君は振り向き、そこに刻まれた足迹を数えたことがあるだろうか featuring 君が微笑むなら from Yasushi Nakanishi 第7話

Chapter.7 のめり込む悦楽

 禁欲の箍というものがある。それが一度外れると、人間というのは実に質が悪い生き物に変化してしまう。
 人は普段の生活においてそれを「理性」という言葉をもって制御し、男女が行き交うこの世界を掻い潜りながら生きてゆくのである。
 あの日以来、青大と懍は暇を見つけては密かに逢うようになった。そして、碌な会話もせずに処構わず性欲の赴くままに、互いを求めていくようになった。
 あの日のように、他人の目が向けられない瞬間を狙っての建物の隙間。子供達が帰った後の公園や、ショッピングセンターに買い物につき合ったときのトイレの中。逢魔が時の橋の下。でも頻繁なのは、そう。この日のように、懍を自宅に送った時の、玄関口だ。
「青大さん……ん…っ!」
 扉を閉めた瞬間に、慣れた手つきで青大がロックを締めてそのまま懍をかき抱き、唇を貪る。
 懍もこの瞬間、普段の小生意気さから一転して青大のなすがままになる、物心がつかぬ仔猫のようになる。
「あっ……! も、もう……あいかわらず、せっか……ち…ですね」
 ふわふわとした懍の大きな胸を、青大は服の上からがっつくように揉む。
 最初は懍を気遣う素振りを見せていた青大も、次第に本能の奥底に眠る獣欲の成せる気に囚われるように変わっていった。
「懍ちゃんも……相変わらず、かわえぇわ」
 髪を愛撫しながら、青大は自分を真っ直ぐに見つめ続けている懍の小悪魔的な瞳を引立てる泣き黒子にキスをする。
「あ……」
 思わず瞼を閉じて甘い声を出す。慌てて悪戯っぽく笑ってみせる懍の強がりが、青大の欲望を刺激してやまないのである。
「もう……たまんねぇ」
 瞼、泣き黒子、頬、鼻、耳……青大が懍の美しい顔に熱いキスを注ぐ度に、懍の顔がベトベトとなる。青大は服の上から懍の胸、更にその先端を指で摘みながら、懍の甘い反応を堪能する。身体が火照り、懍の顔にも汗が滲む。汗と唾液に塗れ、跳ねた前髪が張り付く。気持ちが悪いはずのべとつきが懍の本能をも刺激する。
 青大が身を屈み、今度はそのすらりと伸びた長い脚と色気が立ち込む太ももに舌を這わせてゆく。得も言われぬ滑らかな肌と、強い少女の味。
 短いスカートの裾からは、既に源泉から立ちこめるような匂いを鼻に、熱気が青大の顔を翳めている。
「あっ……待って。青大さん……」
 両手で青大の頭を抑えて、青大の愛撫を抑止する懍。両脚の太ももをまさぐっていた青大の手が、不満そうに力が入る。
「止めとォないわ」
 それは哀願とも、脅迫とも取れる台詞。懍はクスッと笑うと、そっと一回、青大の頭を両手で撫でた。
「今日は……私がしてあげます――――」
 そう言って、青大を立たせると、懍はおもむろに身を屈める。

「うぁっ……!」
 青大自身に生温かく、ぬめるような絡みつき。
(私を、見つめていて下さい……)
 懍の言葉を守る青大。自分自身をその悪戯な言霊を発する唇で包み込みながら、懍は艶めかしい眼差しで、青大を見上げている。
 なぜか分からないが、青大の奥底からどす黒い劣情が湧出してくる。
 ……じゅる……ずっ……じゅぱ……!
「んふ…………んっ………はむ……」
 意識してやっているのだろうか。どこでこんな事を憶えたのだろうか。耳年増な知識にしては、懍のこの姿はあまりにもいやらしく見えた。尊や市原らから風俗の話は良く聞かされているが、そんなところで勤めているような女性とは明らかに違う、青大に対する、青大にだけ見せる懍の真の姿のようなものを、青大は直感的に思った。
 口腔で自身の尖端に舌を絡めながら、片手で青大の尻を撫でながら、もう片手で袋を弄る。
 あまりの気持ちよさに、青大は大声を上げて仰け反りそうになったが、決して懍の瞳から逸らさなかった。 口をすぼませながら顔を前後させ、時々捻りながら青大自身に絶妙な快感を与える懍。下半身だけでは無く、見つめ続けることによって、精神からも青大に快感を与える術を心得ていたとしか思えなかった。
「ああ、懍ちゃん……きもち……えぇよ」
 ぞくぞくと戦慄が青大の背中を奔った。青大の両手が思わず、懍の頭を抑えて今度は自ら腰を突き上げる。
「んぐっ! んんん――――う゛っ!!」
 懍の瞳が大きく見開かれ、瞬く間に涙が溢れた。喉奥を突かれたのだろう、苦しそうにくぐもった声を発し、ぽろぽろと涙が落ちた。
「ご……ごめん……でも、我慢――――できんわ!」
 今度は手加減しながらも、青大はゆっくりと自ら懍の口腔にストロークを繰り返す。苦しさに一瞬懍は目を逸らしてしまう。それでも、懸命に青大を見つめようとする。その表情が、たまらなく愛しく感じた。
 そして、それが急激な射精感となって青大を一気に絶頂に押し上げる。
「懍……ちゃん! 離すぞ」
「んんん!」
 それは拒否の反応だった。首を横に小さく振る懍。このまま口に出して欲しいと願っていた。
「ああ……で、出る――――!」
 一際、青大は大きく仰け反り、最後の一撃を懍の喉に突き刺した。

 どく……どくどくっ! ど……どく……く……

「んん―――――!! かはっ!」
 血走る懍の瞳、苦しさの最後。喉奥に突き刺さる、熱くてネバネバした液体。その可愛い唇を蹂躙していたびくつく物体が離された瞬間、懍は激しく噎び、身をよじって廊下側に突っ伏した。
「苦しいんか。吐きや」
 ふらふらと力の抜けた青大が懍の傍らに伏せ、気遣う。だが、懍はなおも不敵な笑みを無理矢理作って、首を横に振る。
「んっ……こくっ」
 きゅっと唇を結ぶと、懍ははっきりと聞こえる音を立てて、ゆっくりと口内に注がれた青大の液を飲み干す。そして、一つ、二つと間を置いてから青大に視線を向けて微笑した。
「濃ゆくて……ホント、ヘンな味なんですねコレ……ふふっ」
 微かに震える唇から、青大の精液の臭いがする小さな舌を覗かせて、懍は戯ける。
「でも……青大さんのだから、飲みたかったんです」
 その時、初めて懍は恥じらうように瞳を逸らし、頬を染めた。
「…………!」
 瞬間、青大の欲情が一気に刺激された。
「懍――――!」
「あっ……んっ!」
 靴も脱ぎかけのまま、廊下のフローリングに青大は懍の上に重なり、唇を激しく貪り、乱暴に胸を揉みしだいた。
 そして、再び激しく血が流れ込み鬱血した怒張を、下着を脱がすのももどかしいとばかりにその付け根を押し退けて、すでに熱くなっていた懍の泉に突き刺した。
「ああ―――――――んっ!! 激し……! はると………はるとさぁーーーーん!!」
 ぎゅっと青大の背中にしがみつく懍。激しく突き上げる青大。懍の長い両脚が、青大の腰に絡みつく。
 隣室への音漏れなど気にする思考は消え失せ、脳髄を刺激する懍の甘く疳高い声と、秘部がぐちょぐちょにぶつかり合い、鼓膜から伝わる精神崩壊の音毒が熱く絶え絶えの息遣いと共に、狭い通路に響いていた。

 どの位の時が経ったのか、まるで憶えていない。
 気がつけば、湯が張られた浴槽の中で青大の上に懍が乗る形で入っていた。頭が白んで殆ど会話することもなく、どちらともなく浴室に二人身を重ねたままになだれ込んだ、と言ったところだった。
 断片的に意識が戻り、互いの顔を認識すると、愛想笑いよりも先に唇を求めて舌を出す。絡みつく舌から伸びる糸が湯面に落ちる。
 有り余る体力も尽き、嵐のような獣欲も去りて幾ばくか落ち着いてきたその時、青大はやっといつもの思考回路に戻る。
「あぁ…………」
 それはしまったと言わんばかりの痛切な表情。懍の柔からな肌の重みという快楽を感じながらも、脳裏は逆に暗く染まってゆく。
「のぼせるけぇ、そろそろ上がろうや」
 両手を浴槽の縁に掛けて立ち上がろうとする青大。
「…………」
 無言でその手をぎゅっと掴み、青大の手の平を胸に押しつける懍。手の平の真ん中に、懍の小振りな蕾がこすれて気持ちがいい。
「あ…………、もう……いいん…ですかぁ?」
 仰け反るように青大の肩に頭を載せて、横合いから青大を仰ぎみる懍。だが、そんな扇情的な表情も、精尽き、冷温停止した青大の心棒を再始動するまでには至らない。
「遅くなったわ。そろそろ帰らんと……」
 賺すように懍の額をひと撫ですると、青大はすっと立ち、上がり湯を浴びる。
「今日は泊まっていけば良いじゃないですか」
「バカなこと言うな。そんなんできるわけないろォが」
「えぇー……でもぉ」
「お前も長湯してねーで、のぼせんうちに上がれや」
 一瞬の、年上風だった。

 時計を見れば、午後の9時前だ。後30分そこそこで懍の兄・樹が帰ってくる。
 着替えた青大。髪を強引に乾かし、気持ちを落ち着かせる。そして、玄関で靴を履く。
「青大さん」
「ん?」
 懍の明るい声に振り返ると、懍は不意を打つように青大に抱きつき、キスをしてきた。
「んんっ……! はむ……」
 懍の方が貪るように、青大の舌に絡みつく。その2分が異様に長く感じた。
 ぼんやりとした快感が、青大と懍を包んだ。
 そして、懍は青大の耳朶をかりっと甘噛むと、甘い声で囁いた。

「今日の青大さん……すごかったです……ふふっ、どうですか? 姉さんじゃ、ここまで出来ませんよね」

 魔性じみたトーンに、青大はその瞬間に慄然となった。
 思わず素になって振り返ると、懍は普段のような、無邪気で小悪魔的な、可愛い“妹”の表情で笑っていた。
「じゃ、お休みなさい青大さん。またつき合って下さいね!」
 青大を玄関先でそう言って送り出し、ドアを閉めた。
「…………」
 瞬間、青大の視界は夜の闇で覆われた。微かに聞こえてくるのは、離れた処にあるメイン道路を行き交う車のエンジン音と、犬の吠える声。
 マンションの入口を抜けると、青大は強烈な不安に突然、襲われた。なぜか分からなかったが、まるで風のように漠然とした不安感が、冷たくゾクゾクと青大の背筋を駆け上がっていったのだ。