最終章 君をつれて


 ロイドが解放されたのは、それからほぼ一ヶ月が過ぎてからのことだった。
「……全く、君という漢は……昔からそうなのか」
 アンドリュースがため息まじりにロイドの肩をぽんと叩く。
「陛下の取りなしが無ければ、本当に君の命はなかったぞ」
「…………」
「まあ、今になってそれを言っても致し方がなかったか」
 アンドリュースに先導されて城門から出ると、外界の眩しい日射しが、一斉にロイドの全身を暖かく包み込んだ。思わず眼を細める。
「外の世界がこんなに明るかったなんて、今まで意識もしていなかった……」
 ロイドの呟きにアンドリュースは安堵したかのように息をつく。
「そして、君を案じてくれている仲間たちのありがたさも……な」
 そう言ってアンドリュースは前方を指さした。ロイドがそこを向くと、懐かしさすら感じる人の姿。
「先生……ジーニアス…………それに……コレット――――」
 待ち人来たり。三人はロイドの姿を見つけると、途端に駆け足で寄ってきた。
「ロイド、お帰りなさい。待ってたわよ」
 リフィルがにこりと笑って手を握る。
「もう……ロイド、無茶ばっかりするんだからな」
 ジーニアスがロイドの横腹に肘を打ち込む。途端に仰け反るロイド。
「あっ……つ――――こらジーニアスッ、本気で打ち込むな本気でっ!」
 爽やかな笑いに包まれる。何故か、非常に懐かしく、感激する瞬間だった。
 そして、ロイドはおもむろに遠慮がちにリフィルの後ろに立つコレットを見つめる。
「……コレット……」
「…………」
 一瞬、瞳を逸らすコレット。リフィルはそっとジーニアスの肩を叩き、二人の間から離れる。
「……ごめんな、コレット。結局、俺――――嘘、ついてしまった……」
 ロイドが苦笑する。その乾いた笑いが、少女の小さな胸を切なくさせる。
「……ロイド?」
 あの口調で、コレットはロイドの名を呼ぶ。
「…………」
 ぴたりと笑いを止め、コレットを見つめるロイド。
 その瞬間、コレットはロイドの胸に飛びついていた。胸の厚さを頬に感じ、か細い力で、必至に彼の背中を繋ぎ止めようとしていた。

 ずっと……ずっと心配してたんだよ?
 ずっと……ずっと――――
 ずっと待ってたんだからっ!

 心から叫び、途端に嗚咽するコレット。その一生懸命な姿に、ロイドは胸をつまされた。
(コレットを泣かさないって言っておきながら……俺って奴は――――)
 コレットの華奢な身体を抱きしめるロイド。
 しっかりと、もう二度と離さないと誓うかのように、優しさに包まれた腕。
「ロイド。感謝する事ね。コレットはこの一ヶ月間、ずっとアンドリュース公に掛け合って、あなたの放免を願ってくれていたのよ」
 リフィルに続いてジーニアスが照れ笑いを浮かべながら言う。
「もちろん、僕たちもだけど。やっぱりロイドのこととなると、コレットの気迫には敵わなかったよ」
「……コレット――――」
 しばらくの間、コレットはロイドの胸に涙を染みこませた。

 コレットがようやく落ち着いた後、四人は一度アルタミラへと帰還した。
 リーガルやプレセアの喜びは計り知れず、アンドリュースの言葉ではないがロイド自身、仲間たちの存在というものが、どんな珠玉にも勝るものだと、改めて思い知らされる。
「ロイド」
 不意に、リフィルが澄んだ笑顔でロイドを呼び止める。
「ん? 何だよ先生」
 振り返るロイド。リフィルの隣に、ジーニアスが立っている。
 何でもない、いつもの様子。ただ、違うのは、ジーニアスが顔を見せないように俯き、小刻みに肩を震わせていることだけだった。
「どうしたジーニアス。どこか具合が悪いのか?」
 親友を気遣うロイド。その時、突然リフィルが大きく深呼吸した。
 わざとらしく、大きく腕を広げる。
「ロイド、『宿題』の進捗状況はどうかしら?」
「えっ……あ……」
 それは、イセリアを発ったときにリフィル師から課せられた、【歴史書の草案】。テセアラにたどり着いて以来、すっかりと手つかずだった。
 ロイドの顔色が変わる。リフィル師の鉄槌は当に王家転覆の陰謀をはるかに凌ぐ恐怖。
「その様子だと、進みは良くないようね」
「ご、ご、ご、ご、ごめん先生! やるっ、やります。今日から早速全速力で――――」
 顔を背け、両腕で頭を庇う。いかに救国の勇者といえど、決して避けられぬ雷霆を待つ心境は、他人にそうそう解るものではない。
 しかし、リフィル師の怒気は立つ気配はなかった。
「…………?」
 おそるおそる顔を上げリフィル師を向くと、彼女はその清冽で澄みきった美しい笑顔に、一握の寂しさを鏤めていた。
「――――先生?」
「ロイド。その草案、“次の機会”までに、必ず完成しておくこと。よくて?」
「次の……機会って…………先生、どういうことだよ」
 不安が過ぎるロイドの問いかけに、リフィルの笑顔が陽光に滲む。
 そして、眩いハレーションが視界を包んだと思った瞬間、ロイドはリフィルの胸に強く抱きしめられていた。
「!?」
 愕然となるロイド。広く包まれるように温かく、限りない優しさが、ロイドの胸に流れ込んでくる。

「次の機会よ…………ロイド。私たち、旅を続けることにしたの――――だから……」

 どくんと、ロイドの胸が鳴った。不安は的中した。
 すっと、ロイドを離すリフィル。慈しみの笑顔が、別離を確固たる事実にかえる。
「…………先生……ジーニアス――――」
 ロイドの声は、戸惑いと悲しさが入り交じるように、力がなかった。
 俯いていたジーニアスがずずっと鼻をすする音を立て、にやりと笑って顔を上げた。
「ロイドー、サボんないでよね。今度会う時まで、ちっとも進んでいなかったら、承知しないぞ。あ、それより姉さんがどうなってしまうかー……僕は保証しないんだからな!」
 無理に笑う。この純粋で、ロイドが心から信頼し、愛おしく思う幼なじみの少年の強がり。不器用で、妙に頭が切れるが、どこかやっぱり少年のままで、いつも二人で支え合って来られた。男同士だから、言い合えることもあった。
「な、何言ってんだよっ。こんなの俺一人でも十分だぜ。見てろよジーニアス。お前がビックリするほどの素晴らしい中身に仕上げてやるからな」
「あはははっ、ホントかな――――。……うん。ロイドだったら、出来るよ。きっと出来る――――」
 急に、ジーニアスのトーンが落ちた。そして、支えていた何かが外れた瞬間、彼もまた、親友に抱きつき、涙を流して別離を感じた。
「きっとって……根拠あるのかよ」
「あはは……わかんないや」
 わざと憎まれ口を言うロイドに、涙顔で舌を出し戯けるジーニアス。
 旅立ちの理由。別離の意味。それは一度聞いていたこと。ロイドは全て解っていたから、敢えて尋ねもしなかった。止めることなど、到底出来るはずはない。
 だから、普通でいい。ありのままの、一日の授業が終わり、「また明日ね」と挨拶を交わす感覚でいいのだ。『宿題』が、この素晴らしいハーフエルフの仲間との絆を変わらず、より一層強くしてくれる。そう、信じていた。

 数日後、セイジ姉弟はエグザイアの民を大地に還す為の大望を胸に、新天地を求めて、再びその果てない旅路に第一歩を踏み出した。姉弟の心はもう一つ、母・バージニアの行方を捜すこと。しかし、それはまた別の話。
「プレセアは――――寂しくないのか」
 遠離るジーニアスをずっと見つめていたプレセアに、ロイドは訊ねた。
 すると彼女は、そっと幸運の釧を包み込むように触れると、微笑みを浮かべてロイドを向く。

「寂しくありません――――だって、
 彼との、『約束』……ですから――――」

 そう言った彼女の表情は、別離の哀しみなどではない、むしろこれから訪れる幸福を確信した、自信に溢れる明るさを感じさせていた。

 その夜、アルタミラは久しぶりに静かな時を迎えていた。ロイドとコレット。二人だけの時間が、訪れる。
 リーガルとプレセアはそれぞれ所用があるとして、不在だった。
「何か、すごく久しぶりのような気がする。こうしてロイドと二人きりになるのって」
 星と海を眺望するアルタミラヒルのテラス。ロイドと肩を並べていたコレットがふと、そんなことを言った。
「あ、そう言えばそうだな――――」
 コレットと肩を並べて語り合うことは特別なことではなかった。今までだってそうだったし、あの戦いの最中でも、それがごく自然だったからだ。
「……この旅を始めるあたりからだよね……そんなことも出来なくなっちゃった――――」
 影が差す、コレットの声。
「何言ってんだ、コレット。今、こうして話してるじゃねえか」
 ロイドの言葉に、コレットはふるふると首を横に振る。
「ちがう……違うもん――――今までのようにはいかないよ?」
 静かだが、そこはかとなく思いつめたような感じだった。
「え? どういう意味だよ――――」
 その時、ロイドの脳裏に、あの暗い空間の中で交わした、クラトスの話が過ぎる。

(お前を想う、娘〈コレット〉の心に、応えてやれ―――)

 コレットは今にも泣き出しそうとばかりに、切ない表情を向ける。思いつめても、限界まで我慢する。それが、この愛(かな)しい少女だ。
「私……もう限界だよ? ロイド……私、もういやだよ――――」
「……どうした、コレット――――ああ、ごめんな。俺、もう絶対無茶しないから。お前の傍から、離れないから。もう、嘘つかないから――――」
 ロイドがコレットの肩を抱き寄せようとした。しかし、彼女の掌が、ぱしんとそれを弾く。
 身じろいだコレットがきっとロイドを睨む。

「それが……ロイドのその優しさが――――苦しいよ――――」

 熱を出したかのように、コレットの顔が朱に染まってゆく。
「コレット……?」
「ロイド? 私……もう子供じゃない。ロイドに護られるだけじゃ、もう嫌だよ……」
 きゅんと、ロイドは胸が痛んだ。
 ロイドを見つめる彼女のコバルトブルーの瞳は深く、輝きを秘めているようだ。
 『子供じゃない』――――その言葉の持つ意味が、クラトスの言葉と共鳴し生々しくさえ感じた。
「ロイドのことが好き。大好きだよ。……ううん、もっと……」
 胸をしめつけるような想いが、上手く言葉に出来ない。好きなんて言う、月並みの言葉だけでは物足りなかった。

 ロイドは心のどこかで、コレットを一人の女性として接することが、今までの関係を全て灰燼にしてしまうのではないかという虞に囚われていた。
 それ以上に、ロイドもまた十八歳の少年特有の想いを、この愛しい少女に向けることを無意識に自制し、封じていたのかも知れなかった。
「コレット。俺は……お前を――――」
 言いかけて止まるロイドに、コレットは哀願するようにすがった。
「お願い、ロイド……私を、私を箱にしまわないで。ロイドの傍に……ずっといたいよ……ロイドのことを、ずっと見つめていたい――――」
 儚げに言葉を繋ぎ、胸に両手を当てるコレット。
「…………」
 ロイドはゆっくりと両腕を広げて、彼女を包みこんだ。
 そして、自分の言葉を確かめるように、言った。

 ……コレット。
 俺は、お前のことを愛している。
 ずっと……
 ずっと前から……
 そして、これからもずっと……
 お前を……お前だけを
 愛している――――

 言葉に魂が宿るとするならば、人はどれくらいの生命と幸福を世界に生みだしているのだろう。かつて、クラトスと語り合った『言霊』の意味が、またひとつ解ったような気がした。
「……私も……私もだよ、ロイド――――」
 ロイドを見上げたコレットの言葉は、途中で塞がれた。
 ぎこちなく震えるコレットの薄く、柔らかな口唇を、ロイドは優しく重ねた。
「ん…………っ」
 微かにふれあう舌先。コレットの、爽やかな甘酸っぱい香りがした。
 そっと離れたロイドがコレットを見つめる。ぽうっと赤くなっている少女の頬。恍惚に潤む瞳は恥ずかしさのためか伏せ気味だった。わずかに銀の糸を繋ぐ唇の間から漏れる息が熱っぽい。
「えへ……初めてのキス……」
 少しだけ、戯けるコレット。ロイドは小さく微笑んだ。そして、その華奢な背中を美しく流れるプラティナブロンドの髪を二、三度優しく撫でる。
「いいの? 本当に――――」
 ロイドの囁きに、コレットは小さく頷く。
「うん……うれしい……よ……」
 そっと、ロイドの背中に腕を廻す。
 二人、それぞれの胸の高鳴りが自らの鼓膜を打つ。
「ロイド……だいすき……」
 ロイドとコレットは同時に口唇を求め合った。まるで、溜まっていた感情が一気に溢れだしたかのように、互いの不器用さを絡み合わせながら抱き合い、唇の内側を舐め合う。
「はぁ――――――――ふしぎだねぇ……んん……気持ち……いい……よぉ――――」
 ロイドとの交歓に陶酔するコレット。熱がこもる吐息、そしてその眼差しは、心なしか嫉みの色が混じっているように、ロイドは思い込んでしまった。
「コレット……俺も……こうしているだけで……お前を感じる……」
 二度、三度と舌を舐め合い、やがてロイドの口唇は滑らかで柔らかい頬、耳朶へと移ってゆく。
「あぁっ……ロイド……ぉ!」
 じんとそこから伝わる電気に反応して、小刻みに痙攣するコレット。ロイドの背中に廻す腕に、不規則に力が入る。
 ふと目に入った、コレットのトレードマーク、プラティナブロンドの真っ直ぐな髪。こんなに間近に見るのは事実上初めてかも知れない。遠くから見ても眩く美しいそれは、絹糸と喩えるにはあまりにも言葉が足りない、触れて飽きないと思うほど繊細で、麗しいものだった。
「お前の髪……すげえキレイなんだな――――」
 ロイドはコレットの髪に唇を当てた。何度も美しい髪にキスをする。
「んん……ロイド……優しいね……。いつもはいぢめるのに」
 髪くしゃ攻撃。あれはコレット専門に相当なダメージを与える。
「あはは。あれは、コレットじゃないと、意味がないんだって」
 髪に指を絡めながら、ロイドがはにかむ。さらさらと、まるでトリエットの砂のような柔らかな髪の毛が、ロイドの指を滑り落ちる。
「そう……なの?」
「コレットの、この髪じゃないと……だめなんだって」
「そなの? 私じゃないとだめなんだあ…………んっ――――」
 言いかけるコレットの口唇を再び塞ぐロイド。
 熱い息を絡め合いながら、ロイドは無性に軋む腕の関節を引き戻す。そして、コレットの形の良い顎に触れ、滑らかで折れそうな首筋を伝う。その動きひとつひとつが緊張に満ち、関節がぎぎと軋み痛む。そして、首筋から胸へと指を落とした瞬間、ぴくんとコレットの身体が硬直した。。
「あ……ごめん……」
 咄嗟に手を引くロイド。
 コレットはロイドの瞳を捉える。
「あ……違うの……ちょっと……びっくりしただけ……」
「でも……」
「ロイド……」
 今度はコレットからキスをしてきた。爪先を立て、ロイドの頸に両腕を回し、小さな舌を懸命に絡めてきた。すごく大胆だった。
「……でも、ちょっと恥ずかしいよ……」
 真っ赤に染まるコレットの貌、少し逸らし気味のその表情が、ロイドの芯にずきんと響く。
「どうして?」
「……だって……私…………さいから……」
 聴き取れない。ロイドが二度訊ねると、少しだけ怒った。
「かわいいんだよな、お前って……ははっ」
 ロイドは拗ねるコレットの口唇、そして顎から首筋へとキスを辿る。
「あ……ふぅっ……」
 驚くほど、甘く艶っぽい声が漏れる。コレットは自分でも気づかなかった、大人としての証に少し戸惑いと嬉しさを知った。
 コレットの肌の香りを良く吸い込んだロイドも、押さえていた思いが徐々に溢れだしてゆく。
「コレットの身体が……見たい――――」
「え…………」
 少し驚くコレット。潤んだ瞳が、躊躇い気味に泳ぐ。
「コレットを……見せて――――ほしいんだ」
「……ロイド……でも……ここじゃ……」
 コレットは瞳を左右に向けて、恥ずかしそうに俯く。人はいないとは言え、そこがテラスだったことを、ロイドはすっかり忘れてしまっていた。

 ロイドにしっかりと肩を抱かれながら、コレットはロイドの部屋に入る。しっかりとメークされたシーツの上に、コレットは導かれた。
 星明かりが差し込む寝台。濃紺と微かな青白さが二人を照らす。見つめ合う二人、もう慣れたキスを交わし、再び見つめ合う。
「コレット……見せて――――?」
「…………うん。……ロイド……あっち……向いてて? お願い……」
「ああ……」
 ロイドがくるりとコレットに背中を向ける。
 それを確認してからゆっくりと、躊躇いながらコレットは上着を脱いでいった。ぎこちない。いつも着慣れている服でも、何故か手間取ってしまう。
 衣擦れの音が重なると同時に、二人の胸の鼓動が速くなって行く。
「…………い……いいよ――――ロイド……」
 恥ずかしさに消え入りそうな声で、コレットは言った。
 どくっ……どくっ……。ロイドの鼓動が身体中に響く。関節の軋みが蔓延し、振り向こうとするたびに、ぎしぎしと鳴った。
「………………」
 振り返ったロイドは、絶句した。
 そこに立つ少女は、正しくかつて彼女が一度はなった天使。それも、これぞ伝承に聞く幸福をもたらす天使かくやと言うべきか。恥ずかしさに身を捩り、脚を閉じ、両腕で胸を隠す美少女の身体は、文字通り大人へと成長したなまめかしさと、少女のままの瑞々しさが混淆して筆舌に難い美しさがあった。
 そんなコレットに、ロイドは見とれていた。
 天然ぼけで、ドジで、自分がいなければ何も出来ないと思っていた幼なじみの少女が、いつしかこんなに、『女性』になっていたこと。
「いや……そんなに見ないで……恥ずかしいん……だから――――」
 真っ赤になって顔を背けるコレットの言葉も虚ろに、時を忘れて魅入りそうだった。
「……コレット……すげぇ、きれい」
 そんな陳腐な言葉しか思いつかない。
「……わたしだけずるいよ。ロイドも……」
 触れようとするロイドを拒んで、コレットは言う。ロイドは小さく乾いた笑みを浮かべると、着衣を外していった。こう言う時、慌てない方が良い。何となくそう思った。
 ロイドの痩身ながら逞しい身体がむき出しになる。
「…………」
「…………」
 無言の二人。ロイドはすっと腕を伸ばし、コレットの細い肩を抱きしめた。そして、そのまま、コレットはシーツに仰向けに倒れる。
「……夢、だったんだよ?」
 不意に、コレットが呟いた。肘で上体を支え、真上から、コレットの顔を見るロイドがきょとんとした表情を向ける。
「いつか……ロイドとこうなる日が来ること……ずっと……夢見てたの」
「そう、だったんだ……」
「へ、変に思わないでね。……だって……」
「思うわけないだろ。俺だって――――」
「俺だって……なに?」
「本当は……コレットと……こうしたかったから」
「……ホントに?」
「意地悪なのは、コレットもだ」
「えへっ」
 見つめ合う二人。
「……ロイド……キスしたい……」
 コレットの頭をそっと抱き上げて口唇を重ねる。
「ん……はぁ……ぷ……」
 恍惚な表情、絡みつく銀の糸。ロイドの唇がコレットの首全体に万遍なく跡をつける。
「……コレット?」
「……んん…どう、したの?」
「コレットが病気になった時の部分――――」
「え……あっ……」
 ロイドはおもむろにコレットの右腕から肩、脇をと唇と舌でなぞった。そして、胸を隠す右腕をそっと掴んで引き離すと、脇の下もなぞる。微かに汗の匂いが、ロイドの鼻腔を刺激した。
「あぁ……ロイド……そんな……恥ずかしい……くすぐったいよお――――」
 身を捩り逃れようとする。露わになったコレットの胸。大きさだけを言うならば決して褒められたものじゃない。だが、形は他の部分に引けを取らなかった。
「コレット……ここもだったよね」
 そう呟きながら、ロイドは膨らみに触れた。
「あぁ――――――――!」
 途端に激しい電撃がコレットの全身を跳ねさせる。反射的にロイドの頭を両手で掴み、抵抗しようとする。しかし、それがかえって、みすみす隙を与えてしまう。
 ロイドの両手がコレットの手首をそっと取り押さえる。コレットの上体が、ロイドの視野に晒された。
 彼女の白くきめ細かい肌に、思わず目が眩むロイド。魅入られるロイドに、コレットは切なげにため息をつき、顔を逸らして恥じらった。
「――――で…しょ?」
「?」
 きょとんとしてコレットを見つめるロイド。
「……さい……でしょ。しいな……とか、先生に……くらべ……たら――――」
 消えそうな弱々しい声で、そう呟いた。
 ロイドは一瞬、瞳を点にしたが、意を察し、穏やかに微笑んだ。
「ああん、もう……離して。恥ずかしいよぉ……」
 ぐいぐいと腕を解こうと力を込めるコレット。しかし、ロイドは逆にコレットの指に指を絡め、しっかりと手を繋ぐ。
「そんなことないぜ――――すげえ、かわいい……と、思う」
「……ロイド――――」
 嬉しい言葉に、ロイドを振り返る。見なれた微笑みが視界から消えたと思った瞬間、彼女のコンプレックスの部分から甘い痺れが全身を駆け抜けた。絡められた指に力が入る。
「はぁぅ――――! あぁ……」
 不意打ちに思わず声が大きくなり、それがかえって羞恥心を煽ってしまう。ロイドは、コレットの弱さを包むように口唇と舌先で、そこをなぞっていた。
「やだ……くすぐったい……よ……」
 だが、ロイドはちらりと上目づかいにコレットを一瞥するだけで、止めようとはしなかった。

 そして、ロイドは万遍なく、コレットの身体を指先と口唇でなぞった。確かにそこにいる、愛おしい少女。触れるたびに震え、堪えようと力が入る身体。それがたまらなく愛おしい。
 再生の神子として流転の時にあった日々、一人生命を投げ出そうとさえ考えた健気で、誰よりも優しい少女。幾度も悪の策謀の贄にされかけ、それでもロイドとともに強くあった、気丈な少女。
「だめ……だよぅ……そんなとこ……きたな――――」
「すごい……すごく……キレイだよ――――」
 今にしてロイドは心の奥底から感じる。この少女が、こうして生きていること。自分の傍にいること。狂おしくロイドに身を任せる、コレットの髪、額、瞳、鼻、頬、唇、耳、首筋、肩、腕、胸……。
「コレット……俺、もう…………」
「うん……いいよ――――でも、ロイド……」
「ん?」
「お願い……優しく…………ね?」
 その愛おしい全てを全身で感じ、波動をひとつに、身をひとつに、全てをひとつに出来る喜びは、統合世界への道を開き、世界の悲劇の連鎖を断ち切った偉業よりも大きく、強く、嬉しいものだっただろう。

 愛してる……コレット……もう、二度とお前を離さない――――

 ロイド――――私も……愛してるよ……ずっと、ずっとロイドの傍から……離れないもん――――

 星明かりの部屋、ひとつに重なる影は、それから何度も、同じ律動をくり返して止まなかった。

 ……………………
 ……………………

 アルタミラからロイドとコレットの姿が消えたのをリーガルたちが知ったのはずっと後のこと。
「長い旅に、なりそうか――――」
 リーガルの手には、蠎から届けられた、一通の定例報告の書簡。
「お前は、本当に不思議な少年だ――――」
 清々しい笑顔、長い水色の髪が、潮風に靡いた。そして、彼は心の奥で、願った。
(また――――必ず遇おう――――)

 ミズホの里。居候的存在のゼロスとセレス兄妹。ゼロスとしいなの仲を割ろうと、セレスの懸命な工作は続く。毬栗老や太賀が待望する、ゼロスとしいなの婚礼はまだまだ遠そうだった。
 今はまだ遥かなるシルヴァラント。
 その日、ショコラは遠い月『テセアラ』に思いを馳せていた。復興の道を共に手を携えてきたニールとの結婚式を前に、初恋の彼に、その報告をと――――。
 旅の軌跡、巡り合った人々。彼らの記憶に、共に刻まれる、勇者の名――――。

 

十六年後―――――
テセアラ・シルヴァラント立憲君主連邦共和国
アルタミラ州――――州都アルタミラ

 

「よお、ガッシュ。一年ぶりの休暇だって聞いて待ってたんだぜ。どうよ、宮仕えは。色々と不便があるんじゃねえのか。まあ、いいや。なぁ、今日は飲もうや。おお、久しぶりに旨い酒が飲めるぜ」
「喜んで良いんだか、悪いんだか。また首都に帰る日が来るのだろうかねえ……」
「はぁ? それ、どういう意味よ。何、お前仕事辞めてきたわけ?」
「ん――――ビマード。お前さ、たまにはタイムス読めよ。ヒルダ女王、突然の退位」
「は? まさか、あの美しい女王陛下が……なんで?」

 メルトキオ・東ビーストブルク坂、某日朝。
 登城途中のアーネスト=アンドリュース首相。
「アンドリュース閣下、お久しぶりです」
「ん……? そなたは」
「お忘れですか。……報国忠義の臣を」
「……!」
 親しみを込めて近づいてきた笑顔の若者が突然、潜ませていた懐剣をアンドリュース首相に突き立てた。急所を外れていた首相は一命さえとりとめたが、公務続行は不可能。閣僚全員、総辞職に追い込まれたよ。

「誰がやったんだ?」
「何でも、保守派の一部過激派とかウワサになってるけど、保守派の旗頭だった元内務卿のザクソン=カーネルといやあ、十五年くらい前に、先代王退位と共に引退したはずだし……それから保守派はすっかり忘れられた存在だったからなあ――――」
「何よ。それじゃ、あの首相を恨む奴がまだいたってことか」
「まあ――――辣腕だったからな、恨む奴は相応にいたことは間違いがない。誰かと言えば多すぎて、特定は難しいだろうよ」
「ふーん……で、女王陛下の後は誰が王になるんだ?」
「えっと……何だっけ――――って、そんなことより俺だよ、俺。あーあ、そんなこんなな混乱で、お役御免さ。参ったよ……」
「はははっ、笑い事じゃねえみてえだが、まあ今日は飲もう。ゲロ吐くまでつき合ってやる」
「そこまで飲めないっての――――それにしても、この町は平和だねえ」
「自治州だからなあ。中央の政情なんてほとんど無関係。いつでも平和なのよ」
「いいねえ。これもブライアン州公の善政のお陰という奴か」
「まあな――――ブライアン公は俺たちの誇りさ……って、お前だって知ってんだろっ!」
「ビマードの一般常識、試させてもらいました」
「ケッ、あいっかわらず性格悪っ」
「あはははっ」
「……って、おいガッシュッ、あれ、見てみろよ」
「え?」
「ほら、向こうから歩いてくる、あの女。すげえいい女だ――――!」
 二人が目を凝らす視線の先。
 程良く背の高い、すらりとしたスタイル。腰の下まで伸びた、わずかにウェーヴがかかる薄いピンク色の髪、スカートから伸びる長く細い脚。顔立ちは髪の毛に隠れる感じだったが、途轍もなく美人であることは間違いが無く、すれ違う人々は思わず立ち止まり、振り返るほどだ。
 そこはかとなく、何か大きな雰囲気を感じさせるその女性は、当然、二人のことなど気づく様子もなく、そのままゆっくりと舗道を過ぎていった。
「星見の高台に行くみたいだぜ、あの美人」
「無駄無駄。きっとデートだよ。ほいほい、俺たちには縁無いこと。さ、早く飲みに行こう」
「ちぇ。もてねえ男は辛いねえ」
 二人は何故かやけ気味に美女とは正反対の繁華街の方へと駆けていった。

 星見の高台……。誰が名付けたか、そこはいつしかそう呼ばれるようになっていた。
「…………」
 暖かな潮風に、ピンクの髪がささやかに舞う。
 華奢な手首にはめられた、女性には不似合いなほどに形の悪い、黄銅色のブレスレット。しかし、彼女はそれを大事そうに、何度も見つめ、触れる。
 蒼空、海、砂浜、景色……自然は不変の姿を今に伝え続ける。変わってゆくのは人の心。人の心は不確かなものなのか。熱き想いも、いずれ回顧のアルバムの一頁に収まるものなのか。この美しいアルタミラの風景のように、温かい愛で抱き続けてはくれないのだろうか。

 やがて空は橙に染まってゆく。
 ずっと、物思いながら佇みつづける女性に一陣の微風。
 それは既視感。ゆっくりと、振り返る。
「…………」
 それは遠い日のリフレイン。
 視線に映った、小さな影。……いや、今はとても大きい、夕陽に照らされた海を背景に、逆光線に照らされた、愛おしい影。

 彼女は止まった。その影も止まった。
 そして、次第に女性の瞳に映る、影の顔貌。
 背中まで伸びた、ライトシルヴァーの髪、大きく、それでいて非常に優しい瞳。違うのは、驚くほどの美貌と、見上げるほど、高くなった、身長――――。

「ただいま――――プレセア……」

 感極まって、途端に涙があふれ出す。止めどない喜び。言葉にならなかった。言葉に表現できなかった。
 夕陽のハレーションに包まれて、二人は抱擁を交わし、ゆっくりと、永い時間に募らせ、育んできた愛おしさを込めて、唇を重ねた。

 ――――いつかまた巡り会えるから、
 その別離は悲しくはなかったんだよ。
 心はどこかで受け継がれて、
 新しい命になってゆくって。
 ……そして兄弟は生まれ変わった。
 生まれ変わって、再び巡り会えたんだ、
 この星の下で……

 僕たちと、人を繋ぐ……約束の証……
 いつまでも幸福、絶えぬように――――
 それが、幸運の釧――――
 永遠の愛――――


 風が吹き抜ける。
 別ち合った二つの世界が一つに帰す。
 偉業は歴史に語り継がれ、汚名は千歳に名を遺す。
 時は傷を癒し、安らぎをもたらし、苦難を和む。
 歴史を動かしたものは多くを語らず、得てして余生を愉しみ、謳歌してゆくものなのだろう。

 そしてここに、語り継ぐべき史書の草案がある。後世、再び世界が危難に陥った時、勇者の道標になるよう、彼の肉筆のまま、ここに永の眠りにつかせよう――――。

 朝の眩しい日射しが、この世界に新しい夏の到来を予感させていた――――。

Tales of Symphonia キミとともに~愛のかたち~

written,copyright by Kou Takamine
Reference music and Featuring Hideaki Tokunaga
music are "Kimi wo Turete" in 2003 / words Hiroshi Yamada
"Eien no Hateni" in 1994 / Words Hiroshi Yamada
all music by Hideaki Tokunaga
UNIVERSAL J. / NAMCO

SPECIAL THANKS
ALL TOS's Web site administer!

Fin...