走り去ってゆく少女をただ茫然と見送るしかできなかったリュカ。
彼女が言ったアンディの家に泊まったと言うこと。それだけが、リュカの口を閉ざした原因であるとは言いきれないものがあった。
フローラに急速に惹かれながら、不意に再会したビアンカとそういう関係になった事への罪悪感と、果たして誰がリュカ自身にとって一番愛しているのか。全ては事を曖昧にしたままだった。
フローラを愛しているのならば、どんなにせがまれようが、ビアンカと関係は持たなかっただろうし、ましてここにも伴わなかっただろう。
ビアンカを愛しているのならば、全てを擲つ覚悟でフローラを棄て、ビアンカを迎えたはずだった。
「…………」
リュカの胸の奥に芽生える、おぞましい蟲が這い蹲るような嫌なざわめき。それは、リュカの不器用な愛情が成す、優柔不断が招いたものだった。
フローラの後を追うことも出来ずに、リュカはその場にへたり込んだ。水面に映る月は相変わらず皓々とクローンの輝き放ち続ける。
どのくらいの時間が経ったのか。
カサッ…………
静寂の夜にあって、わずかな葉擦れの音もうるさいほどだった。
「誰か――――――――」
身構えるリュカ。武器も持たずとも、魔物たちと戦える程の膂力を備えていた。強くて、優しい流離いの旅人。
「リュカ。私です」
植え込みを分けて、緑色のスライムが姿を現した。そしてそれに跨る小さな騎士。
「ああ、ピエールか」
さほど驚くこともなく、リュカは構えを解き、朋を迎える。
「すみません。リュカがきっと深い悩みに囚われているのではないかと思い、様子を――――」
「ははっ、見ていたのか……これはとんだ失態だな」
苦笑するリュカ。ピエールはぴょこぴょこと軽く跳ねながらリュカの側に来る。
「私はモンスターですから、人間の心情まではよく判りません……」
照れたようにピエールは首のあたりを軽く掻く。そんな彼の気遣いに、リュカは言葉に出さない感謝を伝えた。ピエールもまた、主人の意を受けて微笑んだ。
「ピエール。君にひとつ聞きたいことがあるんだ」
「私なんかでよろしければ――――何なりと」
リュカは小さくため息をつき、哀しみの色を浮かべた微笑みをピエールに向ける。
「フローラさんのこと……どう思う?」
「…………」
「ビアンカは――――どうかな……」
何かにすがるような感じであった。
「リュカ――――何をそんなに迷われているのです」
「迷っている……僕が……」
ピエールの淡々とした口調はまるで綿箒のように、ゆっくりとリュカの心の埃を払ってゆくようだった。
「すみません。そのお訊ねに私は答えることは出来ません……」
彼の性格を知っているリュカは、予想通りの返事に、長いため息をつく。
「……でも、今リュカが思い悩んでいることのひとつに、私が言うことが少しでもあるのならば、それは除いていただけますか」
「…………?」
リュカはピエールを見た。
「私たちはリュカ、あなたによって救われ、あなたの力となるために旅を共にしているのです。……ですから今後あなたがどの道を行かれようとも、私たちはこの生命をあなたに預けます。私も……マーリンも、ドラきちも、ガンドフも……そして――――プックルも、みんな……」
彼の言葉の意をくみ取ったリュカは愕然となった。小さな鎧に隠されたピエールの表情は、リュカに激励の笑顔を向けているように思えた。
「私、そろそろ馬車の方へ戻ります」
くるりと背中を向けるピエール。ぴょんぴょんと跳ねて植え込みの手前で留まると、身を捩ってリュカを見た。
「リュカ――――、明日はきっと晴れますね。…………お休みなさい」
ぺこりとお辞儀をし、一言そう言い残すと、彼は奥へと消えていった。
「ピエール……ありがとう」
ピエールの言葉は少なからずリュカの心の抵抗を解きほぐしてくれていた。そして、その安心感は小さな猜疑心や後ろめたさをかき消し、無意識に彼の足を動かしていた。
「……言えましたかな?」
「いいえ――――」
「ほほほ、さもありなん」
「あぁ――――笑わないで下さいよ、マーリン」
町中を捜した。魔物よりも質の悪い人間の凶徒の恐れに、リュカは全身を震わせて可憐な少女を追った。
そして幾ばくの時が流れたか。すでに夜も更け、草も虫も深き眠りに着いた頃、離れの別荘。フローラはそこにいた。
微かに聞こえてくる忍び泣き。そして、彼女の愛犬であるリリアンが、玄関先に身を縮こませていた。
リュカの気配に、リリアンは眠そうに瞼をしばたたかせながら顔を上げ、尾をぱたつかせる。
リュカがドアに手を伸ばすと、意外にも鍵は掛かっていなかった。
ドアを開け、月明かりが差し込む中へ歩を進める。リリアンは鈍い動きながらも我先に中に駆け入った。
「フローラ……さん?」
「…………!」
彼女は呆気なく見つかった。
リュカの声に、今さら遅しと息を潜める。
真新しいベットに寄りかかるように床に座り、膝を崩して、シーツに顔を伏せている。リリアンが彼女の側で身をくるませて眠っていた。
「良かった……」
「リュカさん…………どうして…………」
フローラの力無い口調には明らかに拒絶の色が滲んでいた。
「私…………私は…………」
「フローラさん」
リュカはそっとフローラの側に身を寄せる。
「あなたは何も気に病むことはありません……僕はずっとあなたを信じています。むしろ……僕の方が……あなたを…………」
す――――っと、フローラは上体を起こし、捩らせてリュカの胸にもたれかかる。怯え、しがみつくように、リュカの胸元を握りしめた。
「私…………私は…………ビアンカさんに…………」
リュカの指が彼女の小さなあごに触れ、そっと持ち上げる。まっすぐ見つめ合う二人。
「僕は……あなたと、ビアンカを比べることはしない。ただ……自分の気持ちに、嘘をつきたくないだけです……」
「リュカさん…………」
フローラはそっと瞼を閉じ、わずかに唇を突き上げた。リュカは応えるように、そっと触れる程度に唇を重ねる。
「そして、僕が……そんなあなたのことを――――」
「いいんです……。だって――――それが自然ですもの……」
「フローラさん…………」
そっとリュカの腕が、フローラの背中を抱きしめる。
「リュカさん……お願いです……私も――――」
熱を帯びたフローラの声。潤んだ瞳でリュカを見つめる リュカは小さく頷いた。
だが、脳裏に過ぎるビアンカの貌に戸惑いを覚えた。それは、男として、ひとりの人間としての良心が、彼女の望みを阻むようであった。
「大丈夫ですから……リュカさんでしたら私……後悔はしません――――」
その時きっと、フローラの雪のような容は炎に燃えるように紅く、熱くなっていただろう。
「だから――――お願い……お願いします…………」
父ルドマンが聞けばどう思うだろう。
良家の子女たるに相応しい知性と教養を身につけるために過ごした七年の修道院生活を無に帰すふしだらさと怒髪天を衝くだろうか。それとも、万が一にでも褒めてくれるだろうか。
初めからアンディに対する気持ちとは明らかに違った想いを、リュカという青年に抱いていた。
そして、それをはっきりと感じたのは、リュカが伴って来たビアンカという少女を見たときだった。
それまで曇りひとつなかったはずの胸の中が、真夏の青空ににわかに沸き立つ積乱雲のごとく、黒雲に覆われていった。
深窓の令嬢が生まれて初めて感じた、嫉妬という名の感情。
リュカさんを取られたくない――――
今のリュカさんを好きになったのは私です――――
一〇年ぶりに再会したからと言って、私から彼を奪わないで…………
彼を好きなのは私――――
彼を愛しているのは私――――
家の財産も、名誉も要らない……
誰よりも……彼に愛されたい……
彼と共に、見知らぬ世界を旅してみたい……
私の最後のわがままです……お願い
私の彼を、横取りしないで――――
月明かり差し込むベッドに並んで腰掛け、リュカとフローラは潤んだ瞳で互いを見つめ合った。
すっと、フローラが瞼を閉じると同時に、リュカが彼女の肩を抱きしめ、ゆっくりと顔を近づけて唇を重ねた。
『白薔薇のフローラ』という異称かくやとばかりな美しい唇を分けて互いの舌が絡み合う。
「ん…………んむ……」
もはや飽きるほどに重ねたはずのキス。しかし、それは池の袂までとは明らかに違った感じがあった。触れた瞬間に、二人の身体に甘美な電流が駆け抜けた。
何かに追われるような心境の中で、片方が焦っていた。しかし、今はその焦りというものが感じられない。
ゆっくりと、心おきなく互いの口を堪能できる余裕が出来た。啄むようにお互いの舌を吸い合う。
「ん――――ふぅ!」
フローラの肩を抱いていたリュカの左手がすうっと下り、ドレスの上から、形の良い胸に触れた。瞬間、フローラの身体がぴくんと反応する。
「んっ……あふっ……んんっ……」
リュカの手が円を描くように、そして優しく膨らみをまさぐり、揉みほぐす。
唇を合わせながら、おとがいを反らして瞼を震わせるフローラ。
着やせすると言うのは語弊がある。
触れた彼女の胸は外見とは裏腹に意外に大きく、リュカの手を拒むかと思うほどに、弾けた。
左肩を露出させたドレスの胸元をずらして外気に晒すのは、きっと幼子とて容易だろう。
「っ…………あぁ……」
高級で繊細な白磁のような乳房が窓から差し込む月光に映えた。恥ずかしさに身体を強張らすフローラ。
リュカの指がなだらかな丘を駆ける。絶え間なく少女の身体を駆けめぐる電流がリュカの指を伝って全身に奔った。
やがて彼の指は頂上にある小さな莟を発見し、驚喜に躍る。
「あっ……んぅ…んくぅ!」
それを生まれて初めて、自分自身と両親以外の人間――――それも男性の前に晒す恥ずかしさと、乳房全体から伝わる、未知の甘い衝撃に、フローラの理性が一瞬、ぶれた。
修道院にいた頃、それは誰からも教わったわけではなかった。敬虔な祈りと教学の日々にあって、その衝動は青天の霹靂とばかりに、本当に突然だった。
身体が熱くなった。ある日、修道院に訪れたぼろぼろの姿をした若者を見たときからだ。
ほぼ一週間、修道院に滞在した男。フローラは直接男を世話したわけではなかった。傍目から男を見ていただけだった。
どこからか流れ着いて来たのか、砂浜に打ち上げられ、気を失っていた二人の男、ひとりの女。
フローラは、ぼさぼさの黒髪、三人の中で一番見栄えの悪い男に目を奪われていた。
彼は傷だらけのごつごつした身体、野性とは言わずとも、どこかしか哀しくて、どこかしか危険な雰囲気を醸し出していた。
フローラとは一言も会話を交わすことなく、彼らは修道院を去っていった。
翌日の旅立ちを知った直後、フローラの中を、まるで熱した槍が貫くような感覚が奔った。じわじわと、灼熱が全身に伝う。
熱にとろけるような脳裏に思い浮かぶのは黒髪の男。病気にでも罹ったかのように、フローラはまともに立っている事も出来なかった。
ひとり部屋に戻ったフローラが、ベッドに倒れたときに、じんとした痺れが奔った。それは身体の芯から、爪先、脳天へと突き抜ける。
無意識に手が伸びた。その時はただ変調の原因を確かめようとしていただけだったのかも知れない。
そして……突き上げてくるような甘い痺れの意識の中で、フローラの身体は本能に奔っていた。
そして、断片的な理性の垣間見に思い浮かぶのは、男の事ばかりだった。
「…………っ……やっ…リュカさ……ん」
いつしかフローラのドレスははだけられ、もう一つの丘が月光に映し出されていた。そして、リュカは彼女の頬、耳、項、首筋と、その白絹の肌に唇と舌を這わせる。
快感の声を押し殺そうと必死に理性を保とうとする彼女の純粋さが、かえってリュカを刺激した。
唇が新たに現れたなだらかな丘を登り、頂上の綺麗な桃色の莟を包む。そしてもう一つの丘の莟が、リュカの親指と人差し指で摘まれる。
「はぁっ! ああん」
その強い刺激に、フローラの身体が一瞬張りつめ、上体がのけぞる。自分でも驚くほど、大きな声を上げてしまった。
くちゅくちゅと音を立てながらフローラの莟を吸い、舌を躍らすリュカ。
左手は絶え間なく吹き付ける風のように乳房全体を優しく揉みしごいた。そしてフローラの左手はリュカの手に重なり、右手は強く彼の頭を抱きしめている。
「やぁ――――んんっ……」
暖かなリュカの唇に絆されて、少女の莟が更に花開く。
波のように打ち寄せてくる快感と理性。その理性が、思いとは裏腹に反応する自分の身体に対し、羞恥心を増幅させていた。
リュカの手がもどかしげにドレスのスカートをたくし上げる。足首まで覆うドレスを上げるのは意外と労力を要した。
「ん――――」
リュカが手間取るのを感じたフローラは、一度リュカから身を離すと、恥ずかしそうに顔を逸らして、そっと腰を上げた。
戸惑い気味に肩をすぼめ、両手を使って自らドレスを下ろしてゆく。
純白のショーツのみを残して、『白薔薇のフローラ』の肢体が、月の光に当てられ、妖しく輝いた。
「フローラさん…………なんて綺麗なんだ……」
「あぁ……そんな……恥ずかしい――――」
リュカの言葉に真っ赤になった顔を両手で覆うフローラ。
突き上げるような愛おしさに耐えきれず、リュカは強引にフローラの手を払いのけ、唇を奪った。正確には唇同士はわずかに離れ、舌を激しく絡め合わせる。
月光に蠢くそれは、まるで愛欲の沼に棲息(いき)る蟲。くちくちと粘っこい音を立てながら、交わりを絶やそうとしない。
「いい……ずっとこうしていたい……」
そう呟くリュカの身体は小刻みに震えていた。それは、寒さからくるものではなかった。
フローラの身体に触れるたびに、じんじんと電流が体中を駆けめぐる。まるで、彼女の身体が電気を帯びているようだった。それほど、彼女の肌は滑らかで瑞々しく、素晴らしすぎた。
普段のフローラから見せる懸隔さに興奮し、この上なく怒張したリュカ自身。
だが、なぜかリュカは自ら衣服を進んで投げ捨てないでいた。猛り狂う自分自身の封印を解こうとはしなかった。
「あんん……リュカさ…ん……だめ……」
ショーツ越しに、リュカの手がそこに触れた途端、フローラはぎゅっとリュカの胸に顔を押しつけてくる。
すでにその高級な絹の生地は、意味をなさぬほどに、濡れていた。
支える力を失ったフローラの身体がゆっくりとベッドに仰向けに落ちた。つられるように、リュカも彼女の上に重なる。
邪魔な最後の一枚を脱ぎ捨てた瞬間、同時に寸分残っていた理性も飛んでいった。
七年もの間、人並み以上の知性と教養、名家の子女としての礼節を学んだはずの娘が聞いて呆れる――――。リュカの疚しい心の悪が、そう叫んでいた。
いつしか大胆に、細く、形のいい脚を開き、上体を弓形に仰け反らせながらリュカの指の愛撫を秘所に受けるフローラ。
粘る異形の物体を掻き回すかのような音が二人を捉え、高ぶらす。刺激を受けるたびに漏れ、叫ぶフローラの喘ぎ声も、すでに成熟を感じさせた。
「あぅぅ……ん……リュ……カさ…ん……お、おねが……い……」
口舌と指の愛撫だけに飽き足らなくなった深窓の令嬢。どこかにあった理性の残骸が、素直な欲求の言葉を吐き出させなかった。
「どうしましょうか……これから――――」
優しい口調でリュカはそう言い、動作を止めて微笑む。
「やぁ…………」
快感を途中で止められて、フローラは不満そうに身を捩った。その艶姿に、リュカの心中へ小さな嗜虐心が芽生える。
「え――――、それではわかりませんよ……」
「…………」
唇を震わせて声が出ないフローラ。すがるように、リュカの肩に顔を埋め、甘噛みする。
「どうして、欲しいのでしょう……」
湿り気を帯びた熱い息混じりに、フローラの耳にそう囁きながら、リュカは胸の突き出た莟を強く摘み上げる。
「はあぁんっ! はぁ……はぁ……」
その瞬間、フローラはおとがいを反らし、身体がぴんと張りつめ、大きな声が別荘の壁を拍つ。息苦しそうに肩を上下させ、無意識に稚児のように嫌々をする。
「フローラさん……どうしたのですか……?」
リュカは優しく微笑みながら、もう片手の指で、彼女の核を少し強めにスライドさせた。
「ああああぁぁぁ――――――――っっ」
その瞬間、フローラの裡が爆発した。
それは大きな声と言うよりも、絶叫と呼ぶに相応しかった。
フローラの声に慣れ親しんでいるリリアンも、さすがに目覚めたようだった。
のそのそと体を動かし、犬特有のあくびをする。
そして今、自分の主人と、初めて心許した男が何をしているのか知る由もせずに、無邪気に尾を振りながら、ちょんとベットに上がり、激しく全身を上下させ、汗ばんだフローラの細く美しい太股をぺろりと舐めた。
「あぁっ!」
急所を突かれたのか、ひときわ大きく甘い声を上げるフローラ。
リュカの愛撫に過敏になっていたフローラの全身の神経は、愛犬の甘えにも快感を覚えるようになっていた。
小刻みに身体を痙攣させ、恥ずかしさからか、リュカの頭に細い腕を絡ませる。
もともと寝付きを起こされたリリアンは、主人がかまってくれないものと思いこんだか、日中とは違い、あっさりと諦め、フローラに寄り添うように、身を丸めてすやすやと寝息を立ててしまった。
「…………」
フローラは、激しく押し寄せた快感の余韻に、愛犬を気遣うゆとりもないとばかりに、肩で息をしていた。
「あっ……はっ……リュ…………カさ……ん…………」
息も絶え絶えと、フローラは涙まじりにうつろな眼差しをリュカに向けていた。
何もかも初めての少女に対して少し意地悪をしすぎたか。そう、リュカの嗜虐心は、いつしかその良心が摘み取っていた
「フローラさん……」
「ん……んぷっ……ちゅ……」
仰向けにさせたフローラの上に重なるように身を置くリュカ。
慈しむように、ゆっくりと優しく、リュカはフローラの唇を自分色に染めてゆく。優しく、全てを包み込みように、両手がフローラの全身を這い伝った。
そして、抑えつけられ、これ以上にないほど怒っていたリュカ自身。やっと、自らの枷を外す。
全て剥がないうちに、待ちきれなくなったそれが勢いよくそそり立つ。
リュカも、フローラも、それを直視しなかった。お互いの瞳を見つめ合い、今まさにひとつになりうる瞬間をお互いの瞳に焼き付けるかのように、絡み合う視線はほどけなかった。
ゆっくりと、リュカはフローラの細い太股を抱え上げた。
そして、一瞬眼を細めて微笑むと、お互いの中心を合わせる。怖がるように、フローラはわずかに瞳を伏せた。
「本当に……良いのですか」
それは愚問に等しかったのだが、訊かずにはいられないものだった。
こくん。
フローラは小さく頷き、微笑を浮かべた。
リュカはゆっくりとフローラの肩に腕を回して抱きしめ、優しく唇を重ねた。フローラの極度の緊張が、幾分和らいでゆく。
「無理はしないで、辛かったら……言って下さい」
フローラの耳元にそう囁くと、彼女はわずかに微笑み、ぎゅっとリュカの頭を抱きしめた。
「あぁ……優しい……リュカさん……。でも、大丈夫ですから……私のことを――――」
フローラは真っ赤になってリュカの肩に顔を埋め、もどかしそうに腰を捩った。
「…………」
リュカはそれを合図に、ゆっくりと宛った腰を沈めてゆく。
「あぁっ――――!」
その瞬間、フローラの美しい容が歪み、身体が痙攣し硬直する。
「うぅ……やっぱり無理はしない方が……」
フローラの身体を気遣うリュカ。
ビアンカはその気丈な性格から、リュカを受け入れるときの苦痛を自ら進んで被った。ビアンカらしい積極的な性格が、そこに見えた。
だが、フローラはその逆だった。心ではリュカを求めながらも、身体は痛みを怖がっていた。立ち往生するリュカ。
「リュカさん――――」
リュカの躊躇いを感じたフローラが潤んだ瞳でリュカの瞳を捉えた。
「僕……フローラさんの苦痛な表情を見るのは……」
リュカは今更ながら、フローラという少女が繊細な硝子細工のように思えてならなかった。
今、彼女の言葉だけに任せてしまえば、彼女の心身が粉々に砕けてしまいそうな気がした。
「リュカさん…………」
彼の戸惑う様子に、フローラは自分のことを大切に思ってくれているという、彼の優しさを改めて実感した。
彼の思いを感じ、ただじっと肌を合わせているうちに、彼を受け入れることへの恐怖心が、次第に薄れてゆくのを、フローラは無意識に感じていた。そして、それは素直な言葉を言わせることも出来た。
私……リュカさんを愛しています……
「え――――っ」
リュカは愕然とフローラの瞳を見つめた。
「あなたのこと、初めて見たときから……ずっと……」
心から、愛しています――――
それは好きという言葉よりもはるかに重みがある言葉。ひとりの異性(ひと)を想い、慕う気持ちを言葉で伝えられる中で、最高の言葉だった。
「フローラさん……」
リュカの胸の奥が熱くなった。そして、もうそれ以上の言葉は要らなかった。
躊躇っていたリュカがいままさにフローラと一つになろうとしていた。
「んぁ……ああっ!」
生まれて初めての灼けた鉄の感触に、フローラはたじろいだ。そして、破瓜の痛みが全身を駆けめぐる。
しかし、リュカへの愛がそれすらも恐怖心と共に、フローラの中で中和されてゆくような気がしていた。
「うあぁぁ――――リュ……カさぁ……ん」
リュカの身体にぎゅっと強くしがみつくフローラ。リュカも彼女の身体を強く抱きしめた。
そして、二人は完全に一つになった。月光に照らされた白いシーツの渦の中に埋もれてゆくように、二人は激しく絡み合ってゆく。いつ抜け出すかも判らぬままに……。
「ふぅ――――」
眠れず、得手のリラを手に公園に来ていたアンディ。天頂に皓々と輝く月を見つめながら、アンディは噴水の袂に腰掛け、ため息をついた。
「リュカ――――か、フフッ」
恋敵の名を口にして自嘲気味に笑うと、治りかけの火傷がひりひりと痛む。
「……フローラのことを想いやれなかった痛みだよな……」
しかめ面を浮かべると、そっとリラの弦に指を伸ばした。
郷愁漂う音が冴えた夜に吸い込まれてゆく。
二人が今、どうなっているのかを知る由もなく、一途に高嶺の少女を慕っていた青年は、白薔薇の名にふさわしき微笑みを月に映し、ゆっくりとノクターンを奏でる。
リラの音色は、アンディの心情を色濃く滲ませ、静かな街に流れてゆく。弦楽器につけては定評のあるアンディ。その旋律に、虫たちさえも演奏を止める。
「アンディ」
演奏が終わると同時に、女性の声が彼を呼んだ。
余韻を楽しむ間もなく、やや不満そうに声の主を向くアンディ。
「スーザンじゃないか。……どうしたんだい?」
聊かアルコールの匂い漂わせる顔なじみの踊り娘に、アンディはやや突き放すような口調を向ける。
スーザンはくふふと小さく笑うと、アンディの側にとんと腰掛ける。
「それはこっちの台詞かな。こんな夜更けにこんなところで感傷に浸りながらリラを弾くなんて珍しいなぁ……なんて思ってね」
興味を寄せる子供のように、横目使いでアンディを見るスーザン。半ば冷め気味に、アンディは返した。
「たまにはそう言う気分になるときだってあるだろうさ」
「そうね。……で、お酒、入ってるの?」
ゆっくりと首を横に振るアンディ。
「そ……か。ん――――なんか、あたし邪魔しちゃった……かなぁ」
スーザンはばつが悪そうに呟く。
「…………」
無言のアンディ。やや気まずい雰囲気が立ちこめる。
「そうよね……今はそんな気分じゃないか――――」
リュカが水のリングを手に入れて帰還したという話は、すでに諸人の知りうるところである。
そして同時に、アンディの恋が破れたとを知る人は少ない。スーザンも、そのひとりだった。
「でもさ……、あたし思うわ」
スーザンは小さく、わざとらしい咳払いをすると、頬をわずかに染めてアンディを見た。
「何?」
「うん……。アンディは、リュカという男の人に勝てなかったけど……、でも、負けなかったと思う。うん。これだけはあたし、自信を持って言える」
それは、スーザンにとって恋破れし男への慰撫の情ではなく、確固たる本意だった。
彼女の言葉にアンディは瞳を伏せて、わずかに微笑んでいるように見えた。
「ね、アンディ。余計なお世話かも知れないけど、元気出しなさいよ。いつまでもそんな湿気た顔してると、うっかりしちゃって、幸福の岸にたどり着けなくなるんだから」
そう冗談を言って、笑った。
「……じゃあね、アンディ。早く帰りなよ」
ウインクを送り、スーザンは踵を返した。
「スーザン」
「…………」
アンディが呼び止めると、スーザンの足はぴたりと止まる。
「な、何よアンディ。あ、あたし早く帰らなく――――」
アンディは語気を強めて、言葉を割り込ませる。
「フローラがリュカと結婚するって決まった訳じゃない。僕が失恋したような言い方するなって」
「…………」
スーザンはわずかに瞳を伏せ、寂しげな色を浮かべた。そして、声だけは明るく続ける。
「そうね。ごめんなさい。あたしの早とちりだったか。うん、じゃあ、帰ったらアンディのために祈るわね。フローラさんと一緒になれますようにって。……はは、あたしそれほど信心深くないから、効果あるかどうかは判らないけど」
ふっと、微かにアンディは微笑んだ。
そして、彼の方が明るくスーザンに言った。
「帰ってからじゃなくて、今、祈ってくれないかい」
「え――――?」
思わず、スーザンは振り返った。
アンディは真っ直ぐにスーザンを見つめて、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「君の踊り――――久しぶりに見たいな」
僕に、新しい恋が訪れることを祈りながら――――。
月夜のサラボナ公園。
リラの音色に乗せて、スーザンは静かに舞いを始めた。
流れるノクターン、月の妖精のようなスーザンの舞。
リュカ帰還のサラボナの夜は、町中どこかしか幻想的な様相に包まれていた。