ビアンカの手料理を食べ終え、リュカは彼女に伴われて、念願の温泉に入っていた。屋外の岩場に湯気が濛々と立っている、いわゆる露天風呂。
食事の後、しばらく雑談やらを交わしていたために、ここに来た時はずいぶんと夜も更けていた。さすがに彼以外、人の気配はない。
白濁の湯。硫黄の匂いも慣れれば心地よい。身体だけではなく、心の奥底まであたたかになって行くような気分だ。
「みんな……ごめん」
海岸に残してきた仲間を思い、呟く。
「ふう……」
誰もいないと、さらに気分がいい。潜水と浮上を繰り返したり、軽く泳いだとしても平気だ。
真夜中の温泉というのは、実に不思議だ。いっそうのこと、このまま湯の中に溶けてしまえば、どんなに楽だろうか……。
――――がら――――
木戸が軋む音が響く。他客が入ってきたようだ。リュカの短い独占空間はこれにて終了。伸ばしきっていた身体を引っ込め、邪魔にならないように奥の方に身を移す。
――――ちゃぷ――――
客がおずおずとした様子で湯に浸かってきた。リュカは気づかないように、潜水・浮上を繰り返す。
……か……
静かな空間に、声が吸い込まれて行く。客の声だろうか、それともどこかの部屋からの声だろうか。高く連なる岩壁に反響して発信地が把握できない。
「リュカ……」
「うわっ!」
突然、耳元に女性の声がして、リュカは驚き水飛沫をあげながら飛び退いた。
そして、さっと振り返ると、リュカは更に驚かされた。
「なっ、び、び、び、ビアンカッ……!」
薄い湯気のカーテン越しに、ビアンカは軽くうつむきながらそこにいたのである。激しく狼狽したリュカは足を滑らし、湯の中に深々と沈みもがく。
「…………」
「ビ、ビアンカッ! な、な、なぜ君がここにッ!」
紅潮した顔面を後ろに向ける。当然、ビアンカの方を向くことは出来ない。心臓の鼓動が急速に昂ぶり、吐く息に熱がこもる。
「リュカ……」
背中に彼女の気配を感じた瞬間、リュカの肩に、滑らかな肌の感触が走る。彼女の細い指が、リュカの逞しい肩幅に這った。
「お願い――――こっちを向いて……」
消え入りそうな声で、彼女は言った。
「ビ……ビアンカ……」
まるで逃れられない呪文にかかったかのように、リュカの動きは彼女のなすがままになる。
二十歳にも満たないうら若き乙女が、若い男の前で素肌をさらすなど、並大抵の事情ではないことを、女性に縁のなかったリュカにも、それなりにわかる。
ここで彼女の願いに応えてやらねば、かえって彼女に恥をかかせ、傷つけてしまうだろう。そんな都合のいい解釈が、リュカの心を占めた。
そして、ゆっくりと上体を回して目の前の彼女を見た瞬間、リュカは仄かに上気した少女の肌に視線を奪われ、声を失った。
タオルにくるまれた金色の長い髪、白く細いうなじ、眉、瞼、耳、鼻、唇……言葉では言い表せないほどの色つやをたたえ、頬から腕にかける線は完璧だ。
肌に浮かび上がる滴が、輝きを帯びながらつつと滑り、湯に溶け込む。
やがて、リュカの視線が無意識のうちに、彼女の胸元に移る。薄い布地に覆われてはいたが、その上からでもはっきりと、形のいい膨らみを感じることが出来る。
リュカの視線を受けて、ビアンカは薄く染まった美貌を更に赤らめ、恥じらいを精一杯押し殺そうとする。だが、リュカの視線が自分から離れないことを感じると、恥じらいの方が勝ってしまい、顔をさらに伏せてしまう。
「リュカ……憶えてる? 昔はよくこうして、一緒にお風呂に入ったのよ」
消え入りそうな声の中に、懐かしさを誘う。
「あ、ああ、そうだっけ」
リュカは必死で理性を保とうとするが、無意識に身体が硬直してしまう。
「は、恥ずかしいね……やっぱり……大きくなると」
わずかに身体をそらしてそう呟く。
「う、うん……」
そして二人の間に妙たる沈黙が包み込む。温泉の湯が大地から注がれる水の音、そして、互いの高ぶる息づかい。
「ねえ……リュカ」
「ん……」
「本当に――――結婚…………する……の?」
「そ、それは――――」
リュカは言葉が出なかった。
「ううん、いいの。あなたにはあなたの人生があるんだもん」
リュカの言葉を聞くのが怖いかのように、ビアンカは自分で質問をうち切る。
「相手の人――――美人?」
もう、聞きたくないと思いつつ、ビアンカの口からは魔法にかかったようにリュカへの問いかけが出てくる。
その問いに、リュカは黙って頷いた。
「そう……。ふふっ。あなたならきっと、その人のこと幸せに出来るわ。私、わかる。……だって、小さい頃から、ずっと、ずっと一緒に遊んで来たんだもん」
リュカは、微笑みながらそう言う彼女の横顔を見た。そして、胸に針が突き刺さるような痛みをおぼえる。
ビアンカの頬をすうっと“汗”が伝った。
「ビアンカ……」
「私、わかるわ。その人がリュカを好きになった気持ち。……だって……」
明るく装っていたビアンカの声が崩れ始める。
「だって……変わってないんだもん…………あなたの……その瞳。優しい瞳をしてる……あの頃と同じ……とっても……綺麗で……とっても……優しい瞳を……」
隠そうとしても無意味なほど、涙声となっている。
とても小さく、とてもはかなく、放っておけば永遠に消えてしまいそうな、そんなひどく可憐な女性。少女は涙を隠すように、両手で湯を掬い、顔を覆う
「ビアンカ……!」
リュカは無意識に叫び、衝動的にビアンカの肩を抱き寄せる。彼女は軽く、あっという間にリュカの胸に倒れかかった。
「いや……」
ビアンカはリュカの腕を解き抵抗する。
「ビアンカ……僕は……」
「言わないで……」
リュカの言葉を切なげに遮るビアンカ。彼を見つめる澄んだ瞳は、すでに涙があふれ、頬を大量に濡らしていた。
リュカはまっすぐビアンカの瞳を見つめる。彼女の瞳は、切なさと嫉妬に狂いそうな色ににじむ。
「好きなんでしょう? リュカ……その人のこと……好きなんでしょう!?」
彼女は叫ぶ。ぽろぽろと、涙の粒が光りながら湯に落ちる。リュカは困惑に満ちた表情でビアンカをただ、見つめている。
――――たえられない……たえられないの……。
あなたと再会したとき……本当に、本当にうれしかったのに……結婚なんて……もう、どうしていいのかわからないの……。
喜んであげようと思ったわ。だって……私はあなたの“お姉さん”だもんね……。
だから……必死に、必死になってこみ上げてくる気持ちを抑えようとしたわ。
でも――――でも私……小さな頃からずっと――――
ずっと…………好きだったから――――
次第に消え入りそうな、愛おしいほど澄んだ声。少女はつもりつもった想いを、口にした。だが、容の紅潮は収まらない。むしろ、愛する少年に告白したことで、ますます胸の奥とともに燃え上がっているようだった。
「ビアンカ――――」
リュカの手が、逸らし俯いているビアンカの顎にかかり、優しく自分に向かせる。瞳が合った瞬間、恥ずかしそうに瞼を伏せるビアンカ。リュカの指先が、涙の跡をそっとたどる。
「――――ありがとう、ビアンカ」
唇を耳元に近づけ、リュカは囁いた。
「何も言わないで……リュカ……今は――――何も聞きたくない――――」
頬に触れているリュカの手の甲に、そっと手のひらを重ねるビアンカ。愛おしそうに、そっと握る。
沈黙。ビアンカの美しいピンク色の唇が、そっとリュカに向けられる。
「はじめてなの……私」
「…………僕もだよ」
リュカは、そっと唇を押し当てる。
抵抗はなかった。ルドマン邸のフローラの部屋で、彼女から甘美な口づけをせがまれ続けた事は、この時は思いもはせなかった。
ただ、純粋にビアンカが愛おしく思える。真夜中の露天風呂。恥ずかしさを抑えながら、素肌をさらす、18歳の少女。
記憶に残る、男勝りのおてんば、気が強く姉さん気取りだった少女が、今こうしてリュカのなすがままになろうとさえしている。
「ん……ん……」
唇を重ねたまま、ビアンカの腕がリュカの首を離すまいと包み込む。髪をくるんだタオルがゆっくりと外れ、筆舌に尽くしがたい金色の美しい髪が散らばった。
そして、わずかに唇をずらすと、なまあたたかい舌がリュカの唇を割って侵入してきたのだ。水を得た魚のように、リュカの口の中で、小さな生き物が躍る。
初めは驚いていたリュカだったが、そっと舌を当てると、少女は息つく間も惜しむように激しく絡ませてきた。
「ん……はぁ……」
濛々と立ちこめる湯気の帳に包まれた空間で、舌を吸い合う二人。やがて、リュカの指が自然と少女を包む布地に絡み、容易にそれを外す。
「あっ……」
白磁の様な胸が露わになり、驚きと恥ずかしさに声を上げたビアンカが、反射的にリュカに背を向ける。
リュカは彼女にそっと身を寄せ、背後から腕を回しながら、うなじから首筋に唇を寄せた。
「…………」
ビアンカの身体に電流が奔り、一瞬身体を硬くさせる。リュカはなぞるようにその細い首筋に舌を這わせながら、毬のような弾力のある二つの膨らみに手のひらを滑らした。
「あっ……りゅ……リュカぁ……」
ビアンカの口から震える息づかいに混じりリュカの名が漏れる。
「ビアンカ……」
リュカは優しくビアンカの耳元でそう応えると、ゆっくりと手のひらを動かし始めた。
「はぁ……あっ……ん……」
心地よい固さがある若い乳房。小刻みに震えながら、胸を愛撫するリュカの腕に少女の手が重なる。
「……き……すきなの……リュカ……あっ……」
明らかにお湯のせいではないとわかるほど上気した顔。次第に恍惚としてくるその表情、うっすらと濡れて光る唇から、まるで譫言のように繰り返す。
リュカは、自分のどこかに潜む何かが、その言葉で目覚めた気がした。
「うっ……ああっ! リュカ……リュカぁん」
リュカの指が荒々しく双丘の頂にあるつややかな桃色のつぼみを摘む。そして快感に仰け反るビアンカの唇を上から奪う。舌を突き刺し、小さな口の中を貪るようにかき回す。
ビアンカもまた健気に反撃、くちゅくちゅと音を立てながら舌戦は続く。
顔や耳、首筋などにキスを降らせながら、リュカの片手がすうっと下の方へ滑り落ちて行く。
「あっ……」
やがて、彼女の滑らかな太股がリュカの手のひらに捕らわれた。
ほっそりとした脚。ビアンカは子供の頃から野山を駆けめぐるようなタイプの健康的な少女だった。
この山奥に移り住んでも、きっと山を駆け、木の実を採るために高木に登り、魚と戯れ水に躍っているのだろう。無駄な肉一つない、美しい太股だった。
湯の中で、リュカの手がすうっと撫でて行く。ぴくんと反応し、脚を閉じようとする。無意識なりと快感に抵抗しようとするのだろう。だが、そのたびに固くなった乳首を軽く摘むと、ビアンカは小さく悲鳴を上げて脚の力が緩んだ。
「あっ……はぁはぁ……リュカ……
小荒い息づかいとうつろな眼差しでリュカを見るビアンカ。リュカは答えるかわりに唇を重ねると、太股に這わせていた手を、徐々に内側へと移して行く。
「うっ……あ……」
小刻みに痙攣する肌。リュカは一瞬、手を止めたが、欲望に抗する間もなく、淡く燃えるその場所に到達した。
湯の中でもはっきりとわかるほど、その場所は熱く滾っている。
「やっ……だ……めっ……!」
さすがにビアンカは両脚を閉じて抵抗するが、リュカの手を挟んだままだった。
リュカはそのまま指をゆっくりと動かし始め、ビアンカをなぞり出す。
「あっ……ああっ……リュカ……リュカ……そ……そこは……うあっ……!」
言葉とは裏腹に、リュカの愛撫を受け容れ、素直に感じ、反応する。
リュカの逞しく、それでいて優しさに満ちた執拗な攻撃に、いつしか彼女の何かが陥落した。身体がのけぞり、湯の中で両脚が八の字に広げられていた。
「あぅ…………も……もうあたし……お、お願いリュカ…………」
途切れ途切れの息の中で、ビアンカはリュカを向き、哀願する。リュカもそれが何を意味するのか、本能的にわかっていた。
「うん……えっ……と……」
リュカはビアンカの腰に手を当てたまま、戸惑っている。どうすればいいのか、よくわかっていなかった。
「あ――――ふふっ。……リュカ、……そこに座ってくれる?」
と、ビアンカは岩場の一角を指差す。ちょっとした椅子のような形をした場所だ。
リュカは言われるまま、そこに腰掛ける。
「…………」
自分の剣が月天に高々と掲げられているのを見て、リュカは恥ずかしくなった。
そんな思いをかき消すかのように、すうっと、ビアンカの微笑みがリュカを捉えた。そして、跨ぐような体勢でリュカに乗る。
「優しくして……ね?」
ビアンカはそう言って苦笑すると、リュカの首に腕を回し、唇を重ねて舌を絡め、やがてゆっくりと腰を落としてゆく。
「うっ……」
リュカ自身に、ぬめる感触がからみつく。
「んぁ……」
ビアンカの顔がわずかに歪む。
「ビ……ビアンカ…………」
何が起こるのか判ったリュカ。理性が腰を引かせていた。ビアンカの苦痛の表情を見るのが、耐えられなかった。
「だ……大丈夫よ……し、心配しないで…………」
息を切らしながら、無理に微笑みを浮かべるビアンカ。抱きしめると、破裂しそうなほど激しい鼓動が、生々しく伝わってくる。
「リュカがほしい…………リュカが欲しいの……だから……」
ビアンカはリュカの頸に腕を強く巻き付け、自らを切っ先に宛った。
「くっ……痛っ……」
月天におとがいを逸らして、ビアンカの容が歪む。
「あ……ビアンカ……や、やめなよ……無理は……」
「んん……平気…………」
にこりと、彼女は微笑んだ。そして……
「あぅ……あぁ……」」
「ああっ…………」
リュカも、生まれて初めて知る、痺れるほどの異様な快感に、思わず声を挙げていた。
ぴんと強張るビアンカの身体。そしてリュカの身体に、電流が身体を何度も往復する。
「ビ……ビアンカッ……」
リュカの呼びかけに、ビアンカは一回だけ、小さく頷いた。
砂の山がサラサラと崩れるように湯船に身を沈める二人。広い露天風呂を、空に映える青と白の二つの月が、皓々と照らす。波立つ水面に月が砕け、融け合う身体に欠片が絡みつく。
「ひとつに…………なってる……あぁ……ねぇリュカ……私たち……」
「うん…………」
リュカとビアンカの身体に、生命の律動が駆け巡った。波打つ水面。リュカが少女の身体を支え、上下する少女の身体。
「あっ……あっ、あっ……あんっ……いいっ……あぁっ……ん……リュカ……リュカぁ…………」
身体の芯から湧き上がってくる快感に、ビアンカはまるで譫言のように、何度もリュカの名を叫んでいる。しかし、何故か、その美しい瞳からは、ぽろぽろと宝石のような涙が溢れだし、月の欠片の中に落ちていった。
「ビアンカ…………」
リュカの一端の理性が、彼女の涙の意味を知りたがっていた。
「あぁん……」
それはまるで、今さら流した涙を隠すかのように、ビアンカがリュカの頸にしがみつく。
そして、リュカもすぐに本能に呑まれた。二人の身体は湯の中で激しく密着し合い、更に絡まり合う。静かな夜半、まるで大嵐とともに襲いかかる津波のように、露天風呂の水面が波打った。
「うっ……びあんか……ぼ……僕……なんか…………」
リュカの奥に突き上げるような快感が生まれた。そして、それが何故か途轍もなく危険なもののような気もした。
「んぁっ……リュ……リュカぁ……んぅ……いいよ…………いいから……そのままで……」
その言葉を合図として、二人の律動が激しくなる。
水面の月光が細かい粒子となり、夜空に溶けてゆくとともに、二人もまた、幻想あふれる皎潔の世界へと、心身とも溶けて行った。
「あぁ、ビアンカ。ぼ、僕もう……」
「うぁ……リュカ……わたしも……もう…………」
きつく抱きしめ合う二人。白く輝く透明な翼を背に、快絶の頂を目指していた。
そして、少女の身体がひときわ大きく羽ばたく。
「あああ――――――――――――っ! リュカぁ――――――――!!」
「うぅ――――――――……」
ビアンカの絶叫と同時に、リュカも頂に達する。そして、哀しくも熱い想いが、身体を迸り、ビアンカへと駆け抜けていった……。