第7章 奇人との再会

 太陽が南天に未だ差しかからないと言うのに、既に気温は真夏の炎天下のようだ。
 草原の端には揺らぐ陽炎が立ち、吹く風は熱を帯びている。だが、グラ特有の低湿度の気候は、日陰にいると涼しいのである。ゆえに兵卒たちは多く、直射日光を避け、大樹の陰や林に身を寄せている。
 アカネイアやアリティア、オレルアン、カダインなど、故国マケドニア出身以外の武将たちにひと通り挨拶を済ませたカチュアは、メニディ河に流れる小さな支流の辺にある小さな丘陵伝いに、並木連なる土手を見つけていた。並木というと人為的なので語弊があるが、天然の小さな林のような場所である。
 天馬騎士の特権とでも言うのか、空の上からだと、そうした地形をよく観察することが出来るのだ。
 メニディ河周辺とベルツェレム近郊は潜伏期間の長かったカチュアにとっては勝手が分かる。
 ここは宿営からは結構離れてはいるが、川風も通り抜けて実に良い日避けの場所である。穴場なのだろうか、ただ単に誰も気がつかないのだろうか、その絶好の避暑地は、意外にもカチュアの他には誰もいなかった。
「静かなんだ……」
 川の微風が木の葉を揺らし、頬を撫でてゆく。その気持ちよさに思わずそう呟き、丘陵を越えて、土手を降りる。
「ふぁ……ミネルバ様も鍛錬休んで来てくれればいいのに」
 ミネルバにはここあたりに来ると言うことは伝えた。彼女はマチスを相手に朝の鍛錬の続きをしたいとのことだった。
 カチュアはこの戦乱の世、せっかく得た休日を、一日くらいは気ままに怠けて過ごしたいと思い、一緒に鍛錬でもするかというミネルバの誘いを断った。それも良いだろうと、ミネルバは言う。しかし、カチュアに便乗しようとしたマチスはダメだと言われ、最後までしょげるマチスの顔は失礼だがおかしかった。
「暑いな……脱ごうかなぁ」
 腰にスリットの入った淡い青色の薄手の帷子。これは中に細くて軽い丈夫なワイヤがびっしりと編まれており、見た目以上に結構頑丈で暑い。膝上までを覆う軍用ブーツまで履けば、さながら真夏の出で立ちではないだろう。
 戦いの最中ならば暑さも忘れられることもあるが、こうしてじっとしていると、暑さがもろに応える。
 軍用ブーツを脱ぐために太ももに手を掛けるカチュア。
 そしてふと周囲に目を配った瞬間、思わず息を止めてしまった。

 カチュアが一方に目を配せたその土手に一人、静かに横たわりながら、青空を見上げているプラティナ・ブロンドの髪の青年。
「あ…………」
 カチュアの身が強張る。

(言ったはずだ。前使を出さずば、この場で斬り捨てられても異無きこと。それを、いきなり盟主殿に会わせろとは笑止。何用か、申さねば斬るぞ!)

 そう、戦後処理と解放に沸き立つワーレン。解放軍盟主マルス王子に、マリア王女救出を懇願するために、ミネルバの使者としてやって来たカチュアに対し、問答無用に剣を突きつけ、身包みまで剥いだ男――――。
 それは“アカネイア連合解放軍准参謀”という肩書きを持つ、軍師ルーシ・カーリンであった。
「…………」
 カチュアは眉を顰めてルーシを睨みつける。

(カチュア。どうか、軍師のことは恨まないで欲しい)
(え……?)
(気まずい思いを抱えながら、君も軍師の指示を受けたくはないだろうし、軍師も君に気を遣わせてばかりもいかないだろうからね)

 昨夜のマルスとの話を思い出す。
(マルス様のお言葉……でも――――私は……)
 しかしカチュアは心の準備も出来ていなかった。不意に、まさにばったりと予想外な場所で因縁の男に出会ってしまうなんて、どうすることも出来はしない。
 あのことについては恨みということはない。軍法として、相手に交渉ごとを持ちかける場合、前使を立てなければならないと言うことは、学校で習ってきた戦争の常識だ。それを破ったのだから、何をされても仕方が無いと言うことは分かっている。
 でも、今すぐマルスの言葉の通りにこの軍師の前に立ち、話をするなんて事は出来そうもないのだ。
「…………」
 カチュアはブーツの紐を結い直し、複雑な表情で踵を返した。
 その時だった。
 空をじっと見上げ、身動ぎひとつもしなかったルーシが、ゆっくりと上体を起こして振り向く。

「待て。カチュア・チェスティ」

 ルーシが呼び止める。カチュアは驚いたように振り返る。
「君には謝らなければならないな」
「…………」
「あの時は職務ゆえ、いたしかたなかった――――。私の本意ではない。許されよ」
 淡泊とした口調、ずいぶんと不貞不貞しく高飛車な態度。それでいてそこはかとなくなれなれしい。
 まるで親しい同士のように、気安く“君”などと呼ぶなんて、一体何様だろう。
 カチュアはその時初めて、この男を“嫌なヤツ”だと思った。人のことは滅多に嫌いにはならない性格だと自負しているカチュアだったが、このとき初めて、そう自覚した。
 そして、あからさまに嫌悪に満ちた表情で、ルーシをにらみ付ける。
「ふっ――――やはりな。相当嫌われたか。已むを得まいな」
「いえ……、ごめんなさい。お休みのところをお邪魔して。失礼致します」
 カチュアは再び背中を向けて、吐き捨てるようにそう言い、立ち去ろうとした。
 そこへ、ルーシが乾いた哄笑をカチュアの背中に浴びせる。カチュアはむっとなって立ち止まり、首だけを振り向かせ、睨みつける。唇を噛み、怒りと悔しさが滲む。
(ごめんなさいマルス様……やっぱり私、この人嫌いです……ごめんなさい――――マルス様……)
 心の中で葛藤に負けたカチュアが、忠告してくれたマルスに何度も謝る。
「やはり……忘れているようだな」
 にやりと笑みを浮かべるルーシ。
「え?」
 思いがけない言葉に、カチュアは首を傾げ、怪訝な眼差しでルーシを見る。
「私はそんなに変わったかな。見忘れるほどに」
 何を言っているんだコイツは――――と、カチュアは思った。
 ルーシはゆっくりと立ち上がり、固まるように立ち尽くしているカチュアに歩み寄り、苦笑した。
「カチュア・チェスティ。マケドニア国軍士官学校・天馬騎士科、六〇二年次席卒業。主席パオラ・チェスティ。第三席エスト・チェスティ。五九八年、国軍士官学校に評判高きチェスティ家の才色三姉妹入学せり――――。生徒の人気殊の外高く、言い寄る男数知れず、いちいち断り続けるのが面倒だと――――何とかしてくれないかと訊かれたこともありて……」
「えっ――――?」
 ルーシの言葉にカチュアは突然、眼前を覆っていた暗く恨めしい霧が、差し込んだ眩しい青空に晴れて瞬く間に消えてゆくかのような感覚にとらわれた。
 それは、ルーシの言葉がまるで滞り、淀みかけて忘れていた記憶の入り江に流れ込む清水のように、カチュアの心と脳裏を駆け巡ってゆく。

 五年前。
 カチュアたちいわゆる“ペガサス三姉妹”は、マケドニア王立国軍士官上学校の国軍天馬騎士科に在籍していた。
 三姉妹はとかく美人で有名であったため、学校中の男子生徒からも人気があったらしい。
 カチュアが在籍していた国軍天馬騎士科の隣棟にある国軍参謀科には、彼女らと同期入学で、だんとつ成績のいい華奢な男子生徒がいて、彼もまた、その才智とそこそこに男前とされる容貌が大いなる魅力となって女子生徒に人気があった。カチュアたちも、彼の噂は聞いていた。
 そして、間もなくカチュアとその男子生徒は知己を得ることになる。
 カチュアの記憶の糸が、鮮やかにその時の情景にたどり着いた。

「あっ――――まさか…………あなた…………」
 カチュアが身体をルーシに向き直り、顔が嬉しそうに緩んでゆく。ルーシは照れ臭そうにはにかみ、僅かに俯いた。

「ルディス? ルディス・カーリン……なの?」

 恐る恐る、確かめるようにゆっくりとカチュアは訊ねた。
 ルーシはくすっと口の端で微笑むと、瞼を閉じながら、頷いた。
「――――思い出していただき、光栄です――――」
 そして、わざとらしく恭しく拝礼をする。
 その瞬間、カチュアは思わずルーシの肩を掴んで揺さぶった。元々華奢な体躯のルーシ、カチュアの力でもガクガクと上体が揺さぶられる。
「やだ! 全然わかんなかった。……変わったね、ルディスくん」
「き、君は、変わってないな」
「うそ! 変わったでしょ? キレイになったと思わない?」
「あ、ああ……確かに――――その……」
 カチュアが揶揄半分に身をくねらせてみせると、ルーシの鼓動が異常に早打ちをする。
「あはははッ、冗談よ。でも、相変わらずだね。そういうところ!」
 いつしか、カチュアの心に芽生えていた嫌なヤツという負の感情は無くなっていた。
 ルーシが学生時代に親しかった旧友と知って、カチュアが彼を見つめる目の色が、憎悪に近かったものから一転、親愛に満ちたものに変わった。
(分からないものだな……。いや、これがカチュアなのだが――――)
 ルーシは畳みかけるように嬉々とした声で質問攻めをするカチュアに逆に圧倒された。
 だが、この陽気で活発、ポジティブな性格は、確かに学生時代、男子生徒たちの間では三姉妹の中でもずば抜けて人気があった。

「だから、君は――――!」
 気まずい雰囲気を乗り越え、土手に並び、草むらに腰掛けた二人。会話は自然と、ワーレンの話になる。
 ルーシは前使を出さず飛来したカチュアをなじる。
「分かってたわ。分かってたけど……急いでいたから!」
「いくら旧知とはいえ、敵味方の関係にある以上は私情は挟めない。分かるだろう、カチュア」
「うん……」
「急がば回れという。危急存亡の秋なればこそ、より冷静に、堅実な道を行かなければならない。足下をすくわれれば、反って取り返しがつかないことになった」
「でもルディスくん。分かっていてあそこまでするなんて……もしかして――――」
 カチュアが好奇の目でルーシを見つめる。
「もしかして……何だよ」
 目を瞬かせるルーシ。あからさまに落ち着かない。
「私は良いんだけど――――ルディスくんにそんな勇気が……」
 揶揄するように、口調を甘くするカチュア。
 そんな彼女に、ルーシは大きくため息をつき、呆れたように言う。
「カチュア。だからいかに旧知旧友の間とはいえ、解放軍十万の采配を参謀として……」
 ルーシの言葉に割り込むように、カチュアが嘆息する。
「分かってるわ。……ホント、ルディスくんだ。見た目は変わったけど、中身は“参謀科の天才変人”ルディスくん、そのまま」
 にこりと笑顔を見せるカチュアに、ルーシはどきっとなる。
「あ、あのな、カチュアよ」
「はい、何でしょうか“参謀殿”?」
「っ……普通に呼べ。……と、言うか、本来ならば斬られても仕方がないところを、あれで止めたのはな――――」
「くすっ。そうね――――。今から思えば、ルディスくん、ああして時間を稼いでマルス様が来て下さるのを待っていたんでしょ?」
「…………」
「使者が私だってこと気づいていて、本当なら軍法に照らして参謀としていつでも斬ることは出来たのに、それをしなくて――――マルス様が助け船を出してくれるのを待っていた」
 カチュアの指摘に、ルーシは無言だ。
「ルディスくんは参謀として任務を全うしようとしていても、やっぱり私のこと信じていたんでしょ?」
「…………」
「でも、気づいていたなら、そう言ってくれていれば良かったのに――――」
 カチュアの言うことは十分理解できた。だが、ルーシは言う。
「交渉に私情は挟めない。あの状況で、敵であった君と友誼があると知れれば、あらぬ疑いも生まれただろう」
 するとカチュアは僅かに寂しそうに微笑み、頷く。
「……そうだね。うん、さすがルディスくんだ。きちんと先を見通しているよね」
 カチュアは嫌みの無いさっぱりとした性格で、とても優しく前向きだ。ルーシはだから居た堪れない気持ちにすらなる。
「カチュア」
「ん、なあに?」
「その……」
 逡巡するルーシ。カチュアの青く綺麗な瞳が、ルーシをじっと見つめている。
 ルーシは頬を赤くしながら意を決し、カチュアを真っ直ぐ見た。吸い込まれそうな少女の瞳に、臆さない。

「あの時は――――本当にごめんなさい!」

 言えた。
 最初に言ったような、無機質な社交辞令などでは無い。そこはかとなく、漠然としたプライドが邪魔をしていて言えなかった心からの言葉が、言えた。きちんと、相手の瞳を見つめながら、羞恥を乗り越えて、言えたのだ。
「ルディスくん……」
 きょとんとしてなお、ルーシを見つめ続けるカチュア。
 謝罪の言葉を言い切り、ルーシは項垂れる。
「ずっと、胸に閊えていたんだ……。役目とは言っても、女の服を脱がせることに対しての罪悪感が……あったんだ――――。だから……ごめん、カチュア」
 頭を下げるルーシ。そんな彼の態度に、カチュアは胸を熱くしたのか、それとも悪戯心が芽生えたのか。徐に腕を伸ばし、ルーシの背中をくいと引っ張った。
「うわ……っ!」
 ぽてんと音を発し、ルーシの顔がカチュアの細い割には肉付がよく、形も綺麗で柔らかな太ももに落ちる。
「な、な、な…………」
 突然の出来事に大混乱を来すルーシ。水辺から飛び出し、陸に落ちた魚のように藻掻く。だが、カチュアの手がルーシの背中を押さえ、太ももからルーシを逃がさない。
「やっぱりルディスくんだ。……冷徹で、現実的な稀代の天才謀士ルディス・カーリン。でも……本当はとてもシャイで優しさを忘れない人――――」
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
 何度も何度も、彼だと確かめる。そんなカチュアの言葉も耳に届かず、押しつけられた滑らかで柔らかな少女の太ももの感触に溺れそうなルーシ。上気した顔だけで熱中症になりそうだと思った時、やっとカチュアの手が離れた。
「ふふっ、どうルディスくん。私、こう見えても脚には結構、自信があるんだけどな」
「~~~~~~~~~」
 ガクガクと口を開けて意味不明な呻きを上げるルーシを、カチュアは揶揄するように笑う。そして、再び優しい表情に戻り、言った。

 ありがとう、ルディスくん。謝ってくれて……。
 本当は私が悪いのに、ずっと気に病んでくれてたんだね……。
 私、頭では分かっていたの。解放軍の軍師は悪くはないって。
 ……でも、心のどこかでは恥をかかされたって、恨んでた。全くの逆恨み。
 殺されてもおかしくは無かった。でも、軍師はそれをしないでくれたのに……恨むなんておかしいよね。
 私はずっと心に逆恨みを抱いていたのに、軍師はそれを気に留めていてくれた。
 謝らなければならないのは私の方なのに、ルディスくんが謝ってくれるなんて――――。
 嬉しかった。うん……私も言うわ、ルディスくん。

 私の方こそ、ごめんなさい……。

 どんな形であれ、己が非を認めて相手に謝る。“ごめんなさい”の一言が、こうも素直に美しい響きとなって心に沁み入るものなのだろうか。
 蟠りが無くなって、心が軽くなるって言うのはこういうことを言うのだろうか。
 ルーシは改めて思った。ニーナやアベルが忠言してくれたこと。謝ればいいという、人として単純で、そして何よりも難しいことなのだろうか。
 権謀術数を弄し並みいる敵を最小限の損失で打ち破る下地をこしらえてきたルーシも、こんな事に苦心をしたのだ。
「くすっ……あはははっ」
 突然、カチュアが声を上げて笑い出す。
「何だよ……まだ何かあったか」
 ルーシが心の中で言動を回顧する。
「違うよ。……何て言うか――――今になって改めて言うのも変な話だけど……」
「?」
「ホント、久しぶりだね。ルディスくん!」
 そう言って改めて手を握ってくるカチュア。天馬の手綱を捌き、槍を操る手とは思えぬほど、滑らかですべすべとした手の感触だ。
「あ、ああ。本当だ……改まると、何か照れるけど――――、ってかさ」
 何かを思いついたかのように顔をゆがめてカチュアを見るルーシ。
「ん、なに?」
 かたやカチュアは、きょとんとした表情でルーシを見つめる。
「カチュア。すっかり忘れてただろ、俺のこと」
「え? そ、そんなこと……は……」
 思わず、目を逸らしてしまう。呆れたように長嘆するルーシ。
「今まで色々あって、自分のことだってちゃんと考える暇も無かったんだよ?」
 カチュアがばつが悪そうにそう言うと、ルーシは安堵したように、微笑み言った。
「さすがはカチュア・チェスティだ。それでいいんだ。君はちゃんと、ミネルバ様を支えてくれていた。私の見越した通りだったな。俺のことなど、忘れていてもいいんだ」
「て、言うかルディスくんこそ……突然、あんなことになって――――心配したんだよ! 心配で……」
 言いかけて肩を落とすカチュア。
「…………」
「ルディスくんが残していった言葉を信じて、パオラ姉さんやエストと共に、ミネルバ様をお支えしてきた。ただひたすらに、どんなときもミネルバ様をお支えして……心折れそうな時もあったけど――――ルディスくんの言葉が、いつしか無意識に私たちの大義となっていた……だから――――」
 カチュアの言葉を聞いていたルーシが、そっとカチュアの青い髪をぽんぽんと撫でるように梳く。
「俺の言葉なんて詮無い事だ。ミネルバ様を支え続けてくれたのは、全て君たちの強い忠義心と勇武の才。……俺の目は、確かだった――――。だけど、全ては君たちの意志だ。俺は何もしてないんだよ」
「ルディスくん……って、昔からそうだったよね」
「ん?」
「人があなたを評価すると、いつもひねくれて、それは違うって……」
「そ、そんなことはない。俺はただ、事実を言っているだけだ」
 動揺し、そっぽを向いて拗ねるルーシ。
「ルディスくん、その謙虚すぎっていうか、自己卑下なところさえなかったら、学校ですごくモテたはずなのにね」
「は、はぁ? 何を言っているんだ、カチュア」
 思わず立ち上がらんとばかりに上体が跳ね上がるルーシ。
「だって……ルディスくん頭もずば抜けて良いし、それに……ほら、顔だって悪くは無いでしょ? 背も高いし、スレンダーだし……。私たちがいた天馬騎士科の間でも、ルディスくん狙ってた娘、多かったんだけどねー」
 にやりと笑うカチュア。もはや動揺で目が回る勢いのルーシ。
「ば、馬鹿な。そんなの買い被りすぎだ。俺はそんなヤツじゃ無い! 髪もぼさぼさで服も襤褸で、家に帰れば兵書を読誦するだけの――――」
 ムキになって話し出すルーシ。
 その途中、ぴたりと、ルーシの唇にカチュアの人差し指が当たった。瞬間、ルーシの喚きが止まる。
「ほら、そういうところだよ? もっと……ううん、もうちょっとだけでも、自信持って良いのに……。そうすれば……」
「?」
 カチュアの指が離れ、再び元の位置に戻る。

 それから、少しの間、沈黙が流れた。樹木からは蝉のさざめき、川は水の音。とても静かでどこまでも遠い、夏の空。膝を抱えて土手に並び座る、稀代の謀士と、一人のペガサスナイトの少女。
 とても穏やかな時。そして、何とも優しい雰囲気だろう。

「ねえルディスくん?」
「あぁ」
「こうしてるとさ、思い出すなあ」
「何を?」
「あなたと初めて出会った日のこと……」
「…………」
 ルーシは思わず、カチュアを見つめた。彼女は目を細めながら青空を見上げ、微笑んでいた。綺麗な青髪が、微風に揺れていた。
 そう。
 学生時代、互いに才智に優れ、異性の注目株であり、親しかった友の再会の喜びとともに思い出すのは、実に数奇に満ちた邂逅。ルーシも、カチュアと心を一にした。