加賀 月篇 君がくれた愛のしるし


第1章 まあまあカワイイ

 月や尊の制止も聞かずに、上京を強行した青大。月と激しい言い合いになった。柚希の一方的な別離に納得がいかない気持ちに、月は言った。
『アンタはただ、柚希ちゃんと縒り戻したいだけじゃろ!!』 確かに月の言う通りだったかも知れない。
 混乱した思考、沈静を装った激昂した感情の中にあって、青大の行動は自分でも予想外のものだった。
 だが、今になって引き返すことは出来ない。強引だろうが何だろうが、自分の選んだ道だ。柚希の本心を確かめなければ、絶対に後悔することは、火を見るよりも明らかだったからだ。

「静かじゃな」
「そうやね……」
 明日の旅立ちを前に、彼女の家の縁側で、彼女とこうして夜半の空を眺めるのは、久しぶりと言うよりも何か生まれて初めてのような気がすると、青大は思った。
 青大の“暴走”を諫止して始まった喧嘩だったが、この日の夕方に青大は謝罪した。
 そして、東京へ向かう自分自身に、月たちの思い出を胸に刻み、また名残を惜しむべく尊と共に、幼少の頃まるで恒例行事だった、“お泊まり会”なるものを、月の家で開こうと提案したのだ。月も、半ば呆れ気味だったが、素直に承けた。
 三人で語り明かすと息巻いていた癖に、尊は子供のように爆睡の渕に落ちてしまった。揺さぶっても起きる気配はなく、月のベッドを温々と占領してしまったのである。
一方で、青大は広島最後の夜、寝付けるはずもなかった。快晴の夜空に、皎皎と輝く下弦の月。やや西に傾きかけている頃合いだ。鄙町の夜から、人為的な音を無くし、虫の合唱がさんざめく夜の静寂だ。

「月」
「ん、なに?」
 ソーダバーを囓りながら、月が素っ気ない風の返事をする。
 青大は棒についていたソーダバーの最後のひとかけらを頬ばると、月を見上げながら言った。
「お前ってさ、人好きになったことあるか」
「なによ、薮から棒に」
 少しだけ、ドキリとする月。
「何となくじゃ。よう気ィつかんかったが、お前ってよォ見ると……その……なんや――――」
「よォ見ると? なによ、ウチのことブサイクとか言うんじゃろ?」
 じと目で青大を睨む月。だが、青大はいつものように戯けたり、笑って誤魔化すと言うような感じではなかった。
「違うわ。お前はその……まあまあカワイイ方に入ると思うたから、聞いてみただけじゃ」

「え……」

 思いも寄らない青大の言葉に、月は思わず絶句する。暗闇だと気づかない、ただ涼しい夜気に当たる頬がかあと熱くなる感覚。
「ウチが――――……そうなん?」
 思わず、聞き返す。だが、青大は二度繰り返さない。ため息で返事をした。
「……」
「……」
 そこはかとなく気まずい雰囲気になる。互いに無言。何かがきっかけとなって、今までそんなことがなかった互いを、急に意識してしまうことがある。旅立ちの時か、快晴の夜気か、高校生になって童心に返ったことか。
 加賀邸の庭から響く鈴虫や馬追虫の大合唱が、幾分恥ずかしさを和らげてくれていた。
「ウチ…………そんなん言われたの、初めてやわ――――」
 嬉しさにわずかに声を震わせて、月が言った。
「それはウソじゃろー」
 青大が崩したような口調で返す。しかし、月は嬉しそうに、しかしどこか儚げに首を横に振った。
「ウソじゃないよ。そんなんアンタたちの方がよォ分っとるじゃろ」
「し、知らんわ。お前のことなんか四六時中見取る訳じゃなし」
 顔を背ける青大。
「そうね――――ハルトは……四六時中なんか……見てる訳、ないか」
 なんかいつもと違う切り返しに調子が狂う青大。いつものような、明朗快活な姉気質の口調の中に、ほんの少し滲む寂しさの色合いを、青大は直感していた。幼なじみだから判ると言えば言い過ぎなのかも知れないが、気になった。
「月?」
「あはははー。ハルト、そんなん冗談でも言っちゃあかんよ。ウチなんかより――――」
 はぐらかそうと戯けてみせる月。
「冗談なんか言うておらん。この期に及んで、ふざけとォないわ」
 自分の言った言葉の、本音と建前の間を彷徨いながら、青大は戯けた月を咎めていた。

「……なんで?」
「え……?」
 思わず、振り返る。肩を窄めて俯き、切なそうに瞳を揺らす月。青大が驚く。
「なんで、そんなこと言うん?」
「な……なんで――――って、カワイイ言うたことがか?」
「……ウチ、ホンマに初めてなんよ――――? 今まで、そんなん言われたことない」
「だからそれは―――――」
 すると突然、月の瞳から、ぽろぽろと皎き輝きを含んだ雫が、ひとつ、ふたつと続けざまにパジャマのズボンに落ちた。
 思いも寄らない展開に、狼狽する青大。
「あ、あの――――悪かった。何かマズいこと言うてしもうたな」
 苦笑しながら月の肩を叩こうと手の延ばした青大。すると、その腕を月は突然、掴んだ。
「!?」
 その瞬間、ふわりとシャンプーの良い香りが青大の鼻腔を掠めた。

第2章 月光の縁側

 押し留めるかのように、しがみつくように、月は差し出された青大の腕を指先で掴み、額を青大の手の甲に押し当てる。
「あ……かり?」
 想像もつかない幼なじみの行動に、青大はただ躊躇うばかりだ。
「ど、どうしたんや、い、いきなり」
 戸惑い、苦笑する青大。月の吐く温かなため息が、青大の手の甲を何度もくすぐる。
「・・・てよ・・・」
「――――は?」
 訊き返す青大。すると、月はその手首を両手で掴み、唇を甲に当てたのだ。
「お、おい――――!」
 手の甲に触れる、柔らかな感触に青大は思わず、声を張り上げてしまう。
「……いかん……といて……よ」
 月の弱々しい声、それでもしっかりと聞き取れる、月が発した嫋やかな声。腕を引き剥がそうとして、青大は思わず、止めた。
 するりと、月の手が青大の腕から離れ、支えから放たれた腕と共に廊下に落ちる。
「ハルトが居んようになったら……ウチ――――」
 声を押し殺し、月が涙声になる。
 青大は呆れ気味に、優しく子供を宥めるように微笑みを浮かべ、床に落ちた腕を上げて、その手のひらで月の金色の髪をごしごしとこすった。
「何を言うと月。今更……」
 無言で、微かに震える息づかい。それを何度も繰り返し、気を落ち着かせようとする月。
 そして、頭を撫でる青大の手をそっと避けると、見慣れた無邪気な笑顔を向けた。
「そうやね、アハハ。何言うとるんやろ、ウチ……」
 月の光に照らされた月の顔を見つめる青大。そこには今まで感じてきた、見慣れたただの幼なじみとはそこはかとなく雰囲気が違う、ひいき目無しに見ても見栄えの良い少女。青大の心に、何かがわずかにこみ上げるものがあった。

 月は話を逸らすように、幼い頃の話を持ち出す。青大・尊・月の三人が刎頸の交わりとなる切っ掛けとなった、こども相撲大会の話。いじめっ子に粉々に砕かれ、青大と尊の手で雑に修復された、月の宝物の優勝盾の逸話。
 そして、今は夜通しの会話から脱落し、深い眠りの渕にある尊の失恋武勇伝。話は弾んだ。真夏の夜の、線香花火のように、静かに盛り上がり、やがて再び静まる。

「眠いか」
「ウチは平気だけど……アンタは?」
「何かアイス食うたお陰で目が冴えたわ」
「なにそれ。ウチのせい言うん?」
「ノーコメントや」
 くだらないことで笑い合う。
「…でもさ、ハルト。アンタ明日早いんじゃないの? もう寝とった方がええよ」
「――――そうじゃな。眠れんでも、横なっとった方がええかな」
「うん」
 何となくこそばゆかった。
 月は青大の背面を指し、布団はそこに敷いてあると告げた。もともとそこは月や両親の部屋からは少し離れた客間。その縁側で、話をしていた。
 月が立ち上がる。
「尊にベッド、取られたから、ウチお母ちゃんと寝るよ」
「悪いな、月。急に押しかけてきて、そこまでしてもらうなんてさ・・・」
「ハルト……だから、ええよ。そんなん遠慮する仲じゃないんやし――――ね?」
 そう言う月を見上げながら、青大は微笑んだ。
「ありがとうな、月――――」
 月の光に照らされた、青大の微笑み。そして、その心のこもった温かなお礼の言葉に、月の胸がずきんと痛んだ。
 そして、青大が立ち上がろうと腕を突っ張り両手を床に押し当てたその時だった。

「そうじゃった。ウチ、ハルトに渡すもの、あった――――」
「え? オレに?」

 月に振り返り、見上げた青大の視界が一瞬、暗くなった。
 その瞬間に、青大の唇を包み込む、柔らかくて、仄かにソーダ味のする、心地良い、ひんやりとした感触。
 それは、一瞬だったのかもしれない。そして妙に長い時間だったような気もした。

「!?」

 青大が瞬きすら忘れ、睫にかかる金色の柔らかな髪が、月の光を蓄えて眩く視界を覆う。

 皎き光芒が収まると、青大の至近距離には、僅かに瞳を潤ませ、頬がほんのりと上気し、小刻みに震える唇を結んだ幼なじみの美少女がいた。

「尊には…………ナイショ……よ?」

 何が起こったのか、青大の脳は容易く理解し、処理できなかった。ただ、突然月が起こしたその行為に、青大の心は、それまで積み重ねられてきた切なさと、愛(かな)しさという思いによって、脳裡の処理よりも早く、身体を動かしていた。
 逃げるように踵を返し、駆け出そうとしていた月の腕を、青大は捉えていた。間一髪、受け取るべき大切な思いを、失わずに済んだように。

 青大は腕を引いた。月はバランスを崩し、青大の胸に倒れ込んだ。しっかりと、青大は月の背中を抱き留めていた。

「はる……と?」

 今度は何が起こったか理解できない月の脳裡。嗅ぎ慣れたはずの青大の匂いなはずなのに、呼吸をする度に胸の鼓動が高まった。じっとしていると、ありえないほどに、徐々にそれが鼓膜を突いていった。

第3章 ここに居るのは…

「ご……、ゴメン。つまずいちゃったわ、あはは」
 戯け茶化したような笑いを浮かべながら、月は指で青大の胸を押し、離れようとした。
 しかし、青大の腕にしっかりと抱きしめられていた上体は、ぴくりとも動かなかった。
 青大の表情は真剣そのもので、月のシャンプーの香り立つ金色の髪の毛に頬をすり寄せている。
「ちょ……ちょっとハルト――――?」
 躊躇い、驚き、混乱し、押し退ける言葉も思い浮かばない。
「月……」
 ちょうど膝の上に乗り、抱きしめられている格好の月の身体だった。青大にとって驚くのは、普段揶揄している言葉とは全く裏腹に、月の体重の軽さだった。そのくせ、抱きしめている上体の柔らかに、胸元に当たる、柔らかな感触。月がもぞもぞと青大から脱出しようともがく度に、その柔らかさの感じが、青大の全身に伝わる。
「ほ、ほら。早く休まんと明日タイヘンよ」
 戸惑いながら青大を諭すように言う月。
 しかし、青大は背中を包んでいた片手を動かし、月の後ろ髪に絡ませると、強引にその青い瞳を見つめる。
「ちょ……ハル……ンッ――――!」
 間髪入れずに、青大が月の唇を奪った。触れるだけだった、寸前の時とは違い、今度は長く。月の頭を押さえながら、強引に奪うように。
 一秒が十秒に、十秒が一分にも感じた。
 月がもがくように頭を振り、顔を逸らして息を吐く。
「だ、ダメ――――」
 強い拒否の色とは違う、力の抜けるようなか細い言葉。
「何がダメなんや……」
 青大の声が、そこはかとなく熱を帯びていた。
「アンタには柚希ちゃんがおるやろ……それなのに――――こんなん……」
 なおも青大の俎上から逃れようと身を捩る月。しかし、それは青大の両腕と、膝の動きによって無駄な足掻きとなってしまっていた。
「お前からしてきたんやろ。人のせいにすな」
「だ……だからそれは――――違うんよハルト……」
 しかし、月の良い訳を青大は許さないとばかりに、再びキスをする。
「んっ……んんぅ……!」
 今度は月の上体から力が抜けるようなキスだった。背中を支える青大の腕に靠れるように、力が落ちてゆく。上から覆い被さるように青大は月の唇に、キスの雨を降らせ続けた。
 すうっと、月の眦から涙の線が伝った。

 青大から逃れようと抵抗した力は削げ落ち、膝の上で抱きかかえられるような格好の月。青大に見つめられていた月が、切なそうに瞳を逸らした。
「こ……こんなんつもりじゃ――――なかったんよ」
「ああ……そうじゃな」
 青大の返事も生返事だ。どこかその雰囲気と風呂上がりの月の香りに中てられたのか、ぼうっとしている。
「アンタが東京に行って…なんか辛いことがあったら――これ思い出して頑張りんさいと……そのつもりで…」
「月……」
「それなん……こんな――――こんなことしたら、ウチ……」
 いつも明朗快活な月が声を震わせている。青大から受けた行為が、混乱を超えて彼女自身の心の奥底にある禁忌の蠢動を感じさせ始めているようだった。

「アンタには柚希ちゃんがおるやろ。そのために東京行くんやろ? ダメだって、こんなん……離してや」
 柚希の名を出す。青大が東京に行く理由を諭し、身を捩って青大の膝から降りようとした。その弾みで庭に落ちてパジャマが土で汚れても構わないと思った。それが、月の理性だった。
「枝葉は関係ない。ここに居るのは、月や」
 だが、青大がそれを許さなかった。しっかりと月の華奢な身体を抱きかかえ、身を捩っても青大が全身をクッションにするように身動ぎして動きを吸収してしまう。
「言うたやろ。お前らとの想い出を、持てるだけ持って、東京行きたいんやって」
 そう言って、青大は切なげな微笑みを月に向けた。
「ハルト……」
 月がじっと青大の瞳を見つめた。これから何が起こるのか、そういうことに疎い月にも予想はつく。
「…………」
 しかし、まるで固まったかのように、真剣な眼差しで、じっと月を見つめたままの青大。微かに伝わる、彼の鼓動の速さ。
 緊張しているのだろう。幼い頃から知っている、何事にもまっすぐで、誰にでも優しさを向ける青大。そして肝心な時になるとこうして緊張の極度に達し、凝り固まってしまう。そのたびに、月や尊が後押しをしてきた。近すぎるほど近い、親友を超えた友情。
 少しだけ月はホッとした。吸い込まれてゆくその雰囲気の中にあって、幼なじみ・青大らしさが一縷垣間見えたことに、月は強張りが嘘のように抜けてゆく気がした。
「何か……寒うなってきたね」
 そう言いながら、月は青大の胸元にしがみつくように身を寄せる。
「お前、風呂上がりにアイス食うて、そのまんまじゃからじゃ」
 青大が呆れたように言うと、月はふっと睫を伏せて、囁くように言った。
「だから……早く部屋に入らんと……」
「え……?」
「…………」
 驚く青大。月は無言で、ただ俯いていた。

第4章 最後まで…

 青大たちの背後。障子越しの和室の客間。
 夏の夜、今日は珍しく涼しい風が漂い、客間は暑くない。すぐにでも快適に眠れそうな気温。月の皎い光芒が、障子を淡いライトに変え、真っ暗な客間をうっすらと照らす。
 障子寄りに敷かれていた、青大用の布団。
 仰向けになり、羞じらうように顔を横に背け、パジャマ姿のままだったが胸に両腕を交わす月の姿。その上から、覆うように四つん這いで月を見下ろしている青大。
 先ほどまでいた縁側から二、三歩の場所で、今こうしている二人の経緯。記憶が真っ白だった。
「お前……よォ見ると、ええスタイルしとるな」
 青大がそんなことを言いながら、月の髪に触れる。すると顔を真っ赤にして月が頭を左右に振り、青大の手を払う。
「もォ、言うとること、その辺のエロジジイじゃん!」
 眉を顰めて青大を睨みつける月。くすくすと笑いながら、青大は振りほどかれた腕を再び月の後頭部に回し、への字に曲げる月の唇にキスを落とすと、そのまま月の傍らに仰向けになった。青大の腕枕に、月はそこはかとなく、こそばゆかった。
「よォキモいーとか、飯が不味くなるーとか言うとったくせに」
 青大の方に身体を傾けて、その頬をくいと抓る月。
「ひたたた――――! そんなん、冗談半分に決まっておるじゃろ」
 痛みに顔を歪めて弁解する青大。月はぱっと手を放して再び身を捻り、青大に背を向けた。
「フン。まァ、アンタらだから今まで気にしとらんかったけどさ……」
 それは、幼なじみ。尊も含めた、幼なじみの視点だ。
「尊は知らんけど――――オレは多分……」
 青大が言い淀む。すると月が言った。
「ウチはアンタのこと、イイ男じゃなーって、思っとったんよ?」
「えぇ?」
 驚き、思わず声を上げる青大。
「イケメンじゃなくて、イイ男」
「何が違うのかよォわからんが、それこそからかっておるじゃろ」
「茶化してなんかないよ。……ホンマに。アンタはイケメンなんてチャラい感じじゃなくて、イイ男よ。かっこええんよ……」
 ずっと傍にいた、親友以上の幼なじみ。この日この瞬間まで、意識的に女という実感を持ったことがなかった。そして、月の不意打ちのキスが切っ掛けで、それまで静かに溜まり、溢れかけていた感情のダムが、一気に決壊したかのように青大、そして月の心に熱い湯となって駆けめぐる。
「だから……柚希ちゃんもきっと――――」
 柚希の名前が、青大を突き動かす。
「言うたやろ。“ここに”おるのは月、お前やって」
 青大がそのまま身体を寄せて、月を背中から抱きしめる。
「ハルト……あ…………!」
 ハルトの腕が、月の身体に有り余るくらいの豊かな胸に絡む。思わず声を上げ、そんな自分に驚いた月が思わず身を竦める。
「や、やっぱりい……いかんてハルト……こんなこと。お父ちゃんとお母ちゃんおるし……それに、尊も――――」
 月の言葉に、青大は一瞬、躊躇した。だが、この空気に中てられた青大にとっては、月の言葉も逆効果になってしまう。
「わかっとる……」
 神妙な口調とは裏腹に、月をまさぐる青大の腕は止まらない。
「あ……やだ……」
 青大の両手の掌に広がる弾力。月も触れられて、そこから発する甘痺に思うように抵抗できず、青大の腕に手を当てるくらいしかできなかった。
「お前のココ、でかいな……」
「バカ……、誰と較べとるん? 柚希ちゃん? あ……七海ちゃんか」
「誰とも較べとらんわ。素直にそう思っただけじゃ」
 そう言いながら、青大は手の動きを早める。普段の青大とはまるで別人のような、積極的な行為だった。
 月の喉奥から自然に漏れる熱い息と声。それを必死で押さえようとする月。それがかえって火に油を注ぐ。
「ハル……んんっ……!」
「いいから、喋んなや」
 たがが外れたように、青大は後ろから月を強く抱きしめ、何度も唇を塞ぐ。皎い光を受けて銀色に輝く糸が、何本も二人の唇を繋いでゆく。精神的な苦痛に歪んでいた月の表情も、いつしか絆されて恍惚の色に変わっていた。潤んだ瞳にその名の通りに月の光を湛えて、青大を見つめている。
「…………」
 青大はぼうっとした表情のまま月を再び仰向けにさせると、パジャマのボタンにゆっくりと手をかけた。
「――――!」
 残っていた理性が、月に驚きの声を上げさせる。そして、その声に青大の手の動きが止まった。
「お願い、ハルト――――」
「…………」
「今は――――その…………」
 月がきゅっと瞼を閉じて口ごもる。その意味。青大の混乱する脳裡で、どういう意図があるかなどと考える余地は少なかった。
 だが、そんな勢い任せの行動に一瞬の制止が利き、青大は思った。
「最後までは……せん」
「…………」
 意図が解ってくれたのか、月が安堵したように微笑む。
「じゃけど……今はお前と……こうしとったいんや。ダメか」
「ふふ……甘えん坊じゃね、アンタって」

第5章 愛のしるし

 最後までしない。
 それが、二人の理性が留めた答え。言い訳や不条理は考えない。今はただ、こうしていたかった。
 下着だけを残して、互いに身体を密着させる青大と月。女の子の肌というのはこんなに気持ちの良いものなのかと、そのしっとりとした温かさと滑らかさに青大は愕然となる。
「月の身体、気持ちええな」
「……もォ、恥ずかしいこと言わんといて」
「ほんまや。お前っていいカラダしとるって。こうしとるだけで、なんも考えられんようになりそうや――――」
「バカ……ヘンタイなんだから……アンタって」
 熱に魘されそうな、二人を包む空気。ただこうして肌を合わせているだけなのに、何故か途轍もない背徳感に冷や汗が滲む。
「お前とこうしていることが……なんか不思議や」
「何よ」
「昔っから喧嘩が強うて、オレのことを辞典でドツくような女がな……」
「悪かったわね、どうせウチはガサツですよー」
 そう言いながら拗ねる月に、青大は口づける。月もそれに応え、互いのだ液を舌に絡めた。
 そして、青大の胸板に当たる、月の二つの大きな膨らみ。青大は片方の手で、そのひとつに五指を這わせた。唇が塞がれたままでも、くぐもった月の嬌声。
 大きな膨らみの割にはあまり目立たない蕾に、青大の指が絡む。
 月の身体に甘痺が走り、硬直と弛緩がゆるやかな波のように繰り返す。そして、青大の背中に回した腕に力が入り、爪が立つ。声を押し殺そうと貪るように、青大の口内に舌が暴れた。
 そんな金髪の少女が放つ香りに中てられ、ぼうっとする青大だったが、見慣れた月の容貌に、唯一の理性を失わなかった。月もまた、押し寄せんとする未知の感覚を、見慣れた青大の瞳を唯一の理性として、かなぐり捨てなかった。
 上になり、下になり。ただ肌を合わせるだけ。月のすらりと伸びた脚、華奢だが肉づきのいい太ももが青大の足に絡まる。その、何とも言えぬぞくぞくとする心地よさ。

 やがて、どちらからとも知れず、離れる。仰向けに、手を繋ぎながら、天井を見つめた。
「やばかった……」
「ウチも――――」
 くすくすと笑い合う。背徳感よりも、今はただスリル。まるで幼い頃の肝試し、遠くの森の奥深くまで迷い込んだ時のような、そんな感覚。
「サンキュウ、月」
「え……?」
「お前のお陰で、踏ん切りがついたわ」
 青大が文字通り、吹っ切れたように声を弾ませる。
「オレ、東京に行って色々と決着をつけてくるわ」
「何言ってん、そのために行くんやろ?」
 月の呆れたようなため息に、青大は返す。

「決着をつけて、それから考えたいんや、真剣に。お前とのことも……」

 その言葉に、思わず月が瞠目する。
「ウ……ウチのこと……って?」
「言葉通りや。……だから、少しの間、待っててくれ。月」
 赤面した月と、屈託のない笑みが、皎い光芒で包まれた客間に映える。
「うん……」
 月の瞳にきらりと光る涙。それが何を意味するのかはわからない。そして、また身を寄せる。

(あ、夜明けまでには母ちゃんのとこに行かんと、怪しまれる)
 青大の唇の愛撫を受けながら、月はそう思いつつ、後でいいかとして自己解決、今はただ、青大がくれる“徴”を全身に受けることに没頭していった……。

 翌日。青大は何事もなかったように月や尊、そしてクラスの有志、調理部の有志らの見送りを受けて、広島駅行きのバスに乗り込んでいった。