第12章 追想の杯

 振り返れば、とても懐かしくて眩く、少しばかり恥ずかしい気分だ。
 思えば『王の盾』という厳しい環境。互いに“仲間”という意識が強い中で、果たして男女関係を特に意識させるようなきっかけはなかなか生まれないものだった。
 普段の会話も、やはり国家を語る。王国の遐代を守護すべき藩屏たる彼ら精鋭は、やはり《公私》をきちんと区別していた。いや、していたと言うよりも、させられていた……と言った方が、正しいかも知れない。
 ヒルダとオスカルは、“元同僚”という意識もあったのか、意外にも話題がかみ合ったのだ。
 長くも短くも、同じ釜や鍋で炊かれた食事をした間柄である。互いに惚れた腫れたを意識しての、妙ちきりんな気遣いは生まれなかった。
 しかし、ヒルダの履歴に触れたティトレイは、何故か落ち着かない様子だ。
 謝肉祭の熱気に与る政庁も、執務が終われば大小なりの宴楽の場が出来る。勿論、政庁での酩酊は無意識なりとて出来るわけではないのだが。
 政庁食堂の露台に、二人は笑顔を交わしながら、グラスを傾けていた。
「あの時のことで、随分と君を苦しめたか」
 オスカルが不意にそう話題を振る。しかし、ヒルダは全く動じること無く、笑ってこう答えた。
「そうね。正直言えば、全然苦しくなかったなんて、言えないかも知れない。……でも、私って運が良いわ。あれから、そう……色々あったけど……ヴェイグや――――ティトレイ達に遇えた。そして、現在がある」
 言葉を止めて、ヒルダは円卓に置かれている葡萄酒の瓶を手に取った。そして、それをゆっくりとオスカルが手にするグラスに注ぐ。
 愁色をたたえ、伏し目がちに瓶を傾けるヒルダの表情は、さすがのオスカルも綺麗だと思ったに違いない。
「ランブリング後翼校尉!」
 突然、武官礼の口調で、オスカルが声を張り上げる。
「は……はい、ダジュール中尉」
 思わず、ヒルダもオスカルに倣い武官時代の口調になってしまう。
 互いに、聊か酔いが回っているようだ。
 オスカルはヒルダを真っ直ぐに見つめて、真一文字に結んだ唇を開いて話した。
「言葉が足らなければ、よくよく人を傷つけるものだと、随分前に気がついたものだった」
「……あなたはいつも、言葉足らずでしょ。よく、それで上官から誤解されていたわね」
 思い出したかのように苦笑するヒルダ。
「上官ならば幾らでも盾突けたろう。だがヒルダ――――君への言葉足らずは、今も時々、悔恨の情に囚われる」
「あら。あなたなりに反省してくれているのなら、嬉しいわね」
 しかしオスカルは、極めて神妙な表情でヒルダの戯けをかわす。
「ヒルダ。あの時の答えの補足だ。これを、いつか君に遇ったときに伝えようと思っていた」
「……今日は、めずらしく多弁ね」
 ちくりと、皮肉るヒルダ。
「だから、酒精の力を借りた。本心だ。全く、変わらない、あの時のままに、答えの続きだ」
 ヒルダの心の奥底が、きんと鳴った。それは、まるで黯澹の空間に幽かに反響する疳高い音。
「…………」
 ヒルダも眼差しを素に戻した。

 ――――私が君を拒んだのは、ただハーフだからと言う理由じゃなかった。
 そう言ったのは、実に短絡的で、酷いものだったと……ずっと、悔やんでいた。
 私は、例え君がハーフだろうと、ヒューマだろうと、ガジュマだろうと、そんなことに関係なく、君の告白を受け容れることはなかったと思う。

 ヒルダは思わず、オスカルを睨視した。

 ――――君は“王の盾の白眉”と言われていた。
 その名の通り、君は才智に優れ、選良の士として上官からも嘱望されていた。
 ――――それに較べて私は一介の軽士に過ぎない。どうあっても、君に相応しくないだろう。

 オスカルの言葉に、ヒルダは苦笑する。
「らしくないわね。あなたが身分に拘る質?」
 するとオスカルは自嘲気味に笑う。
「はははは。それではまるで世捨て人じゃないか。宮仕えしている以上は私とて人並みに立身を望む。だが、私は凡愚そのものな人間だ。近衛きっての俊英を恋人にするなどと、考えも及ばなかった」
「身分なんて、結局は意味がない肩書きだったわね――――」
「そうだ。今から思い返せば、君の言う通りだったと思うよ。……しかし、私はずっと、そんな文無き事柄に拘っていたようだな」
 オスカルの言葉に、ヒルダは口を窄めて笑う。
「それでも、あなたのことを好きだったことは、変わらないわ」
 ヒルダが色を含めた表情でオスカルを見る。思わず、瞳を背けるオスカル。
「思わせぶりなことは言うな」
「別に思わせぶりなことなんて、言ってないでしょ。あなたがどうであっても、あなたのことを好きだった事実は、事実でしょう? 否定する必要はないわね」
 そうさらりと言ってのけるヒルダを、オスカルは自ら懐かしい反応に驚くように、瞳を細めた。
「君は――――やはり、君のままだな」
 軽く自嘲するかのように、オスカルはそう呟いて顔を綻ばせた。
「あなたのイメージも、そのまま」
 ヒルダも笑う。不思議だった。酒精の力なのか、想いを越えた達観した境地が、繕う言葉もなく語らせているのか、わからないほどに多弁だった。

 意外にもティトレイは給仕の女官達に人気があるのか、取り囲まれていた。給仕と言っても、王室の庶務・雑事を捌くメイドとは違い、職業給仕である分、労使交渉権を有するなど、ご主人様の意のままに――――と言うようなメイドではない。ものを自由に言え、行動できる分、彼女たちは職務を離れれば自由の身だ。
 そんな彼女たちが何故かティトレイを囲む。ティトレイはこの性格だ。誰が見ても、ヴェイグやユージーンよりは親しみやすい。ましてや、ミルハウスト大将軍は高嶺の花。
 それに較べれば、彼は外見もそこそこときたものだ。
 マシンガン・トークと言うのは語弊があるか。さもなくば、弛まない質問攻め。普段はある程度緊張感の中で職務をこなす彼女らの有り余るパワーを、ここぞとばかりに発揮する。
 しかし、女性陣に囲まれる側からして、これぞハーレム状態などと、脳天気なことを平然と考える凡愚を除き、その包囲網が決して好意を持っているわけではないと知った後は、ただきつくなる。
 ティトレイは彼女らの波状口撃をようやく躱すと、命からがらとヴェイグらの処に退避することが出来た。
「相変わらず、お前は人気があるな」
 ヴェイグがそう揶揄すると、ティトレイは大きく嘆息してから返した。
「お褒めの言葉ありがとう。お礼と言っちゃ何だが、あの特等席を君に譲るぜ」
 そう言ってティトレイは親指で背後を指し、自分がいた矢弾の中心を指す。その周囲では、給仕陣がじっとティトレイの背中に焦点を合わせていた。帰還要請たる黄色い声が響くようだ。
「いや……俺には荷が勝ちすぎている。それに、お前の独壇場を奪うわけにはいかないからな」
 ヴェイグの苦笑。
「よく皮肉を言うようになったよな、ヴェイグ。これも余裕の表れってやつかい」
 肩を落とすティトレイ。その様子に、ヴェイグの傍らにいたクレアが唇を開く。
「外の気を吸いに行きましょう、ヴェイグ。ティトレイさん?」
「あ、ああ。クレア。そうしよう。ほら、ティトレイ。酔い醒ましだ。行くぞ」
「あー……はいよ、はいよー」
 一方、給仕部隊はと言うと、ワイン瓶を手にしたミルハウスト大将軍が慰労の言葉を掛けて来た途端に、一斉に矛先を美将軍に切り替えた。綺麗さっぱり、跡形もなく。哀しいかな虚しいかな。所詮人間というのは、そういうものなのだ。

 バルカの街を覆う熱気は相変わらず。長い祭事にあって人々のテンションがこう維持できることの凄さが実感できる。
 ヴェイグたちは麺料理の露店に腰を落ち着けた。麦の粉を練って細かく刻み、それを塩味の効いた熱いスープに浸して食する温麺という料理が、酔余の小腹にはたまらなく旨い。
「はふ、はふ……ねえヴェイグ、とても美味しいわ」
 口中に広がる熱さに頬を膨らませながら、クレアが思わずそう叫ぶ。旨そうに肉叉に絡めた麺を頬張るクレアの様子に、ヴェイグは思わず笑ってしまう。
「クレアがそんなにがっつくなんてな。余程美味いんだろう」
「ヴェイグは美味しくないの?」
「いや。そんなことはない。……ただ、お前が外の食事でそんな表情をするのは、随分久しぶりのような気がしたからな」
「そ……、そうだったかしら――――」
 ぽうと頬が染まり、瞳を逸らしてしまうクレア。
「ああ。憶えている。クレアのことなら……」
「ヴェイグったら……」
 丼から立つ湯気を挟んで、みつめ合う二人。そして、一瞬忘れ去られかけた男が、当然のように水を差す。
「はあああぁぁ――――――――――――」
 ティトレイのあからさまな溜息が、甘美の領域にはまりかけたヴェイグとクレアを足止める。
「あ。ティトレイ……悪い――――」
「ご、ごめんなさい、ティトレイさん……」
 二人が赤面して低頭すると、ティトレイは口の端を引きつらせて失笑する。
「今が幸福な奴らはいいよ。めでてえよ。……でもな、俺は――――俺はなんかよお……うああっ!」
 ティトレイはやけっぱちに温麺をずるずると口に掻き込む。熱さをものともせず、食道から胃へと、麺が通過するのがはっきりと体感できた。その旨味が連動して、酒精がかえってティトレイの酔いに拍車を掛ける。
「焼け木杭にフレアショット……あーはっはっは!」
 ティトレイの頓狂声に、ヴェイグとクレアは思わず身じろいだ。
 しかし、クレアはティトレイの言葉をそこはかとなく推量し、表情を和らげた。
「ヒルダさんのことですか、もしかして」
 クレアが水を向ける。
「ヒルダなんて知らねえ」
 不機嫌そうに声色を荒くするティトレイ。
 すると徐にヴェイグが腕を肩に回してくる。
「何だよ。もしかして、中都監令のことを気にしているのか」
 その言葉にティトレイは強く反動し、ヴェイグの腕をふりほどく。
「ち、ちげぇよ。そんなんじゃねえ!」
 実にわかりやすい反応ではあった。
 ヴェイグはふっと小さく笑うと、丼をひと呷りして空にしてから、ティトレイに向き直った。
「ティトレイ。俺は思うんだが、ヒルダのことは、そんなに気に病むことはないんじゃないのか」
「はぁ? おいヴェイグ。だから言ってんじゃねえか。俺は別にヒルダのことは……」
「私もヴェイグの言う通りだと思います」
「な……クレアさんまでそんなこと言うかい」
 さすがのティトレイも機嫌を悪くする。しかし、クレアは臆することは全く無く、ヴェイグといる時と同じ、そこはかとなく母性的な優しい微笑みで、ティトレイを見て言う。
「ダジュール監令と過去にどの様な関わりがあっても、今のヒルダさんにはティトレイさん、あなたが必要なんだと思います」
 その言葉に、ヴェイグは大きく頷く。
「ああ、クレアの言う通りだ。お前は余計なこと考えないで、あいつの側にいてやることを考えろ」
 二人の言葉に驚くティトレイ。だが、らしくないヴェイグたちのセリフに、驚きは笑いへと変わる。
「へぇ――――まさか――――、お前らからな……」
 人差し指で鼻の下をこするティトレイ。
「何だ。何か間違っていたか」
「……いや。俺がとやかく言うことでもないか――――。……うーん……っと。取りあえず、サンキュウ。少しだけ、気楽になった気がするぜ」
 にんまりと白い歯を見せて笑うと、ティトレイは丼の麺を一気に啜った。そして、“星、四つだな”と、評価をすることも忘れなかった。

 その繁華街を見下ろせる高楼の頂上から、紅髪の少年と、青き聖獣がヴェイグらの様子を捉えていた。
(他人の心配をするなんて、ヴェイグも優しいなあ!)
 シャオルーンがそう皮肉ると、マオがくつくつと笑う。
「ホントだよね。自分たちこそ、はやくなんとかなれーって、思っちゃうヨ」

(んんんん――――――――――――……ッ)

 突然、シャオルーンが白銀の鬣を靡かせくるくるとマオの周囲を旋回し、困惑の長嘆を上げる。
「どうしたの、シャオルーン」
 目の前をぐるぐるされると、さすがに目が回ってしまいそうだった。鬱陶しく思い、声を上げるマオ。
(笑い事じゃすまないんだよね。ヴェイグと、クレアには――――そうじゃないと、ボクも帰れないんだ)
「だからー、それってどうしてなのサ。もうッ、教えてくれないし」
(今言ったら、無為になっちゃうんだ。ゴメン、マオ。これだけは、ヴェイグやティトレイ、クレアやヒルダ、アニーも、マオもミルハウストも、そしてキョグエンの彼らも自分たちで切り開いてくれなきゃ、ダメなんだ)
「えぇえ、ぼ……ボクもなんだ――――。うぅん……まあ、余計なことは聞かない。こうなったら、最後までつき合いますケド」
 はぁーッと、長嘆するマオ。それでもシャオルーンは鬣をひらひらさせながら旋回を早くする。
(アリガトウ、マオ。大好きだよ――――!)
「愛の告白はいいけどさ、目が廻るから、いいかげん止まってよネ」
 呆れ口調にマオが言うと、やっとシャオルーンは姿を隠した。
「さてと。ぼちぼち、ボクもヴェイグたちと一緒に行く準備をしないと」
 マオは疾風の如く高楼から下った。

 露店で麺料理に与り、聊か酔い醒ましをしたヴェイグ、クレア、そしてティトレイの三人は、総政庁へ戻るため、往来を返していた。
「ほら、しっかりしろ」
 ヴェイグがティトレイの腕を抱え、クレアが補佐する様相で往来を行く。温かい麺料理に、ティトレイの酔いの回りが早まったらしかった。
「ねえヴェイグ。今日はこのまま政庁で休むことになりそう?」
 クレアが苦笑混じりにそう訊くと、ヴェイグはふうと鼻息を強くして言う。
「ティトレイを一人政庁に残して俺たちだけで帰るというわけにはさすがにな……。そうだ。クレア、お前はヒルダたちと先に帰っていろ」
「あなたは?」
「ティトレイの様子をしばらく観てから戻ることにする」
「それなら、私も一緒にいるわ」
「酒気が満ちる部屋で溷六のお守りだ。いてもつまらないぞ」
「ヴェイグ……私は――――」
 しかし、ヴェイグは言葉を返さない。
「……わかった。ならばこいつの寝言を聞きながら、からかってやるとするか」
「ふふふっ。それって、ティトレイさんに悪いわ――――」
 そう笑い合うヴェイグとクレア。そして繋ぐようにクレアの手はヴェイグの袖を撮んでいる。
 それから間もなくだった。対向の人混みから褐色の外套と灰の頭布を纏った、砂漠の民風の人間が往来に押されてどんとティトレイにぶつかった。
「こォら、気をつけろィ!」
 衝撃を受けて、思わずティトレイは声を張り上げた。
「す、すみません――――」
 少年のような透る声の人物だった。
「あ、こっちこそすまない。このような往来で迷惑を掛けてしまっているようです。連れが酒に中てられたので、許して下さい」
 ヴェイグがぐいとティトレイを抱え直すと、謝罪する。
「いえ。私の方こそ、不注意でした。大都に来るのは随分久しいことでしたので、謝肉祭の最中での混雑を失念しておりました。お連れの方に、お怪我などは……」
「ああ、大丈夫です。この男はたとえ馬に蹴られても死なない質。あなたこそ、大丈夫ですか」
「え、ええ。私は何とも……ありがとうございます」
 随分と礼儀の正しい少年のように思えた。
「往来の人混みは気をつけないと。何かがあっては大変です」
 クレアの言葉に、少年は恭しげに頭を下げる。
「ご親切に、どうもありがとうございます。……ええと、ご親切ついでに、ひとつお伺いしたいことがあるのですが」
「何か?」
「東都の公使館は閉まっているのでしょうか」
 場違いとも思える問いに一瞬、戸惑うヴェイグたち。
「キョグエンの公使館? 閉じているなんて事あるのか?」
 ヴェイグがクレアに振る。クレアは答える。
「公使館は基本的に無休体制になっていると思うわ。……だって、カレギアの各地にキョグエンやスールズや、ミナールとかの出身者がいる限りは必要不可欠な役所でもあるし……」
「尋ねてみたのか?」
「ええ。羅遒公使の辞命で二日ほど前に公使館を休止していると……」
 少年の言葉に、クレアがやや不安そうにヴェイグを見る。
「ヴェイグ――――やっぱり……」
 ヴェイグは頷く。
「キョグエンの焦臭さは洒落ではなくなってきた……と、言うことかもな」
「…………」
 ヴェイグは、しばらく思考を巡らせてから言った。
「公使館が開かないようなら、総政庁……いや、バルカ城の執政府を訪ねればいい。中将軍のユージーン=ガラルドが力になってくれるはずだ」
「ユージーン……ガラルド――――中将軍……ですか」
 少年の声が、若干戸惑いの色を秘めた。
「俺は中将軍の知己だ。君のことは、話しておく。……あー……と、そうか。君の名は……」
 そう訊ねる間もなく、少年は遠ざかっていた。
「ありがとうございます、色々と。大丈夫です。私一人で何とか出来そうですから。では、ごめんなさい!」
 唐突にそう挨拶をして雑踏に消えてゆく少年。何故か、ぽつんと取り残された感じがするヴェイグたち。
「えー……と――――」
 そこで目につくのは船を漕ごうとする様相のティトレイ。
「取りあえず、戻ろうか」
「そう……ね」
 ヴェイグとクレアは互いに顔を見合わせて微笑すると、何事もなかったかのように総政庁へと歩を進めていった。

 ヴェイグたちから離れて、路地裏の一角に逃避するように駆け込んだ少年が、頭布を外し、外套を取った。
 長い耳と、背中には大鷲のような見事な翼、更に両手を頭にかけると、鬘が外れ、銀色の長い髪が、巨大彗星のような光の尾を伸ばして落ちる。背中を竦めて翼の羽を整い、息をついた。
「あの男が――――ヴェイグ・リュングベル――――」
 少年……いや、その美貌、体躯。男性ではなかった。怜悧な瞳に、きゅっとりりしく結ばれた唇。至極沈着冷静な容姿、そしてその気高い雰囲気。路地裏の一角にあってはあまりにも分不相応な、ガジュマの麗人だ。
「セルカーク将軍に会うか……羅公使か――――」
 麗人は声に出してそう呟くと、ひとつ溜息をついてから再び、鬘に美事な長髪を収め、外套と頭布を纏った。そして、謝肉祭の熱気に包まれている往来へと乗りだした。
(なるほど……あの男が、強大なユリスを鎮めた、当世の雄――――)
 畏怖と思慕、敵愾心と親近感。様々な感情が沸き上がり交錯しているのが、手に取るようにわかった。

 ヴェイグたちが戻ると、この日の宴も酣とばかりに、一気に人は減っていた。
「大将軍とヒルダ・ランブリングは退出したのか」
 給仕に訊ねるヴェイグ。給仕は笑み混じりにこくんと頷き言った。
「はい。セルカーク大将軍は私たちの仲間に相当呑まされてしまいまして……、そのまま執務室へと運ばれてしまいました。それと、ヒルダ様は中都監令様としばらくご歓談された後、ヴェイグ様たちをお捜しの様子でしたが、城下に向かわれたと報告したところ、ならば先に退朝すると……少々、あの……」
 給仕のその言葉に、ティトレイが反応した様子。
「他意はねえ! 誤解すんにゃ……むにゃ……」
 その直後から、ティトレイの鼻からは小さな鼾が聞こえてきた。
「クレア」
「ふふふっ」
「少しばかり、つき合ってくれ」
「いいわ」
 何故か勝負に勝ったような表情のクレアだった。肩を寄せ合って、二人は笑いを必死で堪えていた。