桐島青大×神咲七海篇 たどり着いた場所へ featuring 星の雫 by DEEN 第8話

「七海ちゃんと、あの若いの……どこ行ったんじゃ」
 御酒に与ってほろ酔い気分の町内会のおじさんが、山崎部長と同じ年若の少年少女の姿がないことに気がついて訊ねてきた。
「あ、あのふたりはちょっとそこら辺散歩してくるって、ゆうとったわ」
 横目で社殿の方を気に掛けながら、はぐらかそうとしている山崎部長。
「そォか。いやぁ、今時の若けえもんが、こんな小さな祭りに出てくるなんて珍しいけぇの」
「ちょっとオッちゃん、私だって若いじゃない」
「おお、そうじゃの! 嬢ちゃんは毎年出てるけぇ、気づかんかったわ」
 その会話に周囲も笑い声を交わす。山崎部長が銚子を傾け、酌をして回っている。そして、ふと社殿の方に意識を向け、心の中で呟いた。
(頑張りんさい、神咲さん)

 月光にほんのりと照らされる七海の肩は眩しいばかりに白く、清冽な印象を受ける。青大の手のひらには未曾有の生温かく、溶けてしまいそうな感触が包み込み、血流の振動が伝わってくる。
 緊張の極致に達しているのか、気温によるものなのか、七海は俯き加減に青大の胸元に頭を傾けながら、唇が微かに震えている。
「寒いか」
「ううん……へーき」
 そう軽く返して微笑む七海だったが、ケセランパサランがすうと過ぎる程度の夜風が肩を撫でてゆくと、青大の指先に微かに鳥肌が立つのが分かった。
「……ここはダメじゃ」
 不意に、青大が触れていた手をずらし、着物をゆっくりと肩にかけ直す。外れた理性を、取り戻せる底力。
「ふぇ……?」
 突然、おあずけを食らった子供のように、息を吸い込みながら変な声を上げる七海。怯えるような、縋るような潤んだ瞳で青大を見つめている。
 青大はそのまま七海を抱きしめると、囁くように言った。
「場所代えよう、神咲……」
「え……?」
「な?」
「…………うん」

 夜陰に紛れてという言葉は少しだけ違う。外灯がない社殿から石段を抜けてゆくことは簡単だった。提灯の明かりに救われ、手を繋ぎながら降ってゆく。
 何かが、ふたりの足取りを軽くさせ、颯然と下の道路に立った瞬間に、どちらからともなく抱きしめ合った。
 互いに顔を見合わせ、小さく笑う。
「あっ……」
 七海が声を上げた。
「え? な、なんじゃ」
「小皿……置きっ放し――――」
 思わず、青大が笑った。
「明日、山崎先輩に謝るわ」
 月明かりの下、青大と七海はしっかりと手を繋ぎながら歩く。
「ねぇ桐島くん。どこ……いくん?」
 七海の脳裏には、すでに自宅か、青大の家かでシミュレートをかけていた。
「ああ。まぁ、ついてくれば分かるけぇ」
 それからしばらく、青皎い世界ながら見慣れた風景を歩む。
「あ。ここ……」
 七海が窓から漏れる黄色い明かりに思わず声を上げた。
 この町にある、露天風呂のある温泉施設。そう、この町に戻ってきて、七海と行った場所だ。
「冷えたじゃろ。入ろォや」
 青大がそう言って微笑みを向けると、七海も返して頷いた。

 温泉のロビーは薄暗くしていて、銭湯のようなものであるためか、この時間帯は人がいない。
「あ、ちょっと待っててくれん? 桐島くん」
 すっと青大の手を離す七海。そして舞うように受付の奥へと駆けてゆく。
「お、おい神咲……」
 いかに平和な田舎町とはいえ、客のいない時間帯も施錠もせず自由に出入りできる不用心さはいかがなものかと青大は心の中で呟く。一方で、夜の露天風呂という贅沢なことも結構、体験してきたものではある。
 そして、今……青大は自分でも分かっているほどに、邪なことを考えているのだ。
「桐島くん」
 受付奥の暖簾から顔を出し、微笑む七海に、青大はどきっとなる。
 七海はまるで招き猫のように青大を手招くと、囁くように言った。

「今日は……ここで泊まれるよ?」

「…………はぁ――――ングッ!」
 大声を張り上げかけた青大の口許を、咄嗟に七海の手のひらが覆う。
「シィ――――――――」
(な、何じゃそりゃ! と、と、泊……)
 もごもごとした声の訳。
「ここ、親戚の小父さんが管理しとるんよ、今の時間。……それで――――話したら、泊まっていってもええよって」
「そ、そ……そうなんじゃ――――」
 七海の微笑みに気負けして青大は否定することが出来なかった。
 泊まれると言っても、民宿のような風情であって、六畳ほどが四部屋程度で、ホテルや温泉宿のようなものでは決してない。
 カプセルホテルと言うほど狭くは無いが、旅行者や遠出の客が仮眠を取る……ような感じである。
 今日は四室空いているそうで、奥隅の部屋を七海が指定した。
「だ、大丈夫なんか、神咲」
「え……何が?」
「ほら――――その……家とか」
「うん。平気よ」
 あっけらかんと返す七海。
「小父さんが連絡してくれるって」
「……はぁ」
 呆れる青大。
「それよりも桐島くんは大丈夫なの?」
「温泉入る前にでも電話するわ。友達ン家にでも泊まるゆうて」
「あはは。由良くん?」
「アーッ、あいつはダメじゃ、ダメダメ! あいつになんか頼んだら、月経由でブチ速う町中に伝わってまうわ」
「うわぁ、ひどいよそれって。まるで歩く人間スピーカーじゃない?」
 くつくつと笑いながら、七海が言う。
「何言うとんなら神咲。神咲の方がひどい言い回しや」
「そうかな?」
 とぼける七海。再び微笑み合う。
「高橋あたりにでも電話してみるわ。あいつなら口も堅ぇしな」
「……うん」
 そして、再び沈黙。ほんの少しの静けさでも、こんな時というのは意識がそっちに滑り込む。途中だったためか、無意識に青大の視線は、七海の身体を追っていた。
「そ、そろそろ入ろォか、温泉」
「あ、うん……そうだね」
 意識をすると、とたんに夜気が冷たく感じて身震いをしてしまう。思った以上に、冷えてきているようだ。
 脱衣場への暖簾の前にして、ふと七海が足を止める。
「……じゃぁ、悪ィけど、頼むわ。……おう、今度飯奢っちゃるけぇ、ああ――――うん、じゃあな」
 青大が広島の友人に電話を終えて携帯を切ると同時に、七海が肩をもじもじとさせ、頬をほんのりと赤らめながら言う。
「桐島くん……その――――どう……かな」
「ん?」
「い……一緒に……その――――」
 静まりかえった廊下に玲瓏と透るささやき声。青大にはぐらかすことなど出来るはずがなかった。
「あぁ――――」

 こんな小さな施設に、混浴なんて大層な贅沢はない。
 竹柵を隔てて、男側の方にふたりはいた。
 気恥ずかしいのか、互いに遠く離れて、互いに背を向け、湯に肩までつかる。
「ふわぁ……あったかーい!」
 足許を確認できる程度の淡い照明。あとは濃紺の空と、湯気に浮かぶ皎月。
 芯まで冷えていた身体に沁み渡る温かさに、七海は快感の声を上げる。
「あははは、極楽、極楽」
「もォ、桐島くん、お爺さんみたいじゃね!」
 呆れ気味に七海が笑う。
「思ォた以上に、ブチ冷えとったんじゃな……神咲に風邪引かせたら、悪ぃわ」
「ううん、大丈夫。私より、桐島くんこそ、大丈夫なん?」
「あぁ、なんと……かっ、くっしゅん!」
 むずむずとして思わず、くしゃみをしてしまった。
「だ、大丈夫!?」
「ああ、身体の中の冷気がくしゃみ通して、抜け出たみたいじゃ」
 そう言って苦笑する青大。
 その直後、湯の感触とは明らかに違う、生温かさと柔らかなものが、青大の背中に当たる。
「……!」
 そして、青大の胸に、二本の細い腕がするりと回されてきたのだ。
「か、神咲……」
 今更ながら、激しく動揺する青大。背中に当たる柔らかく弾力のあるものの正体が分かった途端、かぁと身体が熱くなる。
「あ、本当――――桐島くんの身体の中から、冷たさが抜けてゆくのがわかる……」
「…………」
 七海が青大の背中に上体を押しつけてくる。たまらなく柔らかく、そして何よりもその滑らかさは筆舌に尽くせないものがあった。
「か、神咲……」
「まだ――――まだ……振り返らんといて……その……」
 泣きそうか、消え入りそうな声で七海が青大の背中に呟く。そのときの七海の表情を思って、青大はじっとしていた。

「なぁ、神咲」
「え……?」
 不意に、青大が口を開くと、ぴくりと七海の身体が振れる。
「俺、社殿からここに来るまで、よぉ考えとったんじゃ――――今までのこととか、これからのこと……。いや、社殿じゃない。きっと東京(むこう)出てくるときからかも知れん」
「桐島くん……」
「色々ありすぎて……打ちひしがれて――――、何も考えとらんまま、流れ着いて――――、それでも故郷(この町)は変っとらんで――――、神咲も……変っとらんで……」
 青大が胸許で合わされている七海の手の甲に、そっと手のひらを重ねる。

 ――――心ン中は空っぽで、自分でもビックリするほど透明じゃった。
 ……今夜の、あの月……みたい言うたら笑われるかも知れんけど……突き刺すよォに透き徹ォっとって……
 でも……気づいたら、神咲が……はっきりと見えたんじゃ――――
 透明な俺の胸(ここ)に――――神咲七海が、いてくれてたんじゃ……って

「桐……島くん……」
「それで、俺は思ったんじゃ。……俺は、やっぱり心の奥で、神咲のことを――――」
 青大が指に力を入れ、七海の片手を握る。そして、上体をよじり、振り返った。
「あ……!」
 青大の眼前に、濡れ髪のショート、そしてうっすらと上気した、華奢な身体の線によく目立つ豊かな胸を露わにした七海が、長い睫を恥じらうように伏せ気味にしてわずかに顔を背けている。
 青大は一瞬、鼓動が高鳴ったが、めげずにまっすぐ、七海を見つめる。
「シガの川で、神咲に約束した返事……」
「…………」
 七海の身体が、あきらかに硬くなる。たったの一秒が、一分も、十分にも思える瞬間。
「あの時の返事の上書きじゃ――――」
 青大は七海が自分の目を見てくれるまで、待った。そして、七海は案の定、沈黙する青大が気になり、視線を上げた。視線が重なって、見つめあった。
 そして……

 ――――俺――――神咲のことが、好きじゃ――――

 固まったように、七海の表情が動かなかった。
 泣いたり、笑ったり、怒ったり、嫌がったり……だが、無反応とは予想外。
「…………」
 青大は気が抜けかけたように、視線をずらそうとした。
 その瞬間だった。
 七海が切なげに微笑み、涙を汗で隠しながら、腕を伸ばして青大にしがみつく。今度は正面から、青大は七海の裸を受け止める。

 ――――ずるいよ……桐島くん……――――

 ――――――――え――――――――?

 ――――私、二回も告白したんよ――――あの時と…………今日…………

 ――――そう……じゃな……――――

 ――――上書きなんて……ずるいよ……――――

 露天風呂に、ちょろちょろと湯が注ぎ込む音だけが微かに響く、静寂の清夜。

(神咲……好きじゃ――――)
 七海の背中と後頭部に腕を回しながら、青大が言う。しかし、七海は首を横に振る。
「神咲……?」
 ぷいと、頬を膨らましたようにしてそっぽを向いてしまう。
「名前……じゃない」
 七海がぽそっと呟いた言葉に、青大は何故か胸が熱くなる。心の中で照れながら、勇気を出す。

「な……七海――――七海のことが、好きじゃ。――――大好きじゃ――――」

 すると、七海はぱっと雲が晴れたように、柔らかな微笑みを向け、そのまま青大の唇に自ら唇を合わせた。社殿で刹那の交歓程度ではまだ不慣れで、舌の動きが鈍い。
「ンっ……」
 青大も同じく、女の子とのキスや、まして裸で抱きあうなど、想像にもしていなかった状況に戸惑いながらも、健康な普通の少年が持つ欲求がわき上がり、徐々に青大を積極的にさせてゆく。
「ふっ……ふぁ―――!」
 唇を割り、七海の歯茎の裏で戸惑う舌に絡みつく。一瞬、驚いたように目を瞠った七海だったが、すぐに恍惚感に蕩けるように虚ろになる。爽やかな美少女と言ってもいい七海。青大との激しいキスの隙間から漏れる熱い吐息が、芽生え始めた大人の女性としての片鱗を感じさせるようで、実に蠱惑的だ。
「ん……あっ……ちゅる……」
 青大の手が、本能に任せたまま動き、七海の大きく瑞々しい胸を弄った。社殿での遠慮がちな動きではなく、止めどなくあふれ出す想いの洪水が、青大と七海双方がぶつかり合い、激しいキスとなり絡み合う舌からはつつと皎月の光を含んだ銀色の糸が伝い、湯に落ちる。
 その感触はマシュマロのようだとはよく言ったものだと、青大は思っていた。柔らかく、それでいてつるりと水玉や汗をはじく程の滑らかな肌。大きいとはいえ決して硬くなく、手のひら、指の動きで自在に形を変え、離すと元のきれいな形に戻る。
 思わず激しく揉みしだきたくなる衝動に駆られるが、青大自身の本能で、抑止できた。
「はぁ、はぁ……“青大”……くん……」
 ようやく、七海も名前で言えた。頬を朱に染めて、蕩けるように潤んだ瞳に、高熱にうなされそうな微笑みを青大に向ける。
 やっと告白し合えたその日に、こんな場所で、生まれて初めての体験を前に、七海は満願成就の悦びに、浸ろうとしていた。
「七海のここ……気持ちえぇ――――よ」
 青大もまた、それに中てられたのか、七海の耳朶を唇で挟みながら、囁く。そして、胸の頂上の小さく、薄い桃色の痼を手のひら、指先で嬲る。
「あぁ……はる…とくん……私……そこ……弱いみたいなの……」
「ふぅん……」
 青大は鼻でそう返事しただけで愛撫の手を止めようとはしない。
 七海は胸から奔る快感の痺れに、頭や背中を仰け反らせかけながら、青大を軟らかく責める。
「あ……ん、もォ……青大くんって本当、エッチなんね……ずっと……あっ……私の胸なんか……ずっと見とぉって……んっ……」
「当たり前じゃ――――七海のムネ……尊も――――他のみんなもよぉけ見とったんや」
「や……」
「みんな……七海にこんなんこと……しとぉたかったんじゃろうな――――」
 痼を親指と人差し指で軽く、つまんでみせる。七海が思わず、甘い悲鳴を上げた。
「あ……ン……もォ、ダメだって青大くん……ったら」
 七海が胸を弄っていた青大の手首をそっと掴む。
 青大は一度、七海から顔を背けると、言った。
「今思うと……他の奴らが……七海をそんなん目で見とってたなんて……腹立つわ」
 すると、一瞬きょとんとした七海が、あえぎの間隙にくすくすと笑いながら、青大をきゅっと抱きしめる。
「大丈夫。こんなんさせるの、青大くんしか、おらんから――――」
 青大が振り返ると、普段見せる微笑み。それが、無性に青大の芯をかき立てる。
「当たり前じゃ!」
「うん……あぁ……!」
 青大は今度はその胸に顔を宛がい、柔らかさ、形、肌触り……七海の大きなムネのまるみを唇と舌で味わう。優しい、とても柔和な愛撫。
 そして、もう一つの手は湯に沈み、七海の細身だが肉付きのよい、きれいな太もも、そして身体の中心に、滑ってゆく。
「あぁ……青……大くん……だ、だめ……!」
「…………」
 太股を閉じ、抵抗をする七海。青大も手を止める。
「ここじゃ――――のぼせちゃうから……、きっと……ね?」
「あぁ、そうか……」
 七海は青大の両耳を手のひらで包むと、自分から唇を重ね、舌を絡めてきた。

 管理しているという、七海の小父の当直室の明かりは落ちている。仮眠をしているのだろう。ロビーも廊下も、明かりが落ち、自動販売機のモーター音だけが、響く。
 手を繋ぎ、身を寄せながら宛がわれた部屋に戻る青大と七海。自分たちで敷いた布団には、窓から照らす、淡い月明かりの青皎さのみ。
 月見の雰囲気もそこそこに、青大と七海は布団の上に一度腰を落とすと、互いに優しく抱きあった。
「こうしているだけでも……いいな」
「いいん? こうしているだけで」
「……意地悪いよな、七海って」
「そうだよ。……さんざん、意地悪されてきたもん……」
 声が熱くなる。七海が用意していたTシャツの裾を上げて、そのすべすべの背中を這う青大の指。
「悪ィ……」
「ねぇ、青大くん……」
「なんや」
「私……嬉しいんよ――――後悔なんか……せんから……」
「七海……」
「大好き……青大くん…………。あ――――三度目だね……」
 くすっと笑う七海を、青大はゆっくりと支えながら押し倒した。
「何度でも、言うけぇ。七海のことが、好きじゃ……大好きじゃ――――!」
「青大……くん…………ああっ!」
 ショートパンツを下げ、青大は七海の脚、そしてその中心に顔を埋めた。温泉の香りと、石けんの香りにも隠せない、女の子の香りが青大の脳裏を直に刺激する。
「はぁ……あぁ……! はると……はるとくん……!」
 秘所を蠢くぬるりとした感触、鈍く伝わる、未知なる快感に、七海の身体は強ばる。
 見様見真似というのも変な話。こんなことにあまり興味が無かった青大にとって、見聞きした程度の知識で、七海の上に重なるしかなかった。
 だが、そんなぎこちないものでも、七海にとっては夢にも見なかった青大との時間。
 耳には絶え絶えに青大の名前を呼びつづける甘い声、唇には熱く、溢れる想いを受け止める青大。
 身を乗り上げて、青大が七海の胸にむさぶりつく。白い丘の頂上に立つ、桃色の痼。戸惑う気持ちもそこそこに、青大は片方を口で、もう一つを指で掻き回す。
「はっ……うぅン……! はると……くん……そこ……、気持ち――――いいよォ」
 七海が無意識に青大の頭を掴むように髪を掻きむしる。
 唇を窄み、青大は小さな痼を吸い込む。つるんと、ゼリーのように舌から滑り零れる。寒天を思い切り吸い込んだときのような淫靡な音が、響く。
「はぁ……はぁ……くすっ」
 喘ぎの隙間で、七海が微笑んだ。
「?」
 青大が視線を上げて、涙に潤む七海の瞳を見る。
「ゴメン……ちょっと、思い出しちゃって」
「ん?」
「ほら……遥奈ちゃんが言ってたでしょ?」

(青大くんも! 彼女の乳くらいサッサと揉んじゃいなよ!)

「…………」
 青大が思わず顔を真っ赤にして顔を上げる。
「恥ずかしいこと思い出すなぁ……」
 七海はくすっと笑うと、言った。
「さっさ……とじゃなかったけど――――叶ったね」
「な……、七海……」
 青大は不意を突かれたように、固まる。七海は、じっと青大を見つめながら、唇を動かした。

「ほんとう……よかったぁ――――」

 こんな状況の中で、ふと見せた普段の七海の微笑みが、青大を再び突き動かす。
「んっ……はっ……」
 重なるように唇を奪い、今度は積極的に舌を絡めた。強引に、七海の思考を支配したいかのように。七海も応えるように、舌を動かした。
 ちゅくちゅくと、粘る音が、煩く思えてくるほどだ。触れ合うたびに、絡め合うたびに思いは衰えるどころか、強くなって行く一方。
 そして。
「七海……俺――――もう」
 青大自身、もう限界のようだった。
「うん……私――――よォ分からんから……青大くんに――――まかせるから」
「お、おォ」
「あの……青大……くん?」
「な、なんじゃ」
「あの……やさ……優しく……してね?」
「お、おおぅ!」
「くすっ。ありがとう……青大くん」

 七海が腕を青大の首に回して、腰を動かす。そして、青大自身も、もぞもぞと、感覚で焦点を探ろうとする。七海の滑らかな内股に触れると、ぴくりと、七海の身体が一瞬、強ばった。緊張しているのか、細かく震えているのが分かる。
「七海……、初めてじゃけぇ、無理はせえへんぞ」
「ううん、大丈夫……だよ?」
 七海が微笑む。青大の目をしっかりと見つめてながら、初めての怖さを隠そうと、懸命に。
 だが、青大は微笑みを返しながら、小さく首を横に振る。
「七海を、大切にしたいんじゃ――――。俺が……たどり着いた、七海っていう場所を……」
「青大くん……」
 唇を重ねながら、青大が宛がい、七海も補助する。その時が近づくと、七海の腕に、力がこもる。汗が、青大の背中に伝う。
「………」
 青大が目配せをすると、七海は潤み、怯えたような瞳で頷く。

 あっ――――はァ――――ッ!

 その瞬間、七海の身体に奔った電流が稲妻となって、そこに柔らかく蠢く快感に痺れる青大にも駆け抜けた。
「な……ななみ……ッ、お、俺……」
「う……ううん……」
 青大の言葉の意味が錯綜しているのか、七海は虚ろな視線で曖昧な返事を返す。
 それは、痛みからなのか、快感からなのか、それらが入り交じっているからなのか、考えることすら出来ないほどに、ふたりは夢中に漂っている。
 七海の腕が、青大の背中を強く締め付け、脚ががくがく痙攣し、青大の腿を叩きつけるように押しつけてくる。
「だい……大丈夫……だから――――はる……青大くんの好きなように、動いて……いいんよ……」
 青大は七海の痛みを悟った瞬間に、止まっていた。下半身に力が入り、七海を想っていた。
 七海は微笑んでいる。それでも、青大を受け入れるために、平然を装っていた。
 だが、青大は七海の髪を何度も愛撫し、その上気し、涙に濡れた顔にキスの雨を降らせながら、言った。
「ゆっくり……行こう、七海。……この先は、長いんじゃ――――無理、せんでもええ」
「青大くん……?」
 青大を見つめる七海の瞳から、怯えが薄れてゆく。

 腰を浮かせ、青大が離れた。起き上がり、軽く胡坐をかく。七海も、ゆっくりと上体を起こし、青大に凭れた。
 青大は片腕で七海を抱きしめながら、皎月の光差し込む窓に視線を送る。
「俺――――、決めたわ」
「……え?」
「向こう卒業したら……ここに、戻ってくるけぇ」
「青大……くん……!? ほんまに?」
「ああ。ほんまなら、三学期から……って行きたいんじゃけど、また編入試験受けるわけにもいかんからな」
「あぁ……」
 思わず、七海が青大の胸に顔を埋める。
「進路も、こっちにするけぇ――――」
「…………」
 七海がもぞもぞと青大の胸に唇をあてる。
「どうしたんじゃ、七海」
「……しい……」
「しい?」
「嬉しい――――青大くんが……青大くんが戻ってきてくれるって思うと……嬉しくて……だから……だから私……」
「じゃけぇ、ブチ無理せぇよったんか。……馬鹿じゃな――――」
 青大がぎゅっと両腕で抱きしめると、七海が今まで溜めていたのだろう、感情を露わにした。
「うえぇぇぇん……」
 瞬く間に、青大の胸が熱い液で濡れていった。
 そして、青大と七海は、そのままの姿で、抱きあいながら、眠った。

 東の空がわずかに白みかけた頃、青大と七海はもう一度、温泉につかった。
「眠とォないか、七海」
「えへへ、実はちょっと、寝不足」
「大丈夫か? 俺のせいで……」
「ううん、そんなことないよ。ホントは学校サボりたいんじゃけど、さすがにそうもいかないから。今日は授業中、寝ちゃうかも」
 舌を見せて戯ける七海。
「ホンマ、ゴメン……俺は休みじゃけぇ――――つい」
 落ち込む青大に、七海が軽くキスをする。
「ちがうよ青大くん。私……すごく幸せ。幸せで、ちょっとフワフワしてるかも」
「七海――――ありがとォな」
「青大くん……?」
「俺、七海のこと好きになっとって……ほんまによかったと思うんや」
「……」
「きっと……そうじゃなかったら――――帰るところ、のうなっておったかも知れん」
 青大の言葉に、七海は言う。
「そんなことないよ、青大くん。……だって、私が青大くんのこと好きなのは、ずっと……変らんもん」
 七海の言葉が、青大の胸にぐっと沁みる。今になって、彼女の存在がこんなにも癒やされるなんて、思いもよらなかったことだった。
 駆けずり回り、振り回された、あの桜舞う季節から、たどり着いた青大本来の場所が、こんなにそばにあったなんて。
「青い鳥……って、こんなん話じゃったっけ」
「ん? ……よぉ、わかんないけど――――」
「そォか」
 朝湯から上がったとき、東の稜線が、陽光に輝いていた。

 青大と七海はそこで別れた。離れがたい気持ちが、別れる直前まで抱きあい、キスを交わす。七海は何度も満面の笑みを浮かべながら手を振り、青大も見えなくなるまで、見送った。
 その日、青大は帰京の途についた。七海や、家族、友人たちの見送りは遠慮した。いずれ戻ってくる。卒業までの間の別れ。

 青大は三連休以上、そして冬、夏と休みがあると広島に帰った。七海との短くも、熱い時間を過ごした。それは、あの常に胸底に訣別を秘めた日々とは違う、遠くても、同じ空の下で繋がっていることを確信できる、ひたむきで、胸高鳴る思い。遠距離も、悪くはないと思った。

 そして……季節が過ぎた。

 広島駅。
 スーツに身を包んだ青大が、時計を確かめながら、ASSEに向かう。
 ベンチに、俯き気味に腰掛けている私服の女性に、青大が声をかけた。
「ゴメン、遅ォなった」
「青大くん。ううん、平気」
「身体、大丈夫か。あんまり人込みはよぉなかったんじゃ」
「ふふっ、ありがと。でも、せっかく青大くんの門出なんだし、今日は……ね?」
 七海が手のひらをそっと臍の辺りにあてる。
「これからじゃけど、ふたりで……頑張らんとな」
「うん。がんばろ? ね、パパ」
 その言葉に、青大の顔が真っ赤になり、七海は笑った。決して変わらない、青大が好きになった頃のままの、その笑顔に、いつまでも見入っていた。