第2部 五関の奇岩
第4章
大華の巡礼者
アンナを伴い、アルファたちは首都ウイラムに凱旋した。しかし、彼らは決して堂々たる英雄気取りではなく、ごく普通の通行人のように城に向かった。民らはアンナがまさか王女だとは思う由もなく、衛兵さえも一瞬、槍をX印に交錯させる。
「私よ。見忘れたの?」
アンナが微笑みながらそう言うと、衛兵の顔がすうと青ざめる。
「あ・・・あ・・・あ・・・あ・・・アンナ様っ、ははあぁぁっ」
躓く衛兵。
「くすくす・・・ご苦労さん」
小さく笑うアンナを先頭にアルファたちはファルシス王に面会した。
「あ・・・アンナッ!」
思わず妹を抱きしめるファルシス王。まさに一人の気弱な兄貴と気丈な妹といった感じ。
ファルシス王の表情はうれし涙と鼻水で汚れ、国王の雰囲気などまるでない。アルファたちは苦笑していた。
「もうお兄様ったら・・・そんなに泣かないの」
「お前・・・あんまり私に心配かけさせないでくれよな・・・」
アルファは感激にむせぶファルシス王の姿を見、アンナの安否が気遣われる中で、悠々と自分たちを歓待していたなどと、こうなると口が裂けても言えなかった。
「アルファ殿、カムル殿、シュリス殿。このファルシス、心から御礼申しますぞ」
「い、いや。僕たちは当たり前のことをしただけですから・・・」
「君たちはアンナの命の恩人だ。君たちは正しく、天が私に賜った救世主に相違ない」
大げさなファルシス王。こうまで誉められると、カムルじゃなくても顔が真っ赤になってしまう。
「それよりも陛下、今回の事件について、いささか不可解な点があります」
アルファは語った。
ファルシス王が信頼していた大臣ジェルキンが、アンナを拉致したキラフ盗賊の総領だったこと。そして、歴史書三十二巻の内容に、魔神召喚の秘密が隠されているかも知れないと言うこと。そして、アンナとコゼンの宿屋に同部屋に泊まったこと・・・などまでは言わない。
ファルシス王は意外なほど、驚いた顔はしなかった。
「そうか・・・いや、アンナが誘拐される前後から、奴の姿が時々見えなくなっていたのだ。庶務のためだとは言っていたのだが・・・そうであったか」
「残念ながら、歴史書を奪い返す事は出来ませんでした。どうやら、あの本には、魔神召喚の為の秘密が隠されているようです・・・」
「そうか・・・・・・。あの歴史書は、我がラリツィナ王室の最重要蔵書として、初代ファルス王以来、王室直系の者にしか閲覧禁止となっていたもの。そうか、そういう事が書かれていたのだな」
カムルが声を上げる。
「じっとしている場合じゃないですよ王様。もしもあの歴史書が悪用されたら、大変どころじゃない問題になるんだろ。一刻も早く、彼奴の行方を追わねえと。国外に逃げられちゃあ、厄介だよ」
「安心してくれ。塔岷関と東陽関は封鎖している。誰一人通過できない。」
「陛下、ジェルキンは紛いなりにもこの国の大臣だったわけでしょ? 封鎖している兵隊に、私は大臣だって言えば、容易に通過できるんじゃないの?」
シュリスがやや呆れた口調で言う。
「あっ・・・そうだったな」
この王様、事の大事さが判ってないんじゃないのかと疑ってしまうくらいマイペースだ。
「ようし。ならばアンナを救ってくれた君たちを見込んで、もうひとつ願いたいことがある」
「はい」
「ジェルキンを追い、歴史書を奪還することはもとより、魔神召喚の黒幕を突き止め、そのような大それた事を未然に防いでもらいたい」
ファルシス王の言葉は、レグテチス剣聖が示唆していたことと同じだった。もとより、その覚悟は出来ている。
「そのために、この大陸を自由往来できる権限を与えよう。アンナを救ってくれたのだ。本来ならば、もっと大きな報賞をすべきだろうが、勘弁して欲しい」
願ってもない言葉だった。アルファたちにとって、戦乱の大陸を旅するには、通行許可を取るという難関が常につきまとっている。窮屈な旅など、面白くもなんともない。
「有り難きお言葉にございます」
ファルシス王は、アルファたちに『イスペクタル(巡検使)』という官職に任命した。
イスペクタルは聖シュリア統一王朝下の官職であり、いわば司法上の検察官のような役職である。ファルス王が東シュリアの初代国王コナンから特別に継承を許された官職であり、大陸の関所を無条件で往来できる唯一の権限を持つ。
ファルシスは金のバッジと、カード型のプレートを用意させ、アルファに差し出した。
「このバッジとプレートは、君たちがラリツィナ王国のイスペクタルとして、正式に証明するものだ。これで、他国の関所は自由に往来できる」
アルファたちは怖ず怖ずとバッジを胸につけた。安そうな衣服には、明らかに違和感があるそれだったが、次第にこみ上げる使命感。互いに顔を見合わせながら、口許が綻び、また引き締まる。
「ジェルキンや歴史書の行方も大事だが、魔神のこと、そしてレシュカリアの全体を知るには、何よりも聖都ラシンヴァニアに行く必要がある。まずは塔岷関を抜け、東シュリアに行くがよい」
そう続けるファルシス王の表情が急に赤くなった。
「ラシンヴァニアに着いたら・・・その・・・なんだ・・・国王にこの書簡も届けてもらいたい」
おもむろに羊の皮で出来た袋を取り出す。
「は、はい・・・」
不思議そうに受け取るアルファ。一つ咳払いをし、再び顔を引き締めるファルシス王。
「君たちの力が、今の世には必要だ。武運と成功を祈っている。困ったことがあれば、いつでも力になろう」
「ははっ。微力ながら、奮起する所存でございます」
三人は平伏した。大きく頷くファルシス王。
アルファたちは大きな使命を帯び、再び決意新たにウイラムの王城を退出した。城門に来たとき、アルファの名を呼ぶ透き通る声が背後からした。振り返るアルファ。
「あ・・・アンナ」
アンナは小さく息を切らしながらアルファの元へ駆け寄る。うっすらと瞳を潤ませ、わずかに頬を染め、微笑みながらアルファを見つめる。アルファも思わず顔が染まる。
「アルファ様・・・、お別れに・・・これを」
アンナは自分の右腕から、そっと幾何学模様が施された白金製のブレスレットを外す。そしてゆっくりとアルファの右腕を取り、それをはめた。
「これは・・・?」
「・・・王国に伝わるプラチナのブレスレットです。お守りとして、お受け取り下さい・・・」
「そんな大切なものを・・・」
ブレスレットを見つめながら、左手でそれを包むような仕草をするアルファ。切なげにアルファを見つめるアンナ。
「私の・・・気持ちですから・・・」
「・・・・・・」
無言で見つめ合う二人。
アンナの声がしたときに、意識的に離れていたカムル、顰め顔のシュリスの腕を引っ張り、二人と距離を置いていた。
眉間にしわを寄せ、考え込むような表情をしているカムルがぼそりと呟く。
「うーん・・・いい雰囲気やなあ、あの二人・・・」
「変なこと言わないでよっ」
そう言うシュリスも何故か声を押し殺している。
「こりゃあ、将来逆玉だぜ、あいつ。・・・お前もうかうかしてっと、あの王女さんにアルファ取られるぜ」
くくくと笑うカムル。
「な、何がうかうかよっ。わ、私は、べ、別にアルファのことなんか何とも思ってないわ。お、弟だとしか・・・」
思いっきりどもりまくっている言葉で否定しても、カムルは一笑してしまう。
「・・・ありがとう。大事にする――――絶対に」
「また、お逢いできますでしょうか・・・・・・」
「はい。必ず・・・」
「お待ちしております・・・ずっと・・・」
まるでカムルとシュリスの存在すら忘れているかのような二人の雰囲気。
二人の身体が無意識に触れ合うかと思ったときに、シュリスはわざと大きく咳をした。夢から醒めたかのようにはっとする二人。
「ご、ゴメン・・・今行く」
アルファは苦笑をして、アンナに別れの言葉をかける。
「野暮だぜ、シュリス」
「判ってるわよっ、そんなこと・・・」
そして、ウイラムを発った三人は、東シュリア王国に通じる関所・塔岷関(とうみんかん)を目指した。
ラリツィナの名勝で、夏の避暑地でもあるコセキ湖の街道を西へ。途中、いくつかの集落でジェルキンの消息を尋ねたが、当然ながら全く手掛かりは掴めなかった。
怪物うさぎ、怪物もぐら、草花が怪物化したヘルプランツなどのモンスターがアルファたちの行く手を遮るが、難なく打ち倒してゆく。だが、一番最初にモンスターを倒して得た様な上品のモンスは得られなかった。換金しても1モンスにつき2パクセル、高くても4,5がせいぜい。そうそうお金を浪費することは出来ないという事を再認識した。
ウイラムを発って三日後、三人は、山脈の麓に聳える、赤煉瓦で作られた塀が目立つ建造物の前にたどり着いた。ラリツィナから、レシュカリアの中心・東シュリア王国に続く、塔岷関である。
三人がラリツィナ側の門をくぐると、何やら数十人の旅人風の人間たちが関所の守衛に向かって声を荒げていた。
「通過できないって、どういうことだっ」
「はやく何とかしてくれよ。カハンの母が病気なんだ。こんなところで立ち往生している暇はないんだよっ」
「そんなもんくれえ、発破でもかけて崩してしまえよ。ラシンヴァニアに行けねえと、来月の生活がなりたたねえんだってば」
守衛長らしき男の表情は困惑に満ちていた。
「そのようなこと、我らに申しても困る。何分突然現れたものゆえ、対処方法は只今協議中だ」
「冗談じゃねえぞっ。んなもん議論したって無くなるもんじゃねえべがっ。いいから早く爆破してくれっ」
わいのわいのと、守衛長に津波のように襲いかかる人々。アルファたちは不思議な面持ちで近づいた。
「あの・・・・・・一体、どうしたんですか?」
旅人風の中年男性の一人に話しかけるアルファ。男性は眉をひそめて振り向く。相当機嫌が悪そうだった。憮然とした口調で話す。
「あんたたちも東シュリアに行くつもりかい? ならばここは無理だぜ。出口の方に、ばかでかい岩が道を塞いでいるから通れないってんだ」
「ばかでかい岩?」
「何でも一週間くらい前から突然出現したって言っているんだが、そんなことあるかってんだよ。全く、隕石じゃああるまいしな。邪魔ならば爆弾でも使ってぶっ壊せばいいのに、守衛たちはおろおろして話にもならない」
「何・・・何のこと、そのばかでかい岩って・・・」
「ばかみてえにでかい岩なんだろうな」
成り行きを見守っていた三人。やがて守衛長の怒号によってその場は一瞬にして静まり返った。
「とにかく今は通ることは出来ないっ。下がれっ!」
憮然とどよめき、ため息がその場を包み込む。誰もいなくなった後でがっくりと頭を抱え込む守衛長。
アルファたちは、話しかけづらいと思いながらも、守衛長の所に歩み寄った。
「何だ・・・だから通れないと申しているではないか」
アルファは懐から、イスペクタルのプレートカードを提示した。愕然とする守衛長。
「こ、これは巡検使殿っ。し、失礼いたしました。」
「一体、どうしたんですか? ばかでかい岩って、何のことなんですか?」
「は、はあ・・・それが・・・」
守衛長は渋い顔つきでアルファたちを東シュリア側の門の方へと導いた。
「ご覧下さい」
アルファたちは一瞬、気がつかなかった。
関門は閉鎖されているように見えたが、よく見ると、それは壁か。いや、天を見上げると、小山がそびえ立っている。小山と呼ぶには草木が生えていない。
そう、それは灰色の巨大な岩石だった。岩石はまさしく、関門を塞ぐようにしてあった。
いや、たかが関門を塞ぐにはあまりにも巨大すぎる。何者かによる策略なのか・・・いや、これほどの岩を運ぶなど、人為的には絶対不可能なことだった。
「皆は簡単に爆破すればいいと言いますが、これほどの巨岩をそう簡単に爆破なんて、出来るわけないですよ・・・」
カムルは苦虫を噛みつぶしたような表情で岩を見回しながら呟いた。
「これじゃ、無理だわな。どうあがいても、通れやしねえ。諦めっしかねえべや」
「そんな・・・・・・何かいい方法考えてよ」
シュリスがカムルにすがる。
「サーベルでも使って登山でもするか?」
呆れるシュリス。
「・・・もう、いいわ」
その時、守衛兵の一人が、大慌てで守衛長の所に駆け付けてきた。
「守衛長、たった今、東シュリア王国の夏河(かが)守護・多勢中将様から、守衛長宛に伝書鳩が・・・」
「何と」
守衛長は手渡された書簡を食い入るように読み上げた。その表情が更に険しくなる。
「どうかなされましたか?」
「は、はい・・・。これを、ご覧下さい」
守衛長はアルファに書簡を渡した。アルファが開く。カムルとシュリスがそれを横から覗くように見る。
『夏河中将 多勢頼輝 塔岷関守衛長殿に火急なる確認を願いたし。
西嶺・北海・沙立・中河の各四関、奇岩により封鎖されたりとの報あり。
塔岷の様子を至急返信願いたい』
「これは・・・」
愕然となるアルファたち。守衛長は大きなため息をつく。
「まさか、国境五関すべてに同じ様なことが起きているとは・・・一体、どうなっているのだ」
「偶然とは思えねえな」
カムルが眉をひそめて関門を塞ぐ巨岩を見つめる。
アルファが何かに気がついたように地図を広げる。ラリツィナ地方の地図だったが、アルファはまじまじとそれを見回した。
「国境五関って、確か東シュリアに通じる関所の事だったよね。・・・じゃあさ、この東陽関ってところはどうなのかな?」
アルファはラリツィナの隣国・大華との境にある東陽関を指差した。
「やっぱ塞がれてんじゃねえか?」
「でも、行ってみる価値はあるわね。もしも塞がっているなら、その時はその時よ」
結局、アルファたち三人は、塔岷関越えを断念し、大華王国を目指すことになった。
フォルティアの街は、ラリツィナ王国と大華王国との関係で、七国乱立時代から様々な宿縁がある。
アルファたちが最初に目を引いたのは、街の入り口に立つ、威風堂々たる騎士の銅像であった。
西を向いて槍を構えるその騎士は、ラリツィナ第三代ファルフェンと、大華王アスラムとの間で起こった大戦『東陽関の役』で、獅子奮迅の活躍をもってフォルティアの街を守った、ラリツィナの将軍ヒルゲスのものだという。
アンナ王女拉致事件の時には、この街も厳戒態勢が敷かれていたが、今は再びいつものような平穏さを取り戻していた。
塔岷関を出て二日後の夕方に、この街にたどり着いたアルファたちは、取りあえずこの街で一泊してから東陽関を目指すことにした。
モンスを換金し、武器防具を更に強化した。鉄の剣を軽々と扱うカムル。どっしりと来る鉄の剣の感触を確かめるアルファ。シュリスはあまり重い武器を装備することは出来ないので、樫の杖を選んだ。
「何か、杖って・・・思いっきり、おばんくさくない?」
シュリスが杖を右手に直立不動。
「そんなことねえぞ。似合ってるって」
相も変わらず、新しい武器をいちいちいじりながら、カムルが事も無げに言う。
「君は剣を持つことが出来ないんだから・・・。でも、これだって十分武器になるよ」
「んー、まあね。そりゃあそうだけど・・・」
何度も持ち替えて杖の触感を確かめるシュリス。
本来は魔道士用に作られ、魔力が込められている武器なのだが、シュリスはまだ魔法が使えない。だが、シュリス自身は気づいていなかった。樫の杖が、彼女自身の潜在たる能力を次第に顕わしてくれるきっかけとなると言うことを。
アルファたちは宿に入った。
そして食事をするために食堂に行くと、全身を衣で覆い隠した見慣れぬ風体をした連中が大勢、談笑しながら食事を摂っていた。一瞬、足が竦む三人。
「おいおい、何だこいつら」
カムルが思わず声を上げる。その声に見慣れぬ風体をした連中がアルファたちの方を一瞬振り向いてから再び元に戻る。
「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
ウエイトレス風の少女が三人を空いている席に案内する。
「ねえ、あの変わった格好をした人たち、誰?」
アルファが少女に尋ねると、少女は笑顔で答えた。
「あの方たちは、大華王国から来た巡礼者の皆さんだそうです」
「大華王国の・・・」
「じゃあ、関所は封鎖されていないのね?」
「ええ。封鎖なんてされていませんけど・・・」
少女はやや不思議な表情をしながら注文を取ると、カウンターの方へと消えた。
「びっくりしたぜ。大華王国って、みんなあんな格好してんのかよ」
カムルが水を一気に飲み干す。それから三人は大華の巡礼者だというその人間たちをまじまじと観察していた。
「お待ちどうさまでした」
その声に驚いて身を跳ね起こす三人。
ウエイトレスの少女は営業スマイルでアルファたちの前に料理を並べる。
「ラリツィナ特産の白身魚のソテーに鶏肉の網焼き、タケノコのハンバーグ、オムレツベーコン、イカフライの野菜ドレッシング和え、薄切り子牛肉のロール巻き白ワイン煮、そしてライスでございます。デザートのプリンフルーツアラモードは食後にお持ちいたしますので・・・」
アルファたちは目の前に並べられた豪華な料理に思わず感嘆の声を上げてしまった。
「すげえ・・・ウイラム城で出された料理に匹敵するな。美味いぜ、これは」
カムルの口許が、涎が垂れてきそうなほどゆるむ。
「あれ? カムルって味音痴じゃなかったっけ?」
アルファがくくくと笑う。
「ホント、何でも食べるわよね、この人」
シュリスも笑いをこらえている。
「おいおい、人を下手物食いみたいに言うなよ。そんなことより早く食べようぜ。こんな料理、そうそう食えるもんじゃねえからな」
カムルは両手を合わせてから、ナイフとフォークを両手にソテーにそれを入れる。アルファとシュリスも小さく笑いながら、各々が注文した品にナイフを入れる。
食い盛りの男二人は瞬く間にそれらを平らげ、残すはシュリスが頼んだデザートが運ばれてくるのを待つだけとなった。
満腹の充実感を満喫していたとき、大華の巡礼者たちの中が突然騒がしくなった。
「やっぱりわたしイヤッ!」
「何を言うかっ。ここまで来てまだそのようなこと申すのか」
「お願いよっ!私を帰してっ」
「いい加減にしろッ」
大華の巡礼者の中で、少女と思われる悲鳴と、中年くらいの男と思われる怒号が交錯する。場は一瞬にして緊張に包まれ、アルファたちも自然に目が向く。
「国王陛下はお前の事を気に入っているのだ。このまま無下に帰せば、我らの面目は丸つぶれになる」
「そんな勝手なこと、言わないで下さいっ」
少女の頭を覆っていた布が解け、プラチナブロンドの美しく長い髪が露わになる。その瞬間、カムルが持っていたコップを、音を立ててテーブルに置く。
少女は年の頃十五,六と言ったところだろうか。瞳は透き通るほど青く、肌は磨き上げられた陶磁器のように白い。
一見するに類い希なる美少女だったが、どこか人間離れした雰囲気を感じさせる。背はシュリスよりもかなり低く、特に耳はやや尖っている。
「勝手なのはお前の方だろう。・・・我らの掟を破った事だけでも、万死に値するのだ。それを許して下さるとおっしゃっているのだ。感謝しても飽きたらぬのに、お前って奴はっ」
男はいやがる少女のか細い腕を鷲掴みにして話そうとしない。
「イヤッ! 離してッ!」
そんな状況を見ていた三人。特にカムルはこめかみに青筋を立てて怒り立ちこめていた。
「カムル、どうしたんだい?」
嫌な予感を覚えたアルファがカムルに話しかける。
「いやがってる女の子にあの野郎・・・」
カムルの声は怒りに震えていた。
「ちょっとカムル、あなた何考えてんの?やめなさい、他人様のことに首を突っ込むのは」
カムルの袖をつかみながら宥めるシュリス。だが、カムルはそんなことで引き下がるような男ではなかった。
「どけっ」
シュリスの手を振りほどき、遂にカムルは立ち上がった。そして諫止する二人に耳を貸さず、巡礼者ひしめくその場につかつかと歩み寄っていった。