第5章 メルトキオの宴 ~A real enemy is his insensible feeling~


「ロイドくぅ~ん!」
 再会の歓喜もひとしおとばかり、コレットに抱きつこうとしてしいなの鉄拳制裁を受け、リフィル先生に同じ事をしようとして威圧され、ジーニアスに馬鹿にされてしまったゼロスは、結局のところロイドに抱きつき再会を祝するしかなかった。
「あは、あははは……」
「全く……変わらないわねぇ」
 コレットとリフィルの失笑が虚しくゼロスを包み込む。
「めちゃ久しぶりじゃンよ。えーっと……ま、いいや」
 日数を指折り数えようとして止めるゼロス。
「はぁ――――アンタって、本当にデリカシーのかけらも……」
 しいなの嘆息に、ロイドは安堵の笑顔を浮かべる。
「本当、久しぶりなのに、全然そんな気がしないよ。……二人とも、元気そうで良かった」
 子供を宥めるように、力無く肩に凭れるゼロスの背中をぽんぽんと叩く。周囲はそれを横目に会話が進む。
「それにしても、また会えるなんて思わなかったよ。ベースはまだ、続いてたんだね」
 しいなの疑問に、リフィル師が頷く。

 ――――ユアンの話によると、ミトスが(たお)れて『大いなる実り』が息づき、マナも以前のように二つの世界の片方に偏重することはなくなったけど、いずれシルヴァラントとテセアラは一統されてゆくそうよ。
 今はまだ、ベースからレアバードで行き来できる程マナの分離された流れがあるから良いけど、段々とその周期は長くなって行くみたいね。
 一統されるまでにはマナのサイクルがあって、その繰り返しの間は、行き来できない時期があるみたい。
 今はまだ数千、数万分の一秒単位だから自由に行き来できるけど、時間が経つに連れてその周期は一秒、一分、一時間、一日、一週間、一月、一年……と長くなって、やがて完全に、二つの世界は完全に一統化される……。

 リフィルの話に、一瞬周囲は沈んだ。
「いつか……私たちはもう、会いたくても、会えなくなるの……」
 コレットの表情が曇る。
 すると、ぴょんとロイドから離れたゼロスがわざとらしく乾いた笑い声を上げる。
「心配するなってコレットちゃん。会えなくならない方法なんて簡単さァ。みんな、テセアラ(こっち)に移住すりゃいいじゃン」
「…………」
 コレットはきょとんとゼロスを見た後、再び表情が曇った。
「バカゼロス! そう言う問題じゃないんだよ!」
 咄嗟にしいながフォローを入れると、ゼロスも表情を濁らした。
「……ああ、でも完全に二つの世界が一統されるまでには相当な時間が掛かるみたいね。……私やジーニアスが生きている間は、そのサイクルの間隔は大丈夫かも知れないわ」
 その言葉にも、皆は決して浮かばない。
「……俺たちは人間だ。先生やジーニアスは、ハーフエルフ。……どんなに足掻いても、俺たちの方が先に死んでしまうんだ。……それを考えると、素直に喜べねえよ」
 ロイドの言葉に、リフィルもジーニアスも神妙になる。
「……ありがとう、ロイド。でも、それはもう私たちにも、あなた達にもまだまだ見えない、果てしない未来の話。……そんな先のことよりも、今この時を、この世界が新しく歩み出すその日のことを考えるべきじゃない? うーん……そうね。ふふっ、せっかくゼロスやしいなと再会できたこの時を、心から喜び合いましょう?」
 まるで姉か母親のようにロイドを優しく包むヒーラー・リフィルの言葉は、例外なく聞く者の心を癒す効果が高い。
「喜ぶことを心から喜び、悲しむ時を心から泣く……か」
 しいなの呟きに、リフィルは笑顔でそうと頷く。

 ――――生ける者はいつか死を迎え、形ある物は何時かは毀れる――――それは自然の摂理なのよ。
 ……だから、自分を偽るのはダメ。
 そして、その摂理を悲観してもダメ。
 ……矛盾していて難しいかも知れないけど、だからこそ、私たちには『感情』があると思うわ。
 楽しむべきを楽しみ、悲しむべきを悲しめること。それって、本当に素晴らしい事なのよ――――。

 それは何よりもコレット、そしてゼロスの心に深く染みいった。
 クルシス、そしてミトスとの語り尽くせない戦いの日々。『悲劇の英雄』ミトスを反面教師としたものは、きっとリフィルの言うとおりのものだったのかも知れない。
「それに、僕たちはいつだって、みんなと一緒なんだってば」
 ジーニアスがそう言って笑った。
「みんな、ずうっと、僕たちの“友達”なんだから」
 そんなことを言うこの少年のどこか小生意気な笑顔を、ゼロスは初めて“愛しく”思った。
「少年! 格好いいこと、言うようになったなぁ!」
 にやりとして、くしゃくしゃにジーニアスの頭を掻きむしるゼロス。
「や、や、や、やめっ! ゼロスったら……もう、こらぁ――――」
 温かな笑顔に包まれる。
「…………」
 ゼロスがふと目配せをすると、コレットの見せる微笑みの変化に気がつき、わずかに逸らしてロイドを一瞥(いちべつ)すると、眉をわずかに顰める。
「……ふーん……なるほどねぇ――――」
「……え?」
 ジーニアスが首を傾げてゼロスを見上げる。
「うひゃひゃ。少年よ、悩みはあるか。思春期の恋のアドバイスは的確だぜぇ」
「…………」
 にやりと嗤うゼロスに対して、みるみる顔が赤くなって行くジーニアス。
「もう! このバカゼロスッ」
 ジーニアスは怒り心頭とばかりにそう吐き捨てると、逃げるように飛び出していった。
「ははっ、変わってないねぇ」
 ゼロスが苦笑する。そこへロイドが歩み寄り、ゼロスの手を握りしめた。
「ゼロス。お前も変わってないようでちょっと安心したよ。……ホント、久しぶり」
 ゼロスはふっと唇に笑みを浮かべると、ロイドの手のひらをぎゅっと握り返す。
「改めまして、感動の再会シチュエーションをば――――――――」
 と、ゼロスはさっと身を翻し、素早く照準をリフィルに合わせる。

 ――――バキッ!――――

 その瞬間に小気味の良い音が鳴り、清冽(せいれつ)とした怒号が反響する。
「殴るよッ、この色魔元神子ッ!」
「っってぇ――――っあっ……だから、殴った後に言うなっつーのっ」
「うるさいよっ!」
「あはははははっ」
 幾度となく目に焼き付いていた、ゼロスとしいなの迷コント。ロイドは心の底から笑ってしまった。旅の時と同じ気持ちで、笑った。

(……相変わらずお前って、どこまでも“アマちゃん”だよなァ……。もういい加減に、自分のこと、考えても良いだろうよ……)

 ゼロスはしいなにどつかれながら、ロイドを一抹慈しむ眼差しで見ながら、そう思っていた。

 太賀やミズホの民たちとの再会に感慨もひとしおとばかりに、ゼロス=ワイルダー邸では久しぶりに豪勢な山海珍味のディナーが催された。と、言っても仲間たちだけの、ささやかなものではあったのだが。
「ロイド。飯食い終わったら、ちょっとばかし俺様につき合ってくれね?」
 雑談の合間を縫って、ゼロスは口調はおどけながらも、中身は彼らしからぬ本気を滲ませてロイドを誘った。
「あ、ああ。良いけど」
「…………」
 時々見せる“頼れる兄”とばかりのゼロスの微笑みが、何故かロイドの胸を捉えて止まなかった。
 誘われたのは、メルトキオ城下にある庶民的な酒場だった。
「おいおい、俺はまだ――――」
「ま、いーじゃんよ。固いこと言うなよ」
「そ、そんなわけには……」
「わーった、わーった。お子様にはあまーいジュースにしまちょーね」
「ば、バカにしやがる……」
「うひゃひゃひゃ。ま、冗談はともかくよ」
 ゼロスは強引にロイドを引っ張り中に入る。
 途端、ぼやけた洋燈(らんたん)の明かりと共に、タバコの臭いが鼻を突き、酔余(すいよ)の喚声と哄笑(こうしょう)が鼓膜をつく。
 人込みの中、ゼロスの後ろをくぐるようについて行く。
 途中、何度もゼロスに声を掛けてくる若い女性達にいつもの調子で返すゼロス。変わってなどいない。
「あら、ゼロスさま。お久しぶりですわね」
 不意に声を掛けてきた女性に、ロイドは一瞬、目を奪われた。
 しいなよりも背が高く、腰の下まで伸びた美事なブラウンのストレートヘア。当然スタイルも引けを取らず、ヒルダ王女ともまた違うどこか気高い感じの美貌。アンニュイと言えば若干の語弊もあるが、その一見貴族令嬢の装いを致しながらも、酒場の風景に不思議と違和感がない、美女。
「やあやあ、オリビア。逢いたかったよん」
 と言いながら馴れ馴れしくその肩に手を回す。と、同時にゼロスの顔が痛く歪み、離される。
「相変わらずね。何も話さなければ最高な男(ひと)なのに」
「うひゃひゃひゃ。相変わらずきっついねー」
「……あら?」
 オリビアがロイドに気がつく。ロイドは慌てて目をそらし、俯いてしまった。
「あぁ。オリビアとは初対面だったな。……こいつはロイド=アーヴィング。俺様の……」
 言うが早いか、突然オリビアは嬉々とばかりに表情を惚けてロイドに抱きついた。
「!?」
 ロイドは絶大な強敵に瞬殺されたような衝撃を覚えた。顔面を圧迫する女性特有の柔らかさ。
「知ってますわ。ロイド様……もう、この国ではあなたのことを知らぬ娘なんて、もぐりももぐりなのよ」
 人目も憚らずロイドをその胸に抱きしめるオリビア。さながら水深一五〇〇ルートル(約八五〇〇メートル)にも達する、東イセリア海淵の真上で溺れかけるような、恐怖と窒息感がロイドを青ざめさせる。
「……………………!!」
「オリビア、それくらいで勘弁してやってくれや」
 ゼロスが苦笑すると、彼女は少しばかり名残惜しそうにロイドを解放する。
「もしかして、お取り込み中なのかしら?」
 頻りにロイドを気にしながら、ゼロスに尋ねる。
「そう言うことになるかねぇ?」
 ゼロスが一瞥、オリビアを見ると、間を置かずに彼女は投げやりに答える。
「……リョーカイ。ロイド様、また後ほどにでも。色々、お話ししましょう?」
 真っ赤に熱を帯びたロイドに、とどめのウィーク・キスを投げつけると、オリビアは他の男性客の波に呑まれていった。
「ゼロス――――――――ッ」
 鼻息荒く、ゼロスの非情に怒り心頭のロイド。
「オリビアは、俺様のハニー達の中でも、断トツいい女なんだぜぇ。わかるだろ?」
「あ、ううん……ああ、まぁ……わかるけどよ――――」
 ロイドの脳裏はまだ混乱から抜けていない。
「それに、見た目とは違って、チョーがつくくれえ堅実でよぉ。今まで、オトコ関係一切ナシなんだぜ。信じられっか、んん?」
「…………へぇ」
 熱弁するゼロス。どうやら自分のことを話しているだろうと、遠い席からオリビアが懸命にサインを送ってくる。それに応えるゼロス。だが、そこはかとなく彼に対する反応は鈍いようだ。
「それに、オリビアはかなり理想が高い。これまでざっと換算してのべ67418人の哀れな男達がその膝元に屈する島もなかった。この、ゼロス様を除いてはな――――――――」
「……今、男関係一切ナシって言ってなかった?」
 ロイド、寸鉄人を刺す突っ込み。
「……うひゃひゃひゃ。まぁ、それはいいとして。……ロイド。ぶっちゃけどうよ。テセアラに居るんなら、オリビアとつき合って見りゃいいんじゃねぇ?」
「…………………………………………は?」
 一瞬、聴き取れなかったというか、理解が出来ない言葉を聞き間違ったのかと、ロイドはゼロスに振り返り耳を突き出す。
「まぁ、その話は宴も(たけなわ)なあたりにでもっつーことで」
 ゼロスはバーテンダーに特別を(あつら)えさせた。
 ロイドの前に、浪波と注がれた麦色の飲み物グラスが置かれる。
「これは……」
「ま、いーじゃんよ」
 ゼロスに勧められてグラスを取る。
「ほんじゃ、まあ再会を祝しましょーかね」
「――――乾杯!」
 同時に二人はグラスを呷った。……瞬間。
「……うっ…………、げほっ、げほっ!」
 ロイドが大慌ててグラスを叩き置き、()せる。そして、怒りに瞠目した眼差しをゼロスに向けた。
「お、おいゼロスッ! これ、お、おさ、お酒じゃないか!」
 野心の色濃い目で、にやりと嗤いながらロイドを見るゼロス。
「ジュースだよ、じゅーす。甘いだろう?」
「嘘つくなっ、飲んだ瞬間、胃が熱くなって……」
「フ……これだからナァ。あのねロイドくん。こういう場所じゃ、それがジュースって言う代物なのよ。わかった? OK?」
 ゼロス=ワイルダー。曰く遊興におけるリベートの達人。ミトスを封じ、理想の世界を講ずるロイドの滑舌もここにいたって全く機能はしない。

 初めてのアルコールに、ロイドはえも言われぬ心地よさの中に漂うようだった。
 言うなれば、今までどこか張り詰めていたものが、初めてゆっくりととき解れてゆくような感覚。夢見心地と言うよりも、微睡みから眠りへと落ちてゆくあの気持ちよさとでも言おうか。
「なーんかロイドくん、意外といける口かもね」
 ゼロスもまた顔をほんのりと赤くして陽気さに更に磨きが掛かっている。
「ゼロスさまったら、もう……。ロイドさま? しっかりしてくださぁい」
 いつからかオリビアがロイドの傍らにいた。
 ゼロスの狒狒(ひひ)たる触手をかわすように、或いは英雄・ロイド=アーヴィングに寄り添わんがためか。
「あははははっ、なんかきもちいいっす☆」
 空のグラスを掲げ、ロイドは意味もなく大笑する。当代きっての笑い上戸と、印象づける。
「……ったく、これじゃ話になんねえか。……仕方ねぇ。今日のところは、お開きに――――」
 ゼロスがそう言うと、ロイドは相変わらずも無為に大笑している。
「なんだよゼロース。もっと飲め、のめ。のめってんのぅーー!」
 普段の彼からは全く想像できぬほどの笑顔、言葉。はじけると言うのは、こういう事を言うのかと、ゼロスは思っていた。
「ああ、はいよー」
(…………こんなん予定じゃなかったわ。……まァ、いいか。
 ちょっと強引だが、これも『あいつ』のため……)
 ゼロスは一瞬、表情を素に戻し、再び綻んだ顔でロイドの肩に腕をまわす。
「ロイドくぅん、そろそろ宴も酣ってやつ。言っただろ、話の続きをしようや、な?」
 ゼロスがロイドを気に掛けているオリビアに一瞥を送ると、彼女はにこりと微笑みを返し、すぐにロイドに気を戻す。
「ロイドさま? ごめんなさいね。ちょっと調子に乗りすぎたみたいですわ。ほら、ゼロスさまも謝ってます」
 ロイドがくいと頭をゼロスに向けると、ゼロスは眼前に両手を合わせて項垂れている。
「あははーっ、なーんかゼロスださーっ!」
(…………何となく、むかつく…………)
 ロイドの酔余の暴言の数々に、ゼロスはわずかな自己嫌悪と、ロイドに対する呆れ気味に呟いた。
「はいな。ほんじゃ、そのダサダサなゼロス様よりも、こちらのおねーさんに構ってもらいましょうかね」
「……うーん……」
 力が抜けかけ、忘れ去られた冬の案山子(かかし)のように不安定な様子のロイド。
「わあ、本当にいいの? んん……私、うれしいかも☆」
 オリビアは満面に喜びを浮かべてロイドの腕に自らの腕を絡める。
「あーんっと……ま、“適当”に、な」
 ゼロスはそう呟くと、そっぽを向いて唇をなめた。

 ゼロス邸の一室で、ミズホ秘伝の術書を読みふけてくつろぐしいなの耳に、不意にドアノックが響いてきた。
「はーい」
(……しいな……、いるかな……?)
「あん――――コレットかい? 開いてるよ、どうぞ」
 がちゃ――――
「ごめんね、もう……寝るとこだった?」
 まるで幽霊のようにすうっと入ってきた、浮かぬ表情のコレットが、力無くそう言う。
「あはは。まだ寝る時間じゃないよ。……それよりも、どうしたんだい?」
「うん……。あのね、ロイド……お邪魔してないかなって」
「ロイド? あれ……晩餐(ばんさん)の後、ゼロスと城下に出かけていったみたいだけど、知らないのかい?」
 怪訝な面持ちでコレットを見るしいな。
「城下へ? ……そっか。えへへ、知らなかった……」
 その笑顔が無性に寂しそうに感じるしいな。
「……どうか、したのかい? ロイドと、何かあった?」
「えっ? あ、ああううん、違うの。ただ、ちょっと姿が見えなかったから、不安になって…………」
 しいなはふと、時計に目配せした。気がつけば、結構深夜に差し掛かっている。
「はぁ――――。ゼロスの奴、きっと酒場だよ。多分、ロイドも一緒だ。あいつ……無理矢理ロイドを連れ回しているんだよ。全く……どうしようもない男だね」
「…………あはは」
「……しょうがない。あたしがひとっ走り行って、連れ戻してくるよ」
 術書を寝台に放り投げ、すくっと立ち上がるしいな。驚いたコレットが、慌てて両手を突き出し、ぶんぶんと振る。
「あの、あの違うの。そう言う意味じゃないの。うん。だいじょぶ、だいじょぶだから」
 言っている意味がわからない。しかし、しいなは優しく微笑み、ぽんとコレットの肩をひとつ叩いた。
「いいねぇ、あんたたち……」
 きょとんとするコレットを後に、しいなはゼロス邸を出た。

 上級層のけばい空気漂う路を下り、城下町へと抜ける。さすがはテセアラの城壁都市。夜半とはいえ、灯りが絶えている箇所はない。
 それは、アルタミラが夜景を演出するために城下の篝火をわざと夜間絶やさぬ事を模倣して、俄に人の判別がわかるくらいの明るさを保っているという。これも治安維持の一環だと、太賀やゼロスの進言が通った結果なのだと聞かされた。
「お、きれーなおねーちゃんっ」
「かわいーねーガハハハッ」
 深夜は大人の世界だ。千鳥足の酔っぱらい達が街をにぎわす。ゼロスの数倍も、生き物としての本能をむき出しにする時間。
 その中をかいくぐるしいなは特に目立つ。
 ただでさえ人目を惹く美貌とスタイル。ミズホ独特の衣装。
 しいなのことを『忍びとして不適任』だと言わしめた、かつての同朋・(くちなわ)こと百地守保(ももちもりやす)の言葉もうなずけた。
 ミズホの民特有の『木菟(みみずく)眼』は、夜間と言えども、真昼のように遠くから人や動物を鑑識できる特殊能力だ。
 ミトス戦後、鍛錬時以外はなるべく能力を使うことを忌んできたしいなだったが、この時ばかりは、人込みに紛れぬために、使った。
 そして、繁華街も外れになり、メルトキオの宿泊街に差し掛かった。
 独特の薄暗さがこういう場所の淫靡な様相を醸し出しているのだろうか。行き交うのは男女のカップル。男でも女でも、ひとり歩きはそれだけで違和感がある。
「うう……苦手だよ、こういう場所は……」
 と、そんなことを呟いた時だった。
「あ………………」
 しいなは一組のカップルに目を疑った。
 それは見覚えのある後ろ姿、鳶色の短髪の男性。そして、彼にぴたりと密着している、コレットよりも長い髪の女。
「……あいつ…………」
 ふつふつと、しいなの胸に瞋恚(しんい)の炎が勢いを増していった。