Love which is hard to understand.
八神坂サザンパレス8階(仮称)
刑部絃子・播磨拳児の家
「おいっ。ちょ、ちょっと」
黒のドレスで着飾った絃子にいきなり手を引かれて拳児は戸惑った。
「ん、どうした? 早く行くぞ」
「だから、行くってどこへ行くんだよ」
「・・・・・・」
絃子は一瞬、拳児をじっと見てから
「食事に決まっているじゃないか」
「ちょっと待て! 今の間はなんなんだっ」
ぐいと掴まれた腕を引く拳児。
「ん、何のことだケンジ君」
「とぼけんなコラッ! そんなカッコしてぜってーアヤシイ――――」
「そうか。行かないと言うのならば塚本さんとやらに――――」
「じ、地獄の底までお供させて頂きます――――」
「よろしい」
口許のホクロに妖しく色っぽい微笑みを浮かべる絃子。
じゅ――――――――――――っ
「・・・・・・・・・・・・」
もうもうと上がる煙にかすむ絃子を下がり目で見る拳児。
「ほら、どうしたケンジ君。早く食べないと無くなってしまうぞ」
促しながら絃子は最後の二切れのカルビを鉄板に放る。
(ぜって―――――この女、何か企んでやがる)
疑いの視線を感じ取れない絃子ではない。
「何だ、やっぱり調子が悪いのか。仕方がないな―――――」
「誰もそんなこと言ってねー!!」
はぐはぐと堰を切ったように鉄板から肉を攫い、口の中に放り込む拳児。
そんな彼を絃子は頬杖をつきながらニヤニヤと微笑んで眺めている。端から見れば相当な美人だ。播磨拳児の従姉と言って信じてもらうのに最低2週間はかかる。そんな二人が共に行動するというのは正しく美女と野獣。その実は全くの正反対なのだが……。
「な、なんらよ(何だよ)……」
「おかしいな――――効かないなんて……」
ぐぶっ!
「汚いぞ、ケンジ君。他のお客さんに迷惑だ」
「ソレはこっちのセリフだァッ!! 効かないって何が効かねーんだ!?」
「は……君は何を言ってるんだ?」
(こ・・・・・・こいつ・・・・・・)
「ただの独り言だ。気にするな―――――」
「あのな、人が飯食ってる顔じっと見て、そんなセリフ言ったら何か混ぜ―――――ん?」
ふう…………。
絃子はふと、顔を逸らしてやや憂いの表情を見せる。
「イトコ?」
「サンをつけろって言ってるだろ……」
「どうしたんだよ、絃子サン」
それまで絶えず動いていた箸がぴたりと止まる。肉の焦げた匂いが、広がる。
「恋愛の無縁さにかけてはノーベル賞ものの播磨拳児君に、ひとつ相談があるのだが……」
「・・・・・・・・・・・・」
じゅ――――――――――――っ
「帰る」
「残念だ。明日から路上生活になるか。それとも、万景峰号に乗船するか――――」
「いったい哀れなわたくしめにどのようなご相談でしょうか、絃子様――――(涙)」
播磨拳児、無念の涙。
「まぁ、一杯飲みながら聞いてくれたまえ」
とくとくとく………。ゴクゴクゴク……紹興酒は定番。
「実はなケンジ君―――――私は…………」
潤んだ流し目でじっと拳児を見る絃子。思わずドキッとなってしまう。
ごくっ…………。
『私は……ケンジ君、キミのことが好きみたいなんだ』
『おいおい待ってくれよイトコ。俺たちはぁ、仮にも従姉弟同士なんだぜ。そんな思いには応えられねェよ―――――』
『わかってる。わかってる……。でも――――抑えられないんだ、ほら、わかるだろう? 私の鼓動の高鳴りが―――――』
『ぎょっ!?』
『君に選択の余地はないはず。いいね――――』
『わああぁぁぁ!! 待て、待ってくれ!!』
「どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「はっ!?」
紹興酒のグラスを揺らしながら、割りばしの先で拳児の両目をつつく仕草をする絃子。
「しまった―――――一瞬だけ自分の世界に入ってしまった……」
播磨拳児、妄想癖。
「まぁ、いい。実はなケンジ君。私――――好きな人が……いるんだ」
ぶ――――――――――――――――――――ッッ!!
ボオオオォォォォォ!!!
「わーーーーーー!! 火事だぁーーーーー!!」
ぎゃーーーー!! ぎゃーーーーー!!
騒動のどさくさに紛れて表に逃れた拳児と絃子。
「コラッ! いきなり心臓に悪いこと抜かすんじゃねェ!! ビックリして火吹いてしまったじゃねェか!!」
「君が下品にも突然、紹興酒を噴き出したから引火しただけじゃないか。人のせいにするな」
「あ゛あ゛っっ! そうだったよっ。チキショー――――ッ、勘定済ませてなかった。払わねェと……」
飛び出そうとする拳児の腕を再びぐいと引き寄せる絃子。
「これも神さまのお導きだと思って、立ち去ろう」
「食い逃げかいっ!」
「失礼なことを言うな。これは神のお導きだって言っただろう。大丈夫だ。あの店は私たちが勘定を支払ったところでこのまま店を続けられるとは思わない。それが、あの店の運命なのだよ」
(ヘリクツと詭弁にかけてはきっと小泉も勝てねぇぜ、コイツには……)
「何か言ったかね?」
キラーンッ!!
「い、いえっ! イトコさんのおっしゃる通りでございます」
結局なし崩し的に、拳児と絃子はそのまま夜の街並みの中を歩くことになった。
矢神坂公園のベンチに腰掛けながら、僅かに輝く星空を見上げる。
「しかし、意外だぜ。色恋沙汰のイの字も口にしねえアンタがさ――――ついに出来たのかぁ」
「相変わらず失礼な男だな君は。私はまだ2×だぞ。恋愛に全く興味がないわけではない」
「ふぅ――――それで? 相手は一体どんな野郎なんだ」
ぶっきらぼうに、拳児は訊く。
「気になるかね?」
にやりと絃子は笑う。
「その話のために、わざわざ俺を連れ出したんじゃねえのかよ!?」
「あぁ、そうだったな」
刑部絃子、忘れっぽい。
「君ならば――――少しは男の哀愁を、感じているだろうからな……だから――――」
その時だった。拳児はさっと身構え、絃子の言葉を遮る。
「待て絃子サン――――感じる……」
「え……?」
「何ッ!!」
どんっ――――
「な……なん……だ……っ!」
拳児は鈍い痛みを得て倒れ伏した。
「どうした拳児君。急に消えるなんて」
「ねーちゃんねーちゃん!! 踏んでる、踏んでるって!」
播磨拳児、踏まれていた。
「ああ、そうか。すまないな」
立ち上がる。
「それで……? 一体どうしたのだ」
「はっ! そ、そうだった。おい、ちょっと待ちやがれ!」
拳児が叫ぶと、彼に衝突した人物がゆっくりと立ち止まる。
「はい………」
「うっ――――お、お前は!」
泣く子も黙る……のか、その名は烏丸大路。
「ほう……君があの烏丸君か」
興味津々と烏丸を見る絃子。
「オマエ、いきなりぶつかってくるたぁどういう了見だッ!」
「……あ、ごめん」
烏丸大路、あまり動ぜず。
「ふふっ、烏丸君はこれからどこへ向かうのかね」
「え……、え――――――――っと……」
特段、何をしているわけではなかった烏丸、返答に窮す。
「良かったら、私たちの会話につき合わないか。なぁに、退屈はさせないよ」
「はい」
烏丸大路、会話に参加。
「さぁて。何の話だったかな、ケンジ君」
「あ、あぁ……えーっと……って、オイッ! ソレはこっちのセリフだろうが!?」
「ちっ……」
刑部絃子、舌打ち。
「仕方がないな。それほどまでに、この私の恋の話を聞きたいか」
「あぁ、聞きたい聞きたい。すっげー楽しみだよ、なァ、烏丸……ぎょっ!?」
「ずずずず……」
「ず――――っ」
絃子と烏丸、すでに缶の緑茶でくつろいでいた。
「買ってたんかぃ! (でも、いただくよ)」
やがて、ぽつりぽつりと語り始める刑部絃子の恋物語。
「この世には、どんなに思い焦がれても、どんなに足掻いても、どうにもならない恋って言うのがあるのかも知れない――――」
「はぁ―――――……」
いきなりマジな台詞を言う絃子にため息をつく拳児。
「そんなに自分を重ねるな、ケンジ君」
「まだ何にも言ってねェだろ!!」
「ん、そうだったか」
「ずずずず・・・・・・」
「烏丸(オマエ)も呑気に茶ァのんでんじゃねぇよっ!」
烏丸大路、冷静。
「播磨君、和菓子もあるけど――――」
「いただきます」
もぐもぐもぐ……うまい。やっぱり緑茶には和菓子が合う。
「……って、何かちがくねぇか?」
「細かいことは気にするな、男らしくないぞ」
刑部絃子、意外とルーズ。
「んーっと、それで、何だっけ……」
「人の話はきちんと聞くものだぞ、ケンジ君」
「何かワケわかんなくなってきてるし――――」
とまあ、そんなこんなで会話の軌道が戻る。
「……で、絃子サン。あんたが惚れた男って、どんなヤツなんだよ」
その問いに、絃子は若干、頬を紅く染めたくらいにして人並みに恥じらいを見せた気がする。
「それは君、男らしくて、格好いいに決まっているじゃないか」
「う……腕の方は立つのか?」
播磨拳児、武芸者。
「ん――――そうだな。少なくても、君では相手にならないだろう……多分」
「ナニ…………!」
相手にならないと言う言葉を聞き、ぴくんと耳を逆立てる拳児。
「と、言うより、全ての面において、君を引き合いに出すのは論外の男だ」
「そんな…………って、だったら始めから俺を連れ出すんじゃねェよ!!」
「ずずずずっ…………」
「オマエも茶ァ飲んでんなよッッ!!」
「はい―――――」
烏丸大路、お茶通。
「おかわりあるのかよっ!!」
播磨拳児、何故か三村マ○カズ調。
「まぁ――――それでも、彼の志の百万分の一でも、君に通じるところがあれば……と、思ってな」
(ぜっんぜん意味ないし……)
「……それで、その相手は一体誰なんだ。なまじ鉄壁のアンタを惚れさせるほどの野郎だ。ぜってぇただモンじゃねえ――――」
「はぁ…………」
拳児の敵愾心をよそに、絃子は切ないため息をつく。
「だからなんだよ、ケンジ君。私は君が羨ましい…………」
「はぁ――――あんがとよ」
全く理解不能のまま、拳児はぶっきらぼうに切り返す。
「毎日、毎日……写真を見つめては叶わぬ想いに、胸がしめつけられるのだ……」
「ほう……いよいよもって本格的じゃねえか」
ぐいと、拳児がコ○コ○ラ製のまずいお茶を飲み干す。
「見たいか――――」
絃子がおもむろに訊く。
「見せてくれるのかよ?」
播磨拳児、好奇心旺盛。
「ああ。はっきり言って、いい男だぞ?」
「上等じゃねえか―――――!」
ごそごそと、ハンドバックをあさる絃子。ドキドキとしながら、それを待つ拳児。
(ああ、そうだよ。イトコは俺の従姉だ。従姉弟同士として、従姉の幸福を――――)
「イトコだけに……イイオトコ――――ぷっ」
烏丸大路、不気味。
一瞬、周囲の空気が絶対零度。
「あ、あった――――」
(持ち歩いてんなら当たり前だ)
(ここに坂本龍馬の写真挿入)
「…………」
播磨拳児、固まる。
「どうだ、いい男だろう?」
「あ――――――――てゆーか、どっかで見たことあるんだけど…………」
ぬーっ……
烏丸が音もなく、身を乗り出して写真を見る。
「坂本龍馬。天保6年11月15日土佐藩生まれ。慶応3年11月15日、京都近江屋で中岡慎太郎とともに暗殺される。33歳――――」
「はぁ…………」
刑部絃子、ため息。
「・・・・・・・・・って、今って慶応?」
播磨拳児、時代錯誤。
「って、絃子サン。アンタいったいその格好でどこへ――――」
ずっと気になっていたことだった、色っぽい黒のドレス。
「決まっているじゃないか。武田○矢のコンサートだろう」
結局何がなんだかわからないまま、拳児は絃子に連れて行かれ(ついでに烏丸君も)、『母に捧げるバラード』に号泣した。一方、烏丸君も何故かそれから毎日のように、CDを聴いてはまってしまったという。
オチは何だって? 気にするな。冗談半分、8割方頭を空っぽにして書いたものだ。タカミネはシリアスが好きだって言ってるだろう。
次は、八雲タンでも書いてみるか。マガスペ2号のようなシリアスで。ただ……資料不足……。