第2部 五関の奇岩
第1章
ラリツィナの平民王
この世界には十五の月がある。
大神・飛竜・長蛇・聖女・獅子・海神・火竜・狩人・猛虎・白鯨・一角獣・女神・白馬・水竜・不死鳥
暦上では飛竜の月から獅子の月を『春』とし、海神の月から猛虎の月を『夏』、白鯨の月から白馬の月を『秋』、水竜・不死鳥・大神の三月を『冬』としている。
一月が二十日ないし二十五日で次に移る。ときに最高四十日まで一月という。月の動きや神の意志で、毎年大神の月一日に、その一年の月日数が決められると言う。
アルファたちは海神の月二十日にローアンを発った。南星関にたどり着いたときは実に翌年の狩人の月となっており。アルファたちはそれぞれ、一つ歳を重ねていた。
ラルスの町にたどり着くまでの道のり、三人はやけに賑やかだった。と、言うよりもカムルが一人騒がしかったと言った方が正解かも知れない。
南星関のゲートをくぐった瞬間、眼下に広がる一面の緑。なだらかな丘陵からはるか北にかすかに見える、町の風景。今までとは、うって変わって美しい風景。南星関までの殺風景な世界と、同じ土地だとは思えない。
「うっひょおおお。ここほんまにレシュカリアなんかよ」
ゲートをくぐったカムルがいきなり奇声を発する。
「すっげえな。まるで地獄から天国に来たようじゃねえか」
それを聞いていきなりため息をつくシュリス。
「あなたね、もちょっとましな表現できないの?」
「何だ、表現まずかったか?」
「素直に《素晴らしい風景だ》って、言えばいいのに」
苦笑いを浮かべるアルファ。
「あははは。でも、《地獄から血の池のどん底》のような風景じゃなくて良かったよ、ホントに」
アルファのセリフにむうと唸るカムル。がくっと膝を折るシュリス。
「アルファ、お前も結構身についてきたな。まだまだ俺にはおよばんけど」
「もうっ。アルファ君まで変なこと言わないで」
夏の陽光を浴び、身体を伸ばして深く深呼吸するシュリス。
「何か、生き返った感じ・・・」
「地獄からか?」」
「違うわよ」
ぼそりと呟くカムルに即答えるシュリス。
「カムル、シュリス。ここが多分トルフェンさんの言っていたラリチナ王国なんだろ」
「ラリツィナでしょ、ラ・リ・ツィ・ナ」
今日はやけに突っ込むシュリス。
「まあ、どっちでもいいけどさ、ラシンヴァニアに行くにはまず許可をもらわないと・・・。一応、国境があるって言うし」
「そうね。・・・でも、この国の首都って、どこにあるのかしら」
シュリスとアルファが顔を見合わせて首を傾げる。そこへ自信満々な表情をしたカムル。
「なあに、簡単な事よ」
「え? カムル。あなた、わかるの?」
シュリスが晴れた表情でカムルを見る。カムルはどんと自分の胸を叩いてから言った。
「おおよ。いいか、広くて、城があって、建物が多い町。そこが紛れもなく国ってもんの首都よ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
一瞬、固まるアルファとシュリス。そして何事もなかったかのように再び顔を見合わせる。
「まずはあの町に行って聞いてみよう」
「地図がないと、やっぱり不便よね。売ってないかなあ・・・・・・」
無視されたカムル。駄々をこねるように言う。
「おめーらっっ、無視すんじゃねーっっ」
何だかんだと、やはりいつもと変わらない三人。アルファはやや憤懣気味のカムルを宥めると、北の彼方に見える町を目指して歩き出した。
二時間くらい歩いただろうか。町まであと数ルーレルと言うところ、アルファたちの前に奇妙なものがひょっこりと出現した。ウサギのような動物にモグラにしてはやけに大きいような動物。
「何じゃ、うぬら」
カムルが進行を妨げるように立ちはだかった動物をにらみ付ける。
「うっわーかわいい」
シュリスは思わずそう声を上げる。ウサギとモグラはアルファたちの方を向きながら微動だにしない。
「おいおい、何か変だよこの動物。近付くなって」
アルファは妙な殺気を感じ、そう言った。
「何言ってんのよアルファ。すごくかわいいじゃない」
まるで緊張感のないシュリス。
「おいおい小動物。人間様のお通りを邪魔するんじゃねえよ」
カムルが右足でウサギとモグラを蹴る体制をとる。
「ちょっとカムル、何やってんのよ」
シュリスが憮然とカムルを睨む。
「だってこいつら、邪魔なんだもん」
その時だった。ウサギとモグラは突然、『うーうー』と唸り声を上げ、その眼が赤く光った。そして、間髪入れずにカムルに向かって襲いかかってきた。
「な、なにっ!」
さすがのカムルも、予想外に俊敏な二匹の攻撃を避けられなかった。身振りだけ、防御の構えをとるのが精一杯。二匹はカムルに噛みついた。
「つっ・・・・・・」
「カムルっっ」
アルファとシュリスが思わず叫んだ。しかし・・・
「・・・・・・」
カムルは怪訝そうに自分の足下を見た。ウサギとモグラは自分の右の臑にかじりついている。確かに痛いが、思っていた程でもない。
「何だ、こいつら」
カムルはこめかみに皺を作りながら、左足で二匹を蹴り離すと、事も無げに踏みつぶしてしまった。
薄気味悪い悲鳴を挙げて息絶えるウサギとモグラ。
「ったく、いってえじゃねえか」
そう吐き捨てながら噛まれた臑を見る。歯形がついてはいるが、幸い血は流れていないようだ。
「だ、大丈夫か?」
心配そうにカムルに駆け寄るアルファとシュリス。
「なあに。全然平気よ。・・・しっかし、あれだな。ウサギとモグラが人間襲うなんてよ。信じられねえぜ」
「ホント。生まれて初めて見たわ」
アルファはふと、二匹の死骸に視線を配った。
「あれ? 死骸がない」
アルファは目を凝らしてみた。死骸があるところには死骸はなく、黒いパチンコ玉程の丸い物体が二つ、落ちていた。
「何、これ」
アルファはそれを拾い上げようとした。が、突然シュリスが叫んだ。
「だめっ、拾わないでっ」
「な、何で?」
「そんな得体の知れないもの、触ったら何が起こるかわからないわよ」
「あ、そうか・・・」
アルファは差し伸べた手を慌てて下げる。そこへカムルがにやりと笑いながらしゃしゃり出る。
「ははんっ。そうくりゃあ、俺っちの出番ってとこかい」
カムルはアルファの肩越しから顔を覗かせ、黒い玉に視線を送った。
「カムル、何を・・・・・・」
アルファは何かをしようとにやついているカムルを怯えがちに見ていた。
「こういう場合にゃあな・・・・・・」
カムルは右手を腰に伸ばした。
「な、何をするの?」
シュリスが声を高める。
「こうするのさ」
カムルは剣を抜くと、にやりと嗤い、二人を見回すと、黒い玉に向かって切っ先を突きつけた。
「なっ・・・・・・」
呆気に取られるアルファとシュリス。
「えいやっ、えいやっ」
カムルはまるでフェンシングをするかのように、何度も黒い玉を突く。玉はころころと転がってゆく。
「・・・・・・」
アルファとシュリスは口を半開きにしたまま茫然とカムルを見送っていた。開いた口がふさがらないとは正にこのこと。しばらくして、黒い玉を手にしたカムルが、誇らしげに戻ってきた。
「触るの危険ならばモノを使えばいい。そうだろ。こいつぁ、ガラスみたいなもんだな。やばいもんじゃねえよ」
高らかに笑うカムル。それを見ていた二人は、瞬く間に失望に似たため息をつく。
「カムル・・・・・・」
アルファが項垂れる。
「あなたねー、リアクションがオーバー過ぎんのよ」
シュリスもがくっと肩を落とす。
「そうか? もしもどっかーんなんていってたら、怪我だけじゃ済まなかったかもよ?」
惚けたことを言いながら黒い玉を手の内で放るカムル。
「まったく・・・・・・」
呆れて苦笑するアルファ。しかし、内心は感謝の気持ちで一杯だった。
いつもつまらない冗談や駄洒落を飛ばし、話を茶化すカムルだが、いつもアルファ達を心配し、見知らぬ脅威を率先して受けようとする。
多少、面倒くさがり屋っぽいところがあるが、根がとても優しい男。アルファもシュリスも、そんなカムルが大好きだった。
「取りあえず、何か役に立つかもしんねえな・・・。とっとく?」
アルファは微笑み、頷いてから一言。
「それはいいけど、足は大丈夫かい?」
指摘され、はっと気づいたように噛まれた右足を押さえ込むカムル。
「あいたたたたっ。シュ、シュリスぅ、治療してくれ、治療」
「大したことないでしょう。ほらっ、薬草。自分で塗りなさい」
呆れたように言いながら、薬草の葉を投げるシュリス。カムルは苦笑してそれを受け取った。
ラリツィナ王国・ラルスの町――――
南星関からレシュカリアを訪れる旅人達が最初に訪れる町。
ラリツィナ平野の中で一番温暖な気候で知られ、数多くの特産品が産出されているが、町自体はさほど大きくない。だが、ファルスがラリツィナ王国として独立した際には、当時シュリア王朝の南沙公であったアレンの動向を牽制するために兵を駐屯させたという、軍事的にも重要に機能している町でもあった。
町はそれなりに賑わっている風に見えた。トルキステルの村よりは格段に大きいが、建物が密集しているわけではなく、建物の間には植樹や鉢植えがなされ、自然の景観に配慮されているのが印象深い。
擦れ違う人々は旅人の姿が目立つ。さすがは南星関の町というだけある。
彼らもまた、これからレシュカリアの旅を始めるのだろうか、それとも、新たな大陸を求めて、ここを去り行くのだろうか。
出逢いと別れ。
人々の思いが溢れるこの町に、アルファ達はたどり着いた。未知なる大陸レシュカリアの、最初の町。胸が沸き立つ。
「すごい。やっぱトルキステルとは違うね」
街並みを見ただけでアルファが感嘆する。
「ホント。雰囲気が独特って言うか、見たことのない花とか木が植えられていて、なんかイイよね」
さすがは女の子。目のつけどころが違う。
「おい。どうでもいいけど、今日はこの町で泊まるんだろ。路銀が底ついちまってるぜ」
カムルが懐にしまっている革製の財布を覗いて言った。意外なことに、金銭管理は彼の担当だ。
「え、それはまずいな」
アルファが不安げにカムルが取り出した通貨を見る。
ベクテルの宿屋で両替してもらったラリツィナ公用のパクセル通貨。アルファが両親からもらった五千ビル、カムルが貯金から下ろした一万ビル、シュリスも家族から用立ててもらった三千ビルの合計一万八千ビルが、ベクテルの宿屋に着いたときは一万ビル。ベクテルが同郷のよしみだと言って、特別に基本レートを高くしてもらって両替して五千パクセル。南星関に着くまで色々と支出し、今財布に残っているのが僅か約五百パクセル。これでは宿に泊まる料金だけで底をついてしまう。
「ここに来るまで色々なものを売っちゃったしね。もう、売るものって言ったら・・・・・・」
シュリスが悲しそうに言う。
この四〇〇日にもわたる間、三人は幾度も金銭的危機を迎え、故郷から持参してきたそれぞれの思いの品を売却してきていた。
初めて訪れるレシュカリアで、思い掛けず襲ったピンチ、金欠。
黙り込む三人。やがて、おもむろにカムルが懐に手を伸ばした。
「これを売るしかねえかな・・・」
取り出したのは、首飾りであった。驚愕するシュリス。
「ちょっと。カムル、あなた何考えてんのよ」
「えっ・・・だって、仕方ねえだろ」
「それはあなたが命の次に大切なものなんじゃなかったの?」
「この際、仕方がねえだろ。金がなきゃ、身動き取れねえんだからよ」
シュリス、いきなりカムルの手から首飾りを奪った。
「何しやがんだっ!」
「カムル、あなたがどう思おうと、この首飾りだけは売らせないわよ。これを売らせてまで、お金欲しいなんて思わないわ」
「だったらどうすんだよ。このまま無一文でのたれ死ねっていうのか?」
そんな言い争いの二人をよそに、アルファは目を閉じてじっと何かを考えていた。ふとそんなアルファを見るシュリス。
「アルファ君、こんな時に何考えてんのよ。あなたも一緒に考えなさいよ」
「・・・・・・」
アルファは問いかけにも答えず、唸りながらしばらく考えていたが、やがて手を大きく鳴らして目を輝かせた。
「そうだっ、イイ考えがある」
「えっ?」
カムルもシュリスも思わずアルファを見る。
「さっき手に入れた黒い玉、売ってみたらどうかな」
二人にしてみれば思ってみなかった発想。灯台下暗し。その手があった。
「しかし、こんなの売れるのか?」
カムルが首を傾げる。
「一銭でもなればいいさ。売れないときはその時また考えればいいし」
「そうね。アルファ君の言うとおりだわ。望みが絶たれたわけじゃないから、行ってみましょ」
三人は道具屋へと足を運んだ。
道具屋『サンスタック』。店の扉をくぐると、中年の男性がカウンターの中の棚を整理していたところだった。アルファが声をかける。
「すみません」
「へい。いらっしゃい」
「ちょっと、売りたいものがあるんですけど・・・」
しどろもどろに言うアルファ。
「あいよ。どういったもんでしょう」
カウンターの上に手を組む店の主人。アルファは道具袋の中から、黒い玉を二つ、取り出した。
「あの・・・これなんですけど・・・売れますか・・・」
カウンターにそれを差し出す。主人は無言でその玉を拾い、まじまじと見つめた。
「・・・・・・」
ごくっと唾を飲み、見守る三人。
「うーん・・・」
時折、小さな唸り声を上げる主人。しばらく静寂が続く。そして、数分後。
「うーん・・・これは上等な」
「えっ・・・?」
主人のつぶやきに思わず目を見開く三人。
「これほど見事なモンスは初めてだよ」
「じゃ、じゃあ、買ってくれるんですか」
「もちろん買い取りますとも」
声を高めて大喜びする三人。不思議な表情でそんな三人の様子を見る主人。
「これほど上品質なモンスは見たことがない。思い切って一つ一五〇〇パクセルで引き取りましょう」
予想外な高額提示に、三人は愕然となった。
「そ、そんなに高く・・・いいんですか?」
申し訳なさそうに言うアルファ。
「なんだったら、もう少し安く買い取ってもいいんだが・・・」
「い、いえ、そんなこと」
「はっはっは。冗談だよ。・・・しかし、モンス売りに来たくらいでおどおどしているお客さんは初めてだなあ」
「あの・・・モンスって、何ですか?」
その質問に、思わずぽかんとする主人。
「あんたら、モンス知らないってのかい」
「ええ・・・レシュカリアの事は何もかも、初めてなものですので」
アルファは自分たちがローアンから来たことを話した。主人は事情を聞いて納得し、アルファ達に教えてくれた。
――――お前さん達が遭遇したのは、ただのウサギとモグラじゃないよ。ありゃあ、《モンスター》って言って、人間を襲う邪悪な生き物さ。
モンスターを倒したときにはこの黒い玉が出てくるだろ。これがモンスって言って、特殊な金属の玉なんだ。
正体は分からないんだが、色々と加工して剣や鎧などを作れる。
と、言っても、同じモンスでもピンからキリまである。いい奴は高く買い取れるが、悪いものは安価どころか、買い取れないものもあるんだな。
お前さん達は運がいいって言うのかな。このモンスは色つやもあって、透き通るような感じで、えらく上等なモンスだ。こんなのは滅多に取れねえ。だから高額で引き取ったってわけさ。
普通のモンスならば、高くても二,三〇〇がいいところだからなぁ。強いモンスター倒せばいいブツ取れるってわけでもねえし。
アルファ達は、この大陸での金銭調達方法がようやく理解できた。
一挙に三千パクセルの金銭を手に入れ、非常に余裕が出来たが、これからはモンスターを退治して、モンスを貯めねばならない。アルファ達は覚悟を新たにしていた。
地図を売っていないかと訊くと、主人は、地図は国の規制によって一般では販売されていないと言う。首都ウイラムに行き、許可が下ればくれるかも知れないと言う。
六種七国の動乱以降、互いに権力闘争を繰り広げた世情を考えれば、無理もないことかも知れない。
取りあえず、アルファ達は手に入れた金で、旅に必要な必要物資を購入。武器や防具も新調した。
「カムル、アルファ君。部屋、どうする?」
宿屋の受付でシュリスが言った。
「別々に取った方がいいと思うよ。シュリスもその方がいいだろ」
アルファが言う。
「俺は別に一緒でもかまわねえぜ。なあに、誰もお前を襲いやしねえよ」
カムルの言葉にムッとするシュリス。
「ふんだ。どうせ私は魅力がないわよ。・・・二人部屋を二つお願いします」
「畏まりました。二階の五号室と六号室です」
部屋を取ると、シュリスはそっぽうを向いてさっさと部屋に行ってしまった。
「カムルって、いい奴なんだけどなあ・・・」
苦笑いを浮かべるアルファ。
「気ィ遣ったのに・・・」
頭を掻くカムル。二人も部屋に向かった。
「いいねえ、真新しい銅の剣。こう、茶光りの具合がたまんねえな」
部屋の中で自分用に買った銅の剣をまじまじと見るカムル。
「カムル。建物の中で剣を抜くのだけは避けてくれ」
アルファが言うと、カムルは笑いながらそれを鞘にしまった。
何となく気持ちは解る。アルファ自身も自分用に買ったショートソードを手にして顔が綻ぶ。今まで木刀しか使っていなかったから、戦闘用武器を手にして、心なしか気分が高ぶっていた。
翌朝、熟睡していたアルファとカムルは、ドアを激しく叩く音で起こされた。領民を妨げられ、機嫌が悪い。
「なんだよ。せっかく気持ちよく眠ってたのに」
ぼさぼさの頭をかきむしりながらぼやくアルファ。
「ちょっとアルファ君っ、カムルっ、起きてっ。大変なのよっ」
シュリスの声がドア越しに部屋に響く。
「おいおい、朝っぱらから騒々しいなあ」
カムルも目をこすりながらドアを開ける。シュリスが倒れ込むように部屋に入ってきた。
「ちょっと、いきなり開けないでよっ。・・・そんなことより、大変。窓の外見て」
シュリスの言うとおり、アルファ達は窓越しに下を見た。
「何だ? 武装した兵士がいっぱい・・・・・・」
道には白い防具に身を包んだ多数の兵士があちこちに散らばっていた。昨日は見えなかった白装備の兵士。
「何だこりゃ。どこの兵士達なんだ」
カムルが怪訝な眼差しで見下ろしている。その時である。
「失礼します。宿改めです。お客様、そのままで・・・」
この宿屋の支配人が突然そう言ったかと思うと、白武装の兵士が三人ほど、ずかずかと部屋の中に入ってきた。
「うわっ。何ですか」
アルファが驚いて思わず叫んだ。兵士達はアルファ達を無視して、しばらく部屋の中を散策したが
「・・・・・・隊長、怪しいものはございません」
兵士の一人がそう言うと、もう一人の兵士が「よしっ」と声を上げ、そのまま出ていった。唖然とする三人。
「ちょっと、支配人さん。どう言うこと? いきなり」
シュリスが憤懣して支配人に問いつめる。
「大変、失礼いたしました」
支配人はただ謝るだけである。
「朝っぱらから叩き起こされて、いきなり宿改めだなんて、尋常じゃないわよ」
「どうか、ご勘弁を・・・」
頭を下げるだけの支配人にカムルが言った。
「こっちはなけなしの金をはたいて泊まったんだ。それを無理に起こされてごめんなさいだけじゃあ、納得いかないってもんだ。何があったか、訊くくらいの権利はあるだろ」
カムルとシュリスの執拗な言葉責めに、渋っていた支配人も、遂に重い口を開いた。
「旅の方に話すことではないんですが・・・。実は三日ほど前に、ファルシス王の御妹君アンナ様が何者かに誘拐されたと・・・・・・」
愕然とする三人。
「それで・・・急遽、国境警備に東陽関と塔岷関を封鎖させ、国内全部の町に衛兵を」
「王女が誘拐されたって・・・おいおい、洒落になんねえじゃねえか」
カムルが言う。
「それで、犯人を捜すための宿改めってわけね」
と、シュリス。弱々しく頭を下げる支配人。
「アンナ様は大層ご立派なお方・・・。無事であられるかどうか・・・」
「それで、犯人の目星はついているのですか?」
アルファの問いかけに小さく首を横に振る支配人。シュリスがため息をつきながら言った。
「犯人の目星がついているなら、わざわざ宿改めなんてするわけないでしょう」
「あ、そうか」
「全く、変なところで鈍いのよね、アルファ君って」
アルファは惚けたような顔つきで何かを考えていたようだったが、急に手を打ち鳴らして目を見開いた。
「そうだっ。イイ考えがある」
「な、なんだよいきなり」
「俺達がその王女様を助け出してあげたらどうかな」
突拍子もないことを軽々と言うアルファ。カムルもシュリスも、愕然となった。
「このままじゃあ、旅にも影響が出そうな感じだしさ・・・王女様俺達で見つけて、王様を安心させてあげようよ」
「アルファ、あなた、何言ってるか解ってんの?」
「お前、よく考えてみろ。仮にも一国の王女を拉致するような連中だぜ。そんじょそこらの小悪党とは訳が違うって」
二人の諫めとも取れる言葉にも、アルファは楽観的な口調で返した。
「俺、一度王様って人に会ってみたいんだ」
その言葉に二人は唖然となった。
「それに、人助けにもなるし・・・・・・」
「アルファ、よっく考えてみて。私達はただの旅人なのよ。王女様どころか、王様にだって会えるはずないじゃない」
そのやりとりを聞いていた支配人、おもむろに口を開いた。
「王は、どなたとでも面会を歓迎されますが・・・・・・」
「えっ・・・」
シュリスとカムルの視線が、同時に支配人に向く。
「首都ウイラムに行かれれば、いつでも王と面会できるはずです」
「ほらね。さあ、シュリス、カムル、そうと決まればこうしちゃいられないよ。すぐにでもウイラム行かなきゃ」
有無を言わせず、アルファは荷物を整えて部屋を出てしまった。取り残されたカムルとシュリス。顔を見合わせて苦笑い。
「全く・・・。あいつ、あんな性格だったか?」
「何か、すごい張り切りようね」
二人もすぐに荷物を整えてからアルファの後を追った。
アルファ達はフォルティアの街を通り過ぎてラリツィナ王国の首都・ウイラムを目指した。
ラルスの町からウイラムまでは約十日。途中、何度もモンスターに遭遇したが、新調武器の威力にもよって苦戦も見られず、モンスも貯まった。
その首都・ウイラムは厳戒態勢にあった。
入り口で三人を待ち受けていたのは厳しい身体検査と身分照会。身体検査の時など、シュリスは騒ぎ立てていたが、女官が当たると知ると、ようやく落ち着いた。
温暖な気候のウイラムは、普段はとても活気に溢れ、街の景観も素晴らしいらしいが、今は警邏兵などで埋め尽くされ、活気どころではなかった。
国王に面会する前に、宿を取らねばならない。アルファ達は町の郊外にある大きなホテルに入った。
三階建てのホテルの一階は、酒場併設だった。厳戒態勢の中、やはり活気はない。
「へえ。酒場になってる。初めて見た」
アルファが広い酒場を見渡す。だが、人がまばらなので拍子抜けする。
シュリスがフロントで部屋の手配をしている間、アルファとカムルは酒場の方へ足を運んだ。カウンターで突っ伏している男から一つ席を離れた椅子に腰掛ける。
「麦酒二つくれ」
ワイングラスに注がれた麦酒を口に運ぶ二人。
「明日、国王に面会するのか」
「ああ。王女様を助けるための手助けをしたいって言って見るつもりさ」
「しかしなあ・・・・・・どうやらそんな雰囲気じゃなさそうだしなあ」
唸り声を漏らすカムル。確かに、王女誘拐という非常事態の中、ぬけぬけと国王に面会できるものなのだろうかと、思ってしまう。しかし、アルファは毅然と言った。
「王様に会えなかったとしたら、僕たちが勝手に王女様を捜して救出すればいいさ」
なるほどと、カムルは大きく頷いた。本当は今すぐにでも捜索に行きたいところだったが、詳しい事情が把握できていなかったのと、何分疲れもたまっていたので、今はここで骨休みをしたいと、アルファ自身が言い出した。
「部屋、四人部屋しか開いていないって」
シュリスが憮然とした表情でやって来てアルファの隣に座った。
「何よ。まだ怒ってんのか?」
カムルは呆れたように言う。
「そんなことないわよ」
明らかに怒っている。
「俺は一緒の部屋の方がいいな。もしも何かあったら大変だし」
アルファが微笑む。シュリスの表情が明るくなる。
「あれ? それって、私のこと心配してくれてるの?」
「あははは・・・・・・」
アルファ、笑ってごまかす。何だかんだと雑談する三人。すると、アルファ達の隣の椅子で酔いつぶれていた男が、顔を上げていきなり声を上げた。
「全くよう。今のご時世、どうなっちまってんだ」
突然の事に三人の会話は中断し、視線は男の方へ向く。顔を真っ赤にした、比較的若い男である。男は完全に呂律の回らない舌で何かを話し始めた。
「よぁな、せめてこの国だきゃあ平和にさせようと努力してきてんだ。それがよ、何であいつがさらわれにゃならんのだ。よあぁ、何したってゆーんや。内政を立て直し、あんせるのおやじとは同盟してよ、後ぁ、れあと・・・・・・だのに・・・だのに・・・ええいっ!」
右手に作った拳でどんとカウンターを叩く。思わず吃驚する。
「魔神しょーかんだァ、ぎゃるしあが攻めてくるだぁ、挙げ句の果てに誘拐だぁ? ええ加減にせいよっ」
再び突っ伏す若い男。
「かなりたまってるようだね、この人」
アルファの声は憐れみを含んでいる。
「無理ないわね。だって、色々とあるみたいだし、この国」
「早く王女様を救ってあげないと・・・。王様だってきっとやけ酒呷ってるよ」
アルファがそう言うと、若い男が再び顔を上げた。
「おんしらっ」
男はアルファ達の方を向いて声を発した。
「わかってくれるか」
「えっ・・・?」
「国王なんたぁ、なるもんじゃねェな・・・・・・」
「は、はあ・・・」
「何かがおこりゃァ、みぃぃんなよの責任になっちまう・・・むわったく、やってられんってんのな」
泥酔しきっている男の言葉は、全く理解できなかった。アルファはただ、頷く。
「いやあね。絡む酔っ払いって」
シュリスが呟く。
その時、入り口の扉が開き、黒いマントと帽子を被った、背の高い男がつかつかと若い男の方に近付いてきた。
「またこんなところで飲まれておられるか。全く、この非常事態に抜け出されるとは・・・・・・。さあ、参りますぞ」
黒マントの男は、若い男の脇を抱えて強引に立ち上がらせる。
「な、ないをいたす無礼もんめ」
男はしゃがれ声で叫ぶ。
「このようなときに、お一人で来られることはご遠慮下され」
「ほっとけぇぃ! これが飲まずにいれるかぁ」
騒ぎ立つ若い男。黒マントの男はしっかりと若い男を押さえつけ、身動きがとれない。
「マスター、勘定はここに置いて行く。・・・さあ、戻りますぞ」
黒マントの男は強引に若い男を抱えながら出ていった。若い男はかかとを引きずるようにしながら、最後まで騒ぎ立てていた。
「家の人かしらね」
シュリスが言う。
「何か、大変そうだな。飲んだくれがいると」
カムルが苦笑する。
「俺達もあまり飲んじゃいられない。そろそろ部屋に行こう」
それからすぐ、アルファ達も部屋に行き、眠りについた。
翌日、アルファ達はウイラム城に向かった。城門では、案の定、衛兵の厳しい視線がアルファ達に向けられる。
「何者か」
「私達はローアンより旅をしている者です。このたびの事態についてお手伝いが出来ればと思いまして、参上いたしました。なにとぞ、国王陛下に拝謁を」
「ローアン? 聞いたことのない地名だな・・・・・・。いかんいかんっ。旅人ならば、その方らも聞き及んでいるとは思うが、今我が王は面会などと言う悠長なことをしている暇はないのだ。帰りたまえ」
衛兵は全く、城門を通す気などない。
「ちょっと、だから私達も王女様を助けるために一肌脱ぐって言いに来たんじゃないの。話も聞かないで門前払いって訳?」
シュリスが声を荒げる。
「こうしてる間にも、王女様誘拐犯に何されているかわかんないんだぜ。いいのかよ、一刻も早く捜さなくても」
カムルの言葉に唸る衛兵。
「捜索の邪魔をするつもりはありません。無論、報酬などもいりません。ただ、微力ながらお手伝いをしたいだけです」
「しかしなあ・・・・・・」
戸惑う衛兵。その時、城門の内側から声が発した。
「親切心を無にするでない」
凛々しく響く、若い男性の声に衛兵はびくりとなった。
「協力してくれる者は、たとえ誰であろうとも大歓迎だ」
ゆっくりと城門に近付いてくる若い男性。黒髪に水色の瞳。裾の長い銀糸の朝衣を纏い、腰に宝剣を佩いたスマートで長身の色白の美青年。思わず、シュリスが目を奪われる。
「へ、陛下」
衛兵が慌てて頭を下げる。驚くアルファ達。
「旅の方、失礼いたした。私、当ラリツィナ国国王・ファルシスと申す」
微笑みながら、ファルシス王は優しい言葉をかけた。突然の国王の登場にアルファ達の頭はまっしろになる。
「はははは。そのように固くならなくても良い。私はそなたたちのような旅の者と話すのが大好きなのだ」
アルファ達はゆっくりと顔を上げる。ファルシス王の顔を見たカムル、思わず目を細めてまじまじと見直す。
「あ~~~っ!」
突然のカムルの奇声に驚愕する周囲。
「あんた、昨日の・・・」
「えっ?」
アルファとシュリスがカムルに倣ってファルシス王の顔を見た。そして二人も思わず声を上げる。そう、先日、ホテルの酒場のカウンターで泥酔していた若い男。ファルシス王は、まさにその若い男であった。
「まさか・・・ね」
「ほら、世の中三人は似た人いるって言うし・・・・・・」
そんなことを言いながらカムルとシュリスが苦笑する。
「ほう。先日、あの酒場に参られていたか。それは随分と見苦しいところをお見せしてしまったようですな」
ファルシス王は快笑している。まるで別人だ。
「私は良く城下に出て遊ぶのが好きでな。だが、先日は少々悪酔いしすぎたようだ。今朝、大臣にこっぴどく叱られてな」
「は、はあ・・・・・・」
笑うに笑えない三人。王女誘拐という一大事が本当に起きているのかと疑ってしまうかのような国王の態度。悪く言えば不謹慎だ。
「そんなことはまずいい。とにかく、城を案内しよう」
ファルシス王はアルファ達を城内に導いた。
国民から《平民王》と呼ばれている若干二十五歳のファルシスは、その名の通り、実に気さくで話しやすい、国王とは思えない性格の持ち主であった。玉座に腰掛けるファルシス王の姿を想像すると、実に違和感さえ覚えてしまう。アルファ達は複雑な気持ちでファルシス王の後ろをついていった。