第1部 旅立ち
序章
六種七国乱立
聖帝ミカエル、レシュカリアを統一す――――
聖陽暦元年、至高神ドゥートゥルがレシュカリアを創成してより約千年。 大陸は秩序もなく法もなく、数種の民族が割拠する不安定な存在であった。
王がいなければ国もない。人間族・魔族・白黒エルフ族・ドワーフ族。彼らを従え、安定した世界を築いた者は、ミカエルが登場するまではいなかった。
大魔導師ミカエル――――
彼はレシュカリア辺境の地、バルコ島に生まれた人間である。
誰が彼を王となしたかは定かでない。幼い頃から魔術に長け、誰からも好かれた。彼の行くところ、自然と人は集まった。彼はいつしかバルコ島を出て大陸に渡った。
大陸は混沌としていた。それが『平和』という概念であるという常識がまだ通っていた時代。彼は与えられた宿命に導かれるまま、レシュカリアを自分の手で治めようと心に抱くようになった。
ミカエルの下に異才を放つ勇者達が集う。彼らは後に『聖帝四天王』と呼ばれるようになる人物である。
『聖弓士エリオン』
『神剣士アンリ』
『光魔道士マリア』
『大僧正フュステル』
ミカエルは彼らの補佐を得て、当時絶大な魔力で大陸を蹂躙していた魔神デムウスを封印し、広大なレシュカリアを初めて統一するという偉業を成し遂げることに成功する。
時に聖陽暦1199年。
ミカエルはレシュカリア大陸中央平原の風光明媚な地ラシンヴァニアに君臨し、大陸初の統一王朝・聖シュリアを建国した。法と秩序が確立し、レシュカリアの民は、朝起き、働き、夜寝るという当たり前の日々の生活がようやく確立したのである。
統一シュリア王国建国後三十年在位した皇帝ミカエルは崩御した。彼の遺言は必ずしも皇位は世襲にしなくてもいいというものであった。『男女身分種族の上下にこだわらず、常に賢人を皇位に』という彼の願いは、シュリア王国を更に隆盛させる遺訓であった。
そこで、第二代皇位を継いだのは賢人との誉れ高いシュリナスという貴族の一人である。
皇帝シュリナスは実に画期的な大陸支配体制を築き上げた。人間族・魔族・白黒エルフ族・ドワーフ族の五種族をそれぞれ五区分した地域に居住させ、太守を置き、自治体制を敷いた。
すなわち、聖都ラシンヴァニア・東南のラリツィナには人間族。
北東ヴァルコ鉱山島・レガル赤土地帯にはドワーフ族。
北西グローザム千峡地帯には黒エルフ族。
西南モルドム森林地帯には白エルフ族。
ガレア高山地帯には魔族を。
シュリナスは種族別に大陸を五分し、太守統治をすることによって王権強化、封建制度の確立を成功させたのである。
聖帝ミカエルが興した聖シュリア王朝の威光は、賢者の皇帝が代々継承し、衰えることを知らずに五百年の歳月が流れた。
しかし、昇る陽あれば、やがて沈む。
聖シュリア王朝の威光に陰りが見え始めてきたのは、聖陽暦1702年海神の月。
第33代皇帝の座に就いた白エルフ族出身・明帝フォルトの夭折から始まった。皇位に就いてわずか三ヶ月足らずの突然の病死である。
群臣は急遽、同族のヘルゲンを皇位に擁立したが、ヘルゲンもまた謎の病に冒されて即位後二週間で崩御する。
皇帝が次々に夭折するのは、国家にとって凶事である。二人の皇帝が短期間に死んで、賢者を皇位に擁立するという聖帝ミカエルの遺訓も、こうなっては形無しである。
宮廷は皇帝擁立に関して派閥が生まれ、混乱し始めた。
暗愚な者が皇位にあるなど、政治的統制が取れなくなると、奸臣というものが台頭し始めるのは世の常である。
皇帝不在のシュリア王宮にあって、徐々に独自の権力を伸ばし始めた一人の男がいた。王室書記官のガルヴェルという人物である。
彼は文帝に出仕し、恵帝・明帝と仕えた優秀な文官だった。しかし、自分が帝位に登れなかったことを心の内に不快に思っていた野心家でもあった。
ヘルゲン皇帝没後の混乱を好機と見た彼は、密かに自分が次期皇帝の座に就くための画策をし始める。
候補者の定まらない宮廷派閥の隙をついて彼は先手を打ち、1703年白馬の月、若干十五歳の少年マルティスを光主帝として皇位に擁立した。聡明な少年ではあったが、実質ガルヴェルが権力を握ったわけである。
しかし、ガルヴェルの専権に猛反発したのは、モルドム侯シュナンと、ラリツィナ侯ファルスであった。
聖帝以来、モルドムを支配してきた白エルフ族族長シュナンは、宮廷内においても人望が厚く、皇位継承の候補にもなったが、彼はこれを辞退するという清廉潔白の士であった。ラリツィナ侯ファルスは聖帝の庶流にあたり、剛胆さと正義感の強い壮士であった。
二壮士はガルヴェルの手から光主帝を奪還するために共同作戦を張り、ガルヴェル追い落としを謀ったが、奸智に長けたガルヴェルは事前にこれを察知し、逆にシュナン・ファルスの謀反をでっち上げて官職を剥奪し、宮廷を追放した。
その四年後、光主帝は病没。十九歳の若さだった。誰もがガルヴェルの謀殺と噂しあった。光主帝が在位していた期間、ガルヴェルは自らが帝位に就く下準備を整えていたため、光主帝没後、さしたる軋轢を生じることもなく、ガルヴェルが帝位に就くことになった。自らを大帝と称した、聖シュリア王朝最後の皇帝である。時に1708年火竜の月。それはレシュカリアの民が再び戦乱と恐怖に恐れおののく、序章に過ぎなかった。
ガルヴェルは帝位に就くと、その本性を現し始めた。
まずは大陸の若く美しい女性を既婚・未婚を問わず、宮廷に召し出すように命じ、逆らう者や隠匿する者は極刑に処した。住民を酷使し、宮殿改築を強引に押し進めて、民の疲弊は最大限に達した。
更には魔族の族長で、ガレア高山伯ギャルシアの愛娘シーラの美貌を聞きつけると、ギャルシアに無理難題を押しつけてシーラを奪った。彼女が意のままにならないと知ると、無惨にも殺した。
悲嘆するギャルシア。これに激怒したのはラリツィナ侯ファルスである。彼はシーラの許嫁であったため、ガルヴェルの仕打ちに対して憎悪を爆発させたのである。
モルドム侯シュナンと共に追放され、本国で打倒ガルヴェルの軍備増強を着実と積み重ねていたファルスは、今こそとばかりに檄文を各地に発した。
『モルドム侯シュナン』
『グローザム伯グルペス』
『ガレア高山伯ギャルシア』
『レガル侯カンザス』
『南沙公アレン』
アレンは人間と白エルフ族のハーフで、パピヨン砂漠に封じられ南沙公と呼ばれた新興軍閥の当主である。
聖陽暦1710年、六種族の諸侯はガルヴェル追討のスローガンを掲げて決起した。
しかし、出鼻を挫かれたのは、決起してわずか五日後に、血盟軍のカリスマ的存在であったモルドム侯シュナンが病死したことである。享年七二八歳。人間齢にして七十三歳。シュナンの頓死は血盟軍におおいなる動揺を与えることになる。
シュナンの長子カサーラが新族長として引き継いだが、愛娘を殺されたギャルシアが突然覇気を失い、ファルスをイライラさせた。
グルペス、カンザス共に積極的に出撃する気配はなく、実質ファルスと南沙公アレンが聖都ラシンヴァニアへの攻撃態勢を構えていた。
ガルヴェルは王国精鋭軍三十万を徴集し、主力を沙立関に差し向けた。対するファルス・アレンの共同反乱軍は二十五万。1710年女神の月、両軍は激突。熾烈を極めた白兵戦の末、一度は王国軍を打ち破った反乱軍であったが、聖都ラシンヴァニアを目前にして反撃に遭い、壊滅的打撃を受け、ファルス・アレンとも負傷して大敗した。
血盟軍は結成半年足らずで瓦解。業を煮やしたファルスは単独でガルヴェル誅殺を決意する。
1712年大神の月、ファルスは妻子を聖都ラシンヴァニアに人質として送り降伏する意向を上奏。ガルヴェルは意をくむと先にファルスの妻子を受け、ファルスは財宝と美女千人を従えて単独ラシンヴァニアに赴いた。しかし、これはファルスの計略であり、すっかり油断したガルヴェルはファルスを接見中、密命を受けていた侍女に刺殺された。
大帝ガルヴェル、ラリツィナ侯に弑逆さる――――
この報はあっという間に諸侯に伝わり、暴君誅殺の英雄ファルスを賞賛した。
だが、ファルスは混乱するラシンヴァニアの収拾をすることなく、本国ラリツィナに引き返した。
帝位を選出する欠席会議にもファルスは出席を拒否した。群臣諸侯はファルスの動向を見守っていたのだが、翌年大神の月、ファルスは自ら国王を名乗り、ラリツィナ王国を建国して独立したのである。
聖シュリア王朝は事実上崩壊したことを悟ったファルスは、自らが帝位に登っても権威はないと考え、自領にて独自に国を建てた方が賢明だと考えていたのである。血盟軍の瓦解がよい例だった。
ファルスがラリツィナ王国を建国したことで、事実上聖シュリア統一王朝は滅亡したと考えてよい。
1713年海神の月 モルドム侯カサーラ 【白燕国】建国――――
1714年白馬の月 グローザム伯グルペス 【青国】建国――――
1714年不死鳥の月 レガル侯カンザス 【邑国】建国――――
1715年大神の月 ガレア高山伯ギャルシア 【瞑国】建国――――
1715年女神の月 南沙公アレン 【大華国】建国――――
ファルスの独立によって、各諸侯も次々に独立の動きを見せて行く。わずか三年の間に、各地に封じられていた諸侯は全て独立。王国を打ち立てた。
一方、聖都ラシンヴァニアでは、光主帝の従兄にあたるコナンが聖シュリア王朝の玉座を継いでいたが、六諸侯の独立によって、再びレシュカリア統一という聖帝ミカエルの偉業を継ぐことは出来ないとし、統一王朝の名を返上。国名を【東シュリア】とし、自らを元帝とする詔書を発した。
時に1716年大神の月。
ここにレシュカリアを七分する戦乱、『六種七国』時代が始まった…………。