第17章 永遠の果てに・後編 ~From Hideaki Tokunaga in 1994~
「あ、ジーニアス。ちょうど良かったわ、少し、良いかしら?」
「なに、姉さん――――」
「ジーニアス、次はあれがいいです」
「ま、待ってよお」
「くすっ、早くして下さい」
戦後に増えた、アルタミラパークのアトラクション。国土復興の気風の中、臣民の愉しみと言えば何かと制限が多い。リーガルは特に私財を
プレセアもそれに与った。マッシュの見立ての服を着て、幸運の釧を右腕にはめた美少女は、正しく周囲の目を引く存在だった。
ジーニアスもそこそこ美少年風情な容貌だ。舞台役者も声を掛けるような美少年・美少女カップルなのかどうかは分からないが、とにかくお似合いの二人であることは間違いがなさそうだった。
プレセアはジーニアスの手を引き、コースターや方舟、ゴンドラなど、恐怖感をかき立てる乗り物を好んだ。彼女の意外な指向である。
しかし、ジーニアスは敵わない。五度も重力場の激変を体感させられると、体力の消耗に拍車がかかってダウンしてしまう。平然とするプレセアを不思議と感じるのは、パルマコスタの学問所で見識ったソルレウスの定理を証明するに等しい。
「脳がぐるぐるするよ……」
ジーニアスの眼前をひよこが回る。
「大丈夫ですか? ええと、少し休みましょう」
プレセアが素早い身のこなしで、空いているベンチを探す。しかし、ジーニアスの元に再び戻ってきた彼女の顔は浮かない。
「人がいっぱいでした……」
「あははっ、仕方ないよ。ほら、ちょうどお昼だし」
「ごめんなさい、ジーニアス。私のせいで……」
しゅんと肩を落とすプレセア。ジーニアスは慌てた。
「ちちち、違うからっ。…あ、そうだ。プレセア、観覧車ならいいでしょ? そうだ。観覧車だったら、ゆっくりと出来るよ。ほら、お弁当もそこで食べようよ」
ジーニアスが早暁から誂えてきた弁当入りのバスケット。料理の達人・リーガル仕込みの何とも贅沢なおかずがあるプラチナバスケットらしい。
「はい……」
そっと微笑み、プレセアは頷いた。
恋人・家族の御用達、観覧車は意外なほど空いていた。南洋、アルタミラの街を広角に遠望できると評判な割には、実に意外である。
「やっぱり、夜の方が賑わうみたいですね」
ジーニアスの対面の座席に、ちょこんと腰掛けるプレセア。観覧車が、ゆっくりと逆時計回りに動き始める。
「そ、そうなんだ」
高くなって行く景色はどこぞに、間近に見るプレセアだけを気にかける少年。その服も相まって格段に愛らしさが増す。顔が紅潮してまともに直視できない。
「夜になったら、もう一度乗りましょうか」
「え? ええ…?」
ジーニアスはどきりとなった。思いがけない言葉に、躊躇してしまう。
プレセアはほんのわずか首を傾げた風にジーニアスを見つめて微笑んでいる。
「あ、あの……プレセア?」
「はい?」
ジーニアスは間をつなぐために慌てて声を出す。
「……えっと…………」
しかし、何を話せばいいのか、まるで考えていなかった。逆に、くすぐったいような間が空いてしまう。
じっと、言葉を待つプレセア。
「プレセアって……、本当、良く笑うようになったよね――――」
「え――――?」
思わず出たジーニアスの言葉に、プレセアの頬はぽうっと赤くなって行く。
「あ……」
そして、ジーニアスは自ら発してしまった科白に狼狽してしまった。
「あ、あの……そのー……」
恥ずかしげに顔を背けるプレセアに、ジーニアスは思わぬ『失言』を恥じるばかり。
「変……でしたか?」
プレセアの呟き。
「え?」
プレセアは繕ったように、あの無表情を見せる。
「にやにやしていて……気味が……」
血の気の引くジーニアス。狼狽気味に声を荒げる。
「ちがう、ちがう。似合うよ、すごく良いよ。かわいいんだよっ!」
ぴくんと、プレセアの二つある髪の結び目が振れた。瞳をジーニアスに向けると、彼はまた、思わぬ本音に自ら動揺している。
「ジーニアス…………ありがとう。すごく、嬉しいです」
妙に意識をしてしまったか、ぎこちなく、微笑みを取り戻してゆくプレセア。
本当にゆっくりと高くなって行く外観。ある意味、密室の空間の中で語られる愛の言葉や、別離のドラマ。人々の心模様が刻み込まれる場所なのかも知れない。
そして、この二人。大切な話を切り出すきっかけを、なかなか掴めずにいた。
しばらく会話が途絶えた。どことなくこそばゆい空気が立ちこめる。そして、二人のボックスが頂点に差し掛かった時、その沈黙を破ったのは、プレセアだった。
「……ゼロスさんとセレスさん――――良かったですね」
「え……あ、うん。そ、そうだね」
見当違いの言葉に、ジーニアスは思わず苦笑する。
「どんなに隔たりがあっても、いつか解りあえるなんて……すごいです。やはり、兄妹だからですよね……」
そう……かな?
でも、僕思うんだ。ゼロスもセレスも、ずっとお互いを想い合っていた。
えっと……もしかしたら、ゼロスはともかくとしても、セレスはずっとゼロスのことを想いつづけていたんだよ。
……運命に隔てられた絆も、ずっと信じて、それを心の拠り所にして、強く今までを生きてこられたんだと思うよ。
「だから……すごいんです。私は……それまで、ずっとひとりぽっちでしたから――――良くつぶされなかったなって、自分でも感心しています」
「何言ってるんだよ。僕たちがいたじゃないか。プレセア自身、そうだって」
「ふふっ、そうですね。そうでした。……でも、ジーニアス。紛れもない事実が存在しているのは、どう取り繕っても、変わらないんです」
「プレセア……それって――――」
不安な表情になるジーニアス。しかし、プレセアはわずかに愁いを秘めた微笑みを浮かべて首を横に振る。
「アリシアのことは、もう大丈夫です。ええ、これは本当です」
安堵に変わる。
「今は……そうじゃない…………」
語尾が消え入りそうだった。ジーニアスはじっと彼女を見つめた。
「……どういう、こと?」
ジーニアスは感じていた。プレセアがいなくなってしまうという突発的な不安に駆られて、思わず腕を引き寄せたあの時の感情を。だから、答えを促した。
金属の軋む鈍い音だけが聞こえてくる。沈黙になると、愛し合うための絶景密室も、随分と殺伐とした空間になるなと考えたかは定かではない。ただ、妙に幽静な雰囲気よりは幾分気を紛らわす。
プレセアは戸惑っていた。俯き、窓の外を眺め、肩を揺らし、深く息を吸う。幾度か、それをくり返した。
「プレセア……どうしたの? 話そうよ」
ジーニアスの言葉に、プレセアの表情は切なげになる。
「僕には……話せないこと? 僕じゃ……やっぱり君の力には、なれないのかな」
寂しそうに声に力がなくなる。しかし、プレセアは突然強く首を横に振り、ジーニアスの言葉を否定する。
「違うんですっ。そうじゃ……ないの……。だって――――」
プレセアは吸い込まれそうな淡く深い瞳をまっすぐ、ジーニアスの眼差しに重ねる。そして、再び切なく、寂しげに表情を曇らせ、頬をピンク色に染めた彼女は、恥ずかしそうに、声を微かに震わせながら言った。
ジーニアス……あなたのことですから――――。
その瞬間、がくんと空間が揺れた。
ドアが開き、下車を促す係員の事務的な声が響いた。
「あ、あ、あ、あの……プ、プ、プレセア」
紅潮した顔面いまだ冷め止まず、ジーニアスは振り返る。
相変わらず、時折極端に吃るジーニアスに、プレセアはまるで子供を諭すように言う。
「ジーニアス……落ち着いて下さい。
今日は、ずっと、あなたと一緒にいます。
あなたと、たくさんお話をします。
私、こういうことよく分からないけど……
ジーニアスに楽しんでもらいたいから……がんばります」
プレセアもどこか心が浮いていた。
「観覧車……夜になったら、もう一度乗りたいです」
彼女なりの懸命な気遣いだった。ジーニアスはかくかくと、首を縦に振って喜んだ。そして、手持ちのバスケットを見て、苦笑。
「べ、別の場所で、食べよう……か」
「はい」
くすっと、プレセアは微笑んだ。
それからジーニアスとプレセアは自然体のままでアトラクションを楽しんだ。そのはしゃぎよう、表情は十代半ばの純粋な少年少女そのままに、クルシスとの苛酷な戦いを体験した歴戦の雄という色は微塵も感じられなかった。
得てして心に余裕が出来れば、楽しい時間というのはあっという間に過ぎてゆくものである。
いつしか天道は水平に浸り、アルタミラパークのイルミネーションに明かりが灯され始める。橙から深い蒼、そして星が鏤む濃紺へと移り変わる空のグラデーションの中にあるアルタミラパークは、一日の中で、最も秀麗とされる瞬間なのだ。
「あ……きれい――――です」
思わず立ち止まったプレセアが、視界を目に焼き付ける。
「こんなに……この街は美しかったんですね――――」
それは、感情のこもったプレセアの心の言葉。
「プレ…………」
声を掛けようとして、ジーニアスは止まった。夕陽の残光に映える、彼女の美しい横顔。わずかに燦めいた、
彼女に見とれるジーニアスは、不思議な感情に囚われていた。偏にプレセアを好きな気持ちを超越した、何か漠然とした温かなものに、心を包まれるような優しさ。
「…………」
ぼうっとプレセアを見つめていたジーニアスの腕をそっと掴まれる感覚。気がつくと、プレセアはジーニアスの腕に手を添えながら目を細めていた。
「行きませんか、ジーニアス」
「あ…………うん」
二人は、約束の通り、夜の観覧車へと向かっていった。
評判通り、そこは人混みだった。若き恋人同士の列が連なっている。夜の空間は当に恋する者の特設会場。
「カップルばかり……ですね」
「そそそ……そ、そうだね」
さすがに緊張してしまうジーニアス。だが、妙に、プレセアは落ち着いていた。
「私たちも……そう、見えるのでしょうか」
「――――――――!」
その質問に、ジーニアスの声は言葉にならなかった。
やがて、二人の順番が回ってきた。下車してゆくそれぞれのカップルは都度に至福の表情をしている。人々のこの表情を守るために、自分たちは戦ってきたのだと、二人はロイドから教えられてきた。だから、恥ずかしさとともに嬉しさがこみ上げてくる。
それは評判以上の風景であった。アルタミラの街の灯りと、澄んだ空に映える星屑との調和が全方位を無限の宇宙に擬する。
永遠の象徴、宇宙。物心がついた時から、プレセアは宇宙に強く惹かれていた。
(流れ星はどうして……燃え尽きるとき、あんなに美しく輝くの――――)
そんなことに強いこだわりを懐いたのは、時代を虚しく過ごし、心を取り戻した、旅の空からであった。
天然の宇宙空間に魅入るプレセア。ジーニアスも、自然に彼女の世界に引き込まれてゆく。
自然がもたらす癒しは、きっと人の心をも融かす。格好や体裁などは無意味なのだろう。「ジーニアス。今日は……ありがとう」
「そんな――――お礼なんかいらないよ」
照れ笑いを浮かべるジーニアス。
プレセアはきゅっと唇を結ぶと、ジーニアスに向き直る。暗がりが助けで、彼を直視できた。
「私…………ジーニアスのこと、好きです……」
不意の言葉。ジーニアスは一瞬、唖然となりかけた。しかし、プレセアが間を置かずに続ける。
「仲間としてではありません……。男の人として……あなたのことが、好きです。大好きです――――」
「あ……あ、あ、あ、あ…………」
ぽかんと口を開けたジーニアス。言葉が出てこなかった。
「……でも――――」
その二の句が、彼を急速に冷静に戻す。
「でも、私のためにあなたに辛い思いはして欲しくないっ」
突然だった。プレセアにしては、極めて珍しいほど感情むき出しに語気強く、
「……どういうこと?」
ジーニアスは捕らえられたように、プレセアの瞳を見つめる。
「ジーニアス。私は……本当は……あなたのお姉さん、リフィルさんよりもずっと、ずっと年上なんです――――」
「うん…………」
「身体は、あなたと同じ年齢のままでも……私の精神は……動き始めた私の時間は、急くように、十六年を飛び越えてしまう……」
「…………」
ジーニアスは、瞳を離さない。今、離してしまったら、二度と掴めない。そんな直感がした。
「失くしてしまった時間……それを少しでも埋めるようにしても……心はそれを求めない――――」
プレセアは微かに震えていた。闇は優しく包み隠す。しかし、ジーニアスには無駄だった。
「思いたくなくても……あなたと同じでありたくても――――私はあなたのこと、子供に見えてしまう……。そして、私もあなたにとって……年の離れた――――」
すっ―――と、プレセアの手が温かみに包まれた。ジーニアスの掌に、冷たい感触が広がる。雫がそこに落ちていた。
「ジーニアス?」
見上げるプレセア。ジーニアスは両手で彼女の手を包むと、そっと自分の胸に当てた。
「なんだ……そんなこと……僕は気にしないよ」
不思議だった。ジーニアス自身、プレセアの前に立つと異常なほど緊張することが多かったのに、今は微塵も心の揺らぎはなかった。何かをきっかけに突然訪れた凪が、彼の心に広がってゆく。
僕は…………僕はずっと、君のことが好きだった――――。
初めて、あのメルトキオで出逢った時から、ずっと――――
「…………」
そっと、プレセアのもう一つの手が、片手を包むジーニアスの両手に合わさる。
「うれしいです……。すごく……嬉しいと思います――――」
彼女の言葉にはつっかえがあった。
「でも……現在(いま)、そう思うだけ……きっと、ジーニアスも…………」
永遠は限りがある。
ずっと、未来永劫なんて誰にもわからない。
「あなたの気持ちが……嬉しくて……こわい――――」
ぎゅっと、ジーニアスの手を握る。
「何が怖いの? プレセアが怖かったら、僕が守るよ。ううん、僕が守りたい」
『あなたに守られない……』
心を失くしていた時、彼女が口にした言葉が心に焼きついている。それが尚更、ジーニアスをかき立てた。
プレセアはジーニアスの言葉に反応するようにまっすぐ、彼の瞳を見つめて、小さく言った。
……ジーニアス……
わたしに……
私にキス――――して、ください――――
その言葉の直後、ジーニアスの瞳孔が縮んだ。一瞬、何を言ったのか、判らなかった。
「して……ううん……出来ますか――――」
きっと、プレセアは勇気を振りしぼってそう言っているのかも知れなかった。ジーニアスは硬直したまま、意識だけが彷徨う。
「……南海の修道院で、セレスさんを助け出した日の夜に――――ゼロスさんと、しいなさんは愛しあっていました」
「……!?」
その言葉の意味が判らないジーニアスではない。
「私は……それから意識してしまって、寝つけませんでした――――。それから……ずっとその事が頭から離れなくて……」
二十九歳の精神は、若い男女が紡ぐ本能の営みを生々しく想像するに易いものだった。
綺麗事や感情だけで、自分が心惹かれる相手に対して欲望や愛情を抑制することなど、聖人君子でもなければ無理なものだった。
「あなたを、そんな風に思いたくはありません……思いたくないです……でも……」
――――でも……それが……辛い――――
ジーニアスの長いため息が響いた。
「……あ、ご、ごめんなさいジーニアス。私、どうか、してました――――」
突然、冷めたようにプレセアはジーニアスから離れ、身を縮ませた。
「忘れて下さい……私――――」
その時、プレセアの肩に触れる二つの手。
そっと顔を上げると、少し落ち着いた感じの穏やかなジーニアスの微笑みがそこに在った。
そして、不思議なほどごく自然に見つめ合うふたり。ジーニアスは、少しだけはにかむと、ゆっくりとぎこちなく唇を寄せた。発作的な緊張、胸の高鳴り。
「…………」
わずかに、プレセアの唇に触れる。ただ、触れるだけのこと。互いに閉じる瞳の時間も、ほんの一瞬。
真っ赤になったジーニアスの表情。それまでの彼からは、想像できないほど積極的な行動に自分自身、驚き、戸惑った。
「ジーニアス――――」
昂ぶる感情を懸命に抑えているプレセアがいる。ジーニアスはすうっと、
「プレセアが、僕のこと好きって言ってくれて良かったよ」
「本当です――――本当だから……」
プレセアの想いは、もう十分に解っていた。
「うん。……僕も、僕自身こんなに大胆だったなんて、思いもよらなかったよ。へへっ、ロイドとはいっぱい危険な冒険もしたけど、プレセアとだったら……うん、どんなところにでも行けそうな気がする」
「…………ありがとう、ジーニアス。でも…………」
「“でも”は、いらないよ、プレセア」
ジーニアスの言葉に、プレセアは見上げるように彼を見つめる。
――――僕が、君の時間を取り戻せるなんて、思っちゃいない。
僕が君に出来る事なんて、たぶん何もないかも知れないけど…………ただひとつだけ、誰にも負けないものがあるよ。
それは、プレセア。
君のことを、誰よりも好きだっていうこと。
ありのままの君。
辛いことも、悲しいことも、未来を見ようと一生懸命に踏ん張る君が好きなんだ。
これからも……
そしてずっと……
「私は……あなたよりも早くおばあさんになって……、あなたより早く、この世から去ってしまうんです――――」
「そんなこと、当たり前だよ。君は人間。僕はハーフエルフだ」
「それに……私は、外見と精神が、大きく違ってしまっているんですよ」
「そんな君を、僕は好きになったんだ」
「ジーニアスが、辛くなるだけです……」
必至に、涙を怺えるように、プレセアは肩を震わせていた。
「それでも、僕はプレセアと一緒にいたい」
ジーニアスは優しく、力を込めて彼女の手を握った。
プレセアにとって、ジーニアスの優しさが旨に染み、しくしくと痛かった。
疑う訳じゃない。信じていれば、信じているほど未来が徐々に見えなくなってゆく。
“一緒にいたい”……思いと現実のギャップは、きっと二人の想像をはるかに超えたものになっているのだろう。
遊園地からの帰路、あの高台へと二人はやって来た。しっかりと、ほどけないように手を繋ぎ合う。
「ジーニアスがあのとき、気にしないなんてダメだって言ってくれたとき、すごく嬉しかったんです……」
プレセアが小さく微笑むと、ジーニアスは思い出して苦笑。恋人同士と呼ぶにはいささか語弊のある二人。
「あの時のごめんなさいって……そう言うことだったんだね――――」
「…………」
ジーニアスの疑問に、プレセアは無言だった。彼も執拗に追及はしようとは思わなかった。
星が燦めいていた。見飽きることのない宇宙。どこまでも、永遠に続く安らぎの瞬間。
近くて遠い時間に傷を背負う二人。宇宙の永遠は、そんな二人を優しく包み込んでくれていた。
そして、ジーニアスはすっ――――と、プレセアの肩を自分に引き寄せた。
「ジーニアス……?」
「プレセア。ひとつだけ、“約束”――――したいんだ…………」
それは何か重大な決意を込めた、少年の瞳。
プレセアは息を呑んで、ジーニアスの眼差しを捉えた。
…………
…………
そして、熱い感情がプレセアの小さな身体を駆け巡る。
「どんなことがあっても、答えはずっと、ずっと変わらない――――」
プレセアの瞳をまっすぐに見つめて、ジーニアスは言った。
プレセアは感情が止まらなかった。感情というものがあることを、これほど素晴らしいと思ったことは、無かった。
「ジーニアスに出逢えて……、ほんと……本当に、良かったです……」
星屑を鏤めた透明な宝玉が瞳からこぼれ落ち、少女は満面の笑みを浮かべた。
そして、ジーニアスの背中で幸運の釧が小さく、きらりと輝いた。