第15章 LOVE IS ALL ~From Hideaki Tokunaga in 1991~


南洋修道院近辺・公路

 リフィルとリーガルを出し抜き、レアバードを駆ってから既に七時間ほどが経っていた。
「お天道様が橙となる」
 ゼロスが悠長なことを言うほど、暇なのである。しかし、内相の私兵の巡邏(じゅんら)は微妙な間隔であるので、修道院へ近づくタイミングはなかなか掴めずにいた。
「ばれてるよ、絶対」
 ジーニアスは姉のことを考えて言った。そしてロイドを坐り眼で見ながらため息を吐く。
「分かり易すぎなんだから、ロイドったら」
「そんなこと言うなよ。誰も、セレスを連れ帰るなんて言ってねえよ」
「え? ……連れ出すつもりじゃないの?」
 コレットが愕然となる。
「連れ出せば問題が大きくなるって、言ったじゃねえか。だったら、会うだけ会って、いったん退く。セレスさえ無事なら、後はどっちにつくか、ゆっくりと考えればいいさ」
 ロイドはにこりと笑う。感心したような表情のコレットとゼロス。
「ロイドくんらしいねえ。……でも、このまんまじゃ、修道院の勝手口に近づくだけでも鳴子に引っかかるってもんだ」
「…………」
 しいなはじっと何かを想っているようだった。
「日没まで、後一時と二十分程度。予想気温四十七フート(約二十三℃)、湿度四十五パーセント。隠密行動コンディション、最良です」
 プレセア御得意の状況分析。エクスフィア実験がもたらした副作用の後遺症は、思わぬところで役に立つ、実に皮肉なものではあった。
 やがて、プレセアの言葉通り、太陽が西の水平線に落ちると、一気に濃紺の夜の帳が下りてくる。涼しい風がひとつ、ロイドたちをかすめていった。
 巡邏の兵も人間だ。いかに終日絶え間ない警備を敷いているとはいえ、食事時ともなれば、交代のためか隙が生じる。戦い慣れしていたロイドは、それを見逃さなかった。
「よし、今だ」
 巡邏の間隙(かんげき)を縫って、ロイドたちは駆けた。
 元々、平穏な南洋の孤島にそうそう不審者が現れるとは思っていない首都の兵士の士気はさほど高くはなく、意外と簡単に修道院の建物目前に迫ることが出来た。
「っ…………」
 ロイドは舌打ちをした。
 巡邏兵を欺くことは容易であったが、修道院警護の兵はさすがに張り詰めた気を放っていた。夜陰とはいえ、隠密に突破することはほぼ不可能だった。
「ちくしょう……」
「寛藏はどこにいるんだ」
 ゼロスの言葉に、しいなは答える。
「多分、使用人の姿で中にいると思う。…つなぎを取るにしても、これじゃちょっと……」
「一足、遅かったのかな……」
 ジーニアスが肩を落とす。
「くっ……ここまで来たのに、引き返すのか――――」
 ロイドが剣を地面に突き刺した、その時だった。
 一陣の飆がロイドたちを通り抜ける。舞い上がる埃に、顔を覆った。
「…………!」
 瞬間、しいなの表情が変わった。
「も、もしかして…………」
 後ろを振り返ると、闇に浮かぶ一人の影。星明かりにわずかに見える臙脂の装束は、忘れようにも忘れるものではない。
「……遅かったな」
「く、くちなわっ!」
 思わず、しいなは声を弾ませる。
 彼ぞ誰なん百地朽縄介守保(ももちくちなわのすけもりやす)。通称・(くちなわ)
 先代頭領・藤林毬栗保豊(ふじばやしいがぐりやすとよ)の息子で、瑞穂頭領家の一、百地八岐介保時(ももちやまたのすけやすとき)、通称・ヤマタの養子となった、ミズホ随一の俊敏な忍び。
 今、リーガルと中央政府の伝達役として活躍している、百地大蛇介保高(ももちおろちのすけやすたか)こと、(おろち)は実の兄だ。
 しいなと百地兄弟は幼なじみなのだったが、特に彼、蛇にとっては暗い影を落とす事件が過去に起きていた。それが、しいなによる雷精霊(ヴォルト)との契約未遂、ミズホ壊滅の危機である。
 イガグリ老は昏睡に陥り、イガグリの名を襲名した父・毬栗保豊夫婦、養父ヤマタ夫婦など、彼が愛する人々は(ことごと)く精霊の雷霆(らいてい)に死滅。蛇は、ロイドに付き従ったしいなに激しく憎悪の念を懐き、評決の島にしいなとの決闘に望んだが、(つい)に敗れて離郷していたのだ。
 拭いきれない心の影。しいなにとって、蛇との真実の和解こそ、本当の意味で救われるに等しいものだった。
「久しぶりだな、しいな」
「……元気、だったかい……」
「おかげさまでな」
「そうか……良かった」
「…………」
 覆面の下にある、彼の表情は読み取れない。しかし、ロイドは少なからずしいなと再会を果たしたことを望んでいたのではいかという憶測が、その瞳の色から立てることが出来た。
「お前やロイドに受けた借りを、返す時が来た」
「…待っておくれよ、くちなわっ。あたし、あんたに貸しを作った覚えなんてないよ。貸しどころか……あたしは……」
 しかし、蛇は一瞬だけ、ふっと嗤った。
「……そんなことは後で良いだろ。修道院に行くんじゃないのか」
「あ…………」
 呆けるしいなをよそに、ロイドが言う。
「出来るのか、そんなことが」
「寛蔵と繋ぎは取ってある。俺が手引きをすれば、時間におつりが来るはずだ」
「くちなわが居てくれれば……大丈夫だよ」
 しいなは自信満々と、そう断言した。ロイドは蛇の目を見つめると、ゆっくりと頷いた。
「……そうと決まればゼロス。お前が行ってこいよ」
 ロイドの言葉に驚き、目を丸くするゼロス。
「な、何言っちゃってんの。ロイド君たちも来ないと、話になんないでしょ」
 あからさまに狼狽している。呆れ気味にため息を吐くロイド。
「セレスはお前の妹だ。……それに、お前の言うことしか聞かないよ」
 セレスと言葉を交わしたのはほんのわずかだった。しかし、彼女の意地っ張りな性格の中に見える兄への想いを、ロイドは感じていた。
「むーん……だけどよぉ」
「――――しょうがないねぇ。あたしもつき合うよ」
 しいなが名乗り出た。
「それが良いだろう。万が一の時を考えれば、神子だけでは心許ない」
 蛇の言葉に、しいなは背を向けたまま大きく頷く。
「あ、だったら僕も行くよ」
 ジーニアスが身を乗り出す。
「私も、お供します。小さい分、何かあった時にお役に立てるかも知れません」
 プレセアも続く。
「よし。じゃあ、みんなに任せる。俺たちはここにいるから――――」
 しいなたちが頷く。
「さあゼロス、もたもたしてる暇はないよっ。早く、セレスに会いに行こうじゃないか」
 しいなに腕を掴まれ、半ば強引にゼロスは連れられていった。後ろを仰ぎみる彼の助けを求めるような眼差しが、どことなく情けないと、ロイドは小さく笑って見送った。ジーニアスとプレセアも続く。
「…………」
 ふと、蛇の横顔を覗いたロイドは、いつになく寂しい色を秘めた彼の目が気になっていた。
「蛇、どうしたんだ」
 ロイドの呼びかけに、瞳だけをわずかに向けた蛇が無愛想に答える。
「どうしたとは……」
「しいなや蠎さん、保興様や目覚めた毬栗老も、みんなミズホの民は貴方を心配している」
 蛇は言う。
「俺は里の掟を破り、更にはロイド殿も存じているだろう、しいなとの決闘に敗れた。ミズホに身を置く術はない」
「蛇、貴方に再会(あ)ったらひとつだけ、聞きたいことがあったんだ。勘繰りだったら…ゴメン。先に謝るよ」
「……答えられることだったらな」
 ロイドは間を一つ置いた。コレットも離れたところで、じっと様子を見ている。
「貴方がしいなを怨んでいた理由。貴方の兄さん、蠎さんもきっと同じ思いを抱いていたはず。……でも、蠎さんは運命と割り切っていた。貴方は何故――――」
「俺と兄は違う。……それだけだ」
 けんもほろろに、蛇は答える。
「……今になって、貴方の懐く恨み辛み、苦しみを蒸し返したり、どうしてもしいなを許せとは言わない。ただ……」
 ロイドは蛇に向いた。彼はいつしか、静かに瞼を閉じている。
「ただ、貴方ほどの男がしいなを闇討ちにするならば、いつでも簡単に出来たはず。それをしないで、決闘なんて……どうも腑に落ちなかった」
「…………」
「蛇。あの決闘の真実は今になってはもう良いけど……、もしも貴方が勝っていたら、どうしていた」
「決まってるだろう。しいなの命を奪っていた」
 くちなわは低いが語気を強めていた。しかし、ロイドは首を横に振る。
「……嘘だ。貴方はきっと、しいなのことを殺しはしなかった。奪っていた、コリンの鈴も、きっと返していた」
「違うっ!」
「違わない」
 静かな緊張が包む。コレットは間に割り込むことも出来ず、ただ二人の様子を見つめている。
「……ロイド殿、何を根拠にそう断言する。貴公に何がわかる。俺がどれほど、あいつのために……」
 唇を噛みしめる蛇、声は震えている。しかし、ロイドは一転、穏やかな声を向けた。

「蛇、あんたはしいなのことが好きなんだよ」

 愕然となる蛇。はっとなるコレット。
「しいなのことをずっと好きだった。だけど、その蟠りの中であんたはずっと思い悩んでいた。……蛇、あんたは根っから悪いことが出来ない、優しい奴だ。心の中のどこかで、しいなを許したい思いがあったんだろ」
「違うっ、違う違う違うっ!」
 何度もくり返し、言葉で否定する蛇。
「……だったら、どうしてここにいる。……どうして、セレスを守っていてくれるんだよ」
「……………………」
 蛇は項垂れた。
「俺も母さんを喪って、故郷を危機に陥れた苦い思いでがある。……時間が傷を癒すなんて言うけど、現実問題、そんな甘いもんじゃないさ。……でも、俺は一人じゃなかったぜ。仲間がいたからな、随分救われてきたんだ」
「……俺は……」
 ふと、蛇は呟いた。
「あんたを心配してくれてる人間がいる。それがたとえ因縁ある奴でも、心底あんたを案じて心を痛めてきた、不器用な人間がさ」
 そして、そんな不器用な想いは、ミズホの民の(わだかま)りも融解してゆく。
「貴方を見つけた時のしいな、どうだった。判るだろ。ずっと、二つの思いでしいなを見つめてきた蛇、貴方になら、あいつのこと判らないはずはないよな」
「…………」
 蛇はじっと、震える息づかいを整えるように、肩をわずかに揺らしている。ロイドは視線をずらし、再び修道院に向けた。
「……保興様と、毬栗老、喜ぶだろうな」
 ロイドはそう呟く。はっと眼を開いてロイドを見る蛇。彼の穏やかな微笑みに、蛇の心はちくりと痛んだ。
「ロイド殿、俺はしいなのことなんか……」
「せめて、ひとつだけは素直にならないと、疲れるぜ。……もう、張り詰めるのはやめよう――――」
 コレットはロイドの言葉を胸の中で反芻していた。
(同じ言葉……言いたいよ……)

「み…神子……いや、ゼロス様ッ!」
 セレスの部屋の前に控えていた執事・トクナガの驚愕のしようは言葉では表せない、彼独特の仕草をする。
「久しぶりだな、トクナガ。……あー……」
 緊張にどこか固いゼロス。
「ま、まさかゼロス様がここにお越しになるとは…………これぞ、マーテル様より賜った好機――――」
 嬉々とばかりに声が上擦る。
「あのー……トクナガさん、ここは早めに……」
 ジーニアスの冷静な口調が、歓喜のトクナガを冷ます。
「ああ、さいでした」
 襟を正してドアをノックする。返事はない。
「セレスさまっ」
 ドアを開ける。
 大きな帽子を被った小柄の美少女は、いつものように窓際の椅子に坐り、外をぼうっと眺めていた。机に広げられた聖書。すり切れ、陽に焼けて変色している頁が、日々を無為に過ごしていることを物語る。その情景にちくと、プレセアは胸が痛んだ。
「セレスさま、思いがけぬお客様が――――」
「誰…………」
 力なく振り向くセレス。瞬間、病的に白い貌、鬱の表情がみるみるうちに活気づくのがトクナガには判った。
「あ…………お兄…………さま」
 ぽうと真っ赤に染まる頬、慌てて小さな顎を引いて瞳を隠すセレス。
「やあ……可愛い、妹よ――――」
 今度は取りつくろった言葉ではない。兄妹を隔てる柵はないのだ。
「……な、なんですのっ。こ、こんな夜更けに突然。よ、用がなければお帰りに……」
 分かり易すぎるほどに動揺するセレス。ジーニアスは思わず笑いを怺えた。
「脱島の訓誡(くんかい)を垂れに来たとでも言えばいいか?」
「えっ――――!」
 ゼロスは既に事情を聞いていた。更に動揺するセレス。大きな帽子が揺れ動く。
 ゼロスはひとつ、深呼吸をすると、ゆっくりと妹の方へ歩み寄った。兄の気配にぴくりと華奢な肩を強張らせる。
「ヴォータン……ムントとリンデ、ニーベルングの幻想曲章――――か。へえ……」
 慌てて聖書を閉ざすセレス。
「た、たまたまですわっ……」
 言葉に詰まる。真っ赤になった貌をぷいと背けた。
「うちの“大将”の節介で、お前のこと、護りに来たんだ。感謝しなよ」
「何のことですの? 賊徒追討の兵が、カーネル卿の命令でこの島にも配備されたと聞きましたわ。私のこと、護って下さるのは――――」
 ゼロスはちらりと、後ろを振り返った。小さく首を横に振るしいなとジーニアス。瞳で頷く、プレセア。トクナガは一礼をすると、部屋を出た。
 ゼロスは眼を細めて、セレスに向き直る。
「……そうか。お前は俺さま達よりも、享楽慣れした怠惰な近衛兵に護られるのが安心だと言うんだな」
「……そ、そんなこと――――」
 セレスの胸の鼓動が高鳴る。思わず、兄を見た。
「やっと、俺さまを見てくれたな、この天の邪鬼」
 セレスの愛らしい程に幼げな貌は不安に満ちていた。半ば潤んだ瞳は嬉しさと悲しさが混同し、ゼロスを捉えてやまなかった。
「…………」
 それでも、再び俯くセレス。
 すっ――――と、ゼロスの指が、妹の髪を梳いた。耳朶にかかる程度の長さの繊細で柔らかい髪が、清潔な香りを捲き、ゼロスの指からこぼれた。
 その温かく、優しい感触に、ぴくりと身体を強張らせるセレス。
「…………」
 ゼロスはそのまま、小さて柔らかい、そして毀れてしまうかと思うほどに切ないその頬に、掌をあてがった。
「……お……兄さま……」
 観念したのか、セレスの硬直がゆっくりと解けてゆく。そして、そっと、細い指を、兄の手に重ねた。
「冷たいな――――もう、いいだろセレス。疲れたぜ――――」
 ふっと、ゼロスは手折れそうなセレスの手の甲に接吻した。
 瞬間、ふわりと甘酸っぱい香りが揺らいだ。凭れ掛かるように、セレスは兄の胸に、額を埋めたのだ。
「お……兄さま……私は…………」
 優しく、ゼロスは妹の肩を抱きしめる。はにかむように、言った。
「素直じゃねえな。心配掛けやがって」
 途端に、セレスは肩を震わせて嗚咽し始めた。
「……お会いしたかった……お兄さまに……ずっと……」
 その時、初めてセレスは本当の意味で孤独と因縁の鎖から解放されたのかも知れない。それが、兄の前で見せた素直さと、『弱さ』だった。
 セレスの身体の強張りが抜け、その軽すぎるほどの体重を支えるゼロスもまた、今までつっかえてきた片意地が砂のように崩れてゆくのを感じていた。
「お願いです……お兄さま――――私をぎゅっとして」
「…………」
 ゼロスは無言で、包み込むように、セレスの背中を抱きしめた。セレスも懸命にゼロスの背中に細い腕を廻す。如何に離れていたとしても、やはり血の繋がった兄妹。抱き合っていると自然に落ち着く。お互いを素直にさせる。
「お前のこと、ずっと気にかけていた。忘れた日なんか、一日だってあるわけねえ」
「私も……お兄さまにお会い出来る時だけが楽しみでしたの……。お兄さまとの時間が、私のお祭りでしたわ――――」
 存在を確かめるように、セレスは兄の胸に頬をすり寄せる。
「…………」
 兄妹の融和に眼を細めていたしいなは、ふと自分の立場が邪魔であることに気づいて振り返った。
(二人とも、兄妹水入らずだよ。出るよ)
 既に承知とばかりに、ジーニアスとプレセアは音を立てずに部屋を出た。しいなも穏やかな表情で、そっと部屋を出た。

「良いですね……二人とも、素直になれて」
 プレセアがどこか恍惚とした口調で言う。
「ゼロスもセレスも、きっとこの時を、ずっと探していたのかも知れないね」
 ジーニアスも喜んだ表情を見せていた。
「僕も、姉さんも、いつか母さんと……そうなる日がくるのかな――――」
「……ジーニアス?」
 プレセアは一瞬、遠い目をした少年を見つめた。すうと、彼女の胸の中に、突き抜けてゆく小さな衝動。
「あの……ジーニア……」
 プレセアが言いかけた時、ドアが開いた。
「ゼロス様ッ、セレス様ッ」
 思わず、トクナガが声を上げる。途端に、しーっという声。
 ゼロスと、彼に抱き上げられたセレス。彼女は、ゼロスの腕をしっかりと掴みながら、すやすやと眠っていた。
「疲れたんだろ。寝ちまったよ」
「ゼロス……あんた――――」
 しいながその様子に驚く。ゼロスは肯定するように瞼を伏せる。
「ああ、しいな。……トクナガ、すまないな」
 頭を垂れるゼロスに、トクナガは思わず涙を流した。
「ええ……ええっ。セレス様、そのようなお幸せそうな表情、このトクナガ初めてでございます――――。ありがとうございます……ありがとうございます、ゼロス様――――!」
「メルトキオに、行っていてくれ――――」
 ゼロスはトクナガにそう告げた。その言葉の意味が、彼にはよく判っていた。ゼロス達に深々と一礼すると、トクナガは去っていった。
「ゼロス――――」
 ジーニアスが声を掛けると、ゼロスは彼を一瞥し、眼差しをセレスの寝顔に向けた。
「分かってくれるだろ――――」
「ロイドさんは……最初からそうして欲しかったんだと思います――――」
 プレセアの言葉に、ゼロスは苦笑して、頷いた。
「祝着至極」
 不意に声がかかる。しいなはぱっと表情を輝かせた。
「寛藏ッ!」
「しいな、久しいな」
 服部寛藏保峻が言葉少なに同朋との挨拶を交わす。
「ここはこの寛藏に万事任せて、貴公らは速やかにこの場を離れなさい。長居をすれば、内相の私兵に訝しまれる」
「……そのようだな。……何から何まで、世話をかけるぜ。すまない――――」
「御礼ならば後ほど沢山頂きますよ、ゼロス殿。さあ、まずは早く――――」
 冗談もほどほどに、寛藏の手引きで、ゼロス達は修道院の中を抜けた。ミズホの周到な段取りにかかっては、カーネルの私兵の目など、子供の隠れん坊にも及ばなかった。

「……くちなわ――――」
 門前に身を潜めていた蛇の姿に、しいなは気がつき、声を掛けた。
「……早く出ろ」
 ぶっきらぼうに、彼は言った。
「…………うん…………ありがと――――」
 ゼロス、ジーニアス、プレセアと手引き通りに修道院を後にする。しいなは心なしか足取りが重かった。蛇の姿が見えなくなりかけた、その時だった。

 ……頭領への土産――――一人じゃ持ちきれない。……後で、手伝ってくれるか

 ――――しいな。

 その言葉に、長く空を覆っていた厚い雲が、切れて、久方振りの蒼空を垣間見るような気持ちに、しいなの目頭は瞬く間に熱くなり、無意識のまま、大粒の雫が溢れ出した。