TRUE FRIENDS

まずは自己紹介

 南部親虎(なんぶちかとら)。俺はこの名前が嫌いだ。昔の武士じゃあるまいし、親はなぜこんな名前を付けたのだろう。
 俺は三兄弟の末っ子だが、兄二人の名前も――――信虎(のぶとら)――――孝虎(たかとら)――――ちなみに親父は《彪(たけし)》という。
 先祖が武家か何かは知らないが、もっと普通の名前を付けて欲しかった。小・中と、授業ではよく指名されるし(しかも、呼び方が決まって間違っている。《おやとら》ってな。)、あだ名は《サムライ》。人によっては末字を取って《トラ》と呼ぶ。
 先負中を卒業し、私立八十八学園高校に入学した俺は、一人の友と知り合った。
 三村 竜之介。
 どこかで見たことのある・・・いや、雰囲気がそうなのだろうか。先負中時代、先輩に三村のような人間がいた。誰だったか・・・・・・そうだ、立石・・・《立石卓郎》だ。
 さほど二枚目ではなかった。体格はそう、極端に言えばルパン三世みたいな。でも、立石先輩は中学校ではかなり有名人だった気がする。
 校内一の美人といわれた水泳部の桜木先輩(実は俺の憧れの女性だった)の追っかけをしていて、生活もかなり目立っていた、生活指導教師の恰好の標的。よく、『好きなタレント部門ナンバーワンの男性は、嫌い部門でも一位』と言ったタイプの人だった。
 立石先輩は付け焼き刃の勉強で、桜木先輩と同じ先負学園高に進学していった。その後、先輩たちの話は聞かないが、風の噂で二人はつき合っていると聞いた。
 三村は当時俺が知る立石先輩に似ている。俺と三村はすぐに仲良くなった。
 自己紹介の時、お互いインパクトのある名前だったのがきっかけ。「お前、珍しい名前だな。」「お前だって、芥川なんとかみたいじゃねえか」俺はこのとき、自分の名前に初めて好感を覚えた。そして、いつしか周囲は俺たちのことをこう呼ぶようになっていた。

 ――――八十八学園の竜虎――――

第一話
舞島可憐

 それにしても、俺のクラスには随分変わった奴が多い。
 入学式の時、台風のように騒ぎ立つ連中。その目には女――――アイドルタレントの舞島可憐がいたからだった。
 窓側の最後列にある可憐の席に集中する他の連中から離れて、俺と竜之介の二人だけが、廊下側最前列の席で、ぽつりと対岸の火事を決め込んでいた。
「へえ・・・舞島可憐、八十八学園に在籍するんだな。」
 俺が冷ややかに可憐を囲んでいる連中を見回しながら言った。
「トラ、なんていったって、今をときめくスターが同じクラスにいるんだぜ。お前もサインくらいもらってきたら?」
 竜之介が笑う。
「馬鹿言え。あいつがアイドルだろうが王女様だろうが、クラスメイトにサインねだるなんてあほらしいことできっかよ。」
 俺がそう吐き捨てると竜之介も鼻で笑いながら「全くだ」と言った。俺と竜之介は、可憐を囲む連中を後目に、放課後どこに遊びに行くとか、スケベ話で盛り上がっていたのだが、他のクラスの連中まで押し掛けてきて、教室はパニック寸前までになった。俺と竜之介のところまで連中がおせやおせやの大騒ぎ。話どころではなかった。それよりも、可憐が少し可哀想に思えてきた。
「竜。女があぶねえ目に遭ってんの見捨てるって、ポリシーに反しねえか?」
 俺がにやりと笑うと、竜之介も「ああ」と頷く。
「いっちょ、ここらで暴れてみっか。」俺が手の関節を鳴らす。今日は調子いいのか、いい音だ。
「入学早々、退学って事にならにゃあいいがな。」竜之介が言う。
「男と心中するつもりはねえが、今はんな事、言ってる場合じゃねえべ。」
「行くか?」竜之介の合図と共に「おうっ!」
 俺と竜之介は椅子を蹴飛ばし、可憐をふさぐ連中の壁を強引に突破する。
「イテッ。机の脚がスネに・・・」「俺はおてぃむてぃむが・・・」かなりの障害物が俺たちの身体にダメージを与える。竜虎の強行突破に、倒れたりつまづいたりする可憐を囲む壁連中。
 怯えた表情で机にうずくまっている可憐の姿を見つけ、最後の壁人間の襟詰めを排除した俺たちは、ざわめく連中をにらみ付けた。
「おい、アホども。少し静かにしねえか。」
 軽くスネをかばいながらまず最初に俺が怒鳴る。
「あー・・・」
 しんとなったのを見計らい、竜之介はマイクの調子を確かめるように発声してから
「ここぁ1Bだ。部外者、去れ。」
 ゆっくりと吐き捨てるように言う。しかし、案の定誰も動かない。それどころか、突然の乱入者に皆唖然とした表情をしている。
「何だか知らねぇが、寄ってたかって女囲むたぁみっともねえぞ、てめえら。」
「うるさくてさ、俺ら話も出来ないんだよね。」
 親虎と竜之介の声だけが響く状況に、可憐はおそるおそる顔を上げる。自分の机に尻をもたれかけている二人の姿が映る。可憐には二人が自分をガードしているように見えた。
「可憐ちゃんだぞっ。」
「正真正銘、本物の可憐ちゃんだぞ。邪魔すんな。」
「お前ら何なんだ。邪魔だ。」
 犬の遠吠えみたいな声が連中から発した。俺たちは唾を吐き捨てるように唇を鳴らした。
「俺か?俺はこのクラスの《南部親虎》よ。よく覚えとけ。」
「俺様は八十八中の《三村竜之介》だ。知ってる奴は知ってるよな。」
 竜之介が名乗った瞬間、一部がざわついた。
(おい、竜之介って・・・まさか。)
(八十八中の・・・竜之介・・・)
 まるで《水戸黄門の印籠》まがいの効果がある名乗り。竜之介は八十八町ではかなり名を知られているのだろうかと、思ってしまう。それはともかく、まずはこいつらを消さないと行けない。
「とにかくよ、俺たちは騒がしいのって、でぇ嫌ぇな訳よ。わりぃけどさ、退散してくんない?」と、俺。
「彼女、いやがってんじゃん。これ以上しつこくすると、お前らストーカーより質悪いぜ。」
 と、竜之介。
「何だよ。お前らだけそうやって、可憐ちゃんの気を惹こうとしてんのか。」
 その声がした方向に、俺は鋭い視線を向けた。今度は喧嘩腰に出なかった。
「んな訳ぁねえべが。俺たちはただ困ってる奴を助けようとしたのと、竜とろくに話も出来ねえから仕方なくこうやったまでよ。」
「全く、常識ってもんがねえのかよ。んー……良く見りゃあ、俺たちの先輩方も多々いるね。いくら先輩っていっても、許せませんよ。」
 俺たちは一度も可憐の方を向かなかった。彼女は二人の背中を見つめて、無言のままである。
「とにかくよ、痛い目に遭いたくなかったら、とっとと消えろっ、散れっ。」
 俺がダンと机を叩くと、連中はビクついた。所詮、アイドルである可憐目当ての烏合の衆だ。一つ脅かすだけで、蜘蛛の子をまき散らすように逃げ出す。中には「覚えてろ」だの「後でボコボコにしてやる」だのと捨て台詞を吐く奴もいる。やれるものならやってみろ。
 クラスの連中もやや興醒めしたのか、ぽつりぽつりと分散していき、可憐の周りには誰もいなくなった。
「トラ」そのままの姿勢で、竜之介がにやりと俺を見る。
「あ?」
「あれだけの人数、本気でかかってきてたらどうしてた?」
 竜之介は随分鋭いところを突く。実は勢いで吐いてしまった台詞だったからだ。無論、到底奴らがかかってきてたら、自分がただでは済まなかった。照れ隠しに笑う俺。
「南部親虎、一世一代の賭だったぜ」
「だろうな」
 笑い合う二人。誰も俺達を見ようとはしない。勝者の歓声とでも聞こえているのだろう。
「さあて、静かになったし――――」俺が腕を大きく天に突き上げて呼吸を置く。結構、ドキドキしてたから息が荒くなったんだ。
「トラ、学校終わったらよ――――」
 俺と竜之介は、可憐を一度も振り返ることなく、その場を離れようとした。
「あ、あの…………」可憐が俺達を呼び止めた。
「あ、ありがとう。」
 かすかに頬を染めて小声で言う可憐。確かに、スーパーアイドルと呼ばれている所以だ。非常に可愛い。
「ああ。」俺が素っ気ない返事をする。
「怪我、してないね。良かった。では」竜之介がふっと微笑む。
「あ、待って。」可憐が再び俺達を呼び止める。俺達が振り返ると、彼女はシャーペンで手早く大学ノートに何やら書いた。ビリッと紙を裂く音が二度聞こえる。
「よかったら……私のサインを――――」どうやら、アイドル舞島可憐の直筆のサインらしい。よくイベント会場で配られるサイン色紙って言うのは、コピー増刷ものだって言うから、その方面のファン間であれば、直筆の(しかも大学ノートへシャーペンで)ともなると、ノート自体プレミアがつきそうだ。『舞島可憐が直に破ったノートの切れ端』とか、強引な価値をつけて。
「竜、サインだと。」
 わざとらしく竜之介にふる俺。俺も竜之介も、そんなもの貰うつもりなど、毛頭ない。竜之介は無言で背を向ける。竜之介の意図を察知した俺は、ごく普通に可憐に言った。
「同級生のサイン貰ったって、うれしくも何ともねえよ。」
「え・・・」可憐は少し驚いた表情で俺を見る。言い方が冷たかったかななどと、一瞬考えてしまったが、今更言葉を変えても遅い。ましてや、男に二言はないのだ。
「同級生のサインなんて、少なくても俺にとっちゃ、何の価値もねえ。」
「そ、そんな・・・・・・。」可憐の表情が曇る。やっぱり、言い過ぎたか。冷静を保つ俺の表情とは反対に、心の中では慚愧に圧されて、焦っていた。
「ええと・・・。」可憐は俺の名前を言おうとして言葉を詰まらせている。
「南部。南部親虎だ。」
「南部・・・・君、同級生・・・って――――」可憐は、怯えたような視線で俺を見ている。
「同級生だろ、君は。俺達の。」
 俺は何気なしに言う。その言葉に、今度は不思議そうに俺を見直した。
「同級生――――」顔をうつむき加減にして、呟く可憐。何か、その表情はうれしそうにも見える。
「ノート、もったいない。ちょっと待ってろ。」俺は大股に椅子や机を飛び越える最短直線ルートで自分の机から、使ってない大学ノートを取り出すと、再び引き返した。そして、それを可憐の机の上にどさりと置く。
「ノートってさ、一枚でも破ると後でおかしくなっちまうんだぜ。」
「・・・・・・」きょとんと俺を見つめる可憐。無理に笑顔を作ろうとする俺。無意識のうちにこめかみを人差し指で掻いている。
「俺はノート取ったりしねえから、つかわねーんだ。これ、やっからさ。そっちのノートくれよ。」
 別に深い意味はない。頼まれていないことだとはいえ、ノートを破ってまでサインしたのを受け取らず、そのまま放っておくことは、何か出来なかったからだ。受け取らないかわりに、新しいノートをやるから、破った方をくれと言う訳だ。
「ちょっと汚れてるかもしんねえけど、後でバラバラになるよかマシだろ。」
 可憐は少し戸惑っているようだ。じっと、俺のノートを見つめている。表紙の下に、マジックで乱暴に《南部様用》と書かれていた。俺自身、気がつかなかった。
「あ、ごめん。別の奴を。」俺は慌ててノートを取ろうとした。だが、可憐はにこりと微笑みながらそれを手に取る。
「ううん・・・ありがと。気を遣ってくれて。使わせてもうらうね。」
「でもよ、俺の名前が・・・。」柄にもなく照れてしまう。
「いいの。名前は書いてあるけど、ノートに変わりはないから――――それより、いいの?私のノートで。」
「あ、ああ。別にいいよ。バラバラになったらセロテープかなんかで補修すりゃ使えるからさ。」何て言っているが、正直そんな面倒なことをするはずがない。元々、俺はノートなんか取らない主義なんだから。
 可憐は小さく微笑むと、自分のノートを差し出した。ピンクの花柄にキ○ィちゃんの絵、いかにもキャラクターモノのノートだ。手にするだけ恥ずかしくなってくる。
「じゃあ・・・・・・ハイ、これ。」
「お、おう。」
「私の名前、書いてあるけど。」よく見ると、そのノートの表紙の下に、目を凝らさなければよく見えないくらいの薄い『女の子文字』で、《舞島可憐》と書かれている。気のせいか、ノートの匂いも女の子してる気がする。間違っても机の上に広げるわけにはいかない。俺は恥ずかしさを押し殺して、それを受け取った。
「大切にしてね……。」彼女が小さくそう言うと、またしても俺は柄にもなく照れてしまった。返す言葉さえまともに見つからないでいると、助け船が来たかのようにタイミング良く、担任の平井先生が教室に入ってきた。
「おっと。じゃあな。」
 俺は可憐のノートを腕で隠すようにしながら、足早に自分の席へ戻った。先生はさっきの騒動など、まるで知らないかのように、いつもの表情で教壇に立ち、出席を取り始めた。
 一時限の国語が終了すると、可憐は早退した。無論、芸能活動のためである。
 俺は慌てて可憐のノートを、カバンの中にしまい込んだ。
「よう、トラ。見たぜ。」竜之介がニヤニヤしながら俺のところへ来る。
「可憐とノート交換してたな。」
「馬鹿言え。そんなんじゃねえって。」俺は否定してみるが、ノート交換には変わりがない。
「じゃあ、何だよ。」
「……ノート交換だ。」俺が折れた。竜之介が高らかに笑う。
「でもな、悪意はねえぜ。」
「わかってるって。ノート破ってまで書いたサインを受け取らずに、そのままでいるのが出来なかったんだろ。」さすが竜之介。俺は力強く頷いた。
「お前らしいと思うぜ。俺には思いつかなかったな。自分のノート渡すってのがさ。」
「思いつかなかったってよりよ、お前、ノート持ってきてんのか。」俺のつっこみに一瞬、黙る竜之介。
「あははは……」苦笑いをする。お前って奴は・・・・・・。