「ところでパオラさん。先ほど二度目だと言ってましたが……?」
ルディスが尋ねると、パオラはぱちんと手を叩いて目を瞠る。
「そう。ルディスくん。憶えてないかなぁ。合格発表の日。私たち会ってるんだけど」
「合格……発表の日――――ですか」
ルディスは腕を組んで小首を傾げる。
「……ま、会ってるって言うと少し語弊があるんだけど」
カチュアが補足する。するとルディスは申し訳なさそうに項垂れる。
「すみません。私はあまり周囲を気にしない人間ですので。憶えておりません――――が、あなた方には確かに、初めてお目にかかったようには思えませんね」
「それを憶えているって言うんじゃん」
エストの突っ込みにルディスは苦笑する。
「ああ、そうかなぁ」
思わず手を伸ばしたタンブラー。しかし、中身は飲み干して空だ。
「あ、ルディスくん。もし良かったら、これを――――」
カチュアがトレイから自分のタンブラーを取り、ルディスの前に出す。炭酸の泡が浮かび、氷に冷やされた飲み物。
「レモンのソーダ水なんだけど」
「これは君のでしょう。頂く謂われはありません」
ルディスが押し返すと、カチュアは首を振る。
「いきなり押しかけたお詫びだと思って? その代わり、色々とお話を聞かせて欲しいわ」
カチュアが真っ直ぐ見つめる。思わず視線を逸らすルディス。
「そうねえ。ルディスくんなりに“取り引き”だって……考えてくれれば良いんじゃない? その方がいいでしょ」
パオラの提案に、ルディスは得心した。
「はい……では、頂きます」
ストローに口をつけるルディス。すると、エストがにやりと嗤い、言った。
「それさっき、カチュア姉さんが一口飲んだんだよね」
ぶふっという音を発し、ルディスが噎せる。
「え? ちょ、ちょっとエスト、なんてこと言うのよ。うそ、嘘だから!」
カチュアが顔を真っ赤にして大慌てで否定する。一方、眉を顰めながらナプキンで口許を拭くルディス。
「エスト――――、揶揄うのもいい加減にしなさい。そのためにルディスくんとこうして席を同じくしている訳じゃないんだから、今日は」
「はーい。ゴメンナサイ」
全く悪びれる様子もない。
「それでね、ルディスくん」
上目遣いでパオラを見るルディス。
「はい。何なりと。……あ、食事をしながらで構いません」
「やった! じゃ、エンリョなく」
エストが既に持っていたフォークを動かし始める。
そんなエストを呆れたように一瞥するカチュア。パオラは続ける。
「学校に入って間もないのに、こんな考えるのって、少し性急のような気もするんだけど、笑わないで聞いて欲しい。その……参謀科の奇才であるあなたが、将来どういう道に進むのかなぁーって、ずっと興味があったの」
「将来の道……。要するに、卒業後の仕官のことですか」
レモンソーダを一口吸い込み、不思議そうにパオラを見つめる。
「そう。あなたならば、マケドニアに拘わらずきっと引く手数多でしょうから、卒業後にどこの国に仕官したいと考えているのか、参考までに訊きたいなあって」
すると、ルディスは口の端を綻ばせる。
「遙か遠国では、“来年のことを言うとオニが笑う”と言うそうです」
「オニ?」
エストが肉を口に運びながら首を傾げる。
「オニとは怪物の一種。極めて恐ろしい者の喩えだそうですが、要するに、恐ろしいオニですら笑ってしまう話なんですよ、来年のことを話すというのは」
「…………」
「ましてや、卒業は三年も後のことですから。上学校に入学したての私が、三年も後のことを今からあれこれと考えるなど――――」
ルディスは笑いこそしなかったが、パオラの質問を滑稽なものだと捉えていた。
「ルディスくんはやっぱり、そこまで考えなくても良いのね――――」
パオラが苦笑する。
「ルディスくん」
カチュアが真っ直ぐルディスを見つめる。
「私たちの話、確かにルディスくんから見れば“オニ”が笑っちゃう話かも知れない。……でも、私たちちょっとだけ真剣なの」
「ほう……真剣――――ですか」
ルディスがカチュアを見つめ返す。だが、正直この青髪の少女の眼差しはどうも背中がむず痒くなる。真っ直ぐで、どこまでも澄み切って意志が強い色をしていたからだ。
「この国の置かれている状況が……ルディスくんなら、もう言わなくても分かっているとは思うけど……」
カチュアの言葉を斟酌するルディス。
「分かりました。そういうことならば一応ですが、自分の思案を言うことに吝かではありません」
「ありがとう」
カチュアの表情が綻ぶ。
「ん……。と、その前に、貴女たちは、どうするおつもりですか? 私の意見を参考にする……ということは、貴女たちなりの青写真はあるのでしょう」
反対に聞き返すルディス。互いに顔を見合わせて、頷く三人。
そして、エストが答える。
「うーん……やっぱ、マケドニア正規軍に仕官することかな。天馬騎士団――――特に、ミネルバ様の率いる白騎士団は大陸一の精強さを誇るって言われてるじゃん? 私たちも卒業したら、ミネルバ様の下で働きたいって、思っているんだよ」
その言葉に何度も頷くパオラとエスト。
「なるほど。さすがは天馬騎士科のトップスリーですね」
ルディスは淡々とした表情で三人を見回している。
「ミネルバ様に憧れて――――頑張って勉強をしてきたの、私たちは」
と、カチュア。
「ミネルバ様に信頼される働きをして、少しでもミネルバ様の……そしてこの国の役に立ちたい――――それだけを思って、三人で頑張ってきたのよ」
パオラが静かに、それでも力強く語る。
「なるほど。道理ですね。そして、貴女たちはその思いに足るべき力量があった。そういうことなのでしょう」
レモンソーダを吸い上げる。
「私たちはそう……思っているわ。オニに笑われてもいいけど」
カチュアの言葉に、ルディスは微笑む。
「貴女方の信念を披瀝すれば、オニは笑うどころか、本気で戦いを挑んでくるでしょう」
「……ありがとう。誉め言葉として受け取っておくわね」
パオラがそう言って一口目のスープを匙に掬う。
「それで、ルディス君。あなたはどうするの? どこかに仕官を考えているなら――――」
エストが尋ねると、ルディスがニヤリとする。
「うーん……。ならばエストさん。君が当ててみたら?」
クイズとして振られたエスト。意外なルディスの反応に一瞬驚いたが、ノリの良い彼女はすぐに反応する。
「そうだぁねー……えーっと、無難なところで、オズモンド陛下?」
エストが答えると、パオラとカチュアが同時にルディスに視線を向けた。
ところがルディスは何と、エストの答えを鼻で笑った。
「オズモンド陛下は優柔不断で、自ら強い政治決断をなさらない。自らを支持される保守穏健派を頼みとしつつも、急進派の面々の顔色もいちいち気になされ、辛うじて政権維持を図られている。本意はアカネイアに対する従属のみしか考えず、指針は場当たり的で、この国の展望をお示しになることが出来ないお方だ。……違うな」
突然の自国王に対する誹謗。そんな思いも寄らない返答に、三人は愕然となった。
「ちょっとルディスくん! 声が……」
「…………」
パオラが周囲を気にするように瞳を左右に配り、唇に人差し指を当てる。しかし、ルディスは気にする風でもない。
エストは小さく笑って誤魔化すと、続けた。
「じゃあ……ミシェイル王子?」
エストの答えに、ルディスはさらにふっと鼻で笑い、首を横に振る。
「ミシェイル殿下は、知勇に優れてはいるが、沐猴にして冠すお方だ。猜疑心が強く、良臣の諫言を容れず独裁を好まれる。ご自分のお考えと相違する者は、例え王佐の才を持つ人材であってもあからさまに卑下し、決して用いようとはしないだろう。阿諛追従の佞臣ばかりがお側を固めずとも、私が殿下の下で働くことは適わないだろう」
声を潜める訳でもないその言動には、悪びれたような感じはなく、聞いていた三人の方がよほど狼狽し、ルディスが話している間でも周囲をきょろきょろとしている。
ルディスたちの会話が耳に入っているのか、周囲の学生たちも、自然にルディスたちが座っている席に興味の視線が向けられてゆく。
その様子に、カチュアが囁くように言った。
「ちょっとルディスくん。そんなこと言って大丈夫? 誰かに聞かれたらまずいわよ」
するとルディスは哄然と笑う。
「私は感じたままを口にしているだけだ。人を評価するのに、おべっかを使う必要はないだろ?」
「…………」
カチュアが二の句を告げず、身を退く。エストは眦を引き攣らせ、なおも苦笑をしながら質問を続ける。
「じゃあ…………他の国だね。アカネイア、とか」
ルディスは首を小さく振る。
「アカネイアなど、六百余年の長期権力によって宮廷は腐敗し、廷臣諸侯や役人に至るまで私利私欲の亡者となっています。マケドニアを始めとする従属諸国に対する内政干渉は、いずれもそうした権力基盤の腐朽から来る弊害そのものです。上を見れば帝王に権無く、市井を見渡せば小役人が市場を支配し、規定の税に上乗せをして懐を肥やす無法。大人たる者、このような小人が支配する国に仕えるべきではありません」
ルーシの言葉に、三姉妹ではなくその後ろに集い始めた学生の聴衆がどよめく。
エストの矢継ぎ早の質問。
「わかったっ、アリティアだね。あの国はなんて言ったって、あの英雄アンリの子孫だもん」
手を打ち鳴らして人差し指を突き上げ、自信満々だ。
しかし、ルディスはまた頤を放つ。
「アリティアのコーネリアス王など、井の中の蛙。論外ですね」
「あ……あはは……は…………」
さしものエストもそれ以上言葉を重ねることが出来ず、乾いた笑いに表情が引き攣った。
するとどうだろう、その会話に興味を持っていただろう聴衆から声が掛かる。
「グラ王国はどうかな」
ルディス曰く
「ジオル王はせいぜいアンリの墓守が妥当です。人がつくまでもありません」
「ならば、新興国家のタリスはどうです? モスティン王は人材を集めておいでだ」
ルディスは平静で曰く
「モスティン虔王は治世の君。小国の安定に御身を砕き、八紘を安寧と成す宏才に及ばざる好々爺。一振りの鉄の剣を振れる用心棒一人あれば十分でしょう」
「屈強の弓騎兵を備える騎馬国家オレルアンはどうだろう」
ルディス、笑って曰く
「オレルアン王の才智はバベルの塔です。国家の展望を示すことは出来ているが、実体が伴わなず。腐朽したアカネイアの宮廷改革の主導権を握ることも出来ず、立ち位置が曖昧です。いかに精強な軍を備えていても、活かせなければ庸愚の極み。任に能わずです」
英傑と名高い諸国の王侯を次々に虚仮にしてゆくルディスに、簡単のどよめきか、呆れた嘆きか。
「な、ならばグルニアはいかに!」
ルディスは考える間もなく言った。
「忠順王ルイ公は、時勢により右にも左にも舵を取る、日和見の名将だ。大局を見定めることよりも保身に長けており、国を守るという意思に欠けている。一貫した大志を懐く人物が仕えたところで、五日と保たないだろう」
言いたい放題のルディスに、三人はとうとう呆れ気味になってしまった。
「ルディスくん。じゃあ、あなたはどこの国にも仕えないってことなの?」
カチュアが憤慨してルディスを睨む。
「誰もそのようなことは言ってはいないだろ。人材を用いてくれる所だったら、きっとどこでも仕官するさ」
ストローを吸い、喉を鳴らす。
「だって、あなたの話だとどこの国もダメだって事でしょ?」
「んー……そうかな。ま、国に仕える……ということを考えれば、そう言うことになるね」
あっさりとした返事をする。嘆息するカチュア。ふうとため息をつき、パオラが口を開いた。
「ねえルディスくん。それじゃ質問を変えるわ。あなたから見て、どの“人”だったら、仕えてもいいと思ってるの?」
「え……人、ですか」
その質問にルディスは顎に手を当て、小首を傾げてうーんと唸ってから、パオラを見る。
「大陸に英傑はなし。ただ――――」
「ただ?」
三人の眼差しが、瞬く間に興味深げに向けられる。そして、集まっていた衆目も一斉に言葉を待った。
「我が国では近衛中将軍ミネルヴァ・ティヴナ・アイオチュナ第一王女。グルニアでは後将軍カミーユ・ファブリス・ティリエ。オレルアンでは王弟のハーディン・ユングダル大公。グラではジオル王の庶子と言われるシーマ王女……。この方々ならば、人材を愛される気がするね。ああ、タリスやアリティアは思案の外だ」
その言葉に、今度は感嘆のどよめき。
「へえ……ルディス君、やっぱりミネルバ様ならば仕えてもいいと思ってるんだ。何だかんだと言っても、ルディス君もミネルバ様のファンなんだねー」
エストが何故か嬉しそうに言う。
「ミネルバ様は、英雄アイオテ王に匹敵すると言われるほどの武勇と才知を兼ね備えていらっしゃる方よ。ルディスくんの言う通り、人材を側に置かれて阿諛を嫌い、諫言を好まれるとか。自らに厳しく他人には優しい方。ミネルバ様が常に湛える威厳は、そうした器量のたまものね」
パオラの言葉に、カチュアが目を細めて言う。
「それに何て言ったって、美人だし」
「そーそー!」
エストがカチュアの腕に自分の腕を回しながら嬉々とする。
「私たちも卒業したら、ミネルバ様にお仕えするつもりだから、もしルディスくんもミネルバ様にお仕えすることになれば、きっと最強のメンバーになるわね」
とパオラ。
「そうね。それにあなたの様な天才がミネルバ様を補佐し続けてゆけば、もしかしたら、逆タマ……ってことにもなるかも知れないしね」
「きゃはは。もう、前途洋々ってカンジ?」
勝手なことを言いまくるカチュアとエスト。
しばらく三人を見回していたルディスだったが、やがて再び、頤を放つ。その哄然とした様子に、三人は呆気に取られてルディスを見つめる。
「ずいぶんと性急なようだ、お三方は。これでは、鬼も笑う暇もないでしょう」
ぽかんとする三人。
「勘違いしないで下さい。私が述べた前提は、あくまで《人を用いることが出来そうな》って事だから、卒業をしたならばすぐに主君を選び、仕える仕えないの問題じゃあない。……それに、僕は別に栄達を求めている訳ではないから、仕えるべき主君がいなかったら、どこにも仕官はしないよ」
言葉を失う三人。と同時に、聴衆は失望のどよめきを起こし、瞬く間に四散してゆく。
つまりは何だかんだと、国や人の批判を大々的に繰り広げておきながら、とどのつまりは卒業後の進路など、全く考えていないと言うことではないか。
ルディスはレモンソーダを飲み終えると、食べ終わったトレイを持ち、立ち上がる。そして、視線を三人に送りながら、言う。
「ああ、そうだ。君たちがミネルバ様にお仕えすることは非常に良い。これぞまさに“虎に翼”いや“神竜に跨がる騎士”と言えるでしょう」
ルディスの言葉に、カチュアは少し照れたようにはにかむ。
「そ、そうかな……」
「まあ……君たち三人は、天馬騎士団の“部隊長”くらいにはなれるだろう」
まるで上から目線でそう言い、笑うルディス。
さすがに馬鹿にされたと思ったのか、カチュアは眉を顰めて睨みつける。
「じゃあ、あなたはどうなの? あなたはどのくらいの実力があるって言うの」
「ははははっ。ああ、カチュアさんだっけ。御馳走様でした。美味しかったですよ」
カチュアの最後の質問には答えず、ルディスは笑ったまま、立ち去った。
残された三姉妹。最初は唖然としていたパオラとエストだったが、次第に怒りがこみ上げてくる。
「何アレ。めっちゃカンジ悪くない?」
ルディスが去った方角を軽蔑の眼差しで凝視するエスト。
「よしなさいエスト。……彼はよほど、自分に自信があるのよ」
パオラが呟く。
「そうかしら。違うと思う。アレはただのナルシストね。人を見下して貶すことによって注目を集めて、自分の知識をひけらかして喜ぶだけのただの自己陶酔!」
カチュアが吐き捨てるように言う。
「だよね。何が私たちは“天馬騎士団の部隊長くらいにはなれる”――――だよ」
声真似をして激昂するエスト。
「部隊長はミネルバ様の下で一番偉いじゃん! それが、くらいにはって何、くらいにはって。ああっ、チョームカつくんですけどアイツ!」
言いながらエストは食事にがっつく。
「ねえ、カチュア」
冷静なパオラが、憤慨しながら質問の間に冷めてしまった昼食を口に運んでいる上の妹に話しかける。
「なに、姉さん」
「彼――――なんだけど」
「は? 何パオラ姉さん。アイツのことなんかもういいじゃない。話すだけムダだった」
相当機嫌が悪い様子。
「そうじゃなくて。あんなに多くの生徒が聞いている中で、王侯を厳しく貶したら、まずいんじゃないかなって思ったのよ」
「まずいって、何が」
「彼の話したことが噂になって、それが一気に広まって、上の人たちの耳に入るかも知れないってこと」
「ま、まあ……そうなるかも知れないわね」
「噂って言うのは尾鰭をつけて広がるものよ。彼が言わないことまで色々と付け加えられて上の人たちの耳に届いたら、ただじゃ済まないかも知れない」
パオラの指摘に、カチュアは一瞬、動揺したかのように見えたが、すこぶる機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。
「人を馬鹿にして……そうなったとしても、自業自得よ」
そして、カチュアは昼食を一気に平らげた。
その日の放課後。すでにルディスの噂は広がっていたのか、すれ違う生徒が皆、奇異な眼差しでルディスを見る。
さほど気にしない様子で、ルディスはいつものように校舎を後にし、校門に向かった。
「よう、ルディス」
校門の門柱に寄りかかりながら、ルディスを待っていた生徒がいた。スカートから伸びる細い脚を片方曲げて門柱に押しつけながら、手で内股をボリボリと掻きむしるという、よもや恥じらいという者に無縁な少女。
少年と見紛うばかりの友人、リーシャ・キュトラである。
「有名人、暇ならどっか寄ってこうよ」
「俺はそんなに暇そうに見えるかね」
呆れながら笑うルディス。舌を覗かせながら校門に押しつけていた方の脚をバネにしてルディスの元に一飛びしたリーシャが、ぽんと背中を叩いてウインクをする。
「いいから、行こうよ」
「ハイハイ。分かったよ」
行きつけの軽食屋。扉を潜ると、ルディスの姿を見つけた先客が両腕を大きく振り上げる。ニッケルとペトゥスだった。
「よう大智嚢」
「大もてカーリン君、いらっしゃい」
二人の揶揄い半分の手招きに、ルディスは失笑しながら、リーシャと共に席に向かう。
「あれ、ラルムは?」
リーシャが聞くとペトゥスが答える。
「あいつは図書館で調べ物あるとか言ってたな」
「さすが勉強熱心だねえ」
「ほう……」
嫌みっぽく言いながら椅子に座るリーシャ。ニッケルの隣に、ルディスは座った。
「おいおい、ルディス君さー」
ニッケルが早速切り出すと、ルディスは鸚鵡返しに言う。
「アカネイア諸王国の悪口ならばまだしも、マケドニア王侯の悪口雑言を公言する奇人、大馬鹿野郎があり。王立国軍士官上学校に在籍し国費で学問を享受する学生の分際で、王侯を罵り、貶すとは何事ぞかし――――」
ルディスが自嘲する。
「わかってんのかよ、お前」
ニッケルが呆れる。
「しかも、入学間もなき志学の身でなにを分かったようなことを――――とか」
ペトゥスが付け加える。
「もう、だいぶ誇張されているみたいか」
「あいつらはこういうの面白がるからねぇ。お前が言った、と付け加えりゃ何でもありだな」
ニッケルの言葉にリーシャが反応する。
「あんたもその一人?」
するとニッケルが声を荒げる。
「な、わけあるかよ。そんなことしたって俺に何の得もねぇし」
「冗談だよ。マジにならないでよ」
「しかし、天馬騎士科の美人三姉妹も、余計な話を振ったものだよな」
ペトゥスが呟く。
「え? 何が」
リーシャが聞き返す。
「よりによって、誰に仕えるか、どう思っているか……なんて、公有の場で話すようなことじゃない」
「……そうか? 教室とかでも休み時間とかにそういうこと話している連中いるぞ」
リーシャの言葉の後に、ニッケルが続く。
「でもさ、そういう時って、普通はベタ褒めのオンパレードだよな。俺だったら聞かれたことを色つけて褒めまくる自信があるぜ」
「うわっ、調子良いんだ」
ニッケルの自信にドン引きのリーシャ。
「いや――――ペトゥスの言うことは解るが、彼女たちが振らなくても、遠からず披瀝することにはなっただろう」
「第一回“中間適性面接”だね」
ペトゥスの言葉に頷くルディス。そしてすぐにはっとなるニッケル。
「あ、そうか。時期に来る試験と面接で訊かれるんだったな。希望仕官先」
「結構、後々まで響くとか……だっけ」
と、リーシャ。
「第一回中間適性面接で決まっていないと、色々と差し障りがあるみたいだね」
答えるペトゥス。
「そんなの適当に答えれば良いじゃん」
あっさりと言うリーシャに、ルディスが笑う。
「君がもし君主だとして、適当に答えて仕官をしてきた者を重用するかい?」
「え……っと、うーん……」
「参謀というのは機密を扱うゆえに、君臣の厚い信頼関係がなければ務まらないものだ。だから、仕えるべき国、主君を早くから決め、信頼関係を作ってゆく。それが試されるんだ」
「えーっと……だとしたら、ルディスは良くないんじゃない?」
「そうだよな。誰にも仕えない、その上王侯を貶したとあっちゃ――――」
するとルディスはまた、頤を放つ。
「俺は自分が思っていることを率直に話しているだけに過ぎない。心にも無いような阿諛追従は不義だ。仕えるべき君主に出会わずして、道を誤ることは何よりの罪ではないか」
するとリーシャが心配そうな表情を向ける。
「でもさルディス、それだけじゃしんどくない? ある程度はこう……何て言うか世渡りみたいなこともないと、自分が辛いだけになるよ」
「不義を行うくらいならば、身を滅ぼした方がマシだ。」
「お前って、変なところが固いよな」
ニッケルが呆れながら言うと、ルディスは笑う。
「なあに。その時はマケドニアを離れて、どこかでひっそりと暮すさ。晴耕雨読の日々も憧れたりするからな」
「全く――――ルディス、君らしい話だ」
ペトゥスが苦笑した。