第4章 カレギアの謝肉祭(四)

 初夏。一年の殆どを濃霧に覆われる大都も、数える日、空気が澄み、抜けるような青天を望む。
 それがカレギアを賑わす謝肉祭の始まりに相応しく、殷賑と幻想が調和する不思議の都を、一段とビート感に満ちさせてゆくのだ。
「きゃっ!」
 普段とは格段に多い、桟橋を流れてゆく人の波に弾かれて、クレアはよろけてしまう。
「クレアッ」
 咄嗟に片腕でその華奢な身体を抱き留め、ヴェイグはもはや衆流の彼方に消えてしまった犯人の方を睨みつける。
「はぁ――――ごめんなさい。ちょっと、ぼうっとしてたみたい」
 苦笑を浮かべながら、クレアはそっと身を正す。ヴェイグの腕から、心地よい軽さが抜けてゆく。
「いや、お前は悪くない。お前にぶつかった奴が――――」
 表情を曇らすヴェイグ。クレアはきゅっと青年の腕を両手で包み込むと、大きく息をつき、明るい口調で言った。
「もうっ――――良いの。ありがとう、ヴェイグ。でも……ちょっと、心配しすぎよ」
 微笑みが眩しい。どうしようもなく、胸を突く。
「……すまん……」
「ん……もう、ほらっ、行きましょ、ね?」
 困惑したような表情でクレアがヴェイグの腕を引っ張る。
 清澄たる大都外門バルカ港は、濃霧に包まれた普段の時とは比べ物にならないほどに美しい空と海の燦めきを映す。謝肉祭に賑わう人々の喧噪も、この時に至っては良い音曲のひとつだ。
 アイフリードの薫陶を受けたとされる吟遊詩人キャンパルスの詩集に謳う、『その霧の盖(ふた)、珍貴の回廊に通ず。青の一天まさに玄公(ランドグリーズ)巡遊の神海たる……』
 その喩え通りに、この時のバルカの景色を見ることが出来るのは幸運としても過言ではない。
「すごくきれい……」
 クレアが桟橋に佇み、波間の燦めきに魅入る気持ちもわかるのだ。ヴェイグはクレアのためならばどんな時間も厭わない。気の済むまで海を見続けているクレアを、ただ見守り続けることに、安堵を覚える。
 クレアはふと我に返る。じっと見守り続けている青年の様子に気がつき、半ば慌てて肩を竦める。
「あ……ごめんなさいヴェイグ。私ったら、つい……」
 するとヴェイグは微かに微笑みながら首を横に振った。
「海が好きならずっと見ていてもいい。俺はお前をずっと見ているから……」
 本当ならば、そんなセリフは乙女の心を捉えて止まない色気に満ちた物であるはずなのだろうが、ヴェイグには全くそんな甲斐性はない。額面通りの心境。だからクレアも失笑とため息が交錯する。
「ありがとう。……でも、もういいわ。今日中にはバルカに入らないといけないんでしょう。ユージーンさんとの約束は、守らないといけないわ」
「無理……しなくても良いんだ。疲れたら、休んでも構わない」
 するとクレアはふうとため息をついて小さく首を横に振った。
「だめ。それに疲れてなんかないわ。うん。ほら、こんなにきれいな海の景色見ていたら、かえって元気になっちゃったみたい。くすっ。もう、どこまででも歩いて行けるぞーみたいな、ね?」
 くるりと身を翻すクレア。金色のわずかにくせがある長い髪が、潮風に揺れ、瞳が景色に融けてゆく。
「わかった……クレアが、そう言うなら」
 ヴェイグの腕に掌を重ねるクレア。しかし、その眼差しはそこはかとなく寂しさに滲んでいた。

 バルカ中央公路、外門市場。普段から元々貿易品の木箱やコンテナ、油紙包にナンキン袋などが乱雑に敷き詰め、積み上げられ足の踏み場もないほどだと言うのに、時期も相まってより一層、人や物で埋め尽くされている。馬車や石炭駆動車などが往来する車線にすら物資の山が築き上げられ、ある意味そこを仕切にして、人がひと晩寝泊まりできそうなくらいだ。それほどにはた迷惑な感すらある。
 ヴェイグはクレアを庇いながら、わずかな通路の隙間を縫ってゆく。
「この辺りを通ると、久しぶりにティトレイさんの“舟盛り”を食べたくなってくるわね」
「舟盛り……ああ。そう言えばティトレイの自慢料理のひとつだったな」
「ヴェイグは嫌いなの?」
 あまり乗り気の様子ではないヴェイグに、クレアは首を傾げる。
「いや、そう言う訳じゃないんだが……ふぅ」
 多くを語りたがらないヴェイグ。クレアは気にはなったが、深く訊ねようとは思わなかった。
 その時だった。
「あっ!」
 明らかに周囲のざわめきとは違う頓狂な声に、ヴェイグとクレアの意識がそこに向けられる。
「?」
「…………」
 それは物陰に軌跡を残す。首を傾げるクレア。
 しかし、ヴェイグは一瞬眼差しを泳がせて思いを巡らせ、小さく息をつく。そして、半ば呆れ気味に瞳を伏せると、ゆっくりとそちらの方に近づいた。
「何をしている、アニー――――」
 積まれたナンキン袋の間に挟まるように身を潜める少女に向かい、ヴェイグは呆れたようにため息をつく。
 そして、「ぎくっ」と、はっきりとわかる驚きの声を上げて、肩を竦めたアニーはヴェイグと視線が重なる。
「ヴェ、ヴェイグさ…ん……」
 そして、意味もなく、ただ苦笑が浮かぶ。
「袋の間に隠れるのが好きなら、止めはしないが」
 ヴェイグがそう皮肉ると、アニーは表情に悲愴な色を湛えて、必至に首を横に振ろうとする。しかし、袋に邪魔されて、首が動かない。
 見るに堪えないとばかりに、ため息まじりにヴェイグはそっと腕を差し出す。
「え……?」
 驚き、一瞬呆けるアニー。囚われたように、ヴェイグの腕を見つめる。
「何だ、やはり心惜しいのか」
「そ、そんな訳ありません!」
 ヴェイグの揶揄にアニーは思わずそう声を荒げると、それまで逡巡していたのが嘘のように、難なくヴェイグの手に自分の掌を重ねたのである。
「…………」
 ヴェイグはアニーの手を握りしめると、徐に腕を引き、ナンキン袋の仕切と化していた少女を解放する。
「…………」
 アニーがほうと息をつくと、不意に意識を手元に向けた。そして、しっかりと握りしめられたヴェイグの手に気がつくと、みるみるうちに顔が赤くなり、まるで羮に触れたかのように、弾くようにしてヴェイグから手を放す。
 ぱしんと、甲高い音が、一瞬響いた。ばつが悪そうに、アニーはわずかに視線を逸らしている。
「お久しぶりね、アニー」
 攪乱するアニーの心を知らずか、クレアがくすくすと笑いながらアニーに駆け寄る。再会の喜びを込めてクレアは白く華奢な手を差し延べる。
「あ……クレアさん……」
 しかし何故かアニーは一瞬、戸惑う。
「お久しぶりです、クレアさん」
 三年ぶりの再会。しかし、アニーは一方的に笑顔が硬いような気がした。心の動揺を抑え込むように、懸命に微笑みを繕おうとする。
 クレアはアニーに向ける視線を頭上から爪先へとゆっくり下ろしてゆく。そして、感心したようにため息をついた。
「ふふっ、綺麗になったわね。アニー」
「え、えっ、ええ……?」
 不意に誉められ、アニーは狼狽する。
「ん? どうかしたのか、クレア」
 ヴェイグが二人を見比べながら首を傾げていると、クレアは半ば失望を滲ませたため息をつく。
「ふぅ。ヴェイグは仕合わせね。……それでいいんだけど」
「?」
 ヴェイグはクレアの言葉の意味がわからず、何処か間抜けに眉を寄せていた。

「えっと……改めまして、お久しぶりです!」
「元気そうで何よりだ、アニー」
「会えるってわかっていても、実際に会うとやっぱり嬉しいものね」
 仕切り直し。今度は“普通”に再会を喜び合う。これがなかなか上手く行く。
「これからウエスタリアにでも行くのか」
 ヴェイグの問いに、アニーは強く首を横に振る。
「違います。その……、謝肉祭の期間は政庁が一般開放されるので、特に食材がいつもより多く要りようなのです。厨所の在庫じゃ足りなくて……」
「カレギア城を……。ミルハウスト、さすがだな」
 何故かそこでミルハウストを誉めるヴェイグ。
「もう、ヴェイグったら。……それで、わざわざアニーが自ら買い出しをしてるって訳ね」
 ヴェイグに呆れながら、クレアが小さく息をつく。
「お城でじっとしているよりは好きですから。……それに――――」
「それに?」
 思わず言いかけて言葉を呑み込むアニー。
「え、えっと……ご、ごめんなさい、何でもありません」
 目の前に翳した手のひらを左右に振り否定するアニーを首を傾げて見るクレア。
「ところでアニー、他の皆はもうバルカに来ているのか」
 ヴェイグが訊ねると、アニーは少し迷いがちに頷いた。
「まだ直接会ってはいませんけど、ティトレイさんは先日到着されたみたいです」
「ティトレイが――――そうか。マオは? 確かあの後、別れて旅に――――」
「マオのことはユージーンが知っていると思いますけど、多分、バルカにはまだ来ていないと思います」
 するとヴェイグは納得したように頷く。
「あいつらしいな。おそらく今頃は約束忘れて慌てているのが目に浮かぶようだ」
 ヴェイグの呟きに、クレアとアニーが苦笑いを浮かべた。

イースタリア民主東方人民自治州

東都・キョグエン

 その風光明媚さから、“風雅宮”と異称を誇るほど、まさにキョグエンは東方文化の枢機である。
 かつてはカレギア全土から蒐集した珍品・名品をオークションにかけるなど、東都随一の富豪・王斤(ワン・ギン)が領主格として実質支配していたが、彼には人身売買などの黒い噂が絶えず、ユリス出現の混沌の中で王斤は横死。その後、王斤の腹心格であった向侯(クウ・ホウ)という人物が仮の領主の座に就いて久しい。
 キョグエン一の美景・玉華(ユイファ)湖に掛かる『紅橋』の中央で、朱塗りの欄干に凭れながら空を仰ぎ、ハミングを綴っている紅髪の少年が、無粋に忙しなく往来している人々を興味半分な視線で追っている。
「う~ん、何か雰囲気、ぶちこわしなんですけど……」
 諍いやら怒号・罵声を時々に、何よりもどすどすと、決して感じの良いとは言えない無骨な足音を乱しながら、マオの側を過ぎては近づく。これでは折角の風雅宮の雰囲気も台無しであろう。
「向侯を降ろせ、戀唱(レン・チャン)こそが東都の主。そもそも向侯は王斤の手下ではなかったか」
「何を言うか。向侯殿は王斤とは違う。戀唱ような若輩に誇り高きキョグエンを任せられるかこのたわけめ!」

 ……たんっ……

 マオが身を躍らせ、その場から離れる。
「これじゃゆっくりするどころか、下手をすりゃ巻き込まれてしまうかも」
 さすがのマオも無意識のうちにため息が漏れる。
 マオがキョグエンに逗留して三月ほどが経ったが、ここ最近特にキョグエン市民の間での諍論が目立つようになってきた。
 それは以前のようにヒューマとガジュマという二種族同士の紛争の余波というものではなく、王斤の後を継いで東都経済再建の旗手となっている向侯派と、もうひとつの対抗勢力であろう、戀唱派との諍い。ヒューマとガジュマという枠に囚われてみるならば、両派にそれぞれ同じほどの人数がいる。同族同士でも時に胸座をつかみ合って喧嘩をする姿が見受けられた。
(超然とした雰囲気だったのは上辺だけ。王大人〈ワンターレン〉の時から、いざこざはあったんだよ。ま、大人が死んでしまってからもしばらくは良かったんだけどね。最近何があったんだか、急にみんなガサガサしてきたようだよ。全く、神農祭ももうじき最高潮に達するというのに、無粋なもんだよ)
 滞在している青狼酒家(チンランチウチャ)の主人がそう言って嘆息していたのが印象深かった。
 玉華湖の外れに、リンドブロム王家縁の風雅宮外苑が広がっている。カレギア王国隆盛期には王室諸公の避暑地として栄えたものであったのだが、王国解体後は手入れも十分に行き届かず、葦や葭などが鬱蒼と生い茂っていた。
 その“葦密林”の中には玉華湖の清流が注ぎ込む中規模の池が広がっていて、水鏡に映す望月は風雅宮の面目躍如といったほどであったという。
 しかし今はその通り、人一人としてそんな雅を愉しむような奇特な者はいない。
 若者のデートコースにしては余りにも殺風景で、下手をすれば、肩から腕、胸元や太股など、若い女性が自慢のスタイルを大衆にアピールして止まない露出の肌を、藪蚊や虻、蚋などの吸血虫に、さも豪華な食事と大盤振る舞いと洒落込んでしまいかねない。食い散らかされた跡には、真っ赤に腫れ上がる見るも無惨な美肌かと。そんなことになっては自慢の恋人は形無しである。
 マオはそんな荒れ地の辺に腰を落ち着かせた。巷街の喧噪に較べれば実に幽寂な雰囲気に満ちて、葦のざわめきもさながら川のせせらぎに匹敵するだろう。
「ユリスが滅んでも、そうカンタンにはいかないって事かなぁ」
 まるで少女のような薄く形の良い唇を尖らせて、マオはふぅと息を吹いた。
 人の浅ましさ。マオ自身がフェニアの分身のような存在だからなのか、ユージーンと出会い、ヴェイグたちと旅をしていてずっと心の奥で感じていた思いや疑問が今、特に強く心を捉えるのだ。
 ヒトではない。それが判った時でも、マオは人を嫌いになることはなかった。逆にヒトではないからこそ感じること、目に見えるものがあると言うこと。それがマオ自身であると言うことを、ヴェイグたちに諭され、勇気づけられてきた。
 マオは自らの意志でカレギア見聞の旅に出た。ユリス追討の勇者の一人として、大憲章の創案に携わることを敢えて辞し、半ば“気まま”な旅への欲を求めた。
 ヴェイグたちとの旅で廻った世界を一個の“マオ自身”として見てみると、視界を照らす光、空の青が一層クリアに、時に濁ったりと、また違った感じがする。行き交う人は見違えど、景色や雰囲気は大きく変わらないのに、確かに何かが違う。だから、行き先が常に新しい。不思議なほどに高揚感に満ちてゆく。
 キョグエンには何故か惹かれた。まるで弱い磁力に引きつけられるかのような安心感に似たものをマオは朧気ながら感じていた。そうでなかったら、他の街の三倍以上も同地に留まるなんて事はしないはずだった。
 中池の辺で横たわり空を仰ぐ。暖かくて、抜けるような青い空だった。
 この地から少し北の山を抜ければ、北都ノルゼンの地、極寒の地域なのだ。それすら忘れ去ってしまうほどに、ここは温和な風が吹き抜ける。
「…………」
 しばらくマオは微睡みかけた。
 しかしその合間、強く奇幻な気配をマオは感じ取った。一瞬にして睡魔が吹き飛び、上体を起こす。
 束ねた紅髪を風に揺らしながら、中池を向く。
「…………?」
 奇幻な気配は、決してバイラスのような邪悪なものではなく、神々しいと言うよりも、寧ろ非常に懐かしく、親しみ慣れたものだった。
 マオはしばらく首を傾げて思いを巡らせ、やがて自然に長いため息をつき、ゆっくりと周囲を見廻してから、中池に向かう。
「いるんでしょ? 隠れてもムダだよ」

 …………

 一際大きく、玲瓏たるマオの声が凛然と響く。しかし、気配は万象の気に潜むかのように揺り動かない。
 マオはあからさまに大きなため息をつき、美しい瞳をわざと暗く濁ませてもう一度声を上げる。
「お母さ……フェニアには黙っててあげる。ゲオルギアスに見つかったら、むちゃくちゃ怒られるよ?」

 …………!

 湖面がざわついた。明らかに気配が動じた。
(て言うか、もうとっくにバレバレー――――なんてネ)
「ボクに気配読めないわけないじゃん。ね、シャオルーン?」

 ざわざわざわ……

 まるで観念したかのように湖面が波立ち、次の瞬間、白い飛沫が舞い上がり青天に虹を作った。
(ちぇ――――ッ、やっぱりマオには敵わないや)
 とても無邪気で幼さが残る凛然とした少年の声。それでいて聴く者に厳しさをも感じさせる不思議な音。
 遠く澄み渡った青天に一体、蒼き神龍の体(てい)が浮かぶ。深き青の額の晶石、その腕に抱く、生命を育むマリンの宝玉。陽光に輝く美事な白銀の鬣。荘厳な神の御姿を見るも、両の瞳はつぶらで吸い込まれるほど深く澄んでいて、まるで汚れを知らぬ人の子のよう。
 この神体こそ、世界創世の大元素にして、カレギアを太古より見守り続けてきた、六聖獣の一、水の大守護シャオルーンである。
「“ちぇー……”じゃ、ないと思うんだけど。……なんでキミがこんな所にいるの?」
 素朴な疑問を投げかけるマオ。
 ユリス滅亡の後、シャオルーンを始めとする六聖獣、そして聖獣王・ゲオルギアスは、強大な思念ユリスを倒し、ヒューマとガジュマ、いわゆるヒトの融和を誓うヴェイグたちの意を信じ、カレギアの地を去ったはずだった。
 マオも、やっと再会を果たした“母”フェニアと別れ、ヴェイグたちと同じ道を歩んでゆく涙の決意をした。聖獣たちとの別離は感慨深く、マオにとっては何よりも辛く感動的なものであった。
 二度と会えない聖獣たち。しかしフェニアとは時々だがその声を聴き、意志を通じることが出来た。マオの潜在にある能力がまたひとつ目覚めた形だったのだ。
 しかし、そんな一種の“諦め”も、こういう形で“裏切”られ、何よりも仲間たちと一番身近にあって会話もしたシャオルーンと再会できるとは、マオにとって怒りや呆れも通り越してしまう。
(あぁ――――それは……)
 泰然としたシャオルーンの表情。しかし、声は明らかに躊躇している。
「なに、ゲオルギアスたちとカレギアを去ったんじゃなかったの?」
 マオの問いに、シャオルーンは一度体躯をくるりと廻してマオに向き直る。
(忘れものさ。そう、ちょっと忘れものをしちゃってね。それで、ボクひとり戻ってきたってわけさ)
「ふーん……忘れものね。それで、見つかったの? “ワスレモノ”」
 マオの顰め面。しかし、それは逆に嬉しさに満ちあふれている。
(それが、まだなんだよ。困っちゃってさー、どうしようかなーって)
「人智を超えた聖獣さまも忘れものに困っちゃうことがあるんだね。なんだったら、手伝ってあげても良いんだけど」
(本当かい、マオ。すごく助かるよ、それ)
 シャオルーンが軌跡を描きながらマオの側に舞い降りる。
「……それで、わざわざ他の聖獣たちから別れてカレギアに戻ってきた理由って何。教えてくれても良いでしょ?」
(うーん……いいけど。それよりマオ、キミの仲間の元に行かなくても良いのかい?)
 シャオルーンの言葉に、マオは首を傾げる。
(カレギアは年に一度の謝肉祭の時期を迎えている。今年は特に、ヒトが新たに歩み始めた歴史を祝うために盛大に催されるみたいだよ。ヴェイグもバルカに呼ばれている)
 シャオルーンの言葉を聞いた瞬間、マオは聖獣にキスするかのように顔を近づけ、叫んだ。
「ああ――――――――! すっかり忘れてた!」
 その極超デシベルの音波に中り、心なしかシャオルーンの身体がピリピリと痙攣している。
 当然、超ダッシュの勢いでバルカに戻りたい意向のマオは、仲間たちとの旅ですっかりと馴染んだ聖獣の背に与る代償として、聖獣たちへ対する弁護を引き受けざるを得なかった。
「ねえ、シャオルーン……」
(んー?)
「ボクがキョグエンにずっといたのって、もしかしてキミが……」
(あはははっ……)
「笑って誤魔化すの、やめてよね――――」

 でも…………

(また君と会えるなんて、ウレシイかも)

 柔らかな白銀の鬣が、心地よかった。