「あー、気持ちよかった!」
チェックインを済ませ、夕食もこれからという時に、浴衣にまだ着替えてもいない明日香が、どこに行っていたのか、しばらく客室に姿を見せなかったが、しばらくして幸福満々たる表情で客室に戻ってきた。
「ねーねー青大ォ、足湯めっちゃ気持ちいいよ!」
「何だ、温泉入ってたんじゃないんか」
「うん。そうしようかと思ってたんだけど、何か足湯よかった―って他のお客さんの話聞こえてきてさ、行ってきたんだよ。すごいんだぞ! まるで渓流みたいに上から温泉が流れててさ、岩場に座りながら裸足になって浸かるんだ。そしたらもー……」
少しばかり興奮気味に話す明日香を微笑ましく見つめる青大。
「青大も行ってみなよ。つま先からマジ気持ちいいからさ」
「あはは。行ってもいいけど、メシ食ってからにしね?」
青大が苦笑しながら言うと明日香は気がついたようにぽんと手を鳴らす。
「そっか。考えてみればお昼ごはんってコンビニのおにぎりだけだったんだよね。あー何かそう思うとお腹空いて来たぁ」
「あぁ。ここまで来て食い慣れたコンビニ飯じゃあ、ブチつまらんわ」
「あはは、そうだよねぇ」
青大が荷物から携帯電話を取り出す。
「ここ山の上だよ。圏外じゃない?」
「いや、三本立っとる」
青大自身も意外な表情で液晶画面を明日香に向ける。
「うっそー! あー本当だ、すごい!」
四つん這いで顔をグッと前に押しだし青大の携帯を覗く明日香。
「こんな田舎の山の上でもしっかり繋がるんだ。すごいなー」
青大の携帯を手に取り、上に下にと伸ばしたり縮めてみたりする明日香。色々といじりながら、三本線の変化を確かめている。
その中で一瞬、明日香の動きが止まった。
「…………」
「? どうした、明日香」
「……え? あ、あははううん、何でもない。ハイ」
腕を突き出し、携帯を返す明日香。乾いた笑顔が向けられていた。
青大が送ってくれた千葉に電話をし、改めて礼を述べる。そしてハイツ旭湯の葵にも留守電を入れた。
「うわぁ!」
青大が電話を終え、携帯を荷物に押し込める間に、明日香はつんのめり気味に広縁に駆け、窓から外の景色を見る。
「ねぇすごいよ青大、一面緑の海みたいだ!」
まるで子供のような無邪気さにはしゃぐ明日香。西日に照らされる明日香の表情に、思わず見蕩れる青大。
「今は夏じゃけぇ、緑一色なんじゃろォけど、秋になればブチ綺麗なんじゃろなぁ」
明日香の脇から青大も外を見回す。
栗駒山系の山並みが一望できる緑のパノラマ。確かに、ロビーや廊下のポスターの写真で見られる紅葉の風景は、さぞ美しいのだろうと思った。
「さすがに大学休んでまでは来られんからな」
苦笑する青大。
「いいよ。十分キレイだよ。来て良かったね」
青大を見つめて屈託のない笑顔を見せる明日香。
「明日香……」
青大は無意識に惹かれるように、思わず明日香の腰に手を回して引き寄せる。
「あ……青…んっ」
一瞬、驚いたように目を瞠った明日香だったが、吸い込まれるような青大のキスを受けた途端に蕩けるように瞼が落ち、それを受け入れる。
ぎこちない舌の動きだったが、今まで幾度となく交わしたキスの経験、だいぶ慣れてきた。
「ん……んン……」
青大が押しつけてくるように明日香の口の中を舌で遊ぶ。明日香も負けじとばかりに青大の首に細く肉付きの良い腕を回して青大に応えた。
「ン! あっ……や――――」
突然、明日香が甘い喘ぎを上げてぴくんと身を強張らせた直後、顔を離した。
青大の手が、タンクトップ越しに明日香の胸に触れてきたのである。
「明日……香――――」
明日香の熱い息が青大の唇に触れる。顔を赤くして恥ずかしさの極みに戸惑う瞳。
「ホントに――――ほんとに自信ないから……」
「そんなことねぇよ。明日香のムネ……いいと思う」
絡めるように明日香の瞳を見つめて甘い声で囁く青大。
「ホント?」
怯える仔猫のように、明日香が聞き返す。青大は何も言わずに頷き、ゆっくりと弄り始めた。
「あ……い……やぁ――――」
ブラの感触の方が強く伝わる気がした。明日香の胸の小さな膨らみは、羽毛を詰めた薄い絹のクッションのようにふにふにとしている。それでも、明日香は青大の手の動きに敏感に反応し、頬を染めて軽く顎を反らせる。
「明日香――――」
瞼をきつく閉じて青大の攻撃を耐えながら受け止める明日香の表情に、青大は鼻の奥から出血しそうなほどにつんと熱くなる。そして、貪るように明日香の首筋に唇を押しつけ、舌を這わせる。
「んぁ……青大……なんか、くすぐ……たい」
戯けるように笑いかけたが、すぐに快感に眉が歪む。
ブラのために直接、胸の膨らみに触れることは出来ず、青大は少し苛ついた。
窓の縁に腰掛ける青大に体重を掛ける格好の明日香。青大は手を滑らせながら、ショートパンツから伸びる健康的な太ももに触れる。
「そこも……ごめんね? ソフトしてるから……太いでしょ……?」
耳元で囁きながら自嘲する明日香。
「お前で太いってんなら、世の中の女の子全ては桜島大根だな」
そう答える青大。
「あはっ……ひどォい」
明日香が笑い、そして再びキスをし、舌を絡める。
「ん……んふぅ……」
快晴の夕暮れの山頂、静かな旅館の一室の広縁に熱く湿りとした淫靡な空気が漂っている。
ソフトボールで鍛えられてきた、明日香の細いが肉付きのいい太ももが、青大の愛撫で微かに震え、支えるように青大の脚に絡む。
明日香の滑らかな太ももを這っていた青大の指が、ショートパンツの裾から内股に進入を試みる。
「んっ……!」
ぴくんと明日香の身体が反応し、太ももの筋肉が一瞬、収縮した。
ショートパンツの内側は熱く、絡みつくような湿りが青大の指に絡みつく。
誰もがズボンやスカートの中に覆っている、もう一枚の薄い衣。
「はぁ……はぁ――――青大……」
首を力なく振りながら、涙を落としそうな瞳で青大を見つめる明日香。
「明日香……」
普段はとても無邪気で男勝り、がさつで健康的な彼女が見せる色気に中てられたように、青大もまた、恍惚とした眼差しで明日香への好意に没頭しかける。
キスをしながら、ショートパンツの下の衣に、青大の指が触れかけたその時だった。
――――コンコン――――
「!」
「!」
客室の扉をノックする音が響き、その瞬間、甘い空気は山野の澄んだ空気に一気に掃われた。
思わず飛び退け、へたれ込む明日香。青大も窓から落ちかけ、慌てて姿勢を正して前のめりになり、本間に滑り込んだ。
「はい、どうぞ!」
一瞬、裏声になる青大。居住まいを正し、ほてった頬を叩く。
「失礼いたします。お夕食の準備と、入浴のご案内です――――」
仲居が淡々としながら、宿について説明をしていった。青大と明日香の様子を気にする風でもないというところが、手慣れた仕事ぶりなのかも知れない。
「……では、お食事はこちらへお持ち致します。お食事が済みましたならば是非、温泉へ。須川の湯はとても身体にいいのですよ――――」
「あ、さっき足湯をいただきました。すごく気持ちがいいんですね!」
「まあそうでしたか。ありがとうございます。温泉の方もとても気持ちがいいですよー」
仲居が礼をして客室を出ると、青大は毒気を抜かれたかのように、身体中から力が抜け、畳に仰向けに倒れた。
「あは……あははははははっ」
「青大……?」
から笑いする青大を、明日香は心配そうに見つめる。
「絶妙なタイミングじゃ、あの仲居」
「…………」
顔を赤くして背ける明日香。
「あの……青大?」
明日香が顔を背けたまま、小さな声で言う。
「ん?」
「その……続きはさ、温泉に入った後にでも……」
「あ――――――――うん……そう……じゃな」
改めてそんなことを言われると、反って意識をしてしまう。
「…………」
「…………」
妙な沈黙がしばらく続いた。
「ねえ青大、夕食が出来るまで、温泉行こうよ! せっかくだしさ」
「あ、ああ。そうじゃな。ど、どうせなら混浴にすっか」
青大が苦笑しながらそう言うと、明日香はきっと眉を顰めて反論する。
「ばがっ! こんな夕方にでぎるわげねえべ!」
「あはははっ、冗談や」
「もォ……ばか」
しかし、お陰で余分な緊張感が解れた。
夏休みという時期でもあるためか、家族連れもそこそこあるようだ。
大浴場や露天も、小さな子供たちの甲高い声が響く。
(そういや……あいつらも今頃は広島か)
湯槽に首まで浸かりながら、青大は思いを巡らせる。
(青大くんの実家……)
(ははっ、何バカなこと言うとんじゃ)
(ホントだよ‥‥?)
「…………」
(あいつも、今頃向こうじゃろォか――――)
瞳の奥に蘇る光景。枝葉柚希――――。
(こんなの‥‥持って帰れないでしょ?)
(へ――――じゃあ今度トマトサラダ作ったるわ。全部食えよ?)
(キャ―――手振ってくれた!! トマト姫かわい―――――っ!!)
(聞けや!!)
「…………」
(じゃあ‥あの‥‥‥帰ろっか)
「…………」
(あ――――やっぱり青大くんだ!)
「…………」
(彼女できたんだね)
「…………」
(ホントに好きなんですかァ? 明日香さんのコト‥‥)
青大の脳裡を駆け巡る、柚希の影と言葉。金縛りに遭ったかのように、湯槽にじっと浸かりながら、想いが遡る。そして、最後に聞こえた、彼女の妹・懍の声に、青大ははっと目が開く。
「好きやわ!」
思わず声を張り上げた。その瞬間、いつしか青大を囲むようにして集まっていた入浴客たちが驚いたように身を竦める。
どうやら、身動ぎ一つしない青大を心配して声を掛けようか掛けまいか集まっていたらしい。