第8章 マケドニアの才子佳人
アカネイア歴五九八年―――― 

マケドニア王国・国都アイオチュナ

 話は、今から六年前に遡る。
 飛竜の里・マケドニア大陸。その地にドルーア帝国戡定の英雄として世界に名を轟かせた竜騎士・高祖神武王アイオテがアカネイア歴五〇三年に建国した、世界屈指の竜騎士団王国マケドニア。国都のアイオチュナは、高祖アイオテの真名であり、また国姓でもある。
 マケドニア建国からもうすぐ一〇〇年。その聖統は高祖神武王アイオテから景宗武明王エグモンド、武明王の弟・聖宗淳武王ヒルデベルト、高宗文武王レオナルトと続き、当代オズモンドと伝えられてきた。
 竜騎士団王国の驍猛な印象が強いマケドニアだが、聖宗が国策として奨学を推進したため、マケドニアは学舎も充実し、名だたる哲学者や思想家、詩人も輩出している。それは聖アカネイア王国の爛熟した文化に溢れた未完の大家が、軒並み新天地を求めてマケドニアに流れ着き、そこで花を開かせるといった感じだ。
 ゆえにこの国はアカネイアパレスとはまた違った文化にも優れ、傍目から見れば宗主国を上回る国力を有しているようにも見えた。
 マケドニア王立国軍士官上学校は、高祖に次ぐマケドニアの名君である聖宗肝煎りで創設された。聖パレス王立総合大学府、カダイン魔道学院と並ぶ『アカネイア三大学林』のひとつである。
 マケドニアだけにとどまらず、騎士・天馬竜騎士・弓騎士などを目指す若者が青雲の志を懐き集う大陸屈指の名門国立軍事学校は、毎年狭き門をくぐり抜け入学してくるエリートたちの登竜門だ。
 この学校を卒業するとそれぞれの国軍では将帥としての地位が見込まれ、また実力がそれを裏付ける。

「あ、パオラ姉さん。あったよ!」
 高札の掲示に張り出された合格者リストの先頭を見た桃色の髪の少女が、そこに指を差し嬉々として飛び跳ねる。
「カチュアも、エストもあるわ。私たち仲良く三人連名で、ふふ」
 緑色のロングヘア、やや大人びた落ち着きをたたえる少女が、悠然とした感じに微笑む。
「それも、パオラ姉さんが一位で、エストが三位。こんなところまで姉妹順なんだ」
 青い髪の、活発そうな少女が苦笑いをする。
「なぁにカチュア。何か残念そうな表情ね」
「カチュア姉さん、もしかしてパオラ姉さんに勝とうとしてたとか?」
「そ、そうよ? ひとつくらい、姉さんに勝てるものがあってもいいじゃない。……でも、やっぱり敵わなかったなあ」
「ふふっ。カチュアは誰からも好かれる明るさを持っているじゃない。私は羨ましいけどな、カチュアの性格」
「明るさならエストの方があるし……」
「エストは糸の切れた風船だから――――」
「ちょ、ちょっと姉さんたちッ、なにそれ酷ッ!」
 笑い合う三人の美少女たち。
 これぞ誰なん、後にマケドニア白騎士団“ペガサス三姉妹”と呼ばれ、全世界に勇武を知らしめることになるチェスティ家の三姉妹。
 長女パオラ、次女カチュア、三女エストの三人は、この年揃って国軍軍事部・天馬騎士科に合格した。
 しかも受験者一五〇〇人中、合格者一〇〇名のトップスリーという優秀な成績で、いずれも目を惹くばかりの美人姉妹であったため、合格発表の時から一際注目される存在であった。
 衆目が一斉に集まる。まさに才色兼備の三姉妹。他の受験者たちも、喜びと悲しみの明暗を越えてぞろぞろと取り囲む。
「あ……っと、そろそろ退いた方が――――」
 エストが好奇の視線に堪えられなくなったのか、その場からの退散を提言する。
「そ、そうね……。ここにいると、いつまでも皆から注目されてしまいそう」
 パオラも同意し、三人は人波の間を縫って、正門から抜けだし、裏門へと脱出した。
「ふぅ……参ったなぁ。あんなに注目されるなんて」
 カチュアが肩で息をして苦笑する。
「トップスリーが女って事だけでも珍しいのよ、きっとね」
 パオラがそう言うと、エストが付け加える。
「それに、美人だし――――」
「自分で言うなッ!」
 ぽかりとエストの頭を小突くカチュア。
「痛ったぁい。もお、酷いよカチュア姉さん!」
 じゃれ合う次女と三女をよそに、パオラは裏門にも集う小さな人の群れに興味を寄せていた。
「あれは……?」
「ああ。えっとね、こっちは確か、参謀科の合格発表が掲示されているみたいだよ?」
 エストが言う。
「ふーん……参謀科――――って、軍師とかでしょ?」
 カチュアがあまり興味無さげにその人だかりを見る。
「そうね。基本的に戦いでは本陣とかにいて、将兵に作戦指令を出す人」
「自分で武器を持って戦わない、頭でっかちで書物マニアの集団か」
「ちょ、ちょっとカチュア。それは違うわよ?」
 パオラが慌てて咎める。
「そうなの?」
「当たり前でしょ。戦いって言うのは作戦がなければただの殺し合い。無駄な血を流さないで戦いに勝つ。これが本当の勝利って言うのよ。参謀科を卒業して優秀な軍師となった人は、軍全体を本当の勝利に導く作戦を立てる、とても大事な役割を持っているの」
「ふーん……」
「そうだよカチュア姉さん。頭でっかちの書物ネクラマニア集団だなんて、酷いコト言うなぁ」
「ちょっとエスト……余計な一言つけないで。そこまでは言ってないでしょ!」

 表門はさすが軍人の卵が集まっているだけあって熱気に満ちていた。だが、裏門は表門ほど熱気がむんむんとしているという訳ではなく、誰もが冷静で、声も小さなどよめき程度だ。
 参謀科の受験者は約五〇〇名。合格者は三〇名。
 戦を自分の立てた作戦で勝利に導く事を使命とする頭脳派の若者たち。
 エストとのじゃれ合いを終えたカチュアは、興味無さげにその人集りを一瞥した。
 その時である。

「…………」

 人集りから少し離れたところに、ぼさぼさの白っぽく長い髪を肩のところで束ね、小汚いような衣服を纏い、身動ぎひとつせず立ち竦み、腕組みをしながらじっと高札の掲示を凝視している男が、カチュアの目にとまった。
「あの人……」
「え、何? どうしたのカチュア」
 まるで不潔な無宿人を見るように、カチュアが呟くと、パオラもカチュアと視線を同じくする。
「何だか、すごく怪しいんだけど、あの人……」
「カチュア。人を見た目で判断してはダメよ。掲示板を見ているって事は、受験生なんでしょ」
 パオラが苦笑する。
「ねー、でもさー、何か無表情な顔してるっぽくない? きっと落ちたんだよあの人。可哀相だよね。何年受験してるんだろ。もう、着る物もお金もなく、ボロボロで、きっとこれが最後のチャンスだったんだよ―」
 エストが勝手に見ず知らずの人間の過去を推測する。
「エストッ、失礼よそんなこと言っちゃ」
 かくいうパオラも、笑いを必死で抑えている様子に見えた。
 しばらく見物していると、人集りの一部がその小汚い男のところに歩み寄り、何かを話している。やがて、身振り手振りをしながら時々掲示板を指さし、何かを必死で話す人もいるが、男は項垂れ、やがて彼らを除けるように歩き出す。
「ほら――――お友達の慰めの言葉も耳に届かずだよ。よっぽどショックだったのかな」
 エストがその男とカチュアを見ながら言う。
「あ、こっちの方に来るわ」
 人集りは男を追うのを諦めたかのようにその場に立ち止まり、男は三人が立つ道の横をゆっくりと、表情をひとつ変えず、通り抜ける。
 その時、男の眼差しがカチュアの視線と交錯した。

「…………」
「…………」

 一瞬ストップモーションのように場面が止まり、視線を追った時はすでに彼の背中を遠くに映していた。
「何か怖ーいッ。知らんぷりして行っちゃったよ、あの人」
 エストがわざと肩を震わせて言う。
「知らないから当然でしょう」
 パオラが至極真っ当な答え。
「…………」
「ん? どうしたの、カチュア姉さん」
「ううん、何か無愛想な感じのヤツだなーって思ってただけ」
「だよねー、そう思うよねー。何かさ、友達にはしたくないって言うか、そんな感じがした」
「うん……」
 散々に嘲笑するエスト。微妙な感じのパオラに、カチュアは何となく、気になる感がして頭を振り払う。
 やがて、裏門の人集りも散り始める。そして、自分たちの方角に進んでくる一人に、パオラが声を掛けた。
「参謀科の方はどんな感じですか?」
「ん? 君らは――――ああ、軍事部の方か。ああ、どんな感じも何もない。すごい話だよ」
「何がすごいんですか?」
 エストが興味深げに訊ねる。
「百年に一度の天才だよ。稀代の才子が参謀科にトップ合格したんだ」
「へぇ――――それはずいぶんとすごい話ですね」
 エストが軽く流す感じで受け取る。
「まあ、詳しいことは直接あの掲示板見てみなよ。軍事部とは違って、採点順位まできっちり載ってるからさ」
 そう言ってその受験生は去って行った。
「どんだけすごいんだろ。ちょっと見てみよーよ?」
 エストの好奇心に、上の姉二人は押されっぱなしである。
「しょうがないなぁ。……ま、私もちょっと興味があるけどね」
 パオラが乗り気だ。
 三人は裏門の前に歩いて行くと、掲げられている高札を見上げる。名前とともに、数字がずらりと連なる。
 三人の視線は他には興味がなく、ただ一点。掲示板の最初、第一位に集まる。

“――――ルディス・カーリン 1000――――”

「ルディス・カーリン……」
 カチュアが呟く。
「パオラ姉さん、この1000って何?」
 エストがきょとんとした表情でパオラに尋ねる。
「えっと……点数?」
「そうなのかな? だってホラ、二番目の人“676”って――――」
 エストの指摘に、パオラは首を傾げて人差し指を頬に当てる。
「えっと…………受験番号?」
 パオラとエストの的外れな推理をよそに、カチュアは近くにいた受験生らしい青年に声を掛ける。
「あの、すみません。お伺いいたしますが、あの第一位のルディス・カーリンという人の1000って数字は、どんな意味なのでしょうか」
 すると、訊ねられた受験生は惘然とし、また酷く呆れた様子でカチュアと、他の二人を見回す。
「はぁ? あんたら何言ってんだ」
「ちょ……何って、訊いてんのはこっちでしょ!」
 エストが食ってかかる。
 彼女たちの様子に、訊かれたその受験生は怪訝な面持ちで後退りをし、言った。
「数字は入試試験の得点だよ」
「何点満点なのかしら。一五〇〇点とか?」
 パオラの言葉に受験生は長嘆する。するとエストがぎらりと睨みつける。それに怖じける。
「一〇〇〇点満点」
「え……? せん――――てん?」
 カチュアがどきっとなった。受験生は頷く。
「そう。ルディス・カーリンは一〇〇〇点満点。パーフェクトだったってこと」
 その事実に、三人は驚嘆する。
「へぇ! それって超すごくない? めっちゃ頭がいい人がいるんだ!」
 エストがにわかに興味津々とばかりに声が色めく。
「あぁ? おいそこのピンクのはねっ返り」
 受験生が眉を顰めてエストを睨む。
「あんた、パーフェクト舐めてるだろ」
「は? 何よ、別に舐めてないわよ」
「はぁ……これだから腕っ節だけの軍事部の連中は……」
「ちょっとどういう意味ッ!?」
 興奮するエストを腕を突き出し抑えるパオラ。
「あの――――そんなにすごいこと……なのかしら?」
「当たり前だろ。今まで、五〇〇年の歴史があるパレスの大学府を含めた三大学林の中で、超難問のこの試験を一発パーフェクトでクリアした奴は誰もいないんだよ」
「え…………?」
 さしものエストも絶句する。
「そ……そんなにスゴいことなの?」
「…………」
 パオラも思わず顔色が冷め、カチュアは息を呑んでじっと掲示板を見つめている。
「だからさっきまで大騒ぎだったんだよ」
「え? 大騒ぎって、どういうこと?」
 パオラがさらに訊ねると、受験生は言った。
「そのご本人が、さっきまでいたってことさ」
「いたって、ここに?」
 エストが目を見開く。
「何だよ、あんたらもいたんなら見ただろ。ぼっさぼさのむっさい白い髪に汚えすり切れた服着て仏頂面で立ってた奴」
「…………!」
「…………!」
「…………!」
 三人とも、見事に同じ反応だった。
「あいつが、噂のルディス・カーリン君だよ。なんでも十五歳だって言うぜ。もう、信じられないよな」

 ――――ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ――――

 チェスティ三姉妹の大絶叫が響き渡り、公園に屯してた鳩や水鳥が一斉に空に舞い上がる。

「うそぉ! あのボロ衣が――――じゅ…十五って。ひとつ上なだけ?」
 エストが悲嘆する。
「これが最後のチャンスで、これで落ちたら自分で死んじゃうかも知れない可哀相な感じの人が? 一個下……」
「いや、そこまでは言ってないし」
 パオラに小さく突っ込むエスト。
「…………」
 カチュアは無言で、あのすれ違いざまに合った、顔を覆うほどの長い前髪の間から覗いた目を思い出す。髪と同じ、白。いや、白と言うより白金の瞳だった。
「それにしてはあまり喜んでいるように見えなかったわ、そのルディス・カーリンって子」
 年下だと分かると“子”扱いなパオラ。
「そこなんだよな。あいつ、いきなり史上初の快挙を挙げたってのに、全然ニコリともしないんだよ。皆もてはやして色々聞いてんのにさ。……ま、天才って何考えてんだか、分からねえよな」
 そう言うと、受験生は踵を返して去って行った。

「ねぇ、何か超スゴい奴がだったんだ、あのボロ衣」
 エストが下心ありありに顔をにやけさせる。
「エスト……さっきまで散々あざ笑っていたのに。調子の良い子ね」
 パオラが呆れる。
「何よぉ、パオラ姉さんだって酷いコト言ってたじゃない。死んじゃうかも、とかさ」
「それは……ちょっと心配しすぎただけの事よ」
「ふーん……」
 姉と妹の掛け合いの中で、カチュアは無言で何かを考え込んでいる様相だ。
「カチュア姉さん、どうしたの? ぼーっとして」
「…………」
「カチュア?」
「…………」
 するとパオラとエストは顔を見合わせてにやりと笑い、一度頷き合うと、息を吸い込んだ。

 ――――カチュア――――――!

「きゃあっ!」
 左右同時の大声に、さしものカチュアも仰天し、怒りに眉を逆立てる。
「な、なによもぉ二人とも! 大声出さないで」
「どうしたのカチュア姉さん……もしかして、あのボロ衣にひ・と・め・ぼ・れ?」
「なっ……」
 エストの言葉にカチュアは本気で怒りがこみ上げ、顔を真っ赤にする。
「まあカチュア、本当? あなたも結構……」
「ち・が・い・ま・す・っ!」
 濁声を発しながら本気で否定する。
「あはははっ。冗談だよ。もー本気で怒んないで。カチュア姉さんのタイプじゃないでしょ、どう見ても」
「……まあ……ね」
「パオラ姉さんのタイプでもないわよね」
「私よりもエストの方が心配だわ、姉としては」
「ちょ、ちょっとパオラ姉さん。それって何、私は何でも良いっていう風に聞こえるんですけど」
「あら、違うの?」
「私にも選ぶ権利ってのがあります!」
 そう言って笑いながら、三人は帰路についた。

(ちょっとだけ……気になっただけ。そう……ちょっとだけ――――)

 その夜、チェスティ家では親族も呼んで、三姉妹の士官学校トップ合格を祝う宴が催された。

一週間後

 王立国軍士官上学校の総合入学式が厳かに執り行われる。
 狭き門を突破してきた優秀な新入生を迎える貴賓は、アカネイアパレスからはボア大司教。オレルアンの国王名代ジェルキンス枢密院議長、グルニアのロレンス左将軍。カダイン魔道府のキュリネン准司祭卿など実にそうそうたる面々が連なっているのだが、やはり目立つのは当国マケドニアのオズモンド国王名代のミネルヴァ・ティヴナ・アイオチュナ第一王女だろう。
 マケドニア正規軍の近衛竜騎士軍を統括する近衛中将軍を兼ねた人物で、その勇武の誉れは高く、また美しさも天下に響いた、まさに才色兼備の女性。
 かの気高く美しい王女の姿に、新入生たちを始めとして、その家族・友人たちすらも息を呑んだ。
「やっぱり、ミネルバ様はお美しいなぁ!」
 エストが恍惚とした表情でミネルバの姿を仰ぐ。
「そうね。さすがは名将の誉れ高いミネルバ様。……私たちも、卒業をしたら是非、ミネルバ様の元で働きたいものね」
 パオラの言葉に、カチュアは大きく頷く。
「そうねパオラ姉さん。私たちがお仕えするのは、ミネルバ様。……そのために頑張ってここに入ったんだもの――――」
 カチュアの言葉を、パオラとエストはかみしめて頷いた。
 そして、エストが式場に入ってくる新入生の列を見ていて、思わず声を上げそうになって慌てて口許を抑えた。
「何やってんのエスト。落ち着きなさい」
 カチュアが窘めると、エストは膝元で人差し指を突き出し、方角を示す。
「何?」
 カチュアがエストの指さす方向に振り向く。

「あ…………」

 カチュアの瞳に映ったのは、長い白金の髪の毛をきちんと項のあたりで束ね、黒の法服に銀のベルト、飾り短刀を腰に佩き、ペガサスの羽で誂えた扇を胸に忍ばせ、背筋もぴんと伸ばして厳かに足を進める、凛々しい雰囲気を持つ少年の姿。
(あれって、ルディス・カーリンじゃない?)
 エストのささやきに、カチュアは小さく頷く。
(そう……だよね)
(うわぁ、何かめっちゃ良くない?)
(エスト……)
(何よ、身だしなみきちんとしてれば、超カッコイイじゃん!)
 エストがまた、何かを秘めた笑顔を浮かべた。
(ねぇカチュア姉さん、私、彼にちょっと興味持っちゃった。頭も超いいし)
(あんたって子は――――調子よすぎよ! そんなんじゃ……)
「二人とも、静かにしなさい!」
 パオラが二人を叱りつけた。

 最前列から二列目の中央あたりにルディス・カーリンが座した。居住まいを正し真っ直ぐ壇上を見ている。
 そしてしばらくの間、貴賓・来賓の挨拶が続くのだ。
 ルディスの右隣に座っていた少年が、小さくルディスの法服の袖を摘み引っ張る。
「……?」
 怪訝な表情を浮かべ、ルディスはほんの僅かにその方向へ角度を向ける。
(ニッケル・クルトゥスってんだ、よろしくな。ルディス・カーリン)
 小声で名乗るニッケルという少年。ルディスは上体を僅かに傾け、小声でしっかりとした口調でこう言った。
(今は式の最中です。挨拶ならば、終った後にお願いいたします)
(よォし、約束だぜ! 式が終わったらさっさと引き揚げだ)
(…………)
 いきなり変な人物が出てきたな。と、ルディスは壇上を凝視しながら思っていた。
 ちなみに、長々とした来賓の挨拶はあっても、肝心のミネルバ王女の挨拶はなかった。誰もが、がっかりとしたのは言うまでも無かった。