第7話 震える抱擁~安らぎが欲しくて~

「何―――――マリクが・・・」
 眉をひそめ、マルスは悲しそうな表情をして勅使副官の報告を聞いた。
「マリク――――君はそんなに私のことを――――」
 やり場のない悔しさが、マルスの心を支配してゆく。勅使の任を果たし、帰還するはずのマリクがその場にいない。副官だけを先に帰し、自らは所用があると言い残してパレスに居残る。これは立派な職務放棄である。シーマの勅命受諾の返書を得たとて、正使であるマリクの報告がなければ、勅命の意味がない。
 思えば、マリクはたびたびマルスの意向に対して反対の意志を示していた。
 マルスにとっても、マリクにとっても互いに『幼なじみ』であるがゆえ、かつては率直な真意を言い合えた。
 しかし、マルスの言葉が『至上の叡慮』――――つまり、アカネイア神聖王国の国主としての意向となってからは、一臣下であるマリクの率直な言葉は、『至上の意に反するもの』に変わっていった。
 マルスとしても、幼なじみであるマリクの言葉は誰よりも尊重したかったはずである。だが、もはや自分は権威のないアリティアの王子ではなく、十諸国を統べるアカネイアの至上なのである。いち個人の感情よりも、国を、大陸の安寧を思わなければならない。規律を重んじ、今以上に自分を厳しくし、一万諸侯の信服を得なければならない。アカネイアの至上位を継承してから、マルスは一段と強く、そう思うようになった。
 そして、その使命感は、一途で純粋なマルスをいとも簡単に変えていった。人民を敬愛する辣腕の英雄王と讃えられる中、もう一つの顔、優しき非情さ・・・。皆の意志に沿わない者、叡慮に従わない者に対する処罰を、ためらうことなく下すようになった。それは決して、その者の人生を大きく狂わすような重い厳罰などではなかったが・・・去る者は追わずと言った感じである。
「残念だが――――マリクにはもう・・・・・・」
 それでも、やはりマリクは誰よりも親しい幼なじみである。ためらいがにじみ出ていた。
「陛下っ!」
 マルスの言葉を遮るように、一人の青年武官が毅然と声を発した。
「ん――――ゴードン。何か」
 マルスは真顔でゴードンと呼ばれた青年武官を見る。ゴードンはやや険しい表情でマルスを見、拝礼してから口を開いた。
「畏れながら申し上げます。このたびの主教の行動に対するご沙汰、今しばらく猶予をいただかれた方がよろしいかと思います」
 アリティア宮廷騎士団・弓兵部隊長として暗黒戦争初期からマルスに従った古参の重臣の一人ゴードン。両戦争を共に戦い抜き、今や将軍カインと肩を並べるアリティア中枢の一人となっていた。
「主教殿は陛下ご不在中のパレスを勅使の任と重ね合わせて巡検し、陛下のご威光を臣民に示すため、滞在したのでしょう。無下な理由ではないこと、報告により明確です」
 しかし、ゴードンの言葉に憤怒したのは、言わずもがな将軍カインである。
「ゴードン。お前ともいう奴が何を言う。マリク主教の任はシーマ王女に対し陛下の叡慮を伝える勅使なんだぞ。巡検などという任は拝命されていない。これは完全に職務違反だ」
「主教殿は何も陛下に叛こうなどと考えているわけではないぞカイン。私たちが気づかないことを主教殿は気づかれ、善意をもって巡検されると言っているんだ。シーマ王女に対する勅使の任も果たした。職務違反どころか、かえって報わなければならないことだぞ」
 ゴードンの反論。しかし、誰よりもマルスに忠誠を誓っているカインはそうは思わない。英雄戦争終結後の国土復興期から、マリクとの間に見えない亀裂を生み続けてきたカインにとって、叡慮に従わないマリクを、どこか私情を絡めて嫌悪感を抱いていたのだ。
「任を果たしたことは当然のこと。俺が言いたいのは、なぜ副官を先に帰し、自分だけ残ったのかと言うことなんだ。巡検ならば副官も同道させるべきだろうが」
 その言葉に半ば勢い任せで反発していたゴードンは返す言葉もなく口を噤んでしまった。
「陛下。このまま放置されては皆に示しがつかない上、陛下のご威信にも関わります。エリス様には申し訳なきことですが、主教の行動はこれ以上黙って見過ごすこと出来ませんっ!」
 カインの大きな声が、座所を通り越してアリティア城中に延々と反響する。
「カイン、あなたの意向はよくわかった。マリクに対し罰を与えるにしても、姉上に相談をしなければならない。沙汰はそれからにする」
 マルスはそれだけ言うと、評議を終えた。

 アリティア本国でのマリクの行動に対する批判が、いよいよ表沙汰になってきたのを知る由もなく、彼は雨の中、ついにリンダと再会を果たした。その瞬間から、なぜか互いが無口になる。時が止まったかのように見つめ合う二人。雨に打たれながら彼はまっすぐに彼女を見つめている。すぐに駆けより、抱きしめたいはずなのに、何かに抑えられるように、彼の足を止めていた。同じように、彼女も雨に打たれる彼の胸にすぐにでも飛び込みたかったはずだった。
 互いの心に蓄積されていた万感の思いが、溢れ出てくる。怒濤のごとく流れ行く慕情が大河となり、二人の距離をもどかしくも近づけず、気持ちを更に増幅させる。
 二人とも切なげな表情をしていた。なぜか笑顔が浮かんでこない。思いは通じているはずなのに、うら悲しさが覆っている。
 そして、マリクはゆっくりと足を前に踏み出した。彼女に向かい、一歩、一歩。彼はまっすぐに彼女の瞳に向けられ、彼女もまっすぐに彼の瞳を見つめている。近づくにつれて、鼓動が速く、高鳴ってゆく。無意識に、互いの存在が大きくなってゆく。孤独という果てない不安の淵にある彼を、いつでも見守っていた彼女。本当に気づかないまま時が流れ、ようやく気づいたときは、あれから二年という月日が経っていた。
 彼女の目の前で、足を止める。身長はほぼ同じくらいだ。彼女は少し伸びたか。いや、気のせいだろう。変わっていない。
「やあ…………」
 かすかに表情を崩して、彼は言った。彼女はわずかの間の後、小さく瞼を頷かせる。
「久しぶりだね――――変わっていないよ――――」
 まるで確認を取るかのように、彼は言った。その声はどこか弱々しく、かすかに震えていた。寒さからくるものではない。何から話せばいいのだろう。言いたいことは限りなくあった。妹のように感じていた頃は、何でも気兼ねなく、率直に話せた。時には喧嘩もし、普段もどこか乱暴な口調で対していた時もあった。しかし、今は完全に違っていた。彼女を、必要な人、大事な人と気づいたとき、彼は心から彼女を大切にしたいと思うようになった。好きな人に対する気遣い――――。不思議と、エリスに対する気遣いとはまた違った、気楽な気遣いとでも言うのだろうか。
 二年ぶりの再会の開口一番が変わっていないよ――――などという言葉に、彼女は澄んだ瞳をわずかに潤ませて微笑むと、おもむろに額を雨に濡れた彼の胸に当てた。そして、堰を切ったように両腕をその背中に回し、彼にもたれかかる。驚いたように、彼は彼女の肩越しの背中に視線を送る。耳たぶに彼女の頬の感触を覚え、首筋に吐息を感じる。
「――――逢いたかった――――どうしようもなく――――逢いたかった――――」
 今にも消えそうなか細い声で、彼女は囁いた。その言葉が彼の心に火をつけた。そして、堰を切ったように、彼女の背中を強く抱きしめる。
「・・・・・・・・・・・・」
 やや驚いたような表情をする彼女。だが、すぐに瞳を閉じて自分も彼の背中に絡める腕に力を込める。
 今にも折れてしまいそうなくらい、彼女の身体は華奢だった。こんなにも細い身体で、あの過酷な両戦争を戦ってきたのか。こんなにも弱く、可憐な素顔を押し込めて、オーラを操り、仇敵を討つために信念を燃やしてきたのか。
 彼はそんな彼女を美しく、健気だと感じた瞬間、どうしようもなく愛おしくなった。あふれんばかりに、愛おしさがこみ上げてくる。
「リンダ・・・・・・」
 何度も何度も、彼はその亜麻色の長い髪を撫でた。この感触、覚えがある。・・・そうだ。彼女が自棄になって仇敵を討つって陣営を飛び出したのを止めたとき、なだめるために触れたことがあった。でも、あのときはそうすることがごく自然だった。泣きじゃくる幼児にそうするような感覚だった。
 でも、今日は違う。彼女の繊細で柔らかな、まっすぐな髪の感触。彼女をそこに感じられる、世界でたったひとつの愛おしい感触。ほのかな花の香り。気づかなかった、不思議な心地よさ。
「ああ・・・・・・」
 彼女は切なげなため息をついて、飽きることなく彼のうなじに頬をからめる。脱ぎ捨てたとはいえ、衣服に染みた、宮廷の正装の匂い。それよりもマリク自身の髪の匂いを感じている。そして、かすかに震えている雨に濡れた冷たい身体。

 互いがこうして無言で抱きあっていると、いままで心を覆いつくしてきた、よるべない不安がゆっくりと解されていくような気がした。そして、その隙間をあらたに埋めてゆく、不思議な高揚感。どんな障害にも立ち向かって行けそうな、無敵の勇気。たとえそれが一時的な感情であっても、たとえそれがまやかしであったとしても、今二人は確かにここにいる。二年という、短くも長い年月を経て積み重なってきた思いに引き寄せられて、再び巡り会った。今度は戦場などではなく、一人の男、一人の女性として。それは夢などではなく、はっきりとした、現実。
 雨が彼女の法衣をも濡らしてゆく。瀟々とつづく雨音だけが包む、静かな聖都。そこはまるで二人だけのために用意された、別世界のようだ。
 彼がそっと彼女の細い両肩を前に押す。至近距離で見つめ合う。潤んだ瞳はマリンブルーに立つ宝石の飛沫。雨は涙をも隠すが、彼女が泣いているのを、彼ははっきりと確認した。間を置かず、彼女の瞼がゆっくりとおろされてゆく。
「・・・・・・・・・・・・」
 彼は道を外そうとしている。エリスという婚約者がいるのに、今、他の女性とこうしている。だが、彼はそんなことは思わなかった。勅使の任を放りだしたとき、すでにエリスに対する裏切りを覚悟していたのだろうか。それとも、それ以前からマルスと訣別するということを決断していて、彼女のもとに奔ったのか。もはやそんな難しいことを考えることはしなかった。ただ、これだけは言えるような気がした。取り残された宮廷はもう、彼にとっては孤独で窮屈な存在だったのかも知れない。身勝手だ、裏切り者だ、背信の徒だ――――言いたければ言ってくれ。私はただ・・・
(安らぎが欲しい――――あの頃の私たち――――辛い戦争の最中にあっても、絶えることがなかった、心休まる時を――――)
 彼の心はずっと、そう悲鳴を上げていた。彼自身、今までそれに気がつかなかった。マルスに忠義を貫き、幼い頃から慕っていたエリスを得て、上辺の満足だけに驚喜し、奥底にくすぶる焦燥を放っていた。そして、それはゆっくりと彼の心に燃え広がり、見渡す限りの焼け野原になるところだった。
 そんなときに、マルスがシーマへの勅使を彼に命じてくれたのは大いに良かったのかも知れない。シーマの言葉に彼は気づき、自分の本心を知って、ここに来たのだから・・・。
 薄く閉じられた彼女の瞼が小刻みに震えている。身体は冷たくも、なにより心が温まる彼の腕に包まれながら、彼女は思っていた。彼が来てくれたという幸福、そして、エリスに対する慚愧の念・・・。女性という生き物は、どんな状況にあっても物事を深く考えられる繊細さを備えているのだろう。彼に抱きしめられている現実。それはたとえひとときでも、彼をエリスから奪っていると言うことになる。心に住む天使がいけないことだと叱責している。かたや悪魔がエリスに対する嘲笑を送っている。葛藤が彼女の心を甘く切なくしめつける。しかし、決して彼の腕を引き離すことは出来なかった。いや、しようなどと寸分も思わなかった。ずっと、思い、慕い、恋しつづけてきた彼。夢にまで見た彼のぬくもりを、決して忘れない、カダインで慰められたときの彼の優しい暖かさを、再びこうして感じられる喜び。何よりも大きい。
 何もかもが初めての純朴な少年のように、ぎこちなく、彼は彼女の小さな額にそっと唇を当てる。それは、はた目から見ると子供にするような挨拶のキスだった。しかしその瞬間、彼女の身体に電流のような衝撃が奔った。額からうなじを通り、背筋を下り、細く長い脚を伝い、つま先まで・・・。破裂しそうな胸の鼓動。きゅっと結ばれ、わずかに突きだした薄い唇が小さく開き、愛情に火照った吐息が漏れる。
 無言。言葉はいらない。互いに思うことは言葉などなくても十分に伝わる。誰よりも一番近い心を持つ二人には、何を求めているのが瞬時に判る。
 彼女は一瞬、長い睫を上げ、彼の顔を見た。濡れて額に張りついた、エメラルド・グリーンの髪、閉じられた瞳、やや赤らんだ色白の肌。哀しく、切ない、今にも崩れ落ちそうなほど、弱々しく、寂しい表情をしている。まるで熱病に取りつかれた幼児のようにも見えた。
(マリクさんって―――――こんなにも―――――)
 今度は彼女の心に火がついた。それまでたどたどしかったそぶりが一転、細くしなやかな両の腕を項垂れる彼の首に回し、軽く結ばれ、やや紫がかった唇に自分の唇を重ねたのだ。積極的、わずか数秒のこと。今度は彼の方が愕然となった。突然、唇を覆った柔らかな感触。今まで体験したことのない、甘美な感触。それが小刻みに震えるたびに、背筋を貫く淡く愛おしい電流。それは彼女も同じであった。はっと気づいたとき、自分のしたことに驚きとためらいを感じた。数秒後、彼女は顔を離し、恥ずかしさのあまりうつむく。その仕種が少女のあどけなさを残し、何とも言われないほど可憐で美しかった。
「リンダ・・・」
 彼女の耳元に優しく囁く。彼女が切なそうに小さくため息をつき、わずかに顔を上げると、彼は瞬間、彼女がしたことを返す・・・。こういうとき、互いの瞳が閉じるのは人の本能なのか、それとも無意識なのか。お互い、何かに取り憑かれたように離れない。音を立てて、速まる胸の鼓動が聴こえてきそうだ。飽きが来ない。むしろ、ずっとこのままでいたいという気持ちが生じて、二人を更に惹きつける。そして息をつくために一旦、離れた二人。そして何を思ったか、彼は再び、今度は彼女の柔らかな頬、そして白く細い首筋にむさぼりついた。彼女の身体に、今までとは違った強烈な痺れが奔る。腕が勝手に彼の頭にからみつき、離すまいとする。
「待って・・・・・・ここじゃ風邪をひいてしまう・・・・・・」
 無意識に発した言葉。その言葉に彼は身体を離し、半ばうつろ目で彼女を見つめ、小さく頷いた。
 いつしか、二人は雨に満身を打たれて、びしょぬれになっていた・・・。

「――――と、いう訳です」
 マルスは姉エリスの部屋で上座の姉に対し、直立のままマリクの処遇についての陳情をした。それは、主教の地位からの降格、ならびにエリスとの婚約凍結。マルスなりに個人の情を容れた決断。しかし、それはエリスにとって見ればかなりの厳罰だ。主教の地位を降格されるのはまだいいとして、婚約凍結は尋常じゃない。マルスからすれば、婚約破棄とまで考えなかっただけでも、十分な穏和な処遇であると確信していた。マリクがしばらくの間蟄居謹慎し、反省した後で、華燭の典をと深慮したつもりだった。
 エリスはいつものような優しい微笑みを絶やさずとも、明らかに嘆息していた。
「それは、ご叡慮なのですか――――」
 マルスは答える。
「姉上がよろしければ、そのように捉えても構いません・・・・・・」
「・・・・・・」
 エリスはじっと、跪く弟を見つめている。とうとう、心配していたことが明るみに出てしまったか。幼い頃からマルスとマリクの二人を見つづけてきたエリスにとって、英雄戦争後から二人の間が徐々に離れてゆくのを、誰よりも強く感じていた。そして、二人の親友としての絆が固ければ固いほど、一度切れてしまえば、修復は難しい。それも、ただの喧嘩だけならばいず知らず、思想・考え方の違いで壊れるようなことになれば、大変なのだ。だからこそ、あのとき、エリスはマリクに言ったのだ。『どんなことがあっても、マルスの力になってあげてくれる?』と。マリクを愛するがゆえに、言えた言葉。しかし、マリクは言葉をつまらせていた。そのとき、エリスは二人の行き違いをかいま見てしまったような気がした。自分の力不足で、今、弟――――アカネイア王国至上の言葉を聞くことになってしまったのは慚愧に耐えない。
「私は――――マリクの妻として、夫についてゆくという覚悟を決めております――――」
「それは承知しております――――ですから、姉上のご意向をお聞かせ願えればと思いうかがいました。忌憚のないお言葉をお願いいたします」
 マルスが軽く頭を下げると、エリスはひとつ長いため息をついてから言った。
「私が思うところを述べても、陛下はご叡慮をお変えになられるつもりはないのでしょう・・・」
「・・・・・・はっ・・・・・・」
 マルスは肯定も否定もしない。エリスは淡々とした表情で語る。
「主教位の陥落は致し方がありません。マリクもそれは納得するでしょう。あとのことは――――」
 そこで言葉をつまらせる。マルスはわずかに目を伏せてうつむく。
「姉上のご意向、確かに承りました。マリクに対する沙汰は出来うる限りのことはいたします。どうか、お心安らかに――――」
 そのようなことを言っても、心安らかになるはずがない。わざわざマルス自ら出向き、婚約者に対する処罰を伝え、出来うる限りのことはするとはどういうことなのだろう。処罰を免する気でもあるのだろうか。言い換えれば、暗にマリクを諦めろと言うようにも聞こえる。エリスは穏やかながらも、熱い口調で語った。
「・・・陛下は昔から誰にでも優しく、皆から慕われてきました。そしてマリクも、自分のこと以上に陛下を思い、私を思い、力を尽くしてきました。あの忌まわしい二度の戦争で、私は二度囚われの身となり、マリクの強い想いに救われ、その愛を知りました。陛下もあの戦いの中で、マリクとの絆の強さを痛いほどわかったはずではありませんか。・・・このことは勅使の大任に沿わないことであったにしても、シーマ様に対する任は果たされております。何も目を逆立てて咎めだてることもないとは思いませんか――――?」
 エリスの言葉を直立のまま、じっと聞いているマルス。
「陛下とマリク。お二人の力がひとつにならなければ・・・・・・、アリティアの――――いいえ、アカネイアの真の再建は成り立ちません。・・・・・・お願いです。御自ら、友情に亀裂を生じさせるようなことはお避けになって下さい・・・・・・」
 エリスは涙声で訴え、頭を下げる。本心からの哀願だった。マルスは弟に頭を下げる姉の姿に心痛むものを感じていた。しかし、今のマルスにかつてのごとき熱き私情はない。
「今の私とマリクは『君臣』の間であり、『友人』ではございません。その上、常々よりマリクは私や廷臣たちの意に帰すことをしようとはせず、公の立場よりも個人の視点から意見を述べており、廷臣・人民の多くが不満を抱いております。私としても、かつての友誼からマリクを庇ってきたつもりです。しかし、私の不徳から臣民の不満は抑えきれず、このような仕儀と相成りました。姉上のお言葉は重々承知しております。私としても考慮の末での答えなのです・・・・・・」
「・・・・・・」
 淡として答えるマルスの言葉に、エリスは瞳を伏せた。そして、自分の力不足を怒る気持ち、また一人の女として、愛するマリクを救いたいという想い。反対に、大陸を統べる至上の叡慮は守り通さなければならないという想い。二つの想いの矛盾に戸惑う気持ち。この二つの感情が心を暗く曇らせた。王の姉という立場は実につらい、つらすぎる。
「パレスを巡検するにしても、副官たちを先に帰したのがまずかった――――。マリク・・・パレスに何があるのだ――――」
 ふとそう漏らしたマルス。エリスはその言葉を聞き、何かを考えた。そして、気がついたようにはっと顔を上げた。
(マリク――――パレスには―――――もしかして・・・・・・)