第9章 暗雲と出会い

「ご来賓の方々のお話が実に長くて、大変眠うございました」
 ニッケル・クルトゥスが中庭の噴水を囲むベンチに腰掛けている友人たちに向かって身振り手振りの演技をして見せていた。来賓客の癖をそっくり真似をしたりなどして笑いを誘う。
「ニッケルは式の最中、眠そうにしていたのに、ちゃんと見てるんだね」
 眼鏡を掛けたいかにも秀才然としているのが、ペトゥス・クルータスだ。
「参謀科の新入生の中じゃ、一番らしくない感じだったよね。何か不良っぽい……っていうか、面喰いってゆうか。ニッケル君って」
 そう言って無邪気な声で笑う、一見女の子と見紛うばかりの少年はラルム・フェルナンド。
「それだ、ラルムよォ。オレさ、式で同期になる女の子ざらって見てたんだけどよ、みんなレベル高くね? 何かさ、おべんちゃら抜きで、みんな超カワイイ娘揃いってゆうかさ――――」
 ニッケルがにやけた顔でそう言うと、ペトゥスが眼鏡のフレームを人差し指で直しながら、真顔でこう言った。
「確かに。でもニッケル、それは女性個々の容姿容貌が特段に優れているということとは必ずしも言えない。我がマケドニア王立国軍士官上学校の女子制服は機能性に優れているだけではなく、デザインも特に男性心理を均した上で考案されていて媚びるでもなく近寄りがたくでもない、女性が持つ根本的な美しさ、嫋やかさというものを十二分に引き出す効果を備えた画期的な制服だ。これを着ればいかなる境遇にあって自信を喪失した女生徒も、メンタルから前向きになることが出来るのだと思う」
「はぁ……なるほど。さすがはペトゥスだなぁ」
 すると横からラルムがハァとため息をついていった。
「要するに、馬子にも衣装ってことでしょ?」
「……ラルム――――それを言っちゃあおしまいでしょう」
 ペトゥスが漫才のずっこけの様相で苦笑いする。
「まあ、でもさ。ペトゥスの言う通りかもね。ホラ、女の子の制服、スカートも短いし。みんな綺麗な脚しているから、数倍可愛く見えるよ?」
 と、言ってラルムの視線が、そんな彼らと距離を置くように紙コップのジュースをストローで啜っているショートヘアの女子生徒に視線を向ける。
「ま、こいつもらしくは見えるな、確かに」
 心から残念そうに、ニッケルが呟くと、その女子は憤然と立ち上がる。
「何よそれ、ちょっとどういう意味だよ!」
 聞かん気な金切り声。確かに、女子制服を着ていなければ、一見少年と思ってしまうかのような少女だ。
 彼女はリーシャ・キュトラ。皆、参謀科の新入生である。
「まあまあ、リーシャ。軍師参謀を目指す者が、こんな事でいちいち怒らない。今後の適性試験で落第だよ?」
「う……ッ」
 ラルムの指摘に首を絞められたような声を上げて苦虫を噛み潰したような表情を出すリーシャ。くすくすと、勝負に勝ったりとばかりに肩をすぼめて笑うニッケル。
「ところでニッケル。あの大天才は……」
「ああ。式の最中に声を掛けたぜ。終ったら挨拶するって言ってたからな。来るはずだ」
 自信満々にVサインを作ってみせるニッケル。
「口約束でしょ? ってか、軽くあしらわれただけなんじゃないのアンタ」
 リーシャがジト目で呆れたようにため息をつくと、ニッケルは唇を尖らかせて言い返す。
「んなこたぁねえよ。あいつは来るさ。いい加減なことを言うようなタマじゃねえよ」
「へぇ……、今日初めて会ったばかりの人のこと、良くそこまでご存じですね」
 リーシャが嫌みたらたらににやけると、ニッケルのこめかみに青筋が立つ。
「二人ともそこまで。どうやら、来られたみたいです」
 ペトゥスが冷静に二人を抑えると、ベンチから立ち上がり、軽く会釈をした。
「国軍参謀科第42期、ペトゥス・クルータスです。よろしく」
 左手でフレームを直し、右手を差し出し握手を求める。
「ルディス・カーリンです。こちらこそ」
 微笑みながら、ルディス・カーリンが会釈をしながらペトゥスの右手を握った。
 喧嘩漫才の余韻を尻目に、ラルムもにこりと微笑みながら握手を求めた。
「僕はラルム・フェルナンド。これからは一緒に勉強をすることになりそうですね。色々と教えて下さい、ルディス君」
「こちらこそ。ラルム」
 笑顔で握手を返すルディス。
 その様子に、何故かぽかんと口を開けて固まるニッケルとリーシャ。
(あら……意外と気さくね)
(取っつきにくい奴だと思ってたんだけど……なんじゃこりゃ)
 まるで滑稽な戯画のような顔をしている二人に、ルディスは振り向き、会釈をした。
「先ほどは失礼をしました。ルディス・カーリンです。よろしく。――――えっと……」
 握手を求めると、瞬間呪縛から解放されたのがリーシャ。
「あっ、私はリーシャ。リーシャ・キュトラ。よろしく! カーリン君」
「あははは、ルディスでいいですよ。俺もリーシャと呼びますから」
「ああ。ありがとう。そうするわ」
 少しはにかんだ表情でリーシャと握手を交わす。
 そして、皮肉にも最後に残ったのが、ルディスを誘ったニッケルだった。
「お前不意打ち過ぎだよー」
 自己紹介をし、握手を交わしながら何故か涙声。
「えっと……俺が何かした?」
「そんなキャラだったのか、お前――――」
 するとリーシャがルディスに耳打ちをする。
「こいつ、ルディスのこと買い被ってたみたい。稀代の天才は、きっと住む世界が違うとでも思ってたんじゃない?」
 そこにラルム。
「そうそう、ルディス君が僕たちと何ら変わらない接し方をしてくる人間だとは到底思えなかった……」
「イメージとの懸隔に、茫然自失」
 ペトゥスまで笑う。
「な、何だよオメーら、オメーらだって。特にリーシャ! お前もそう思ってただろうがよ」
「なーんのことですかー」
 すっかりと情勢優位なまま惚け通すリーシャ。
「あははは。まあ、良いじゃないですか。いずれにしろ、よろしく」

 5人は城下町の軽食屋に入った。いかに名門軍事学校とは言っても、放課後は各々普通の少年・少女になる。人並みに交友を楽しみ、また人並みに恋愛もするのだ。
 ニッケルとペトゥス、そしてリーシャは幼なじみであり、ラルムとは試験勉強を通じて知己を得、互いに切磋琢磨をしてきた間柄だという。意気投合した四人は、遊びや勉強に限らず何かがあればいつも集い、交友を重ねてきた。
 三人寄れば文殊の知恵といえば少し卑下も過ぎるが、この四人は各々の基礎力量がしっかりとしていたので、切磋琢磨はまさに鬼に金棒だった。
 四人とも合格者十番台の上位に名を連ねて、難関を突破した。
「ルディスはどうなんだ。あ……訊いても良かったか」
「いいよ。隠すことは別にない」
 ルディスは身の上をざっと語る。
 幼い頃にマケドニア近衛軍の下級武官だった父を亡くし、母も後を追うように病死した。その後、わずかか六歳で北マケドニアの小さな村にある、親戚に引き取られた。
 そもそも、物心が付いた頃から非常に物覚えが速く、計算も得意だったルディスは、周囲からは当然、神童と囃された。
 両親を喪い、親戚の家に身を寄せたルディスは、家の手伝いをしながら、学者をしていたという現当主の祖父が集め、今は倉庫に保管されて埃をかぶっていた書物を読みあさり、独学でまさに“蛍雪”を積み重ねてきた。
 十歳の時には聖宗施政から始まった奨学制度を使いアイオチュナの中学校を受験。神童の面目躍如と言わんばかりにトップ合格。その特権として、学費全面免除の上に、無償の寮生活に移った。
 しかし、僅か六歳の頃から蛍雪・苦学を重ね、多種多様の文献文書を覚えてきたルディスにとって、学校で習う事は、自分の知識よりも、はや十倍も遅れたものであったという。

 ルディスが過ごした親戚の家人は、よく創作物語などであるような、幼子を虐めたり差別したりするような人ではなく、逆にルディスを大変可愛がった。
 書淫であるルディスのためにと、遠方からわざわざ分厚い書物を取り寄せたりしてくれるなど、彼の才能を良く伸ばしてくれる環境を整えてくれるほどで、ルディスもその恩恵で、知識を大いに享受できた。
 しかし、ルディスは好意に甘えるだけのことを快しとはしなかった。
 蛍雪・苦学を自らに課すことで親戚の恩に報いようと思った。そう考えることも、書物から得た知識である事は言う迄も無い。
 ゆえにルディスは人を見下すと言うこともしなかった。
 兵書を読みふけり、将来に参謀・軍師となるという夢をいつ懐くようになったのかはよく分からないという。
 しかし、兵書の知識だけで、古の神謀大軍師ヘルメス・ジョアンのようになれるとは思わなかった。
 アカネイア史を綴る多くの伝記伝承に記されるヘルメスは、何より人との繋がりを、神謀の第一義とした。
 ルディスはその驚異的な才智のイメージからか、常に取っつきにくいと思われていたようだが、話せば実に気さくな少年で、クラスのムードメーカー的な子供から一番最初に話しかけられ、そこから真綿に水を染み込ませるかのように、友人が広がっていったのだという。
 だが、ルディスは人を貶しはしないが、褒めることもしなかった。怜悧な頭脳は、常に物事の本質を見通してしまい、情が先行する深い交友関係を、意識的に望まなかった。人物鑑識眼も成熟していたこともあり、また機知に富んでいたため、いじめというのも受けなかった。

 浅く広い交友関係の長短なのか、友人から嫌われることもなかったが、好かれることもなかったルディスは、プライベートの時間を今まで以上に書淫に耽った。そして独学で地形の模型を作り、駒を並べて軍事シミュレートなどもするなど、その稀代の奇才は、徐々に本格的に花を開かせてゆくことになる。

“獅子は兎を狩るのも全力を出す”

 今や超難関である王立国軍士官上学校の受験も余裕とみられていたルディスだったが、決して手を抜かなかった。散髪もせず、服を替える時間を惜しんで勉強に没頭した。

「それでパーフェクトかよ……敵わねぇよなぁ。もー……何なんだかなぁ」
 揚げた芋を咥えながら、ニッケルはへなへなと肩を落とす。
 結果、国軍参謀科にトップ合格。しかも超難問揃いの問題に、史上初のパーフェクトでしかも本人からすれば悠々と通過したというのだから、ニッケルたちならずとも恐れ入って止まなかった。
「努力家なんだな、ルディス」
 リーシャが尊敬の眼差しを向けると、ルディスは首を小さく振る。
「俺は放っておくと、怠ける人間なんです。それを自覚しているだけなんですよ」
 だから手放しで喜ぶと言うことをしない。身を律して物事を見る。そうでなければ、才子はいつか必ず驕慢となって己が才に身を滅ぼす。古人の轍だ。
 アイスティーを啜りながら、ルディスは笑った。その笑顔に、驕り、人を見下したような嫌みなど微塵も感じなかった。

 日も置かずに、ルディス・カーリンの名は当然ながら鳴り響いた。
 人々は『一〇〇年に一度の神童・鬼才』ともてはやし、マケドニアに限らず、アカネイア十諸国の宮廷政庁の上官たちは、早くからルディスに目をつけていた。
 折しも、マケドニア王オズモンドと、その嫡男・ミシェイルとの不仲説が真実味を帯び、不穏な空気がアイオチュナの宮中に漂い始め、廷臣たちも内心気が気ではない日々を送っていたのだ。
 先年、マケドニアの初代、竜騎士・高祖神武王アイオテの晩年に召し出され、現オズモンド王まで、五代の国王に仕えた、大柱石のバイロン・ミッチェル伯が八十九歳の天寿を全うしたのだが、彼の死はいかに天の宿命とはいえ、間が悪かったという他がない。
 仮に実しやかに囁かれるように、オズモンド王とミシェイル王子の仲が悪かったとしても、ミッチェル伯が、二人の間を取り持っていたので、軋轢が表面化すると言うことはなかった。
 傲慢不遜と言われるミシェイルも、高祖を知るミッチェル伯のことは崇敬したからである。
 高祖以来、聖アカネイアを宗主国として、従属を続けることを標榜するオズモンド王と、アカネイアからの支配を脱し、完全独立を唱えるミシェイル王子との溝は、ミッチェル伯の死去を境に、急速に広がっていった。

 表向きは父子の対立があからさまであるという訳ではなく、平穏さを保っていた。
 オズモンド王は無能という訳ではなく、王室の対立で国政が乱れるのを大いに懼れた。
 一方のミシェイルも知勇の聞こえ高く、強盛国家を目指す上で政道の不安定は最大の障害だと、父子の暗闘に託つけた廷臣の派閥形成を酷く嫌った。
 そうした父子の首の皮一枚で保たれている関係が、皮肉なことに一触即発の事態を避け、辛うじて平穏な治世を維持しているのだ。
 しかし、所詮この脆弱な関係は崩れるだろうと、一般庶民ですら口にするものも出てきている程に、もはや関係修復は不可能な状態となっており、現実を直視すれば、宮廷内はミシェイルが抑止していたはずのオズモンド王を支持する穏健保守派と、ミシェイル王子を支持する急進過激派の派閥抗争の火種がじわりじわりと広がっていたのである。

 五代の王政にわたってバイロン・ミッチェル伯という大柱石に依存してきたマケドニア王国の人材不足を補うための施策としては、聖宗が設立した王立国軍士官上学校ということになるのだろう。
“アカネイア三大学林”の名に恥じず、この学校からは、個別の能力に優れた人材をこれまで数多輩出はしてきたことは確かではある。
 しかし、同時にミッチェル伯という“求心力”を持ち、多くの優秀な臣僚をとり纏めることが出来る人材はそこから出ることはなかったというのも、隠すことの出来ない事実だった。

 正直なところ、マケドニアにとってカリスマと言われるのは、高祖アイオテとミッチェル伯くらいであり、歴代国王といえども、それほど強い権限があるという訳ではなかった。
 王家に限らず、有力な貴族もこぞって経済力とともに、個別に能力の優れた人材を幕下に加えて人的力を誇示してきた伝統があるため、今年のように、上学校の入試で優秀な成績を引っ提げて入ってきた、チェスティ三姉妹や、ルディス・カーリンというような稀代の奇才は、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい人材であったに違いない。
 勿論、君臣が皆優秀な人材を求める風潮は決して悪しきことではなく、むしろそうした風土が、マケドニアを強国として名を轟かせ続けている最大の原動力なのである。

――――二ヶ月後

 士官学校に入学してからというもの、これまで学んできたことは、ルディスにとって脳の引き出しに収めて埃をかぶっているような内容だった。
 ニッケルらとの交友は相も変わらずだが、正直ルディスにとって、過去に覚えたことを長々と復習する程度の授業に出ることよりも、いっそ家にでも引き籠もって独学で書淫に耽っていた方が良いのではないかと思っていた。
 しかし、出なければ退学を余儀なくされ、寮も引き払わねばならず、路頭に迷うことになる。
 食うための在籍――――などと、全く志学とは思えない冷めた日々を過ごしているなと自嘲してやまないのだ。
 そんなある日。ルディスは昼休みに学生食堂に赴いた。
 士官学校の賄いは美味と評判で、学生でなくても、時々催されるアイオチュナの昼市などで、そのメニューの相伴に与ることが出来るというほどなのだが、あまり騒めかしい食堂に入るのが好きではなかったルディスは、いつも自前の弁当を誂えてくる。
 しかし、この日は寝坊をしてしまった。
 昨日本屋で見つけた研究書の面白さに、つい日付をまたいで読みふけってしまったのである。
 ズル休みも、開き直った遅刻もどことなく自分のプライドが許さず、バスケットにパンやヨーグルトを詰め込む作業を犠牲にして、寮から一直線に学舎に向かったのだ。。
 炒めた挽肉とタマネギにトマトソースを混ぜ、それを小麦を練った麺に韲えた料理とサラダ。マケドニアオレンジのジュースという三品を載せたトレイを持ち、通路側の端に空いていた席に腰掛ける。夏はグリーンカーテンが心地良い窓側の席は人気があり常に満席状態。逆に薄暗く廊下からの籠もった空気が通り抜ける通路側はあまり人もいない。立ち食いをしてまでも窓側に行きたがる連中が少なくないのだ。
「いただきます」
 フォークを取り、麺を絡めて口に運ぶ。ちゅるんとほどよくソースが絡んだ麺に、ルディスは思わず顔を綻ばせて頷く。
(これは美味い。学食のメニュー自体は悪くないな)
 これで、絶え間ない騒めきがなければ余程居心地が良いところなのだが。と思った。
 ゆっくりと麺を平らげ、サラダを消費し、さてマケドニアオレンジのジュースを飲み終えてさっさと退散しよう。
 そう思っていた時だった。

「あっ、ルディス・カーリン君だっ!」

 背後から突然の金切り声。
 ルディスは驚愕し、のみ込んだジュースが気管に流れ込み、激しく噎せる。
「がはっ、ごほっ、ごほっ、な、なんだぁ」
 胸許を何度も叩きながら眉を逆立て、忿然と声の方に振り向くと、ピンク色のショートカットの少女が注文したての湯気と香り立つトレイを持ちながら、無邪気に笑っていた。
「…………」
 惘然とそのショートカットの少女を見るルディス。
 彼女の隣には、肩まで伸びた青い髪の少女と、背中まで伸びた、緑のロングヘアの少女。
 それぞれ、出来立ての料理を載せたトレイを持っている。
「もぉ、エストったら。びっくりするでしょう」
「あはは、ごめんパオラ姉さん」
 舌を出し、パオラと呼ばれたロングヘアの少女に謝るエストと呼ばれたショートの少女。
「あの……ルディスくん、ひとり? 相席、いいかしら」
 青い髪の少女が微笑みながら尋ねる。殆ど減っていないタンブラーを片手に持ったまま、呆気に取られるルディス。
「あの――――席はご覧の通……って!」
「お邪魔しまーす」
 ルディスがおどおどした感じで言いかけた言葉も聞かないまま、エストがさっさとルディスの向かい側に座る。パオラと青い髪の少女も、エストに続くようにトレイをテーブルに置き、エストの両側に腰掛ける。
「…………」
 開いた口が塞がらないという言葉を額面通りにした顔つきで惘然となり三人を見ていたルディスは、それから一言も発せず、再びタンブラーに差していたストローを、憮然とした表情で銜える。

「ごめんなさいルディスくん。偶然あなたを見かけたから、ちょっとお話しをしてみたくなって……」
 パオラが申し訳なさそうに言う。
「…………」
 ジュースを吸い上げつつ、目を上目遣いにしながら、激しく目を瞬かせるルディス。“なんなんだこの女らは?”といった様子だ。
「パオラ姉さん、エスト。まず自己紹介しなきゃ」
 青い髪の少女がそう言うと、パオラは気がついたかのように目を瞠り、エストは親指と人差し指の先を合わせて円を作り掲げた。
「えっと。初めまして……っていうか、本当は二度目なんだけど――――私はパオラ。パオラ・チェスティよ。あなたのひとつ上。よろしくね」
 パオラの次に、エストが手を振り上げてにぃと笑う。
「エスト・チェスティでーす! よ・ろ・し・く」
 その妙なハイテンションにルディスは苛立ち、思わずストローの先を口の中で噛んでしまう。
 そして。
「カチュア・チェスティって言います。パオラは私の姉。そしてこのエストは妹です。よろしくね、ルディスくん」
 どうやら、カチュアと名乗った少女が、自分と同じ年なのか。と確信した。

「えっと。私たちは――――」
 パオラが言いかけた時、ルディスはストローを離した。ジュースを飲み終えたのである。
 ナプキンで口許を拭い、それをポケットにねじ込むと、淡々とした口調で言った。
「天馬騎士科のホープ、チェスティ三姉妹。入試において堂々の首席、次席、三位を独占した美人の才媛」
「あ……私たちのこと、知っていたのね」
 パオラがほっとした様子で微笑む。
「び、美人だなんて。よく分かってるじゃない。そこ重要だよ?」
 エストが顎を突き出して胸を張る。
「あなた方の噂は、参謀科の方でも引切りなしです。興味の有無にかかわらず、毎日耳にすれば否応にも覚えましょう」
 まるで突き放すかのようなルディスの言葉に、エストがすぐに顔色を変える。
「そこッ! そういう所だよ。問題はルディス君」
「事実です。どのような聖人が教誨をもって万人の心を捉えようとも、一人が心無ければ、言葉は価値なき言葉であり、益体なき戯言となり、無類の聖者とはなりません。花もしかり。どんなに美しさを誇ったところで、自然を俯瞰する者から見れば、カンバスの一点にしか過ぎないのです」
「よくわかんないこと言う――――!」
 エストが眉を八の字に曲げてカチュアに助けを求める。
 カチュアは真っ直ぐルディスを見つめ、少しだけ寂そうな口調で言った。
「ごめんなさい。お邪魔……だったかな」
「いいえ。別に構いませんよ。それを踏まえ、考慮された上でここに来られたのでしょう。それに私専用の席という訳ではありませんからね」
 するとカチュアはほっと息を吐く。
「よかったぁ」
 その時にカチュアが見せた微笑みに、ルディスは一瞬、見とれてしまう。それを慌てて頭の中で払拭し、軽く会釈をする。
「あなた方が名乗られたので私も名乗るのが礼儀。ルディス・カーリン。国軍参謀科第42期入学、十五歳です。よろしく」
 ルディスが柔らかな微笑みを向けると、エストはやっと緊張をほぐしたような笑顔に戻った。
「うん、よろしく!」
 エストが手を延ばす。
「ああ良かった! お友達になりましょう?」
 パオラも手を延ばす。
「迷惑じゃなかったら……これからも、よろしくお願いします、ルディスくん」
 カチュアがそっと手を延ばす。
「はい。こちらこそ」
 ルディスは差し出された順に握手を交わした。