第2部 五関の奇岩

第9章
未来への約束
 アンセルム王は再びアルファたちを引見した。
 今度は玉座につき、左右には大華王国の重臣たちが居並んでいる。しかし、アンセルム王はアルファたちが姿を見せたときにすぐに気がついた。
 そして、玉座の前に跪き、形式の挨拶を済ませた後、アンセルム王は訊ねた。
「カムルという青年の姿が見えないようですが、どうかされましたか」
 アルファはその質問にやや力無く答える。
「カムルは昨夜から急に体調を崩しまして・・・。ご無礼と承知の上で、今日は宿にて休養を」
 しかし、アンセルム王はカムルが姿を見せない理由を、直感で察知し、真顔で「そうか」と頷く。
 かたやアルファの隣で平伏しているシュリスの表情は、何とも言えない複雑なものである。
 アンセルム王は昨日のことには一切触れず、身を正すとアルファたちを真っ直ぐに見下ろし、ラリツィナ王国の巡検使としての正式な用件に対する返答を行った。

 ――――国境五関、特に我が国が領する沙立関がその様な事態になっていることは一大事である。
 東シュリアの多勢中将は突然の事態に慌ただしく奔走しているようだが、我が国としても早急なる手段を講じねばならない。
 巡検使殿、この地より西に二〇〇ルーレル程下ったところに、アドラ塔と呼ばれる古塔がある。

「アドラ塔・・・ですか?」
「いかにも。アドラ塔には、聖主以来タリスマ砂漠を守護しつづけているご神体が祀られています。わが高祖アレン以来、誰一人アドラのご神体を拝したことはないと聞くが、ご神体の力により、わが王国は天変地異より護られているゆえ、もしかすれば、ご神体の叡知をもって解決を見ることが出来るかも知れない」
「わかりました。早速、アドラ塔へ赴いてみることにします」
 次なる道が決まった。
 アルファたち自身の先行きは見通せた。だが、ただ一つだけ、彼らにとって心残りがあった。
 砂漠の民族の元に生まれ、砂漠の常識と、自分が抱く感情との相違に葛藤した、悲劇の少女サファの事である。
 彼女はアルファたちの仲介も虚しく、民族の常識に逆らうことは出来なかった。そして先夜、婚前の儀式としてアンセルム王と一夜を共にしたのだ。
 シュリスは悔しさを押し沈めようと必死だったが、どうしても顔に出てしまう。それを見せまいと、頭を垂れてアンセルム王にその表情を見せまいとしている。アルファはそんなシュリスの思いを慮ったのか、きっとアンセルム王を見上げて口を開いた。
「畏れながらアンセルム王陛下」
「何か」
 アンセルム王はアルファの投げかける言葉を確信しているように、僅かに微笑を浮かべていた。
「先日、陛下にお目通りを賜った、サファの事なのですが・・・」
 アンセルム王はふっと笑うと、おうむ返しに、ゆっくりと答えた。
「あの少女の心は決しています。・・・ゆえに、カムル殿の事を聞いたのですよ」
 その答えに愕然となるアルファ。シュリスも思わずアンセルム王を見上げる。
「な・・・ならば・・・!」
「彼女は今朝方、御父殿とともに下城しました。君たちが心配するようなことは、何もない。安心してその事を伝えなさい」
 アルファとシュリスは思わず感極まりそうになった。
 アンセルム王がカムルとサファのことを気遣って掟を破ってくれたのかと、そう思い込まずにはいられなかった。

 アルファたちが登城したちょうどその頃、入れ替わるように父ジンキスと共に王城を出たサファは、逸る気持ちを抑えられず、父と別れて宿へと駆け込んだ。
 そして、受付の女性に真っ先にカムルのことを訊ねた。受付の女性はサファの迫力にやや戸惑いながらも、宿帳を確認する。
「カムル様は・・・・・・えーと、つい先ほどお出かけになられました」
「えっ! ・・・・・・どこに行ったのっ?」
 焦燥感が積もり、口調もやや乱暴になる。
「さあ・・・。申し訳ございません。私にはわかりかねます」
 当然な答えだった。サファは飛び出すように宿を出た。
 首都アルバートルの街も朝を迎えて人通りは日中・午後ほどではない。だから、カムルの姿は簡単に見つけられる。サファは視線を凝らして彼の姿を追っていた。
『愛する』人、カムルを。
 かたや傷心のカムルは、アルファたちに自分は登城しないことを告げ、一人宿に引きこもっていたが、やがてアルファたちに置き手紙を残して宿を出た。
 当然、アルファたちと別れるという意味ではない。外に出て、気分転換を図るためである。
 アルバートル郊外に広がる湖・シネマ沃地国立公園に、力無い足どりでカムルは現れた。
「俺らしくねえな・・・」
 そう呟いてカムルらしい笑みを見せるが、明らかに悲壮感が滲んでいる。
 親子か、兄弟か。家族や恋人たちが幸せそうに集うオアシス。
 カムルは羨望の眼差しを彼らに向けながら、やや人気のない場所にたどり着く。一つ歩む毎に、静かにわき上がる感情。
 陽光にきらめく湖面をしばらく見つめた後、ゆっくりと瞳を閉じて剣に手を伸ばす。
「やああぁぁぁぁぁっっ!」
 激しい咆哮が穏やかな湖上に広がって行く。
 銅剣が赤茶色に輝き、空気を切る音がけたたましく唸る。
 カムルはただひたすらと剣を振りかざした。遠くに見える人々が、その奇妙なうなり声に驚いてカムルの方を一斉に見ている。それでもなお、カムルは絶えることのない、わき上がる感情を吐き出しつづけた。
 サファは微かに、カムルの叫び声が聞こえたような気がしてぴたりと足を止めた。
 風に乗って流れてきた振動を、彼女はカムルの声だと確信した。
「カムルさん・・・」
 サファはすぐに駆け出した。
 きびすを返し、シネマ沃地国立公園へと向かって、全力で駆けた。
 息も絶え絶えに湖畔にたどり着くと、サファは瞠目してカムルの姿を捜した。
 叫び声はもうなく、平和な静けさが辺りを包んでいた。
 もはや走ることができないサファは、それでも広い湖畔を歩き回り、カムルの姿だけを追っていた。
「あなたのことを愛している。愛する人と一緒になりたい。そして、私もあなたと一緒に行きたい」
 サファは心の中で何度もそう繰り返しながら、愛しい青年を追っていた。
 だが、そこには遂にカムルの姿はなかった。
「そういえば、さっきまで男の人が湖に向かって大声で叫んでたね。でも、もういないみたいだよ」
 通りすがりの大華人がそう言うと、サファは力つきたように座り込んだ。
 そして、急激に熱いものが瞼に浮かび、大粒の真珠が次々とこぼれ落ちる。大華人は慌ててどうしたと訊くが、サファは何も答えられずに嗚咽しつづけた。
 彼を追いたい、会って自分の正直な思いを告げたい。しかし、飛ばしつづけた彼女のか細い脚は痙攣し、立ち上がることができなかった。
「――――――――!」
 むせぶ声は周囲には何を叫んでいるのか聞き取れなかったが、彼女はカムルの名を繰り返し叫んでいた。

 アルファたちが下城して宿に戻ると、カムルもちょうど部屋に入ろうとしているところだった。
「なんだ、もう帰ってきたのか。意味なかったなあ」
 軽快な声でカムルは笑っていた。
 アルファとシュリスは、彼がめっきり落ち込んでいるかと思ったので、その意外性に一瞬唖然となった。
「せっかく置き手紙していったのによ。俺が戻ってくんのが早かったのか」
 テーブルの上に置いていた紙を取ると、カムルは照れくさそうに笑いながらそれを丸めて捨てた。
「カムル。あのね・・・」
 シュリスが真顔で話しかけると、カムルは惚けたように口を挟む。
「さあっ・・・て。いつまでもこんなとこにいるわけにゃあいかねえべ。アルファ、シュリス。とっとと出ようぜ」
 だが、いくらいつものカムルを装ったとしても、今はそれが無理をしているということが、誰の目から見ても明らかである。
「カムル、聞いてくれないか。君にとっていい話なんだ」
 アルファが親友の両腕を掴む。
 するとカムルは小さく鼻を鳴らすと、口許に笑みを浮かべて低い声で呟いた。
「俺は今までこんなに自分を馬鹿野郎と思ったことはねえ。格好ばっかつけたがってよ、他人を傷つけてること、真剣に考えねえなんて・・・。つくづく俺自身が憎くてよ・・・」

 ――――カムル、まず聞いてくれ。
 いいか、サファはカムル、君のことを選んだんだ。
 アンセルム王は君とサファのことを思って夕べは何もなかったと言ってくれている。
 サファは今朝、ジンキスさんに迎えられて城を後にしたらしい。
 カムル、君がサファのこと好きなら、今からでも遅くない。サファを捜して思いを告げなきゃ!

 アルファはたとえ彼を縛ってもサファのところへ連れて行く覚悟だった。
 シュリスもカムルにすがるように言う。

 ――――カムル。
 私ね、あなたが王様に代弁してくれたとき、思わずどきっとした。本当よ。
 ・・・だって、あなたの口調、本気だったから。
 勝手な思いこみかも知れないけど、もしもサファさんが私だったら、同じようには言ってくれなかっただろうな・・・なんて。
 ま、まあそれはともかくとして、私もアルファ君に賛成よ。今言わなきゃ、後できっと悔やむことになるわ。

「もう、いいって。すべては終わったこった。所詮、俺の立ち入る隙はない。サファにタブーを犯させるつもりはねえ。それこそ、サファも俺も後悔することになるってもんだろ」

 ――――そう思うかどうかはやってみなくちゃ分かんないよ。
 カムル、このまま何も言わないと、君は絶対これからの旅にしがらみを残すことになるよ。
 それに、俺がレシュカリアに旅立つか迷っていたとき、君は俺に言ったよね。
『男ってよ、時には思い切った決断が必要なんじゃねえか。』って・・・。
 今の君は、あの時の俺だよ。
 言わないで後悔するより、言って後悔した方が、何とでも出来るだろ。
 自分の心、割り切ることできるだろ。

 アルファの説得に、カムルはじっと、瞳を閉じた。
 ローアンにいた頃、周囲が呆れるほどの楽観主義者の彼にとっては、たとえどんな深い悩みの淵に落とされても、再起できる精神力は人をも超える。
 それが恋愛感情のような奥の深い悩みであっても、例外ではない。
 とかくアルファやシュリスのような親友の説得は、それだけでカムル自身の気持ちの切り替えには十分すぎるほど効果的である。
「確かに・・・お前らの言う通りかもしんねえな。――――わかったよ。俺、自分に正直になってみるよ」
 いい意味での楽天家カムルは、変わっていなかった。
 アルファとシュリスの明るい笑みと力強い頷きを確認したカムルは、少し照れくさそうにはにかむと、再び、宿を飛び出した。

 俺はチェックアウトしていない。だから宿で待っていれば、再び彼女が宿を訪れてくるかも知れない。
 カムルはそんな期待があった。
 だが、どうしてもじっとしている気にはならなかった。
 むしろ、傷心状態のまま、挨拶もしないで故郷に帰ってしまうのではないか。
 自然的な成りゆきからすれば、そんな考えが妥当である。
 だから、カムルは走った。
 一時的であれ、傷心を瘉さんと宿を空けてしまったことを痛悔した。
 だから、カムルは立ち止まる時間でさえ惜しむかのように、ひたすら愛しい少女の姿を捜し続けていた。
 奇跡は起こり得ないのだろうか。
 行き交う者たちを呼び止め、時には落ち着き、時には乱暴な口調でサファの行方を尋ねている。
 後ろ姿が似ていると言うだけで肩を掴み、振り向いた顔を見てがっかりともした。
 しかし、当然なことなのか、雑踏著しい国都にあって、同民族のいち少女のことなど、誰も知る由もなかった。
 首都アルバートルの街並みを、暮れ行く夕陽が橙色に染めて行く。
 砂漠の渇いた風を浴び、汗と砂に汚れたカムルは、町中を駆け回り、今郊外にある丘の上で力つきたかのように膝を陥とした。
「ちくしょうっ!」
 カムル二度目の叫喚が、虚空に吸い込まれて行く。
 途轍もない哀しみが、いよいよ青年の心をむらなく染めて行く。叫ぶたびに胸に走る痛みが、きりきりとする。

 どれほどの時が経っただろう。
 太陽が砂の地平線にさしかかる。カムルは心で大泣し、サファとの出逢いから今までの出来事を、悉く悔やみ切れぬほどに悔やんだ。
 そして、彼女の事を諦めるという思いが、芽生え始めたときだった。
「・・・・・・!」
 人の気配を感じて振り返る。
 すると、黄昏色に照らされた人影がひとつ、じっとカムルを見つめて立っていたのである。
 そう、心優しき青年に、神は奇跡を起こして下された。
 半ば茫然として立ち上がり、向き合うカムル。
「カムルさん・・・・・・」
 か細い声と同時に、サファは青年の胸に飛びついていた。
 そして、カムルもまた無我夢中で、少女の背中を強く抱きしめていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 言葉はいらないだろう。
 夕べ、アンセルム王との事はなどと、そんなことはもはやどうでもいい。
 この瞬間に、互いの後悔は、すべて現在この瞬間までの軌跡へと変わる。
 太陽が地平に沈み、夜空に宝石が鏤められるまで、二人は無言のまま固く離れようとはしなかった。

「俺――――これで後悔しないで、すみそうだ・・・」

 カムルがサファの耳元に囁く。

「私・・・本当は諦めようとしていました・・・・・・でも――――やっぱり・・・」

 感涙にむせぶ声で、サファは言った。

「――――もう、何も言わなくていい。何も、言わなくていいんだ・・・」

 カムルは何度も愛おしそうにサファの髪に頬を寄せる。
 サファもまた、カムルの厚い胸板に顔を埋めて、鼓動をしっかりと耳に刻み込んでいる。

(カムルさんを《愛している》・・・・・・アイシテイル・・・・・・)

 サファは何度もそう呟いた。

 無言の長き抱擁を重ねて互いの存在を心ゆくまで確かめた二人は、星空の下で互いに向き合った。
 それぞれ、万感の思いがある。
 語り尽くせない、短くても、どれよりも奥の深い日々。
「俺――――サファと一緒になりてえ・・・やっぱ、一緒になりてえよ。たとえ叶わなくてもいいんだ。俺は・・・俺は君のことが、す・・・」
 言いかけたカムルの口に、そっと指を当てるサファ。
 微笑みながら小さく首を横に振る。
「私・・・わからなかったの。あなたに対する感情が、『好き』だっていうことなのかが」
「?」
「確かに、砂漠の掟では好きな人とは一緒にはなれないわ。・・・でも、夕べ陛下から言われたの。好きな人と一緒になれないなら、愛する人と一緒になればいい――――って」
「あ・・・愛する人?」
 カムルは驚いたようにサファを見つめた。サファは恥ずかしそうに笑って頷く。
 そして、サファから夕べの話を聞くと、今度はカムルの方が照れくさそうに笑った。
「そ・・・そうなのか・・・そ、そうだよな。はは・・・俺ってば、なんて間抜けなんだろ。始めからサファのことを愛しているって言えば、こんなに苦しまなくたってよかったんだ」
 力が抜けたように、肩を落とすカムル。
「ううん・・・でも、良かった。おかげで自分の本当の気持ちと《愛する》っていう事がわかったから・・・」
 サファはカムルを見つめるたびに、どんどん惹かれて行くことを感じていた。
 愛という言葉の新鮮さ。さながら、真新しいことにはまって行く、純粋な子供のような心境。
 今、目の前にいる彼を思うたびに、わくわくする。とめどなく、感情がわき上がる。
「カムルさん――――私も・・・あなたと一緒になりたい・・・・・・もう、何も憚らずに言えるわ」
「サファ・・・」
 カムルは再び彼女を抱きしめる。
 あれほど長く抱きしめ合ったのに、何故か飽きることがない。
「・・・でも、ひとつだけ、わがままを聞いて下さいませんか」
 サファが身を離してカムルの瞳を真っ直ぐに見つめた。きょとんとするカムル。
 サファはひとつ息をつくと、語り始めた。
「私――――あなたと一緒になりたい。・・・・・・でも、あなたは大きな夢を持って旅をしている人・・・。今あなたと一緒になれば、あなただけじゃなく、アルファさんやシュリスさんにまで迷惑をかけてしまうことになります。だから――――私、あなたが夢を叶えるときまで、待っていたいの」
「俺たちの・・・・・・夢・・・」
「私、出来ることならあなたについて行きたいけど・・・・・・、私は何もお役に立てないから・・・・・だから私、故郷であなたが迎えに来るまで、ずっと待っていたいの・・・」
「・・・・・・」
 サファは寂しそうに瞳を伏せた。
 だが、カムルは嬉しかった。この上ない幸せと喜びが、風となって全身に吹きつけている。
 そして、微笑みながら言葉を返した。
「サファ。俺・・・今思いついた本心言うと、このままあいつらと別れて君と一緒になるって考えた。・・・でも、たった今、君に言われて心が決まったよ。俺、やっぱあいつらの面倒を最後まで見た後で、君を迎えに行くよ。必ずね」
 その言葉に、サファの表情がぱっと明るくなる。
 そして、潤んだ瞳でカムルの優しい微笑みを見つめ、大きく頷いた。
「夢が叶うときまで、待っていて欲しい・・・」
 カムルは力強く、言った。
 もはやこれ以上、気の利いた言葉などいらない。
 二人の心はすでに一つになったのだ。
 満天の星空の下で固い絆で結ばれた異国の人間と、砂漠の民族の少女。
 決して変わらないだろう、本当の愛で繋がった二人は、たとえ遠く離れていたとしても、たとえ幾年の月日が過ぎようとも。

 サファは翌日、父であるジンキスとともに故郷イーネ村への帰路についた。
 アルファ・シュリス・カムルの三人に向かって、父娘は何度も振り返って拝礼していた。
 その後ろ姿には寂しさのかけらも映っていない。楽しさと言おうか、どこか明日への希望という言葉があふれ出てくるような感じがする。
 カムルとサファは別れ際も熱く見つめ合って、別れを偲んだ。
「――――約束です」
 サファの言葉に、カムルは大きく頷いていた。
 ただそれだけの、周囲から見れば実に呆気ない別れだった。
 父娘の姿が見えなくなると、カムルはアルファとシュリスに向き直り、途端にニヤリとした顔つきになる。
「・・・・・・と、まあ、どうだいっ。下手な芝居よか感動するだろ?」
 いつものカムルに戻った。
「ちょっと・・・まさか、芝居だって言うんじゃないでしょうね」
 シュリスが下がり目でカムルを見る。
「かっかっか。おめえ、俺は役者じゃねえからな。芝居なんか出来るわけねえやな」
「はあ・・・・・・」
 シュリスのため息が流れる。アルファが小さくクククと笑う。
「しかしアレだよなあ。俺ってさ、意外ともてるタイプ??」
 カムルがいきなり二人の両肩に腕を回してにやつく。
 シュリスが眉を軽く逆立ててすり抜け、投げやりそうに答える。
「普段もサファさんに対するような態度でいれば、もてそうな気がするんだけどねぇ・・・」
 アルファも言う。
「俺はカムルはカムルのままでいいと思うな。何も自分をつくろう必要なんかないじゃん。サファもありのままのカムルに惹かれていったんだと思うしね」
 その途端、カムルはいきなりアルファの頭を強く擦った。髪の毛がぐしゃぐしゃになる。
「さすがはアルファだっ! 俺のことよくわかっちょるっ」
「あははは・・・・・・」
 苦笑するアルファ。
 カムルはもはや何のわだかまりも感じさせないような清々しい表情で眩しい太陽を見上げ、明るい声で言った。
「今日も暑くなるぜぇ~。さあて、アルファ、シュリス。次はどこに行けばいいんや? はやく出発しようぜ。」
 これぞ彼だと、アルファとシュリスは、張り切るカムルを見て笑っていた。
 そして、アドラ塔の神体を訪ねることを告げると、「よっしゃあっ!」とかけ声を上げ、先頭に立って歩き始めた。
 その中でカムルはふと想う。

 必ず――――君を迎えに行くから―――――