円ほどですので、全額お引き出しと言うことで、よろしいですか――――?」
「え゛っ!?」
 窓口のお姉さんの事務的対応の直後、僕の顔は間寛平のギャグ化する。
「いかがなさいますか――――?」
 嫌な予感が沸々とわき起こるのをよそに選択を迫るお姉さんの言葉にノーを出すと、僕は顔面を紅潮させてあの家に向かった。
 
「くぅぅぅぉぉぉらぁぁぁ!!」
 
 玄関前で思わず大声を張り上げる。その瞬間、近隣諸家の禽獣が驚いて咆哮を上げ、家主たちの怒号が一斉に僕を攻撃する。
「す、すみません、すみません。おーい、鈴ちゃーん?」 
 なりふり構わず謝罪し、引きつる笑顔でそいつを呼ぶ。
 
 がちゃ………
 
 不意に玄関が開くと、そこに主犯が……
「こぉらっ! りんり……」
 と、怒鳴りかけて止まった。声を失ったその眼前には、見目実に立派なり、鈴凛自慢の命名、『メカ鈴凛』。
「あ、あら? こ……これはメカ鈴凛さん、お、お、お元気そーで……って、んぅ!?」
 思わずたじろぎ、眉をしかめる。だが、もう一度良くメカ鈴凛を見た時、その外見・パーツが先日見た時よりも実にパワーアップしている。
 鈴凛につき合わされているこの数年の内に自然に身に付いた慧眼ではないが、パーツを見れば、大体幾ら掛かっているか解る。
「うむ。これは……五,六万と言ったところだろう……」
 そう呟いた自分に気がつく。
「んっ! 五,六万……」
 確信。
 メカ鈴凛はご丁寧に、幾分流ちょうな言葉を発するようになった。相変わらず、「オハヨウゴザイマス」「コンニチハ」の類ではあったが……。
 そこへ……。
「あれ? アニキ、いらっしゃい。どうしたの?」
 て、言うか、僕の声が聞こえてなかったのか、お前は……。
「ごめんね、ちょっと作業に夢中になっていたから、聞こえなかったよ」
 そうか。僕としたことが無駄骨だったな。鈴凛の性格はよくわかっているはずなのに。
「ちょっとアニキ、何固まってんの?」
「はっ!」
 鈴凛の声に我に返る僕。いけないいけない、どうも動転すると一人の世界に入ってしまう性質らしい。
「そうだよっ。おい鈴凛っ、お前だろっ!」
 怒号を発するが、鈴凛臆するどころか、平然と僕を見ている。
「なにが?」
「何がって……とぼけるのも――――」
 そこで僕は言葉を詰まらせてしまった。
 まさか、宝くじの賞金を黙って下ろしたのはお前だろっ! などとストレートに訊けるわけがない。もしや鈴凛のこの態度、この余裕は、その事すら見透かしていてのことなのだろうか。
 いや、げに恐ろしきはまさしく兄妹という関係だ。どちらが悪くても、他人みたいに強引に責め通すことは出来ない。憎しみを抱けるわけもない。それも、こないめんこい妹なれば(って、何故に東北弁?)。
「?」
 きょとんと見つめる鈴凛に、僕は何も言えなくなってしまう。
「い、いや……何でも……」
 そう言って肩を落とした時、鈴凛は想い出したかのようにぱんと手を打ち鳴らし、嬉々として話した。
「アニキ、そう言えば親父さー、今月の仕送り、多かったよねー」
「へ?」
「だっていつも五,六万くらいなのに、今月に限って十万円も振り込んでくれてたみたいだよ。あたし、嬉しくなっちゃったよ」
(え……ふ……振り込みって……まさか……宝くじの賞金を……親父からの仕送りと勘違い……)
 その瞬間、僕の耳に、ピアノの鍵盤を一斉に強くたたきつけた時の、あの音が延々と響いた。
「アニキ、あたしのために五日も手をつけないでいてくれてたみたいだし。それがすごく嬉しかったんだ。お陰でほら、メカ鈴凛もちょっとパワーアップしたんだよ」
 すっかり鈴凛は僕に対して表裏のない感謝の言葉をかけてくる。
「そ、そうかい? 良かったねー、りん…りん……」
 なぜか泣き声。我ながら無性に情けない。隠し財産、へそくりなんて、僕にはまだまだのようだ。
 
『スシはいいよねー。また当たったのかい? マサヒロー』
 オオバヤシさんの気持ちが何となーく、わかった今日この頃だった。

終わり

【イメージCV】 中居マサヒロ … 中居 正広 / マサヒロの父オオバヤシ丈史 … 大林 丈史

【あとがき】 鈴凛編第一回目は、アニキが宝くじの十万円当選という出来事を想定しました。三億円とか二億円が当たったとか言うよりも、現実感があるでしょう。ちょうどこれを書き始めたあたり、あのSMAP中居父さんが出演する某宝くじCMが面白くて、ネタの一部にしました。でも……賞金はやっぱり、振り込みでしょうか、現金払い? 当たったことないんで(ていうか、買ったことない)、よくわかりません。