オレルアン文聖王王弟・ユングダル大公ハーディン。
タリス王国王女・翆翼将シーダ。
同王国近衛隊長・連合解放軍遊撃将軍オグマ。
アリティア国軍参謀・連合解放軍総軍軍師ジェイガン。
連合解放軍の中核を担う諸将と共に、ルーシは、アカネイア聖都・パレス攻略のための軍議に臨んでいた。
そこへ、ノックもなく突然扉が大きな音を立てて開き、一人の魔道士が狼狽の体で駆け込んできた。
「きゃっ!」
シーダの悲鳴。
「あー……おーい、なんだよ、マリク。驚かせんじゃねぇぞ」
オグマが呆れる。
「も、申し訳ありません、皆様」
激しい狼狽の様相の魔道士・マリク。
「どうしました、マリク」
淡々とした表情でルーシが訊ねると、マリクはひとつ深呼吸をしてから、ゆっくりと言った。
「マケドニアのミネルバ王女の使者、カチュアと名乗る女性が、マルス様に面会を求めてきております――――」
「…………!」
その瞬間、ルーシの全身を一筋の痺れが突き抜けていった。
「何? マケドニア王女……あの“赫き竜騎士”の使いだと?」
ハーディンが声を張り上げ、思わず立ち上がる。
「マリク、そは前使であろう?」
ジェイガンが訊くと、マリクは首を横に振る。
「それは確認しましたが、どうも違うようです。確かに、正使として、マルス様にお会いしたいと……」
「何と――――赫き竜騎士……ドルーアの征北将軍が突然軍使とは……」
ジェイガンが何度も顎をなぞりながら唸る。そしてルーシに目配せをする。
「ルーシ。そなたの見解はどうか。目下我らにとって最大の怨敵である赫き竜騎士の使者を、どう思う」
ジェイガンの問いに、ルーシは瞼を閉じて思考に入る。場の皆が、知将の見解を待つように息を潜めた。
やがて、ルーシが瞳を閉じたまま、静かに言葉を発した。
「十諸国一万諸侯を震撼せしめた、マケドニア竜騎士団の部将ともあろう者が、前使無くいきなり正使として盟主殿への謁見を求めるとは……。これは常道に逸した要求であるがゆえ、先方のただならぬ仕儀に違いありません。刺客か、あるいは別の思惑があってか……。ともかく、一度引見し、真意を糾すことが肝要です。盟主殿への取次は暫くの猶予が必要かと思われます」
ルーシの言葉に、ハーディンが頷く。
「ルーシの申す通りだ。前・正の軍使を問わず、敵国の者をおいそれとマルス殿に会わせる訳には行くまい。ここは私が引見して使者を問い糾そう」
身を乗り出すハーディン。そこへ、ルーシが言葉を挟めた。
「敵の軍使を引見するに、大公殿下の手を煩わせるまでもありません。ここは私が」
「しかし、そなたは相当疲れているだろう……」
ハーディンがばつが悪そうに言う。するとルーシは微笑みながら首を横に振る。
「大公殿下。雑庶務は軍大将が自らするべきではありません。況してや、敵は軍法に例外たる遣使。ここに大公殿下が引見されては後に総軍の秩序にも支障が出ましょう」
「むう、そうか……。いや、この戦、そなたに多大な迷惑を掛けたからな。せめてもと思ったのだが……」
「大公殿下は、パレスに向けて更なる英気を養われて下さい。今はそれが第一義です」
ルーシの説諭に、ハーディンは腰を落として息をつく。
「マリク」
間髪を置かずに、ルーシが毅然とした表情でマリクを見た。
「軍使はどこにいる」
「それが、マルス様が不在だと言うと、戻られるのを待つと、官邸の門前で跪坐しています。カイン・ゴードン両将軍が監視を――――」
ルーシは一瞬、眉を動かすと、言った。
「門前とは迷惑な……正門屯所に軍使を通しなさい。そこで私が引見する」
マリクが出て暫くしてからルーシは剣を左手に掴みながら総督室を出た。物々しい数人の衛兵が警護し、跫音が激しい夕立のようにけたたましく鳴り響き、巻き上がった風圧で油灯や篝火の灯を揺らす。
正門屯所。総督府官邸を警護する邏卒の屯所である。扉は開かれていて、中を見通せた。
「マリク、マケドニアの軍使とはあれか」
ルーシの目に、石畳に向かい項垂れ、跪坐する軽武装で身を包んだ青髪の華奢な女性が映る。その姿を、ルーシは無意識に、長く見つめていた。
「はい。しかしルーシ参謀。あの人は丸腰です。とても刺客とは思えませんが」
「マケドニアの天馬騎士(ペガサス・ナイト)らしい。長鎗、手槍はこの通り預かっているぜ」
カインがその使者の装備していただろう、武器を見せる。
「他には何もないようです。大丈夫なのでは」
マリクはルーシの性格から、かえってその軍使の方を心配していた。ルーシが引見した途端に、有無も言わさず斬り捨てたりはしないかと。
「刺客とは、その身体に巧みに武器を隠すもの。毛髪が針となり、口唇が毒となり、肢体が兇刃となる。見た目が丸腰だと安心して、盟主と会わせた瞬間に、どこからかような武器を出すかわからないものです」
ルーシは理路整然とそう言うと、ゆっくりと女性の前に進む。
その歩を進める度に、何故かルーシ自身、その心拍数が高まってゆくような気がした。
目の前、ルーシの眼下には跪き、項垂れ続ける青髪の女性。
「アカネイア連合解放軍准参謀、ルーシ・カーリンです。盟主アリティア公に代わり、御用向きを伺おう」
あの無機質な口調。だが、眼差しは一点、俯く軍使の青い髪を見ていた。
「マケドニア白騎士団のカチュア・チェスティと申します。アリティアの王子マルス様へ、平伏哀願を以てお聞き容れ賜りたきことがあり、覚悟を抱き参上いたしました。なにとぞ、格別な温情をもってお取り次ぎ下さいますよう、切に、切にお願い申し上げます」
カチュアは顔を伏せたままそう告げた。感情を余程抑えて告げていよう言葉の節々で、その華奢な肩が小刻みに震えているというのがわかる。
ルーシはカチュアの視界に入る床に音を立てて剣を突き立てた。
「調停交渉ならばまず前使を遣わし、概略を伝えてから正使を発するのが定法である。前使無き遣使は、本来ならば有無を言わず斬られても文句は言えません」
その言葉にカチュアは更に頭を低くして訴えるように言う。
「異例を承知で伏して――――この身に代えても……どうしても、マルス王子の温情に縋りたく――――」
切なくなるほどの哀願。端から見れば、彼女の有様を見れば、すぐにでも傍らに歩み寄り、細い腕を取りながらその身を起こし、少女の歓心を買うのだろうが、ルーシは冷徹とも言える眼差しと口調を投げつける。
「我が軍の軍略に携わる者として、そなたの立場を鑑みれば、盟主殿との謁見は殊更至難と言わざるを得ない」
「そこを――――! この身に代えてでもわが主君・ミネルバさまの願いを――――」
縋るカチュア。しかし、ルーシは続ける。
「そなた、疚しき事なき証明を立てられるか」
「証…………明?」
とくんと、カチュアの胸の奥が鳴った。
(この参謀を得心させなければ、マルス王子との面会は……)
そう思ったカチュアの中で、一個の女性としての、一瞬の躊躇があった。しかし、それよりも何よりも、武人としての使命感、忠義心というものが、今の彼女の中で、入り組む葛藤に圧勝したのだ。
「…………」
カチュアは俯いたまますくっと立ち上がる。突然の行動に、思わずカインが腰に手を当てる。
ルーシは歩を退き、剣の鞘を地面に突き立てて彼女の動向を見守った。
すると、カチュアは徐に外套に手を伸ばし、それを外す。背中を伝い、ばさりと音を立てて外套が地面に広がる。そして、肩当て、腰に巻くベルトと、次々に身につけているものを外してゆく。
釦や紐で複雑に留めている軍服も、黙々と外してゆくカチュア。さながら、身を剥いで行く女の姿を、愉悦の姿勢で眺めているような、鬼畜じみた光景のようだ。
「カイン、まずいよ」
ゴードンが呟く。
「いや。ルーシ参謀の言っていることは正しい。……ううん、正しいんだけどなあ――――」
眼前で繰り広げられる光景に、恥ずかしさから瞳を逸らしたい様相のカインとゴードン。
膝上まである軍用ブーツを脱ぐと、カチュアの細く綺麗な白い脚がさらけ出される。ゴードンは思わず、顔を逸らしてしまった。
そんな彼らを後目に、ルーシは冷然と着衣を剥いで行く軍使の様子を凝視していた。
そして、カチュアは上下白無地のアンダーだけの姿になった。程よく膨らんだ形の良い胸元を、片腕で隠しているのは最後の羞恥・抵抗だ。
しかし、顔が紅潮し、竟に羞恥に堪えきれず、膝を屈し、身を丸く縮めてしまった。
「……どうか……どうか私の願いを……」
今にも号泣しそうな程のか細い声だった。
そんな様子にマリクは激しい困惑の様子で落ち着かず、カインもまた、斜を向き、苦笑する。
ルーシはカチュアの言葉に反応し、剣を握りしめ、目を細めて彼女を見据えながら再び近付くと、今度は間髪入れずにいきなり抜刀し、伏せる彼女の目の前に突きつけた。
「さ、参謀っ!」
マリクが愕然とする。カイン・ゴードンらも、鞘から剣が抜かれる音に愕然とし、身を乗り出す。
彼女は身じろぎ一つせず、じっとしている。ルーシは冷然と言った。
「言ったはずだ。前使を出さずば、この場で斬り捨てられても異無きこと。それを、いきなり盟主殿に会わせろとは笑止。何用か、申さねば斬るぞ!」
刃に触れるか否かという微妙な位置にも、彼女は動じず、じっと瞼を閉じて口を開いた。
「ディール要塞に捕らえられている、ミネルバ様の御妹君マリア様をお救いするため、反乱軍……マルス様のお力を、お貸しいただきたく……」
切々と、彼女は事の子細を話した。時折、涙まじりに言葉を詰まらせる。
彼女の話の経緯を聞いていたマリク・カイン・ゴードンらは、頻繁に鼻頭を人差し指でこする仕草を見せるが、ルーシはなおも平然と剣先を彼女の眼前に突きつけている。
「そなた、我らを誑かし、あくまでドルーアに隷属するか。涙を見せれば、誰でも信じてもらえると思っているのか」
この少女にしろ、カインたちにしろ、きっと自分は血も涙もない男だと思われていることだろう。
だが、ルーシ自身は思っていた。戦場にあって、どんなことがあろうと私情は命取りに繋がること。油断すれば、たとえ老人女子供でも、命を奪う刺客はいるかも知れない。
そんな時代だから、彼は半分失望し、逼塞していたのだ。初めてマルスに説得されても、草廬を出でる気にはなれなかった。
なまじ不世出の謀士と言われ続けた彼の、孤独な日々。
このまま世情の流れ行くまま朽ち果てようと決めていた二十歳の若者は、マルスの切々と、そして心からの熱意に揺り動かされ、忠誠を誓った。
マルスを支えるため、参謀として、すべての悪評を被る覚悟で……。
カチュアは潤んだ瞳でルーシを見上げた。
殆ど裸の状態である娥い女性が向ける哀願の表情は、大抵の男ならばそこで屈するだろう。況してカチュアは艶容と言うよりも、むしろ逆な純朴な美しさがある。
さしものルーシも、その眉が微かに動いたように思えた。彼女はなおも哀しげな表情をルーシに向けている。
「私はどのような仕打ちも、その果てに首を刎ねられる覚悟も出来ております。私の命と引き替えに、どうか……どうかマリア様をお救い下さい。お願い申し上げます」
号泣を必死で堪えながら、彼女は再び突っ伏した。しかし、ルーシは冷徹な態度を崩さない。
「よい覚悟である……」
そう呟き、剣をゆっくりと振り上げた。
「参謀っ!」
「ルーシッ、やめろ」
状況に堪えきれなくなったマリクとカインが大声で叫ぶ。その時だった。
「そこまで。ルーシ、剣を納めなさい」
悠然としながらも凛々しい声が、カチュアの背後から発せられる。
「――――はっ――――」
心なしか安堵したようなルーシの表情。はっとするカチュア。
声の主に振り返った瞬間、カチュアの身体に、厚い外套が被せられていた。
「たとえ正使ではなくとも、使者を斬ることは、解放軍の軍律に反するどころか、新たな遺恨の種を撒くことになる。意には沿わない」
「ご帰還、お待ち申し上げておりました……盟主殿」
剣を鞘に納めてルーシは敬服する。
その人は青色の髪に優しげだが、どこか凛々しい風貌。決して頑強な体格ではないこの少年こそ、誰なん亡国アリティアの王太子にて、アカネイア連合解放軍の盟主であり、かの英雄・アンリの直裔、アリティア公マルスその人であった。
マルスは平伏するカチュアの前に進み、自分も跪いて微笑んだ。
「マケドニアの御使者、参謀が大変失礼いたしました。私がマルスです」
カチュアはゆっくりと顔を上げた。
その瞬間、思わずあっと声を発してしまった。
「この仕打ちは軍紀を重んじる参謀ゆえのこと。どうか、許されよ」
「あ……いえ……あの――――私たちの方も……」
彼女の瞳に映ったマルス王子は、印象よりもはるかに普通の少年だったからだ。
自分とさほど年が違わない少年だと言うことは、噂で聞いてはいたが、実物は、まるで友人の一人にいそうな、ごく普通の雰囲気を持っていた。
「……カチュア・チェスティと申しますっ……マルス王子に、この一命を賭してお願いしたいことがあり、ご無礼を承知で、こうして参上いたしました」
まるで外套にくるまれた人形のようだ。マルスはにこりと微笑みながら、言った
「まずは着衣を戻して下さい。それからお話は伺います。いいかい、ルーシ」
「御意のままに」
ルーシは躊躇いなく、順った。
そして、ルーシはカチュアに目をくれることなく整然とした足取りで屯所から離れる。
屯所の前には側近のロシェがルーシを待っていた。
「参謀殿ッ」
ロシェの姿を見た途端に、ルーシはがくりと膝を折り、倒れかかる。慌ててロシェがルーシの身体を支えた。
「……あのバカがっ、何を習ってきた……」
「ルーシ参謀殿っ、しっかり……!」
ロシェがルーシの身体を揺すると、ルーシはひとつ、深い溜息をつき、苦笑を浮かべながら、ロシェの肩に両手を置き、それを支えに身を起こす。
「あの使者の女性とはいったい……」
ロシェの気懸かりに、ルーシは独白に似た呟きで返す。
「覚悟はしているのだが……やはり……きついなぁ」
ロシェの心配を躱しながら、ルーシは額を押さえる。
「ロシェ。今日は少し疲れました。先に休ませてもらいます。マケドニアの軍使は盟主殿が善処されるはず。軍議は後日。それと、武器糧秣の在庫を確かめ、不足分は補充し、更に十日ほどの余剰量を確保しておきなさい。ジェイガン公にはそのように……」
「わかりました。幹部諸将にはそうお伝えしておきます」
「すまない。後は任せます」
ルーシは覚束無い足取りで官邸に入っていった。そして、地下蔵書庫に辿り着くと、机に頭を抱えて突っ伏した。
(悉く、間が悪い……)
着衣や装備を元に戻したカチュアは、改めてマルスの前に控え、ゆっくりと事情を語った。
「……その願い、私たちは決して無にすることはないでしょう。ミネルバ公にそうお伝え下さい」
マルスは微笑みながら言った。
「マルス様――――」
カインが口を開く。
「参謀殿の言うように、その者の言葉、安易に信じることは少しばかり不安が」
しかし、マルスは穏やかな目で股肱の臣を見る。
「そうだねカイン……。でも、こんな時代だ。何もかも信じられなくなったら、何も変わらない。私はそれでも最後まで人を信じることを捨てたくはない。きっと柔で無能な男なのだろう。この責任は、私が取る」
ルーシの言葉がやはり気になっていたのか、複雑な表情のカイン。かたやカチュアは満面に涙まじりの笑顔を湛えた。
「ありがとうございます……」
「カチュア……と言ったね。重ねてミネルバ公にお伝え下さい。『短気を起こして、命を粗末にすることの無きように』と」
「はいっ。必ずお伝えいたします」
マルスはにこりと笑みをカチュアに向けると、手を差し伸べた。
「あ…………」
カチュアの頬がぽうと熱くなる。不思議な感覚だった。逡巡しながら、差し伸べられた手に、ゆっくりと手を伸ばす。
触れた瞬間に、マルスはきゅっとカチュアの手を握り、ゆっくりと引いた。そして、立ち上がったカチュア。マルスとほぼ同じ背丈。思わず視線が水平に重なり、慌てて目を伏せた。
「あの……」
「ん……おっと、ごめん」
手を握りしめていたマルスが、はっとなって手を離す。
「えっと……あ、ありがとうございます」
鼓動の高鳴りを抑えんと胸元に手を当てながら顔を朱くしたカチュアは、すうと数回深呼吸をしてから、ゆっくりと折りたたんだマルスの外套を差し出す。
「ああ」
マルスはそれを徐に受け取ると、微笑みを浮かべ、それを拡げた。そして、カチュアを包み込むように両腕を回して、その外套をカチュアの背中に掛けたのだ。
「え……あ、あの……」
愕然となるカチュア。思わずマルスの顔を見る。
「!」
非常に近かった。至近距離でマルスと目が合い、優しい瞳に吸い込まれそうになる。折角収まった心臓が再び爆音を立てる。
マルスがカチュアの胸元に手を伸ばし、外套の襟を結ぶ。
「これは君に差しあげよう。ミネルバ公にお見せすれば、我が意は伝わる筈です」
「マルス様…………」
カチュアが不思議な恍惚感に包まれ、そっと外套の縁を掴む。しかしそんな近い距離も不思議な感覚も、刹那に終わる。
「そろそろ立たれよ、何かと物騒な世でもある。気をつけて」
そう言うと、マルスはマリク、カイン・ゴードンらに目配せをするとその場を立った。
「ありがとうございます……マルス……様」
「そうか……マルス王子がそのようなことを……」
ミネルバはカチュアの話を聞きながら、マルスの外套をなおも憂色を湛えた微笑みを浮かべながら見つめていた。
「反乱軍の誰もが信じてくれなかった中で、マルス様だけが、私の話を……信じて下さいました」
そう言うカチュアの顔を見ていたエストが、にやりと笑いながら言った。
「あれ? カチュアお姉さま、顔が赤くなってます!」
「な、何を言うのエストッ、と、突然……」
慌てて両手を顔に当てるカチュア。
「ミネルバ様、反乱軍の協力が得られるのならば、私たちもディール要塞に……」
パオラの言葉にミネルバは小さく首を横に振った。
「お前達にはグラの様子を見てきて欲しい。兄ミシェイルの動向を探るのだ」
ミネルバは万が一、マルス達がディール攻略に失敗したことを想定して、命を捨てる覚悟で単身乗り込むことを示唆していた。
そして、三姉妹には、マルスの力となり、ドルーア軍の動向を探らせる役割を与えたのである。
「かしこまりました」
パオラとエストが仮陣を退出し、カチュアもまたグラに向けての準備のために退出しようとした時、ミネルバが彼女を呼び止めた。
「ミネルバ様?」
「カチュア。マルス殿のこの外套、そなたが持っていなさい」
「え……?」
驚いた表情のカチュア。
「良いから、持っていなさい」
何も言わず、ミネルバはそう言って微笑みを浮かべた。
「は、はいっ……」
カチュアは無意識に足取りが軽くなり、外套を受け取った。そして、厩舎に向かう間に、それを一度、胸に抱きしめていた。
そして三姉妹はミネルバと一旦、別れた。
ディール要塞は、圧倒的に解放軍の士気が上回り、ジューコフ指揮官が戦死、マリア王女は無事に救出された。
ミネルバはそれによってマルスに帰順。大陸全域に『赫き龍騎士』と異名を取るマケドニアの名将を得た解放軍は、更に結束力を強め、次第にドルーア帝国を圧倒していったのである。