あなたの瞳に私はいないの――――
ずっと近くに、ずっとあなたのそばにいるのに――――あなたには私が見えていない――――
今さら遅いけど、私――――やっと気がついた気がする――――
マリクさん…………私――――あなたを愛している。
誰よりも・・・・・・あの女性(ひと)よりも・・・。この想い、この心だけは、誰にも譲れない………
気がつけば、いつも彼を見ていた。
夜になると、いつも彼のことを思いながら眠りについていた。
時が過ぎるにつれて、少女の心は前にもまして彼の色に染まっていく。
カダインでマリクと再会したリンダは、それからずっとマリクの傍らにいる時間が多くなった。
端から見ると恋人同士のように映るが、彼がエリス王女を慕っているという周知の事実がある以上、彼とリンダは気の合う相棒という風にしか、とらえられなかった。
彼女にとっては、そう思われることを内心大いに喜んでいたのだが、彼にとってはずいぶんと複雑であるに違いない。
逆恨みと嫉妬から、マリクを抹殺しようとしたカダインの魔道士エルレーンが改心し、反乱軍に身を投じてからは、リンダとエルレーンは妙に気が合った。
無論、二人が気の合う理由としては、マリクのことについての話題である。
彼女はマリクを慕っているということ、エルレーンは彼をライバル視し、彼の長所や短所を誰よりもわかっていること。
風の超魔法エクスカリバーを修得するために、互いに競い合ってきた。
一時は短慮から彼を殺そうと図ったが、恩師の叱責から投降し、彼と共に魔道士の両翼と讃えられる活躍をするようになった。
今では彼を恨むという感情はなく、むしろ互いの欠点を支え合うという親友に発展していた。
いわば、好きな人の友人という感覚で、リンダはエルレーンと自然な形で仲良くなっていた。
マリクの側にいる時間の方が多いことは確かだが、こみ入った話を出来る仲間と言えば、同じ女性を除いては、エルレーンくらいであった。
そんな中、戦局は怒濤の如く過ぎていく。
アカネイアパレス城、陥落――――。
乱心の皇帝ハーディンは、先の大戦の英雄マルスによって討たれた。
だが、未だ憂いの火種は残っていた。
エリスを始めとする四人のシスターたちが行方知れず。賢者の導きによって、マケドニアと旧ドルーアの境にあるという飛竜の谷、竜の祭壇へとすすむことになった。
後に英雄戦争と名を刻む大戦も、アカネイア帝国の壊滅と同時に終局に向かい、激戦を勝ち抜いてきた勇者たちも、心なしか安堵をしているようにも見える。
アドリア峠での会戦以降、マリクはめっきり口数が少なくなっていた。
そして、穏やかそうな表情が、いつにもまして硬くなる。リンダは彼のそばにいるものの、気遣いからか自分から話しかけることはしなくなっていた。
彼の心情はわかる。わかりたくないが、わかってしまう。パレスに監禁されていよう、愛するエリスの事だ。敵の本拠地が近くなるにつれ、彼の表情から微笑みが消えていった。
「リンダ、どうしたんだい? そんな暗い顔して」
時々、彼は彼女に話しかける。その時だは、微笑んでいてくれていた。
「いえ・・・あの・・・き、緊張しますね。パレスが近くなってくると・・・」
内心とは全く別の言葉が口に出る。
その答えに彼はやや悲しそうな表情で「そうだね」と答えると、決まってうつむき、無言になってしまう。エリスのことを思うセリフを言えばいいのだろうが、言いたくなかった。
パレス城陥落後から、彼の表情からは完全に笑みが消えたようだ。
リンダはいたたまれない気持ちになって、束の間の休息の時間、皆は戦勝とハーディンの追悼を兼ねた宴を開いていたが、彼女は一人亡父の墓参りをし、思い出の場所・パレス魔道学院跡地に立ち、物思いにふけっていた。
静まり返った大地に一人たたずんでいると、色あせない哀しみがにじんでくるようだ。
父を亡った哀しみはこの数年間でいくらかは克服されたと思う。だが、一人の男性を慕う感情が相乗効果となってまた新たな哀しみが生まれてくる。
彼女の心は戦いが進むにつれ、葛藤が激しくなっていた。そこへ、砂を踏みつける音がリンダの背後から近づいてきた。
「リンダ君」 その声に振り返ると、金色の長髪が印象的な長身の青年が、右手を振って立ち止まっている。
「エルレーンさん―――――」
リンダが哀しげな微笑みを浮かべると、エルレーンは軽くため息をついてリンダの側に歩み寄った。
「今日は一人なんですね。戦勝の祝宴には出ないのですか?」
「ちょっとね・・・何か、浮かれる気にはなれなくて」
「マリクのことを考えていたのかな?」
「・・・・・・」
あまりにストレートな詮索に彼女はひどく動揺したが、エルレーンとはそう言った核心をつき合うような親友であったから、別段不快とは思わなかった。彼は長い髪を邪魔そうに右手で梳きながら微笑んでいる。だが、相手を気遣うのも忘れない。
「これは、余計なことを訊いてしまったか・・・。いや、私もあまりアルコールと騒がしいのは苦手な方で、グラス一杯のワインでこの顔なんだ」
「・・・・・・」
しかし、彼女は言葉を発さずにうつむいている。エルレーンの白い顔がはた目にもわかるほど上気していることに、気がつかない様子だ。
「ごめん・・・」 エルレーンはその気遣いがかえって彼女を不機嫌にさせたのではないかと思い、謝る。だが、彼女は小さく首を横に振った。エルレーンは彼女のことを一人にさせておいた方がいいと感じ、そっとその場を立ち去ろうとした。そのとき
「エルレーンさん、あの・・・」
彼女が半ば慌てたように声を発する。エルレーンが振り向くと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいていた。その仕草が何とも愛おしくさえ感じる。
「やっぱり・・・マリクさんはエリス様のことを・・・」
「むう――――」 エルレーンは小さく唸った。
確かにマリクは昔からエリスのことを慕っている。カダインでの修行仲間当時から何度も聞かされていたので、その思いが強いことはよくわかっている。
このままだと、彼女が彼の心の領域に入ることはほぼ不可能に近いだろう。
エルレーン自身はエクスカリバーを修得するとともに、カダインの統治学を専門的に学ぶ日々を送っていたから、女性との恋愛には縁がなかった。
だから、いわばマリク・エリス・リンダの三角関係について適切なアドバイスが出来ることは不可能だったが、話を聞いてあげるということが、エルレーンにとっては一番の方法だった。
「私はマリクとエリス王女との間のことはよく知らないが、何もそう後ろ向きに考えることはないと思うよ」
「・・・・・・」
エルレーンは足下のつぶてを拾い、軽く放る。そして、ふっと小さく微笑むとリンダに向いて言った。
「君は、ずっとあいつの側にいるんだからさ、端から見ても、君がエリス王女に負けているとは思えないな」
「・・・・・・」
「だから、君がエリス王女以上にあいつを好きになって、あいつを振り向かせるようにすればいいんじゃ、ないかな・・・」
「エリス様以上に・・・マリクさんを・・・?」
「君さえ努力をすれば、可能性が皆無な訳じゃないだろ?」 その言葉に、彼女は少し勇気づけられたような気がした。
「そうね・・・そうかもしれない・・・」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、彼女は小さく微笑んだ。
「私はどれほどの力になれるかどうかはわからないけど、君の友人として、いつでも相談に乗るつもりです。落ち着かないときは、いつでも話を聞きますよ」 エルレーンはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう・・・エルレーンさん」
「余計ついでだけど、ここで一人考え込んでも暗くなるだけですよ。祝宴にでも出て、気分転換でも図られたらいかがですか?」 そんなエルレーンの心遣いは、今の彼女にとって何よりも嬉しかった。
そして、こんなにもマリクに惹かれていなかったならば、間違いなくエルレーンに心奪われていただろう。
エルレーン自身も時が時ならば、彼女に惹かれていたのかも知れない。
エルレーンの言葉に多少ながら勇気づけられたリンダは、宴もたけなわを過ぎたアカネイアパレス城に戻った。
英雄戦争の勝利と、皇帝の追悼を兼ねた宴の場となっている大広間は、すでに諸将たちの数も数えるほどであり、マルスの姿もなかった。
だが、彼女はすぐに目に入った。四角形に連なっている食卓の片隅で、司祭服の華奢な青年がひとり、手酌でワインを呷っているのを。
マリクは首が小刻みに前後左右に揺れている。かなり酔っているのだろうが、なおも止まることなくワインをグラスになみなみと注ぎ、それを一気に呷ってはまた注ぐ。完全に自棄酒だ。悪い飲み方だった。
彼女はつかつかと彼のもとに駆け寄り、彼の右手からワインの瓶を取り上げる。
「何するんだ・・・・・・」
彼は視点の定まらない目つきで彼女を憮然と見る。彼女は寂しそうにそんな酩酊状態の彼を見つめる。
「自棄酒は身体に毒です。もう、それくらいにして下さい」
彼女は諭すようにゆっくりとそう言う。やや不満そうにリンダを睨むマリク。
「リンダ・・・私はっ・・・何のために戦っているんだ・・・」
がくりと首を落とし、空のグラスを机に叩き置く。そんな彼の様子を、彼女は今にも泣きそうな表情で見つめる。
「暗黒戦争でドルーアの野望を討つため、マルス王子にこの身を捧げて・・・そして今は・・・大陸を征服しようとしていた、ハーディン王を倒すため・・・ただ、ただそれだけのために戦ってきたのか・・・」
「・・・・・・」
「しかし・・・・・・しかし私にとっては、その様な大義なんか意味のないものだっ・・・・・・。私が望むのは・・・ただ一つ・・・・・・・・・・・・エリス・・・・・・エリス様をお救いするため・・・、ただそれだけのために、戦ってきたんだっ」
がなるような口調で、彼は言った。心の奥底にある、本心なのだろうか。エリスの名が、彼の口から出るたびに、彼女は心が強く痛むのをおぼえる。
「だが、どうだ。・・・・・・エリス様はあのガーネフに再びさらわれ、メディウス復活の生け贄にされようとしている・・・・・・。私が今まで戦ってきたことは、何だったのか。・・・ハーディン王を倒し、エリス様をお救いすることが出来ると思っていたのに・・・。私の宿願が、ようやく叶うと思っていたのに・・・何もかも、水の泡になってしまうのか・・・・・・・・・教えてくれ・・・教えてくれリンダッ!」
そんな悲痛な叫びが、彼女の胸に突きささる。
「むなしい・・・むなしいよ・・・リンダ・・・」
卓の上に突っ伏して嗚咽を発する。肩が激しく震える。彼女の前では普段見せなかった、弱くもろい一面をさらけ出している。その姿こそが、本当の彼なのかと、彼女は思う。
「元気・・・出して下さい・・・・・・。そんなにマリクさんが悲しむと・・・私まで悲しくなります・・・」
どんな慰めの言葉も、彼女には思いつかなかった。
彼の悲しみと、彼女の悲しみは明らかに違う。
ただ、再会してから日が経つごとに、彼の表情から笑みが薄れて行くことだけは事実だった。
そして、彼女もそんな彼を見つめつづけるたびに、何かをしてあげたいと、強く思うようになっていった。
だが、エリスを慕う彼の心につけいるようなことは、出来なかった。今までは、理性がそれを抑えていたのだ。
そして、彼女はごく自然に、その言葉を口にすることが出来た。
「私が……私がそばにいますから……」
そして、そんなことを言ってしまった自分に気づき、彼女は突然そっぽを向き、真っ赤になった顔を隠した。彼は俯いていた顔を上げて、少女の後ろ姿を見ている。
「ありがとう・・・リンダ。同情でも・・・そう言ってくれると、うれしいよ」
同情という言葉が、彼女の胸を強くしめつける。
(同情なんかじゃ……同情なんかじゃないわ……)
再び彼の方を向いて、彼女はきっと唇を噛んだ。恨めしそうに、彼の瞳を見つめる。
「リンダって、本当に優しいな・・・・・・」
彼は微笑みながら彼女を見つめて言う。彼女は一瞬、どきりとしたが、それがアルコールのもたらす効果であるとするならば、寸分もうれしくはない。
それよりも、口を滑らしたとはいえ、本心が同情と取られてしまったことが、何よりもつらかった。彼の心は、行方知れずのエリスにいまだありと言うことが・・・。そんな彼女の気持ちを知ったのかどうかはわからないが、彼はまた口を開いた。
「酔っているから言うんじゃない。私の本心だと思って聞いてくれ」
「・・・・・・」
彼女は目と耳の神経を、彼の口許に集中させた。
彼はひとつ、大きくアルコールを含んだ息を吐くと、おもむろに話し始めた。
――――私は子供の頃からマルス様と親しく、実の兄弟以上に仲が良かった。
だけど、そのかたわらで私は常にマルス様に劣等感を抱いてきた。
マルス様は先代コーネリアス王の血を色濃く受け継ぎ、武芸にかけては抜きんでていた。
それにひきかえ、私は一向に剣の才がなかった。同じ頃から木刀を手にして打ち合い、ともに師事しながらも、私は一向に上達しなかった。
・・・自分の不才と、劣等感に子供ながらあせりを感じていたとき、私はエリス様に出逢った。
マルス様の姉上・・・・・・アリティアの、姫・・・・・・。
「・・・・・・」
彼女は小さくため息をついた。彼は続ける。
――――落ち込んでいたときに、エリス様は言って下さった。
『あなたは武術に関してはマルスに及ばない。でも、魔術に関してはあなたはマルス以上だと思う』と・・・。
私は目から鱗が落ちたように、目の前が開けてゆくのを実感した。
そして、その時のエリス様の女神のような微笑みは、忘れたくても忘れられない。
・・・私は誓った。エリス様を守るために、私は魔道を極める・・・って。
そして、彼は剣を捨て、魔道の総本山・カダインへと身を移した。
エリスの言葉通り、彼は天性の資質である魔術を磨きに磨き、兄弟子であるエルレーンを瞬く間に抜く実力を発揮して、伝承の超魔法エクスカリバーを継承するに至った。
それは全て、エリスを守りたいがための努力だった。
そして、暗黒戦争が起きた。
ドルーア帝国によってさらわれた愛しき女性を救うために、彼は立ち上がった。
戦後、自分の未熟さを痛感した彼は再び、カダインへと帰した。
だが、悲劇は再び起きたのだ。
英雄戦争の勃発。アカネイア帝国の裏に潜む暗黒司祭ガーネフによって、エリスは再びさらわれた。
彼自身も、嫉妬に狂っていたエルレーンに命を奪われそうになった。
「想いばかりが先走り・・・・・・結局私は、二度もエリス様をお守りすることが叶わなかった。ここまで来たのに・・・エリス様はいまだ敵の手にあるとは・・・不甲斐ない・・・不甲斐なさすぎる・・・」
彼の心に私はいない。彼女は話を聞いていてそう思いかけていた。
「だが・・・」
彼はそう思い込もうとした彼女の心を呼び止めるように、まっすぐと彼女のすんだ碧い瞳を見つめた。
「そんな私の心の支えになってくれる人が、不意に現れた。・・・ノルダの市場で、捕らわれていた人が・・・」
彼女は愕然となった。それが自分であることは言わずとも判っていた。
それよりも、彼が直接自分の名前を言わず、遠回しにノルダの話を言い出したことである。
その邂逅は、四年前――――マルス率いるアカネイア連合解放軍が、パレス間近のノルダを解放したときだった。
マリクは巡察使として奴隷市場の悪徳商人を弾劾し、売り出しにかけられていた人々を解き放つ任務に当たっていた。
そのとき、ひどくぼろぼろの姿で衛兵につきそわれてきた少女が、彼の前に現れた。
(もうあなたは自由です。今は戦渦のただ中にあり、この地は危ない。戦争が終わるまで、どこか静かな地へ隠れなさい)
だが、少女は何も答えない。彼は首を傾げたが、別に気にすることもなく、一言残して去ろうとした。
(両親が心配していますよ。では・・・)
間を置かず、少女は語気強く言い放つ。
(お父さん殺されたのっ―――――ガーネフに・・・・・・)
彼の足が止まる。そして振り返ると、少女は凛と輝いた瞳を、マリクに向けていた。瞬きひとつもせず、決意と覚悟を秘めた眼差しであった。
(君――――名前は)
(リンダ・・・・・・大司祭ミロアの娘――――リンダ・・・・・・)
彼は吸い込まれるように、みすぼらしい姿の少女に釘付けになった。
互いに何かを感じるものがあったのか、二人とも衛兵が声を掛けるまで、見つめ合っていた。
恋人同士の眼差しではなかった。ライバルが火花を散らすと言う感じでもない。
畏敬か、悲哀か。リンダと名乗ったその少女は、伝国の超魔法オーラの使い手として、参戦することになった。目的は父の仇敵・ガーネフを討つこと。
二人は互いに超魔法の伝承者として、息が合い、自然に仲が良くなった。
彼はエリスを救うことを目的に、彼女は仇敵を討つために。目標は違うけれど、通じるものがあった。
無意識に、ごく自然に、二人は親密になっていった。慰め、励まし合いながら、暗黒戦争を戦い抜いた。
仇敵は彼が彼女に助太刀して倒した。エリスは彼女が彼の力となり、救った。
互いの目標は、互いの力で達成された。二人とも、心から笑い合ってそれぞれの故郷に帰還した。
「君と出逢ってから、私は何度君に助けられてきたことか、わからない。何かに落ち込むたび、いつも君はそばにいてくれたよね。そして、そのたびに君は同情し、慰めてくれた・・・」
「そんな・・・私は・・・」
彼女の顔が赤くなる。たとえ酔っているとは言え、面と向かってそんなことを言われると、照れてしまうものだ。その証拠に、マリクという男は、普段はこんな事を話すような性格ではない。酔えば人が変わる。いや、変わると言うよりも、本当の自分が表れるとでも言った方が正解なのだろうか。
それでも、彼女はうれしかった。あの時の様子を憶えていてくれた。彼に惹かれている自分に気がつかなかった日々。彼はエリスのことだけを考えていた訳じゃなかったのだ。そして、彼から言われたことが、素直に受けとめることが出来た。
「私にとって、君は大切な人だ・・・・・・」
その言葉は多分、違う意味であろう。
「君がいなかったら、私はとうに挫折していたと思う――――エリス様を救いたいという思いも、挫折とともに消え去っていたに違いない。・・・だから、君は私の恩人だ。君は私にとって、かけがえのない、大切な人なんだ・・・」
彼女の心の中に、一点の不安がある。
彼は自分を女性としてみているわけではない。『かけがえのない人』とは、『かけがえのない親友』なのか、それとも『妹』なのか・・・。
「・・・そばにいてくれるかい? リンダ・・・」
その言葉に驚いて彼を見つめ直す。ようやく、アルコールが全身にゆき届いたのか、いきなり電源が落ちたように彼は卓上に頭を落とし、寝言のような感じの口調でその言葉をくり返す。
「マリクさん・・・・・・」
寂しげな微笑みを口許に浮かべて、彼女は意識が遠のいてゆく彼の横顔を見つめる。
花火がゆっくりと消えてゆくように、彼は言葉をくり返す。うれしかった。
『そばにいてくれるかい? リンダ』
酔っぱらいの戯言でも、それでもいい。
「ずっと・・・そばにいたい・・・」
恋する少女は、青年の耳元にそう囁く。青年は、うーん・・・と、幸せそうな息で答える。
そして、英雄戦争は終わった。
復活したガーネフはリンダによって塵と化し、四人の女司祭を生け贄に復活しようとしたメディウスは、再びマルスの鉄槌によって永遠に封じ込まれた。
囚われのエリスは、マリクによって目覚めた。
リンダはその様子を哀しげに見守っていた。愛する者との再会。何よりも感動する、美しき光景。
だが、彼女には辛かった。
もう、戦いは終わる。再び彼と離ればなれになる。そして、彼は宿願であったエリスのことを、一生守ってゆく・・・。
ずっとそばにいたい・・・。だが、そんな思いも、時は非情に過ぎてゆく。
そして、別れの時が来た。
「リンダ。今までありがとう・・・元気で・・・」
快晴のアカネイアパレスの城門で、彼は清々しい笑顔を見せ、握手を求めた。
「マリクさんも・・・」
彼女もそれに答えた。固い握手を交わす。久しぶりに見た、彼の笑顔だった。彼女も笑った。顔で笑い、心で泣いた。彼がゆっくりと道の彼方に消えると、途端に大粒の玉があふれ出してきた。
「うっ・・・ひくっ・・・・・・・・・」
諦めなければならない。だが、諦めようとすれば、ますます想いは募ってゆく。忘れようとすれば、彼との想い出が、鮮明によみがえる。葛藤に苛まれながら、彼女はその場に伏して、一人泣いた。壊れてゆく恋。神は二人を結びつけなかったのか・・・。
だが、彼女も、そしてマリク自身もそのときは気がついていなかった。やがて二人に訪れることになる、奇跡を・・・。