桐島青大×神咲七海篇 たどり着いた場所へ featuring 星の雫 by DEEN 第1話

 東京駅。山陽新幹線のぞみ十三時発、広島十七時着――――。
 桐島青大が飄々とした様相で出発のアナウンスに導かれて乗り込む。手には、出奔するのと同等に故郷を飛び出したとき、姉・葵とともに乗り込んだ手荷物とほとんど同じ。

(もう、会うこともないのかな――――)

 風間恭輔の葬儀を終えた後、虚無の心にとどめを刺した、訣別の言葉。

(じゃあね……)

 流行の歌手。そのヒット曲のテーマが別れのものであるのと同じような、場面が似ている、いや、きっとこんな状況は作家でも思いつかないだろう。そんな別離も虚心坦懐に受け容れることが出来るのか。
 自分でも驚くほどに、喩えるならばクリアブルーな心情だ。どこまでも澄んだ、透き通る青の秋空。風は冷たいが、爽やかで乾いている。
 東京の空も眩しかった。便利な都会というのは、慣れるのも早い。もう、窓から流れる光景は大体覚えた街並みばかり。むしろ、徐々にコンクリートや、電線の密集風景が緩和されて行くと、そこはかとなく寂しさみたいな感覚を覚えるのだ。
 心の中での独言もなかった。流れて行く景色、晴れたり曇ったり、一瞬ぱらつく雨が窓を湿らせ、すぐに乾く。広島までの道程を、青大は身動ぎ一つもせず、窓枠に肘を掛けながら、じっと外を眺めていたのだ。

 ASSEを適当に見て回った。久しぶりのモールは、流行を取り入れてはいるが、やはり故郷の匂いを漂わせてくれる。手荷物には葬儀の引き出物と、東京土産。夕方の駅は、やはり通勤帰りや学生らで混雑する。
 青大は混雑を避けて、正面から外に抜けた。滔々と水を湛える噴水。徐々にライトが灯り出す駅ビルや街灯。
「バス乗り遅れたら、シャレにならんな」
 庄原行きの路線バスの時刻を確かめて、携帯電話で時刻を確認する。走らなくても余裕はあった。
 バスの停留所まで、青大は飄然とした表情で歩いて行く。

 その時だった。

「桐島くん?」

 それはきっと、忘れられないほどに心に焦がれた、鈴の音のような声だったはずだ。車のエンジンや排気音、拡声器、雑踏の喧噪など都会の殷賑さながらの街頭に、その声はあまりにも田舎の清潔さと純情的な玲瓏とした響きで、青大の透徹とした脳裡に強く響く。
「…………」
 ぴたりとつま先を揃えて立ち止まる青大。惹かれるようにゆっくりと振り返ると、夕闇の噴水を背景に、右手を胸元に当て、左手にカバンを持った、懐かしさすら覚える見慣れた制服を着た美少女が、不安そうにもじもじとしながら青大を見つめていた。
「かん……ざき……?」
 青大が小さく呟くと、彼女――――神咲七海は不安一転、ぱっと表情を綻ばせて小走りに駆けよってきた。
 しかし、青大は突然腰から下の力が抜けたようになり、がくりとふらついてしまった。
「きゃ、桐島くん――――!」
 慌てて七海が駆けより、咄嗟に青大の腕を取って支えた。
「わ、悪ィ……緊張しとったみたいじゃ――――ヘンに肩に力、入っとったようやし……」
「ううん、大丈夫?」
 青大の正面から支える格好の七海が、青大の声を間近に聞き、一瞬、胸が高鳴った。
「ああ。サンキュ、神咲」
「うん……よかったぁ」
 にこりと、青大を見つめて微笑む七海。

 路線バスの奥で、青大と七海が隣掛ける。
 重い感じにエンジンが唸り、ゆっくりとバスが動き始めた。
「ビックリしたわ。まさか神咲が居るなんて、予想外や」
 苦笑……なんて言葉は使いたくはなかった。青大が向ける笑顔が、七海には切れてしまいそうなほど清冽で、透明なものだと、すぐに感じたからだ。
「……桐島くんのお母さんから連絡をもらったの。それで……」
「月や尊は?」
「あ……い、忙しいからって――――だ、だから私が……」
 吃る七海に、青大は別の意味で失笑する。
「あいつら……薄情さだけは一流やな」
「そ、そうだね」
 思わず肯定してしまった七海に、青大が驚くと、七海は慌てて顔を赤くして首をぶんぶんと横に振る。ショートの髪が、わかるほど乱れた。
「……迷惑……だったかな。こんな……大変なときに」
 七海が怖ず怖ずと訊ねると、青大はふうと息をついて首を横に振った。
「そんなことはねぇよ。ホント、サンキュウじゃ」

 流れる景色。見慣れているはずなのに、何故か新鮮だ。同じ景色でも、透徹の瞳に映る山の稜線、田畑の緑、畦道の土、沼に映る空。どれもが、直に胸に沁み入るようだった。
「…………」
 真っ直ぐ、窓の外を見つめている青大の横顔を、七海が怖ず怖ずと覗き込んだ。
「……!」
 その瞬間、あっと声を上げかけ、思わず手で口許を押さえ込む。
 飄然とした表情なのに、その目からは涙の線が止めどなく顎を伝ってTシャツの襟を濡らしていたのである。
「桐島くん……」
 青大に聞こえないほどの小さな声で、七海は切なげに青大の名前を呼ぶことくらいしか出来なかった。
 そして、バスはいつの間にか地元の停留所に到着したのである。
「よっしゃ、着いたなあ」
 鼻をずずっと啜り、背伸びをしながら目元を拭った青大が七海を振り返る。
「サンキュウ、神咲。悪かったな、ホント来てもらって」
「そ、そんなこと、ないない!」
 逡巡しているうちにバスが出て行ってしまう。青大は七海を促すように先に立たせ、バスを降りた。
「んん――――――――ッ、やっぱ、田舎はええわ」
 背伸びをし、草木と土の匂いを吸い込む青大。
 その背中を見つめながら、七海が青大の少ない荷物を両手に提げる。
「あの……桐島くん?」
「ん――――なんや、神咲」
 くるりと振り返る青大。青空に映ゆる七海の白い頬が仄かに上気し、俯き加減に青大に対している。
「お、温泉行かない?」
「温泉?」
「うん。ほら、向こうから帰ってきて、疲れてるでしょ? サッパリするかもって思って」
 すると青大はんんとわずかに唸って首を傾げる。かたや七海は心拍数が次第に高くなってゆくのがわかる。そして。
「そうじゃな……。久しぶりだし、汗もかいとるから、入ろォか」
 すると、七海は急に満面の笑顔を浮かべて大きく頷いた。
「うんっ。じゃあ、行きましょ、桐島くん!」
 思わず青大の手を掴んでかけ出す勢いの七海。よろめく青大が苦笑気味に言った。
「や、やけにテンション高ぇな、神咲。どうしたんじゃ」
「私も久しぶりだから」
「…………」
 そして、いつも行っていた町の温泉施設へ到着した。