P.S.抱きしめたい 後編

 リュカ父子が巨魔を討ちてより、更に一年ほどの時が流れた。
 フローラを捜し求める旅は、やがてリュカと妖精ベラ・ポワンとの再会を得、やがて過去の地へと導き、地に堕ちた天空城を復権させるに至る。
 そして、リュカがその十余年を苦節に過ごしてきた、禍々しき光の教団の本拠・セントベレス大神殿への山門が間近となったある日――――。

「……会いに、行く」
 リュカの言葉に、ピエールは敏感に反応する。その仮面は、明らかに戸惑いの色を滲ませていた。
「リュカ――――」
「ああ、大丈夫だよピエール」
 微笑むリュカ。だがピエールにとって、それは虚しく嘯いているようにさえ聞こえた。
 山奥の村へ続く道。やはり感覚が憶えているのだろう。リュカを先導に、一行は緩やかに続く坂道を上ってゆく。
「お父さんっ、ビアンカさんって、おとうさんの幼なじみなんだ」
 リュナンが興味津々に訊いてくる。
「ああ、そうだよ。父さんの、昔からの親友だ」
 そう言いながら、自然と顔が綻ぶ。側からラファがやや不満げに呟く。
「そのひと……美人なのよね。ピエールとマーリンじいがそう言ってた……」
「ま、まぁ……そうかもな」
 思わずどきりとなる。幼心に、嫉妬を感じるとは、さすがは女性だと、リュカは思った。
「でも、どんなに綺麗でも、お母さんにはかなわないんだから――――!」
 ラファは語気強くそう言うと、ひとり歩幅を速めて先駆けてしまった。
「あっ、ラファ――――」
 リュナンが困惑したように父を見る。リュカがにこりと笑って瞳を伏せると、リュナンはこくんと頷き、ラファの後を追ってかけていった。
「…………」
「いかがされました――――?」
 ピエールがじっと佇むリュカを見る。
 リュカは照れるように笑うと、空を見上げる。
「いや……なんか、懐かしい気がして――――」
「……そうですか――――」

「待てってばっ、ラファ――――!」
 どんどんと山道を突き進んでゆくラファ。リュナンは危険を心配していた。人里が近い山道とはいえ、魔物の脅威がないわけではないからだ。
 そして、リュナンの危惧は当たる。
「グゥオオォォォォォォ――――」
 藪に潜んでいた、魔獣・マムーが突然、ラファに不意打ちを仕掛けてきたのだ。
「ラファッ――――――――!」
 リュナンの喚声が轟く。ラファが愕然となって振り返ったとき、マムーの牙がきらめき、今に幼い少女の喉元を噛み砕かんとしていた。
「――――っ!」
 悲鳴すら上げる間もなく命絶たれるかと思ったその時だった。
 天空より光の軌跡が一閃、ラファの頭上を掠めたと思ったとき……。
「ガアァァァァッッ―――――――」
 突然、マムーは仰け反り、倒れ、のたうち回った。茫然となるラファ。

「おいっ、何をしてんだっ、今だよっ」

 少年の叫び声が、響き渡る。
「あっ――――」
 リュナンは慌てて天空の剣を抜き払うと、頭頂に真っ直ぐ突き刺さった弓矢に暴れる魔獣を光の軌跡を一閃に斬り倒した。
「…………」
 力が抜け、そのままぺたんと座り込むラファ。
「ラファッ!」
 リュナンが妹の身体を支え、助け起こす。
「リュ……ナン……ごめ……」
 兄の胸に倒れるように伏せ、意識が薄まる。
 妹の名を叫び続けるリュナンにすうっと人影がひとつ伸びる。
「おまえ、伝説の勇者か――――」
 リュナンが声のする方に振り向くと、猟弓を背負った、自分と同じ年端の少年が立っていた。青く深い瞳、そして美事なほどの金色の髪。
「うん――――リュナンって言うんだ」
「そうか――――」
 リュナンとその少年は、何故か惹かれ合うように、しばらく見つめ合っていた。

 その建物は、変わりがなかった。幾分年季が入った材木の煤け具合だが、きっと常に綺麗にしているのであろう。
「…………」
 真っ直ぐ、高床の家を見つめるリュカ。何故か、気が揺れる。
「リュナンとラファは――――」
「はぐりんが様子を、追っつけ参られるかと」
「そうか」
 ピエールの言葉に、リュカはすうっと深呼吸をして頷く。
「私は外にて……」
「ピエール」
「はっ……」
「……夜までには、発つ――――」
「――――御意」
 ひとつ頷くと、ピエールは道を引き返していった。

 コン、コン――――

 鳴り木のチャイムが乾いた音を響かせる。
 誰も出ない。再び鳴らす。やはり出ない。
(ダンカンさんかい、郊外の家だよ。え、今も居るのかって? 当たり前じゃないか。何言ってんだよアンタ)
 村人からは、怪訝な眼差しを向けられた。彼女たちは、ここにいる。
 このまま去るか。その選択肢もあった。あれから足掛け十年。またも音沙汰のない年月を重ねてしまったこと。
 フローラは未だ行方も知らず、二十余年の悲願である母マーサの消息も分からず、リュカの胸には、いよいよ焦燥と、おのが無力さへの苛立ちが燻りだし、いつ爆発してしまいそうな気さえしていた。
 今さら、幼なじみに会って何をするというのか。扉に当てた拳を見つめながら、リュカは哀しく微笑する。

 ――――かさっ――――

 やがて、背後から物音がした。ゆっくりと振り返る。
「…………」
「…………」
 中天よりやや西に傾きかけた橙色の陽光に、どんな宝石よりも美しい、金色の光の宝石を鏤めた髪。陽光と同じ外套に、浅葱色のワンピース。そこから伸びる細く綺麗な脚。食材が詰まった籐の籠を華奢な腕に提げた、女性――――。
 リュカも、彼女も、止まる。

「……どうして……」

 逆光線に翳る彼女と、どのくらい見つめ合っただろう。ひどく哀しそうに、そして悔しさと怒りを滲ませて、彼女は震える声でそう、呟いた。
「……どうして、今…………」
 どさっ――――
 籠が落ちる。きらりと、ダイアモンドがひとつ、ふたつ飛び散る。

「ひさし……ぶりだね……。ビアンカ――――」

 す――――

 ビアンカはこくんと項垂れると、音もなく、リュカに近づき、両手の細い指を握りしめ、それを軽く、彼の胸に叩きつけた。
「ばか…………」
「…………」
「だめ――――――――」
 思わず抱きしめたい衝動に駆られたリュカを、ビアンカの凛とした声が制止した。凛とした、迷いのない声だ。リュカは眩しくて、瞳を伏せる。
「ずいぶん……苦労したのね――――」
「…………」
「何年も顔を見せてくれなかったから……どうしちゃったのかと思ったわ、ふふっ――――でも本当、丁度良かったわ……。あっ、上がって?」
 いつもの調子に戻っていた。買い物籠を持ち、扉を開ける。
「ビアンカ――――ダンカンさんは……?」
「うん。お父さん、友達と小旅行」
「小旅行っ……て」
「ふふっ、なんてね。そこの温泉。しばらく家にいたから、身体に悪いって、友達に引きずり出されるように――――ね。本当、ティ……」
 ぴたりと言葉が止まる。
「ん?」
「ううん。何でもない。上がって、誰もいなかったでしょう――――」
 ビアンカは慌てるようにふるふると両手をかざし、話を逸らすように、リュカを促す。
「でもまさか、あなたがここに来るなんて思わなかったから……御馳走、作れないわね」
 台所から声が聞こえる。
「ああ、構わないで――――」
 リュカは言葉を一瞬躊躇ってしまった。
「……すぐに、発つから――――」
「……えっ……!」
 ビアンカは愕然となってリュカの姿を捉えた。そして、リュカは彼女の姿を見たとき、愕然となり、瞠目してしまった。
 十余年降りに見る彼女は、三十路間近とは思えぬほど、若く、変わりがないほどに美しかったからだ。いや、全く変わりないと言うわけではない。
 それは女性としての美しさに更に磨きがかかり、あの頃のような、ただ健康的な美しさだけではない、大人としての色気を湛え、熟しかけの絶妙なバランスを見せている。
「……どうしたの、リュカ?」
「あ――――ううん、何でもない」
 見とれたとは言えない。そして、不思議にも彼女に対する情愛はわき起こっては来なかった。
「すぐに発つなんて――――」
「ああ……」

 じゅぅ――――――――……

 野菜や肉を炒める音が淡々と響く。積もる話はあるはず。枷でも填められたかのような無言が、無性にもどかしい。
「旨い……旨いよ、ビアンカ――――」
 もはや、うろ覚えなビアンカの手料理の味。だがこれだけは確信して言える。ただ、旨いだけではない。とても温かくて、優しい。どこか懐かしい、家族の味とでも言うのだろうか。そして何よりも、彼女が本当に遠く離れたことを思わせる。
「ありがとう……嬉しいわ」
 微笑むビアンカ。美しくて、優しい微笑み。胸が痛かった。
 フローラと旅立ちてよりの一年余、そして兇魔の呪法に罹り石像としての八年余。それから二年――――。リュカにはなおも語り尽くせはしないほどの出来事や思いがあった。
「そう――――――――」
 ビアンカは深く、美しい蒼の瞳に寂しさを滲ませて伏せた。
「思えば――――あなたと出逢ってから、もう二十年以上も経つのね――――」
 不意に漏らす言葉に、リュカは息が窒がれそうになる。
「長いようで……んー…………」
 少しの間、唸った後、ビアンカは口に指を当てて笑う。呆気に取られるリュカ。
「ごめんね、笑っちゃうなんて。……でも、きっと大丈夫。フローラさんは無事よ」
「…………」
 ただ聞けば何の根拠もない。しかし何故だろう。彼女の言葉は実に説得力があるような気がした。
「リュカの子……リュナンくんに、ラファちゃんか――――。ふふっ、すごくかわいいんだろうね」
 そう言って微笑むビアンカに、リュカは照れ笑いを向ける。
「二人とも……いや、特にラファか。誰に似たのか……気性がね――――」
「あら。フローラさんの所為にしちゃうわけ? リュカらしくないなぁ」
 その二人の子供は先に村にたどり着いているはず。探索でもしているのか、友達でも出来たのか、姿を見せない。
「大丈夫なの? 何なら様子、見てくる?」
「いや――――大丈夫」
 席から立とうと椅子を引いたビアンカを、リュカは止めた。
「リュナンは伝承の勇者、ラファも僕とフローラの娘だ。いつ、いかなる事が起ころうと、二人は強く生きてゆく覚悟がある」
 巨魔ブオーンを倒し、遂に王父パパスが仇敵、ゲマとゴンズをも滅ぼした、子供たちの勇武。
 運命の輪廻があるとするならば、きっとリュカ自身にも巡り来るかも知れぬ、悲しみの時。リュナンもラファも、きっと両親を喪い捜し続けていた八年余に、心の奥で定まっていた覚悟。それは、誰も踏み込めない親と子の絆の形――――。
「そう――――」
 ビアンカはすっと瞳を伏せた。
「リュカ。あなたはすごく、逞しくなった……。ううん、今頃気づいた訳じゃないけどね――――何かなぁ……ふふっ、上手く言葉に出てこない――――」
 まとまらぬ言葉、まとめられぬ想い。ビアンカもまた、胸の裡は彼と共にあった。

 わずかな時間、実にさっぱりとした感じの沈黙が二人を包む。
「ねえ、リュカ?」
 ポットのサラボンティーをリュカのカップに注ぎながら、ビアンカが口を開く。
「今だから……訊く……訳じゃないんだけど――――ひとつだけ、知りたいことがあるの……」
 わずかに頬を染める彼女の横顔は、本当に美しい。リュカはそう思った。
「何――――」
「ん…………」
 ビアンカは一瞬、躊躇った後、意を決したように息をつくと、微笑みを向けた。

 ……リュカは――――
 私と出遇って……良かった?

 その言葉は、リュカの胸を真っ直ぐに突いた。眼差しを上げ、ゆっくりとビアンカに向ける。
「どうして……そんなことを訊くの?」
 やや不本意とばかりに唇を尖らせるリュカ。
「うん……何となく……ね、もしも私なんかと出遇ってなければ――――もっと違ったのかなぁ――――って」
 笑っていた。しかし、寂しさは決して隠せない。丸分かりすぎた。
「――――怒るよ」
 リュカはそんなことを言うビアンカに対して、怒りを覚えた。それはきっと、初めて抱いた、幼なじみに対する怒りの感情。
「君は……僕をそんな風に――――」
 しかし、ビアンカの蒼く澄んだ瞳を見たリュカは、すぐに消沈し言葉を詰まらす。

「私は――――良かったよ?」
 ビアンカの呟きに、リュカは何故か胸が痛んだ。
「本当に……良かったって――――“今は”、そう思える――――」
 リュカには、そう言って笑顔を絶やさないビアンカが、とても素直に見えた。
「僕も、きっと…………」
 リュカを見つめるビアンカ。

「君と出遇えたから――――良かったんだ……」

 ビアンカと過ごしてきた時間は、本当に少なかった。少なかったが、何よりも記憶に強く残る想い出に彩られてきた。少年時代の、淡く切ない、肌色の想いで。
 父・パパスに連れられ乍ら、過酷な寒風の草原に差した、暖かな太陽だった。
「そう……何よりも…………」
 リュカの言葉は遮られた。

(お父さん――――――――!)

「……あ……」
 少年の甲高き声が、響いてきた。
「もしかして……リュナン君?」
「みたいだな。ははっ――――」
 やや戸惑うリュカをよそに、ビアンカの顔がぱあと晴れる。
「わぁ――――早く見たいっ。どうぞ、開いてるわよっ。上がって――――!」
「はぁい、おじゃましま――――すっ」
 リュナンとラファが、ビアンカを目の当たりにした途端、愕然となってしまったことは言うまでもない。特にラファは、想像していたビアンカ像をはるかに超す実物の姿に、ぽかんと口を開けてしまっていた。
 リュカと、その子供たち。そして、リュカの幼なじみのビアンカ――――。家族ではない間柄であるはずなのに、まるで昔からの肉親に巡り合えたかのように、すぐに打ち解けあった。旅の辛苦や、父のいない八年間の寂しさは、不思議とビアンカの前ではおくびにも出なかった。
「…………」
 そこでは、魔王を討つ重き天命を背負った、天空の勇者でもなく、行方知れずの母を捜し求め、寂しさに泣くことも許されない、気丈な一国の王子・王女ではなく、十歳の少年・少女のありのままの姿だった。
 そして、短い再会の時間は終わりを迎える。
「行くのね――――」
「ああ……」
 忌々しき、セントベレスの天嶮に、リュカの心は向いていた。
「…………」
 すぅ――――っと、ビアンカはリュカの手に触れた。幾万の戦いにごつごつとしたそれは、わずかに汗ばみ、震えていた。胸の奥が、ほんの少しだけ、きゅんとなった。
「今度は……フローラさんも一緒に……ね?」
 途切れないように、紡ぐ言葉。
「必ず――――。そしてビアンカ……この戦いが終わったら――――」
 リュカが何を言い出そうとしているのか、ビアンカは理解していたのか、言葉を止めるように笑う。
「ありがとう、リュカ。――――でも、私は大丈夫よ?」
「ビアンカ――――?」
 ビアンカの蒼い瞳をまっすぐに見つめるリュカに、彼女はゆっくりと長い睫を伏せて微笑んだ。

 彼女と出逢ってから二十余年――――。
 いつもお姉さん気質をさらけ出し、無謀な冒険を強要してきた、お転婆で、可愛かった二歳年上の女の子。大人になった彼女は、気丈で、それでも儚げな感じがして、強さの中に、壊れてしまいそうな脆さがあるような気がした。
 今はもう記憶の片隅に残る、彼女と愛し合えた日々。後悔はなくて、それでもやはり、悲しくて――――。
 ビアンカを愛している。その愛するビアンカ以上に愛した、フローラとの道。
 彼と別離した彼女は、それから彷徨えたか、それとも平坦なる途だったか。今、達観とさえ見受けられる彼女の穏やかな微笑みの中に、リュカはもう二度その領域に踏み込めない何かを感じ、そして確信した。
 ビアンカは優しげに、そしてあの頃の様な強さで、こう言った。

 ……私は――――もう……
 ひとりじゃ、ないから――――

 リュカに向けられたその言葉は、何よりも直向きで、強がりなど微塵も感じられないほどに虚心坦懐の境地にあった。リュカもそれ以上、言葉には出来ない。
「そうか…………」
 わずかに瞳を伏せて、リュカは呟く。
 そして、束の間の再会は、優しくも淡々として流れ、終わりへと辿りついて行く。
「そろそろ――――発とうか」
 禍々しき教団の野望を打ち砕くため、そして何よりも、フローラを救うための最後の旅――――。リュナンとラファは小さく頷いた。「ビアンカ…………」
「うん――――」
 余計な言葉なき、別離。次に会うときは、多分きっと、この世界に真実の平和が訪れたときなのかも知れない。
 そして、リュカとビアンカという、短くも美しい輝きを放ち続けていた時間を過ごした幼なじみが、それぞれの道を振り返ることなく歩み出した、初めての瞬間だったのだろうか。
 山道を下ってゆくリュカ父子の背中に、ビアンカは穏やかな笑顔を向け続けていた。

「……ばいばい……リュカ――――」

 清冽な夜風を屋根の上から全身に受け、ビアンカは満天の星を飽きることなく眺め続けた。時が経つのも忘れ、やがて東の空に白む旭が、美しく橙色の光を山奥の村に注ぎはじめる。
 眩しさに目を細めたビアンカが、すっと、指を懐に差し入れた。そして、少しだけくすんだ、一枚の紙を取り出す。
 そこに書かれた手書きの文字を追いながら、彼女は時々目を細めて唇を震わす。

「ありがとう――――ほんとうに…………」

 ビアンカは、朝と夜のコントラストを見上げ、すうっと息を吸い込むと、手紙をゆっくりと千切った。何度も、何度も……それはまるで、今はもう時期が過ぎた、桜の花弁のように。
 爽やかな海風に乗り、それは空高くに鏤められていった。
 そして、最後の一切れが、ビアンカの掌に残る。そこに書かれた文字……。

   『抱きしめたい――――』

 名もなき追伸の、短い言葉。
 それが彼女の手を離れ天空に舞い上がったとき、遠く水平線から眩い光の線が世界を照らし、それを強く輝かせた……。

「あっ、そうだお父さんっ」
 リュナンが思い出したように声を上げる。
「あのねお父さん、あの村にスゴイ男の子がいるんだよ」
「へぇ――――そうなのか」
「うん。なかなか強い男の子でね……ねっ、ラファ」
「う……うん――――」
 何故か悔しげな表情のラファ。
「そうか。だから――――」
「村を守るって言ってたよ。だから強くなるんだって――――」
「そうか……。みんな、強く生きているんだな――――」
 リュナンの話に、リュカの胸には強く生きる人々の思いが伝わる様な感じがした。それは彼の心の中に、新たな決意を生み、固まってゆく。
「でもね、お父さん。その男の子――――」
「ん――――どうした、リュナン?」
 リュナンはラファと視線を交わした後、首を傾げるようにして父を見上げて言った。

「うん……なんでかなぁ――――他人のような気が、しなくて――――」
「え――――…………」
 リュカは、思わず我が息子を見つめ、そしてしばらくの間立ち止まり、ゆっくりと青き天空を仰いだのだった。

 そして、時は流れた――――――――。

 パパス・リュカ・リュナンと、親子三代にわたる仇敵・教祖イブールは終に殪れ、石像として祀られていたフローラは救われた。
 グランバニアに再び瑞雲立ちこめ、この家族の強き絆が、やがて魔界の結界をも打ち破り、大魔王ミルド・ラースを討つことになる。

 グランバニア国史は様々な伝説を今に残す。
 それは、壮賢王リュカの后妃は、実は美事な金色の髪に、青き瞳をたたえる、ビアンカという女性であったと言うこと。そして、今ここに伝えた、フローラという女性であったと言うこと。
 今となってはどちらがリュカ王の妻であったかなどと言うことは、知る由もない。だが、私がこの平和で豊かな地にあって、太古から天壌無窮の風や空、星たちを見つめていると、リュカや二人の女性たちが抱いた想いというのは、きっと普遍的なものであっただろうと考えて止まないのだ。
 だから、ここに伝えたリュカ王の物語は、きっと天空に広がる、無数の星たちのひとつに過ぎないということを付け足し、書いておこう…………。


「ねえ、リュカ(あなた)――――」
「なんだい、フローラ…………」
「私――――これからもずっと、あなたのことを好きになれそう……」
「フローラ……」
「いつまでも……いつまでもずっと……私のこと……離さないで――――」

「ああ――――もちろんだ――――」

 深く、どこまでも蒼い大空に、ふたつの影が、ゆっくりと重なっていった。

エピローグ P.S.抱きしめたい イメージCV
リュナン 佐藤 智恵
ラファ 倉田 雅世
サンチョ 田中 秀幸
   
代王オデュロン 大塚 芳忠
   
アン 三石 琴乃
ルドマン 谷口  節
   
アンディ 山口 勝平
スーザン 川澄 綾子
   
ティミー 吉田 小南美
マーリン 八奈見 乗児

P.S.抱きしめたい~ドラゴンクエストV・結婚前夜~ 完