四葉編第一回 陰謀(3)

「え、四葉が――――!?」
 玄関先で待っていた兄が愕然となって声を上げる。
「こんなものがあったよ――――参ったね」
 光音は片手でこめかみを抑えながら、四葉の置き手紙を差し出した。

『烏丸センセイ、兄チャマへ 四葉は思うフシがあり 旅に出ることを決意いたしソウロー
 ついては な、ナニトゾごコーイをもって 四葉のこと さがさないでくだサイ』

 なんかむちゃくちゃな文面であったが、要するに家出すると言うことである。
「叔父さん、四葉のこと捜さないとっ! 時間が無くなってしまう!」
「わかっています。……ですが、計画は……」
 光音は大きくため息をつく。
「この際、計画は関係ありませんよ。四葉がいなければ話にならない。……それより叔父さん、四葉の行きそうな心当たりありますか?」
「う~ん……。彼女はあの通りの性格ですからね。退屈の虫がちんちろりんと……」
「ああもうっ! 叔父さん、そんな悠長なこと。でも、そう遠くには行けないですよね。この近くにいるはず……」
「すまない。実は放課後に、彼女に食費として1万円預けました。それで……」
「はぁ――――多すぎですよそれ……」
「捜索範囲が広がりそうですね……」
 呑気なことを言っている場合ではないなどと、まるで三流漫才の展開そのままの兄と光音。
「四葉に何があったかはわかりませんが、今はともかくあいつを捜さないと!」
「そうですね、わかりました。ならば、あなたは千種君に……」
「わかってますよ。千種さんにも協力してもらったほうが良いでしょう。任せて下さい」
 兄は携帯電話を取りだした。たどたどしい手つきでメールを打つ。
 数分後、着メロが鳴り響く。メールの方ではなく、通話の方の着信らしい。
「はい――――あっ、千種さん? ――――そう、ごめんなこんな時間に。……それで―――」
 通話は5分あまりに及んだ。何故か兄の言葉にすみません、ごめんなさいという謝りの言葉が多い。
「駆けつけてくれるって言ってました」
「よしっ、ならばいいね。見つけ次第、私にも連絡をくれ」
「わかりました」
 光音は片手を挙げると、足早に掛けていった。

 駅前公園。兄は周囲を懸命にサーチする。四葉の姿は見えない。
 がっかりしたように肩を落とした時だった。
「こんばんは――――」
 突然両目が真っ暗になる。ひやりとした感触と共に。
「ち、千種さん……」
 兄は手のひらで両目を覆った犯人の名を言う。
 あっさりと手を離し、自由になった兄が振り返ると、千種麻衣は呆れた様な表情で兄を見つめていた。
「これからお風呂に入って、眠ろうかと思ってたのに――――もう、何事かと思えば……」
「ごめんなさい千種さん。この恩は一生――――」
「そうね。一生、忘れないでくれればいいな。この代償は高くつくわよ――――ふふっ、なんてね。……それで?」
 兄はつど、麻衣の嘲笑とも取れる笑いを受けながら簡単に事の経緯を語った。。
「そう――――わかった。乗りかかった舟ですからね。つき合うわ」
「ありがとう。それじゃ――――」
「でも四葉ちゃん、意外と近くにいるかも知れないわ」
 そんな子供に、遠くに行ける度胸や勇気はないと意味を含めるように、麻衣は断言した。
 兄もなぜか麻衣の言葉が的中しているのではないかという予感がしていた。焦りが次第に収まってゆく。
「それにしても――――ふふっ、ひどいお兄さんね」
「…………」
「ま、いいけど」
 清楚な感じの令嬢が、眼を細めて、頼りなげに苦笑する貧相な少年の横顔を見つめていた。

 果たして、麻衣の予見は的中した。
 自宅からさほど離れていない小さな公園に、四葉はいた。寂しそうに、きこきことブランコを揺らしている。
「間に合ったよ――――さすが千種さんだ」
「女心よ。それより――――」
「わかってます」
 兄は携帯を取りだした。光音を呼ぶためである。
「え―――そんな……じゃあ――――はい……」
 ピッ。
「烏丸先生、なんて?」
「今、△◇×町だって。間に合いそうもないからって――――」
「ずいぶん遠くまで行っちゃったんだ、くすっ、烏丸先生らしい……。じゃ、今度こそ計画は中止ね」
「ううっ……」
 さらりと言う麻衣を半ば恨めしげに見る兄。
「仕方ないじゃない? こうなったら正攻法で行きましょ、お兄さん」
「照れるよ……」
 まごまごする兄。いらついたか、麻衣は兄の背中をぱんと叩いた。
「わっ!」

 意外に強い力に押され、兄はよろめきながら四葉の目の前に現れた。
「あっ……あ…兄チャマ……」
 ぴたりとブランコが止まり、愕然と怯えが入り交じった表情で兄を見る四葉。
「四葉……捜したよ」
「…………」
 戦慄が走り、四葉の身体がブランコからずり落ちた。そしてお尻を引きずるように後退る。
「どうしたんだ、四葉?」
「き……来ちゃダメデスっ、兄チャマ!」
「?」
 駆け寄ろうとする兄を大声で止める四葉。唖然と立ち止まる兄。
「四葉は……四葉は……何も知らないデスッ、何も見ないデスッ、何もチェキしまセン。だから……だから兄チャマッ、お願いデスっ。四葉のこと…………四葉のこと………………殺さないでくだサイッ!!」
「え――――なんのことだ、四葉?」
「とぼけてもダメデスッ! 四葉はすべて知ってマスッ!」
 四葉が語った経緯。

「……………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………」

 その瞬間、四葉以外の周囲の時間が本当に止まったという。そして――――

「ぶっ……ぶわぁははははははははははははははははははははは!!」
 この兄がここまでおとがいを外すのは生まれて初めてだったと言う。
 茫然となる四葉。腹を抱え、痛くなるまでツボにはまっている兄。何がなんだかわからない四葉。ますます呆れる麻衣。数分後、ようやく言葉を連ねられるまで回復した兄が、涙顔で言った。
「誰が? 四葉のこと、マッサツするって? ぷぷっ……うははははははっ」
 だが、あまりのおかしさになかなか言葉が続かない。
「もう、いいかげんにしたら?」
 寸鉄人を刺す。さすがに節操がないと思ったのか、麻衣が一言。
 襟を正した兄が、可笑しさの余韻残る気持ちを抑え、腰を抜かしている四葉に微笑みながら近づく。
「い……いやデス兄チャマ! い、命ばかりは……」
「いいからほらっ、手――――」
 なおも尻込みする四葉に、兄はすっと、素手を差し伸べた。呆気に取られる四葉。
「いつまでそこに座っているつもり、よつば?」
 優しく、諭すような口調で言うと、そっと四葉の手首を包んだ。
「あっ――――!」
 なすがままに、四葉は腕を引かれて立ち上がる。半ばふらつく足、彷徨う視線。
 なおも恐怖心の抜けない様子の四葉を見て、兄は小さくため息をつく。そして、ちらりと麻衣の方を向くと、彼女は目で頷いた。
「四葉」
 兄が呼ぶと、四葉は彷徨える視線をようやく兄に合わせ、不安色に変えて止まった。
「…………」
「ちょっと、予定外だけどね。ま、いいか」
 すっと、兄はジャケットの内側に手を差し入れた。その瞬間、四葉はきつく目を閉じ、唇を噛んで肩をすくめた。

(とうとう、四葉の命もこれまでデス。パパ、ママ……そして兄チャマ。四葉はそれでも、兄チャマのことが……)

 兄が差し入れていた手を引き出す。その手にはピストル――――ではなく、白く細長い箱。よく見ると、赤いバラ型のリボンが付いていた。
 怯え、瞼をきゅっと閉じている四葉に、兄はその箱を差し出した。
「四葉、今日――――何の日か、わかる?」
「………………?」
 途端、四葉の顔からは強ばりが消え、代わって怪訝な表情になる。
「目を開けてごらん?」
 わずかに戸惑いながら、四葉は瞼を上げる。徐々にその目に映る、白い箱。それは、ファミレスで兄が光音に見せて、互いに笑い合っていた、その箱である。
 更に驚愕する四葉。思わず、顔を上げ、兄を見る。頼りなげにも、優しい微笑みが、そこにあった。
 四葉の不安を払拭するような、兄の言葉。

「誕生日、おめでとう――――」

「あっ………………」
 呆気に取られた感の四葉。思わず手を差し出し、白い箱――――バースデイプレゼントを受け取る。
「あに……チャマ?」
「まったく光音さん、何を言ったんだか。……いや、ゴメンよ四葉。本当は今日、ちょっとね……。色々と予定があったんだけど……」
 話す兄を、横から麻衣が制止する。苦笑する兄。
「な、なんデスか、兄チャマ??」
「い、いや、いいんだよもう。それよりほら。開けてみなよ。僕と光音さんからのささやかなバースデイプレゼントだよ。気に入ってくれると、良いんだけどね」
「は……ハイ」
 言われた通り、四葉は白い包装紙を解いた。そして、恐怖ではなく、歓喜の悲鳴が周囲に響きわたった。
「あ、兄チャマッ――――ありがと……。四葉……うれしいデス」
 感無量とばかりに最新型の電子手帳をしっかりと胸に抱きしめる。
 一昔前と違って、ここ最近の電子手帳はサテライトシステムにも対応している。宇宙ステーションや、他の銀河の有人惑星とも情報交換が出来るのだ。とは言うものの、その機能も今やポピュラーだが、四葉にとっては、この上ないアイテムに違いなかった。
「そうか。それは良かった」
 兄の表情は安堵に満ちていた。

 自分の誕生日を失念するとは、四葉もとんだお間抜けであると揶揄されながら、兄と光音は誕生日の祝いの演出を計画していたと言うことで、四葉の飛躍した想像は笑い話に終わった。
 結局、光音不在のまま、烏丸邸でのささやかな四葉誕生パーティはつつがなく幕を閉じた。
「じゃ、僕は外で待ってるから」
 麻衣を送るために兄は門前で待機した。麻衣が少し四葉と話したいから待っていてと言うことだった。
 四葉と麻衣が並んで玄関まで歩く。そして麻衣が靴を履き、ドアノブに手を掛けかけた時、振り返った。
「四葉……ちゃん?」
「は、ハイ!」
 国軍の上級士官から呼ばれた一般士官のように、思わず直立する四葉。
 麻衣は数秒の間の後、くすっと笑みを浮かべる。清楚だが、『上品』と呼ぶにはやや語弊があるか。微妙に、四葉にはない『大人っぽさ』がある笑み。
「あなた……お兄さんのこと、好き?」
「ん――――」
 唐突で、しかもストレートな質問。慌ててしまいそうだ。だが、ここで答えに窮してはならないと思い、冷静を装う。
「あたりまえデスッ。四葉は兄チャマが、大好きデス!」
 当然の返答に、麻衣は小さく笑うと、優しく、それでいてどこか冷たい感じの瞳で、四葉のつぶらな瞳を捉えた。
「そっか――――じゃ、ライバル……かな、私たち」
「?」
 聞き直す四葉に対し、麻衣は『ううん、なんでもない』などと、うやむやにする言葉を発しなかった。
「私ね――――あなたのお兄さんのこと、好きになってもいいかな――――」
「ま、麻衣……サン?」
 突然の告白に、呆気に取られる四葉。だが、彼女は意味深に微笑むだけだった。
「ふふっ、じゃぁね。おやすみ」
 麻衣の姿が扉の向こうに消えた。しばらく呆気に取られていた四葉だったが、やがて自分なりに麻衣の言った言葉の意味を悟ると、慌てて外に飛び出した。
 兄と麻衣はそんなに離れていなかった。すぐに後ろ姿を見つけられた。
「兄チャマッ! 麻衣サン!」
 立ち止まり、ゆっくりと振り返る二人。間を置かず、四葉は人差し指をぐいと突きだして、語気強く、言った。

「ふたりに――――チェキ!」

■イメージCV : 烏丸光音 … 宮内 敦士 / ウェイトレス … 那須 めぐみ / 千種麻衣 … 山本 麻里安

【あとがき】 わが友人から四葉編書いてくれと言うことで(どこまで本気で言っているのかわからん奴やが(笑))、いちおうリク受けたんで書いてみました。んー……なんか中途半端な物語な気がしましたね。何を伝えたかったのかも明確じゃないし(汗) と、言うか四葉と来れば『チェキ』。この名文句が文中ほとんど出てこなかったですかね。この四葉編書いていて思った。シスプリのSSは難しい。兄と光音が何を企んでいたのか……? それはご想像にお任せデス。
P.S. こんなんで良かった? 友人