約束の未来 from 君へ…~JUST ONE~ Memories off complete. featuring JUST ONE from DEEN 第3話 見映えとノンアル

 何とも言われぬばつが悪い空気に、青大は落ち着きなさげに瞳を泳がせる。
 しばらくの間、浅倉両親は青大を凝視しつづけ、青大の精神的負担は雪達磨式に膨れ上がってゆく。
「…………」
 強張った苦笑の表情に、じわりと滲み出る汗。清美の話し掛けすら遠い。
 しかし、健嗣はそんな青大の心の混乱状態をまるで見透かしたかのように、話を進めてくる。
「ならば青大くん。ひとつ尋ねよう。いいかな?」
 健嗣が青大の気持ちを落ち着かせるためにワンクッションを置く。
「あ……、は、はい」
 意識が虚空に飛んでしまいかけていた。慌てて自力を振り絞り、自身の脳幹に魂を戻す。
「よし。青大くんよ、もしも清美がゲテモノ――――いや、今とは正反対に不細工であったならば、変わらず同じように思えてくれていたのかな?」
「え――――?」
 青大は一瞬、理解が出来なかった。それほど、突拍子もない質問だった。
「ああ、親の欲目だよ、あははは。我が娘ながら、清美は有美に似て美人じゃないか。全く青大くん。きみは宝くじ一等を当てたようなもんだぞ?」
「もう……あなたったら」
 恥ずかしげに夫を小突きながらも頬を染めて恥じらう有美。それなりの歳になってもバカップルって本当にいるのかと、青大は意識の裏側でそう実感する。
「お父さん、お母さん! もー!」
 清美が困惑に顔を紅潮させて話を止めようとするも、雰囲気に軽く遇われてしまう。
 青大はやや呆れたように両の瞼を軽く閉じると、唇を結んで声を押し殺して唸った。そして、想起するのは“親”という存在だ。
 青大にとって、親という存在とはどいうものなのか。それを知るのは、自分の両親は言うまでもない。幼なじみの加賀月や、由良尊の両親も知っている。神咲七海の両親も見たことくらいはある。そして何よりも両親らしい両親と言えば、何と言っても枝葉柚希の両親だろう。あの堅物っぽさと遣り合いかけたことを考えると、清美のこの両親は実に型破りな人達ではないだろうか。
 ひと言、仲が良いと言えば短絡的だ。だが、この親子三人のオクターブの上がった会話を黙聴していて、青大はふと、本心を隠さず、決してウィットに富んだとは言えない答えを思いついた。
 そして、何を思ったか、颯然とその場に立ち上がり、浅倉両親を見下ろす。

「ブサイクな清美になんか、そう思えるわけがないっス!」

 青大の声が狭い空間に響き、心なしか店内全体に一瞬、静寂をもたらしたように思えた。
 そしてそれは、浅倉両親や清美自身にとっても、予想外の青大の言葉だっただろう。
「…………」
「なに…………?」
 怒気が籠もったかのような口調。しかし、青大は怖じけない。健嗣のやや顰められた眉が、下から青大を突き刺すように向けられる。
「オレが好きになった浅倉清美は、他の誰でもない、こいつです!」
 そう言って、ぐいと清美を持ち上げ、その肩を強く抱き寄せる。
「きゃ……!」
 さらっと長い髪がそよいだかと思うと、僅かに小さな悲鳴を上げる清美。漬け物を取ろうとして持っていた箸を滑り落とす。そんな突然の青大の行為に、眉を強く顰める。
「不細工な“清美”ですか? そんなの好きになる訳がないです。清美は清美。ここにいる、オレが好きになった美人の浅倉清美に、オレは……!」
 やけっぱちの勢い任せに、青大は思わず言葉を暴れさせてしまった。
「ほー……、と言うとあれだな。君は清美のことは、見た目で選んでいると――――」
 健嗣の畳みかけに、青大は間髪入れずに対抗する。
「そうです! “見た目”です。“見た目”以外の何が重要だって言うんです。お父さん、お父さんには悪いと思いますがッ、オレにはこの清美以外がどうとかなんて、想像出来ません!」
「ちょ……青大?」
 清美の制止を他所に、青大は自身でも気付いているままに声を荒げがちに捲し立てる。

「オレ……ッは! たとえ清美のお父さんになんて言われよォが、美人の清美が良いんですッ。ブサイクな清美なんかいりません!」

「…………」
 なんということを言うのだろうかと、清美は一瞬、唖然となった。
「青大くん! 君は――――!」
 怒気を込めた健嗣に言葉を継がせない。
「ここにいる“浅倉清美”こそがッ、オレにとって、すべての“浅倉清美”っス! なんて言われよォが他なんか、これっぽっちも想像なんて出来ません!」
 気がつけば、息を荒げながら店内に響き渡る声を張り上げていた。はっと我に返った瞬間、静まり返った店内と、客や従業員の驚きや冷やかしの温かい視線を、青大は一身に受けていたのである。
 しまったと思った。機転の利いた言葉が思い浮かばず、咄嗟に叫んでしまった。
 一秒の沈黙が一〇秒、更なる一秒が三〇秒、一分と伸し掛かってくるように感じる。
 そして、逃げ出してしまうとばかりに、脳が脊髄に指令を送り出そうとしたその時だった。

「気にいった!」

 良く透る声が店内に大きく反響する。ぽかんとなる青大に、健嗣は言う。
「君に、娘の……清美の全てを預けよう!」
 予想だにしなかった台詞に、青大は思わず脳裏にシミュレートしていた文言を叫んでしまった。

「だが、お断り致します!」

「え……?」
「…………」
 清美、そして発した本人が思わず顔を見合わせてしまう。
「え、えぇ――――――――!」

 健嗣に落ち着いて着座しろと言われ、肩をすぼめて再び着座する青大。清美は居心地が悪そうに、それでもやはり青大を心配そうに何度も視線を向けながら様子を窺っている。
「まあ、飲みなさい」
 “ビール瓶”を差しだしてくる健嗣。
「未成年……ですけェ」
 思わず、地が出た。当たり前だ。
「いいから、まぁ飲みなさい」
 コップに注がれた黄金色の炭酸飲料。青大はばつが悪そうに恐縮しながら、健嗣の杯を受けた。
「……あ……」
「ノンアルコールだ。何を期待していたんだ」
 青大の反応にすかさず返す健嗣の声は繕われた厳格さが滲む。しかし顔はしてやったりと笑いを必死で抑えている様に思えた。
(この人は……)
 そこはかとなく、茶目っ気がある健嗣に半ば呆れ気味に溜息を押し殺す。
“常識ある尊”そんな感じなのだ。

 ノンアルコールのただ苦い炭酸水を呷りながら、青大は浅倉両親の話に加えられる。
「君は見た目で女の子を選ぶと言ったな」
「見た目でって言うとなんか変に誤解してしまいますから……」
 すると健嗣は毅然とした表情を作って言った。
「まったくその通りだ。君の言っていることは真理だよ」
「…………」
 苦笑いする青大。呆れてただ赤面するしかない清美。しかし健嗣はお構いなく隣の有美の肩を抱き寄せながら言った。
「私も彼女のことは“見た目”で選んだ。人の本質さ」
「も、もうあなたったら。青大君の前で……」
 夫の胸元を軽く押して身を離す有美。
「人は見た目じゃない、心だー気持ちだーと良く言うが、アレは全て見た目を前提とした格好つけの言い訳さ。男であれ女であれ、見映えのしない相手にはそんなことすら言わんさ」
「そんな、身も蓋もないことを……」
「君が今まで心を寄せてきた女の子を想い出してみればいい。ブスはいたかね」
 青大は想起する。初恋から小学・中学……。そうだ。枝葉柚希に、神咲七海。そしてその合間にも目を奪われた娘は何人かいただろう。確かに皆、中には絶世の美少女とは言わずとも、一般論としてのいわゆるブスという分類に属する娘はいなかった。
「あ――――」
 青大が感嘆の声を上げると、健嗣は大きく首肯く。
「だろう? 心や気持ちなんてのは後から付いてくるものさ。人が人を好きになる第一義は見た目なのだよ。だから、私は有美を選んだ。清美はその有美の娘だ。見映えが悪いはずがない。そうだろう?」
「は、はぁ……」
 強引な持論展開に、青大はたじろぐ。清美を好きになったのは、決してそういうことではないと思っていたのだが、どうも健嗣の論を聞いていると、あながち間違いではないのかなと言う気もしてくる。
「人は見かけによらぬものとは言うが、見栄えが良ければ性格の悪さも愛嬌となるものさ」
 するとすかさず有美が嘴を容れる。
「あら、私ってそんなに性格が悪いかしら」
「お父さん……」
 清美も憮然とした表情を父親に向けている。
「お前たちは別だ――――って言おうとしていたのに」
 まるでファミリーコントのようだ。青大の気持ちが、ようやく核心からその張り詰めた緊張を緩めんとした。肩の力を抜き、足を崩すように腰をもぞもぞさせた時だった。おもむろに、健嗣は青大を見て言った。
「それだけじゃ、ないだろう?」
 一息に、緊張の糸は元に戻った。和気藹々さが再び強張った。